2021年10月23日、最後の一行改稿
10、はばたく
とりあえず、鹿っぽいヤツの残りを持って水場に戻り、流れに沈めて冷やす。
そのついでに、全身に付いた血や墓脱出時のもはや乾いた土も洗い流した。
獲物を冷やすのは、腐敗防止のためだ。
この寒さで、必要かどうかわからんが、こういう、
こんな形で役に立つとは、思わなかったが。
元鹿もどきは、まだ結構でかい、残り下半身と片足で今の私と同じくらいの重さは在るだろう。
・・・勢いで、体重の二倍ぐらい食ってしまったが、身体は、すこぶる快調。
さっきまでの方がずっとヤバかった。
『
とか、タイムリミットと言うか、最後通牒的お知らせが来ていたのだ。怖っ。
水も食料も得られて、先ずは一安心。
周囲が明るくなり、陽が差し始めている。
朝だ。ごく普通の事なのに、久しぶりすぎて、何だか妙に驚いた。
見上げた空が余りに綺麗で、少し泣いた。
灰色の地面と木々の丸い帽子は雪の白さを取り戻し、黒い塊だった藪は緑に変わる。
淵に流れ込む水も、小さな光の粒を散らし、透明な川の底に、斑な石が幾つも揺れていた。
「・・・男だったか」
ふと、眼を下ろした先に、男子の印を見つけ、声に出した。
今まで、確かめるのを忘れていたのだ。
我、未だ、すっほんぽん。
大事なところは、約束どおり長い髪で隠れているが、油断すると丸出し。
ちょっとした思い付きで、『
なかなか暖かいし、大事なところも無事隠れた。
「うむ、これぞ文明人。あっ!」
朝の光の中、ある事を確認するため河原を見回し、静かな淀みを見つけて、水面を揺らさないように、そっと覗き込んだ。
些か痩せすぎているが、灰色の長い髪に大きな鳶色の瞳、意外と可愛い少年の驚いた顔が、こちらを見上げていた。
「・・・ヤツらの話と髪色が違う」
チンピラどもの話では、売られた髪は金髪の筈だが、艶の無い傷んだ白髪は、灰色に見える。
栄養不足か、ストレスとショックのせいか。墓場帰りなら有りか。
気にはなるが、しかし、確かめたいのは容姿ではない。
・・・『緋の眼』に。
オーラを目に集め、色彩を変化させる。
もはや、感情のコントロールに頼る必要はない。
淀みに映ったその瞳の色が、左は緋色に、そして右は青色に、変わった。
そう、左の『
『蒼い緋の眼』(以後『蒼緋眼』)
色のモデルは、前世で旅客機から放り出された時に見た、どこまでも果てしなく続く、生も死も忘れさせる蒼穹、藍より深い空と海の青。
後悔は、していない。
謎の深夜テンションと、中二心が疼いたせいだ。
オッドアイって、憧れるよね、しかも赤と青。
髪が金髪なら信号機だったのに、惜しかった。
いやこれが、とびきりの厄ネタだという事は、わかっている(変えた後で気がついた)。
なにも知らない者から見れば、貴重な『緋の眼』の、世にも珍しい青色変異種なのだ。
存在が判っただけで、コレクター、特に人体収集家達が、それこそ血眼になって追い求めるだろう。
悪党も懸賞金も、どれくらい集まって来るのか想像もつかない。間違いなく相当ヤバイ事になる。
だがしかし、このまま行く。
想定内、と言うか『緋の眼』の事は、撒き餌として、そのうち闇ルートでリークするつもりだった。
敵討の件もあるし、人体収集の是非自体はともかく、パーツを当人の同意無しに、無理矢理もぎ取ろうとする様な行為は、クルタ族になった事もあり、赦しがたく感じる。
状況が整ったら、私の瞳を狙って来た人体収集家や、その依頼を受けた人狩りどもを、残さず逃がさず根絶やしにするつもりなのだ。
青い『緋の眼』は、とても引きが強そうだ。
実現するには、越えるべきハードルが沢山有るし、命も危ない。
私が、どれくらい強く成れるかが、問題に直結するが、墓から外に出た今の目標は、相手が旅団の団員単独なら倒せて、複数なら逃げられるぐらい、だ。
成長する時間さえ得られれば、最低限そこに到達できるだけの
もしかすると原作の話の流れに影響が出るかもしれないが、種族を隠さずクルタ族として強者を目指すなら、『緋の眼』に
そして、残念なことに隠し続けられるほど、私は器用じゃない。この世界の賢い人達相手だと、下手すると、秒でバレる、
どのみち争う事に成るのなら、賭け金は目一杯高く。こちらが死ぬか、相手が破滅するまで。≪魔眼≫も有る。
ハンターハンターの世界なのだ、殺し合い上等。
喧嘩を売ってくるなら、とびきり高く買うまでだ。
・・・・・
なんか、妙に発想がイケイケになってる気がする。
前世で、異世界転生もののネット小説をいろいろ読み漁ってて、夢が叶った反動か?
お・・・念獣からの、お知らせ有り!
:普通の事?・・・だそうだ。相変わらず言葉ではなく概念伝達だが、少し流暢になってる気がする。
普通・・・そうだよな、一年余り半分死んだ状態で墓に埋まっていれば、変化もするか・・・
墓の下に居た時の事をじっと考えると、余計なものを削ぎ落とし、収斂された暴力の塊のような衝動が、心の奥底に培われているのを感じる。
これは、地下で心理的にヤバイ時に感じたストレスの源泉?もしくは、やたらと理不尽を押し付けられた、柔な心のなれの果て?
狂気混じりの善意が、ニコニコしながら手招きしてる気がする。
受け入れたら、旅団かヒソカ擬きだな。
こいつは、平和ボケした平均的日本人が、ハンター世界で生きるためのツールみたいなもんだと考えよう。
殺人に忌避感が無いのは、この世界の生存戦略的に正しい。
振り回されないよう、気をつけねば。
念獣が、わざわざこの件について“お知らせ“してきたのは、これが、命の危機にかかわる案件だと直感したからだと思う。
水や食べ物の件で、早く外に出るよう煽ったのも、あれ以上死人のように地下に居るのが、精神的に限界だと解っていたのだろう。
基本的に、基礎能力『我らは一人』があるので、念獣達が私の意思に関係なく動くのは、私の生命や精神が脅かされそうな場合に限られる。・・・はず。
そういや、今いつ頃なんだ?原作は、始まってるのか?原作に介入するかどうかはともかく、年代くらいは知っときたいな。
確か、千九百九十九年に話が始まったと記憶してるが。
・・・ま、いっか、修行が終わって人里に出れば、すぐ解ることだ。
もし年代的に会えなくても、それだけ平和な時代って事だし、変なことに巻き込まれる機会も減るだろう。
・・・いや、フラグじゃないよ。
雪が音を吸い取るのか、水音以外はバカに静かだ。
朝なのに、もう仕事の事を心配しなくて良いのだなと、ぼんやり思った。
墓の下では一度も思い出さなかったのに。
後輩も育っていたし、私が居なくても何とか成るだろう。
家族は無いし、心残りは、世話になった先輩に、最後の挨拶と今までのお礼が言えなかった事か。
少し風が出てきた。
葉の落ちた細い枝先が、擦れ合って乾いた音を立てている。
すっかり明るくなり、見通しが利くようになると、衣服を何も身につけず、寒空に一人で立っている自分が、ひどく無防備に感じられた。
『
そして何より眠い。
最後の念獣『
更に、夜中に墓を出てから朝まで一睡もしていないのだ。
幾ら念能力者でも、十歳前後の子供には厳しい。
「暖かくて、安全な寝床を探さないと・・・」
回りは、凍えるほど寒い雪の降り積もった森の奥で、徐々に風と雲が出始め、空模様は下り坂。
暖かさも安全も、容易に見つけられそうもない。
「とうっ!」
私は、景気づけのために、昭和風に一声かけると、空を蹴って木の上に戻り、集中して、あるものを探した。
・・・・・
三十分後、私は、暖かい穴の中で、ぬくぬくしながら眠りに就こうとしていた。
長い棺桶暮らしだったが、閉所恐怖症でも、暗所恐怖症でも無さそうだ。
転生後、初めての外泊、何かあったら起こすよう念獣達に告げ、おやすみをいう前に意識は途切れていた。
目が覚めると夕方で、狭い洞くつの外は、大粒の雪が、ゆるゆると絶え間なく降っていた。
激しくはないが、長く降り続きそうだ。
願ってもない、いい天気。
墓から出た時の土の痕跡も、その後のあれこれも、全部降り積もる雪の下に消え失せる。
これで当面、誰にも私の存在が知られる事は無くなった。
このまま、世捨人のように人里から更に離れて、修行パートに移ろう。
大木の根本の、二畳ほどの広さの穴から抜け出すと、私は何歩か新雪の中に踏み出した。
後ろから続いて、黒い大きな陰が、覆い被さるように這い出して来る。
熊だ、かなりでかい。
振り返ると、目が合う。
私は、ニッと笑った。
眠かった私が取った行動は、
一、『
二、偶然、穴より先に徘徊する熊を発見。ほどなく、空の穴も見つかる。
三、熊のところに戻り、試しに『
どうやら、秋の実りの時期に十分な餌にありつけず、冬眠に失敗した若い熊らしい。かなり痩せている。
四、川に沈めた鹿もどきを交換条件に、抱き枕を了承させる。
五、爽やかな目覚め。←今ここ。
毛皮は惜しかったが、移動が有るので諦め、宿代として肉を渡し、≪魔眼≫を解除する。
少なくとも、動物相手でも≪魔眼≫が効く事は確かめられた。
もし効果がなければ、頭を殴って気絶させ抱き枕。髪で縛り上げて、抱き枕。殺して、大きな身体から熱が失われるまで抱き枕。の、どれかだった。
平和に済んで、めでたしめでたし。
木の上から、川原で私の食べ残しにかぶり付く熊を見下ろし、強く生きろよと、心の中でエールを送って別れを告げる。
目指すは更に森の奥。
降り続く雪の中、空を踏みしめては次の枝に渡り、私は猿かムササビのような速度でその場を離れ、森の深みへと向かって行く。
視界や足場は悪いが、念による強化と念獣の能力で補えるので、支障は無い。
薄暗い夕方の森を、音も立てずに静かに進んでいると、何だか、前世で先輩に誘われて、初出勤した朝の事を思い出した。
当時、下らない
大検を受けて、高卒認定は取っていたが、高校生活まるっと引きこもりで、バイトすら未経験だった私は、近所の人に会わないよう朝まだ暗いうちに、家を出た。
びくびくと人の目を気にしながら、なけなしの勇気を振り絞って俯いて歩く私は、人から見れば、きっと滑稽なさまだったろう。
だが、当時の私にとっては世界がひっくり返るような大事件だった。
私は、これが、私に巡ってきた最後のチャンスと思い込み、誰かに笑われたら死んでやるとばかりに思い詰め、 文字通り命懸けで歩いていた。
待っていた仕事は、推し作品のイベントを、コンセプトの立案からまるっと立ち上げるもので、下っぱの私は、全ての段階で雑用を任され、息つく隙もない程の忙しさに、あっという間に馴染んでしまった。
楽しい毎日だった。
全ては、あの朝から始まった。
あの、勇気を振り絞って外へ出た朝から。
だから、進もう。
飛び立たなければ、始まらない。
たとえ、嵐の夜だとしても。
to be next stage,
一応、タイトル回収
以降は、出来上がったら上げるゆっくり更新になります。
この先もプロットは有るので、気長にお待ちください。
※作中に今後出ないだろう裏話。
主人公の言う『先輩』は、ネトゲでのプレイヤーネーム。会社でも主人公はそのまま『先輩』呼びだった。
『先輩』は大規模ギルドのギルマスで、主人公は雑用全般をと押し付けられる有能なサブマスの一人だった。
後輩は、そのまま入社二年目の後輩。
両方女子、たまにカップリングで揉めている。
主人公のプレイヤー時代の渾名は『エロメガネ』某氏を真似て眼鏡を愛用していたが、知的というよりなんかエロいと、『先輩』命名。会社では名前呼び。
※何だか明記されてないとストレスになる方がいらっしゃるようなので、ヒントだけ 。TSタグは、必要無いんです。