少しずつですが確実に。
よろしくお願い致します。
ひたひた
ひたひた
何処までも続くような
それでいてすぐ目の前で終わりそうな
真っ暗な空間。
ひたひた
ひたひた
這い寄る気配。
ここは私と相棒だけの世界。
相棒は私を通して外を見て、
学び、成長している。
私達は強くなっている。
今この瞬間も、
加速度的に、
際限なく、
膨張を続ける宇宙のように。
私達に畏れはない。
嵐に向かって
はばたく鳥のように。
さあ輝きの向こう側へ‼
~~~~~~
もう何時間そうしていただろうか。
あと一筆。
一筆入れるだけで私の最高傑作、
そして、
タイトルは…そう…
「
心は決まった。
ずっと握ったままだった筆に絵の具をのせ、
これまで積み上げた全ての私自身をそっとキャンバスに託す。
フゥ
知らず知らず呼吸を忘れていたのだろう。
身体中の細胞一つ一つから搾り出たような吐息に僅かな笑みを溢した。
「彼女を…九頭紫苑を呼んでくれ。」
「…はい。」
背後に控えていた陽炎が返す答えに滲む感情には気付かないつもりだ。
私が
このキャンバスに向き合った朝。
その時宿った最後の願い。
私はその願いをあの偉大な戦乙女に叶えてもらう。
例えその背にすがるような視線だけしか向けられず、
私以上に涙をこらえ、
その手に血が滴るほど握り、
それでもなお身動ぎ一つせず待ち続けた子供達。
神楽、セレステ、龍丸、陽炎、立羽。
彼等の想いを私は踏みにじる。
…あぁ…
ママに逢える…
~~~~~~
かちかち
時計の秒針が耳につく。
作戦の前は何時だってそうだ。
薄暗い手を伸ばせば触れるほどの高さしかない空間。
だが空気はむぅっと熱を帯びている。
ワァァァァ!
ビリビリと足元が揺れる。
怪人サクラが築いた巨大な
その天井裏に私とパスはいた。
「恐れることはないわ。」
まるで何時もと変わり無く告げるパス。
恐れ?
入隊資格の無い女の身でありながら特殊部隊の厳しい訓練を耐え抜いて非公式ながらレンジャーとなった私が?
笑い飛ばしたいところだが…
無駄だろうね。
パスは人の心の機微に鋭い。
本人は自分には心が無い、なんて言うがとんでもない。
誰よりも相手の心を
知ろうと、
分かろうと、
感じようと、している。
…まぁその方法には賛否はあるだろうが。
つまり、私は
「…恐いってことか…」
零れ出た本音に今度こそ笑みが浮かぶ。
認めてしまえばやるべきことが見える。
やるべきことが見えたなら、
進みだすだけ。
………
(何をやってるの?)
自分の中でする女の声。
(自分を信じ始めたんだ。)
その声に応える男。
在りし日の私の中の彼らの言葉。
あぁ…なんて人間は素晴らしいのかしら!
自身に備わったスペック以上のパフォーマンスを発揮する。
(だけど忘れないで運命なんて決して信じてはダメ。人生は自分で決めるものよ。)
そうね、
(道を知っていることと、実際にその道を歩くことは、別物だ。)
えぇ。まるで違ったわ。あの子やみんなと出逢って、毎日が刺激に満ちていて。
(理由こそが力の源、欠ければ無力だ。)
…ありがとう…
I don't like the idea that I'm not in control of my life
『自分の人生が支配されているような考えは好きじゃない』
A world whitout rules and controls, without borders or boundaries.
『法則も支配も、境界も限界もない世界』
A world where anything is possible.
『あらゆるものが可能な世界』
.........
かちかち
「時間ね。」
「あぁ。」
体に取り付けられたハーネスが鈍い光を放ちカチリと鳴る。
規則的に動く時計の針。
寸分違わぬそれの様にここまで来た。
完璧な筋書き通りに。
「さぁ、次はあたしらの見せ場さね!」
「えぇ、刺激的な夜にしましょう。」
かちッ
BRAKSHRAKATHOOOOOM!!!!
予定通りの時間に起こった爆発と同時にコロシアムの電源が落ちる。
悲鳴と混乱が渦巻く暗闇に二人の戦乙女が身を投じる。
今宵の舞踏会、フィナーレを彩る美しい「華」となるために。
〜〜〜〜〜〜
聞く者にこの世のことを忘れさせてくれない音楽は、それができる音楽より本質的に劣っていると私は思う。
グレン・グールド
(カナダのピアニスト、1932~1982)
「風のような速さの中に歓喜」が、
「フレーズから迸る美しさの中に楽しみ」が、
「ミネラルウォーターのように新鮮」と評された傑作。
ゴルトベルク変奏曲
サクラと紫苑の激闘が終演を迎えた後、アマデウスに戻ったアイリーンは一人それを弾き続けていた。
(…彼が好きだった曲。何処まで行ってもあの手の上からは…)
アイリーンは、『聡明な頭脳と勇敢さ、強い正義感を併せ持つ』と呼ばれた…かつては。
変質し、
変革し、
変貌した私はもう
(これは
「紫苑 私に任せて。貴女を傷付ける奴らを痛めつけ “悪かった!”と叫ばせる。」
他でもない このワタシが
狂気に満ちた女の兇笑が虚空に響いていた。
〜〜〜〜〜〜
決着。
果たしてそう呼んで良いのか。
照明を落とした後、天井を爆破。
ロープ降下で強襲、障害を排除し対象を確保。
(卑怯だの何だの言ってくるかと思ったけど。)
元々は乙女を拐って無理矢理上げられたリング。
その程度は弁えていたと言うことかしら。
(いざとなれば全部ぶち壊しても…
まぁアイリーンの
そう心の中で結論付けた女、ミスティークはハンドルを切りながら助手席で眠りこける
『さぁいくわよサクラ!朽葉流奥義!…焔獄!』
遂に会得した自身の奥義を繰り出した紫苑の一撃によって望んだ
奴から『会いたい』と連絡を受けたのは昨夜の事だ。
陽炎とかいう女秘書が使いとしてやって来た時、紫苑は深い眠りの中にいた。
追い返す事は簡単だった。
だが我等がボスの意見も聞かず決められなかった。
それに……
「あんな眼をされちゃね…」
「あんな眼?」
後部座席に座る紫苑の
どうしたものかと思案したが結局ははぐらかす事にした。
「貴女も母親になればわかるわ。」
「…子どもいないでしょう、貴女も。」
あら?何処かの世界線ではあり得たかもよ?
…………
私達が彼等に呼び出されたのはパラダイム本社。
「紫苑、起きて。」
私が肩を揺すると僅かに身動ぎして眼を開ける紫苑。
まだぼんやりしているのかふわふわとしている。
(かわいい…じゃなくて!)
「ほら!紫苑!」
もう一度肩を揺すると完全に覚醒したのかぐいっと体を伸ばして車を降りた。
高く聳えるビルを見あげる紫苑の横顔。
初めて会った時から変わらないその顔にとても熱いものが込み上げてくる。
「おはよう、ウルスラ。」
「えぇ、おはよう紫苑。」
穏やかな日常の挨拶を交わした私達は真っ直ぐに進む。
何も変わらない、いつも通り。
普段は大勢の人間が働いているであろう場所は休みになったのかシンとしている。
「お待ちしておりました、九頭紫苑様。」
私達を出迎えてくれたのは何処か憂いを湛えた女、陽炎だった。
その美貌に違わぬ美しい一礼の後は一言も発する事はなく、ただ最上階にて待つであろうあの怪人の元へと誘う。
(どうするつもり?)
エレベーターの中でミスティークにテレパシーを送る。
(別に?どうもしないわ。)
(…まあそういうと思ったわ。)
投げやりともとれるが予感がするのだ。
重厚な扉の前に立つ。
陽炎が扉を開くとその先にいた。
「待っていたよ。シオン。」
天に届くような大男、泣き虫サクラ。
その後ろには陽炎や神楽、龍丸達の姿がある。
その顔に敵意はない。
……が……
「…呼びつけといてお茶も出さな「一度しか言わないよ。」…チッ……」
同じことを思っていたのであろうミスティークが皮肉混じりに口を開いたがサクラは意に介さない。
苛立ちを隠さず舌打ちをしたミスティークが応接用であろう革張りの高級長ソファーにポスンと座る。
私もその隣に座った。
私達は部外者だ。
そう思えた。
「どうぞ。」
静かに告げた紫苑はサクラの
「君の手で
ママのもとへ送ってほしい!!!」
息がつまる。
何…それ…
紫苑の顔を見る。
…紫苑…
そこには何ら変わらぬままの紫苑がいた。
ふと紫苑が視線を移す。
その先には陽炎達がいた。
サクラのこどもたち。
「あなた達も彼と同じ気持ち?」
ギクリと体を強張らせた彼等。
「ッ…いやに決まっとるやろッ!」
「ッ立羽!」
「龍兄かってそう思っとるやんか!?」
「親父殿が決められたのだ!」
そう龍丸が叫ぶと堪えきれなかったのか立羽は隣にいたセレステにしがみついて肩を震わせていた。
「そう。」
短く呟いた紫苑が壁が一枚ガラスとなっている部屋の奥へと歩みを進める。
そこから眼下に広がる街並みを眺める。
「私を産んだ母はその命を代償にした。
だから私は母親がどういうものか知らない。
…でも…」
振り返った紫苑が大きなデスクの縁に左手をかける。
KKKKKKKKKKKKSHHHHHHHHHHH!!!!
相当な重量が有るはずのデスクを力任せに引き剥がすように吹き飛ばした紫苑。
天地がひっくり返ったデスクは頑丈な壁を容易く突き破る。
唖然とする私達。
「ふざけんじゃないわよ!!!」
大喝一声、空間を揺るがす怒りを露わにする紫苑。
誰も動くことは出来ない。
「自分のこどもが死を望んで喜ぶ母親がどこにいるッ!!!」
魂の叫び。慟哭。
つかつかとサクラの隣を通り過ぎ、部屋を去ろうとした紫苑が扉の前で立ち止まる。
「...同じように、親が死んで喜ぶこどももいないの...
サクラ。自分の為に泣いてくれる人、
大切にしてあげて。」
背中越しの言葉を残して紫苑は部屋を去った。
「...紫苑...」
私は紫苑が話してくれた『家族』の話を思い出していた。
「…じゃあ後はそちらで。」
興味無さげに言ったミスティークが立ち上がって、ハッと我に返る。
彼女について部屋を出る間際にふと振り返る。
部屋の中の巨人が小さく、幼子の様に見えた。
〜〜〜〜〜〜
紫苑達が去ってからもしばらくは誰も動けなかった。
「…ッ…お館様ッ!」
悲痛な声を上げてサクラの足下に平伏したのは陽炎だった。
「どうかッ!…どうかお考え直しをッ!どうかッ……!」
ぼろぼろと涙を零し、譫言の様に繰り返す陽炎。
それを見て弾かれたように立羽も陽炎の隣に跪き、泣き叫ぶように同じ言葉を続けた。
「「生きてください!」」
立ち竦むセレステも眼を潤ませる。
神楽は苦々しく顔を歪ませ、龍丸は堅く口を閉ざしている。
皆想いは同じなのだ。
「龍丸…『親父殿』と言ったね」
サクラの言葉に龍丸の肩が大きく揺れる。
「そうか…『父親』だったか…私は…」
フゥと息を吐いたサクラがそう呟くと部屋の隅に置かれた絵を見つめる。
これを紫苑への感謝の印として贈るつもりだった。
「陽炎、あれより大きなキャンバスを用意してくれ。」
1つ大きく運命が変わる。
「描きたいものが出来た。」
ヤラレっぱなしは悔しいじゃないか!
サクラの笑顔はイタズラを思い付いた少年のものだった。