グリードに放逐された後、紫苑が工場にいることを伝えたゼルは部下を纏めると撤退の準備を指示していた。不本意な形とはいえ、依頼が完了した以上ここにいる意味はない。ふと、アイリーンから渡された指示書の存在を思い出した。懐から封筒を取り出したゼルはその中身に驚愕した。
『…バカな…こうなることを見越していたのか。』
暫し眼を閉じていたゼルは顔をあげると部下に指示を与え出した。
『部隊の配置を変更する。』
『は、はい!』
慌ただしく動き始めた部下を見てゼルも準備を始めた。
心の中に少女の瞳が浮かんで静かに消えた。
~~~~~~
『これが、メタルギア………』
工場内に侵入したスネーク達は新型兵器、メタルギアを目にした。
『さあはやく爆弾を仕掛けましょう。』
エルザがスネークを促すと不快な機械の羽音が空を埋め尽くした。
多くの兵士たちを産み落とすと-相続者-も降り立つ。
『今度は逃がさん、スネーク!』
『ジーン…!』
一触即発の空気の中対峙する両陣営に割って入る乱入者が現れた。突如メタルギアが起動し、搭載されたガトリングガンから無慈悲な弾丸をばら撒き始めたのだ。
『私を見放した愚かな兵達よ。この私が反乱の扇動者を粛正する姿を見るがいい。出ていけ侵入者ども!この基地は私のものだ!!』
メタルギアを動かしたのは元基地司令官の男だった。しかし鋼鉄の悪魔はその動きをやめてしまった。固唾を呑んで見守る兵士たちの隙を蛇は決して逃さない。
『ジーン、動くな!』
スネークはジーンへと肉薄すると銃を突きつけた。
『呆気ない結末だな。あんなものがお前の切り札か。部下たちに武器を捨てさせろ。』
『フフフ…切り札か。面白い余興だったぞスネーク。お返しに私の本当の切り札を見せてやろう。』
『何?』
不敵に笑うジーンにスネークが問うとその切り札を呼び覚ます。
『…起きろ!!ウルスラ!!!』
男の呼び声にエルザが目を見開き震えだす。その様子に気づいたスネークが声をかけるとエルザは頭を抱え譫言の様に姉を押しとどめようとする。
『…スネーク…私を撃って!!』
『…エルザ?何を言ってるんだ!?』
驚きの声をあげるスネークに尚も自分を撃てと懇願するエルザ。
突如暴走したかのように能力を発現させたエルザ。
『私は----お前を殺す----呪われた蛇の子供たちが生まれる前に。』
強力なサイコキネシスでスネークを吹き飛ばす少女、それは最早エルザではなかった。
『ウルスラとエルザはもともとひとつの人格だった。二つに分かれたウルスラは感情と引き換えに強大な力を手に入れた。』
そう、ジーンの切り札は未完成の試作機にウルスラの力を加えることだった。ウルスラの力を得たメタルギアは兵器の動きを超越するまでになったのだ。
『やめろ!!…エルザ!!!』
スネークの制止もむなしく戦いの火蓋は切って落とされた。
~~~~~~
『…あんた…こんなことまで予想してたのかい?』
『兵器はともかく人の心は私の領域。二重人格程度なら予想の範囲内よ。』
工場内の一角、人目につかない場所に身を潜める二人の女。アイリーンとトップだ。工場に潜入したスネーク達とは別行動をしていた彼女達はジーンの襲撃、メタルギアの起動、そして………エルザの覚醒。
『それで…次は何が起こるってんだ?』
『…見てれば分かるわ。《パーセフォニー、持ち場についた?》』
《こちらは準備完了。あちらのパーティは盛り上がってるみたいだけどこちらのパーティは期待してもいいのかしら?》
『《もちろん。全ては私の脚本通りよ。》』
さぁ、私の手の内で踊るがいいわ。
~~~~~~
そこは打ち捨てられた骸と無残に晒された首が所狭しと並ぶ地獄だった。
神を信じ戦った家族とも呼ぶべき信者たちの屍の中心で一人の美しき青年が魂の慟哭をあげていた。
何故神はわれらに救いの手を差し伸べなかったのか!!
Eloim, Essaim, frugativi et appelavi -我は求め訴えたり!-
全てを失った青年は復讐の為に魔界の住人となったのだ。
魔のモノに魅入られし人の形の鬼となった魔界衆を率いて青年はこの世に地獄絵図を描くため悪逆の限りを尽くしていく。しかし一人の勇気ある剣士の活躍により野望は打ち砕かれ、世の安寧は守られた。
自分を魔人へと落しておきながら剣士を操るモノが、彼らが崇めていた神そのものとも知らずに。
全ては運命という名の喜劇。
-魔-の物が世-界-に-転-じて-生-くる者を脅かすことは神の戯言と気まぐれ、退屈しのぎに過ぎなかったのだ。
怒りも
哀しみも
痛みも
恐怖も
喜びも…欲望ですらも
彼らにとっては見世物でしかなかったのだ。
-奪われたものは全て取り返す!!-
『……ァ?!!』
ベッドから跳ね起きた紫苑は静かに涙を流していた。
今回のヴィジョンは覚えのない光景だったが悲しさと口惜しさが紫苑の胸の内を駆け巡っていた。
ふと小さな痛みを感じて首筋に手を当てると怪我でもしたのか血が流れていたようだ。
呼吸法で肉体を活性化させるとすぐに塞がるような傷ではあったので大して気にもならなかったが。
ふと扉の向こうに人の気配を感じた紫苑は死角となる天井へ張り付いた。ゆっくりと扉を開けて入ってきたのは覆面の兵士だった。ベッドの上に紫苑がいないにも拘らずゆっくりと手を紫苑が寝ていたであろう場所に手を当てた。瞬間、気配を感じたのか振り向きながら銃口を向ける兵士に向かってほんの僅かに速く飛び掛かった紫苑はライフルを蹴飛ばすと兵士にCQCを仕掛けようと組み付いた。しかし驚くべきことにその兵士は紫苑のCQCを自ら回転の勢いをつけることにより投げによる攻撃を回避してしまった。自分のCQCが躱されたことに動揺した紫苑の隙を突き、今度は兵士が紫苑の足を払い地面へと転がす。反撃を試みた紫苑だが完全に馬乗りになられた状態からでは満足な攻撃はできず両手を絡め捕られて頭の上に片手で押えられる結果となった。
『初めて会った時とは立場が逆になったわね。』
親しげにかけられた声にまさかという顔をした紫苑を見ると兵士はその擬態を解き、本来の美しい青い裸身をさらした。
『……れ、レイブン……』
自分の名前を呼ぶ紫苑の声に身を震わせたレイブンは動物のマーキングのように自身の頬を少女の首筋に擦り付け始めた。くすぐったさに少し顔を赤らめた紫苑が止めるように言おうと口を開きかけたとき、レイブンの動きがピタリと止まった。
『…他の女の匂いがする…』
あまりに黒いオーラのこもった言葉にヒィッと紫苑が小さく悲鳴を上げたことも気にせず睫毛が触れ合うほどの近さに互いの顔を近づけたレイブン。
『に、匂いって…?』
『私の紫苑にとんだ泥棒猫が近づいてるみたい…どういうことか説明してくれるかしら?』
思わず何人かの新しい家族の顔が浮かんだ紫苑。
BOOM! BOOM!
部屋を揺らすような爆発音に二人がハッと顔をあげた。
『…レイブン!!』
先程の顔は鳴りを潜め、戦士の顔つきになった紫苑を見てレイブンも溜息をつきながら彼女を開放する。
『こんなに不安にさせて……後でお仕置きよ……』
『…ゴメン…心配かけちゃったね。』
少し悲しそうにした紫苑の頬をレイブンは優しく撫でた。
『無事で…本当に良かった…』
自分の思いの全てが伝わっていたわけではなさそうだがそれでも心優しい紫苑を更に愛しく思ったレイブン。その言葉にレイブンの深い愛情を感じた紫苑は瞳を潤ませながらお互いの額を合わせた。
『…お願いレイブン…力を貸して。』
『本当にしょうがない子…』
口角をあげながら呟いたレイブンは掠めるように自分の唇と紫苑のそれを重ねた。
『これは前金。私は高いわよ?BOSS。』
しばし顔を見合わせた二人は互いに頷くと爆発のあった方角へと走り出した。
運命の歯車がまた一つ廻り出す。
~~~~~~
『エルザっ…!脱出しろ!!』
常識はずれな機動と火力でスネークに襲いかかったメタルギア。しかし立ちはだかるは伝説の英雄-BIGBOSS-。
生身の人間が未知の新兵器を破壊してしまったのだ。あまりの事態に呆然としていた兵士たちも自分たちの希望ともいうべきものが破壊されたことで一人また一人と武器を手放していった。
『素晴らしい。』
不敵な笑みを浮かべスネークを称賛するジーン。その顔に焦りも恐怖も悔しさもない。
それどころか切り札を破壊したスネークを称賛しだした。
苛立ったように投降を呼びかけるスネークをあざ笑うジーン。
ジーンの余裕は意外な男から語られた。ゴーストを名乗っていたのはスネークイータ作戦時の重要人物、ソコロフだった。スネークが破壊したのは大陸弾道メタルギアではなく実験機だった。彼の野望はつぶされてなどいなかった。空輸されていく-本物-のメタルギアを見たスネークに背を向け立ち去ろうとするジーン。
『待てジーン!』
『私を撃つかスネーク。』
呼び止めるスネークにその引き金を引く資格があるのかと尋ねるジーン。
『ボスの称号を受け継ぎながら、あるべき未来の姿を考えようとしなかったお前に!』
驚くスネークを見下ろしながらジーンはその真価を見せつける。
『聞け!すべての兵士達よ。』
その場にいたものすべてを
『冷戦が終わったからと言って平和が訪れるわけではない。』
飲み込むカリスマ
『同じ国の兵士同士が殺しあう時代が訪れるだろう。』
その眼は
『今のお前たちの様に!』
心を貫く刃となり
『昨日までの隣人が、戦友が、家族が…お前に銃を向けるかもしれない。』
恐怖の血飛沫をあげていく
『おまえを恨んでいる人間はいないか?』
その言葉は
『おまえを馬鹿にしている人間はいないか?おまえは本当に誰かに必要とされているのか?』
精神を射抜く矢となり
『おまえを殺してやりたいと思っている人間は…本当に誰もいないのか?』
疑心の妖花を芽吹かせる
怯えるソコロフ、制止するスネーク。
そして
『ここにいるわよ!!』
『紫苑!!』『…小娘…』
戦乙女、大いなる使命とともに再び戦場へ降り立つ。
『さっきはよくもやってくれたわね。第2ラウンドを始めましょう?』
『…この私を殺せると…本気でそう思っているのかね?人の命を奪ったこともない小娘が。』
ジーンと紫苑は工場の二階部分で睨み合っていた。その間合いは数m程度、いつ戦いが始まってもおかしくない距離である。
『…あなたの言うとおり…戦士としてまだまだ未熟よ。それでも…』
『負けるとわかっていて挑むか。ただの自殺志願者とは…見誤ったか。』
『負ける?笑わせないで。いつ-私達-が負けるなんて言った?』
カチャ
『私から紫苑を奪ったのは重罪。…一回殺すぐらいじゃ足りないわ。』
冷たい殺気とともに突きつけられた拳銃を握るのは緋色の髪をした紫苑を大人っぽくしたような女性。
『…貴様…何者だ…』
『もう一人の紫苑よ。あるいは死の使いの鴉-レイブン―かしら?』
『さぁ。第2ラウンドは始まってるわよ相続者さん?』
二人に挟まれ絶体絶命かと思われたジーンは薄く笑い出す。
『…いいのか?私の部下が下にいるやつらの中にもまぎれているぞ。私を裏切ったものをすべて殺すために。』
そういうとジーンは眼下の兵士たちを見下ろす。
『嘘だ…騙されるな!奴の言葉を聞くんじゃない!!』
スネークの言葉もむなしく兵士たちの間には恐怖が波紋のように広がっていく。
『おまえたちの敵はお前たちのすぐ隣にいる。』
波紋は漣となり
『おまえか…いやおまえだったか…』
恐怖の荒波へと姿を変えようとしていく。
『いたぞ…敵d』-BAN-『?!何…?!』
ジーンが恐怖のダムを決壊させようと放ったナイフは突如飛来した銃弾によって撃ち落された。
驚く間もなく工場へと突入してきた謎の特殊部隊によって兵士達は混乱の底に落とされた。
自らの筋書きにはなかった展開に驚きを隠せないジーンに紫苑とレイブンが躍りかかる。
『『朽葉流、砲砕!』』
『グッ…?!!』
左右から同時に放たれた暴力に思わず膝をついたジーン。勢いそのままに襲い掛かる紫苑の跳び蹴りを向かってくる足を掴み、力任せにレイブンに投げつけることにより躱す。
紫苑を受け止めたレイブンが銃を向けるとナイフを投擲したジーン。真っ直ぐに紫苑に向かうナイフを確認したレイブンは彼女に覆いかぶさるように庇うとその背中に刃を受けた。
『…?!レイブン?!』
紫苑が悲鳴を上げるとその隙をついてジーンはヘリで離脱していった。
レイブンの背に刺さったナイフを抜き取ると紫苑が抱き上げる。
『レイブン!!』
『…大丈夫よ…これぐらい怪我のうちに入らないわ。』
見ると背中の傷はすでに塞がりつつあった。驚く紫苑に自嘲気味にレイブンが笑う。
『治癒能力-ヒーリングファクター-。…化け物染みてて怖くなった?』
刹那、紫苑がその眼に涙を滲ませてレイブンをかき抱いた。
『…ありがとう…ありがとうレイブン。私の為に…』
『…いいのよ…貴女の為なら…』
互いをしっかりと抱きしめあう二人。一枚の絵画の様に輝くその姿にその場にいる誰もが目を奪われた。
~~~~~~
outside
《隊長。工場内の制圧完了です。BIGBOSS、及びその仲間も一時拘束しています。》
『よくやった。紫苑に後を引き継ぎ、我々は今度こそ撤退するぞ。』
無線を切ったゼルは目に当てていた双眼鏡を外すとすぐ隣で射撃姿勢を保ったままの狙撃手に声をかける。
『素晴らしい腕だカール。我々も撤収するぞ。』
『了解です隊長。』
その言葉に覗いたままだったスコープから目を離すと部隊で最も優秀な狙撃手、カール・フェアバーンは立ち上がる。
『しかし…恐ろしい女ですね。』
『…あぁ。全くもって敵に回したくない女だ。』
撤収準備をしながら思わずつぶやく二人。すると無線機に連絡が入る。
《お見事だったわ、ゼル。》
『…いいえ。全てはあなたの脚本通りだったわけだ。我々はただ指示通り動いたまでですよ。』
《ご謙遜を。私は奴が戦闘態勢に移ったらそれをつぶせと言ったまで。その距離からナイフを撃ち抜くなんて並みの腕じゃないわ。》
『…褒め言葉として受け取っておきましょう。ご指示通り、制圧した部隊は紫苑に委ねます。その際に偵察済みの重要拠点のリストを彼女にお渡ししておきます。』
《ご苦労様。こちらはまず一つ目が片付いた所…ところで…もう一つの依頼はどうかしら?》
『……それは……』
言いよどむゼルの耳に無線の向こうで薄く笑う女の声がした。
《フフッ…意外と可愛い人ね。》
『……』
《それじゃこちらはまだやることがあるの。》
『…えぇ。また何かご依頼があれば…』
《そうね。貴方達にも良い主君が現れることを祈ってるわ。》
女はそう告げると無線を切ってしまった。静かになった無線機をじっと見つめるゼルにカールが声をかける。
『隊長、もう一つの依頼とは?』
『……お前たちは知らなくていいことだ。』
-伝説の英雄-を殺すのは…我々には荷が重すぎる。
ゼルは一度工場を見やり背を向けた。
~~~~~~
ヘリに乗り込み、空に舞い上がったジーンは非常に不機嫌だった。
兵士たちを扇動してスネークに人間の愚かさを見せつけてやろうという目論見が無粋な乱入者によって破綻させられたからだ。
『…小癪な小娘め…』
男の纏う雰囲気に同乗した兵士たちは身動きすらできない。男の恐ろしさを目の当たりにしているからだ。
しかしそんな空気を物ともせず呑気な声をかける者がいた。それも操縦席から。
『お客さ~ん♪どちらまで?』
『な?!貴様は?!』
男の欲望は止まらない。
動け…動けよぉ…(話が)