42、襲来
成り行きで『緑美楼』幹部の一人であるマギーの不興を買った。
この手のタイプは、下手に出るといつまでも此方を
ベルデの様子から見て、直に実力を示す機会は来るだろう。
「で、ありゃ何だい?」
奥の続き部屋に視線をやると、気になったのか、ベルデも覗きに行った。
「うわぁ・・・マ~ギ~?」
奥の衣装の山を見れば、一時的な仮置きと言うには少しばかり無理がある。
白状したマギーによると、二部屋以上の続き部屋を与えられる女性の使用人は何年も存在せず、長い空き部屋期間中に暗黙のうちに倉庫と化していたらしい。
奥に有った謎の衣装は、以前に秋のパレードに使った物で、次の時に装飾や小物の一部を流用することが有るため、保管してあるのだと言う。
パレードは秋に有る大きな祭だそうだ。
ハロウィンみたいなモンか?
まあいい。
三階の一番奥で、今は開けられないが窓も有る。使用人部屋は階段に近い方から埋まってゆくので、間に空き部屋が幾つかあり静か。
「・・・部屋はここで良い」
「キィ!」
ピートも賛成らしいが、ガラクタはこのままの方が良いようだ。首飾りをぶら下げてチェストからコート掛けの天辺に飛び移って遊んでいる。
今座っている真鍮のポールの先の玉は、よく磨かれた御影石の帽子掛けで、富有柿のように少し扁平している。
おや『ミカゲ』石。
と思って視認したら、原作で見たような不気味な蛙っぽい顔がソフトボール大の丸っこい石の玉に彫り込まれていた。壺じゃないのに。
なかなか奇抜なデザインだ。
「ここに?」
ベルデは賛成出来ないようだ。
「少し片付ければベッドは使える。ガラクタは明日にでも運び出せば済む。今日だけなら風呂も使用人用のが一階に有るんだろ。問題ない」
ベルデはいくらなんでもと躊躇っていたが、マギーの熱心な説得もあり漸く納得してくれた。
マギー的には、何処の馬の骨とも知れない小僧なんか物置き部屋で十分だといった処だろう。
翌日の片付けをベルデに指示されると、私に向かって堂に入った調子で鼻を鳴らし、さっさと出ていった。
「ねー今マギーが凄い顔で歩いて行ったわよ、何かあったの」
マギーと入れ替わるように、明るい声がして二十歳位の小悪魔系美人が入ってきた。
高価だと一目でわかる青いドレスを着て、よく手入れされた肌と金髪が輝くようだ。左手に火のついた紅珊瑚製の羅宇の
「何でもないわよマリエル、ウォルターの後任が決まったからマギーに知らせただけ」
多分、『緑美楼』の
こういうのも居るのか。流石高級妓楼。
「ミカゲ、
聞いてみると『黄金』、と言うのは女達の序列の話だった。最上位の『
眼福だなぁ等とボーッとしていたら、私を見つけたマリエルが凄い勢いで近づいてきた。
「ママ!なにこの子、こんなに可愛い子どこから見つけてきたの?」
私の顔を
「私のお付きに頂戴!」
いや、いい匂いがして つい回避を
「なに言ってるの、ウォルターの代わりだと今言ったでしょ」
ベルデは『緑美楼』の女達から『ママ』と呼ばれ、慕われているらしい。
「・・・・え?ウォルターの代わり?」
マリエルは、マギーと同じような反応をして動きが止まった。
「彼より随分小さくない?大丈夫なの?」
ウォルターは大きいらしい。
「・・・大丈夫よね?」
マギーに続いてマリエルにも疑問を呈され、ちょっと心配になったらしいベルデが、こっちに確認してくる。
「問題ない、あと私は男だぞ」
男だと言ったのに、なぜかマリエルが又私を捕まえて抱き締めようとするので、片手で彼女の左手首を掴んで動きをコントロールする。
「・・・あれ?・・・あら?」
もう一方の手で彼女の死角に有る椅子を家具の山から一つ下ろし、そこに誘導して座らせる。
「ピート」
動き回られると面倒なので、ピートを呼んで彼女の膝に乗せる。
「キャー!なにこの子、可愛い!」
モフモフは全てを解決する。
「チンピラなんか、何人来ようとどうにでもなる」
面倒臭そうな娘を、ピートに押し付けたとも言う。
「・・・・みたいね」
マリエルを鮮やかに操ったのを見てベルデも驚き、多少は安心したみたいだ。
それとも片手でソファーを持ち上げたせいだろうか。
・・・身長はともかく、やはり見た目が子供だとなめられるか。
いっその事どこか近場で一暴れしてくるか?
マリエルが、ベルデに今週のスケジュールについて確認をしていると、開いたドアの外にマギーが戻ってくる気配がした。
「マギーが戻ってくるぞ」
私の指摘に二人は開いたままのドアを見るが、誰も入ってこない。
「・・・来ない「ベルデ様!」」
マリエルが、怪訝な顔で「来ないじゃない」と言おうとした時、マギーが部屋に駆け込んで来た。指摘が早すぎたらしい。
「昨日の男達が、又来ました!」
ちらり、と私を見たのは出番ということだろうか。
ドアマンや黒服達も其れなりに強そうだった。にもかかわらずマギーが動揺する相手。しかも、戻ってきた早さから察するところ、ホールで確認して直ぐに報せてきたのだろう。となると、相手は前任者のウォルター何某に怪我を負わせた連中、若しくは個人か?
「・・・頼める?」
ベルデが、マギーから話を聞くなり私に期待のこもった目を向けてきた。
「任せておけ・・・・・あ、一つ聞くが、もう暴れているのか?」
ちょっとベルデに確認する。
「・・・昨日と同じなら、こちらが無理矢理追い出そうとするまでは一応おとなしくしていると思います。
怒鳴っている内容も昨日と同じで、用心棒になってやるからベルデ様を出せ、の一点張りです」
ベルデがマギーに話を振って、質問の答えを得た。
昨日も来て、黒服達では手に負えず結局ベルデは不在だと言って追い返したらしい。
ベルデとの会話中も、マギーは私の事を一切見ない。徹底していないものとして扱っている。ちょっと面白い。
「ベルデ、ちょっと身繕いをしてから行くから、話を聞くふりして時間を稼いでくれ」
間を持たせるよう頼むと、マギーが凄い顔して睨んで来た。私が逃げ出すとでも思っているのだろう。
「どういう事?」
ベルデは訳がわからす、ちょっとお怒りモード。
「この格好じゃあ田舎のガキにしか見えない、『緑美楼』には相応しくなかろう。
ここのガラクタと奥の古着で雰囲気を変えてから出る」
奥に向かって歩き出しながら、ベルデに答える。
「・・・そう言えばそうね、流石にあなたに合うサイズの男性用は無いわね」
店の男達は皆スーツ姿だ。一応納得したのか、「早めに来てくれ」と言い残して、私が衣装部屋を物色している間にベルデとマギーはホールへ向かって出ていった。
脛当て付きの頑丈な靴と、鞣し革のぴったりした半ズボンは替えが無いから其のまま。
熊皮のベストは野生児感丸出しなので脱いで上着を見繕うが、どれもサイズが合わない。
仕方ないので黒い革製のビスチェのようなコルセットから手刀で上半分の
その上から、光沢の有る黒で裏地が真っ赤な肩飾り付きの派手なコートを羽織る。例によってサイズが大きいので袖は通さない。更に同じ意匠の羽飾りの付いた帽子を被った。
部屋に戻るとマリエルがまだ居て、私の格好に驚いている。
「あらまぁ・・・凄く似合ってるけど何の仮装なの?」
どこから持ってきたのか お付きの女性にお茶と菓子を出させて、ガラクタの中で優雅にティータイムを過ごしている。
テーブル代りのティーワゴンには携帯用灰皿らしき小洒落たペン立てに、長煙管が差し渡してある。
膝の上にはまだピートが居て、何とかビスケットを掠め取ろうとしていた。
「印象に残れば何でも良いんだ」
鏡台の前で、形を整える。まだガキっぽいか。
「化粧道具持ってるか?」
振り返らず、マリエルに聞く。
「クレア?」
マリエルが、お付きの女性に声をかけた。
「手直し程度の物ならございます」
クレアが、敏腕マネージャーのように手提げバッグから化粧ポーチを取り出す。
「私にメイクを頼む」
マリエルの前にもう一脚ソファーを下ろし、そこに座る。
「はぁ?」
「ガキに見えると舐められる。
何でも良いから男か女か解らないようにしてくれ」
肉体年齢は十五位の筈だが、真面目に念修行をしたのと童顔と低身長の為に小学生
「三分で頼む」
途中からノリノリになって指示を出すマリエルに、余り時間がない事を思い出させる。
メイクが終わって部屋から出る段になって、あの顔付き御影石のコート掛けが目に入った。
二メートルと少し有る其れを壁際から引抜き、天辺から百二十センチの辺りを手刀で切り取る。コートを掛ける為に設けられた二本のフックも邪魔なので枝打ちのように切り落としてしまう。
出来上がったのは、変顔丸石の握りの付いた真鍮の杖だ。床に傷をつけないよう石突きがわりに転がっていた酒ビンの栓かなにかを先っちょに嵌め込み、強めに握りこんで
マリエルとクレアは、無造作に真鍮のポールをぶった切った所で呆気に取られていた。
最後にティーワゴンの上の煙管を借り受け、そのまま廊下に出ると、二人とも後からついてきた。
多分、荒事になるぞと言ったら、二階の部屋から覗くから構わない、と返された。
ただ、位置につくまでちょっと待ってほしいとお願いされた。
「これは見逃せない!」
そうだ。
お芝居かなにかと間違えてないか?と思ったが、二人ともまだ若いし、娯楽が少なくショー的な見せ物もあまり発達していない時代だから、物見高いのは仕方がない。
目的のホールは二階層吹きぬけで、二階に上がる広い踊り場付きの階段が左右に有り、上がった周囲は回廊になっている。
回廊の柵の向こうはホールが見下ろせ、壁には番号を振られた様々な個室がカラオケボックスのように並んでいた。
一階には窓は無いが、二階の正面には窓が並び、空気の入れ換えと昼間の採光に利用されている。
視界に入る前に≪把握≫でホールを確認する。
客と従業員以外には、入り口のドアの前に大柄な男とチンピラみたいなのが数人、外にも十人ほど居て、店の前を固めている。楼主のベルデは座っていて実務管理のマギーはその後ろ。話している痩せぎすの男は黒服達を束ね、外向きの仕事をする事務方幹部のパッカードだろう。これに荒事担当のウォルターが居て、『緑美楼』を回していたらしい。
そろそろ良いか?
待つ必要は無いが、メイクを手伝って貰ったし、小道具に煙管も借りてしまった。
ふむ、どうせならいっちょ、劇的に行くか。
この際だからと『
絞っていた気配も人間の上位達人級程度まで上げ、雑魚扱い出来ないよう圧を高める。
さぁ、出陣だ。
前世でレイヤーだった先輩が言っていた。
「コスプレは、内面の作り込みが大事」なのだと。
ハンター世界の用心棒なら常軌を逸して強くて当たり前。
そう、まるで漫画のように。
・・・・・行くか。
私はただ一人、杖を突いてポツリと呟いた。
「ミカゲ・・・推参」
歩き出すと、なびく銀髪がホールの光に煌めいて跳ねた。
妓楼の名前はハクミコから