嵐の夜に飛び立とう   作:月山ぜんまい

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 15、すいとん

   15、すいとん

 

 礫栗鼠(ナッツ・シューター)事件から暫く経ち森の夏も本番を迎えた。

 

 昼間の体感気温は場所によってはおそらく四十度近いが、環境耐性が凄いのか暑さは全く苦にならない。

 一時は真冬の最中に半裸で過ごしていたのだから、おかしくは無いが、一つ気になる事が有る。

 

 何故か、まったく()に焼けない。

 

 滑らかな白い肌のまま赤くもならず、なんだったら以前より潤って肌艶が良い。

 いくら子供の年齢でも無理が有る。

 それに、基礎能力の一つ『生身の身体』の効果で、“日焼け“は()()筈なのだ。

 しかも、最初の頃はあった同じく残る筈の黒子(ほくろ)や、首や胴体の細かい古傷までキレイサッパリ消えている。

 

 ・・・“纏“の効果?

 

 食事や睡眠が改善し、≪再生≫されたにしても限度がある。

 

 他に理由は考えられないので念獣達に聞いてみると、基礎能力の一つ『自分を磨け』の効果で、容姿さえも果てなき理想に向けて精進を重ねているらしい。

 

 なんか熱い調子で反応が返ってきて、「そこは適当で良いよ」って言えなかった。

 

 ・・・いや、これ私の願望じゃ無いよねぇ。

 

 予想外の事案で念獣に驚かされるのも、だんだん慣れてきた。二次権能の件も有るし、これからも似たような事が続くのだろう。

 

 同じ基礎能力、『自分を磨け』が『生身の身体』より優先されたのは、賦与順序による優先権のせいだ。

 念獣に与えた能力には、某ロボット三原則のように与えた順番に先のものが優先されるルールが決められていて、

 一、『我らは一人』

 二、『自分を磨け』

 三、『生身の身体』

 四、『権能の力』の、四つが上から順に優先される。

 このため、三の『生身の身体』より二の『自分を磨け』が効果を発揮し、日焼けその他が無くなった。

 

 特に問題無いのでスルー。どうせすぐ埃だらけになる。

 

 というわけで修行ルーティーンの後、暑いので水練込みで魚を捕りに来ました。

 水練は全身運動なので、体力アップに最適。

 それに、水中での行動は、身体をうまく使わないと満足に動けない。

 水中で力ずくで動こうとしても、受け止めるだけの抵抗力が無いので、水が気化した泡が大量に発生し、エネルギーが無駄に使われるだけになる。

 

 魚や軟体動物のように滑らかに力を水に伝え、抵抗が減るようにボディーコントロールをしないと、片脚の取れたバッタや玩具のカエルのように無様に跳ね回るだけになる。

 身体の使い方を学ぶのに、とても有効なのだ。

 

 岩山越え森越え着いたのは、私が見つけた中で一番大きな湖。

 東西も南北も、差渡し数キロメートル。

 私が、唯一大きさを把握している山中湖換算で、四、五個分。けっこうデカイ。

 

 風光明媚な湖の形は歪な菱形で、島みたいな大岩が幾つも屹立している。

 透明度はあまり無いが魚影が濃く、鱒のような魚が豊富だ。

 当然、襲って来る巨大魚も完備している。こいつも旨い。

 

 なんか、感覚がおかしくなっていて、念を使わない生き物は基本獲物食べ物扱いになっている。

 

 そう言えば初っぱなから熊も狼もザコ扱いだった。獲物の多い豊かな森だと思っていたが、一般的には危険な所なのかも。

 内臓と耐性の良い訓練になる毒持ち、寄生生物持ちも、動物、植物、茸、爬虫類、虫、うじゃうじゃいるし・・・

 いや、どれも皆一回は口にしているんだけど。だから知ってる訳だし。

 

 ま、いっか。その分私は安全って事で。

 

 毎回違う岩蔭に服と荷を隠し(≪召喚≫は、まだ当分使えそうにない)、目立たない草蔭から蛇のように、そっと水に入る。

 湖の上は視線が通る、夜以外は身を隠すように気を付けている。

 礫栗鼠程度には勝てても、この世界基準では私は、まだ決して強くない。

 

 入水時、私が裸であることも、ちょっと関係している。

 

 もう何度も来ているし、元々金槌じゃなかったので、泳ぐのに苦労はない。

 人目につかないよう、水面下を行くのもいつもの事だ。

 銀髪をなびかせて、水中をゆったり進む。髪色は、気にしないでいたら、そのまま定着した。元は艶の無い燃え尽きたような灰色だったが、黒子と共に髪のくすみも消え、輝く銀髪になった。

 外見人相が以前と変わるのは安全向上につながるのでOKだ。

 

 頭上から陽光が射し込み、水面がキラキラ光って、すれ違う魚達を照らしている。

 手をついた湖底の砂地から、小さなカレイが慌てて逃げて行く。

 

 前世より、はるかに息が続くので、水中散歩はとても楽しい。

 ≪把握≫を使って音響探知で周囲の物事は確認しているし、念獣の補正で視界も明瞭。

 そして、もしもの為にここでの戦いを想定するに、近接格闘戦が得意な傾向の有るこの世界の“使い手“は、水中での戦闘をあまり好まないのではないかと思う。居ても海沿いの住人か、船乗りくらいだろう。

 水中での戦闘に特化した奇矯な“発“の持ち主など、多分世界中探しても、そうはいないと思う。

 つまり、誰にも知られていない筈のこの森の中の湖の中は、申し分なく安全で気を抜く事ができ、時を忘れて楽しんでしまうのも仕方ないのだ。

 

 魚も捕らずに湖を周遊していて、最初は息苦しくなる十分位を目安に息継ぎしていたが、ふと忘れて二十分。

 芝生のように水草が生える湖底で目を閉じ、そのまま居眠りして一時間を越えた辺りで、ヒヤリとして気が付いた。

 

 ・・・・・全然息苦しくない。

 

 なんで?・・・墓の下で息を止めて居られたのは、生命活動をほとんど止めていたからだ。原作中でのハンター達も、動き回っていれば、常人とさほど変わらなかった筈だ。主人公も、十分位だった。

 すわッ誰か敵対的存在の念による干渉か、と緊張に身を震わせるが、いくら待っても何も起きない。

 

 そう言えば≪結界≫が反応してない。

 危険じゃ無い・・・敵じゃないのか?

 

 あぁ何?・・・『(バルゴ)』?

 

 安全かどうか、全力で索敵を繰り返しながら岩陰に隠れていると、念獣達からお知らせが来た。

 呼吸の件は『(バルゴ)』がなんかしたらしい。

 よくよく確認してみると、長く伸びて広がった髪から水中の酸素を吸収し二酸化炭素を放出、ガス交換ではないらしいが、肺胞の代替行為を行い、水中での酸素不足を補っているらしい。そんなこと可能なの?

 

 ・・・・念獣達が、変な能力を身に付けてる。生き残りを重視した弊害か?

 

 ・・・まあ良いか。それに、念獣達の“発“のキャパシティーは、二次権能の分以外は自由にさせている。

 念獣達が、勝手に念能力を磨いて強くなり、私がそれを使う。

 『十三原始細胞』(ゾディアック・プラスワン)は、元々そういう“発“だ。

 

 しかも、水中での自由度が増せば今までより逃げ場に困らなくて良い。

 以前、泳いでいて思い付いたのだが『左手(サジタリウス)』の二次権能≪転換≫(ベクトル制御)が使えるようになれば、速度アップ込みで自在な水中の移動が可能になるのではないだろうか。

 

 攻撃手段は限られるが≪甲殻≫や≪隔壁≫を使ったはめ技を考えれば、深追いしてきた水中の敵を溺死させるくらいは難しく無いだろう。

 

 いざとなったら水の有る場所に逃げる。小物っぽいが、使える手だ。対応できる相手が少ないのも悪くない。

 

 それに、この能力はこの世界を楽しむのに、素晴らしく役に立つ。

 

 魚を捕り忘れた。今日は、もう少し湖の探索を続けよう。

 

 

 

 

 襲ってきた巨大魚を下処理して丸焼きにし、岩塩を砕いて振りかけて齧る。

 古代魚のような大きな鱗の下は、脂の乗った白身で、淡水性なのにまったく臭みが無く、旨い。

 

 警戒と食事のバランスをどうするかは、サバイバル最初の頃に悩み、既に結論を出している。

 

 「空きっ腹で襲われるよりも、満腹で襲われる方が良い」だ。

 

 雪の中、寒さに動きが鈍った状態では、逃げる事も出来ないと、最大限警戒しながら見つけた洞窟で火を燃やして暖をとり、獲物を捕って皮を鞣し、最初期の装備を整えた。

 以後、食べる時はびくびくしない、を心がけている。その方が旨いし。

 

 ほどなく骨になった昼飯を、焚き火の痕跡ごと穴に埋め、愉しげに足取り軽く湖に戻る。

 

 幾つか、気になっていたが息が続かず諦めた水中洞窟が在る。

 呼吸の心配が無くなったのだ。今日は其れを順に覗いて見るしかないだろう。

 

 その後、水中洞窟は思った以上に長く伸びていて、残念ながら勢いだけでその日の内に探索するのは、とても無理だと判明した。

 

 

 それから一週間が過ぎた。

 

 

 知る限りの湖や沼、池の底を探索した結果、湖底の洞窟でいくつもの湖や池が複雑に繋がっていることが判明する。

 

 何度も通ってマッピングしながら、通れないほど細くなったり、完全に行き止まりの通路を確認し、たまに念能力で強引に拡張したり(あらた)に堀り抜いたりして、通路として利用できるよう手を入れる。

 地道な作業は、割りと得意な方だ。

 

 ≪観測≫の効果が反映されている視界の端に、三次元的に縦横に巡らされた地下洞窟のマップが半透明の小窓で標示されている。

 いつの間にか≪把握≫の音響探索と常に連動され、私自身はただ進むだけで周囲のマップが更新されるようになった。

 

 距離によって精度は変わるが、大雑把なモノなら数キロ位迄の範囲が圏内になる。

 丁度、高い所から目で見るのと一緒だ。

 しかし、若干の違いはあるが、残念ながら目視と同じように障害物が在ると探索距離は激しく下がる。

 

 

 ほとんどの洞窟、と言うか人が通れるひび割れは水没していて、空気中に顔を出しての息継ぎはまず出来ない。

 

 しかし、もちろん例外も在る。

 

 夕焼けのような薄暗い光の中、地下空洞の端に在る水路から顔を出す。

 広さは学校の教室位、かなり地上に近いのか、植物の根が岩の割れ目から天井に何本も見えている。

 

 どこかに地上に通じる穴も在るようで、空気に外気の臭いが混ざっている。

 こんな洞窟はいっぱい在るのだが、此処には一つ奇妙なものが有って気を引いた。

 

 水路から一段高くなった洞窟のフロアの中心に小石と土の山が盛ってあって、小さな塚が形造られ、その真ん中に盆栽のような小木が植わっている。

 

 小さいながらも整った枝振りにはハート型の緑の葉とピンクのかわいい花、そして幾つかグミのような実が既に生っていた。

 

 昨日一個採って食べたが、とても上品で香り高く甘酸っぱくて旨かった。

 もっと食べたかったが、それ以上採るのは気が引けて止めておいた。

 

 こんな地下で旨い実の生る植物が育つのには理由が有る。

 それが今、天井で木の根に掴まり甲羅を赤く発光させて盆栽を照らしている一匹の蟹だ。

 この握りこぶし程の蟹が、洞窟に小石を敷き、土を盛り、塚を造って木を植え、剪定して形を整え世話しているようなのだ。

 しかも、あの赤い光は地下で植物を育てる為の能力で、礫栗鼠同様種族的なものらしい。

 微かにオーラを纏っているのは気がついていたので、どんな攻撃が来るかと挑発込みで実を一つ食べたら、ただただパニックになって逃げてしまった。

 

 ・・・・え?

 

 何か、純朴な農家のおじさんか育てていた作物を荒らしたような、居たたまれない気持ちになって、そっと立ち去った。

 

 道理で≪結界≫の危機感知が反応しない訳だよ。

 オーラ持ちは危険な存在だ、という思い込みがあった。

 翌日の今日、あのまま盆栽を放棄せずにちゃんと戻ってきたか心配になって見に来たのだ。

 

 ・・・大丈夫そうだ。

 

 命名、『盆栽蟹』。

 

 正直すまんかった、でも多分また食べに来ると思う。

 

 ・・・臭いは覚えたし、他に居ないか捜してみよう。ここからばかり採るのはちょっと気が引ける。

 

 

 

 一回だけだが、水路で襲われた事もあった。

 

 探索中ある水路の突き当たりでマップを見ると、数メートルの岩盤の向こうに別の水路が有った。そこで、ちょっと大きめの水路同士を繋ぎ、行動範囲を広げようとトンネルを掘り始めた。

 毛髪の操作と≪消滅≫のコンボで直径五十センチほどのトンネルを岩盤から削り取ってゆく。

 お玉で豆腐を掬い取ったような形の消しきれない岩は、毛皮に包んで少しづつ運び出す。

 パワーが有るので、アナログな方法でも作業スピードは早い。

 襲われたのは、トンネル近くの広めの空きスペースに瓦礫を棄てて、戻ろうと水路に入った時だった。

 突然、危機感知が反応し、巨大な蛇が襲ってくるのを≪天眼≫が幻視し、直後に足下後方から、頭だけで水路がいっぱいになるサイズの大蛇が素早い泳ぎで迫って来るのを≪把握≫が捉えた。

 

 空きスペースに繋がる別の水路の先に、その大蛇が居たのは分かっていたが、此所と繋がる水路が、私がやっと通れる細い隙間だったので、まさかと思い油断していた。

 蛇は、見た目より遥かに狭い場所を通り抜けられるようだ。

 

 しかし困った、いくらでかくても只の動物なので殺すのは簡単だが、でかすぎて邪魔だ。

 大蛇の死体で水路が埋まってしまう。

 

 私は、広い場所に誘導するため、マップに従って最短ルートを選び、外へ向かって水を蹴った。

 次々に≪甲殻≫で作った足場を蹴る少し後方で、私が蹴った足場を硬い鱗で粉砕しながら大蛇が徐々に近づいて来る。

 

 「ふん!」

 

 足が届くところまで近づいたのを、めんどくさいので一蹴りする。

 はたかれた蝿みたいに水路の壁に激突したが、手加減したので死んでない。

 二、三度首を振って、又元気に追いかけてくる。

 

 ちょっと嬉しい。

 

 “纒“でオーラを纏っていても、きちんと爆散して死なないように手加減が出来た。日頃の修練の成果がちゃんと出ている。

 

 ・・・常識的には何かおかしいような気がするが。

 

 無事、最寄りの湖の中に出ると、水上へと飛び出し、追いかけて飛び出してきた大蛇の頸を豪快に手刀で切り落とす。

 精は付きそうだが、さすがにもう生き血を呑むような事はしていない。

 普通に血抜きをして、大蛇は美味しくいただいた。

 

 

 

 その後、私の行動範囲少しを越えた先で、水路が大きな地底湖に繋がっているのを発見した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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