嵐の夜に飛び立とう   作:月山ぜんまい

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 32、魔獣と勝負

   32、魔獣の家

 

 朝の空気を切り裂くように、≪甲殻≫を蹴って低空を飛ぶ。

 

 気配を読みながら誰もいない森の街道を越え、春の山岳地帯を 一路北に向かって進む。

 

 天気も申し分ない。

 

 急ぐ旅路ではないが、十年抑え込んでいたのだ。どうしても出立に心が沸き立つ。

 

 最早、気配の遮断は達人の域に達し、意識しなくともその存在が認識される事はほとんどない。

 

 音も立てずに進む私に至近になってから気がついた鳥や樹上の小動物がびっくりして硬直し、通りすぎてから慌てている。

 

 目的地までかなりある。

 

 別に、危機を(かも)していた相手の気配を感じ取っているわけではない。流石に遠すぎて無理だ。

 

 相手、と言うか()()()()()の位置は、所謂三角測量によって導き出した。

 何度も場所を変えながら、北方向への移動のリスクを感じ取ってみたのだ。

 此れにはかなりの時間が掛かっている。

 

 最初は只の確認作業で、漠然と北がヤバい、と判るだけだったのだが、どっか行ってくれないかと時間を置いて何度か試しているうちに、ふと此れは≪結界≫の危機感知能力の経験値稼ぎに丁度良いのではないかと気付き、修行のルーティンに取り入れる事にした(今に至るも相手に移動の形跡は無い)。

 

 漠然と北方向遠く、と解るだけだったのが徐々に範囲が狭まり、大体の方向が判明した処で出来るだけ距離を離した二点から方向を確認して危険の位置を割り出した。

 それから十年掛かって縦横百キロ近い範囲がゆっくりと狭まっていって、今は共に成長した≪観測≫のマップ機能に、遠く数キロ四方が色付きでマーキングしてある。

 この先は近づいてから探せば問題無いはずだ。

 

 毎朝の修行と狩り、興味を引かれた地形や生き物等に寄り道しながらの移動なので、数日で到着の予定を大分オーバーしている。

 

 もう既に因縁の相手(?)まで半日も掛からない距離へと来たが、一風変わった気配を感じ、又も方向を変える。

 

 

 森の生き物でも『霊獣』達でもない気配だ。

 

 川沿いに十個ほど固まっている。

 

 少し時間をかけて目立たぬように樹上から近づき、木の葉の陰からそっと覗く。

 

 切り開かれた陽当たりの良い峡谷にちょっと広めの平らな土地があり、大きなログハウスが建てられていた。

 周囲には果樹と少しの畑が整備され、居心地の良い木陰にはベンチが置かれている。

 

 いかにも山の中の秘密の隠れ家、と言う雰囲気。

 

 しかし、妙なのは、危険な野生動物の多い森なのに柵等の対策が何も取られていない事だ。

 入植にしては畑は家庭菜園並みに狭いし、必須の筈の家畜の姿も無い。

 

 奇妙な疑念の訳は、うろつく人影を見てすぐに氷解した。

 

 人ではない。

 

 見た感じ、直立した黒毛のゴリラが、蔓編みの大きなバスケットを抱え、勝手知ったる様子で赤い実をつけた果樹へ歩いて行く。

 

 お喋りに興じる者も、畑仕事をしているものもいるが皆ゴリラ。

 

 何頭かは麦わら帽子までかぶっている。

 

 半数が子供で、可愛いがやっぱりゴリラ。

 

 全身毛むくじゃらのゴリマッチョ、身長二メートル前後、ちょっと体型がゴリラよりシュッとしていて逆三角形。果てしなくでかくてゴツい。

 

 「・・・ゴリラか」

 

 ゴリラには、ちょっとウーンとなってしまう引っ掛かりが有る。

 

 小さい頃、やたら私にウザ絡みしてきた苦手な叔父がゴリラ顔で、ゴリラには何の罪も無いがちょっと印象が悪いのだ。

 

 ちなみに、肝臓の切除手術をして酔っぱらう度にその話をした叔父と、同一人物。

 

 

 ゴリラに話を戻そう。

 

 見た感じ全身毛むくじゃらの生き物だが、そういうわけで私的にモフモフ度は低い。

 

 でも子供はちょっと愛嬌がある。

 

 服を着る文化は無いようだ。

 

 気を取り直して観察を続けると、ここは所謂『魔獣』の集落か住居のようだ。

 

 

 ハンターハンターの世界には、人と意志疎通ができ、ハンター並の戦闘力を持った魔物のような外見の異種族、通称『魔獣』が割と人のそばで暮らしていたりする。

 

 『魔獣』には幾つもの種族があり、強さも能力も友好度もピンキリ。獣同然の単なる害獣である場合も多く、一般的には全てそうだと信じられている。

 しかし、一部種族は変身能力も持っていて、たまに人に化けて人里に来たりする。

 私はある種、前の世界の妖怪のようなイメージを持っていた。

 

 眼前に居るようなゴリラ系の『魔獣』は原作に出てきていない、能力も人に対する友好度も謎なので、危険度がどの位あるかは予測できない。

 

 まあ、ガチで争いになっても厄介そうなのは一体、いや二体位だ。

 

 その二体からは高いオーラを感じる。

 

 少なくともどちらかが念能力者なのだ。

 

 一人、と言うか一体は中でも一回り大きな個体でボスザルいや、ボスゴリラの風格のある奴だ。オーラが安定していて動きも格段に隙が無い。

 この集団のリーダーらしく、たまに低い声で何か指示を出している。

 

 こっちはまあ分かる。珍妙なのはもう一体の方だ。

 

 敷地の端、ログハウスや畑から離れた一角にポツンとバケツ程の小さな樽が置かれていて、その中からかわいらしい小猿が縁を掴んで顔を出していた。

 白黒ツートンカラーで、額に小さなハートマークがある。こいつを入れると住人(?)は全部で十一体。

 

 樽の中にずっと同じ体勢でいて、たまに周囲をキョロキョロ見回している。

 

 見た感じ戦闘能力は皆無、しかし結構なオーラを纏っていて気を引く。

 

 モフモフ度は、見たところ集団の者達の中で最も高い(重要)。

 

 サル系だが、明らかに集落の者達とは種族が違う。

 

 何かを警戒しているようで、あまり楽しそうでもない。

 

 集落の者達は、樽の中の小猿とかかわり合いになりたく無いらしく基本無視、子供が樽に近づこうとすると慌てて引き戻して叱っている。近づくのはNGらしい。

 

 樽の中の小猿の名は『ピート』。

 

 何故名前が分かるのかというと、樽に『名前はピート』と描いてあるから。

 

 あ、いや、小猿が入る前から樽に文字が書かれていた可能性もあるか・・・だが書かれた文字は新しい。樽は古いのに。

 

 捨てイヌならぬ捨てサル?

 

 こんな家一軒、十人ほどしか住人のいない場所で?何で樽入り?そもそも誰が捨てた?

 

 ワケわからん。

 

 謎は深まるばかりなのだ。

 

 面白そうなので、私は彼らに接触してみる事を決め、集落からそっと離れた。

 一度仕切り直して自分の存在感を森の街道でよく見かけた旅人程度に調え、再度集落へと近づく。

 

 気配もなく突然現れる旅人なんて、不審者そのものだ。

 

 あからさまにゆっくり近づけば、相手に心の準備をする時間を与えられるし、加えて私に対する脅威度も下げられる。

 いきなり排除行動に移らず、交渉してくれる可能性も高くなる。

 

 フッ、最早ビビリだったミカゲ君は居ないのだよ。

 

 もちろん最強を謳う気も、俺tueeeする気も無いが、殊更逃げ回る必要が無い程度には相手を測れるし、私は強くなった。

 

 どんな強者からも逃げ出せるほどに(最重要)。

 

 川沿いを下流側からゆっくりと近づいて行くと、ゴリラ達にすぐに察知され、慌てたように気配が動き出した。

 そのすぐ後、『(ピスケス)』の二次権能≪覚醒≫が、オーラの臭いを感知し、ほぼ同時に『左目(スコルピオ)』の≪観測≫仕様の視界に、何か、空中に浮かぶタンポポの綿毛の様なものが入ってきた。

 

 びっくりしたが態度には出さない。

 

 大きさは、胡桃ほどの綿帽子に松葉を突き刺したサイズ。

 それが、三つ程ゆらゆら浮かんでいる。

 

 風に乗って飛んでいる訳ではないらしい。一向に地上に落ちて来る様子がない。

 

 ゆっくりと回転しながら滞空する幻想的な白い綿帽子は、赤い輪郭で強調され

 

 【オーラ生成物・“隠“発動中】

 

 のタグが一つ一つに添付され点滅していた。

 

 ちょっと予想外だったが、≪結界≫の危機感知が反応しないし、素の感覚でも嫌な感じはしないので、綿毛には気が付かないふりをして集落へと近づく。

 

 これも駆け引き。

 

 “隠“が掛かっている()()に反応したら、其れを感知する能力があると悟られてしまう。

 

 綿毛の主は十中八九あのボスゴリラだろう。

 

 恐らく偵察用か監視用の“発“。

 

 脳筋系に見えるのに以外と慎重派なのか?いや、ゴリラは確か賢明で平和主義な生き物だった。

 

 ・・・いやいや違う違う、そうじゃない、ゴリラじゃなくて『魔獣』だ。

 

 ・・・・・外見の印象に左右されると危険かもしれん。ちょっと気を引き締めよう。

 

 

 川沿いの段差を乗り越え、ログハウスと魔獣達を視界に納めると、私はちょっとポカンとしてしまった。

 

 目に入る景色に変化は無い。

 

 変わったのは住人の方だ。

 

 さっきまで確かに直立したゴリラ達だったのが、皆ちゃんと服を着た農夫の一家に大変身していた。

 

 背が高くガッチリした短髪の木訥そうなおっさんが、チュニックにデニム地っぽいオーバーオール姿でびっくりした顔で此方を見ている。

 子供達の気配は、背後のログハウスの中。二階のカーテンの陰。

 周囲には中年から学生位までの女性五人がいて、ドイツの民族衣装のディアンドル風の野良着やワンピース姿で、強い瞳は好奇心を隠さない。

 

 最初に思ったのは、子供達が隠れたのは変身能力がまだ未熟なのかな?

 

 でも、

 

 ハーレムかよ!

 

 でもなく、

 

 『ゴ、ゴリラに文明のレベルで負けた・・・・』

 

 だった。

 

 人間の私が苦労して自分で鞣した()なりの毛皮を着ているのに対して、ゴリラの彼らが工業製品っぽいデニム地に見えるコットンや、リネンの服を着なれた感じで身に付けている。

 

 へこむわー

 

 実際、彼らを見た瞬間愕然とし、私は膝から崩れ落ちそうになった。

 

 『あっ!編み上げのブーツ迄履いてる!』

 

 私は裸足。

 

 「・・・はぁー」

 

 何か、いろいろどうでも良くなって溜め息をつき、両手を挙げて無害をアピールし離れた位置から声をかける。

 

 「こちらに争う意思は無い。この辺りの情報を少し知りたくて寄らせてもらった」

 

 こーゆーのは適当で良いんだ、適当で、変に構えると此方の緊張があっちにもつたわって、却って警戒させる。

 

 「・・・こんな森の中へお客さんとは珍しい」

 

 ポカンと、何かに驚いていたオーバーオールのおっさん(正体はボスゴリラ)が、ハッとしたように気を取り直して返事を返した。

 

 「驚かせたのなら済まない、山脈を北側に抜けたいんだが、お奨めのルートは無いかい?」

 

 とりあえず来訪の理由を告げ、相手が警戒して対応を渋るようなら其れまで。素直に帰る。

 

 「北か・・・一番近い人里は北西のトカの村だが、そっから来たにしちゃ迷い過ぎだ。この辺りに他に人里は無いはずだし・・・お前さん一体どっから来たね」

 

 「南」

 

 ≪観測≫の視界の端に表示されているマップに、修行していた平地の森からふらふらしながら概ね北へと進んできた行程が細いラインで示されているのを確認する。

 

 「南?南にゃ何にも無いぞ、山岳地帯が続いていて、その先も原生林が在るだけだ」

 

 おっさんは、怪訝そうだ。

 

 「山脈の麓の『森の街道』から、山のなかをずっと北上してきた」

 

 あれ、怪しまれてる?と思ったが、正直に言ってみた。正確には『森の街道』の更に向こうの『骸の森』が出発地点だ。

 

 今のミカゲ君は、トラブルを恐れないストロングスタイル。

 

 ハンターハンターの世界は、嘗められる方が危険や手間が増えるヤクザな世界なのだ。

 

 「はぁ?山岳地帯を突っ切って来たのか、そいつは凄い」

 

 お?信じた。

 

 「中で一杯もてなそう、入ってくれ」

 

 おっさんが此方に手招きして女達に指示を出し、無防備に背を見せログハウスへと入って行く。

 

 さっきまで覗いていた畑やベンチを一瞥し後に続く。

 樽の中の小猿とも目が合ったが、歯を剥き出して威嚇された。よくわからんが怒ってても何か仕草が可愛い。ピョンピョンしてる。

 

 

 ログハウスの一階は落ち着いた広いラウンジで、頑丈な造りの大きなテーブルや椅子が並び、片隅に鋳鉄の調理ストーブと梁からランプが吊るされている。

 見た感じ、引退した小金持ちの楽しいスローライフっていう雰囲気だが、正体は『魔獣』の巣。

 

 テーブルに座ったのはおっさんと私だけ。二人の前には水差しとカップが二つ。

 五人の女性は飲み物を置いて壁際へと少し離れた。

 

 五人ともアスリート体型でウエストが細い。顔も皆さん水準以上。だが正体は『魔獣』。

 

 まさか残らず(メス)とは思わなかった。勿論リーダーらしきおっさん程ではないが、全員常人など及びもつかない戦闘力を備えている。

 

 でもまあ、私には問題ないレベルだ。

 

 まずおっさんが飲み、私もありがたく水を受け取った。森の中でお茶など期待する方がおかしい。

 安全な水を分けてもらっただけで、感謝すべき特別な事なのだ。

 

 爺さんに教わった。

 

 

 「・・・一目で解ったよ、あんた相当ヤるなぁ」

 

 一通りの挨拶が済むと、カップを右手に持ったまま、おっさんがニコニコしながら話しかけてきた。

 やはり見た目どおりの脳筋。

 

 「あんたもな」

 

 答えて此方も無造作に水を飲む。

 

 「しかも出された水を躊躇なく飲みやがる」

 

 おっさんは、より嬉しそうにしている。

 

 「・・・なんだ、毒入りなのか」

 

 ちらりとカップの中を見て、気にせず飲み干してしまう。効かないし。

 

 親切な山中の家にやっかいになったら、旅人の荷物を狙う山賊や盗賊に早変わり、治安が悪い土地なら何処でも在りうる。昔話なら山姥か、狐狸の類い。現にハンター世界の此処でも行き逢ったのは『魔獣』の巣だ。

 

 「いやいやまさか、朝汲んだばかりの只の湧き水だ」

 

 一番若い高校生位の娘が近づいてきて、空になった私のカップに水差しから水を注ぐ。

 

 スタイル抜群の黒髪の美少女だ。注ぐ時にパンパンに膨らんだ胸の谷間が覗けてしまう。

 

 ・・・でも正体はゴリラ。

 

 「美人だろ?」

 

 内心『魔獣』の変化の能力に感心していると、おっさんがニヤリと笑って言った。

 

 「・・・そうだな(ゴリラじゃなければね)」

 

 「成人している一番若い娘だ」

 

 ほう、全員がハーレムメンバーじゃなかったのか。

 

 「俺に勝ったら嫁に出しても良いぞ」

 

 「ブッ・・・」

 

 思わず含んでいた水を噴いた。

 

 「慎んで、お断りさせていただきます」

 

 即座に、誤解の余地なく断る。

 

 幾ら美少女でもゴリラの嫁を貰う気はない。

 世の中には他種族が人化したモン(むす)系を好む文化が在るのは理解するし、私もケモ耳とか割と大好物だがゴリラは無理。何と言うか、ゴリラは余りに男性的過ぎ、叔父に似すぎていて生理的に受け付けない。そういう特殊な趣味は持ち合わせていない。

 

 「そうか、残念だ、久々に手応えの有る相手とやれると思ったが・・・好みじゃなかったか?」

 

 ちらりと娘の方を見て少し笑いを漏らし、答えづらい質問をしてきた。

 

 娘がちょっとムッとしている。

 

 いや、これ娘の容姿がどうこうじゃなくて、変化の技前(わざまえ)が未熟なんじゃないかっていう娘に対する『魔獣』ジョークか?

 

 めんどくせーわ。

 

 「いや、今の見た目は完璧だけど種族違いだといろいろ苦労しそうだからね」

 

 面倒だから此方からぶっちゃける。

 

 ザワりと娘さんと周囲の女性陣は動揺するが、おっさんはバツが悪そうに顎を掻いただけだった。

 

 「チッ、何だよ、知ってて来たのか?」

 

 これは、全部嘘だったのかっていう問いかけかな。

 

 「いや、北へ向かうのも南から来たのも本当。ここには変な気配がいっぱいいたから好奇心で覗きに来ただけだ」

 

 「・・・本当らしいな」

 

 いつの間に飛ばしたのか、おっさんの回りにさっき見た大きなタンポポの綿毛が何本か浮いている。

 

 どうやら何かの判定能力を持っていて、情報を得ているらしい。意外に便利そうだ。

 

 「それよりちょっと聞きたいんだが、あの樽の中の小猿は何なんだ?」

 

 なんか、『魔獣』達の事は概ね解った気がするので、一番気になっていた事を聞いてみる。

 

 「・・・()()か」

 

 おっさんが、ちょっと苦々しそうに口ごもる。

 周りの女性陣も眉をひそめている。

 

 どうも結構な訳有りのようだ。

 

 「聞いてどうする」

 

 おっさんが嫌そうに言った。

 

 「別に、単なる好奇心だよ」

 

 おっさんの周囲に浮かぶ綿帽子が、何か場違いで間抜けに見える。

 

 「・・・・・」

 

 別に大した理由が有るわけではないようだが、部外者に話したい楽しい話題じゃ無さそうだ。

 

 空気を読んでこのまま出て行くか?

 

 でも、其れでは小猿の謎は謎のままだ。

 

 私は、カップを退けるとおっさんに向かって右腕を突きだし、 音をたててテーブルに肘を突いた。

 

 「タダとは言わない、腕相撲(アームレスリング)で勝てたら教えてくれ」

 

 目が点になったような一瞬の静寂。

 

 周りの女性陣は苦笑い。

 

 しかし、おっさんは嬉しそうに目を光らせている。

 

 「良いのか?」

 

 おっさんは、だいたい身長二メートル十センチ、骨太で筋量からすると体重は百七十キロ位?力比べはしたいが幾らなんでも自分に有利すぎると考えたのか、私の手から視線を逸らさず聞いてきた。

 

 現在ミカゲ君の身長百五十四センチ体重四十五キロ。

 

 

 「何だよ、ハンデが欲しいのか?」

 

 煽るでもなく面白がるように言うと、おっさんはニヤリと笑い、いそいそと袖を巻くってテーブルに肘を突いた。

 

 余りに体格の違うアンバランスな光景に、女性陣は流石に止めたそうだが二人の手はすぐに組まれる。

 

 「行くよ」

 

 私は、何処からともなく取り出した銅貨を一枚握った左手指に乗せ、弾き上げる準備をする。

 

 楽しそうなおっさんと目を合わせコインを跳ばす。

 

 落ちたコインの金属音と共に、二人の間でとてつもない力がぶつかる。しかし組み合った互いの豪腕は微動だにせず、分厚いテーブルの天板だけが低い悲鳴を上げた。

 

 たぶん、多少は舐めていたんだろう。

 

 おっさんは、組んだ私の腕を全く動かせないことに気づき、少し目を見開いた。

 

 実を言うと私も、手応えの無さに少し驚いていた。

 よく考えれば、オーラで強化していたとはいえ重機並みのパワーで蹴りまくってくる九メートルの火食鳥と普通に組手をしていたのだから、その基礎能力は推して知るべしである。

 

 どうやら予想どおり、いかにゴリラの『魔獣』と言えど、筋肉だけの力なら今の私を圧倒することは出来ないようだ。

 

 今の私の身体は、ほぼ最適化された念獣と生身の融合体の様なものなので、つまり殆ど空想上の幻想物質で出来ているも同然。常識的な範囲の肉体で対抗するのは難しいだろう。

 因みに、闘いの礼儀としてこっそり『全力稼働(フルポテンシャル)』は使用済みである。

 

 マジか?と言うようにチラリと私の顔を見て、おっさんは更にパワーを上げてゆく。

 

 額に汗が浮かび、口角の上がった顎で奥歯を噛みしめ、チュニックの中の肉体が徐々に膨らんで声が漏れる。

 

 「・・・ふっ・・・ぐっ!」

 

 よほどの負けず嫌いなのか段々と強化のオーラも使い始めると共に変化が解け始めた。体色が黒くゴツくなって口元に牙が生え『魔獣』の姿に変わってゆく。

 

 流石に私も少しずつオーラを纏い、パワーを上げて対抗していく。

 

 傍に居る者には、黒いゴリラと銀髪の子供が互角の腕相撲をしているシュールな光景が映っていることだろう。

 

 目をつぶって(もや)が立つほど全身汗だく、全力を出しきっているおっさんを見ていて「楽しそうだな」と思う。

 

 テーブルの上で組まれた腕は微妙に左右に振れているが現状拮抗している。

 

 私にはまだ更に使用オーラを増やすとか『心臓(レオ)』の権能≪強化≫を適用するとか、いくつか奥の手は有るがこの辺で終わらせる事にする。

 

 ハラハラしながら観ているギャラリーの目もある。

 

 私がこっそり“周“を掛けていたテーブルからオーラを抜き取ると、その瞬間唐突に分厚い天板は砕け散り、おっさんと私は組んでいた腕を支点にくるりと投げ飛ばされたように一回転して床に落ちた。

 

 ちょっと驚いた。

 

 

 

 

 

 

 

 




 HXHにはゴリラ
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