嵐の夜に飛び立とう   作:月山ぜんまい

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 50、日常

   50、日常

 

 ある日、いやある夜に妓楼内を歩いていて、ちょっとしたトラブルに遭遇した。

 

 「俺はちゃんと持って来た、こいつが俺の財布から金を抜きやがったんだ!」

 

 人相の悪い貧相な男が、どなり声を上げて小柄な娼妓を責めている。

 

 「わ、私はお金なんか取ってません!この人の言い掛かりです!」

 

 青くなって震えながらも言い返す娼妓。男の言い分が通れば犯罪者になってしまう。怯えるのは当然だ。

 

 「それで、取った金はどこに行ったんです?」

 

 そこにいたのは当事者二人だけではなかった。

 男が文無しで入店したのなら相応の処理をするため、ごつい黒服が二人と見極め役として厳しい顔のマギーが呼び出されていた。

 

 「そ、それはこの女がどこかに隠したんだ!よく探せば出てくる!」

 

 男は挙動不審でそわそわしている。

 

 「探せる場所はもう無さそうですけどねえ?」

 

 どうも事後に料金を払う段になって、財布に金が無かった事が発覚したらしい。

 

 部屋の中には片隅に簡素な浴槽、奥に小さなテーブルと大きめなベッドが幅を利かせている。窓は締め切りで開けていないと言う。事件発生後、家捜しして二人の身体も改めたが金は出てこなかった。

 

 関係者から話を聞いただけだと、男が料金を持たずに来た可能性が濃厚だ。

 

 普通なら、これは付け馬と言って店の者が男の家まで料金を貰いに着いて行って払ってもらうのが通常の対応になる。金を忘れたとか、持ち金以上のサービスをしてもらって足らないとか、意外とよく有ることで店でもこういった案件には慣れている。

 

 しかし、この男は付け馬を断固として断り、無くなった金を探せの一点張りだ。

 元々金なんか払う気が無くてゴネて誤魔化す積もりなのか、付け馬を家まで連れて行けない事情が在るかだ。

 

 見た感じ金に縁が無さそうだが・・・

 

 「嘘をついているのは女の子の方だね」

 

 後ろで話を聞いていただけの私が突然介入したので、皆が驚いて振り返った。

 

 「本当ですかミカゲ様?」

 

 素早く状況を把握したマギーが、私に確認をしてくる。

 

 「う、嘘よ!なら盗んだお金はどこに有るって言うのよ」

 

 嘘吐き呼ばわりされた娘が反論する。

 

 「ベッドのフレームに細工がしてあって取り外せる、金はその中だね」

 

 ≪把握≫で分かったことを報せてやる。

 

 「・・・・ありやした」

 

 マギーの指示で黒服の一人がベッドを調べ、取り外せる部分を発見し中から小袋に詰められた金を発見した。小袋には店の屋号が描かれていて、男のものだと判明する。

 

 しおらしかった娘がギャーギャーと金切声でわめいて抵抗したが、マギーは虫を見るような目になっていて意に介さず、黒服に引っ立てさせた。事は『緑美楼』の面子に関わる。警邏隊に突き出すような甘い処分ではなく、この後はきついお仕置きが待っているだろう。甘い世界では無いのだ。

 

 冤罪を掛けられた男の方は、マギーが上手く言いくるめて次回の多少のサービスで納得させた。

 

 後から聞いたら、口止め料込みの多額の詫び金が必要な程の妓楼側の失態だったが、たまたま先程の金袋の屋号から相手が悋気の強い(嫉妬深い)内儀()の居る商家の婿養子の旦那と解ったので、全て秘密にする約束で事を丸く収めたそうだ。

 

 「ありがとうございました、助かりました」

 

 マギーがホッと息を抜き、礼を言うのに適当に返事を返す。

 

 「でもミカゲ様、どうしてあの娘が嘘を吐いていると分かったんです?」

 

 ちょっと怪しいとはマギーも思っていたらしい。

 

 「嘘を吐けば声に嘘が乗る、聞けば分かるさ(嘘)」

 

 ≪波動≫の権能は未だ本格起動していないが、常人の嘘くらいなら≪嗅覚≫≪把握≫≪結界≫の危機感知機データを≪観測≫に分析表示させることで問題なく見破る事が出来る。しかし、現状念獣の事は言えないのでホラ話でごまかすしかない。

 

 「ほぅ、聞いただけで・・・なるほど、達人の勘働きと言う奴でしょうか、凄いものですねえ」

 

 納得してくれたらしい。

 

 又よろしくお願いします、と言うのを片手を振って大したことではないと流し、騒動の間中ずっと反対の手に持っていた夜食用のサンドイッチの皿と共に部屋に戻った。

 もうすぐピートと罪深い夜のオヤツの時間なのだ。どんなに食べても、どっちも体型が変わることは無いんだけどね。

 

 

 翌日の夕方、ベルデの部屋に仕事始めの挨拶に行くと、話があると引き留められた。

 

 少し前に『黒門街』の顔役の一人が突然倒れて代替りが有ったそうだ。

 別に毒を盛られたとかではなく、話を聞くにどうやら高血圧からの脳卒中で、命は取り留めたが半身の麻痺が残ったらしい。

 医者も匙を投げて近頃は気力も衰え、もう長く無いのではと周囲も心配している。

 現役時代世話になっていたベルデも何か出来ないかと考えていて、今日になってウォルターを治療したミカゲのことをふと思い出したと言う。

 

 「つまり、その先代の顔役さんに『気脈術』を施して欲しいということか?」

 

 私としては、治療の腕を磨く機会は大歓迎だ。誰が相手だろうと関係ない。

 問答無用で他者を癒してしまう『車輪は回り因果は巡る(アライメント・ヒーリング)』は効果と副作用(悪人限定)がヤバいので余り大っぴらには使えない。

 だが、そのカモフラージュの為にも今後『気脈術師』としては一定の活動を続けて名を売るつもりなのだ。

 

 「頼めるかしら?」

 

 ベルデからは、麻痺が治る兆候さえ示せれば本人の気力も戻るのだと気休め程度の期待をかけられる。

 

 「・・・早い方が良いだろうから明日の午後に行く。話を通しておいてくれ」

 

 イタチとアナグマの半身麻痺なら治療したことがある。と言いそうになったが却って心配されそうなので自重した。

 

 

 往診当日。昼を済ませて出ようとすると妓楼の前に黒塗りの金の掛かった馬車が停まり、明らかにスジ者と分かる男がビシッとしたスーツ姿で無言で出迎えに来た。

 

 「ごくろうさん」

 

 なにも言わずにドアを開けて頭を下げる男を一向に気にすること無く、さっさと乗り込む。どちらかと言うと、見送りに出ていた『緑美楼』の黒服の方がびびっていた。

 

 今回の患者の前職は、若い時分から気合い一つで歓楽街を仕切り、表裏の暴力組織を束ねて成り上がった立志伝中の大親分。

 いろんな分野の草分け的創業社長でもあり、最近まで主に賭博場や高級なクラブを経営していたが、細かい店を含めるとその職種は多岐に亘り数量も半端無い。顔役としても最古参の筆頭で、実質的な『黒門街』ナンバーワン。

 病後、経営からは手を引いていて、今は隠居状態。明確に血の繋がった子供は無く、現在の後継は以前から決まっていた養子。先代に心酔していて関係は非常に良好。引き継いだ『黒門街』の顔役の責務も、過不足無くしっかり勤めている。

 

 

 『黄金』のお茶会情報によると、黒門街は元々港から程近いこの地域に多かった飲み屋や女郎屋等、後ろ暗いお楽しみ等の店を領主が管理しやすくするために町中から一ヶ所に集めて出来たものだ。

 残っている領主側の権力は、公式には警邏隊の詰め所が一つ在るだけと言うことになっている。

 

 ぶっちゃけると『黒門街』は管理が面倒なので、領主側から顔役に諸々委託されているのだ。納得する額の上納金だけ納めて色々見逃してもらっているのが現状らしい。

 

 前世の感覚だとヤクザがお役所の下請けをしているような変な感じがするが、ここの領主はまだマシで、程度の差は在れ何処の街でも大体そんなものらしい。

 そして、この体制を領主側と粘り強く交渉して一から造り上げたのが今から訪ねる前顔役筆頭、名をジョン・ブルート御大と言う。

 

 馬車は昼間の繁華街を抜け、裏通りに面した大きな舘の前に着いた。

 

 黒門街では店ではなく個人宅が在るのは珍しい事だ。

 

 

 相変わらず無言で扉を開ける馭者を気にせず、頭を下げたその前を気負い無く舘へ向かう。

 

 「出迎えご苦労様、案内を頼む」

 

 舘のドアの前には警護のガードマンらしき大柄な男二人と、案内役らしき頬に傷の在る若い衆が控えていた。

 

 「ミカゲさん、でよろしいですね・・・」

 

 傷の男はゲンショーと名乗り、ブルート御大の警護の一人で話は通っていると告げ、直ぐに患者のもとへと先導しはじめた。

 

 金は掛かっているが飾り気の無い質実剛健な館内を、階段をいくつか上りながら移動していると、前に立ち塞がる大男が現れた。不機嫌な顔をした太り過ぎのおっさんだ。

 

 「何のつもりです?ジーゴさん」

 

 大男は答えず、無遠慮に私を上から下まで眺めて更に、蛇みたいな目で顔を凝視して来た。

 今日の私の格好は昔の医師っぽいイメージで拵えた木綿の甚兵衛と職人風の刺繍入りの印袢纏、素足にサンダルを履いた和装だ。皆には異国風で不思議だと言われた。

 

 「・・・別に、噂のミカゲとやらがどんな奴なのか顔を確かめたかっただけだ」

 

 何か、ニヤニヤしはじめてキモい。口調も妙にダメ男臭が漂う小物っぽい喋り方だ。何者?

 

 「そうですか、では急ぎますので」

 

 ジーゴの脇を抜けて通り過ぎようとすると、すれ違い様に「ギャッ!」と突然声を上げた。ジーゴが。

 

 「!」

 

 慌てて振り返るゲンショーを置いて、私は先に進む。

 

 背後に居るのは脂汗を流しながら右腕を押さえてしゃがみこむジーゴだけだ。

 

 ジーゴの叫び声が大きかったので、警備の若い衆が何人か出てきて彼に駆け寄って行く。

 

 先に進んでいた私に気がつき、ゲンショーが追い付いてきた。

 

 「・・・いったい何があったんで?」

 

 私が何かしたと気づいたらしい。

 

 「な~に、あいつが私に触れようとしたから、ちょっぴり腕を折っただけだ」

 

 本当は、突然殴りかかって来たから腕を切り落としてやろうかと思ったが、大分手加減した。

 

 「・・・ちょっぴり腕を、ですか」

 

 ゲンショーは、状況を理解したようだ。困ったような顔をしている。

 ジーゴは、ブルート御大当人か誰か大物の甘やかされた息子だろう。世の中を舐めきった態度が全身から漂っていた。

 

 何かやらかすにしても、せいぜい尻を触ってくる位かと思ったら、顔役同士のやり取りで派遣されて来た客人を、見知った案内役が居るにもかかわらず、後ろから不意打ちで殴りつけようとしてきた。

 私が噂と違って(くみ)(やす)そうに見えたので、ちょっと小突いて楽しもうとしたのだろう。

 もう頭がおかしいとしか言いようがない。ま、どっちにしても指一本触れさせる気は無かったが。なんかキモいし。

 

 「・・・余計なお世話だろうがな、あいつの行いには注意することだ。早晩手を出しちゃダメな()()に手を出して命を無くすだろう」

 

 さっきの目が気になる。

 

 「・・・ありがとうございます」

 

 ゲンショーが改まって頭を下げた。ジーゴとやらの評価がわかる対応だ。

 

 「あいつはどうでも良いから、周囲が巻き込まれないように手を打っておくんだな」

 

  あれはダメだ。

 

 

 一番警備の厳重な奥の部屋に、ブルート御大は寝かされていた。傷だらけの厳めしい顔と、豪華な寝具が不似合いに見える。

 

 「あ、あんはぁが(あんたが)フェルヘのじょうひゃん(ベルデの嬢ちゃん)ふいふぇんの(推薦の)ひりょうひ(治療師)はい(かい)?」

 

 言葉は不明瞭だが私の場合≪観測≫の視界に修正された字幕が入るので、会話に不都合は無い。

 

 「そうだ、直ぐに治療に掛かって良いのか?」

 

 ゲンショーと周囲の護衛が、なんの問題もなく普通に会話している私を、驚きの表情で見ている。

 

 脱いだ半纏をベッド脇の椅子に掛け、横になる老人の治療を始める。

 

 例によって動かれると面倒なので、寝具や毛布を剥がして呼吸孔以外をシーツでぐるぐる巻きにしてしまう。

 動揺して止めようとした護衛を、ゲンショーが抑える。

 

 拡大多重表示された≪観測≫の視界に、損傷箇所の赤いタグが山ほど表れる。若い時から無理を重ねて来たのだろう。

 

 幸いなことに脳出血ではなく脳梗塞だった。脳内出血だと治療が面倒なので助かった。脳内の血管の詰まりだけなら血管の浄化と血栓の排除でなんとかなる。

 

 たとえ前世の最新医療でも本来は治療など望めない症例だ。しかし此の世界には『念』があり、この場には『私』が居る。

 

 他には、血管に負荷のかかった原因の内臓も何とかしなくては成らないだろう。

 

 「よし、まず担架を作って患者を風呂場に運べ、治療はそれからだ」

 

 

 まさしく、それからが面倒だった。誰も彼もが動かすことに反対し、最終的にシーツを剥がしたブルート御大自身に私の言う通りにするよう命令させ、やっと風呂場に運び込んだ。

 

 治療法としては簡単だ。ホースに詰まったゴミを押し流す為に水を流すのに近い。

 

 まず、内臓と血管を針と私のオーラで一時的に強化してから自作の生理食塩水を大量に飲ませ、血管内の水分量を無理矢理増やす。

 その後、超精密オーラ操作で多少なりとも動きの良くなった脳内の血管と血栓を直に刺激し、血流を塞いでいた血の塊を太い血管へとちょっとずつ押し流してしまう。

 

 脳内の血管から詰りが全て無くなった後も、長く血流量が不足していた其の一部にはどうしても後遺症が残った。

 

 仕方なく、ついでだからと経絡系と神経系を操作してそれらを上手く繋ぎ直し、損傷した各種機能を極力復活させて、なるべく後遺症を抑え込む。

 

 本当は私のオーラを使わずに本人の気脈を刺激してゆっくり回復させたかったのだが、近々卒中再発の危険が高いと時限爆弾のように赤文字点滅でタグに出ていたので、実験的に試してみた。上手く行って良かった。

 

 ≪再生≫の真似事のようだが、行った事は"発"に至らない念の基礎的技術の積み重ねである。長年にわたる操作系の念修行の成果と言っても良い。オーラ自体を系統別に修行するあれだ。

 強化系の基礎修行がオーラで何かを強化するように、操作系のオーラで何かを──今回の場合は内臓や血管を微細に操作する。それが何物であろうとも、物体の機能を強化し、操作し、破壊し、修復する。

 "発"に至らなくても、オーラに出来ることはやはり多いのだ。

 

 私のオーラで一時的に強化された内臓はぐんぐん働き、出すものもどんどん出てくる。

 

 風呂場に移動したのはこのためだ。

 

 ≪天眼≫が有って本当に良かったよ。

 

 治療と後始末にしめて五時間ほど掛かった。

 

 「目が覚めたら回復しているはずだ。血管は修復したが、内臓は弱ったままなので酒は厳禁、食事も消化のよいものを少しずつ何度かに分けて与えてくれ」

 

 数時間前より明らかに顔色が良くなって呼吸も楽になり、静かに眠る主人を皆が嬉しそうにみている。先程、憑き物が落ちたように眠り込む前に、明瞭な言葉で「ありがとよ」と礼を言われた。

 

 ドアの前で出てきた全員に深く頭を下げられ、私は又無口な馭者に『緑美楼』へと送られた。

 

 妓楼前で下ろされた後、店に戻る私の背中に

 

 「・・・ありがとうございやした」

 

 と、ポツリと低い声がして立ち止まったが、

 

 「おう」

 

 と、返事をしただけで振り返らなかった。

 

 

 一週間ほど経ったある日の午後、ゲンショーを連れたブルート御大が『緑美楼』にお礼に来た。

 

 「いやぁ、助かった。ろくに礼も言えず帰しちまって済まなかったなあ」

 

  勿論既に多額の礼金は支払われている。

 

 結局、身体は完治したが引退は取り止めなかった。病にかかって思うところが有ったようで、仕事は程々にして残りの余生を楽しむことにするそうだ。

 なかなか迫力の有るじいさんで、笑い顔に人を引き付ける茶目っ気がある。男にも女にもモテるタイプだろう。

 

 自力で階段を上がって、二階の応接用の部屋でベルデとマギーとパッカードが揃って相手をしている。勿論私とピートもいる。

 

 「何かワシに出来ることは無いか?」

 

 じいさんが、ベルデと私をちらりと見た。こりゃ色々解っていて尋ねに来てくれたのだろう。

 

 ベルデがこちらを見たので、任せると頷いておく。

 

 「・・・ジョンおじさま、実は『満天楼』の楼主から、ちょっと面倒なちょっかいを掛けられていて、対応策をどうするか決めかねていたんです」

 

 先日の娼妓の泥棒騒ぎも、背後に居たのは『満天楼』の太っちょで、『緑美楼』の評判を落とそうと、金とコネを使って手癖の悪い娼妓を何人もうちに送り込んで居たのだった。

 あのあと、幾人かとの面接に同席させられ、マギーが言うところの『根っからの害虫』を駆除するのに協力した。

 

 コルルボを処分するなら私がやってもよいと言ったら、その場合は別にプロを雇うと止められた。「降りかかる火の粉を払う為なら仕方がないけど、みずから望んで殺しをするのは(きょう)と言うのよ」と。そうなるなと。ちょっと()みた。

 

 それに、『満天楼』の先代には世話になったので、出来れば事を荒立てずに収めたいと言う。ベルデの対応は甘く見えるが、この間の手癖の悪い娼妓などは彼女の命で半殺しの目に遭って警邏隊に突き出された。

 過酷な世の中で、できる範囲で義理や縁を大事にしているだけなのだろう。

 だからこそ人もついてくるし、人望も有る。

 

 「ほう、『満天楼』のエロガキか。もう良い歳だろうに未だにベルデ嬢ちゃんの尻を追っかけとるのか。

 そういえば、仕事はやっとるようだがあまり良い噂は聞かんなぁ・・・よし分かった、その件はワシが何とかしよう」

 

 ブルート御大が、重々しく頷いた。まだ何も解決していないのに、既に解決する事が確定しているような妙な安心感がある。

 

 「それはそうと、ちと頼みが有るのじゃが・・・」

 

 御大が出されたお茶を一口飲み、人懐っこく態度を軟らかくして下手に出てきた。

 

 何でも、治療を受けてからしばらくは快調だった身体が、だんだん悪くなっていると言う。

 

 そりゃそうだ、オーラでの強化は一時的なもの。時間がたてば元の酷使してきた自前の状態に戻って行く。ここから先は生活習慣と食事に気を付け運動をしろと突き放した。

 

 「あまり他人の『(オーラ)』をあてにするのは良くないんだよ。

 じいさん自身、最近身体の疲労が異様に激しかったのを感じたはずだ」

 

 じいさんが、「うっ」となって、顔をしかめた。

 

 試して分かった他人へのオーラ使用の欠点。

 私のオーラを注入したじいさんの内臓は一時的にとても元気になったが、逆に身体全体の疲労が劇的に増える事になった。一部に無理が掛かったため、他がバランスをとろうと頑張った作用だと思われる。

 年齢の割に、じいさんの体力が元々人並み以上だった為今回は問題無かったが、下手すると却って寿命が縮まってしまう。

 

 

 「で、では定期的に針の治療を受けさせてもらうのはどうだ?勿論金は払うし場所も何とかしよう」

 

 ぐぬぬって顔で代案を捻り出した風だが、最初から此れが狙いだろう。

 

 「あんた、私を主治医にしようってのか?」

 

 「だが、悪い話では無かろう」

 

 確かに悪い話では無い。暫くはこの街を拠点にするつもりなので、ウォルターが復帰したあとの就職先は必要だ。年寄りの健康診断位なら然して手間でもない。

 

 「フム、そうだな・「ちょっと待った!」」

 

 私が了解する前に、ベルデから待ったが掛かった。

 

 「まったく、おじさまったら油断も隙も無いんだから」

 

 ベルデが前髪をかき上げて胸の下で腕を組んだ。

 

 「目の前でうちの大事な身内を引き抜かないでくれます?」

 

 ただの雇われ用心棒の私を身内と言ってくれるのは嬉しいが、ベルデとは元々短期契約の筈だ。

 

 「そんな不思議そうな顔しないでよ、哀しくなるでしょ」

 

 ベルデが顔をしかめる。

 

 「用心棒ミカゲはもう『緑美楼』の看板の一人なのよ、他所の伝手で店なんか持たれたら私が追い出したと思われかねないわ!」

 

 なるほど。これも面子の問題なのだ。

 

 店を持つのは別にどこでも良かったので、相談の結果ウォルターが復帰するまでに裏庭の離れを改築して、私の診療所にすることになった。

 離れに住んでいたウォルターは、例の見舞金でスラム近くに家を買ったので、そこからの通いと既に決まっている。

 

 ウォルター復帰後、私の所属は『緑美楼』所属の『非常勤用心棒』件『非常勤気脈術師』と言うことに決まり、店舗の他に僅かだが給金も支払われる事になった。

 つまり、好きにして良いがたまには顔を出しなさい、と言う事だ。おまけの護身術講座も継続される。

 

 更にブルート御大の頼みで、それまでの間は妓楼の仕事部屋の一室で紹介のあった者のみを対象に『気脈術』の治療を施す事になった。

 

 妓楼内での診療初日、妓楼の営業時間内にぶらりとやって来たブルート御大が、私を呼び出して護衛を扉前に待たせ、ホール二階の個室に二人きりで仲良く一緒に入るのを目撃され、店内が大騒ぎになった。

 

 ベルデが、臨時治療室間借りの件を周知させるのを忘れたせいだ。

 

 その後、御大がらみで『気脈術』の客が増えた。年寄りばかりだが。

 

 

 日々は平和に過ぎて行く。

 

 

 ベルデに拾われ、『緑美楼』に来て三ヶ月。ウォルターも明日から復帰する。

 

 此の世界のシャバの空気にも慣れてきた。

 

 そろそろ無惨に殺された『クルタの子』の復讐に取り掛かる頃合いだろう。

 

 

 

 

 呼び出された怪物として。

 

 

 

 

 




 

 印半纏の背中は、丸に勘亭流風の御影の漢字、染め付けの職人は見つからず、自分でデザインした物をマギーに頼んで『緑美楼』出入りのお針子に刺繍で入れてもらった。

 

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