嵐の夜に飛び立とう   作:月山ぜんまい

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 2022年9月7日改稿


 37、死獣

   37、死獣

 

 とりあえず頭はサルだ。でもちっともかわいくない。手足は虎縞で顔は醜悪。

 サル顔と言うのは一般的に、どちらかというと愛嬌(あいきょう)があってユーモラスな物だ。

 しかし残念ながら死獣の顔には、どうしようもなくねじ曲がった心の在りようが、正視し難い歪みとなって老爺(ろうや)のような面相にべったりと張り付いていた。

 

 魔物の顔だった。

 

 四足歩行がデフォルトのようで、前足を地に着いて私と同じ位の体高。サル擬きの尻尾を除けば成人男性位の体長だろう。筋肉の厚みが凄いが、まだ余り巨体ではない。蹴った感じ体重も相応。

 

 ちょっと驚いたのは、体型と筋量が変わってもあちこち破けた服をまだ身体に纏っていて、取り憑かれて宿主にされているのが盗掘団主犯のピグモ氏だったことだ。

 

 と言うか、敵がピグモ氏の服を纏っていたことで『ヌエ』が宿主に取り憑いてその姿を『ヌエ』へと変化させることが判明した。と言って良い。

 

 前世のオタク知識からすれば、何度も甦る敵、封印と繭の存在、取り憑かれた知り合い等、何処かで見たような分かりやす過ぎる程の展開だ。

 

 もっとも、死ぬと保管して置いた卵に転生するとか、殺した相手に取り憑くとか、時間を逆行して死を無かったことにするとか、訳のわからない謎の不死性持ちだったら逃走一択だった。

 

 ローテク?の不死能力で良かった。

 

 これなら私の能力でも多分殺し切れる。

 

 飛ばされた死獣が、怒って突っ掛かって来る。割と速い。

 

 私はスタンスを少し広げ、軽く握った左手を、ノックするように裏拳で軽く叩く(タップ)

 未だ、数メートルの間合いを残してぶん殴られたように死獣がノックバック。

 

 「ギゥッ・・・ガァゥゥゥ!」

 

 理由が判らない様子だが、私が何かしたことは理解して怒りを募らせ、さっきより近い位置から再度の襲来。

 

 私は左手で更に軽くノック。

 

 数メートル先で弾かれる死獣。

 

 今度は右手も追加し、ボクシングのパンチングボールを打つように両手で連打。

 機銃掃射に遭ったように何も出来ず、断続的に打たれながら後ろに下がる死獣。

 

 再び壁際まで追いたてられた処でようやく連打を止め、様子見。

 

 本邦初公開、私の新たな二つの“発“のうちの一つ、

 

 表芸『衝撃の制圧圏(バースト・ヘヴン)』だ。

 

 このままだと近づけないと考えたのか、暗闇と埃の向こうで死獣が何やらうろちょろしている。

 

 真っ暗な中、遅まきながら此方が音で相手の位置を感知していると気が付いたのか、そこらじゅうにぶら下がっている鎖を片っ端から揺らして金属音を撒き散らし、壁や後付けのごつい柱を利用して隠れながら接近してくる。兎に角間合いに入れば勝てると思っているようだ。

 

 見えないノックバックジャブの到達距離は今のところ四十メートル程度、それより先はかなり減衰してしまう。

 

 威力も、大型の熊がパンチする位で大したこと無い。ん?単発で牡鹿の頸がやっとへし折れる程度じゃ大したこと無いよね?

 

 死獣が、揺れる鎖の動きの影に隠れて近づく。

 さっき見せた気配を操る能力で左右からダミーの気配に攻撃させ、天井と後方にあった柱を利用して三角跳びの要領で背後から攻撃。

 

 私は、タイミングを合わせて腰を回し、振り向き様に新“発“を乗せた掌底を見舞う。

 

 発動は無音。掌打と共に発生した衝撃波により空気と死獣の左腕が腹に響く重低音を立てて吹き飛ぶ。

 

 「良い勘だ」

 

 いくら雑音を立てても≪把握≫の能力にとっては只情報が増えるだけだ。異音が有る程度で()()()ような柔な権能ではない。

 

 近接で放った『衝撃の制圧圏(バースト・ヘヴン)』の能力は衝撃波。

 問題は私が変化系のせいでオーラを変化させた衝撃波を余り身体から遠くに発生させることが出来ない点だった。そこで発想を転換し、手元で造った衝撃波で周囲の空気を押し出し、相手にぶつける攻撃法を練り上げた。

 基本戦術はあきれるほど簡単。間合いの遠い相手はプッシュジャブの手数で圧倒。無理に近づいてきたらカウンターで本番の衝撃波(バースト)。死獣は、ギリギリ衝撃波が当たる寸前で身を捻り、心臓及び胴体が吹き飛ぶのを回避していた。

 能力だよりのボンクラではない。

 

 「・・・なかなか、いい感じに()まるな」

 

 ≪魔眼≫の幻術空間では試していたが、実戦で使用するのは初めてだ。

 私は新“発“に、使いやすさと思った以上の手応えを感じていた。

 

 「さて、もう一つの方は使うチャンスが有るかな・・・」

 

 傷ついた死獣が、私から間を取ろうと慌てて離れて行く。

 

 追撃せずに観ていると、盗掘犯達の黒く干からびた死体に向かって何かしている。

 死体のいくつかを周囲に放り出し、さらに其の内の一体の腕を引き千切ると、自らの無くなった左肩に押し当て取り込んで融合し、元の太さと虎柄を施して左腕を再生してしまった。

 

 「吸収とか融合とかそういう能力が有りそうだ。封印されてた遺骸があのサイズなのは喰いまくってでかくなったのか?盗掘犯全員を見境無く吸収して巨大化とかをしないのは確実に外へ出るためか・・・」

 

 異能やスピードは兎も角、体力や耐久力、パワーは体格相応だ。例え五メートルのサイズがあっても、只の猿や虎が崖崩れやトンネルの崩落から自力で抜け出せるとは思えない。それこそ生きていても土壁越しに『黒雷』が飛んでくるだけだろう。

 

 ・・・やはり、そのための鎖か。

 

 何だか元気を取り戻した死獣が、壁沿いをゆっくりと移動し、柱や鎖の無い視線の通る場所へと動いた。少し立ち位置を変えた私をかなり警戒しているらしく、一切視線を逸らさない。

 

 ≪把握≫によると、他でも動きがある。

 先程死獣が放り投げた盗掘犯達の干からびた死体がヨロヨロと立ち上がり、柱や鎖の陰で此方をうかがっている。

 

 分身?使役?事前情報に無い能力も色々有るらしい。

 

 流石にノックバックジャブに曲射は無い。この場所では柱を削る訳にもいかない(天井が崩れかねない)。

 動いて状況を変化させる手もあるが、ここは二枚目のカードを切る。

 

 私は、ちょっと屈んで小石をいくつか拾い一瞬手の中にギュッと握り込む。

 

 

 初めヨロヨロしていた死体達は、たまにピクピク痙攣しながらも徐々に動きが機敏になり、表情の無い目が真っ白に。身体はやや前屈みになって牙も生え、爪が伸びた手にはナイフや短剣を握っている。

 

 動き出した死体の数は十体。

 

 動かない私の正面から逃れ、忍び足でやっと背後まで回り込んだ死獣が、(うれ)しそうにニヤリと笑った。

 

 一瞬の溜めの後、全身の逆立った毛が暗闇で僅かに淡い光を発し、轟音を立てて闇の雷撃が放たれた。

 

 『黒雷』!

 

 雷撃は、金属鎖だらけの空間を、多少誘導されてぶれながらも、空気の絶縁抵抗を無視してほぼ発動と同時に私に直撃した。

 

 「おうっふ!」

 

 やべ、変な声が出た。意外と衝撃が有るな・・・とりあえずダメージ無し。

 

 ≪結界≫の危機感知と≪天眼≫の未来視で『黒雷』が来るのはわかっていたが、敢えて受けてみた。

 

 ≪観測≫の端に、

 

 【事象に関する致命の干渉を感知、『尻尾(ウロボロス・ホルダー)』の権能≪調律≫の効果により此れを回避しました。以後、この攻撃は無効化されます】

 

 と、状況報告のログが出ている。

 

 『黒雷』が命中したのに死なず、当たった肩先の塵を払う私に、信じられないものを見た顔で死獣が驚いている。

 慌てることなく私がゆっくりと歩いて近づくと、パニックに陥ったのか大声を上げ、目を光らせて睨み、何度も『黒雷』を放った。

 試しに垂れ下がった太い鎖の陰に入ると、『黒雷』は生き物のように暴れながらも逃げられず誘導され、天井と床に消えていった。一応電気の性質は持っているらしい。

 

 「そんなにビビんなよ、散々殺して来たんだ、殺されるのも承知の上だろ?」

 

 辺りには、損壊した死体が多い。引きずった跡や撒き散らされた人の部位が、単なる狩りでなかったことを(うかが)わせる。

 

 私は、楽しげに歩きながら柱の影で隙をうかがう動く死体(リビングデッド)のいる辺りに向け、右手に握りこんだ小石の一つを親指で雑に弾く。中国武術等にある指弾と呼ばれる技術だ。

 

 小石は、隠れた動く死体(リビングデッド)の頭の脇を弾丸のような速度で通り抜け、死角を作っていた柱を過ぎた瞬間に突如屈曲し、その頭に突き刺さった。

 

 同時に銃声のような炸裂音が響き、小石が撃ち込まれた死体の頭が弾けとぶ。

 

 新“発“二つ目。

 

 裏芸『破裂する苛烈な振動(バット・クラッカー)』。

 

 私は次々に小石を飛ばし屈曲させ、動く死体(リビングデッド)をただの死体(デッド)に戻して行く。

 

 『破裂する苛烈な振動(バット・クラッカー)』は、衝撃波を近接より遠い間合いで使うために苦労して編み出した技能だ。

 色々な固形物に衝撃波を保持出来、破裂もほぼコントロール出来る。

 

 まぁ、飛ばした小石を柱の先で曲げてるのは『左手(サジタリウス)』の≪添加≫の権能なんだけどね。

 

 ホール中央の封印されてた遺骸の様子や顔を突き破って繭が出てきた状況から見て、何かが寄生しているなら頭だろうと当りを付けて狙って吹き飛ばした。その後ピクリともしない処をみると正解だったようだ。

 

 死獣さんも、心なしかさっきより怯えているように見える。

 

 慌てっぷりをニヤニヤ嗤って見せると癇に障ったのか、一声吼えて襲ってきた。

 

 いや、襲ってくる振りをして気配を誤魔化し、本体は逃走しようと鎖の陰を縫って私が入ってきた出入り口へと突進して行く。

 

 「逃がさんよ」

 

 すかさず『衝撃の制圧圏(バースト・ヘヴン)』のノックバックジャブ。

 実は、無挙動(ノーアクション)でも撃てます。

 

 バランスを崩したところに、三歩で追い付いて手刀で頸を切り落とす。

 

 衝撃波(バースト)で吹き飛ばさないのは、取り付いたモノの正体を確かめる為。

 

 動かなくなった胴体を打ち捨て、死を擬態している頭部頭蓋を精密にコントロールした衝撃波(バースト)で断ち割る。

 

 「うっわっ、キモ!」

 

 血は殆んど流れない。

 

 縦二つに分かたれた『ヌエ』の頭蓋から現れたのは、十五センチ程の二つ折りにすると脳ミソそっくりの姿になる太った白い芋虫のような()()で、全身から先に米つぶ大の小玉の付いた髪の毛程の触手がまだらに生えていて、逃走しようとウネウネ蠢き、ただでさえとても気持ち悪い。とどめに漿液か粘液のようなもので全身が(ぬめ)っている。

 頭蓋の中には(ほか)に何も無かった。

 

 私も『骸の森』でヤバいモノは色々見たが、こいつは更に何か禍々(まがまが)しく(おぞ)ましい闇のような気配を放っていて、≪結界≫の危機感知が常時弱い警戒のシグナルを出し続けている。

 私の素の感覚も、出来るだけ早く抹殺すべきだと訴えている。

 

 しかし、まだ殺さない。

 

 とりあえず髪を一本抜いて、仮称『脳芋虫』をグルグル巻にして放置し、動いていた死体の破裂した頭部の痕跡を調べる。

 すると、やはり此方にも三センチ程だか『脳芋虫』の死体の一部が見つかった。

 

 ≪観測≫のタグ表示や≪結界≫の危機感知と感覚を頼りに調べたところ、どうやら『脳芋虫』の触手の先の米つぶのような白い玉が、『脳芋虫』の元になる繭状物体らしいことが解った。

 

 サル顔の十五センチ『脳芋虫』には有ったが、動いていた干からびた死体の三センチ『脳芋虫』には無かった。

 幸いなことに、次代を造るには或程度の成長の時間か身体のサイズが必要のようだ。

 

 一通り調べた後、衝撃波(バースト)を使用。死獣『ヌエ』は復活直後に床の染みとなって消えた。

 

 例えどんなに小さかろうと、繭玉を一つも残さず殲滅した事は言うまでもない。

 

 

 

 

 




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