嵐の夜に飛び立とう   作:月山ぜんまい

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 18、穴

   18、穴

 

 その、一見岩に出来た(ただ)の罅割れにしか見えない穴は、傾斜は垂直に近いが緩く蛇行していて先が見通せない。

 鼻が利いて外気の匂いを確認できなければ、分厚い岩盤を貫いて外まで通じているとは誰も思わないだろう。

 早く戻って新たな念能力開発に手をつけたいが、どうしても確かめなくてはならない事がある。

 

 細くなったり広くなったりする岩の割れ目を登りながら、私は何でこんな穴が出来たのか、想像していた。

 外に通じる未知の場所なので、動きは慎重で登る速度はゆっくりだ。

 地震や火山なんかの地形の変化で、偶然裂け目が地下まで繋がった。

 というのが、まともな意見だろうが、それじゃつまらない。

 ファンタジーに出てくるような、何らかの怪物が坑を掘ったとか(ワーム?)、地底に眠っていた古代の魔物が地下水の侵食で掘り出されて、地上を目指して突き抜けた痕跡(何か蝉みたいの?)、とか、ロマンあふれる空想が捗る。

 

 然したる事件も起きず、ふと気づくと五メートル程先で外の光が漏れている。出口は近い。

 穴が有った理由はどうもこの位置が地盤の境目に当たり、その隙間に地底湖のひび割れがたまたま繋がって、これ程長い孔が空いたらしい。

 ≪把握≫の探査に、すごい力で岩同士が押し付けられた痕跡が、幾つも見つかった。

 

 安全を確認してからそっと頭を出す。

 

 まだ外ではない。

 

 ≪把握≫によると、地下孔の出口は大木の根本の空洞化した洞穴(ほらあな)になっていて、畳三畳分程のスペースがあった。

 丁度、墓から抜け出した最初の日に泊まった、熊のねぐらに似ている。

 私が顔を出した穴は、洞窟の片隅に有ってほとんど石で塞がれ、小柄な私でもやっと頭が出るだけだ。

 見回しても何も居ないし、何もない。

 残っている臭いからすると、季節によっては熊や狼などの獣が利用するらしい。人間の痕跡は感じない。

 一つだけ空いた小窓のような開口部は、夏草がびっしりと生えていて、視線を通さない。

 寝床としては、優良物件だろう。

 静かで涼しい地下に居たせいで、緑の隙間から漏れる陽光と蝉の声を、少し場違いに感じる。

 

 時刻は夕方には少し早い。

 ガッツリ探索を始めるには少し時間が足りないが、ちょっと見回る位は出来そうだ。

 私のいつものフィールドから大分離れているのは確定している。

 

 条件は私が初めて森に入った時と同じでも、あれから半年以上が経ち、それだけ私も殺伐としたこの世界に慣れてきたようだ。

 その証拠に今、不安よりも好奇心の方が強く心を占めている。

 

 ドキドキ<ワクワク。

 

 ・・・これが私に心得と覚悟が身についてきた証で、現実から乖離し始めた単なるゲーム脳でないことを祈るばかりである。

 

 周囲を≪把握≫で探ったあと、出入口の草を踏み荒らして退路を特定されないよう≪甲殻≫を使って慎重に外に出た。

 

 いつもと同じ森の中、しかし見渡す限りの地面が傾斜している。やはり山岳地帯に入っているようだ。

 確認したマップに従い、地面に足を着けないまま、少しづつ辺りを調べる。

 私の予想通りなら、必ず()()が有るはずだ。

 

 洞穴を基点に二時間ばかり、ぐるぐると円を描くように範囲を広げて探し回り、夕焼けが西の空を照らし始める頃、川沿いの朽ちた倒木の陰にやっとそれを見付けた。

 

 泥の中に、くっきりと靴の跡。

 

 見間違いようの無い人間の痕跡。

 

 倒木脇の乾いたぬかるみに、かなり時間が経った人の足跡が、数人分残っていた。

 全員が相当にガタイが良いか結構な荷物を背負っているのが、歩く足の埋まりかたで解る。

 形が残っている靴跡は数歩分、歩調は安定しているのでベテランなのだろう。

 時間がたちすぎていて、今の≪嗅覚≫では匂いの痕跡は追えない。

 

 

 何故こんな処に有る穴に人が落ちたのか、何故こんな場所に人が何人も通った跡があるのか、答えがこれ。

 

 つまり『(みち)』だ。

 

 どういう判断で用いられるようになったのか定かではないが、この場、この地点を通って、一般人には大変危険な大森林を迂回せずに突っ切り、()()()横断するための路が在るのだ。

 

 保護地区で舗装路を通せない、とかかな?

 

 何で森を切り開いてしまわないか謎だが、ハンターハンターの世界なら理由は何でもあり得るので、考えないことにする。

 

 此れは、文明と接触するチャンスではある。

 

 何より情報が手に入る。

 

 未だ、一度も人と関わって無いせいで、現在の年代すら分からない。

 主人公は、もうハンターに成ったのか。物語は始まっているのか。それとも別の時代か。

 しかも かなり限定された状況で、私の情報が漏れるリスクが街より少ない。

 

 他にも念獣達の能力、特に≪魔眼≫が人間に通じるのか、どんな風に効くのか、どこまで縛れるのか、早めに知りたい事は多い。

 

 地底湖の死体は何かに追われて隠れたのか、ただ単に野営の為安全に夜を乗りきろうと、大木の根本に見つけた洞穴に潜り込んだのだと思う。

 奥の孔に落ちたのは、偶然か事故。今となっては調べようもない。

 

 とりあえず人の往来する痕跡を特定するのが第一。

 そのあと何処か、いい感じに人が通るのが見れる場所に、隠蔽した見張り所を作って観察する。

 観察するだけで、接触はしない。まだ早い。退路も準備しておかないと。

 

 こんな路だし、利用者が善良なカタギの方とは限らない。

 

 彼らは苦労と危険を犯してもペイするだけの何等かの利益を得ている筈だ。

 違法な薬や商品の密輸、犯罪者の逃亡経路、それら利用する人の護衛や反対に襲おうとする者、単に近道として利用するような猛者も居るかもしれない。

 

 しかし、私が隠れ住んでいる岩山と森の平地の方が移動には遥かに楽なのに、そこを避けて起伏の激しい山岳地帯を通るのは、やっぱりあの辺がヤバイ土地認定されているからだろうか。

 景色は綺麗だし、水場も多い、森は豊かで食べ物も豊富なベストプレイスだと思うんだけどなぁ。

 やっぱ毒持ちが多いのがネックか、いやあの変な内臓に卵産み付けようとする素早い兜蟹みたいなやつとか、それとも胞子が寄生して全身から同類を生やそうとする髑髏模様のファンシーキノコが過剰に恐れられてるのかもしれん。うん。

 

 調べものをしている内に、すっかり周囲は暗くなり、蝉の声はいつの間にか止んで下草の中で夜の虫達が鳴いている。

 日射しがなくなって風が抜け、森は少し涼しくなる。

 

 記憶にしたがって出てきた洞穴に戻りながら、私は誰かに見つかる可能性が有る以上、次に来る時は服を着てくるべきだろうな、とぼんやり考えていた。

 

 このところずっと地底の水路探索だったので、裸で活動することが続いていたのだ。

 地底湖から真っ直ぐ登ってきたので、今も何も服を着ていない(安定の尻尾パンツ)。

 

 文明人を自称する以上、もし仮に誰かに会って挨拶するはめになったとき、裸は気まずい。

 

 定番の、金持ちの善人や女子供が山賊に襲われる系のイベントに遭遇するかもしれないし。

 確率は低いが、もしかしたら繋がりを持ちたい有力な原作キャラが通りかかる可能性も有る。

 

 その時、獣に育てられた野人のように、

 

『やあ、住んでるのは森の奥で熊を捕って一人で問題なく生活していたよ』

 

 と、見た目子供の私が言うのは、たとえ全くの事実だったにしても、相手をドン引きさせてしまうだろう。

 冗談だと思ってくれれば良いが、変に話が広がって悪目立ちする可能性もある。

 

 そこは適度に話を盛って、不遇な生き残りの孤児作戦で行こう。

 

 ずっと森生活だが、最近まで誰か身内が生きていて、死後は一人で生き抜いてきた可哀想な子供。

 この辺は『クルタの子』の出自と似てるから、あながち嘘でもない。森ではないが。

 

 『おいら、じいちゃんが死んでから一人で頑張って生きてきた、干し肉食うか?』

 

 反応(ロール)はこんな感じ。ちょっと個性強めなのはそんな出自のせいで、後はごく普通、文明人として全く問題ない素直な“よゐこ“である。完。

 

 一応高卒レベルの学力は有るし、社会人だったから相応のコミュ力もある。

 

 ・・・たぶん。

 

 「し、知らない人でも頑張って話しかけちゃうよ・・・噛みつかない人なら」

 

 

 ・・・一人の時間が長すぎて、引きこもり時代の自分に戻りかけてる気がする。

 

 いや、本来の自分はこっちなのか?

 出会って直ぐ流暢に会話する子供の方が怪しいからこれでいいのか。

 

 会っていきなり「悪霊つきだから殺そう」「変わってるから売り飛ばそう」なんて事にならなければ、わりと誰とでも人間関係を築いてやっていけると思う。

 

 今の私なら、ちっちゃくて見た目(ルックス)も良いし。

 

 文明人との接触には、別の懸念もある。

 

 まだ念獣達がその力を充分に発揮しきれてない現段階で、よく知りもしない人と積極的に接近する積りは全く無い。

 しかし、もし不測の事態に陥って姿や能力が見られて相手が善人ではなく、逆に害になる者、もしくは者達だった場合、その時は女子供でも一人たりとも逃がさず、全員必ず殺処分しなければならない。絶対に。これは、堅く肝に銘じておく。

 

 異世界物のネット小説でも、序盤で敵に情けをかけて、後で後悔するのはお約束だ。

 命に貴賎が無いのだから、例え歪だったとしても選択は倫理ではなく『私』が決める。

 

 勿論、相手が強者だったら即逃げだ。

 

 文字どおり、脱兎の如く!

 

 恥や外聞より先ず命!

 

 

 

 翌日、いつもの革の服を着て人の無い森の街道脇に立つ。

 服や荷物は、大きな一枚革にくるみ

口を縛って濡らさず運んできた。

 路の何処かに人がいて、遠望される可能性が有るので、地上から行くことは避け、昨日と同様、態々地底湖から縦穴を上がってきたのだ。

 

 切り払われた枝、難所に掛けられた丸木橋、獣も利用する踏み固められた山の尾根道。

 

 路に利用されている場所の傾向が解ったので、比較的標高の有る近くの山に登り、そこから更に頂上の大木の先端近くまで上がって高所からポツリポツリと見える路の連なりを確かめる。

 やはり私の住む平地の森を避け、山岳部でも低めの尾根伝いに東西へと森林地帯を横断する行路が有るようだ。

 

 適当に、街道が通る場所で、見つからずに観察できそうな所を何ヵ所か選び、もし旅人が来たら見張れる(隠れ場所)を探しておく。

 西方と東方の両方の尾根道を遠くまで見渡せる地点を別に見つけ。

 森の街道とは少し離れた山の山頂付近に拠点を設けた。

 

 これから暫くは此所に住み着いて、森の街道を見張りつつ、新たな念能力の開発を行う予定だ。

 

 

 

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