39、契約
小猿の将来的危険度判定が済み、腕の虎縞は死獣のオーラを吸収した為に起きた一時的な外見の変化だろうと当たりを付ける。人が、カロリーの高いものを食べ過ぎて太るようなものだ。たぶん。
はてさて後でゴリムの処へ連れ帰った時、虎縞の事を何と説明しようかと頭を抱えていると、不意に眼が合った小猿が動きを止める。
数瞬の後、目の前に古めかしい羊皮紙風の巻物が現れ、くるくると縦に開いていって箇条書きの文字が表示された。
≪観測≫の視界の端に、
【オーラ生成物、念獣保有契約書】
とログが出ている。
これは、あれだ・・・あの時ゴリムが見ていた謎のペラペラだ。
何でゴリムから私に対象が変わったのか解らないが、私も契約対象者に認定されたらしい。
ゴクリと、唾を呑み込んだ。
モフラーの本能が、直ぐにも契約しようと右手で羊皮紙の下の方にくっついている羽ペンを握りそうになるが、左手でぐっと抑える。
・・・いやいや、焦るな少年よ。先ずは情報だ。契約書はよく吟味しなくては。
「・・・・・」
既に頭の中では小猿を連れて旅をする自分を夢想していたが、煩悩を理性で圧し殺し、常在戦場の気合いで精神を集中して契約書を精査する。
内容はゴリムから聞いていた通りで、可愛がっていた念獣が自分の死と共に存在を止めてしまうのが納得できず、オーラ補給の為の『吸収』能力と新たな飼い主を求めるための『契約』能力を念獣に組み込んだのだと記されている。
この契約はシステム上呪いに近く、そのため念獣制作、保有の為の念能力キャパシティーは必要としない事も明記されていた。後から任意で解消する事も可能だそうだ
・・・おもいっきり呪いって書いてあるよ。解消可能と記されていても、一度契約しなければ確かめようが無い。
ゴリムが嫌がる訳だ。
後は、まだ知らなかった情報として、新たな主人を選ぶ基準と結びの言葉が書かれている。
基準は三つ。
一つ、元の主人を害した者は除外。
二つ、一定以上の念能力者である。
三つ、ピートが気に入る相手。
・・・・・ちょっと念獣愛が重いが、モフラーなら解らなくも無い。ただ、これだけだとゴリムがストーカーされていた理由が解らない。
やはり、隠しフラグが有るのか?
・・・いや待て、私が新しく主人候補になったのは、間違いなく秘湯で『
・・・あれ?もしかすると、私の方が人外判定された?やっぱ人間が丸ごとダメなのか?
・・・いったい何が有った。
何か有ったとすれば、元の主人の死に際だろうけど・・・ゴリムが散々調べて分からなかったんだから、私が今考えても解明するのは無理・・・か。・・・ま、とりあえず、合掌。
契約書の結びの言葉は、
「私の人生を、生きるに
願わくば、この出逢いが貴方にとっても実り有るものであるように」
と、記されていた。
もっと、小猿の能力の詳細や出来ること等、契約するに当たってのメリットが提示されていると思っていたのに、書かれていたのは最低限の説明と契約条件だけだ。
つまり、契約書に
それは、結びの言葉からも読み取れる。
「・・・ふむ」
気分を落ち着けるために溜め息を一つ。
提示されている全ての情報には目を通した。
今後も小猿が私に不利益を与えない事は、さっき使用した『
ゴリムという先約は居るが、彼にとっては悪いことではないので、特に断る必要は無いだろう。
私は、自分の優秀な記憶力を使って今一度状況を
結びの言葉の下に甲と乙から始まる署名欄があり、甲の欄は
『一番最初のピートの友達』、
となっている。
私は、乙の欄に今の自分の名前である
『ミカゲ』と書き込んだ。
名前を記すと羽ペンは消え、契約書は再びくるくると巻き上がって真っ赤なリボンで封をされ、霞となって小猿に吸収された。
契約の完了と共に互いに『
七つ有るピートの能力と、幾つかの
私がパスからの情報を確認しているうちに、同じくパスが繋がったピートにも、新たな主人の事が伝わったらしく、確かめるように私を見上げて首を傾げた。
「キイッ?」
私には、『本当に?』と聞こえた。
繋がったパスによって言語化したわけでは無い。ピートにそこまでの言語能力は無い。ただ、強い期待と不安が私の心に伝わってきて、そう聞こえてしまったのだ。
私は、右手の小指をそっと差し出した。
ピートはその小指を両手ではっしと握る。
「・・・今後ともよろしく」
「キィ!」
ピートには訳の分からない行動でも、その意味は通じたようだ。
嬉しい感じが徐々に大きくなって、輝くような喜びが伝わってきた。
ギュッとなったピートの毛が、一瞬全部逆立って微かに発光したような気がした。
繋いだちっちゃな手がくすぐったい。
(・・・・・ちっ、来たか)
新たな仲間ができ、テンションupでとても楽しい時間なのだが、残念ながら探知に何か掛かった。
私は、唇に指を立てて静かにしているように示し、ピートを腕に抱いてそっと立ち上がる。
灌木の繁みの陰。本気で気配を消した私を見つけることは至難。逃げ隠れするのが本領の小動物、ピートも其れに倣っている。良い子だ。
二人が見つめる先、開けっぱなしの遺跡の破砕孔から、小さなネズミが一匹這い出してきた。
春先の少し寒い夕方で、まだ明るい。
やたら周囲を気にしていて、常に何かの陰に隠れようとしている。とても臆病そうだ。
「へぇー、いつの間にかネズミが中に紛れ込んでたのか。て言うか、やっぱり依り代は何でも良いんだな」
遺跡の入り口から十分離れ、咄嗟に逃げ戻れない場所まで来たところで此方も姿を現し声をかける。
ネズミは一瞬、遺跡へと逃げ戻ろうとしたが距離を見て諦め、他に逃げ道が無いかこそこそと周囲を見渡し、盗掘団によって切り開かれた作業スペースの外に有る深い森を確めたようだった。
「キケッ!キケッ!キケッ!」
突然ネズミが甲高い声で鳴きはじめた。
ネズミの正体は死獣だ。封印された遺骸の前に三つ在った繭玉の中身の最後の一つ。
こいつだけは他の二体より気配を穏すのが上手く、不用意な移動もしなかったので今の私でもぼんやりとしか居場所が分からなかった。
しかし、ほっとけば直ぐに逃げ出すと≪天眼≫の予見で判明していたので、必ず通る出口の外で待っていたのだ。
「何だ、ずいぶん余裕だな」
いよいよ最後の一体が追い詰められているのに、ネズミ死獣にはがむしゃらな抵抗をしようとする様子が無い。
何かありそうだ。
私が早めに止めを刺そうと動き出す前に、ネズミがふわりと風船のように浮かび上がった。
そういや空も飛べたんだった。
「キケッ!キケッ!・・・」
何か、イラつく声で鳴きながら素早く上昇して行くネズミ死獣がちょっとムカつく。
このまま地上からでも攻撃出来るが、軽く地を蹴ってすぐさま同じ高さまで昇り、さりげなく透明な≪甲殻≫を踏んで宙に浮いて見せてやった。
自分が居る上空まで跳び上がってきた私に、死獣はものすごく仰天した様子でテンパり。嗤いのようだった鳴き声も悲鳴のようなキーキー声に変わった。
思った通り、慢心と油断を繰り返す死獣の精神は咄嗟の事態に対処できない。
実にためになる反面教師だ。
しばらくしてパニックから復帰した死獣は、全てお前のせいだとばかりに私を睨み付け、なんだか情けない
こちらが攻撃しないので、余裕を取り戻したようだ。もしかすると、自分の威嚇を恐れて行動出来ないのだ。とでも思っているのだろうか。
奥の手も、まだ何か在るらしい。ここまで来たら手札を全部見て、それから潰そう。同じようなのに、又会うかもしれないし。
ネズミ死獣が空中で何か力み始めた。そろそろ
いきなりだった。目の前で、急にネズミの身体が太りはじめ、瞬きするほどの間に丸々と膨らみ、風船のようになった。もはや顔がどこかも分からない。
・・・これは、触れると爆発する系か?
明らかに元の何倍にもなっているのに皮膚は破れず、軋むような音をたてながら太った水風船のようになって、ゆっくり上昇をはじめる。
≪観測≫の視界の中でネズミ死獣に付いていたタグが変化した。
【死獣、内部繭玉数増大中、──】
と表示が変わる。
「増殖特化型だったか・・・」
文字列の後に増え続ける数字が表示され、ネズミ死獣が原形を無くし膨らむにしたがって、千を越え万を越え、数万に達したところで急速に上昇しながら一瞬縮み、花火のように破裂した。
やっぱりな・・・
「汚ねえ花火だ」と、言いたいところだが、あたり一面に飛び散った数万の死獣の分体を、一つも残さず全て退治しなければ、また始めからやり直しになってしまう。
放って置けば小動物や虫に取り憑く、地に潜って時期を待つ等他にも生き延びる手段はいくらでもありそうだ。
ドヤ顔で爆散した死獣のラスボス復活ムーブには悪いが、こうなる事は予想していた。勿論対策も有る。
終わりにしよう。
・・・偶然だが此方も初お目見え。
『
≪
私は、ピートを肩に乗せ、『
『
発動の瞬間、宙に浮かぶ全ての物は動きを止め、なぜか同時に発生するキラキラと輝く光の粒と共に、≪甲殻≫に立つ私の周りを渦を巻いて流れ始める。
陽射しは夕暮れに差し掛かり、数万の白い繭玉が発光する光の粒子と共に私の周囲を巡り夕陽に照らされる情景は、幻想的な迄に美しい。しかし、この小さな繭玉の一つでも生き延びれば、国が滅びる亡国の美である。
それ以上何も起きない事を確認し、ラストは中々に美しかったが、練習がてらの多数同時精密操作ももう良いかと私はシメに入る。
掲げた『
美しい生き物のように周囲を巡っていた光と繭玉のせせらぎが、その広げた手の平を目指し奔流となって次々に流れ込んで行く。
全てが消えるまで、ほんの数秒。
私は、全てが終わった事を示す為両の手を一つ打ち鳴らした。
「ジ・エンド」
場違いに小粋な音が、一つ響いた。
たまたま簡単に済んでしまったが、『
『
・・・・・何かいる?
気配を感じてふと見ると、遺跡の有る山の頂上に巨大な狼の『霊獣』が座っている。死獣退治後、空に留まる私より少し低い位置だ。
難なく死獣に止めを刺した私をじっと見ていたらしい。
「・・・なんだ、お前か」
『骸の森』での修行時代からの古馴染み。
この辺りは縄張りではない筈だが、何で居るんだ?
こいつは、固有の隠れ里のような結界のような特殊能力を持っていて、そこを出入りしてなかなか気配を掴ませない。
すげえプライドが高くて、前に下らない事で敵対した時、隠れ里に放り込まれそうになったが≪調律≫が発動してすり抜け、一発ぶん殴って其れ以降互いに不干渉が続いていた。
狼の『霊獣』は、なぜか私に向かってペコリと頭を下げ、ゆっくり立ち上がり夕陽に向かって長い長い遠吠えを上げた。
何か厳粛な様子を感じ取り、私はそっとその場を後にした。
後になって、初めの死獣の
体長が十メートルもあったのは其のせいかもと。もしかすると、あの狼『霊獣』の知り合いだったのかもしれないと。
「遠吠えは仇が死んだ報告か、死者への弔いか・・・」
一人ごちると、先を歩いていたピートが振り向いて「キィ?」と問いかけて来た。
私は、何でもないと首を振って脚を早めた。
死獣を始末して秘湯に帰ると、空にはまだ残照が残っていて、小さなログハウスの前にポールランプと低い椅子、テーブルには木の実や飲み物、焚き火にはハーブ塩を効かせた羚羊のローストが翳してあった。
挨拶もそこそこに食べた夕食も旨かったが、話題は当然ピートとの契約一色だ。終始笑顔のゴリムの無邪気な喜びようが可笑しかった。
翌朝、出立前の朝風呂に私とゴリムとピートで入っていると、ゴリムが突然「もう用は済んだから家に戻る」と言ってきた。
町まで出ると言う話だったのに、どういう事かと訪ねると、怒らないでほしいと言いながら、小袋から三本のタンポポの綿毛(Lサイズ)を取り出した。
森で初めて会ったときに、周囲を飛んでいたオーラ生成物だ。
「こいつは、
そんな能力有りなの?と驚く私に、森の中のログハウスに居たのも、時期が来れば『問題を解決する来訪者』が来ることを予側して待っていたのだと言う。
家に上げたのも、案内すると付いて来たのも、全てが
初めて会ったときに、綿毛が最重要と示す人物があまりにも小さな子供で驚いた事や、その並外れた力に敬服したのは本当で、今後も善い友人でありたいと頭を下げた。
私は、念能力の奥深さを改めて知らされた思いで、今後は変な隠し事は無しにしようとゴリムの詫びを受け入れた。
役目を果たした綿毛は、二人の目の前で空気に溶けるように消えてしまった。
「じゃああれは、あんたの能力じゃないって事か?」
本当はマナー違反なのだろうが、予想外の展開に、半ば呆けたまま聞いていた。
「まさか!俺の“発“があんな
ゴリムは、心外そうに右手拳を出してギュッと握る。
ゴリムの拳に幅広の指輪を四つ連ねてプレートで繋いだような、簡素なブラスナックルが現れた。
「こいつが俺の“発“、
『
だ!」
私は、いかにもイケイケ脳筋感が漂うその能力に、さもありなんと頷いた。
温泉から出たゴリムは、ここには何時でも来て良いと言って堅い握手を交わし、ピートを一撫でして「じゃあまた」と告げ、足取り軽く帰っていった。
去り際に何か思い出したように立ち止まり、一言忠告をくれた。
私はその言葉に顔が固まるほど驚き、ぎこちなく頷いて返した。
『サーベル使いに気をつけろ』
ゴリムは、自分の顔を指で十字になぞりながら最後にそう言い残した。
あの傷を付けた相手の事なのだろう。
もし、そのサーベル使いが私の探しているサーベル使いなら、『クルタの子』の『お爺さん』を殺して残された彼を売った男とゴリムの敵は、同じ人物と言うことになる。
「・・・素敵じゃないか、探す理由が一つ増えたよ」
私は、この話を大事に仕舞い込んだ。
思ったより世界は狭いらしい。
ゴリムが去って気がついたのは、お土産に拾ってきた古い犬の首輪のバックルやドッグタグを見せ忘れた事だった。
「・・・十分喜んでたし、まいっか」
私は、ちょっと気が抜けたので出発は明日と決め、低いカウチに座ってせっかくのモフモフを堪能しようとピートを呼び寄せた。
ゆっくりと撫で、指先で背中を掻いてやりながら、早めにブラシを手に入れなくてはと心に刻んだ。暫しモフッた後、膝に乗せたピートと目を合わせ、
「『
今回表れたのは契約書より少し大きな巻き紙で、ピートの状態や能力が表示される。
はずなのだが、開かれた巻き紙の最初の部分に写真が貼り付けてあり、突如それが映像として動き出した。
「ピートの新しい飼い主さん、見えていますか?」
頭の中で声が聞こえる。実際に巻物から音が出ているのではなく、ピートからパス越しに音声が届いているようだ。
画面に映っているのは上質な家具や小物が並び、金は掛かっているが其れを感じさせない品良くまとまった寝室で、十五、六の少女が行儀良くベッドに腰掛けて此方に手を振っていた。
鬼舞辻無惨も初見で殺す