収容所をでたグリードは鼻歌交じりにすたすたと歩き、
真っ直ぐ自分に与えられた部屋へと向かった。
途中何人かの兵士とすれ違ったが皆一様に顔を伏せこちらを見ないようにしていた。
自分の部屋へ着くと紫苑を椅子へと座らせ二人分のコーヒーを淹れ始めた。
「お砂糖とミルクは?」
「…すこし欲しッ!?うえっッ!?」
ブラックコーヒーは飲めない紫苑なので砂糖とミルクを貰おうとしたが砂糖を食事用のスプーンで山盛り三杯も入れているグリードを見て顔をひきつらせ、自分でやりますと手をあげた。
何が楽しいのかニコニコと笑うグリードは大量の砂糖の入ったコーヒーに口をつけ椅子に腰を掛けた。
「それで君…
グリードは静かに紫苑へ語り掛けた。
「…どうって言われても…
…スネークは私を守ってくれた…
…それで…それで…」
(…それで…何?私にとってのスネークって?
…スネークにとって私は…)
俯いて話し出す紫苑にグリードは続ける。
「好き?嫌い?」
あけすけな物言いに思わずむっとしたシオン。
「…そのどちらかじゃないとダメなんですか?
他人の人生に随分と興味があるんですね?」
「おやぁ?彼は君に興味がないのかな♪」
カッと頭に血が上った紫苑がグリードを睨み付けるが彼の表情に血の気が引く。
口は笑みを象るが目は違う。
まるで伽藍堂な瞳に思わず寒気が走る。
BEEP‼ BEEP‼
けたたましく鳴るサイレンに我に返った紫苑。
「え?なに?!」
「噂をすればなんとやら…
どうやら捕虜が脱走したようだね♪」
「…捕虜…スネーク‼
……スネークは無事なの?!」
「彼かい?そうだね…今頃…
…あぁ…どうやら…
ザ・ソローのところだね♪」
雨の音が遠くに聞こえた。
パン!!
グリードが手を叩く音に、ボーとしていた紫苑は肩をびくつかせた。
「
それに…今の君は彼にとって枷にしかならない。」
「な…?!そんなことない?!
私だって闘える!!」
「確かに君は優秀な
しかし
無論、
力に振り回される…ただのコドモ。」
「ぐっ…」
「
-任務-のためなら愛した人の命も
…奪うことができる。
…君に同じことができるかい?」
…できない…
私に人は殺せない…
「誰もが自分の為だけに
生きて
死ぬんだ。」
その言葉に顔をあげる紫苑のすぐ近くにグリードの顔があった。
黒い紫苑の眼の中にグリードの金の瞳が写る。
グリードの金の瞳の中に紫苑は懐かしい顔を見ていた。
それは無口だが不器用な優しさを与えてくれた…
気付くと紫苑は見覚えのない広い綺麗なビルのロビーに立っていた。
急な展開に戸惑っていると、入り口から長身で白髪の男が入ってきた。
異様な雰囲気に飲まれた紫苑は背後からかけられた声に驚いた。
そこにはサングラスにくわえタバコの男がオブジェのようなものの前で待っていた。
おそらくは白髪の男を。
サングラスの男が久しぶりに再会した友人を迎えるかのように歩み寄っていく。
DON!!
空気を切り裂く乾いた音が白髪の男に握られた巨大な拳銃より奏でられ、
もう一人の男の右手を消し飛ばした。
悲鳴をあげようとした紫苑は我が目を疑った。
消し飛んだ右手が
生えたのだ。
平らな断面から肉が盛り上がり再び手を蘇らせた、
その有り得ない光景を受け入れるまもなく二人は不敵に笑い合う。
紫苑を置き去りにして固い絆に結ばれた義兄弟は踊りだす。
凄惨で超常的なワルツを。
「来い。九頭文治。」
「そんじゃ、行かせてもらいますぜ。…兄貴。」
飛び交う銃弾。
風のように走り回り、
跳び、
蹴りあげる
兄貴と呼ばれた男は遥か高い天井に叩き付けられながらも引き金を引き続けている。
天と地から、互いに二挺の拳銃を撃ち合う二人。
一歩も退かぬ闘いは楽しげにも見え、
実際二人は
笑っていた。
しかし蜜月の時は短いもの。
崩れ落ちる白髪の男に
「なぁ兄貴…そろそろ終わりにしましょうや…」
「あぁ…すまんな…文治。」
「別にいいっすよ…」
照れたようにそっぽを向く。
いつもの兄の癖だ。
「これが最後だ!」
「わかってますよ…兄貴…」
終幕
紫苑は瞬きすら赦されなかった。二人の心の語らいを一滴も取り零さぬよう。
紫苑の足元を一匹の猫が駆け抜けた。
暗転
パン!!
「はい、そこまで。」
手を叩く音に紫苑は覚醒した。
そこはグリードと共にいた部屋のベッドでそこに横たわっていたようだ。
酷く喉が渇く。
背中に優しく手を回され、
グリードから水を与えられた紫苑はゆっくりそれを飲み込んでいく。
乾いた体に冷えた水が染み渡る。
落ち着いた紫苑はグリードを見つめる。
「あれは…何?夢?」
「君ももうわかっているはず。
あれは君のお兄さんの物語。
君の可能性を示したのさ。』
「可能性?
文治兄さんは人ではなくなっていたわ‼
私に人間をやめろと言うの!?」
「違う。そんなことは些末なことだ
彼は望んで力を得た。
自分の忠を尽くすために…彼は選んだんだ。
自分の道を。君だって本当は分ってる。」
紫苑は項垂れるしかなかった。
わかっていた。
兄が自分であの闘いを望んだことに…
紫苑は気づいていた。
(強くなりたい…)
そして今、自分は力を求めている。
兄と同じように。
―オレガイルダロ?―
ドクン‼
(これは…このスーツ…
ううん…
「君はお兄さんの闘いを見て学んだ。
お兄さんの
彼の生きざまを見て
君が
覚悟を決めることだ」
まるで教師のように語りかけるグリードに紫苑は引き込まれていく。
「大いなる力には、大いなる責任が伴う。
…以前友人が話していたよ。
あぁ…また別の友人はこうも言った。
強さとは自己の意を貫き通す力、
我儘を押し通す力、とね…」
(…力…私の持っている力。)
「君は何のためにここへ来た?」
(私は…)
「
「ならばその我儘を押し通せ。
そして責務を果たし、
その
さぁ…どうする?」
「私は…スネークの力になりたい…
ザ・ボスを救いたい!!」
立ち上がって言い切った紫苑を満足気に見たグリードは 「そろそろかな」 と小さく呟く。
『グリード、入るぞ。』
扉を開けて入ってきたのはザ・ボスその人だった。
紫苑に気づいたザ・ボスは驚いた顔を見せたが直ぐにグリードを睨み付けた。
『これはどう言うことだ、グリード!!
何故この子がここにいる!?』
『君と話したいと言っていたのでね♪
まぁ…いわゆる…ナンパ?』
何でも無いように言うグリードに今にも掴みかからんとするザ・ボス。
音もなく立ち上がったグリードが優しく彼女の唇に人差し指をあてた。
(は、速い…動きが感じれなかった。)
驚く紫苑の目の前でザ・ボスの耳に唇を寄せると艶っぽく語りかける。
『…無駄だよ…
僕と君の
いや…生きる
俺には到底、勝てるはずもない…』
『…グリード。』
睨み合う二人。
重い沈黙を紫苑が破る。
『あ、あの…貴女と話したいと私がお願いしたんです!!』
『…くだらん…話すことなどない。』
踵を返すザ・ボスだがコートを紫苑が掴んだため立ち止まる。
『それじゃ、ごゆっくり~♪』
ひらひらと手を振り部屋を出るグリード、部屋には沈黙だけが残った。
『お前のような子供が…何故ここにいる?』
静かな声でザ・ボスが問いかける。
『…貴女を救うためです。』
『私を…?私は救いなど求めていない。』
『貴方に求められたから救う訳じゃありません。』
『…随分身勝手で傲慢だな。
神にでもなったつもりか?』
『泣いている人は放っておけない質なんです。』
ザ・ボスが振り返り紫苑を見つめる。
『泣いているんです。
貴女が、ソローさんが、
そして…スネークが…
昔、私が転んで泣いていると兄が手を差し出してくれました。
だから今度は私の番なんです。』
すっと目を細めるザ・ボス。
『誰にも手を差しのべて貰えないものはどうする?
払い除けられたら?
助けを求めていない者は『それでも私はやめません。』…っ!?
全く…
フッと笑ったザ・ボスは紫苑を見て懐かしそうに目を細める。
パッと背を向けたザ・ボス。
『…場所を変えよう。付いて来い。』
ザ・ボスに連れられてやってきたのは人気のない広場、どうやら何かの格納庫らしい。
大人しくついてきた紫苑をしばらく眺めたザ・ボスが口を開く。
『私は…仲間を傷付けるためにジャックを育てたわけじゃない。
…だが時代が許さない。
…私が生き延びることを。』
『命は誰かに許されて生きる訳じゃないわ!!』
『…私は、未来を見たんだ。
空の上から。
この星に国もイデオロギーもない。
皆同じ人間なんだ。敵味方も無い筈なのに…』
紫苑は思う。自分のいた未来、そこでもやはり争いは絶えなかった。
同じ人間が互いに命を奪い合っていた。
『私は戦場で母となった。』
そう言ってザ・ボスはスーツの前面を開けた。
均整のとれた肉体には大きな縫合跡が残っていた。
そっと指を這わせる紫苑の頭を我が子のように撫でるザ・ボス。
『そして子どもを…奪われた。』
ハッと顔をあげる紫苑をザ・ボスは穏やかな顔で見ていた。
『もう私には何も残っていない、ただ痛みだけが体を這い廻るんだ。』
『そんなこと無い!!貴女には愛が溢れてる!!』
そう言って紫苑はザ・ボスの胸へ飛び込んだ。
ぎゅっとザ・ボスにしがみついている。
幼児のように。
彼女をいかせてはならない。
そうしなければならないほど、
彼女が儚げに見えたのだ。
『ありがとう。』
優しく微笑んだザ・ボスはそっと紫苑を自身から剥がして立ち上がる。
『それでも行かねばならない。
私は、私達は互いの忠を尽くすしかないんだ。』
大筋は変えずにちょっとずつ読みやすくなっていれば幸いです