嵐の夜に飛び立とう   作:月山ぜんまい

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 48、後始末

   48、後始末

 

 裏闘技場の壊し屋キンブルが敗けを認めたので、ウォルターの件の落とし前を着ける私の用事もこれで終了だ。

 

 しかし、忘れていた最後の釘を刺すために闘技場の外、観客席にいる二人の人物にゆっくりと視線を遣って強めの威圧を掛ける。

 相手は、『カシアス商会』の若旦那と『満天楼』の主人コルルボだ。

 

 常識外れの驚異の試合に興奮していた二人は、私と視線が会うとギクリとて動きが止まり、威圧を受けて二秒で意識を失った。

 若旦那の後ろにいた護衛はすぐさま異変に気づき、私の視線を遮るように前に出た。彼も今の試合を見ていたので顔が引きつっている。

 一応警告にはなったかと考え、指を一本だけ立てて一回だけは見逃す。とサインを送る。

 護衛はぎくしゃくと頷き、若旦那を肩に担いで席から離れた。コルルボの護衛も居るはずだが逃げたらしく、近寄ってこない。

 

 「な、なあ、あんた!」

 

 さて帰るかと思ったら、ひっくり返ったままのキンブルが上体を起こしながら話しかけてきた。

 

 「何だ」

 

 「俺は強くなりてえ!」

 

 「そうか、頑張れよ」

 

 「俺を弟子にしてくんねえか?」

 

 「・・・はぁ?」

 

 「あんたは俺を弱いと言った」

 

 「ああ」

 

 確かに言った。

 

 「ガキの頃から武館で武術を習ったが、『発気(はっき)』を覚えてからは誰も俺に勝てなかった」

 

 『発気』ってやっぱり"発"の事か?

 

 「武術は力だ、俺より弱いやつに師事しても強くなれるとは思えねえ、俺は俺より強いやつに教わりてえ、あんたは、いやミカゲ殿は俺より強い、だからだ!」

 

 いや、知らんわ。

 

 「・・・弟子など取るつもりはない。

 それに、お前凶状持ちだろう」

 

 後ろ暗い処が無ければ、念能力者がこんなところには居やしない。

 

 「・・・」

 

 図星か。理由は解らんが、多分何人か殺してる。独特のヤってる気配があるのだ。

 

 「その話の武館とやらもまともに辞めてないんじゃないか?」

 

 武館って流派は口にしてないけど、どっかの武術道場だよなあ。多分念能力で攻撃して精孔が開いて消耗して相手が死んだとかカナ。それで居づらくて逃げ出した。

 敵無しとか言ってたし、そんな感じだろう。あ、ウォルターに手加減したのもそのせいかも。

 

 「・・・」

 

 まただんまりか。

 

 「どんな理由があろうと、そんなやつを近くに置いておける訳が無い、居るだけで迷惑だ」

 

 弟子を取るとかあり得ん。こっちは色々予定が立て込んでいて忙しいんだ。

 

 「解った、全部片付けてからもう一度頼みに行く」

 

 いや、()んなよ。

 

 「いや、弟子はとらん、来るな!」

 

 やっと立ち上がったキンブルは、頭を下げると残ったロープを骨折した足に巻き付けて支え、闘技場から去っていった。

 

 私は、もしかしたらそのうち訪ねてくるかもしれないキンブルの弟子入りを、どうやって断るか暫し考え、結局先送りすることにした。来ないかもしれないし。

 

 ひょいとジャンプして闘技場の壁の縁に手を掛け、乗り越えて客席に戻る。

 

 観客はお祭り騒ぎだった。給仕人に賭け札を換金するよう迫る者や、今の試合の興奮を声高に話す者。賭けを外して騒ぐものと賭けを当てて騒ぐもの。

 

 結局控え室を利用することなく客席に戻ってきた私は、周囲に少しの威圧を放って観客に囲まれることを回避し、ゆっくりと出口に向かう。

 

 誰もが遠巻きに眺める中、会場から出ると、支配人ヒュームが廊下の先に立っていた。

 

 やはり居たか。

 

 表情はにこやかだが目が笑っていない。

 

 「・・・やってくれましたね、このままじゃ済まない事は解っていますよねえ?」

 

 おお、意外。どうも互いの情報に齟齬が在るようだ。

 

 「はて?なんの事でしょう、私としては今夜のお遊びでウォルターの件が貸し借りなしの状態に戻ったと理解していたのですが」

 

 キンブル君の骨折は気の毒だけど、試合条件を決めたのは彼だから自己責任だよね。

 

 「ウォルター・・・だと?」

 

 ヒュームは本当に初耳のようだ。

 

 「・・・この前カシアス商会がねじ込んで来た厄介な拳闘士か!」

 

 思い出したのか、苦虫を潰したような顔になった。

 

 「彼はウチの、失礼『黒門街』『緑美楼』の大事な用心棒です、そろそろ八年になるでしょうか。

 彼の負った怪我に比べると不釣り合いですが、おっしゃった通り合意の上での試合。この辺りで幕引きが無難でしょう」

 

 理解したなら話は終りだな。

 

 「では、紳士淑女には夜はこれからですが私はもうすぐ就寝時間なので、失礼」

 

 私は帽子の縁をつまんで別れを告げる。

 

 「・・・おい!」

 

 通り過ぎようとする私に、終止慇懃無礼だったヒュームが声を荒げて怒鳴ってきた。

 残念ながら、我慢が出来なかったらしい。

 

 「チンケな娼館の用心棒が、ずいぶんな粋がりようじゃねえか、ウチの商会の資金稼ぎ(シノギ)を荒らしといて只で済むと思ってるのか?」

 

 礼儀正しい支配人ではなく、荒事に慣れた犯罪組織の幹部ヒュームの顔が垣間見れたようだ。

 

 「・・・で、どうすると?」

 

 そっちを選んだか。

 

 「手始めにお前んとこの娼館はウチが貰い受ける、あそこの妓楼は金になるからな、楼主は年増だがいい女だ、俺の色にしてやるよ、お前は闘技場で死ぬまで働くんだ、そうだ妓楼で客を取らせても良い!」

 

 おお、皮算用も極まれりだ。欲にまみれた顔は醜いな。

 

 

 「・・・それでいいのか?」

 

 

 圧を高めて迫る。選択の時だ。

 

 「な、何だ、逆らえば妓楼の連中は只では済まないぞ!ウチの組織の手は長いんだ、お前がいくら強くても一人では全員は護りきれない、店の人間がどうなっても良いのか!」

 

 流石は犯罪組織の幹部。一端(いっぱし)の胆力は在るらしい。

 て言うか商会じゃなくて組織って言ってるぞ。犯罪行為に味をしめて、商会が表の商売から裏稼業に闇落ちしかかってるって話は本当みたいだな。

 

 さっきから普通に乗っ取りとか脅迫の話が出てるし・・・これなら此方も気兼ねなく暴れて構わないのでは・・・でも、ベルデに殺しは止められたしなぁ。

 

 「・・・ヒューム君は何か勘違いをしているようだ」

 

 私は目を伏せ、諭すように静かに話しかける。目が合うと威圧が掛かりすぎるのだ。

 オーラもちょっぴり漏らす。波のように威圧下の相手を(さいな)み、あっという間に消耗させる。

 

 

 「勘違い・・・だと?」

 

 ヒュームが、尋常でない気当りに動揺を隠せなくなって行く。

 

 「ああ・・・」

 

 周囲に何人か警備、というより組織の構成員が隠れているのは確認している。ヒュームの護衛かな。

 

 「君が抗争を選択すれば、戦争は今この場で始まる、残念だが今夜の内に君の()()とやらは消え失せる」

 

 ヒュームがビクリとした。最初の犠牲者は自分だと気づいたのだ。

 

 「な、何を言っている・・・」

 

 どうやら彼の常識を越える事態、というより存在が居る事に、理解が追い付かないようだ。さっきの試合の事は、どう受け入れたんだ。いや、受け入れていないのか。

 

 「ふぅ、やれやれ、殺しは本意では無いのだがねぇ。

 ・・・では、楽しい夜だったから特別にサービスしてあげよう、そこの角の向こうに居る五人、出て来い」

 

 呼ばれたから、というより私の威圧に耐えられなくなったように五人の男が廊下の先にわらわらと現れた。

 

 「さあ、そいつで私を撃ってみろ」

 

 五人は全員弾が込められた長銃を持って此方に向けていた。マスケット銃とか言う奴だ。いくら命中率が悪くとも、五メートルの距離なら当たる。しかも五丁も在るのだ。

 

 「な、死ぬぞ!」

 

 ヒュームが驚いたのは、伏兵に気づいた事か、銃で撃たせる事か。銃の暴発を恐れて慌てて廊下の壁に張り付き、這うように護衛の背後まで退避する。私は追わない。

 

 「さっき観てて解ったと思うが私はとても強い、私が生きていると邪魔だろう?ヒューム君」

 

 銃口を前にしても私の態度は何ら変わらない。向けられた五丁の銃を特に気にすることなく、更に挑発する。

 

 「か、構わん、撃て!」

 

 ヒュームが私を恐れて悲鳴のように射撃を命じる。威圧が利きすぎたか?まるで猛獣のような扱いだ。

 

 重なる銃声が五つ。

 

 私は≪天眼≫の予測に従い目にも止まらぬ早さで杖を動かし、弾丸の全てを弾き跳ばす。

 

 意外と遅い。銃口の向きと引き金を引く指に気をつければ・・・いや素でも出来そうだな。

 

 「ば、馬鹿な・・・」

 

 ヒュームは口を半開きにして仰天し、護衛たちは化け物だ何だと呟いて腰が引けている。

 生身で銃に対応出来る者が居る事が信じられないらしい。

 

 「知らなかったのか?達人に、銃など効かんよ」

 

 潤む右目を誤魔化しながら鼻で笑ってみせる。後で冷静になった時の為に、もうちょっと追い込んどくか。

 

 「・・・ホールに入るまで私に気がついたものが誰も居なかった事を理解しているか?」

 

 ≪瞬転≫で跳んだのだから、気づいた者が居るわけがない。

 

 「私は何処にでも入り込めるし誰でも殺せる、何人でもな」

 

 伏せていた顔を上げ、ヒュームを視界に収める。

 

 「で、どうするんだ?」

 

 再度の選択を迫る。

 

 

 

 

 

 「今戻った」

 

 ヒュームからやっと手打ちの了承を受けたので、遅くに『緑美楼』に帰ってベルデに帰還を伝える。

 既にコートと帽子は脱ぎ、黒のスーツ姿だ。『緑美楼』で用心棒稼業をするときは、キャラ付けのため杖は持ち歩いている。何かちょっと気に入ったのだ。

 

 決着後も隠れて見張りながらヒュームが手打ちを反故(ほご)にするかどうか確認していたが、どうやら私の存在そのものを全て忘れて無かったことにするらしい。良かったよ。だから現実主義者(リアリスト)とは付き合いやすいんだ。

 なお、彼の商会では黒門街の『緑美楼』は不可侵ということになった。どうでもいい話だ。

 

 「お帰りなさいミカゲ、今夜は今のところ大したトラブルは無いわ」

 

 ベルデが笑顔を浮かべた。ベイツはよくやっていたらしい。

 

 ならばと私はマギーに預けたピートを引き取り、見違えるようにスッキリした部屋へと戻った。

 がらくたの代わりにソファーセットの置かれた部屋には、片隅に何故かトルソーが一体設置してあって、あのコートと帽子が掛けてある。もう着るつもりは無いんだが・・・

 

 位置はそのままに木製フレームを磨かれたベット。枕元には小さなサイドボード。更に其の上に猫ちぐらのような蔓編みの籠が固定され、柔らかい布が中に敷かれてピートの寝床となっている。

 外側の目立つ位置に『ピートの』と文字がプリントされているが、誰が何時どうやって書いたのかは誰も知らない。

 

 ウォルターの件。後はカシアス商会の若旦那と『満天楼』のコルルボが大人しく引くかどうかって事だが、あの試合を見てたのなら私のヤバさは解ったはずだ。少なくとも護衛達は。

 これでまだ手を出して来るなら消すしかないだろう。警告は一度だけだ。

 若旦那は精神年齢を考慮して親と交渉かな。坊やっぽいし。

 

 今回、割りと自由にやってしまったけど良かったのか悪かったのか難しい処だ。

 本来の歴史の流れや原作の事を考えると、私は手を出さず放っておくべきだったかもしれないと、ちょっと思う。

 

 あのままなら恐らく、『満天楼』の太っちょの介入が有って乗っ取りを仕掛けられたと思う。聞こえたのは一言二言だが襲撃擬きの有った夜、彼らは馬車の中でそんな会話をしていた。

 

 確か、

 

 『せっかくウォルターのやつを始末したのに・・・』

 

 『・・・絶対に俺のモノにして・・・』

 

 とかだった。前後の会話がないのは、喋っていたのがコルルボ一人だけで、ブツブツ独り言を言っていたのを言語化された部分だけを聞き取ったからだ。

 

 ベルデがあっさり乗っ取りを許すとは思えない。用心棒の件にしても何かあては有ったようだし、すんなりウォルターの所の孤児ベイツが後釜に座った可能性もある。そうなれば其のまま孤児院も継続出来たかもしれない。

 

 それでもウォルターを筆頭に犠牲になるものは多く出ただろう。

 

 まぁ、今更だ。未来の事を気にして今を(おろそ)かにすれば、生きる意味さえ見失う。既に賽は投げられたのだ。

 私が墓から出た時点で、多かれ少なかれ世界に影響が出るのは確定している。

 

 原作が始まるかどうかも最早不透明だが、結果は二百年後にならないと解らない。どのみち私はもう死んでいるだろうから関係無いな。

 

 ・・・でも、神様的な誰かに後で怒られるかもしれないから、一応今のうちに謝っておこう。

 

 私は威儀を正して一礼し、天に向かって厳かに合掌した。

 

 

 「・・・・・すんませんでした!」

 

 

 黙祷の後、一つ柏手を打って締める。

 

 よし、これで原作に対する懺悔終了。

 

 今後は予定通り

 

 『異世界観光メインに、楽しんで生きる』

 

   事にする。

 

 

 

 やることは()るが。

 

 

 

 翌日、朝の修練を終えて朝食を食べに又外に出かけ、ゆるゆると帰って来たらベルデに呼び出された。

 

 「ミカゲ、あなたいったい何をやったの?」

 

 余人を排したいつもの仕事部屋で、ベルデが机の向こうで頭を抱えている。

 

 「今朝、朝イチでカシアス商会の使いが来て、あなたの名前を出して謝罪と共に此れを置いてったわ」

 

 机の上にはトレーが置かれ、その上に光輝く綺麗な金色のコインが小山を成していた。

 

 「千枚有るそうよ、今回の謝罪にしては幾らなんでも多すぎるわ」

 

 ベルデがムッとして睨んでいる。

 

 「あぁ?あ~、あれか」

 

 初めは何のことか解らなかったが、私は昨日の件が誤解されたのだと気がついた。

 昨夜闘技場で、一回目は見逃すと指を一本立てたジェスチャーを、賠償金額の提示と捉えて慌てて金を持ってきたのだ。物価等が違うから正確なことは解らないが、前世の金に直すと概ね一億円位だそうだ。

 

 いや、相手が大店の当主(べらぼうな金持ち)なら、態と間違えたふりをして迷惑料として大金を出したのかも知れない。

 商人的にはその方が解りやすく安心だろうし、若旦那に被害の額を知らせれば多少は(きゅう)にもなるだろう。未熟なボンボンが良い経験を積めた礼金と強者である私へのパイプ造りの意味も有りそうだ。

 

 「・・・構わないから其れは貰っておきな、そりゃウォルターの件に対する詫びだ。かわいい息子がウォルター並にボコボコにされる事に比べたら、大店にとっては端金だろう」

 

 何しろ今回の騒ぎの主犯だったんだ、本来ならキンブル同様若旦那も痛い目を見るのが筋なのだ。

 ちょっとくらい額が多くても、其れは見逃し料として受け取って構わないだろう。

 

 さて、カシアス商会の方は一応の(かた)がついた。

残るは『満天楼』の楼主コルルボか。

 執着心の強そうな相手だったけど若旦那(スポンサー)が手を引けば多少は大人しくなるだろう。私の事も有るし。もしも懲りずに次に何かやったら最悪事故死で良いんじゃないだろうか。

 

 

 

 




 髭の若旦那、ショックで暫く引きこもる。

 
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