嵐の夜に飛び立とう   作:月山ぜんまい

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 20、街道

   20、街道

 

 新“発“が安定してきたので、森の街道周辺の探索も再開した。修行に没頭するにも準備がいる。

 新しい場所には未知なものも多い。見ず知らずの危険、ヤバイ生き物はいないか、そして誰かに見られる可能性は無いか。

 

 大きな距離を移動しなくても、地形によって環境は変わる。この辺りは山岳部で植生も獲物も前と少し違う。

 

 頭にナイフのような角の有るいつもの鹿に加えて、小柄で異様に素早い山羊や、捻れた角と固い蹄で攻撃してくる好戦的な羚羊(かもしか)がいる。

 肉食系は、相変わらず狼がいて、熊が大型になって毛色が変り、身体に白虎のような白黒の縞が有った。

 肉は羚羊が一番美味しい。熊の毛皮は綺麗なのでベッドに敷いた。

 

 生態系の中に入れていいのか分からないが、最近やっと姿を見ることが出来るようになった者達。あっちから近づいては来ない巨大蛇とか、巨大火食鳥擬きとか巨狼とかの、なんか巨大化した魔獣的イレギュラー系がここにもいる。私は余り狙わないが小動物も多い。

 

 この地でもっとも危険な動物は山猫で、私が知っている猫よりワンサイズ大きくて中型犬位有る。

 山猫らしく、太い足。胸にライオンを思わせる飾り毛が有って、耳先端の飾り毛(リンクステイップス)まで備え、ぱっと見でかいメインクーンかと思わせる。

 全くもってモフモフ心をくすぐるナイスガイなのだが(♀もいる)、こいつは生まれついての殺し屋で、待ち伏せの上手さが群を抜いている。

 初遭遇でとても驚かされた。

 

 いつもやっている探索訓練で、念獣達の能力を抑えて前日の自分の痕跡を辿っていたら、飛びかかる音すら立てずに頭上から肩に飛び乗ってきた生き物がいた。

 

 二十キロ近い獣の高所からの衝撃に、子供サイズの私は本来姿勢を崩して転ぶ筈だった。

 しかし、桁違いの筋力と体幹で全く動じず体勢すら崩さない。

 実際、その衝撃は小鳥が止まったのと大して変わらず、おや、こんな所で野生の猫がじゃれついて来た(喜)、と一瞬襲われた事にも気づかなかった。

 山猫は、恐らく予定とは大分違う展開にもかかわらず、躊躇わずにそのまま革のベストに爪を立て、素早く頭をひねって首を伸ばし襟横から私の頸動脈を狙って噛みついてきた。

 

 気配が発生した瞬間から大した相手ではないと感じていたが、肩に乗るまで全く気づかせず、そのテレポートしてきたのかと思わせるほどの隠蔽の見事さに驚嘆し、すぐさま念獣達の感覚を全開にして調査観察する。

 

 相手は、今通りすぎた枝の上に居たらしい。真下を通ったのに気配も読み取れず、これだけ近いのに獣臭もほとんど感じ無い。

 二秒ほど首筋に噛みついて暴れたが、皮膚を噛み破れないと判断したのか、逃走しようとした処で私の手が彼(彼女?)の首筋を捕まえた。

 そのまま目の前に吊るして、未だ諦めず、ふてぶてしい瞳と数秒視線を合わせて姿形を確認する。毛皮は茶系の斑で、胸の飾り毛が白い(♂)。

 その見事な隠蔽の技量に敬意を払い、モフりたいのを我慢して放してやった。

 

 手を離すと、音もなく地面に降り立ち、即座に姿を消した。まるで筋肉でできたゴム毬のようだ。

 

 フカフカの毛皮を見送りながら私が考えていたのは、あの、見事な狩りの技を学ぶ事だった。

 その後、時間が在ればつけ回し、少しづつ山猫の秘密を紐解いてゆく。

 

 まず、隠れるのが抜群に上手い。念能力も無いのに身体から自分の臭いを消す物質を発していて、風下にいても存在に気がつけない。

 その上心臓の音すら静かに抑え、木石のように気配を無くして飛びかかる瞬間まで決して悟らせない。これが凄い。

 一流の狩人や暗殺者が持つ技術を、生まれながらに本能によって備え、当然、生涯に渡って研いてゆく。しかもかわいい。

 

 命名、『山猫先生』。

 

 一週間程で探索は一段落し、街道の見張りをしながら基礎を磨き、“発“と『山猫先生(にゃんこ先生)』の隠形法修行に注力する。

 

 

 森の街道を利用する旅人は、それから三日後にやって来た。見張りはじめてから十四日目の事だった。

 

 見張り場で、その小さな集団が見えてから、近場の川岸の崖道にやって来るまで丸一日。

 観察用に設けた対岸の隠された()を、いくつも移動しながら半日見張っていたが、午後に来て夕方岩の窪みで夜営し、翌朝出発するまで殆ど会話らしい会話が無く、大した情報は得られなかった。

 ハンター世界だから、実力者が銃を持たないのはわかる。

 しかし、見た目は厳ついが大したことない旅人が六人。

 誰一人銃を持たず、代わりに槍と楯を装備していたのは何なんだ?

 更に、弓を背負ったのが三人、一人なんか荷物を少なくしてでかいクロスボウを背負っていた。

 銃に対する規制が有るのか?

 それとも銃声が注目を集めるのを嫌ったか。

 ≪観測≫≪把握≫≪嗅覚≫、どれも今や常時発動中なので、意識しなくても情報量は多い。

 それによると、一週間以上の長旅、疲れを上回る極度の緊張と恐怖、それを押さえる克己心。腕はともかく、人材としては優秀なのだろう。全員、念能力者ではなく只の人なので、たとえ鍛えていたとしても身体能力はお察しだ。

 

 夜営中も音を立てないよう細心の注意を払っていて、夜中に見張り番をしていた男の足が、小石を転がしただけで全員の肩がぴくりと震えていた。

 

 結局、見えなくなるまでその緊張は解けなかった。

 自分の存在のせいかと思ったが、まずそれは無い。

 元々野性動物にも負けない気配の消しっぷりだったのが、『山猫先生(にゃんこ先生)』との修行で、更に上達しているのだ。

 常人の(念能力者でない)彼らに気づかれたとは考え難い。

 

 追手がいるのかと探ったが、追跡者の影もない。それに警戒していたのは前方を含めた周囲で、後ろじゃなかった。

 

 どういうこと?

 

 あそこまで緊張していたと言うことは、何か緊張する理由があるという事だ。

 私にとっても他人事ではないので、改めて彼等の行動について考えてみる。

 

 ・・・よくわからん。

 

 十日後に八人が、その十五日後に五人が通ったが装備や様子はほぼ同じ、誰一人話さずハンドサインのみで情報をやり取りし、緊張の中、足早に去っていった。

 

 危険なら、山岳地帯の遥か先の山脈方面に、ヤバい相手がいるらしい事を念獣の報せで知ってはいたが、其れが近づいているような気配はない。今も山脈に視線を向けると≪結界≫の危機感知が警鐘を鳴らすが、距離は遠い。

 仮称『山脈の怪物』に関しては、何か気配があれば報せるように念獣達にも通達してある。

 

 それ以外だと・・・・あ、そうか。

 

 私は、確かめるために彼等が夜営した崖道の途中の岩の窪みと、その周囲の多少手入れをされた広場に降り立った。

 落ちている岩を拾って何度かかち合わせ、不用意な旅人を演出する。

 勿論、気配は小者を意識して、念無しの旅人程度に押さえる。

 

 時々音を立てながら待つと、二十分ほどで数匹の狼が現れた。

 大型犬サイズで色は黒っぽい茶、獰猛で顔が怖い。仔狼は可愛いと思うがまだ見たことは無い。

 元の、岩と森の平地で見かけるのと同じやつだ。雪が積もっていたときは出てこなかったので、もしかすると季節によって移動するのかもしれない。

 

 襲いかかってきた最初の二匹を倒すと、残りは逃げてしまった。

 

 更に物音を立て続けると、うさぎサイズの鼠の群れ、雀サイズのスズメバチ、巨熊や大蛇も来た。

 好奇心に駆られたらしい刃角鹿や捻角羚羊まで顔を出して、目が合った瞬間襲ってきた。草食の筈なのに何故か()る気まんまん。

 

 私にとってはどれも大した事無い相手で、いざとなったら念の威圧で追い払える程度の獲物に過ぎないが、街道を通る旅人達にはどうも違うらしい。

 

 入念に準備を重ねた腕利き達にとっても、ここは死を覚悟するような危険地帯で、街道を通るのは思った以上の難行のようだ。

 

 楽に情報を得る機会が有ると思ったが、こうなると中々厳しい。

 

 街道の別の場所に移った方が良いかも知れないが、より安全な場所だと採取や狩猟で森に入る人も居るだろう。今度は私の安全が脅かされてしまう。

 そして、仮に移動したとしても同じ街道沿いの同じ森の中、状況が変わるとは限らない。

 

 安全第一。

 

 元々、有れば嬉しい無ければしゃーない程度の気分で始めた情報収集だ。これ以上のリスクは必要ない。

 気長に待てば会話するやつも来るだろうし、新聞や雑誌なんかの印刷物や手帳等のメモを落とす者もいるかもしれない。気の緩む旅先での忘れ物はデフォだ。

 

 ・・・気が緩むってのは難しそうだが。

 

 

 やがて暑い夏が過ぎ、九月も中頃になって季節は急速に実りの秋へと移り代わって行く。

 春先、四月の始めまで根雪が残っていた事から見ても、この地域は冬が長い。寒気の訪れもきっと早いだろう。

 前の世界で言う、日本の東北地方のような気候と思われる。

 森の動物や虫達は冬の準備を始め、私もつられて住まいの洞窟を整え、薪と毛皮と保存食の準備をした。今度の冬は原始人ではなく、文明人寄りの生活ができそうだ。

 

 修行も順調。

 

 遂に系統別修行に手を出し、試行錯誤しながら原作にも出てこない系統修行を編み出し、基礎修行の中に取り入れて地力の更なる向上に努めている。

 新たな“発“を創り、念の四大行も全て組み合わせて修練できるようになった。

 念修行も次の段階に来たということだろう。

 

 “纏“、“練“、“絶“、“発“の四大行。

 更に、“凝“、“周“、“硬“、“堅“までは行っていたが、その先の“円“、“隠“、そして“流“。

 より実戦を意識した高度な技術が求められる。

 

 修行が、基礎的な物から応用編に移行して行くのに、組み手どころか使う格闘技の流派すらまだ決まってないのは頭の痛い問題だ。

 

 

 涼しい風が吹くようになると、街道の様子が変わってくる。

 

 旅人の緊張がいくぶん薄れ、たまに会話をする者も出てきた。

 人の往来も増えて、夏の間は十日から二週間に一組だったのが、週に二、三組は通るようになった。

 どうやら夏場はこの街道が一番危険な時期で、通行は避けるのが普通らしい。

 夜営の時に一人が『ヤバい夏』について愚痴り、窘められていた。

 確かに、森の実りが増えて虫や動物は簡単に餌が手に入るようになり、余り襲って来なくなっていた。長い冬の準備で忙しいのもあるだろう。

 

 

 その一行が来たのは、そろそろ雪が降りだしそうなそうな十月の事だった。

 

 

 

 

 

 

 





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