49、弟子
千枚の金貨の行き先は、交渉と言うよりは押し付け合いの結果、私と『緑美楼』で折半ということになった。とりあえずベルデの方で預かってもらう。
時代的な常識として、支払いの名目が『雇われ用心棒のウォルターの怪我の見舞い』ではなく、『黒門街の店とベルデに迷惑を掛けた慰謝料』なので、ウォルターへの見舞金は『緑美楼』の取り分から一部を出すことになる。
物価とか生活費格差とか経済基準が違うので一言では言えないが、金貨なんか生涯見ないような人達が沢山いるのだ。
ウォルターに出す金額も生活水準から見れば、それなりの額になるのだろう。
それから暫くは平和な日が続いた。
ベルデが初めに言ったように、初っ端の騒ぎの後は変なちょっかいを掛けてくる者は誰もいなかった。
私の存在と強さが周知されたのだとベルデも言っていた。
そうなると、私の行動も段々と自由度が増していって一部の行動はパターン化して行く。
「動かないで!」
私は、突然のゆるふわ系美女の命令に動きを止める。
「まだ描くのか、ミシディー」
真剣そのものの表情で私の姿を模写している二人目の『黄金』級娼妓に尋ねる。
「もちろん!」
私は、絵くらい好きに描けばいいと簡単に許可を出した事を少し後悔していた。
隣でマリエルが可笑しそうに笑っている。
ここは『緑美楼』三階、と言うか屋上にある空中庭園だ。
今日はマリエルに残りの『黄金』を紹介するからと、『黄金』級限定の午後のお茶会に招待された。今、それぞれタイプ違いの特級の美女三人に囲まれているところだ。
小悪魔系のマリエル。
ゆるふわ系の趣味人、ミシディー。
三人目が二人より少し歳上でスタイル抜群の妖艶な美女、褐色のお姉さま系エスメラルダだ。
「こうなったら止めるのは無理ね、諦めた方が良いわ」
口許に色っぽい黒子まで完備したエスメラルダが、楽しそうに補完する。
それぞれの背後には専属の侍女が控えていて、何くれとなく世話を焼いている。
「ぼんやりした隙だらけの子供に見えるのに、何処か危うい気配があって引き付けられる。
娼妓なら大成するのに用心棒なんて勿体ないわ!」
エスメラルダが、初対面で私を評した言葉だ。結局どういう事だと尋ねたら、所謂カリスマがあるのだと言われた。
カリスマねぇ。
人を見ることに関してはプロだから、信用していいと本人が言った。
返事は「ふ~ん」だ。
まぁ中身が一般人なのに念獣の介入で見た目が超良いのと修行で得た達人級の武威を消してるから、そのギャップを感じ取ったのだろう。
カリスマなんてものは自信たっぷりな陽キャの持つスキルだ。世間で多少揉まれたとは言え、前世のネットゲームの中じゃあるまいし元引きこもりの陰キャがカリスマ?無い無い。
「今度は反対向きね」
ミシディーの要求は際限が無い。
ちょっと迷惑だが、素晴らしい情熱だ。
誰かに似てると思ったら、元の世界の先輩と後輩だ。夏前と冬前がこんな感じだった。
ミシディーは、隠れて薄い本とか作ってないといいけど。
四人の会話は特に緊張も無く、ただ馬鹿話をするだけに終始した。だが、流石は『黄金』、会話のそこかしこに貴重な情報のヒントが隠れている。
存外気に入られたのか、自己紹介をするだけの筈だったお茶会はその後、何も知らない田舎者の私に世間の事を色々教える良い機会だと定期開催されることが決まった。私が聞かされたのは、すべてが決定した後だったが。
多少オモチャにされてる感はあるが、良い情報収集になるので私にもメリットは多い。
お陰で最近ちょっと気になっていた謎も解けた。些細なことだが、最近女の子達があまり近づいて来なくなったのだ。それ自体は助かるのだが。
聞いた理由は彼女等の間で協定が出来たらしい。ちょっと謎だったので、スッキリした。
何でも私を煩わせないように、私に話しかけて良いのは『白銀』級以上に限る。と彼女達で話し合って決めたようだ。
肝心の『白銀』達は、目が合うと真っ赤になって会話が止まって逃げて行くので対処は簡単である。威圧はしていない筈なんだが?
「話し合いと言っても、『白銀』の娘達が強権を発揮して無理矢理呑ませたらしいから、何らかの反発が有りそうね・・・」
エスメラルダが、常に変わらぬ楽しそうな様子で言った。
「あ~それでか、さっき『見習い』と『小粒』の
マリエルが最新情報を披露する。
「武術を習いたい?」
夕方、仕事はじめの挨拶に行ったら、ベルデから娼妓向けの簡単な武術教室をやらないかと提案された。
「何かと物騒な業界だから、気休めでも身を守る手段を身に付けさせたいのよ」
どうやらマリエルが言っていた談判の内容はこれらしい。
そういう話が娼妓達から出たのだとちょっと苦笑い。ベルデも本当の理由を察しているようだ。
「もちろん手当ては別に出すから、暇な時間にでも少し
適当に相手をすればじきに飽きるだろうとベルデが頼んでくる。授業は希望者のみの自由参加で、開催時期も内容も私が決めて良いそうだ。
つまり、必要なのは護身術か。
ベルデによると、今までも娼妓達全員に読み書きや算術を強制的に習わせ、希望者には
自信を付けさせたり客に手紙を書かせて営業したり、この仕事を辞めても潰しが利くようにしているようだ。
実際に身請けされて女房や後妻や妾になることも多く、住民の移動があまり無い時代なので町を一つ二つ跨げば知り合いに会う事はまず無い。経歴を誤魔化して生きるなんて良く有る事らしい。
そういう方面に関してはおおらかで、元の世界とは貞操感がかなり違うみたいだ。ヨーロッパ文化圏ぽいのに宗教関係の強制力が弱いのか?何でだ?
ちなみに教養講座は全て、無料ではなく本人の持ち出しか借金になる。甘くない世界。
そして、今回私が頼まれたのも此の一貫ということらしい。
断ることもできたけど、ちょっと考えが有って受けることにした。
準備に一週間貰い、許可を取って裏庭の荒れ果てた花壇や庭木を整理し、しっかり石畳を敷いた公園風の小綺麗な広場にしてもらった。代金には、この間のお詫びの金貨の一部を使った
片隅の離れは手付かずでちゃんと残してある。
開講は週に二日か三日で午後から二時間ほど、場所が裏庭なのはあまり人目に触れたく無いから。見学も許可しなかった。参加者にも内容は他言無用としている。
理由は人聞きが悪いから。
最初に集まった人数は四十人ほど居たが、練習着がジャージがわりのダサいチュニックと生なりのバギーパンツだったので、半分になり、基礎訓練のランニングと柔軟で翌日には更に半分になった。
「大体予定通りの人数になったので、今日からは基礎訓練に続いて技の実践に入る」
なんか呆気にとられているメンバーをそのままに、技の説明に入る。
「君達に教える技は一つだけ」
指を一本だけ立てる。
「それは、蹴りだ」
参加者達がざわつく。理解が出来ず混乱している者と、手抜きではないかと怒りを表す者がいる。怒っているのは私の容姿目当てで参加した者ではなく、純粋に強くなりたい者だろう。見込みがある。
「疑問に思うのは当然だから、今から理由を説明する。それを聞いても納得出来ない者は、別のメニューを考えるから後で申し出てくれ、まず・・・」
ここで納得出来ないと修行の効率に影響するから、参加者の顔色を見ながら懇切丁寧に解説した。
一、技を沢山教えても、習熟するための時間が取れないだろうこと。
二、女性では腕力が弱く、攻撃に使ってもダメージが期待できず逆に指などの関節を怪我をする可能性が極めて高い事。
三、女性でも、手の三倍の力がある足を使う蹴りならば、男性にダメージを与えうる打撃力を得やすいこと。
四、男性よりも股関節柔軟性が高い女性の方が、蹴り技に於いては向いていること。
五、蹴りを鍛えることで足腰が強くなり、逃走が容易になること。
六、腹筋背筋と下半身の筋力を強化することで痩せやすくなり、腰痛の心配が無くなり、足腰が引き締まって美脚になること。
五番目までの説明は半信半疑の様子だったが、六番目を説明すると全員の目が獲物を狩る獅子の如く光った。
教えたのは基本の『前蹴り』と『横蹴り』、それだけ。
ただし、『前蹴り』で狙うのは基本的に金的。男性の急所である睾丸。『横蹴り』で狙うのは膝上の靱帯部位他、関節等筋肉が薄く小さな力でダメージを与え易い蹴りやすい場所だけとする。
「いいか、女が男とまともに戦おうとなんてするな。出来るだけ早く、出来るだけすぐに、出来るだけ汚ない手段で殺るんだ」
前世で読んだ軍隊経験の有る作家の小説に出てきた言葉だ。皆がドン引きしているが、意識の改革が必要なのだ。
「もし、急所攻撃で相手が倒れても油断するな。相手が立ってられなくなって、やっと自分と同程度の戦闘力になったと理解しろ」
前世で中世の決闘の記録を読んだ事が有る。その中に男性と女性の決闘が記されていた。男性は腰まで掘った穴に入って戦っていた。女は、相手の自由を奪ってやっと同等なのだ。
「出来れば逃げろ、戦うな。女性が男性と、それも荒事に慣れ、戦う訓練をした男性と戦うのはそれほどの難事で容易な事ではない。素手なら特にな」
先ず、最悪を想定した訓練をした。一撃して逃げる為の訓練だ。この世界の最低限は此処だと思ったからだ。悲鳴を上げても誰かが来てくれる可能性は極めて低い。
まずもって金的蹴りを姿勢を崩さず左右の足で反射で出来るまで訓練し、『
参加者が、人前で話すときに下品でない技の名前が欲しいと言うので、好きに付けて良いと言ったら、翌日、『クルミ割り』とか言う物騒な名前が付けられた。
聞いた瞬間股間がヒュンとなった。
受講者全員が大体マスターしたので後は各々練習を欠かさないようにと告げ、二ヶ月ほどの護身術講座を終わらせようとしたら、この先を教えて欲しいと言ってきたメンバーがいた。
教えるべき事は教えたので、ここから先は武の世界で終わりがないと言うと、「望むところです!」と弾む答えが帰ってきた。
言ったのは、ミラと言うまだ中学生位に見える一番熱心な『見習い』の参加者で、どうやら強くなることに魅せられてしまったらしい。そういえば一番筋も良かった。
先に進みたいメンバーは残っていた六人全員。他の元居たメンバーは既に何らかの理由でリタイヤしているので、全員で間違いない。
しょうがないのでベルデに許可を取り、護身術上級編として続けることになった。
せっかく苦労して蹴り技を覚えさせたので、教えるのは『円掌拳』ではなく蹴り技主体の別の格闘技だ。『円掌拳』を教えるには基礎体力と時間が圧倒的に足りない。
あの『骸の森』での修行中に、体長九メートルの火食鳥の『霊獣』から振り写しのようにして結果的に教わった、蹴りの技が中心の流派になる。
もちろん私の中の『円掌拳』の合理によって磨かれた物だ。
とても弟子と呼べるようなレベルでは無いが生徒と言うには内容が濃いので、『弟子見習い』格ということにして修行を開始した。一応、悪用したら粛正すると告げて、絶対に悪用しないと言う入門の誓いを立てさせている。
基礎訓練と柔軟を鬼のように増やし、蹴り技に多様な『回し蹴り』や『かかと落とし』が加わり、出来るかどうか解らないが『ひねり蹴り』や『掛け蹴り』も教えてバリエーションを増やした。
練習用の木人人形以外にも綿を詰めた防具を作って模擬戦もはじめた。『沈力』と、女性らしく見えるよう工夫した歩法についても徐々に知らしめて行く積もりだ。
まぁ当面は、おままごとの如しだろう。
何となく、いつもただランニングさせるのが勿体無く思い、秘蔵の骨笛を持ち出して音楽を鳴らし、ジャズダンス風に踊らせてエクササイズさせることにした。
試しにホールで絃楽器奏者が演奏していた曲を一頻り吹いて見せて、私の音程が合っているかどうかをそれとなく俄弟子達に確認する。
緊張の一瞬は直ぐに去り、全員がプロ並だと誉めてくれた。≪観測≫≪嗅覚≫≪把握≫≪結界≫の危機感知で嘘やお世辞でないことを確認し、ホッと胸を撫で下ろす。
≪再生≫時に『
ダンスミュージックを
全身を使って跳んだり跳ねたりさせ、躍り回りながらも動作の中にちょくちょく多彩な蹴り技が入るため、若干ブートキャンプ風になった。
一曲で呼吸も儘ならないほど疲労困憊になるのだが、弟子見習い達からの評判が非常に良い。ダンスハイと言うやつだろうか。要望が多く、渋々過去の記憶からダンスナンバーをいくつか思い出してバリエーションを増やすはめになった。振り付けは、『踊ってみた動画』のアレンジだ。
よっぽど気に入ったのか、私の指導が無い日も自分達で金を払ってまで演奏者を用意し、皆で集まって踊っているようだ。ダンスだけなら見学も許可したら、たまに踊る人数が増えている。
そういやダンスでストレスの発散をするのは前の世界では良く聞く話だった。
まあ、踊っていれば、体力は付くだろう。
ミシディーは彫刻も詩文もやるらしいが、作品を見たものはあまりいない。