Historia~彼女を救う彼女の物語~   作:瞬く陰と陽

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お待たせしました

今回の章は母・子・家族のエピソードを書いていきます

皆さんにとっての家族とはどんな存在ですか?

ご感想をお待ちしております


僕らだけの未来

”信じ過ぎると裏切られるかもしれない。

 

だが信じないと、自分が苦しむことになる”

 

-フランク・クレイン

 

 

 

「はい。もういいわよ。」

 

「ありがとうウルスラ。」

 

 

 

私が紫苑と共にこの街に来てから一月が経った。

FOXでメディカルスタッフとして働いていた私は今は紫苑の体調管理を任されている。

…正確に言えば今の紫苑には体というより心の管理が必要といえる。

今朝もトレーニングを終えた紫苑に簡単な問診をしていたところだった。

資料に書き込んでいると頭の中にはいつも浮かんで消えることがある。

 

 

世界で唯一の死の超越者-スペリオール-。

 

…一度Dr.トキオカが口にしたその存在にまさか紫苑がなるとは思いもしなかった。

 

彼の行っていた研究は私の、いや世界中のほとんどの人間からすれば理解の範疇外。

 

資材も機材も、知識すらも無い今の私にできるのは…

 

彼女を現世に呼び戻した―SEED―の情報を少しでも集めて…集めてどうするというの?

 

紫苑を元に戻す?そんなことできるわけない。これは人が触れていいような代物ではない。

 

そもそもこれは安全な力なの?もし紫苑が飲み込まれてしまったのなら誰が彼女を止めることができる?

 

 

 

今や彼女は歩く核弾頭。あのまま紫苑を眠らせていた方がよかったのでは?

 

「大丈夫?」

 

嫌な考えに囚われだした私を紫苑が心配そうに見つめている。

 

「大丈夫よ、少し考え事をしていただけだから…」

 

「本当?私に出来ることがあるなら何でも言ってね!!」

 

 

眩しい程の紫苑の笑顔にハッとする。

 

-私に出来ること-か…

 

あの戦いで―私達姉妹-は一人になった。

 

そして紫苑は…-人-ではなくなった。

 

それでも紫苑は折れない。紫苑は曇らない。今も私の事を案じてくれている。

 

「…強いなぁ…」

 

思わず零れた私の言葉に不思議そうにしている紫苑は年上とは思えない愛らしさを持っている。

 

何でもないと軽くごまかし立ち上がると紫苑と共に私の私室を出てダイニング・ルームへと向かう。

 

今の時刻は午前8時。これから朝食の時間だ。

 

ちなみに朝食は当番制で今日はアイリーンの日、彼女の料理は一流レストランにも引けを取らないクオリティを誇っているので私も楽しみだ。

 

先程の後ろ向きな考えも一旦放り出した私は現金だとも思うがそれはそれ。

 

 

扉を開けると芳醇な焼きたてのパンの香りが鼻腔をくすぐる。

 

10人はゆうに掛けられるであろうダイニングテーブルには彩り鮮やかなサラダボウル、奥のオープンキッチン(ここの改築に一番時間がかかっていた)ではアイリーンがフライパンを操っている。

 

香りからしてベーコンと目玉焼きのようだ。

 

私と紫苑はサニーサイドアップの半熟でアイリーンとトップは完熟、パーセフォニーはターンオーバーのオーバーイージーと好みはバラバラだが我らが三ツ星シェフにかかれば文字通り朝飯前だろう。

 

…別に私が苦手という訳ではない。

 

定位置となった自分の席に座るとミルクをマグカップに注ぐ。

 

元々は珈琲派だったがアイリーンやトップを見ていると-成長-を願わずにはいられなかったため、最近は涙ぐましい努力をしているわけだ。

 

 

そうこうしているとトップやパーセフォニーも集まり朝食の時間となった。

 

私達は此処に住みだしてから皆揃って朝食をとることがルールとなっている。

 

そこで今日一日の予定や今後の方針などを話し合うのだ。

 

「おはよう。みんな集まったようね。」

 

「おはよう!ん~今日も美味しそう!!」

 

「アイリーンの食事は美味いからねぇ~。ついつい食べ過ぎちまうよ。」

 

「そうね。お蔭で1.2kgも太ったわ、…トップが。」

 

「ちょっ?!パス!!なんてこと言うんだい?!!」

 

「はいはい。朝から騒がないの。それじゃ紫苑、お願いね。」

 

全員の顔を見渡した紫苑は両手を合わせる。

 

 

「「「「「いただきます。」」」」」

 

 

 

こうして私達の朝は始まるのだ。

 

「さてBOSS。今日は重要な報告があるわ。」

 

朝食が済むとアイリーンは一枚の封筒を取り出した。どうやら手紙らしい。

 

「これはミスティークからの手紙よ。」

 

「レイブンから連絡があったの?!!」

 

-ミスティーク―レイブン・ダークホルムはサンヒエロニモより以前に紫苑が出会った女性であり-変異体-ミュータントと呼ばれる存在だ。

事件終結後、彼女は調べたい事があるといって紫苑達とは別行動をしていたのだが…合流の日になっても彼女は現れなかった。

こちらからは連絡する手段もなくただ待つことしかできなかった。

 

「えぇ。どうやら調べ物が難航していたらしくて遅くなってしまったらしいわ。」

 

「へぇ~それでその調べ物とやらは終わったのかい?」

 

「どうやらそのようね。おそらく2~3日中にはメトロシティに着くわ。」

 

アイリーンから手紙を手渡された紫苑は嬉しそうに目を細め、読み終わるとその胸に愛おしそうに抱きしめている。

 

…ほんの少し走った痛みには気付かないふりをした。

 

 

 

「それじゃ今日も行ってくるね!」

 

「了解、BOSS。夕飯には帰ってくるんだろう?」

 

「うん!今日はパン屋の向かいのステラおばさんの家の庭掃除と…

 

 飼い犬のヴィクターの散歩だね。

 

 夕飯までには帰れるよ。」

 

 

この街に来てすぐの事。紫苑は買い物に出た帰り道、足を挫いた老婦人に出くわした。

 

お人よしな紫苑は当然その老婦人を自宅まで送り届け、そのあとも家事の手伝いなどをしている。

とにかく困っている人を放っておけない性格の紫苑は何かとトラブルに遭遇する。

 

16日前には迷子の子供の親探しをしていた。

8日前にはカップルの痴話げんかの仲裁を、

3日前に至っては近所の奥様から旦那の素行調査まで依頼されていた。

 

最もさすがにそれはアイリーンが断っていたようだが。

 

 

「準備はいい?ウルスラ。」

 

「えぇ。行きましょう紫苑。」

 

そうして今日も人助けに繰り出す。私はそのお供だ。

目的の家に着くとおばあさんが出迎えてくれたがどうにも浮かない表情をしていた。

 

「おはようおばさん。なんだか元気ないけどどうかしたの?」

 

「おはよう紫苑ちゃん。実はね…ヴィクターの姿が昨日から見えないのよ。」

 

「本当?!急いで探してくるよ!!」

 

「いつもすまないねぇ~紫苑ちゃん。美味しいクッキーを焼いとくからねぇ。」

 

申し訳なさげな老婦人に明るく手を振って応えた紫苑は意気揚々と飛びだして行こうとする。

 

「ちょっと待って紫苑!探す当てはあるの?」

 

「…とりあえず高いところから見れば何とかなるかな…と…ダメ?」

 

「ダメ?…って可愛く言っても駄目よ!!」

 

どうにも考えるよりも先に動くBOSSの手綱を引くように近くのベンチへと座らせる。

呆れてますという空気を出してはみるがてへへと舌を出す様子には反省の色は見えない。

 

「まったく…今からクレアボヤンス-遠隔透視-で見てみるわ。」

 

「おぉ!!さっすがウルスラ、頼りになる!!」

 

はいはいっと調子のいい紫苑を受け流すと意識を集中する。

うっすらとヴィジョンが頭の中に浮かんでくる。

 

「…これは…公園ね。誰かといるみたい…方角は此処から北西、それほど離れていないわ。」

 

「了解!!その公園なら行ったことあるよ。急ごう!!」

 

 

立ち上がった紫苑は私の手を取ると風を切るように駆け出していく。

 

流れる景色の中、風に踊る黒い髪とその手の暖かさだけが私の世界を構成していた。

 

鼓動が速くなって顔が熱くなる。

 

夢中で足を動かしていると顔だけこちらに向けた紫苑と目が合った。

 

《楽しい?ウルスラ》そう紫苑が目で問いかけているような気がした。

 

言葉じゃできない会話するように私は紫苑に微笑み返す。

 

もう一度前を向いた私達は路地を抜け公園へとたどり着いた。

 

「あ!ヴィクターだ!」

 

紫苑が指差す先には一匹の大型犬が大人しく座ってベンチに座る老紳士と少女から餌をもらっているようだった。

 

「ヴィクター!おばあさん心配してたよ!どうしたの?」

 

彼らに近づいた紫苑が気遣う声をかけると嬉しそうにヴィクターが尻尾を振っている。

 

「この子は御嬢さんの犬かね?」

 

「いえ。知り合いのおばあさんの犬なんです。いい子にしてましたか?」

 

「あぁ、とてもいい子だったよ。なぁドロシー?」

 

「…えぇ…お父様…」

 

老紳士の隣にいた少女が抑揚のない口調で呟く。

 

ドロシーと呼ばれたその少女は透き通るような真っ白な肌で髪は赤毛のボブカット、青いアイシャドーで薄らと化粧をしている。

 

表情の変化に乏しい様子の少女だがヴィクターが近寄ると少し表情を緩ませ頭を優しく撫でている。

 

「私の名前はシオン・クガシラっていうの。ドロシーは犬が好きなの?」

 

少女の目線にしゃがみ込んで自身の目の高さを合わせた紫苑は嬉しそうにドロシーに尋ねる。

少し驚いたように目を開いたドロシーは戸惑いながらも小さく頷いた。

可愛らしい反応に更に笑みを深めた紫苑はニコニコと笑いかけるが、少女の隣に座る老紳士は驚いたように目を見張っている。

 

「紫苑そろそろ行きましょう。」

 

「そうだね。それじゃ「ちょっといいかね?」…はい?」

 

立ち上がろうとした紫苑を老紳士が呼び止めた。

 

「私の名はティモシー・ウェインライト。パラダイム社の科学者をしている。」

 

此方を真っ直ぐと見つめる老紳士の目には異常なまでの威圧感があった。

 

「我が娘、R・ドロシー・ウェインライトには友人と呼べる存在がいなくてね。

 

 君にそうなってほしいのだがMs.クガシラ。」

 

有無を言わせぬ老紳士の物言いに不快さをにじませながら口を開こうとした私を紫苑が右手を挙げることで制してきた。

 

「その心配はないですよウェインライト博士。

 

 私達とドロシーはもう友達ですから。」

 

紫苑の笑顔をジッと眺めていた老紳士はフッと小さく笑って再びベンチに腰を下ろした。

 

「またねドロシー!」

 

ドロシーに手を振ってヴィクターを抱え上げた紫苑は飼い主の元へと歩き出した。

 

去りゆく紫苑の背に向けて小さく手を振るドロシーの姿を尻目に私もその場を後にした。

 

 

無事に家族を送り届け、庭の掃除も終えた私達はお土産のクッキーを手に家路へとつく。

 

愛にあふれたとても穏やかな日々。

 

たとえ世界が悪意に満ちていようとも、

 

私には僕らだけの未来がきらきらと見える気がしたのだ。

 

 

 

~~~~~~

 

 

「お迎えに上がりました、ウェインライト博士。」

 

「これはこれは陽炎君がお迎えとは…てっきり嫌われているものだと思っていたよ。」

 

老紳士の皮肉にも眉一つ動かさず冷たく見下ろす陽炎には感情といったものは見られなかった。

 

「研究の成果をお受け取りに参りました。どうぞお渡しください。」

 

「…君達の助力には本当に感謝している。学会から爪弾きにされた私に充分な支援をしてくれたのは君達だけだった。-彼-の母親を甦らせるという目的も共感できた。…だが…」

 

そこで言葉を切った博士は鋭くいい放つ。

 

「ドロシーの兄弟達を戦争の玩具にされるのは我慢ならんのだよ!!」

 

一瞬眉根を寄せた陽炎だがギラリと此方を睨む博士を見遣ると冷徹に思考を切り替える。

 

「仰る意味は分かりませんがお館様に歯向かうというのならば容赦は致しません。」

 

全身から殺気を立ち上らせ、呼気からは怪しげな毒気を零す陽炎の前にドロシーが立ちふさがる。

 

「…御父様に触れないで…」

 

「…さすがに貴女には効かないのでしょうが…無駄なことです。」

 

ドロシーが振り向くとウェインライト博士の後ろには一切の気配を感じさせず、直刀を抜き放った男がいた。

その男の立ち姿には一抹の隙もなく少女が助けに動くよりも速く、老人の頭を宙へと切り飛ばすだろうことは想像に難くない。

 

「ドロシー…」

 

力無く呟く博士を見る少女の目は父を案じる娘のものだった。

 

 

~~~~~~

 

 

メトロシティ一の豪邸。その扉を開けたベルガ―はいつもその豪華さに目を奪われる。

そしていつも戦慄するのだ。この財を己の肉体のみで築き上げたこの館の主の男の異常さを。

一際豪奢な扉の前で立ち竦む。

この扉の向こうにあの-怪人-がいると思うと湧き上がる恐怖心を抑えられなかった。

 

「入りなさいベルガ―。」

 

ノックもする前に声をかけられるのもこれで3度目。

初めは隠しカメラの類を疑ったが彼に映像は無意味だ。

扉を開けると革張りの椅子に深く腰掛けた大男が目に入る。

五分刈りの金髪に健康的に焼けた肌。

貌には多くの皺が刻まれており男の重ねてきた年月の長さを、深さを物語っている。

 

「私に内緒で何やら面白いことをしているそうですねぇ?」

 

「は、はいボス!!きっとボスにもお喜びいただけると思います!」

 

ヘルガ-の言葉にボスと呼ばれた男はへらと笑うと人差し指をくいくいと動かし彼を呼ぶ。

恐る恐る近寄ったヘルガ-の顔を両手でぴたと触れる。

髪を、頬を、唇を、瞼を、その指で触っていく。

 

「なァヘルガ-。わたしはね…

 

 15歳で視力を失って以来……

 

 

 

 

 ……泣いたことがない………………」

 

ヘルガ-に興味を失ったのかその手をはなすとサイドテーブルに置いてあったスピリタスをクリスタルグラスにトクトクと注ぎだす。

 

「人体というものはねヘルガ-。

 

 なにかを排泄するときは

 

 すべからく気持ちのいいものだ。」

 

タンと瓶を机に置く音が静かに部屋に響く。

 

「小便・大便・精液・反吐・汗。どれも……スゴく気持ちがイイ。

 

 わたしはねヘルガ-。

 

 その5つを人の20倍排泄してきた……」

 

表面張力で膨れ上がった酒はテーブルに一滴も零してはいない。

 

「なのに涙を排泄したことがない。なぜだかわかるかね?」

 

「……い、いえッ!」

 

 

 

 

 

 

「涙腺が無い…」

 

 

 

固まるヘルガ-を尻目にザッと立ち上がった男はフルフルと震えだす。

 

 

「泣けぬことは……哭くより悲しい……」

 

 

 

 

 

オオオオオオオ!!!!!!!!

 

 

 

 

 

獣のような咆哮。

ピタと素に戻った男は椅子に腰を下ろす。

 

「わたしはねヘルガ-。人一倍泣くことが好きな子供だった。

 

 なにかの拍子に泣けた時など…

 

 気持ちが良くて気持ちが良くて

 

 泣きやんでしまうのが惜しくていつまでも泣き声だけは出し続けたものさ。

 

 

 

 いつまでも……いつまでも……」

 

 

 

 

”子どものころからわたしは、

 

 人と違うところにいて、

 

 人と違うものを見てきた”

 

-エドガー・アラン・ポー




この章のボスの登場です

今はまだあえて正体は書きませんが(バレバレでしょうが)私にとっての母子の関係を描くうえで彼は欠かせぬ存在です。

次の話ではスピード感を表現できればうれしいです。


それでは応援よろしくお願いします
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