嵐の夜に飛び立とう   作:月山ぜんまい

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 26、獣

   26、獣

 

 師匠が帰った後の居残り修行。

 

 『円歩』を充分に行い、次は『聞手』。

 

 しかし、『聞手』をするには手の読み合いをする相手が必要だ。

 其処で、登場するのが『右目(ライブラ)』の持つ≪魔眼≫による幻覚能力。

 

 最初、鏡が無いので水鏡越しにと思ったが、今の≪魔眼≫では水鏡越しの視線では幻覚を掛けられなかった。

 此れは眼球を抉り出さなくては駄目かもしれない。視神経が繋がってればギリ行けるか?と頭おかしい考えになりそうになったが、念獣達から修正が入った。

 

 :そのまま行ける。らしい。

 

 そういう風に能力開発をしたのではなく、墓の下にいた頃から出来たらしい。

 

 そう言えば、念獣達が≪魔眼≫で自主練したり、私のストレス解消のために利用したりしていた。

 

 なんか、ヤバイ思い出として封印されていて、思い出すのに心理的抵抗があった。

 

 

 目を閉じて意識内の≪魔眼≫が造り出した幻覚の中に入り、そちら側で目を開ける。

 最初にやった時は幻覚の空間イメージを設定するのに時間が掛かったが、今は慣れたものだ。

 ワイヤーフレームの小部屋から始まって色々試した末、今は修行場をそのまま再現している。

 

 幻覚の中の設定は、たまに弄るが大体昼間。

 相手は師匠の時が多い。後はバラバラだ。

 前世の知り合いの時も有れば、テレビで見た有名人の時もある。

 ハンターハンター原作のキャラやフィクションのキャラは、私の想像力不足か、なんかアニメっぽくてリアリティーが足りない。これも要修行。

 

 『聞手』の修行自体は念獣達が張り切って、相手を務めてくれる。

 かなり集中して気合いを入れても、ほとんど勝てない。多分、複数体が連携しているのだ。ちょっとズルいと思う。

 

 今は円掌拳の動きの読み合いに限定して使っている。慣れれば他にも色々出来そうだ。

 

 自主練の成果か、最近『聞手』でも師匠といい勝負が出来るようになってきた。

 

 修行も、もうじき次の段階に入るだろう。

 

 

 

 

 一月、暦の上では新年でも、ここでの生活にはあまり関係がない。

 

 ただ、山岳地帯で標高が高いせいか平地より風が強く、吹雪の影響を受けやすい。

 そのため、明かり取りの為に開口部が広く、風の吹き込みがひどい修行場の奥に、小中学校等によく有る二十五メートルプールよりやや小さい広さの洞窟を、新たに掘り出した。天井はドーム状で高さは三メートルから六メートルほど。

 作業自体“周“の修行の一貫なのでどうと言うことはなく、≪把握≫で調べながら掘ったので崩落の危険も無い。

 外光は入らないので外部まで続く煙突付きの掘り抜きの暖炉擬きを設置し、換気孔と篝火用台座も壁際に装飾風に幾つか配置した。

 薪は夏から森で大量に集めていたし灯火の燃料になる獣脂も大量にストックしてある。

 灯りには向かないが、実は炭もけっこうな量焼いてある。

 鍛冶をしようと用意したのに残念ながら鉱石が見つからなかったのだ。

 

 武道場風に、入ったら正面に見える部屋の向こう側に、一段高い座敷っぽい師匠の居場所を造って毛皮を敷いた。今のところ段差に座る位しか利用していない。

 奥に、それっぽい掛軸かなんかを吊るせば格好いいのだが、無いので毛筆風にでっかく『武』の文字を彫り込んでみた。

 

 実は(ひそ)かにお気に入り。

 

 色々運び込めるように入り口通路は縦横二メートル。

 扉代りの毛皮数枚で入り口を塞ぎ、吹雪の侵入を防ぐと、薄暗いが中々快適な修行場になった。

 

 別に吹雪こうが寒かろうが修行に問題は無いのだが、師匠の病の事がある。あまり負担はかけたくない。

 本当の事を言うと意固地になりそうなので、師匠には、風がうるさくて指示の声が聞き取りづらい為だ。と、言ってある。

 

 

 『円歩』『聞手』を順調にこなし、修行は次の段階に入る。

 型を覚え円掌拳の基礎を学び、気配を読んで戦いの機微を掴む。

 

 動きと読みを得て、次は実践。

 

 師匠との模擬戦(スパーリング)だ。

 

 円掌拳では『揺武(ようぶ)』と言う。

 意味は、揺り篭の中で武を養う。

 

 

 薄暗い灯火の光の中で、最初は静かに『揺武』が始まった。

 

 互いに段々と『揺武』の呼吸、()()()()()()()()()()()が解って来ると、徐々に激しい攻防に変わって行く。

 

 互角の攻防のように見えるが、動いているのは私一人で、師匠の立ち位置は最初から殆ど変わらない。

 

 空気をかき乱すその余波で灯火が震え、二人の影も揺れる。

 

 

 クッソ手強い。

 

 知ってるつもりだったが、まだ私の武術は付け焼き刃なのだろう。そこそこ戦えるつもりでいたのに念無しだと相手にもならない。

 

 リミッターが掛かっているとは言え、私の方が身体能力が高く、それもかなりの開きが有る筈なのに、良いように打たれ、ぽんぽんと投げ飛ばされる。

 

 フィジカルが強いだけの素人と、武術の達人の手合わせなのだから、こうなるのはある意味当然なのだが、納得というか理解し難い。

 

 何度も技をくらいながら、繰り出される技の効果や意味を、少しづつ身に刻むように教え込まれる。

 

 「『落葉(らくよう)』の(さば)きで避け、『風花(かざはな)』の(おく)りで(はな)つ」

 

 以前より遥かに無駄なく速い筈の攻勢が、ふわりとかわされ、気がつくと身体が宙に舞っている。

 

 「『流水(りゅうすい)』で流し、『細波(さざなみ)』で返す」

 

 こちらが打ち込んだ掌打が、ピタリと添えられた掌や腕で受け流され、気がつくと既にカウンターを打たれている。

 

 「『雪音(ゆきね)』で静め、『木霊(こだま)』で戻す」

 

 胴に打ち込んだ掌打の打撃が、当たった瞬間真綿のごとく吸収され、師匠がくるりと身を捻ったと思ったら、軽く私の腹が打たれる。軽い打撃なのに衝撃が腹筋を貫通し、直接内臓にダメージを食らう。

 

 「『天道(てんどう)』は衆寡(しゅうか)に揺るがず、『陽炎(かげろう)』は去りて一握を残す」

 

 距離を取って間合いを外そうとするが、謎の歩法で所々姿が現れては消え、縮地のように気が付くと踏み込まれている。

 ピタリと身体が寄せられて、これアカンやつだ、と此方が反応する前に、接触した肩から衝撃が発せられ、弾き飛ばされた。

 

 爆薬のような超近接打撃よりも、その前の歩法の踏み込みがヤバイ、気がついたら入り込まれていた。

 

 強い。

 

 なんと言うか、濃く、濃厚に強い。

 

 それが、たまらなく嬉しく楽しい。

 

 

 私が、あまりに頑丈なので、師匠は最初の内していた手加減を段々止めてしまい、腹に打ち込まれた掌打など、普通の人なら生死に関わるレベルの攻撃だった。

 

 『天道』と『陽炎』は、原作に出て来た暗殺者の歩法『肢曲』のような、この世界独特のとんでも技。現実で再現は不可能だろう。

 最後の『陽炎』だけ、凄まじい見切りと奇妙な歩法で此方の間合いをすり抜けながら軽くぽんぽんと関節や筋肉を打たれるのだが、意味が解らず手を止めて聞いてみた。

 

 すると、門派で『握技(あくぎ)』とか『軽打(けいだ)』と呼ばれる技術だと言う。

 

 嫌そうな師匠から聞き出した処によると、所謂『点穴(てんけつ)』とか『秘孔(ひこう)』とか言われる、身体の自由を奪うツボを正確に刺激する技だった。

 本来なら、打たれた瞬間に腕や脚が痺れたり、激痛で動けなくなったりする筈なのに私が何ともないので、まるで師匠が失敗したように見えるのが、気に入らないらしい。

 

 実際は、瞬時に念獣達が不都合を遮断したのだが、師匠には「そういう体質だ」と言い張った。胴体部分なら多少は効いただろう。

 

 「・・・『天道』と『陽炎』は本来遁法(とんほう)だ。

 大事なのは歩法と見切りの技量で、肩での『震撃(しんげき)』や『握技』なんざ余技だ、長くやりゃその内出来るようになる」

 

 いや、教えて下さい。ぜひ。

 

 効果が無かった事で、()()端折(はしょ)ろうとした師匠を拝み倒してなんとか教えてもらう。

 

 拳法で『秘孔』は、ロマンで鉄板でしょう。

 

 

 円掌拳の型と対になるその用法、全部で八種類有り、名を『八法』と言う。

 奥義となる攻防の技が三つづつ六種と更に二つ。最後の二種は遁法、つまり乱戦や包囲戦で逃げるため、立ち回りの為の技だ。

 遁法と言っても、模擬戦でやられたように攻撃に使えば、恐ろしい威力になる。充分な力があれば、多勢相手の戦いも可能だろう。元々は其れを想定していた節もある。

 いくつか細かい違いが有って、奥深い。

 

 やっと教えてくれた体幹に響く掌打を『震打(しんだ)』、もしくは『震撃(しんげき)』と言う。『木霊』は隠し名。

 

 秘奥義みたいなのも有るのかと聞いたら、最後の二つがそうだった。

 

 普通の門弟は最初の四つ『四方』。

 

 合気道と古武術の合わさったような動きで、投げ技に当て身技、(こぶし)は無いが掌底、肘打、腿法(蹴り)、体当りと色々有る。守り方、当て方を学ぶ闘いの基礎。

 

 弟子は六つ『六門』、

 

 『四方』に加えて、より危険で難しい『震』の技を学ぶ。所謂浸透勁とか発勁とか言う内部破壊系の技と理。

 

 奥弟子だけが最後の二つ『天道』と『陽炎』を秘伝授受され、『八法』全てを教わるのだそうだ。

 誰かに教えるときは相手を良く選べ、と言われた。

 

 何故私に『八法』全てを伝授するのかは教えてもらえなかった。

 

 

 初日の『揺武』は、二時間ほど私がぼこぼこにされて終わった。

 

 一度も反撃を当てる事が出来なかった為、さして疲れた様子もなく、いつもと同じように拠点に帰って行く師匠の背中が、ちょっと悔しい。

 

 

 師匠が帰ったら恒例の自主練、先ずは基本の『円歩』からだ。

 

 集中しようとするが、頭の中では初めて実践的に運用された円掌拳について考えてしまう。

 

 技が多彩で所々よく解らない部分もあった。

 だが、全て覚えている。

 

 『聞手』の訓練の後で、念獣達と検証だ。

 『聞手』の時もそうだったが、私が感じ取れなかった事も彼らは全部記憶してくれていて、何度も繰り返して見せてくれる。その過程で、私が何度も幻覚の中でボロクソにやられるのは、もはや恒例で如何ともしがたいが。

 

 

 

 修行に『揺武』を加えてから一ヶ月ほどが経った。

 五日目に、やっと私が攻撃を当てる事が出来たら、師匠に『廻』(オーラ)で防がれた。

 

 や、流石にそれは無いだろうとジト目で見つめたら、

 「お前みたいな体力バカの攻撃を、生身で受けられるか!」

 と逆ギレされた。

 

 それ以降互いに『廻』(念)を使用しながらの修行になった。実質“流“の修行を兼ねる事になり、とても助かる。

 

 師匠のオーラ総量の問題が有るので、私が攻撃を当てられるようになってからも、私が込めるオーラは最低限、もしくは無くしている。

 それでも師匠のオーラが減って来たら、一旦『揺武』を休み、休んでいる間に個々の技を細かく教わる。

 

 「・・・お前のオーラ(プラナ)の量はおかしい、どうなってるんだ?」

 

 としみじみ言われたので、“練“の成果だと胸を張った。

 私のオーラ量は普通だ。と思う。

 

 

 「・・・・・」ん?

 

 

 修行は順調で、寒さと雪は段々と安定してきた。 猛烈に寒いのは変わらないが、たまの吹雪以外はそんなものだと此方が慣れてしまったのだ。

 

 去年と同じなら、春の雪解けは四月の後半頃、まだ暫くかかる。

 

 ここ数日、狩りで森に入ると何かの気配を感じる。

 何となく相手を感じるだけだが、向こうが私を気にしているのが感じとれる。

 敵対的ではない、しかし気になる。

 捜せば見付けられそうだが、似たような気配に心当たりが有ったので静観することにした。

 

 二日後の夜、私が拠点に帰って眠りについた頃、動きが有った。

 拠点にある居間の寝床からむくりと半身を起こし暫く待つ、やっと姿をあらわしたが拠点には近づいて来ない。来ないならいいやと、近所をうろつくのを放置してそのまま再び眠りに就いた。

 

 

 翌朝、いつものように日の出前に起き、顔を洗って午前の修練をするために修行場へ向かう。

 

 既に習慣となった念の基礎修練をするのは、新しく掘った武道場の方ではなく、既に屋根が有るだけで吹きっさらしと変わらない位寒くなった、以前から使っている修行場(虎の穴)の方だ。

 しかし、今日はちょっと問題が有って、修練前に修行場奥の自分が掘った通路を中へと進む。

 

 暖炉も灯火も消えて光源は無いが、暗視が出来るので関係ない。

 武道場に入ると見回す必要も無いほど明確に、一点が昨日と違っている。

 

 「・・・はぁ」

 

 私はため息をついて状況を受入れ、武道場から出て、朝の念の基礎修練をいつものように始めた。

 

 昼になって、師匠と一緒に食事をしたが変事については話さず、片付けを終えて明かりと暖炉の為に先に武道場へと戻ってきた。

 

 「もうじき師匠が来るが、おとなしくしてろよ」

 

 私が、明かりの準備をしながら話しかけると、今朝から増えた住人が、パタリと尻尾を振った。

 

 色々我慢しながらいつものように型の反復をして師匠を待つ。

 

 ほどなく、いつもと変わらぬムッツリと不機嫌そうな師匠が入ってきて、毛皮を敷いた奥の小上がりにいる闖入者を見付け、ピタリと固まった。

 

 「!」

 

 「よろしくお願いします!」

 

 私は、何事もないように装いながら、元気よく挨拶をして、必死で笑いを堪えていた。

 

 「!・・・・・」

 

 私の挨拶に、びくっとした師匠は、また不機嫌そうないつもの顔に戻り、クイクイっと手を動かして私を呼んだ。

 

 「・・・何でここに『霊獣』がいる!」

 

 来客を刺激しないためか、器用に小声で怒られた。

 

 「『霊獣』?」

 

 『霊獣』がなんだか解らないが、私が密かに床間(とこのま)と呼んでいる、『武』の彫り込みの有る武道場の小上がりには、身体を小さく丸めても四畳半ほどの広さ一杯になるほど巨大な狐が、やや緊張した眼差しで此方を見ている。

 サクサクコロッケ色(きつね色)の暖かそうな冬毛は足先が黒、身体の下側と尻尾の先は純白で、勿論もっふもっふだ。

 

 もう一度言う、もっふもっふなのだ。

 

 『霊獣』と呼ばれているかどうかはともかく、この手の巨大化生物には覚えがある。

 

 前回の冬に森にやって来た頃から気配だけは感じていたが、姿を確認したのは『山猫先生』に隠形を習ってからだ。

 

 明らかに並の生き物じゃないし、シシ〇ミ様的な森の守り神か何かだとまずいと思って、狩れそうだったが、敵対する迄はと保留にしていた。

 地底湖にいた巨大な亀と同じように、何か人間とは形の違う知性を感じたのも理由に有る。

 

 ずっと近づいて来なかったのに、何でここに来たのかは不明。この辺りで見た事のある巨大種は、狼や蛇、派手な火食鳥だけだったのに、何故見かけない狐種が居るのか、実は私にもさっぱりわけが解らなかった。

 

 

 

 




 古のカンフー映画風
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