嵐の夜に飛び立とう   作:月山ぜんまい

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 12、四大行

   12、四大行

 

 初夏の陽射しを植え替えた潅木で凌ぎ、未だ残る瞑想用の平たい岩の上で、既にルーティンとなった朝の基礎的な念の修行をこなす。

 

 まず、定位置の石の上で座禅を組み、目を閉じて心を落ち着け、集中力を高める。

 居眠り防止には、事前にたっぷりの睡眠が大事。

 

 原作知識を頼りに、推測混じりの“纏“、“練“、“絶“、“発“、の四大行のうち、“発“以外を繰り返し修練し、ひたすら地力の向上をめざす。

 ついでに“凝“も、時々織り混ぜる。

 

 たまに念獣達とも対話して、念や自身に対する知識と理解を深める。

 

 普段の念獣達の意識は、本体である身体の各部位にそれぞれ納まっているが、対話を意図すると、墓の下で気が付いた時のように、『腎臓(カプリコーン)』の一時から、『左手(サジタリウス)』の十二時まで、私の意識を中心に時計の文字盤のようにぐるりと並ぶ。

 微妙な個性と、ふわふわぬいぐるみ感は変わらないが、前より力強くなってる気がする。

 ちなみに『尻尾(ウロボロス・ホルダー)』の場所は、私の意識が有る位置の下側、仕切りなど無いが、イメージ的には文字盤の裏側になる。まんま尻尾の位置。

 別に仲間ハズレではなく、発生の経緯や能力、役割的に()()として許されているらしい。

 最初は意味が解らなかったのだが、私により近い位置に居ることが特別扱いなのだそうだ。

 確かに、距離的には私に一番近い。

 尻に敷かれているが・・・

 

 そして勿論、対話にも普通に参加してくる。

 念獣達全員、言語ではなく概念伝達なので、こんがらがってグダグダになることもある。主に私が。

 

 修行をはじめて改めて気づく事も出てくる。

 

 “絶“だ。

 

 四大行の一つ。

 

 念で造られた念獣達とは、全くもって相性が悪い。

 

 出来るはず無いよなぁ、できたら良いなぁ、でも無理だよなぁ、と思っていた“絶“が、なぜか出来るようになってしまった。

 

 『左目(スコルピオ)』の≪観測≫で自分の手からオーラが出ていない事を、にぎにぎしながら確認する。

 ≪再生≫で治癒するので左右とも傷一つ無いが、売れない芸能人のようにオーラは皆無。

 

 今の身体はオーラを全く纏っていない。 

 傍から見ると、四大行の“絶“を行っているかのように見えるだろう。

 しかし、実際は違う。

 

 私の本来の肉体の部分は、手足を引っ込めた亀のように胴体のみ。内臓も幾つか代替品だが今は関係ない。

 首から上も頭蓋と口以外は大体念獣達で補われている。

 つまり、私が念獣達を顕現させている以上、顕現に必要なオーラ(ドライブコスト)は微々たるものだが、依然として私は念能力を使用中であり、正確には精孔を全て閉じて“絶“状態にあるとは言えない。

 

 本来念獣は、念というオーラの塊で出来ていて、その性質と成り立ちから、能力として“隠“で隠す事はできても、普通はオーラを消す事はできない。

 

 ・・・と思う。原作でも大抵丸見えだった。

 

 この不思議に気がついたのは、念の修行の為、四大行を行おうと試していた時だ。

 

 “纏“、“練“、を試した時、オーラが()()から発生しているのを何気なく確認し、「いや、おかしいだろ!」と、自分で突っ込んだ。

 

 念獣は、オーラを自力発生させない。

 

 これは念獣他、念による具現化構造物を問わず大前提で、何等(なんら)かの形で補充されない限り、どんなに複雑で強力な念が込められていても、消耗を自分で補う事はできない。原作でも、そういうものとして描かれていた。

 

 どういう事かと念獣達に確認したところ

 

 :仕様(しよう)

 

 と返ってきた。仕様らしい。

 

 つまり、『十三原始細胞(ゾディアック・プラスワン)』基礎能力の『生身の身体』の効果なのだそうだ。

 

 うちの念獣達は、本来予定していた外見だけの擬態ではなく、骨や筋肉や血管のみならず、神経どころか念を発動させる経絡系まで細胞レベル、遺伝情報レベルで再現しているらしい。

 マジか。

 

 念、凄い。

 

 ここは、ハンターハンターの世界と良く似た別の世界かもしれない。と、ふと思う。まあ、やることは変わらないが。

 

 もちろんオーラの供給と循環がなくなったり、身体から切り離されたりするとオーラを発生させることはできなくなる。

 そこは、生身と変わらない。

 

 違うのは、その身を構成するオーラが尽きるまで、指令を受けたり、自立行動したりできること。

 確かめてないが、ハ〇ドくん並みに動けるらしい。

 

 なお、残念ながら仕様上、寄〇獣ミギーのような高速の自在変形攻撃は出来ない模様。

 

 確認後、これなら“絶“も出来るのではないかと用心しながらチャレンジ。

 

  結果、多少時間はかかったが、完全な“絶“と、“凝“っぽい“絶“が行えるようになった。

 完全な“絶“は、精孔を全て閉じ、念獣達に対するオーラの供給と循環すら断った、本当の“絶“。

 念獣達も個々に“絶“が可能で、全身のオーラが内包され、外に出なくなる。

 念獣達は、オーラの供給を断っても、すぐに消えるわけではないので、普通に神経からの電気信号や伝達物質で応答することができ、行動に支障はない。

 

 もう一つの“凝“っぽい“絶“は、“凝“のオーラの疎密をコントロールする技術で、体内の念獣達とのオーラ経路を開いたまま外見上のオーラを無くし、“絶“っぽい見た目になる、なんちゃって“絶“。

 

 見た目“絶“なのに、念獣達と内緒で繋がってる感じ。

 

 効果は、継戦能力の維持とオーラの自然な循環、勘の良いヤツにも念獣達がバレにくい。

 さらに、重要なのが念獣達の権能を十全に使える事。

 

 『十三原始細胞(ゾディアック・プラスワン)』は、私の生命線、彼らが失われるとき、私も又この二度目の生を終えるだろう。

 

 さあ、今日の修行を続けよう。

 

 念獣達は成長している。ならば私も成長しよう。

 

 死ななければ、鼠もいつかは虎へと変わる。

 

 

 

 

 ・・・・・いや、流石に鼠じゃ無理か。

 

 仔虎か仔竜か?雛鳳でも可ってことで、折角の異世界、志は高く持とう。

 

 

 

 きりのいい処まで基礎の四大行(“発“以外)を終えると、今度は立ち上がって応用の“周“を手製のシャベルで岩堀りしながら行う。今度もたまに“凝“を混ぜる。

 ここまでやってもオーラに余裕が出てきてからは、“硬“、“堅“の訓練をみっちり追加している。

 暇なので念以外の修行も少しやる。前世記憶から持ち出した格闘家が使いそうなバランスや柔軟性の鍛練だ。

 自己流だが、“綱渡りしながらヨガ“、みたいな運動で関節の稼働範囲を広げ、体幹と重心を意識する。拳や棒切れを振り回したりもする。

 

 基礎能力は呆れるほど有るので、鍛えるのは主に“練“でオーラ量、“纏“でオーラと身体のバランスとコントロールになる。他はぼちぼちだ。

 

 オーラの扱いには、才能だけじゃなく時間と根気と慣れが必要で、“流“、“円“、“隠“には、まだあまり手を出してない。

 

 

 原作知識によって、私が理解する処によると、

 “纏“は、精孔が開いて溢れた生命力、オーラを身体の周囲に留める技術。

 “練“は、精孔を自ら開いて一時的にオーラ量を増やす技術。繰り返すと基礎量も増える。

 “絶“は、オーラを体内に留め外へと漏らさない技術。回復も早まる。

 “凝“は、オーラを身体の一部分に集中する技術。

 “周“は、武器や道具等にオーラを纏わせ、強度や効果を高める技術。

 “隠“は、オーラを見え難く、判り難く加工する技術。

 “円“は、オーラを身体から離れた位置まで拡げ、その内部の知覚力や感知能力を飛躍的に高める技術。

 “硬“は、“練“のオーラを身体の一部分に集中し、その部位のみを全力で強化する技術。他の部分は“絶“状態になり、極めて弱体化する。

 “堅“は、“練“で引き上げたオーラを“纏“で維持安定させ、戦える様に整える技術。防御も上がる。

 “流“は、“堅“のオーラを“凝“を使って敢えて不均等にし、戦闘の攻防時に受ける部位、当てる部位毎に瞬間的に振り分ける高等技術。しかも分割する割合を状況に合わせ、自在にコントロールする。

 

 道は遠いが、段階を踏めば出来なくはない気がする。なんかこう筋道が見えるのだ。私も結構オーラ使いに慣れてきた。

 

 墓の下で、制約と誓約のために“凝“を乱発したが、今考えると力任せで不安定な、無駄の多い残念な代物だった。

 我ながら、よくやり遂げたものだと思う。火事場の馬鹿力的なもので、いろいろリミッターが外れていたから出来たのだろう。普通なら死ぬ。

 

 現在は、自分が少しづつ強くなって行くのが、目に見えるようで堪らなく楽しい。

 元ゲーマーの(さが)か、気がつくと、昼になっていることもある。

 

 残念ながら原作主人公達より成長に時間が掛かっている所を見ると、どうやら私には、主要メンバー程の才能は無いらしい。

 だが、彼らがおかしいのだ。特に気にしてはいない。種族的アドバンテージも有るし、私はかなり優秀な方だろう。

 それに、そんな事どうでもいいほど、生きることは、この世界は、そして()()()は楽しい。

 

 

 ここで探すのは現実的じゃないので、もう少し成長して森の外に出たら、師匠を求めてこの世界の格闘技や武術を習いたい。

 無駄な体力を、もう少し効率よく使うためには、先人によって洗練された何らかの型が必要だ。

 

 そう言えば、オーラを込めてパンチをすると、岩や樹にポッカリ穴が出来る件は、結局オーラの込め過ぎと判明した。

 具体的に言うと、“練“して“凝“で大雑把に集めたオーラで殴ったつもりだったが、更に“周“が被覆されていた。

 生身なら、込めたオーラの外側に更に“周“を施す様な事は、しないし出来ない。

 しかし、腕が念獣だった為に、全力を振るうに当たり、まだ『権能の力』の弱い念獣達に対して気付かないうちに保護意識が働いて、やらかした。多分そういう事なんだと思う。

 

 基礎練習中に何度か試していて気付かされた。

 “周“の効果は強度と効果の向上。ナイフに掛ければ鉄をも切り裂き、シャベルに掛ければ岩山をプリンのように削り取る。

 

 オーラパンチに施された“周“は既に強化されている拳ではなく、主に纏う風圧、拳圧を大量のオーラで強化し、目標を粉砕、圧縮熱で水分を気化させ、穴だけが残ったようだ。

 

 同じように指にオーラを込め、ゆっくり岩に押し付けても割れずに綺麗な穴が開いたので、多分間違いない。

 爆砕しなかったのは、穴堀りの時のくせが残っていてシャベルの先端部のみに働く破砕効果が拳のサイズ丸ごとにかかったからだろう。

 

 いつの間にか、想定以上に私の基礎オーラ量が何倍も増えていて、加減を誤った。

 これ普通?

 

 ・・・何か忘れてるような。

 

 肝心の“発“の修行は、念獣達と相談しながら時を選ばず適宜行っている。

 能力毎に成長度合いはバラバラで、使用可能な条件も一定ではない。時間を決めて、一度に全部を鍛えるのは効率的じゃないのだ。

 それに、修行という意味では、私が眠っている間に念獣達は各自で自分たちの権能を自分で、もしくは互いに使用して訓練しているらしい。

 朝、起きた時のあれやこれやで気が付いて確認したら、地下に埋まって居た時からの習慣で、当然知っていると思ってたらしい。今更?という感じの返事がきた。

 

 

 

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