嵐の夜に飛び立とう   作:月山ぜんまい

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 25、ジョブ

   25、ジョブ

 

 冬が始まり、たまに降る雪でだんだんと辺りが白く覆われても修行は続く。

 

 ただ、暖かい拠点の洞窟から虎の穴風の修行場まで、前日積もった雪を修行前に除雪(ラッセル)するのが日課に加わった。

 

 型の動作を完全に覚えた筈なのに、いつものように師匠からダメ出しが始まり、細杖で無駄な力が入った箇所が打たれる。

 

 「無闇に力を込めるな、焦らず正しい『型』を身体に覚え込ませろ」

 

 毎晩何時間も自主練してるのに、指導の回数が変わらない気がして、私は成長してるのか聞いたら、「・・・まあまあだ」と、言われた。

 

 

 どっちだ。

 

 

 修行が始まって一ヶ月ほど経ち、型の意味が朧気にわかってきた頃、新たな訓練が追加された。

 

 師匠と互いに向き合って、円掌拳の型に沿って大極拳のようにゆっくり動き、模擬戦をする。

 相手の動きの先読みの訓練で、相手の動きが動きになる前の気配を読め、と言われた。

 

 超ムズい。

 

 師匠はさらっとこなして此方の攻撃は皆かわされ、相手の攻撃は防御できないタイミングで放たれる。

 

 動きはゆっくりだし、寸止めで実際に当てる訳ではない。ダメージは無いのだが、気分的にはボコボコにされる。

 気配を読むのと、それを避けつつ有効な攻撃を組み立てるので猛烈に神経をすり減らし、最初は三十分でヘロヘロになった。

 

 途中、念獣達の権能がいくつか発動しそうになり、慌てて止めた。

 実際の戦闘でもないのに何でかと思ったら、なんかゲーム的に捉えていて、楽しそうだから参加したかったらしい。

 武術の修行中は念能力禁止を伝えてやめさせた。

 

 確かに読み合いで≪観測≫とか≪把握≫が使えれば便利だろうが、それでは地力が身に付かない。

 円掌拳では、念能力は、あくまで生身の力をブーストするためのツール。地力がショボければ伸びしろも目減りする。と言うことになっている。

 

 この新しい訓練、凄い疲れるがチェスとか将棋とかの読み合いの要素が有って、やってみると意外に楽しい。

 

 『聞手(ぶんしゅ)』と言って、戦いの折に相手の気配を察知する修練の一種だそうだ。

 

 

 私は、原作のキャラの中では、念の習得時に既に自分の戦闘スタイルが出来ていたメインキャラ達ではなく、高い塔の闘技場にいた引き立て役の道着の子に近いだろう。

 大分情けないが、ま、順当だ。一応彼も天才の部類だった筈だし。

 

 地球のただの一般人に、日常的な殺し合いや戦闘の経験を求められても困る。

 

 有り余るパワーの有効活用もあるには有るが、元々武術を習うのは、墓の下で念能力を選択する時から決めていた事だ。

 

 そもそもの根本は、平和ボケしたパンピーの私に、所謂『戦いのセンス』なるものが期待できない事から始まっている。

 

 そしてこれは私が憑依した、親代わりのじーちゃんが殺されたのに、捕まるまで何も出来なかった『クルタの子』にも当てはまる。しかも彼には実は念能力が有ったにもかかわらずだ。

 

 平和に生きる分には別にこれらは普通の事だ。何ら非難される案件ではない。

 だが、高確率でトラブルに見舞われるだろう私にとってはちょっと困る。

 

 それ故に、武術を身に付ける。

 

 一見、矛盾しているようだが、最終的には其れが必要と判断した。

 つまり、もし仮に私の『戦いのセンス』が壊滅的であっても、武術で対応力を押し上げ、念獣達の力を効率良く使う事が出来たら、色々カバー出来るのではないか、というわけだ。

 元がショボくとも、経験を積めばセンスは鍛えられるだろうし、成長の時間を得られれば技術も伸び、やがては腕も上がる。

 ヒヤリとするような確信と共に、石にかじりついてでも『戦闘のセンス』を磨かなければ、いずれ何処かで詰む、そういう冷たい予感が在るのだ。

 

 生存戦略的に見るならば、つまるところ武術は、私に不足している戦闘経験値を稼ぐための趣味と実益を兼ねたツールなのだ。

 

 望外に師を得るのが早まり、大分修行沼にはまっているような気はするが、早いに越したことはないし、楽しいのは良い事だ。念獣達も喜んでる気がする。

 

 

 

 修行開始から二ヶ月が経った。

 

 型の訓練──『円歩(えんほ)』というらしい、と『聞手』の割合が半々になった。

 最近は型の訓練で指摘されることが減って、『聞手』の訓練が益々増えている。

 

 これは型をマスターしちゃったか?と思って師匠にきいてみたら、「・・・まあまあだ」と、いつもの返事。

 

 さては師匠ツンデレか?

 

 言うと、ぶん殴られるので、賢く黙っていた。“周“を掛けて来るのは(たま)の事だが、どうも効いてないと思ったのか、最近になって師匠の細杖が、段々と細杖と呼べない太さになっている。

 あれは、もう杖ではなく棍棒ではないだろうか。

 

 

 

 

 高所の見張り場で冷たく澄みきった朝に視線を巡らしても、雪に埋もれた街道に人影は見えない。

 

 旅人が来ることは無くなったが、修行中は師匠が意外と質問に応えてくれる事が分かったので、タイミングを見計らって、少しづつ情報を集めている。

 十歳前後の子供が色々聞きたがるのは当たり前の事で、おかしくはない筈だ。

 

 「何で、武術を教えてくれる気になったの?」

 

 「・・・・・」

 

 「街道で襲われてた理由は?」

 

 「・・・・・」

 

 「あの襲ってきた連中は何者?」

 

 「・・・・・」

 

 返答率は余り高くない。

 

 

 

 しかし、特に止められなかったので諦めず続けていたら、たまに答えが得られるようになった。

 

 「師匠、何かヤバイ事したの?」

 

 「・・・しとらん」

 

 ただの追っ手じゃないのか。だが、理由も無く殺し屋は来ないだろう。

 師匠も相手の事知ってたみたいだし。

 

 「師匠、仕事は何やってたの、役人や商人ってタイプじゃ無いし、腕も立ち過ぎる。ハンターか傭兵?顔だけ見ると殺し屋一択なんだけ・・・・(いでっ)!」

 

 『円歩』の途中で、師匠に頭を棍棒で叩かれた。

 避けられないタイミングだった。しかし、動きも呼吸も乱さない。

 

 「・・・賞金稼ぎ(バウンディー・ハンター)だ」

 

 賞金稼ぎ(バウンディー・ハンター)

 

 そうか、それで色々謎が解けた。

 

 「賞金稼ぎ(バウンディー・ハンター)って賞金首の犯罪者とか悪い奴を追いかけて、退治したり捕まえたりする仕事だよね、それで恨まれて殺し屋が来たのか・・・」

 

 「・・・・・」

 

 師匠からの返事は無かったが、この問答を繰り返す時に、毎回内緒でちょっとだけ発動していた≪把握≫と≪観測≫と≪嗅覚≫が、師匠のバイタルデータを集めて其処から、質問に対する答を類推していた。

 

 微妙な心音や視線の動き、体表の温度変化、発汗状況を取りまとめて隠された思意を読み解いてゆく。

 

 多角的に情報を得て、導き出した答えは『怒』、意味は多分『肯定』。相手が無言のため、今のところこの方法では些細な感情の変化を読み取れるだけで、細かい思考の機微は解らない。

 言葉にしてくれれば、心音の変化等で虚偽を見破れると思うのだが、情報量が少な過ぎ、無理。

 

 素のままでも慣れれば読み取れる気がするが、此れは念獣達の経験値稼ぎの意味もある。

 

 本当は、≪把握≫を使っている『(ジェミニ)』の二次権能≪波動≫が起動すると、もっと楽に情報が得られる筈なのだが、いまだ未発動。例え相手が喋らなくとも、これだけ近くに居れば≪波動≫なら可否位は判別出来ただろう。

 もっと他者の感情の揺れに出会って経験値を貯めないといけないのか、それとも未だ必要な事態に遭遇していないためか。

 

 バレたらまずい秘密訓練だが、この世界で初めての他者とのコンタクト。僅かな機会も無駄にするのは勿体ない。

 師匠なら弟子の成長に協力してもらっても構わないよね。確信。

 

 

 師匠が賞金稼ぎ(バウンディー・ハンター)だってのは恐らく本当。

 追っ手の大女が言っていた人探しが得意って話も、それならば辻褄が合う。

 

 意識不明な最初の頃に所持品チェックして、ハンターライセンスを持ってないのは確認している。賞金首ハンターとかでは無いのだろう。

 他にも荷は有ったが、ハンターライセンスを躰から離して荷物の中に放り込んでいたとは流石に考え難い。

 後で確認に行ったが、折れた杖を含めて師匠の荷物は全て襲ってきた一行に持ち去られていた。

 

 師匠は賞金稼ぎ(バウンディー・ハンター)だが、ハンター試験は受けていないのだろう。例えメリットがあっても、そういう縛りは嫌がりそうだ。

 

 それでも賞金稼ぎ(バウンディー・ハンター)なら、裏社会の事情にも詳しいだろうし、情報屋とかにツテもあるだろう。

 

 森の外(シャバ)に出て『クルタの子』の復讐戦をするのに、そんなツテが有れば大変に有用だ。

 ぜひ紹介してほしいが・・・・師匠の情報関係は、あの念能力ありきの魔窟だろうから、全然信用できない可能性が高い。

 

 それに多分、あの兄妹に師匠の情報を売った奴も含まれているだろう。

 

 やっぱナシで。

 

 

 

 時間はかかったが、師匠からは、仕事以外も何件か聞き出す事が出来た。

 

 近隣の国や森の街道でたどり着く両方の街の名前など、街へ出たら直ぐに必要な事。この辺りで捕れるとても金になる獲物や果実、鉱石の事。売る場所。

 海の事を聞いたら、船で他の大陸から来た事も教えてくれた。

 飛行船の事も聞いたが、気球なら見たことがあると言われた。この辺には無いらしい。

 

 

 以前から懸案だった転生年代の特定も行った。

 

 「あ、暦ってやつ、今年はいったい何年?」

 

 「・・・九十年だ」

 

  カレンダーは、大体私の想定していた通り師匠を拾ったのが十月の半ばで、細かい日付は師匠も覚えていなかった。

 

 年代に関して話を聞いた私は、てっきり原作開始十年前の千九百九十年だと思い込んでしまった。

 修行を終えて街に出るまでの自分で決めた時間十年と、原作が開始するまでの残り時間が、シンクロしたように一緒だったので、転生者特有のご都合主義が仕事をしたのだと勝手に考えてしまったのだ。

 

 私はこの時、森を出たら九十九年のハンター試験を主人公達主要キャラと一緒に受けて、友好関係を築くか、出来るだけ近づかないようにするか、はるか先の事だとも気付かずに無意味に頭を悩ませていた。

 私が本当の年代を知るのは森を出てから先。今からもう少し後の事になる。

 

 

 段々と早くなる冬の日暮れと共に、師匠は暖かい拠点へと戻る。

 

 「ありがとうございました!」

 

 師匠の命令で言葉遣いは元のままだが、挨拶くらいはする。

 

 師匠が居なくなれば、自主練の開始だ。

 

 最近の流れは先ず『円歩』、頭で記憶するだけではなく、やっと身体に覚え込ませる事ができて、師匠の指導もほぼ無くなった。

 ここで緩みが出てはいけない。前世の新入社員も慣れた頃にミスをしていた。

 

 

 身体が()れて来たのか、『円歩』を繰り返す内に、師匠の言う『沈力』なるものが、うっすらと感覚的に分かってくる。

 

 恐らくだが、『沈力』とは云わば動かない為の力、止まる力の事なのではないかと思う。

 

 どんなに細かく動いていても、動いている以上力の掛かり方は一方向だ。

 ボールに二つの回転を同時に掛けられないように、運動している物体に掛かる力は一定方向にしか向かず、掛ける力も一方向に集約され、極論すれば一つで済む。しかし、止まろうとするとこれが反転する。

 

 本来、常時絶え間なく細かく動いてバランスを取っている人体を、常軌に逆らって静止させ続けようとすると、ありとあらゆる方向からの力全てに対して抗い、耐えなければならない。行うとなると此れは、想像以上の難事になる。

 

 それに、何の意味が有るのかと思うだろう。私も思った。

 だがしかし、この『沈力』が身に着いてくると、色々な事が劇的にしかも連鎖的に変わってくる。

 

 先ず止まる事が出来るようになると、身体に軸が出来る。

 軸が出来ると動きが滑らかになって無駄が無くなる。

 無駄が無くなると速度と威力が上昇する。

 速度と威力が上昇すると、『円歩』の理解が進み、自分の『沈力』に不足を感じるようになる。

 また『沈力』を鍛える。その繰り返しが徐々に加速して行く。

 

 また、止まる事が出来るようになると当然、自分の重心を強く意識するようになる。

 自分の重心が解るようになると、四肢と丹田の力の流れを感じ、重心がより細かく解るようになる。

 自分の重心が細かく解るようになると、他者の重心も解るようになる。

 他者の重心が解るようになると、動きの予測が出来るようになる。

 動きの予測が出来るようになると『聞手』の理解が進み、此方もどんどん精度が増してゆく。

 

 

 普通に運動していたら、ほとんど使われない様な筋肉、為されない動き、呼吸、そしてそれらの連係。

 

 会社の後輩が、ダイエットのためにダンスを習い出した時の愚痴とよく似ている。

 

 彼女は終始、筋肉痛でヒーヒー言っていたが、武術はちょっと舞踊と重なる所があるのかもしれない。

 

 すれ違っただけで通報されそうな人相なのに、『円歩』を行う師匠の動きは、舞のように美しい。

 

 その滑らかで淀みない様子をイメージしながらトレースする。以前より遥かに師匠の動きに近いが、完璧ではない。完全に集中して繰り返していると、すっ、と何か正しい動きに填まったような感覚を得る瞬間がある。身体が『型』の動きを掴んだのだ。此れがあると結構うれしい。忘れないよう同じ所をもう一度。

 

 段々と、円掌拳を使う為の身体になって行く。

 

 

 




 剄の中国語読みが、チンと聞こえるらしい。

 沈の意味は捏造。
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