16、地底湖
外は、
別に暑さで参る訳でもないし、生き物が活発でそれはそれで面白いのだが、今日は水路の確認で見つかった大きめ地底湖の探索を行う予定だ。
ここを調べ終われば、地下水路調査も大体完了するので、仮に地底湖の先に別の水路や地下道が有っても、一先ず地下探索は終了とする。さすがに飽きてきた。
いつもの朝の修練を終えると、近場で最も地下水路に進入しやすい岩の割目の泉から、涼しい水中へと入る。
水で満たされ、迷路のように枝分かれする暗闇の水路を、≪把握≫の音響探査と、≪観測≫のマップを頼りにスイスイと進む。どこの水路も多少の流れは有るようで、澱んではいない。
水路の穴から巨大地底湖の湖底に出ると湖底に堆積していた泥が舞い、一時的に視界を塞ぐ。しかし、元々光源も無く≪把握≫の訓練がてら水路では視覚を使っていなかったので、あまり関係はない。
水路の穴は、かなり湖底に近い位置に有ったようだ。
水が貯まっている地下洞窟自体、相当に広く上には空気層がある。
ゆっくりと壁際を移動し、水音を立てないよう慎重に水面から顔を出す。
真っ暗だが、視覚は念獣による補正が利いていて、普通に見える。
地底湖の形は、≪把握≫によると幅数十メートルから数百メートルの細長い谷のような亀裂が何キロも続いていて、あみだくじのように幾度も折れ曲がってその先は私の活動範囲を越え、岩場から山岳地帯へと跨がっている。もはや湖と言うより巨大な大河だ。
天井が高く、生き物もかなり居るようで、水面下に幾つか大型生物の気配もある。
しかし、今の私が危険を感じるような相手ではない。
野生生活が長いせいか、≪結界≫の危機感知に頼らなくても生き物の危険度が段々と素で分かるようになってきた。
勿論念獣達のバックアップと念能力による強化された感覚有っての物だが。
水面に顔を出した状態から、水中の足の下に≪甲殻≫でプレートを作り、左右交互に階段を踏むように身体を迫り上げ、水面に立つ。
裸の身体に付いた水滴を、≪添加≫の付加能力で一瞬で弾き飛ばす。
≪添加≫の起動距離は、今のところ身体から五十センチほど。
まだパワーも範囲も小さいが、痒いところに手が届く、便利な能力だ。だんだん制御力も増している。
ずっと水中行動が続いていたので、ちょっと趣向を変えて、少し大胆に巨大地底湖の水面を、そのまま歩いて進む。
自然の造形物は、只でかいだけで、やけに荘厳に見える。
天井は、
思わず「知らない天井だ・・・」と、言いたくなる。
外と繋がっている場所が有るかもしれないが、無ければ無いで蝙蝠の糞害に遇わなくて済む。
呼吸の心配をせずに水中を進むのも楽しいが、ある種の達人や超能力者のように、さも当然のように水面を歩くのも、此れは此れでなんとも中二心をくすぐる。
いわゆる、超能力者になったらやってみたい事リストでも、上位に入る案件ではないだろうか。
惜しむらくは、ここが地下で喋っても誰も信じない悪ガキや、酔っぱらいの目撃者を作れない事か。それがあれば『人知れず悪と闘うHERO』として完璧だった。
バカなことを考えている内に、大分進み、地底湖も中ほどに至って、周囲の岩の質感が変わり、やや脆くなって壁が崩れている場所が多くなってきた。
天井も二十メートル、十メートルと下がってこじんまりしてきて、洞窟感が増している。
地底湖自体の幅は広くなったが、形が崩れ曲がりくねり始めた。
一応安定しているのか、≪把握≫で調べても天井等が崩れる気配はない。
地上ではそろそろ私がフィールドにしている森と岩山の平地から、起伏の激しい山岳地帯に入った頃だろう。
普段の、訓練がてら行っている探索では、範囲を広げることにさほど熱心ではないので、今この上の地上がどんな様子なのか、ほとんど分からない。
たしか、以前深夜に≪甲殻≫で、かなりの高さまで上がって地形を確めたとき、山脈の連なりの縁が平地の森を囲っていて、左右とも視界の端まで続いていた。
今いるのは、平地と岩山の森と、山岳地帯の森の境目辺りだろう。
この山岳地帯を越えた先に、より険しく高い山脈があり、その程近くに以前≪結界≫の危機感知が反応した
今のところ近づく気は無い。
≪把握≫によると、いい感じの割れ目や亀裂は沢山有るが、人が入れる程ではなく、入れる物も少し先で行き止まっている。
何度目かの緩い角を曲がって広い場所へ出ると、今までより格段に深い水底から何か大きな物が上がってくる。
実際に水に足を浸けている訳ではないのに、ほとんど音も発していない私の気配に反応したらしい。
気にせず歩く私の少し左で、巨大な泡のように水が盛り上がり、滑らかな甲羅を備えた大亀が現れた。
甲羅の全長だけで十メートルを超えるだろう、しかも私の知ってる亀と違って、甲羅にある太い複雑な幾何学紋様が、翡翠色に淡く光って辺りを照らしている。
一種、幻想的な亀と照らされた地底湖、複雑な影を作る壁面に、足を止めずに見とれていると、甲羅の前端からゆるゆると亀の頭が水面を割った。
大亀は、頭にも亀甲型の甲羅のおまけが着いていて、其処にも紋様があり、背中より少し強い翡翠の光を放っている。
亀の頭は私の身長を越えて伸び上がり、その顔は前を向いたままだが、此方側の目は興味深そうに私を見つめている。
闘う気は無さそうだ。
人とは一風変わった知性を感じる瞳は、私が彼より強い事を認識していて、その上で好奇心から私がどんな存在なのか確かめに来たらしい。
私が狩ろうと考えたら、逃げられないと理解しているのだ。
私は、安心させるため手を払って去るように示し、視線を切って前を向いた。
理解したのかどうか分からないが、亀は程なくして水中へと没していった。
あの光る背中に一度乗ってみたかったので、ちょっと残念。
しかし今のやり取り、強キャラムーブっぽくて良くない?
・・・・はぁー、勘違いしないようにしないと、私は雑魚、私は雑魚。
なかなか有意義なイベントをこなしながら、更に地底湖を奥へと進む。
水中から襲ってきた鋭い歯のある鯰みたいなのを群れ一つ分オーラで強化した髪の毛で切り刻み、ちょっと『
どういう生態をしているのか、水上に五センチ程の
水中には奴等の水棲幼虫(肉食)が、飲み残したタピオカの如く湖底にびっしり
常に暗い地下には種を問わず発光生物が多く、成虫も幼虫も蛍のように身体の一部が(多分背中)光を放っていて夢幻のように綺麗なのだが、いかんせん数が多すぎてキモい。
蜉蝣の洞窟を過ぎると、地底湖ももうすぐ終わりだ。あと曲がり角二つ。
この辺は、ブロックごとに瓢箪のように膨らんでいて、それぞれの空洞もそれなりに広い。
ただし、空洞ごとの出入り口は折れ曲がって狭まったストローのように細く、しかも水中に在って、水上を往く者はその繋がりに気づけない。
最後の空間に入り、水上に出て立ち上がる。
≪把握≫によると、この長さ百メートルほどの千切れたソーセージのような洞窟が、地底湖の端だ。
この先は無数の湧き水が出る細かい砂の層が短い洞窟の先に二、三在るだけで、行き止まりだ。
これにて地下水路マッピング、シューリョー・・・と、思って帰り道のことを考えていたら、洞窟のどん詰まりに、何かある。
砂が堆積した小さな
即座に身を低くして、静かに水中に潜ろうとした所で、百メートル先の布地の塊に≪観測≫のタグが付く。
【人間、死体】
「あ・・・え?」
動きを止め、布の塊を二度見して、念獣の危機感知と自分の気配感知能力がどちらも反応していない事を確認する。
・・・・・危険な気配なし。
一つ、深呼吸をして間を取り、慌てないようそっと立ち上がって、もう一度相手が微動だにしていない事を確かめ、相手の周囲、洞窟、自分の周囲も再度、≪
寄って行くと、直ぐに相手が既に白骨化していて、死後相当の年月が経っていることが判明した。
近づいて腰を落とし、骨が纏う布地に触れる前にためらい、一度身を正して手を合わせ、少しの間黙祷を捧げる。
一応、敬意を払ってから身ぐるみ剥いでみたが、布地はもうボロボロで用を成さず、手帳らしき革表紙のノートは水を被ったのかすべて張り付いて、触れると粉々になった。
ナイフは錆びの塊と化して、革のケースは腐っていた。
残ったのは、全部で五十枚程の金、銀、銅のコインと、厳重に布で包まれた一本の横笛だった。
その笛は、小学校で使ったリコーダーより細く、少し短く、骨か角製で、装飾的な細長い胴体に蔓草の模様が細かく象嵌され小鳥が何羽か舞っていた。
とても高そうで、高級なシロモノなのは間違い無いが、それより気になるのは、その笛が、ほんのりオーラを纏っていることだ。
こんなやつの事が、原作でも記されていた。
たしか、念を覚えたての主人公達が“凝“を使って大きなフリーマーケットで掘り出し物の名品を探すゲームのような話だった。
肝心なのは、「名工が魂込めて造った作品には、
主人公と違って≪観測≫の常時“凝“効果のある私は、一目で判別したが、つまりこの横笛は、見た目通りか若しくはそれ以上の名品の可能性が高い。
まあ、今の私には関係ないから、「ふへー、こんな風に見えるのかぁ」と、ごちるだけだ。
そして、楽器が手に入った。
心密かに温めていた音楽的欲求ってやつを解き放つ機会がやって来たのではないか?
今のところはボッチ道をひた走る私なら、下手くそでも失敗しても、仮に、仮に某ガキ大将のような破壊的音痴だったとしても、誰にも迷惑は掛からない。
・・・極僅かながら、『
・・・・・いや、失敗してても全然気にしないけどね。
良いもの貰っちゃったし、笛の元の持ち主は、こんな所じゃなく外に埋めてあげるか・・・外。
・・・・・この人、どっから此処に入ったんだ?
サスペンス風の引き。