嵐の夜に飛び立とう   作:月山ぜんまい

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 24、念しらず

   24、念しらず

 

 「は?」

 

 時刻は昼になり、一緒に食事を取っていると、師匠がおかしな事を言い出した。

 

 既に武術修行が 始まって五日が経っている。

 

 「・・・おまえが朝やってる『念能力』とやらの修練だがな、あれ大分間違ってるぞ」

 

 

 

 そう言えば、昨日も昼から師匠が私の事をいろいろ聞いて来て、おかしかった。

 

 名前、年齢、今までどうやって過ごしてきたのか。何故か急に細かく問いただしてきた。

 

 私は、作り込んでおいた設定の通りに、一年十ヶ月前の正月()まで『じーちゃん』と暮らしていたこと、()()()()教わった事、念も教わっていた事、名前は知らない事、既に死んだ事を、師匠の念能力に引っ掛からないよう微妙に(ぼか)しながら話した。

 

 勿論話に出てきた『じーちゃん』は、『クルタの子』の面倒を見ていた銀細工師の老人の事で、中身の私は残った記憶で顔を知っているだけなので一面識もない。

 

 何でこんな所に住んでるのかは聞かれなかった。

 

 私から聞くだけ聞いた師匠は、又ムッツリと黙り込んで何かを考えていた。

 そして明けて今日、突然私の世界感を揺さぶるような妙な事を言い出した。

 

 

 

 最初私は、私の行っている念の基礎修練の一部、もしくは原作に記載がない系統別修行などを指して言っているのだと思っていたが、そうでは無かった。

 ()()()()()()()()と言うのだ。

 

 

 そんな訳が無い。

 

 

 ()()()()()()()()()が、主人公に世の(ことわり)として教え込んだストーリー上のメインストリーム(本流)なのだ。勘違いは有っても、根本的に違う事は有り得ない。

 

 意味が解らず、けげんな顔をしている私に、師匠は、鼻をならして面倒くさそうに一から説明してくれた。

 

 ちょっとドヤ顔だったのがイラっとする。

 

 まず、念と言うのが最近になって流行りだした間違った言い方で、本当は『(さい)』もしくは『(ごう)』と言うのだそうだ。

 

 『(さい)』は、徳を積んで正しい修行を行った者の中で選ばれた一部の者に。『(ごう)』は、心に悪を持った者に宿る徒人(ただびと)を越え超る力の事。らしい。

 

 私はもう『才』(?)が使えているが、本来は身体を鍛え、武術の修行を長く積み、『選別の儀』なるものを受けた者の中で、『(かい)』の習得に成功した僅かな者だけが得られる特別な力なのだそうだ。

 

 あ、いや、ちょっと情報過多です。

 

 そこまで言うと「正しいやり方を教えてやる」と、説明しながら実演を始めた。

 

 私は、どういう事なのか薄々気がついていたが、此れはこれで得るものが有るかもしれないと思い、隣で同じように真似る。

 

 表面上、懐疑は隠して興味深く話を聞く。

 

 一つの集団か組織が、結構な年月を掛けて考え模索し、かなり試行して系統立てたようだ。念に関する知識については、大体合っている。

 だが、何らかの強い倫理観か宗教観、それと極めて高度な武術の合理が合わさり、ビミョーに改編されたものになっていた。

 

 

 まず、オーラが『プラナ』なる名前に変わっている。恐らくプラーナの変型。

 

 そして、“練“が無い。

 信じがたい事だが、本当に無い。私がやっているのも非常に危ないので、止めるように厳命された。

 理由としては、『プラナ』の体外への流出がとても危険で、流し過ぎると死に至るから。

 

 ここで、理解するのにちょっと手間取った。

 

 

 話は最初の『選別の儀』と『(かい)』に戻る。

 

 さっき出てきた『廻』と言うのは、念修行で言う“纏“の事だった。

 『選別の儀』は念能力者の強オーラ接触による強制的な覚醒。

 失敗した者はオーラの流出を止められなくて、オーラ=生命力が尽きて一部の者は死亡する。

 生き残って『廻』を習得出来た者は『才』が有った事になる。

 

 えらく力業(ちからわざ)な儀式も有ったものだ。

 

 多分、試練としての通過儀礼(イニシエーション)的な儀式に拘り、瞑想などでオーラの流れをゆっくりと認識して少しづつ自分で精孔を開く穏便な方法を見つけられなかったのだろう。

 何度もオーラの涸渇による死を看取ったせいで、精孔を開く事自体が禁忌として伝わってしまっているのだと思う。

 

 師匠の顔は真剣で、そもそもこの事を教えるために、わざわざ秘事である『才』の話をしたらしい。

 

 しかし、これを受け入れる訳には行かない。なので、『じーちゃん』自身が何十年も続けてきた訓練法であること。

 自分も毎日やっているが何ともないこと。

 これを続けることで基礎オーラ量が増えることを懇切丁寧に説明した。

 

 何度説明しても納得は得られなかったが、長い説得の末、体調に変化が有ったらすぐ止める事を条件に、渋々了解は貰えた。

 

 適当に返事をして陰で続けることも出来たが、一時でも師匠として仰いだ相手にはできるだけ嘘をつきたく無かった。

 出自とか“発“とか、言えない事は沢山有るが、それは師匠も一緒だ。

 

 

 違いは他にもあった。

 

 “練“の代わりに訓練法として『瞑想』が有ったが(ここでやっと出てきた)、オーラ=『プラナ』の発生場所が全身ではなく『丹田』にほぼ固定されていた。

 

 他の身体の部位、それこそ、全身いたるところから満遍なく発生はするが、メインは身体の中心である『丹田』なのだそうだ。

 これは、武術鍛練上の要諦である『重心』や、動きの(かなめ)としての『丹田』の思想が混ざったものだろう。

 オーラを体外に出す事への忌避感も有ったのかも知れない。

 

 そして、オーラを戦闘に用いる者として、それで良いのかと思うが、オーラの全集中(硬)や移動(流)、得物の強化(周)や一時的全身の強化(堅)まで在るのに、“円“や“隠“そして“凝“も無かった。

 ちなみに使う技能の名前は全部『廻』。“纏“のみならず、オーラを扱う技能のことを全部まとめて『廻』と呼称している。

 

 “円“や“隠“はともかく、“凝“が無いのは恐い。経験と勘で何とかするのだろうか?

 

 “凝“つまり目にオーラを集めてオーラに対する視覚的感度を上げる技能だが、原作では念能力者同士の戦闘では必須とされていた。

 “凝“無しでも念能力者はオーラを見ることが出来るが精度が段違いで、特に“隠“が施されていたり量が微小だと“凝“無しでは例え視界にオーラがあっても気づく事さえできない。

 

 “凝“と“隠“は言わば表裏の関係なので、“隠“が認識されていないせいで、“凝“の必要性が今一つ理解されてないようだ。

 

 

 『瞑想』や“発“=『才』の()の使用、『廻』による身体運用や修行でもオーラ量は少しづつ増え、時間は掛かるが四大行以降の各応用技も次第にこなせるようになるらしい。

 

 師匠の様にベテランになれば、腕前もかなりの処まで到達する。

 しかし、“纏“の練度は水準に達していても、やはりオーラ量が心もとない。

 私の『衝撃波』も、コントロールは難しくなるが、オーラ量を増やすと威力や効果が増す。

 オーラ量は、継戦能力や瞬間出力に(ちょく)に関わってくる事案だ。

 純粋な格闘能力は兎も角、念能力者全体で見れば、トップクラスには対応出来ないだろう。

 現に、武術体術で圧倒していた師匠も、小男のハメ技的な飽和攻撃に押し負けてしまった。

 

 念能力者が一般人から逸脱している事を考えると、心源流に比べて未発達なこの枠組み(スキーム)でも一応通用はするのだろうが、穴が多過ぎる。手本にはとても出来ない。

 

 それとなく話を振ってみたが、勿論、六性図も各系統も知らず、水見式など見たこともない。創る“発“は行き当たりばったりで、キャパシティーの事もおぼろ気にしか把握していない。

 

 オイオイ、である。

 

 言ってみれば師匠の派閥は、間違った推論から間違った結論に達してしまった中世の学者だ。世界は平たいお盆の上に載っていると信じ、地球が丸い事を信じない。

 

 ・・・このハンターハンターの世界では、『世界がお盆の上に在る』と言うのも可能性としては、あながち間違いでもないかもしれないが。

 

 

 あれだけの武を持つ師匠が、それで良いのかと思うが、正解の情報が公開されている訳でもなく、検証するのも個人や少人数では難しい。それぞれ閉ざされた集団の中で独自に練磨され秘匿された結果、なるべくしてなったものだろう。

 

 世間一般の念能力者の多くが()()()()()に触れていないのだとしたら、強力な念能力者がそう多くないのは当たり前なのかもしれない。

 

 ちょっと努力すれば誰にでも並外れた力が手に入るとすれば、アホな事をする奴が必ず出てくる。

 知った人間が情報を秘匿するのは当然で、むしろ義務ですらある。

 

 最初の状況から鑑みると、『クルタの子』に念を教えた老人(じーちゃん)は、正しい情報を持った稀有な人物だった。

 もしかすると『願いを叶える卵』の念能力で探して見つけた可能性もある。

 

 美少女師匠は用意されていなかったが、原作知識持ちという私の現状は、結構なアドバンテージなのかもしれない。

 

 

 ダメ元で私のやり方を勧めてみたが、鼻で笑われただけだった。

 師匠の年齢で常識や固定観念を変えるのは容易ではないし、余り期待はしていなかった。

 ただ、残り時間でオーラ量を増やし、身体を治す“発“を身につける事が出来れば、もしかしたら命を永らえる事が出来るかもしれないと考えていたので、その事は少し残念だった。

 

 「長生き出来るかもよ?」

 

 と、真剣に言ってみたが、

 

 「・・・別に長く生きたいわけじゃねえ、もう長いこと好きなようにして来たんだ、最後も好きにするさ」

 

 いつものように、ぶっきらぼうに返事が返っただけだった。

 

 

 師匠の隣で一通り『才』の基礎修練を試してみる。

 

 ほとんどは、今までの念修行より効率の悪い()()()訓練法だったが、一つおやっ?と思わせるものが有った。

 

 師匠が最後にやって見せた『プラナ(オーラ)』運用技能の奥義なるもので、簡単に言うとハブに『丹田』を用いたオーラの集配だ。

 

 手順としては、まず全身の活性化(戦闘用)オーラを一度『丹田』に集中させて溜め込み、其処から体内を自在に移動循環させられるように訓練する。

 

 次に、攻守にオーラを用いる際に溜め込んだ丹田から必要量を適宜素早く分配し、また瞬時に戻す事をワンセットとして、それを攻防の度毎に何度も繰り返す。

 ただそれだけ。

 

 しかし、その用いられる速度と滑らかなオーラ移動が尋常ではない。

 

 およそ武術の術理に沿って戦う為に身体を動かすには、基本的に先ず自身の腰部に在る身体の『重心』=『丹田』を意識して『丹田』からの力の流れが滞らないように身体運用するのが基本となる。

 たとえ、訓練によってその動きを無意識レベルまで落し込んでいても、それが基本であることは変わらない。

 その為、戦闘時における身体の運用と、このオーラの運用は親和性が非常に高い。

 

 必然的に身体操作に伴うオーラの並行運用効率も極めて高いものになる。

 結果として起こるのは、攻防時の接点への平易で自在な高速のオーラ移動。

 

 因みにこの技術も名前は一緒で、『(かい)』と言う。

 

 この、戦闘時の活性化オーラの集中と分配は、念にも在って技能名を“流“と言う。

 此方も、奥義と言ってもよい高等技術であり、又、オーラを用いた格闘戦の重要な基礎技能でもある。

 

 師匠が事も無げに行った、この最後の『廻』は、原作にも出てこない念の高等技術“流“の裏技的特化技能で、試してみると身体のオーラをただ動かすよりはるかにオーラの移動と展開が容易になる正に秘技だった。

 

 『井の中の蛙大海を知らず、されど空の深さを知る』

 

 後半は後付けのことわざらしいが、実際そういう事は稀に有る。

 

 発想の根幹は“練“恐怖症だが、至った結果がとんでもない。

 

 頭で考えるだけだと、身体のある部位に集めたオーラを別の部位に移動させるなら、一度『丹田』に戻して再度送り込むより、直接移動させた方が早く感じるが、事はそう簡単じゃない。

 オーラを動かすのは、本質的には意思力だ。イメージによって動きを指定してそれから動かす。その速さは心の動きに由来する。

 主人公達は、心源流の“流“修行を繰り返し、地道に“流“のイメージを身体に覚え込ませていた。

 たとえるなら此方は、如何なる条件付け(ルーティーン)も用いず、ただひたすら技能を鍛える修行法だ。

 

 対して師匠の行った方法は、今までの武術修行や身体操作の基礎をオーラ運用の為のガイド(ルーティーン)にするため、オーラを身体に巡らせる前に『丹田』に一度集めてから再分配する一見遠回りで不思議なやり方。

 

 だが、今までの念の在り方の傾向から見て、少なくとも武術家ならば、最終的に此方の方が運用効率が上昇する可能性が高い。

 

 肉体の武威が乗算される念能力者の近接戦においては、“流“の重要さは言うまでもない。

 

 ぶっちゃけると、どちらの方法でも強くなる人は強くなるだろうが。

 

 私は、このオーラ運用技能をこのまま『(かい)』の名で念の基礎修練に取り入れる事にした。

 

 念に対する微妙な理解のせいで、師匠の使う円掌拳の一門は、念能力者界隈で中の下くらいの位置かなぁ、と漠然と考えていたが、この“流“特化のオーラ運用技能があれば、一流所とも其れなりにやれそうだ。

 

 この拳法を習得すれば、べらぼうに強くなれる。みたいなホラ話をぶちあげていたが、一応それなりに根拠の有る事だったらしい。

 

 またちょっとワクワクしてきた。

 

 

 

 

 

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