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41、緑美楼
突然現れた美女の言葉に驚かされる。
ピートが『猫』の姿なら元になった絵本を読んだ事がある。という可能性もあったが、今は小猿だ。正体不明の彼女は、『念獣』としてのピートを、もっと言えばピートの元の
何より美女に気がついたピートが、ほっぺたパンパンで食べかけの菓子を持ったまま片手を上げて挨拶した。
「
ピートの知り合いのようだ。
「知り合いかい、ピート」
このまま無視されても困るので、存在のアピールを兼ねて、女性ではなくピートに話しかける。
「あ、ごめんな・・・・・」
妙齢の美女は、やっとピートの連れである私のことが視界に入ったらしく、顔を私に向けて不作法を謝りかけて、なぜかフリーズした。
「・・・・
「・・・何だって?」
何を言っているのか解らず聞き返した私に、美女はやっと正気に戻って反応が帰ってきた。
「あらごめんなさい、あんまり完璧に整ってるものだから、驚いてしまったわ」
目をそらし、何度か深呼吸して驚きを抑えると、にっこり笑って全てを有耶無耶に誤魔化した。再びこちらに向き直り、美女はピートと私の事を値踏みするように見て颯爽と名乗った。
「『
リョクビロウ?同席を了承して店員にお茶の追加を頼み、仕切り直す。
「ミカゲだ、ピートを紹介する必要は無さそうだな」
こちらが聞きたい事が有るように、あちらにも私達に何か用事が有るようだ。
「何でピートを知っているのか、聞いても良いか?」
視線で先手を譲ってくれたので、もっとも知りたいことを聞いてみる。
「あぁ、ソコからね・・・」
特に隠す事でもないと、ベルデが話してくれた事情によると。五年ほど前に、とある金持ちの旅行者一行がシュマの街に来た折りに、知り合ったそうだ。
召し使いと護衛を何人も連れて其の全員を引っ張り廻していたのが集団のリーダーの女の子で、彼女が連れていた猫がピートだったと言う。
飛ばされて木に引っ掛かった帽子を、猿に変身して取りに行ったのにはとても驚かされたらしい。
「しかも、『気に入ったから』とか言って、うちに泊まって行ったのよ?若い女の子が!」
三十歳位だろうか。ベルデ自身、笑顔が魅力的で、表情がクルクル変わる。共感力が高く、人と話すことに慣れた感じが営業職っぽくて商人らしい。場馴れしていて、なんか妙な迫力も有る。
最後の、女の子が泊まるのを非常識だと愚痴る部分だけよく解らない。
さっき言ってた『緑美楼』って、金持ち用のクラブハウスとか邸宅じゃないのか?
たとえ街でどんなに名が知られていても、ミカゲには初耳だ。
ともあれ、ベルデの話でピートについて新たな情報が得られた。
元の主人の名は『アリス』。偽名かもしれないが、この街ではそう名乗っていた。
少なくとも五年前までは生存していて、あのピートの元になった絵本のように、世界を旅行していたらしい。親族は一緒ではなく、回りは雇い人ばかり。あと、とんでもない金持ちだったそうだ。
「頑固で意志は強かったけど、体力とか全然無くて専属ドクターの診察を毎日受けてたわ。
あの様子だと本来、旅行なんか出来る状態じゃなかったんじゃないかしら・・・」
歩くのも覚束無い事が有って、車椅子で移動することもあったと言う。
「今のピートが別の人に受け継がれているという事はそういうことよね?・・・・・良い娘だったのに、残念ね」
ベルデは、一つタメ息をついた。
ピートの元の主人の死に際の事は気になっていたので、この先も調べられそうなら真相を探って行く積もりだ。何で人間全般が後継者から外されたのか、そこが未だ謎なのだ。
「それで?そちらも私に用が有るみたいだけど」
ピートの件は一応納得出来たので、ベルデに話を振る。
「・・・そうね、大したことじゃ無いんだけど、
ベルデは、ためらいがちに話を始めた。まるで、瀬踏みするような慎重さだ。
「そうだ、未だ日は浅いがね」
菓子を全て食べ終えたピートの顔と手を、ナプキンで拭ってやりながら答える。
「では、
「・・・・・・」
見たところ、彼女自身は能力者では無い。『念』についての知識を持っているとは思えず、訝しげに視線をやると、目の前で軽く手を振り、アリスと仲良くなって少し教えてもらったと告げてきた。
「相当に腕の立つ者でないと、ピートの主人にはなれないのでしょう?」
私は、軽く頷き了承した。大体合ってる。
「何でも、秘匿された『雷獣の谷』に棲む姿の変わる特別な獣だとか。
ピートに認めてもらう為には、自在に『気』を操れるようにならないとダメなのだって言っていたわ。自分も病にかかるまではかなりのモノだったって」
「・・・ん?」
何だって?
「若いのに、凄いのね」
・・・騙されてる。念獣のことを秘密にするために、アリスに適当なホラ話を吹き込まれてるぞ!
この世界にも『気』の概念がある。無ければ気配や殺気等も意味をなさない。
「男性よね?今、仕事の予定は入ってる?宿は何処?」
矢継ぎ早の質問に、「そうだ・・・特には・・・街に来たばかりでこれからだ」と、促されるまま返事をする。
腕の立つ者に何か急ぎの仕事を任せたいらしい。
「使っていた
用心棒のお誘いらしい。
「会ったばかりだぞ」
「ピートの主人なら大丈夫よ!」
こちらが、そちらを信用出来ないと言う意味だったのだが、ベルデは逆に取ったようだ。どうやら『緑美楼』のベルデの名は、この街では無条件で信用される『通り名』らしい。
そういえばピートの知り合いでもあった。ちょっと甘い気がするが、面白そうだし。ピートの顔を立てて、仕事を受けるとしよう。
「助かるわ!」
OKすると、すぐさま軽食屋の支払いを終え(ベルデが)、腕を取って馬車迄引っ張って行かれた。
「宿と食事はうちで全部面倒見るわ、その分給金は安くなるけど、仕事があればその都度割り増しを払います。当面それで良いわね?」
逃がすまい、と言うように馬車の中でも腕を絡めたままで、条件を提示される。
仕事の時間配分はかなりアバウト。昼は指名が無い限り自由。荒事の起こりやすい夜は、なるべく奥に詰めて居てほしい。程度だ。
ただ、腕の立つ者が誰も居ないと思われると店に絡んで来る馬鹿が増えるので、舐められないよう一回は腕前を見せつける事が必要だと断りを入れられた。
馬車が街中を港側に少し戻り、輸送用の運河を渡って街の西側へと進んで行く。
あまり治安の良くない地域に入り、更にその先の街の区画の黒い仕切り門を越えて話に聞いた歓楽街へと乗り入れる。
ようやく馬車が止まったのは、夕暮れ前に既に明かりが点った街角。三階建ての豪華な装飾が目立つ妓楼の前だった。重厚で夜に馴染んだ気配が漂っている。要するに男性に女性を世話する系の、しかも
「『緑美楼』へようこそ!」
とりあえず、ベルデがアリスを泊めるのを渋った訳は解った。
大きな看板が架かった下、厳つい案内係が立つドアを抜けると、コジャレた酒場が広がっていた。
ドレスアップした女性がいっぱい居て、そういう店だとすぐ解る。
前世の高級クラブ的な気配が、「金がないヤツは頭が無いのとどう違うの?」と、無邪気に問いかけている気がする。
ベルデは、何人かの屈強な黒服っぽい従業員にてきぱきと指示を出し、知り合いの客に笑顔で声を掛け、私を連れてホールを抜けて奥へと進んで行く。
厨房にも声を掛けた後、別階段で二階の真ん中辺りに有るベルデの自室に連れて来られる。
「店でって訳にも行かないから、ここで話をさせてもらうわ」
ここは仕事部屋で、続き部屋を寝室として使って居るようだ。奥にドアがある。
仕事用デスク以外に、来客用のソファーセットが片側に設えられていて、そこに二人で座る。ピートは私が抱えたリュックの上だ。
「改めまして、妓楼『緑美楼』の女主人、ベルディルデ。ベルデで通ってるわ。
見てもらった通り、うちは黒門で仕切られた歓楽街の中の妓楼なの。
女だらけだし、世の中そういうのにうるさい人も居るから、ここで働くのを嫌がる人も居る。
教会も昔ほどは煩くないけど、人に知られると評判に関わる事が有るかもしれない。
それでも良ければさっき話した条件のままでお願いしたいんだけど・・・」
「私とピートの部屋は何処だ?」
ベルデは、私が断るかもしれないと思っていたようだ。ちょっと被せぎみに返事をしたら、一瞬ポカンとした。
「案内するわ」
その後、ニッと笑って立ち上がった。
「前の
「三階の部屋で」
色々と内緒で外出する機会が有るかもしれない。人の出入りの激しい二階より、窓から出られる三階の方が良い。私には高さは障害にならない。
ざっと、この建物の構造を≪把握≫してみたが、一階がホールと待合室や厨房、大浴場などの水回り。
二階が宴会場と仕事用の個室各種。
三階は三つに区切られていて、ホテルのような広い続き部屋を幾つか備えた表のフロアと、使用人用の小部屋が並んだ裏のフロアがあり、その間に潅木や花壇の並んだ優雅な屋上庭園が有って隔てられている。下は二階の屋根になる。つまり空中庭園だ。凝ってるなぁ。
ベルデに三階の部屋へ案内されていると、すれ違う従業員が皆挨拶をしてくる。三階の使用人部屋を使うのは裏方をしている者達で、つまり一線を退いた物の分かったオバサン連中だと言う。だから心配は要らないと言われた。何の?
女主人が新入りの世話なんかしていて良いのかと聞いたら、今はこれが一番重要なのだと力説された。
何か有るらしい。
基本的には男の従業員の住まいは一階の厨房脇に幾つか有る使用人部屋で、女の住まいは二階の個室か三階の使用人部屋だそうだ。
基本的に女性上位で女性の部屋は上の階に有って、一階より安全性が高くなっている。利便性より安全性。元の世界とは常識が違う。
男のミカゲの部屋が三階なのは、イレギュラーと言うことになる。
「女達に手は出すな」と言った後、私の顔をじっと見つめ、あんたの子なら美形になるから合意があれば好きにして良いと、適当な事を言い出した。
「何なら、わたしのところでも構わないよ」
そう
私は、苦笑いで返した。きっぱり断っても角が立つ。
案内されたのは三階の一番奥で、風呂つきだと言われたが、給湯設備何てものは勿論無く、チップを払って使用人に下の階から湯を運んでもらうシステムだった。一階の大浴場以外何処もそうらしい。
この時代だと、家に風呂が有るのはかなり珍しいから、これだけでも良い職場である。
ちなみに、女達のお仕事部屋にも全て『浴槽』が有って、それが『緑美楼』の売りで高級妓楼の印だと言う。
「三十年前にうちが出来るまでは、この街に高級妓楼なんか無かったんだから」
ベルデはケラケラ笑いながら、臭い娘が良ければ他所に行ってみろと言った。
「・・・・・何よ、これ」
入った奥の部屋は、ガラクタだらけだった。
さして広くもない部屋に、いくつもの机や椅子。古い鏡台と
低いティーワゴンや沢山の化粧箱の上には可愛らしい籠や小箱が積み上げられ、中は安っぽい装飾品で溢れている。
「ちょっと待ってて」
ベルデが誰かを呼びに行ってる間に、わずかに残った細い通路を通って続き部屋を覗いてみる。
派手な生地の海賊服と剣帯。頭の付いた熊の毛皮。バイキングの被るような角の付いた兜、光沢の有るビスチェコルセット他、芝居の衣裳のような物が雑然と並んでいて、埋もれるように陶器の浴槽が置いてあった。
どちらの部屋も埃っぽく、まごう事なき物置部屋だった。
「マギー、これはどういう事」
ベルデが連れてきたマギー女史はアラフォーの番頭さんのような立場で、内向きの事をやっている人らしい。
「申し訳ありません、ベルデ様」
マギーの話では、不要な家具の一時的な置き場として使っていたのが、そのまま放置されたらしい。
本来は、処分するか屋根裏部屋に置いておく物だそうだ。
「奥に有る衣装は何なんだい?」
私が聞いてもマギーは答えず、何だこの小僧はと言いたげに、ベルデを見た。
「ベルデ様、もしや男娼を置かれるのですか?余り賛成出来ません。
見目は良いですが、教育が成っていないようです」
ベルデは絶句してしまい、ぎょっとしたように私を見た。
「違うわよ、馬鹿な事言わないで!」
私は、面白そうに笑っているだけだ。
「彼はミカゲ。ウォルターの代わりに今日から奥に詰めてもらうのよ」
「・・・この坊っちゃんが、ですか?」
マギーは、信じがたい事を聞いた様子で目を見張った。
「ミカゲだ、見た目よりは腕は立つ。ピート共々暫く厄介になるからよろしく」
私が、腕組みしたまま指先を二本ほど立てて軽く挨拶をすると、ガラクタの山を探検していたピートが、籠に入っていた異国風の首飾りを幾つも首にかけて片手を上げ、同じように軽く挨拶した。
『緑美楼』重鎮であるマギー女史は、ちょっとムッとしたようだ。
どう見ても、いいとこお稚児さんにしか見えないガキが、黒門街で海千山千の自分と対等のような口を利くのが気に入らないのだろう。用心棒の件は全く信じてないようだ。
まあ、そんなもんだろう。実力を示すまではしょうがない。
エッチ描写は無し