45、治療
「ここか?」
今私は、チンピラリーダーと取り巻き数人に案内されて、ウォルターが匿われているスラムのあばら家に来ている。
治療を試みると告げて、やっとベイツが明かした事情によると──ベイツはチンピラリーダーの名前だ。ウォルターは大分以前からスラムの孤児達を集めて面倒を見ていたらしい。
やっぱり。
金が無かったと言うのも其のせいだった。
地元の犯罪者グループと話をつけ、スラムにしてはまともな建物でザコの襲撃を防ぎ、たまに死人は出たが、まぁまぁ平和な暮らしを保っていたと言う。
最近迄は。
時間がたてばガキ共もでかくなる。数は力だ。ベイツを筆頭にスラムでも其れなりの勢力になって、襲われる心配も無くなった頃、『黒蛇』なる犯罪者グループから傘下に入って上納金を払うよう圧力を掛けられた。話をつけていた地元の犯罪者グループとは関係無い新興のグループだった。スラムでは良く有ることらしい。
当然はねつけ、制裁に来た実働部隊を一人で叩きのめしたウォルターが、いつものようにそいつらに案内させて話をつけに行った。
孤児達は誰一人心配していなかったが、夜になって戻って来た時、ウォルターは既に二度と立てない身体になっていた。
「心配するな」と言うだけのウォルターを余所に、ベイツ達は自分達だけで行動を起こす。
先ず、『黒蛇』に関わるのは厳重に止められたので、それではどうするかとアイデアを出し合った。
浅薄な議論を重ねた末、恩人であるウォルターの義理を欠かしてはならないと、用心棒の仕事を引き継ぐつもりでウォルターに内緒で『緑美楼』へ押し寄せた。
しかし紹介状も無く、一見してスラムのチンピラと解る格好で訪れた為、話を聞いても貰えず、黒服達と争いになってボコってしまう。
断られたことが良く解っておらず、めげずに翌日も訪問したら、鬼のように強い
彼らの現状はそんなところだ。
・・・ベルデは多分この場所の事を知っていたのだろう。
大きな妓楼の楼主が自分の用心棒が渡した金を何に使ってるか全く知らないとは思えない。多少同情もしているのかもしれない。
しかし、如何に『緑美楼』のベルデと言えども出来ることはそう多くない。ウォルターの話をすると暗くなっていたのは、この後の展開に予想がつくからだ。
ウォルターがもう立てない。
これが全てだ。
ここはスラムなのだ。ハンターハンターの世界の当たり前からすると、ウォルターが創った小さな楽園はもうすぐ崩壊し、ガキ共は散り散りになって其の多くは死ぬ、若しくは死ぬよりも辛い目にあう。ベルデの僅かな助けがあっても生き残るのは数人だろう・・・
「ま、そうはならないんだけどね、私がここに居るから」
別に、『力があるなら弱者を助けなければ!』とは全く思っていないが、全て放ったらかして何も思わないほど枯れてもいない。
それに、今回は勢いでウォルターは身内発言(四天王最弱)をしてしまったから、この件にもし何か裏があるならば落し前を着けなくてはならない。
そもそも、もし裏があるのなら『緑美楼』が目的の可能性が一番高いのだ。自称ケツ持ちとしては確かめるために動かざるをえない。
「本当にでかいな、それに・・・」
年齢まちまちの男女の孤児にわらわらと案内された部屋には、身長二メートルは有る黒人のおっさんが寝かされていた。
ボロ巾のような包帯で全身ぐるぐる巻きにされているのは別にスラムだからではなく、この時代の治療としては一般的なものだそうだ。
「誰だ?」
言葉は明瞭。頭に障害は無いらしい。
「『緑美楼』の非常勤用心棒、ミカゲだ」
態と理解しづらい言葉を使って、孤児達に臨時雇いの用心棒であることを隠す。
「『緑美楼』の?そうか、ベルデさんはもう次を用意したのか・・・」
がっかりした、と言うより安心した様子でウォルターが呟いた。本当に好い人っぽい。そして意を決したように一度目を閉じ、私と二人で話したいと部屋から子供達を追い出した。
「俺は先代のご隠居とベルデさんにはとても世話になった、礼を言っといてくれ。
後の事はこっちで伝手を辿って何とかすると」
ウォルターの視線の先の戸棚の中には長銃と火薬、そして鉛の弾が隠されているのを≪把握≫で確認する。
手が動けば銃が握れる。
そう言えば元兵隊だって聞いた。
銃は殺傷力の高い武器だがこの時代のものは先込め式の単発銃だ。使い勝手も悪く頼りになるとはとても言えない。
でも、子供達を守るため、やる気なのだろう。
くそぉ、カッコいいなぁ。声も低音で渋いし。
「背骨をヤられたと聞いた・・・」
先程から手は何とか動いているが、腰から下はピクリともしない。
「・・・そうだ、ヤブ医者の言うにはもう下半身は自力で動かせんらしい」
既に覚悟完了済みのようだ。こういう奴ほど治したくなる。
「私は実は『針』を使った神経系の治療に心得が有r「治せるのか!?」」
ウォルターが喰い気味に被せてきた。
「・・・慌てるな、障害の程度次第だ、やってみないと判らん。
それに先に言っておくが、この治療はとても痛い可能性が有る」
痛い可能性が有るのは秘密の能力を使った時だが、ここで話すわけにはいかない。
「是非やってくれ!金なら何とかする。それに、痛みなら慣れている」
ウォルターがタフガイぶって男臭い笑みを浮かべた。やせ我慢は男の勲章とか思ってるタイプだな、こいつは。ガキ共の結束が妙に強いのは、こいつを見てきたからだろう。
私は、いつまでも『緑美楼』の用心棒を続ける訳にはいかない。この時代の常識や特有の言葉、考え方を学んで世間に溶け込めるようになったら『クルタの子』の復讐のために動くつもりだ。期間は精々三ヶ月。
その後を任せるためにもウォルターには元気になってもらう。もし『緑美楼』にちょっかいを出そうとしている者がいるのなら今のうちに潰しておくつもりだ。
一宿一飯。恩には恩を。仇には仇を。
一度ドアを開け、外に鈴生りになって聞き耳を立てていたガキ共に、これから治療をするのでウォルターが痛がるかも知れないが、呼ぶまで入って来ないように告げておく。
先ず適当に理由を付けてウォルターの顔に布を掛け、私が何をしているのか解らなくする。
次にウォルターがベットに敷いているシーツで彼をすっぽり包み、シーツに"周"を掛けて杖を固定化したようにカチカチに固める。背骨の骨格が動いてこれ以上神経が余計な損傷をしないための処置だ。
そしてそのままシーツごとウォルターをひっくり返す。おっさんに抱きつくのは嫌だったので、ベットごと持ち上げてフライパンの上のオムレツのようにふわりと天地返しを決めた。全体に『
さて準備が整った。行ってみよう。
≪観測≫の視界にはウォルターの詳細な情報が沢山のタグ付きで表示されている。
まあ、一言で言えば全身ボロボロだ。
顔を含む全身の打撲傷、両手両足と肋骨鎖骨の骨折、脊椎の重度の損傷、擦り傷切り傷は無数に有る。これは誰かと戦ったと言うより、周囲への見せしめにされたのだろう。殺そうと思えば、何時でも殺せた筈だ。
刃物の傷ではない。もっと何かヤバイものと戦ったのだ。もっと言えば人じゃなくて大きな蛇と格闘したような奇妙な怪我のしかただ。『骸の森』で大蛇に襲われた獲物に少し似ている。
そして、最初に見たときから気になっていたのだが、ウォルターの傷から念能力者の用いた『オーラ』の匂いを『
これは、とてもおかしなことだ。スラムに念能力者など居ない。居るわけが無い。スラムは街の掃き溜めだ。そんな力が有ればさっさとスラムから出てもっといい暮らしをする。
ウォルターの傷からオーラを感じ取れたと言うことは、『黒蛇』に覚醒したばかりでまだ自分の力にちゃんと気づいていない未熟な念能力者が居るか、念能力者を雇えるような其れなりの地位と財力の有る誰かが裏にいるということなのだ。
思ったより楽しくなりそうだ。
おっと、先にとっととウォルターを治してしまおう。ドアの外にガキ共が溜まりすぎて今にもドアが壊れそうだ。ドアから嫌な音がしている。
≪観測≫の視界を透視に絞り、神経系と経絡系そして骨と筋肉の繋がりを細かく表示させる。視界の中に多重の三次元映像が同時に展開される。
懐から自家製の木の小箱を出し、中から銀貨を潰して成形した二十センチほどの極細針を取り出す。
余談だが修行時代、春先に誰か行き倒れを針治療の実験台に出来ないかと探し回った事が有る。残念ながら生きている者は見つからず、冬に森の街道で遭難し死体のまま雪に埋まっていた旅人を雪融けの時期に偶然発見した。埋葬し、埋葬代として足のつかない持ち物を回収した。
実はそいつが結構な数の金貨銀貨を持っていて当面金には困らなくなっている。場所柄、多分後ろ暗い資金だろうし。針のために潰した銀貨は何倍にもなって戻ってしまった。善行は積むものだ。ん?善行だよな?まいっか。
自作の針の強度は其れほどでもないが、どうせ"周"を掛けるので余り関係無い。
おぉ、滞ってる滞ってる。
動物達と同じようなノリで、シーツの上から怪我の箇所に針をぶっ刺し、脈動するような刺激を与えて当人のオーラを刺激し自己回復を促す。本来は骨や筋肉神経の変形はマッサージを併用して徐々に正常に戻す。一応痛点は避け、痛くないように打っている。その辺は慣れだ。
基本の作業としてやるのは外科治療に近い。
自力で動かせなくなっていても、別に切り離されてしまった訳ではないので、大抵の場合神経系も経絡系も弱い経路は残っている。ただ普通は繋がりが弱すぎて当人も感じ取れないだけなのだ。
私のやり方は≪観測≫の能力によって其れを的確に捉え、オーラで刺激して徐々に回復させて快癒を促す方法だ。恐らく私にしかできない。
効果は確実で失敗例はほぼ無い。最初の頃に、治療箇所は治したが治療のショックで死んでしまった事が有ったが其れくらいだ。小動物は難しい。その後、美味しくいただいた。
ウォルターの損傷は時間をかければ此の方法を使っても治せそうではある。しかし今回は急ぎなので、裏技を使わせてもらう。
『
以前に師匠を死なせてしまったのが悔しくて、今回渋る『
ただ、『
一応治るには治るが悪党の場合は≪再生≫の肉体に対する強力な干渉効果が別方向にも働いて精神と神経系に作用し、治療と同時にあり得ない程の激痛を与えるよう改良(?)された。
仕様の確認をしたところ、大した悪=歪みでなければ、痛みも大したこと無いらしい。
私も、悪党に同情する気は全く無いので能力の付帯条項はそのままに、『
一回人体で試してみたかった針の作用が確認できたので、ウォルターの背中に手を当て、他者治療の『
名を、
『
と言う。
私が手を当てた場所から光の粒が沸き上がり、ウォルターの身体を繭のように包み込んでゆく。
動き回る光の粒が、ウォルターの背骨に沿って段々と集まって来る。放っとくと全身治してしまうので、怪しまれないよう再生の範囲を背骨に集中しているのだ。
物凄くそれっぽいが、光るのは治療と全く関係ない『
≪観測≫で確認しながら十五分ほど時間をかけ、折れていた背骨と傷ついていた神経系を治療する。≪再生≫のように瞬時にとは行かないが、平常時なら十分な速度で怪我を治すことが出来る。
ウォルターに特に痛みは無いようだ。やっぱり善人にはただの治療だな。予定通りか。
基本的に『
最初の『
その後念獣達が欲しがった分は、大体欲しがるだけでノープランの場合が多かったので、二次権能を其のまま顕現する『
シーツに掛けていた"周"を解いてやり、顔の布も外し、ガキ共を招き入れてウォルターをうつ伏せから仰向けに寝返らさせる。
治したから直に又立てるようになると言うと、大騒ぎになった。余りにうるさいので廊下に出て、しばらく待つ。
飲み物が欲しいなぁと思っていたら、ベイツがやって来てお決まりのハーブティーとは名ばかりの煎じ薬をコップに入れて持ってきてくれた。
その場で涙ながらに土下座しながらウォルターの治療の礼を言うので、鷹揚に返事をして払いは奴にさせるから気にするなと言っておいた。
ウォルターはやっぱ大塚明夫さんかなぁ