35、温泉と傷
藪と丘を越えた先で見えたのは、何の変哲もない樹木に覆われた山だった。ただ、斜面の表土が崖崩れによって大きく剥ぎ取られ、内部をさらして無惨な光景となっている。
崖崩れ後の剥き出しになった山の内部から、確かに人工物を思わせる遺跡の端っこが覗いている。
何かわからん石積の壁と、その装飾の一部らしい石の柱が何本か半分ほど土砂に埋まって見える。
周辺の木や籔は切り払われ、仮設の大型テントがいくつも並んで、五十人近い人間が作業と調査に当たっていた。
学者先生が、何人かの助手を連れて細々と調査している程度だと思っていたら、かなり本格的な学術調査のようだ。
金は何処から・・・ああ、発掘品が換金出来るんだった。学術調査じゃなくて、お宝探しか。そりゃ力も金も掛けるわ。
しかしここ、マジでヤバイぞ。
報せてやるか、どうしようか考えていたら、見張りらしき柄の悪い男達に見つかった。
「なんだお前ら!」
彼ら自体は全然危険じゃないので普通に姿を見せてしまったからだ。
うっかりしてた。
わらわらと周りからも集まって来て、テントの一つに連行される。
武装は、妙に古めかしい先込め式の長銃(銃口にライフリングが切られていないので、ライフルでは無い)と槍、もしかして黒色火薬?の匂い。腰には剣かナイフを吊っている。ライフルと拳銃は?
何か、中世の大航海時代とかナポレオン時代の仮装?の割には様になってる。
う~ん、何か嫌な予感。
武力的には全員纏めても問題にならないレベル。
ゴリム一人でも制圧に数秒。今は人間のおっさん山歩きバージョンだが。
仕切ってるのは企業かマフィアか軍人か、はたまた何処ぞのお貴族様か。
ゴリムが対応出来ると言うので、大人しく帆布製らしき大きなテントに付いて行く。ここに案内したのは彼なのだから、何等かのコネかツテが有るのだろう。
中には、簡易的な木製の椅子と机が用意されていて意外に快適。パイプ椅子は?
外では、重い設備を運ぶための大量の馬や荷車も見かけた。車は?
あのですねえ、いくらハンターハンターの世界でも文明レベルがおかしくないですか?おかしいですよね?
しょうがないのでゴリムに確認しました。
正確な年号を・・・・
「・・・千七百九十九年!」
原作開始の二百年前!
はうっ・・・
『主人公達に会いに行こう』プラン、終了のお知らせ。
椅子にぐったり座り、何度かため息をつき波立った心を鎮めていると、複数の足音がテントに近づいて来るのが聞こえた。
テント内に居た二人の見張りが姿勢を正し、布製の入り口をからげて男達が入ってくる。
入って来た偉そうな金持ちと、その取り巻き四人に対し、ゴリムがにこやかに対応している。
こちらが自分を知っていて当然と思っているのか名乗りもせず、私の事もちらりと目をやっただけでスルー。
人前に出るため、ゴリムがおっさんに化けたように、私も目立ち過ぎる容姿を
気配を薄くし、『
ゴリムには、「器用だな」と言われた。
透明人間になったような居ない者扱いを気にせず、金持ちがでっぷりした体型に合わせてオーダーしたらしい当世風の装いを見るともなく見ていた。
雰囲気と立ち位置から見て、お供の内二人は護衛で二人は召し使いらしい。
護衛の二人は、チンピラ警備員よりはマシな腕だが誤差の範囲だ。
「・・・では此処に来たのは偶然だと?」
「はい、まさか此れほど素早く探索隊を送り込んでいらっしゃるとは夢にも思いませんでした。
モールド商会のピグモ様が自ら遺跡の調査に来られるとは、流石は噂に違わぬ名士ですな、感服いたしました。
ご領主様もきっと高く評価されることでしょう・・・」
ゴリムと話す変な名前の金持ちは、勿体ぶったねちょねちょした喋り方で、癖なのか性格なのか常に馬鹿にしたような上から目線でしゃべる。意味もなく殴りたくなったが我慢した。
それよりゴリムのコミュ力が高い。下手に出ながら喋りまくって会話の主導権を握り、私に説明しながらピグモを煙に巻こうとしている。
どうもゴリムは未だ誰も来ていないと考えて、私をこの遺跡に誘ってくれたらしい。
ゴリムが此処を見つけて仲介業者に伝えたのが昨年の秋の終りで、遺跡の確認が冬、春になってから現地に合わせた準備をして出発迄に早くとも初夏まで掛かると踏んでいたらしい。現代の感覚だと遅い気がするが、時代的にそれくらいは掛かるのだろう。
その話を聞いて、金持ちピグモさんは目を泳がせている。
どうも少しキナ臭い。
「・・・そうか、急ぎならば仕方ない、名残惜しいがお別れだな」
ピグモが召し使いに何か指図し、重々しく頷いて出ていった。お供が後に続く。
やけに引き留められたが、ゴリムが私をダシに上手く丸め込み、私達は解放された。
腰が低く見えるようペコペコしながら探索隊のキャンプ地を抜け、指定された道を通り、見張りの視界から外れた頃合いを見て左右の頭上の枝にそれぞれ飛び上がった。
二人で目配せをし合って振り向き、追跡の有無を確認する。
キャンプ地から発掘隊が造った出来たばかりの道路が近くの川まで延びている。
彼らも、そして以後の物資も其処から来るそうだ。
折よく、丁度補給の定期便が来るから私達も町まで帰りの船に便乗するようにとピグモが親切にも提案し、了承させられている。
まあ罠だろう。
少し待つと、殺気立った護衛の一部が三人程後を追ってきた。
少な!
「でかい男一人とガキだろ?さっさと始末して戻ろうぜ、何処にいるんだ?」
「・・・やけに足が速いな、影も見えねえぞ」
「・・・ちっ、焦んなよ、どうせ船着き場迄は一本道だ・・・」
彼らの目的は解ったので樹上でゴリムと目を合わせ、彼らの背後に音もなく飛び降りる。
ゴリムが両方の手で二人の首を各々掴んでへし折り、私は木の枝にオーラを纏わせ、頭に植えてやった。
処理時間一秒。死体を森の奥に放り込むのに一秒。しめて二秒。
生きてる人間を殺すのは初めてだったが、特にショックは感じない。普通だ。
よく噛み締めて見ても、変なスイッチが入ったりはしていないし、快でも不快でも無い。気分的には慣れた動物の狩りと同じ様なものだ。
流石に食えないが、まあ仕方がない。害獣駆除は必要だ。
「折角の遺跡見物が、面倒臭い事になって済まなかったなぁ」
ゴリムが不手際を謝ってきた。
本来、遺跡群は法の保護下にあり、時代的な緩さは有るようだが、新規に見つかった遺跡の調査は国の学者先生が同行して、発見される収拾物を売買する場合には当然、税を払わされる。
ピグモ氏は、それを嫌って密かに聞き付けた情報を元に、正式な調査団に先立って大規模な盗掘に来たらしい。
「気にしてないさ、ああいうのは何時どこにでも居る。
其れよりこの辺に少し休める処は無いかな?」
遺跡の中身が気になったので、未だ午前中だが今日はここらで足を止めようと思い、ゴリムに案内を頼む。
「・・・在るぞ」
嬉しそうに笑ったゴリムが、元々連れて行こうとしていた場所だと遺跡に程近い岩山を登り始めた。遺跡は序でだったようだ。
やがて独特の硫黄臭が漂い、中腹の小さなへこみに溜まった水面から、湯気が上がっているのが視界に入った。
「温泉が湧いているのか!」
転生してからこっち、温泉を見るのは初めてだ。清潔を保つために水浴びはしょっちゅうしていたが、手間が掛かるので湯を沸かして浸かったのは数えるほどしかない。冷水が全然苦じゃ無かったせいもある。
温泉は、涌き水の溜まった四畳半程の小池に流れ込んでいて、手を突っ込むと適温だった。
「良い湯加減・・・・完璧だ」
つい口元が緩む。
「ここは俺の隠れ家の一つだ、ここまで仕上げるのに苦労したんだぜ」
ただ流れ落ちるだけだった温泉と涌き水を自前で掘った窪地まで引いてきて、適温になるよう水量を調整し、池の畔には小振りなログハウス迄建てている。
まさかの手造りかよ。
よく見れば、彼が家族で来るにはログハウスが小さい。
所謂、男の隠れ家的な場所なのだろう。
地形的には険しい山の上。ロッククライミングでもしない限り只人がたどり着くことは無い。正に、絵に描いたような秘境温泉。
ここからなら、遥か下に彼らが運搬に使っている川が見え、一つ山を越えればあの遺跡も近い。
事が起こった時、様子見くらいは出来るだろう。
死人が出るかもしれないが、しょうがない。忠告する気になるような相手じゃ無かったし、とりあえず遺跡の事は忘れて温泉だ!
「うっ、・・・ふしゅぅぅぅぅ」
あまりの気持ち良さに声が出てしまう。
隣で肩を震わせて、ゴリムが笑っている。やはりその方が楽なのか二人の時(+小猿)は『魔獣』モードだ。
何はともあれ先ず入ろうと、二人とも素っ裸になって温泉に浸かった。
水音と野鳥の声しかない暫しの静寂。
青空にぽっかり浮かんだ白い雲と共に、呑気な時間が流れていく。
近くに危険な動物の気配は無い。温泉の縁に小猿が居て怖々湯に手を突っ込み、温かさに驚いては急いで手を引っ込めるのを何度か繰り返しているだけだ。ここに来たのは初めてらしい。
人?前で裸になるに当たって秘密にする予定の私の尻尾は、最小の長さにして体内に収納され、痕跡は小さな痣か火傷の跡のようにしか見えなくなっている。
視界の端のゴリムの顔に何か違和感を感じてちらりと目をやると、顔面を左右から斜めに走る傷痕がうっすらと浮かび上がっている。
湯に温められて、古傷が現れたらしい。
ビックリして顔を向けると、傷はどちらも途切れずに顔面を横断していた。まるで誰かが意図的にゴリムの顔にバッテンを描いたようだ。
「・・・気になるか」
ゴリムが目をつぶったまま私の視線に気づいて問い掛けてきた。
「やったのはクソ野郎だが相当な腕利きだ、よく生きてたな」
傷から見て、一瞬で二太刀喰らわせている。それが出来ると言うことは腕の差が相当有り、殺さずにわざわざ二度も顔を傷つけたのはかなり性格に問題が有ると言うことだ。
「・・・死にかけたがな、お陰で念能力を得た」
ゴリムは傷を隠すように両手で湯を掬い、飛沫を跳ね散らかして顔にかけた。
「・・・かれこれ二十年になる。」
ゴリムが此所に家族を連れてこないのは、傷痕を見せたくないからかもしれないと、ちょっと思った。
ゴリムの念能力の空飛ぶ綿毛(サイズ大)を思い出したが、求められていない気がして返事はしなかった。
しばらく二人でまったりしていると、昼メシを用意すると言ってゴリムが風呂から上がり森に消えた。マメなのは家族持ちだからか?
小猿がついて行こうとしたが、「すぐ戻るからそこにいろ」と命じて置いていった。
未だ契約をしていないのに小猿が命令に従ったのを見て驚いていると、嘘をつかず約束をちゃんと守ればある程度言うことを聞かせる事が出来るのだと教えてくれた。
良くあることなのか、小猿に不満げな様子はない。
目が合うと威嚇されるので視界の端で見るともなく見ていると、害はないらしいと分かったのか、小猿が石にしがみつき、幼児が階段を後ずさりしながら降りるように足から温泉に入って来た。水面の位置を尻尾を使って慎重に確かめている。
ソロリソロリと足から肩まで浸かると気を抜いて、一丁前に目をつぶり気持ち良さそうに声まで出していた。
「キュ~・・・」
「・・・プフっ」
つい笑いが漏れた。
小猿は、私がいることに初めて気がついたようにグルンとこちらに首を回して驚き、湯から飛び上がって石の上に立った。
思うに、何か目的とする能力や性能が有って造られた存在としては、この念獣には感心するほど見ていて飽きない
最初から居た私の事を完全に忘れて温泉に入って来たことや、たまにジャンプに失敗して着地で後ろを向いてしまい、居なくなった私をビックリして探しているのも合わせて、若干バカっぽいのも可愛い。
気を許す訳ではないが 、ちょっと面白味を感じた私は、小猿をからかってやろうと体内にしまっていた尻尾を水中で一メートルほど伸ばし、サ〇ヤ人擬きの姿になってゆっくり湯から上がってみせる。
ゴリムがまだ当分戻らない事は、気配と≪把握≫で確認してある。
何時ものように≪添加≫を使い、身体とは逆方向にベクトルを加算して水滴を飛ばし、尻尾も一振りで水気を飛ばす。
小猿はと見ると、呆気に取られたように動きは止まり、視線は自在に動く私の尻尾に釘付けだ。
「フッフッフッ、驚いたかコザル。尻尾だけだが、お前とお揃いだぞ」
目が合う度に嫌いアピールをしてくる小猿に、いい加減うんざりしていたので、意趣返し的に尻尾くらい私にも有ると、ちょっと人外アピールをしてみた。
私の秘密の一端が小猿にバレるが、会話能力無いし大分アホっぽいし、問題無いだろう。
温泉回