嵐の夜に飛び立とう   作:月山ぜんまい

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 43、用心棒

   43、用心棒

 

 気配を強化し、杖を突きつつ、ゆったりした足取りで二階の奥の暗がりから階段前に出る。

 

 ざわついていたホールが静まりかえり、杖を突く音だけがやけに響く。

 

 ランプの明かりに照らされて、銀髪が夜の湖面のようにサラサラと波打っているのが視界の端に映った。

 

 ただ、階段を下りるだけの私に、異様に視線が集まっている。

 

 ホールへと下りながら、踊り場でベルデに声をかける。

 

 「あぁベルデ、そこに居たのか」

 

 声にも少しオーラを載せて圧を掛け、チビでも侮られないよう回りを少し威嚇する。

 

 「厄介事が起きたら直ぐに呼ぶように言っただろう」

 

 声までが、やけに響く。

 

 ホールにいた、少なくない客達は会話を止め、さっきまで威勢の良かったチンピラまで黙ってしまい、ホールの中の全員が口を半開きにして私に注目している。

 

 「・・・ミカゲ?」

 

 ヤバい、滑ったか?と心配していたら、ベルデが反応してくれた。

 

 「ちょっとマリエルと遊んでいてね。私の初お目見えだ、多少派手でも構うまい」

 

 軽く両手を広げてコスチュームを披露し、マリエルの煙管(きせる)を一服吹かす。

 

 話しながらホールまで下りて左右の客達に目をやる。

 客も、そして一緒にテーブルに付いている女の子達やホールスタッフも含めて、皆が動きを止めて食い入るように此方を見ていた。

 

 掴みはOK。

 

 「一つ貰うよ?」

 

 酒のあてのオードブルが旨そうだなぁと思って、右手の煙管をくるりと回し、空いた指で通りがかりのテーブルからチーズクラッカーをワンピース拝借する。

 

 四角いクラッカーに甘いクリームチーズを塗って、ナッツを乗せた定番の摘みだ。  

 旨い!ナッツは散々食べたけど、乳製品を食べるのは十一年ぶりだ。酒は自重する。

 

 「うん、悪くないね」

 

 お礼代わりにニッコリ笑ってやったら、女の子が真っ赤になった。序でに隣のおっさんも真っ赤になった。

 

 

 「なんだ、てめえは!」

 

 無粋なダミ声。

 

 ホールの全員が私の派手な登場と威風に気を引かれている中、チンピラのリーダーらしき青年だけが気後れせずに、戦意を保っていた。

 

 昨日黒服達を伸したのはこの男だろう。一人だけ、猫科の猛獣のようなしなやかで剣呑な気配を纏っている。腕も其れなりに立ちそうだ。

 

 驚くべき事に、≪観測≫のタグで、【十六歳】となっていた。マジか、こいつ私の肉体年齢の一個上?百九十センチ位有るぞ!うらやま!

 

 

 「・・・こいつらが厄介事か?ベルデ」

 

 チンピラリーダーをチラ見して、雇い主に確認する。もう処分確定(やっちゃっても可)

 

 「ええ、うちに仕事探しにいらっしゃったようなんだけど、もう後任は居るからとお断りしたところよ、お帰りいただいて」

 

 ベルデが私の小芝居に乗っかってくれた。何かちょっと疲れてる?

 

 「ミカゲだ」

 

 一つ間を取って一服。

 

 煙いし、不味い。何で皆こんなもの吸うんだ?

 

 「この『緑美楼』で荒事のケツ持ちを任されている。

 表の仕事はしない筈が、ウォルターの野郎がへまして動けなくなったせいで、私が出張る破目になった」

 

 目力強めで睨んでやったら、ちょっと怯んでいた。まるで今までも居て、裏方で暗躍していたような口ぶりは、得体の知れないヤツ感を出すためのホラで、全て出鱈目。

 会った事無いウォルターには、私の個人的事情によって四天王最弱の称号が与えられた。残りの二人は誰だ?

 

 「少年、いい子だから帰んな。

 もうちっと世間の事を勉強して、今度は金貯めて客としておいで」

 

 道義的な忠告。

 

 嘲笑ったりはしない。そんなのは小物のすることだ。

 問答無用でぶちのめす腹だったが、チンピラリーダーが余りに若かったのでチャンスをやることにした。良く見たら回りのやつらも皆十代で若い。タグによると、全員スラムの住人。

 

 「う、うるせえ!お前が用心棒に収まってんなら今ここでお前を叩き潰せば済む話だ!」

 

 まぁ、そうなるよな。

 

 スラムで徒党を組んだ伝手の無いチンピラが、より上を目指すにはどうするか。

 余程の才覚があれば別だが、無ければ誰かを食い物にして、のし上がるしかない。

 

 ここはそういう世界。

 

 力を示す。これはチャンスか終止符か。

 

 「得物は無しにしといてやろう」

 

 私が音を立てて床に杖を突くと、なぜかホールの全員がピクリと反応した。

 

 ありゃま、ちびっとオーラが漏れたか?

 

 そのまま左手を離し、自立させる。

 

 修行を重ねた"周"を床まで纏わせて固定してあるので、杖は微動だにしない。

 

 念の基礎修行は、続けていると出来ることがどんどん増えて行く。威圧と相性の良い声にオーラを込める技術も、"流"の修練中にたまたま出来るようになった。

 原作の主人公の父が、念の基礎能力だけで色々やって見せたように、たとえ"発"に至らずとも念には六性図に有る全ての能力が元々備わっているのだ。

 壊れない箱とかも有った。後は発想と修行あるのみ。もっとも戦闘に使えるような練度にはなかなか成らないので、趣味の域だが。

 

 動かない杖の変顔石に、持っていた煙管を突き刺し咥えさせる。こっちは"周"では無く、待ち時間に≪消滅≫でくり貫いておいた隙間(ホルダー)が有る。

 

 「表に出な、埃が立つと客の迷惑になる」

 

 犬を追い払うように手を振り、呆けていたドアマンに目をやると、慌てて部厚い扉を開いた。

 

 チンピラの手下達は我先に出て行き、渋っていた最後に残ったリーダーも、

 

 「用心棒稼業がしたけりゃ店に迷惑をかけるな」

 

 と正論で諭したら、結局私の言うことに従った。

 

 意外と素直。

 

 

 さっき別れたマリエルとクレアは、裏側の使用人用通路から回廊脇の空き部屋に回り込み、ドアの上に設けられた風通し用の小窓(スリット)を細く開いて覗いていた。

 どこから持ち出したのか、用意周到にドアの前に脚立を置いて其の上に並んで立ち見している。

 

 江戸時代の花魁(おいらん)のように、マリエル(黄金)クラスの娼妓は、会っただけでも金が掛かるから、ほいほいと人目に触れる回廊側には出られないらしい。

 ホールの見える位置に着くのに時間が掛かったのはその為だ。

 

 

 ドアの前まで行った私は、コートと銀髪を靡かせて仰々しく振り返った。

 

 「では皆様、騒がしい余興は済みました、今宵も宜しく御歓談のほどを」

 

 帽子を取って華麗に一礼し、指を鳴らして隅で観客と化している絃楽器奏者の注意を引き、ベルデに視線で合図して後を頼む。

 

 私が外に出ると共に音楽が流れ始め、ホールに賑わいが戻る。と思ったのだが、この世界の人間の物見高さを甘く見ていた。

 

 何と、ホールにいた全ての客、女、スタッフ、そしてベルデ達までがゾロゾロとドアから溢れ出て、私がチンピラ達をどうあしらうか見物に来た。

 マリエルとクレアも抜かり無く二階の窓に張り付いている。

 

 そんな大した見世物では無いのだが。

 

 夜は真っ暗になる近世の世界。しかしここは大人の社交場。店前の通りは煌々とランプに照らされ人通りも多い。

 

 そこにゾロゾロと店から人が出てくれば、行き交う者達も何事かと集まってくる。

 

 「チビが!」

 

 「なめんじゃねーぞ!」

 

 「綺麗な顔しやがって!」

 

 「#&*♂!」

 

 「!」

 

 外に十人ほどいたので、チンピラ達は少しやる気が戻っていた。外で見てみると私がかなり小さく、細っこいので元気が出たらしい。

 

 「くっ、畜生が!」

 

 しかし、リーダーは拳闘風のファイティングポーズを取ったまま攻め込めない。

 多少は、私のヤバさが分かるらしい。感心感心。

 

 見物人も大分集まって来たし、そろそろヤっちゃうよ~。

 

 黒門街の中央大路は路の真ん中、前世で言う中央分離帯部分に広い水路が通っている。運搬、交通のためのものだ。時代柄、手摺りなんてものは無い。

 

 『緑美楼』は勿論大路沿いに有るから、通りの向こうは即水路になっていて、小さいながら専用の船着き場も片隅に存在する。

 

 固い石畳の敷かれた路面を踏み砕かぬよう、何の予備動作もなく近づきチンピラ其の一を優しく蹴る。

 

 周りの者が気が付いた時には、彼は『緑美楼』二階の高さまで蹴っ飛ばされ、放物線を描いて水路へと落下し、水柱を高く昇らせた。

 動きが速すぎて、観客にも残るチンピラ達にも、蹴り抜いた半ズボンの脚がその場で高く伸ばされていて、ああ蹴ったのか と分かる程度だ。蹴るというより、脚に乗っけて放り上げるのに近いか?

 

 「ほいほいと」

 

 二人目、三人目と順番に蹴り上げ、どんどん水柱を量産していく。

 

 殴りかかって来る者、何か謝罪の言葉を叫びながら逃げ出そうとする者も居るが、全く何の抵抗も出来ず、小石のように無差別無造作に同じ放物線を描いて飛ばされて行く。

 

 ≪把握≫で、水路の深さや運航中の船が無いことは確認済みだ。

 

 残り数人となった所で覚悟を決めたリーダーが、子分達の前に割り込んで来た。

 

 そうでなくっちゃ。

 

 「うぐっ!」

 

 リーダーは蹴り飛ばさず、より慎重に蹴ってその場に転がす。つもりだったが、十メートルばかり吹き飛んでしまい、更に何メートルか転がった。

 

 そうか、でかいけど熊じゃ無いもんな。思ったより軽い。修正修正。

 

 チンピラを何人か残したのは態とだ。怪我人を連れて行かせなくてはならない。

 

 「終わりか?」

 

 近づきながら、うつ伏せのまま立ち上がれないリーダーに聞く。

 

 ただ転がすために蹴ったので、ダメージは大した事無いはず。多分。

 

 立ち上がろうとしているので、意識は有るようだ。何か小声で呟いている。

 

 「・・・・このままヤられ・・・ウォルターの兄貴に・・・」

 

 

 ・・・・・ほう。

 

 

 「・・・ウォルターの()()ね」

 

 聞いた話ではウォルターは中年男だ。血縁という訳ではないだろう。歳が離れすぎている。

 となると、ウォルターが面倒を見ていたスラムの悪ガキ共って処か?

 

 となると少し話が違ってくる。

 

 「チッ、面倒な・・・」

 

 まだ立てないリーダーの襟首を掴み、引きずって生き残りのチンピラ達のもとまで運ぶ。

 何もされてないのに足元ガクガクの連中に向けて、縫いぐるみのようにリーダーを放り投げる。

 

 「明日の昼過ぎに、裏木戸から挨拶に来るように言っておけ」

 

 それなりに人望はあるのか、チンピラ達はスッ転びながらもリーダーを受け止めた。

 水路に蹴りこんだ奴等も近くの桟橋から無事上がれたようだ。

 

 「パーティーは終わり。子供は家に帰る時間だ」

 

 両手を何度か打ち鳴らし、チンピラ達に去るよう顎で指図する。

 

 視線は向けずに見物客を少し探ると、やや離れた目立たない位置に、ベルデが使っていたのと良く似た馬車が停車していた。

 中には三人。

 太ったおっさんと若い女、それと厳つい男。騒ぎを観察していた様だ。不穏な会話を≪把握≫が聞き取って少し気になった。

 馬車から降りる事も無く、騒動が決着したら去っていった。記憶を確かめると私が外に出て来た時には既に馬車はあの場に有った。

 

 ちょっとキナ臭い。後でベルデに要確認だ。

 

 馬車に紋章等は付いていないが、見ていなくとも何処に行くかくらいは≪把握≫済みなので解る。≪嗅覚≫でも識別可能だし、視界に入れば≪観測≫のタグが付くだろう。

 

 始末は何時でも出来る。

 

 

 「ベルデ、後は頼む」

 

 チンピラ達を打ち捨てるように無視し、外に出て来てしまった客達も舞台の背景画のように黙殺して悠然と歩く。今見たものに圧倒されている人垣をモーゼのように割り、肩で風を切って店に戻った。

 続いて入って来る者は誰もおらず、皆がホールの外で逃げるように去って行くチンピラ達をただ見ていた。

 

 ガヤガヤと興奮して早口で話しているのは全員ミカゲの事だ。ベルデが質問攻めにあっている。

 

 戻ってきた時こっちに話しかけられると面倒臭いので、杖と煙管を回収して其のまま真っ直ぐホールを抜け、ピートの待つガラクタ部屋に戻る。何かあれば又呼ぶだろう。

 

 誰もいないホールに、壮年の絃楽器奏者だけが残って静かな曲を奏でていた。

 

 

 

 

 

 




 時間的にはまだ宵の口の出来事
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