55、試し
その男はオーダーシャツを着て小綺麗な靴を履き、ワックスの利いた金髪で紳士然と革張りの大きなソファーに座っていた。
陽気に鼻唄なんか歌いながら酒を飲み、顔もワイルドな二枚目風なのに、粗野な凄みと野卑な表情が全てを台無しにしていた。
「・・・やっと来たか、ってガキじゃねえか!」
あ~、見た顔じゃないけど、知ってる声だわ・・・
こいつ、先週確認した念能力者五人組のイケイケ男だ。会わないようにしてたのに、向こうから来たかぁ。
めんどくさい事になった。
「呼び出した相手の情報も無いのか・・・誰だか知らないが行動がスラムのガキレベルだな、服じゃ育ちは誤魔化せないぞ、チンピラ!」
見た感じ
奥の通路脇で面白そうに騒動を見物していたブルート御大と、でかくて無表情な二代目に黙礼する。二代目が頭を下げ、御大が片手で軽く挨拶を返した。
糸目の二代目が無表情なのはいつものことだ。常に御大ファーストなので、そこさえ間違わなければ付き合いやすい。
大きなホールに他の客の姿は無く、ほぼ中央で強面の用心棒達が遠巻きに『居座り男』を囲んでいる。御大達の後ろ、店の奥に避難したらしい従業員達の気配。
酔い潰そうとしたのか、居座り男の側のテーブルには蒸溜酒の酒瓶が何本も並んでいた。それともただの飲ん兵衛か?
どっちにしても効果は無かったようで、見た感じほぼ素面。
「なんだよ、一端の口きくじゃねえか、そんなに期待させんなよ」
怒りも苛立ちも見せず男が持っていたグラスを置き、ニヤニヤ笑いながら嬉しそうに言った。
ちっ、こいつ戦闘狂だよ。
男がギョロりと此方を睨み付け、次の瞬間ぶわりと濃密な殺気が放たれた。私以外の全員が一瞬で硬直する。
腕の立つ猫だと思っていたら格の違う虎だったと気付かされたのだ。
「・・・お前が噂のミカゲなら、此方の
殺気を受け止めた私以外の全員を無視し、男は瞬時にオーラを纏いはじめた。緩みの有る雰囲気が消え、流れるように立ち上がる。
"練"いや、"堅"だ。
それも、なかなかに高レベル。
武の方も素人じゃなさそうだ。
「・・・試しとやらには付き合ってやるが、ここはダメだ。ついて来い」
下手には出ずに話を了承し、店に迷惑を掛けないよう移動を促す。
よくわからんが、何か確信が有って来たわけでは無いらしい。
「・・・あ、酒代は払えよ」
迷惑料込みで酒代は出させる。
思ったより強いかもしれない。多分相当場数を踏んでるベテランクラスの戦闘系念能力者だ。ちょっとワクワクする。隠れてやり過ごす事が出来ないのなら此方も実戦経験を積ませてもらおう。
いざとなったら何時でも逃げられるし。
不意打ち対策として男と同程度にオーラを纏い、背を見せて先に外に出る。
あまり人目につきたくない。『酔蜜殿』から路地を抜け、裏町を出て境界の水路を跳び越え『黒門街』の外、造成もされていない無人の荒れ地まで一気に走る。
落ちないように、帽子を押さえる。
私の格好はカンカン帽にアロハっぽい刺繍のシャツ(何故か派手な花柄)。七分丈につめたズボンと裸足に紐靴。
私の衣類は、イメージ図を書いてマギーに伝えると、似たようなものが後日届くシステム。何故か代金を請求された事は無いが、同じような服を着ている者をたまに見かける。逆に取るべきか?
余計な見物人を振り切る為、かなりの高速を出したが男は余裕でついて来た。
「さて・・・ヤる前に名前くらい名乗ってほしいんだが?」
やけに楽しそうで足取りも軽い男に声を掛ける。当然だが二人とも息も乱してはいない。
男の構えはリラックスしていて、そのくせ今にも飛び込んで来そうに見える。殺し合いじゃない筈だが殺気は濃厚。
「俺の名はバッハ、今は協会の雇われハンターだ・・・」
やっぱハンターか。
「協会って、ハンター協会か?」
・・・二人目。
「そうだ、今更びびったとかは無しにしろよ!」
それも、いわゆる協専ハンター。
となると、連中の後ろにいるのはハンター協会?予知に基づいて念能力者が対処出来そうな災害案件を潰して回ってる。とかか?それともそういう依頼を出す別の組織が在るのか?
・・・・・あれ、これもしかして
暗黒大陸不可侵の取り決めは、下手に触るとマジ人類絶滅案件だから、極力ノータッチで行こうね!と言う人類世界五大陸の主要国が結んだ、ズッ友条約。二百年後に新キャラのカキン君がやって来て崩れる。
ハンターハンターの世界は人類絶滅級の災害がポロポロ起こる。情報が新しい今の時代に、予備的救済策としてこういう対応チームが有ってもおかしくはない。
暗黒大陸から紛れ込むアレコレとか定期的に有りそうだし。それに対処するよう内々に近代五大陸関係から依頼が出されてても不自然じゃない。
・・・なんだか深く関わると巻き込まれそうな気がする。ここは上手いこと受け流す方向で・・・
「私の名は知っているようだから、自己紹介はしないぞ。ハンター協会が、何でまた私を?」
一応確認。
「色々あんだよ、大した事じゃないから気にすんな・・・んじゃ行くぜ!」
くそっ、話になんねー。やっぱノーキンだわ。
真っ正面からの迫撃に次ぐ強引な攻めを幾度か軽く捌き、わずかな隙を突いて投げ飛ばす。
バッハ氏はギリギリで上手いこと自分から跳び、間合いが離れる。
せっかちさんメ。
私は追わず、待ちの構えを崩さない。
挨拶代わりの小手調べも終わり、腕試し本番。
バッハ氏はさっきよりも更に嬉しそうだ。
みしりと音を立て、武者震いを抑え込んでいるように拳を握り込むと、身体が一回り大きくなった。間違いなく強化系だ。
再びの邂逅。
ちょっと速くなった。
相手が攻撃し私がいなす。氏はフェイントも揺らぎも多用しているが、体幹に僅かな乱れが在り、先読みで容易く抑え込める。
パワー上げただけじゃ、通用しないよ。
私が体力有り余ってるタイプだから、そういうの念獣達との訓練で慣れてるし。
痺れを切らした相手がオーラ量を増やし、さらに上がったスピードとパワーに合わせて私も使用オーラを増す。
技術的には相手の"流"によるオーラ運用に正確にオーラ量を合わせ、攻防バランスを維持する。
"廻"
大丈夫そう。実戦でもスムーズに廻せる。
てか思ったより余裕。
どうやらベテランハンターにも私の武術と
一般的な"流"と違い、オーラを体内移動させるのでオーラの攻防量を読み取り難く、ちょっとやりづらそうだ。
思わぬ副産物。
あれ?・・・このままだと勝ってしまうのではないか?
なんか戦闘用の"発"は無いの?
それがハンターハンター世界の戦闘の醍醐味でしょうが!
既にオーラ量と身体能力やセンス頼りの闘法は大体解った。想定を越えてはいない。
所詮相手は人間さんだ、単純な格闘戦なら念獣ドーピングで体力に勝る私が圧倒的に有利。剛と柔、武術の相性も分がある。
相手のスタミナ切れを待つのもあれなのでちょっと趣向を変えると、大木を丸太で叩くような連続音が鳴り響く。
さっきまでは受け流して打撃音などしていなかった。
わざと攻撃を真正面から受け止め、当たれば何とかなるのではなく、そもそも力でもこっちが勝っていて、通用していないと相手に知らしめる。
文字にすると、『無駄!無駄!無駄!無駄!』だろうか?
「くっ!・・・はぁぁぁぁぁ!」
バッハ氏が、更に気合いを入れ感情に任せてオーラ量を一時的に増やしスピードとパワーを向上させる。
まるで漫画の主人公のような強化系の戦闘ムーブ。
見応えは有るんだけど・・・
"発"は?
どうもバッハ氏。"発"は有っても使用に制限があるか、近接戦では使いづらいか、戦闘用の"発"はもっていないかのどれからしい。あ、見た目子供との『試し』だから態と使ってない可能性もある・・・いや、ここまで追い込まれたら戦闘狂なら躊躇なく使うだろ。快楽最優先だもんな。
バッハ氏の戦いの基本の動きは、最速で近づいて殴る。それだけ。
我流ながら経験によって洗練され、なかなかに隙が無い。体幹もよく練れている。
て言うか、殴り合いメッチャ好きそう。
しかもまだ段々速くなって行く。流石は強化系。
でも、私にはまだ温いようだ。
師匠と『円掌拳』のおかげか、念獣達との十年に亘る特訓の成果か、残念ながら武術技巧としての練度が違いすぎる。
彼も恐らく天才と呼んでもおかしくないセンスの持ち主なのだろうが、私は少々鍛えすぎたらしい。念獣達の頑張りもあって大分
そろそろ攻撃しようと本来の受け流す形に戻し、受けていた打撃を流し、ショートモーションで下から顎を掌打で打ち抜く。
手応えがあったのに、即座に反撃が来た。スイングパンチ一発。流石、悪くない。一歩下がり間を取る。
・・・・・・
?
構えたまま、相手が何故か動かない。
左目の≪観測≫の視界に、
【念能力者、男、気絶中】
のタグが付いた。
「・・・あら?」
どうやらカウンターアタックの起こりを察知出来ず、さっきの打撃をまともに喰らって立ったまま意識を失ったらしい。気絶しながらも反撃出来たのは鍛え抜かれた闘争本能のなせる技か。
ちょっと『
「・・・このままほっといて帰ったら、また来るよなぁ」
今もまだ剣呑な気配が有るので、此方が攻撃すれば無意識に反応して襲ってくるだろう。見た目ほど無抵抗と言う訳ではない。
しかし、柔軟性は格段に落ちている。私ならこのまま止めを刺す事も可能だ。
「・・・でも、連れが居るだろうしなぁ」
殺すと厄介事が雪だるま式に増える気がする。
待つしかないか。
「はぁ・・・」
ピートを連れてくればモフモフして時間を潰せたのに。
やはり煙草を覚えるべきか?
・・・・・三分経過。
「・・・!」
どうやらバッハ氏の意識が戻ったようだ。記憶が繋がっていないらしく、二、三度虚空を殴り付けて、やっと目の前に相手(私)がいないことに気が付いた。
「・・・おおっ?」
キョロキョロと辺りを見回し、近くの古い切り株に座って苦笑いで待っていた私を発見し、ばつが悪そうに頭を抱えた。
「・・・マ・ジ・かょォォ」
語尾が弱い。どうやら状況を理解したらしい。
つまり、私が彼を殺そうと思えば簡単に殺せたということを。
「・・・もう試しとやらは終わりで良いな?」
水に落ちた犬を棒で殴るような行為だが、確認しておかなくてはならない。
「・・・ああ」
散々上から目線で
恐らく彼の人生においても一、二を争う黒歴史が刻まれてしまった事だろう。
「一応理由を聞いておきたいが、かまわないか?」
関わりあいになりたくはないが、情報は欲しい。
「すまねえ、余り詳しくは言えねえんだが
・・・」
バッハ氏の話を纏めると、彼は仲間ととある事件について調べていて、街の噂になり始めた私のことを聞きつけたらしい。突然街に現れ、しかも尋常じゃないほど腕が立つと。
「それで私の事を捜していたと・・・それは、犯人としてかな?」
彼らが捜しているのが人ではなく、死獣『ヌエ』だと予想は立っているが、ここで口を割る訳にはいかない。
一体私の何を疑っていたのか明らかにして、出来れば無関係だったと言質を取っておきたい。
「いや、実は・・・犯人があんたに化けてる可能性が有るって言う奴がいてなぁ」
ブッ!
流石にそれは考えてなかった。私があの『ヌエ』の化けた姿?あのキモいサル擬きの?
どうやら彼らも『ヌエ』に対して詳しい情報を持ってる訳ではないようだ。
「・・・よくわからん、疑いは晴れたのか?」
こりゃ、しらばっくれてれば穏便にやり過ごせるか?
「ああ、本物は人を殺すのが生き甲斐みたいなしぶとくて厄介な奴でな、俺がまだ生きてる事で疑いの余地は無くなった」
迷惑を掛けた。と言ってバッハ氏は軽く頭を下げる。意外に素直。強化系っぽい。
「・・・しかし、あんた強すぎるぜ。
俺だって協会じゃ武闘派で其れなりに名が通ってるのに、丸っきりド素人の小僧扱いだ。本当に見かけ通りの歳なのか?」
ドキ!
バッハ氏、ノーキンのくせに意外と鋭い。ノーキンだからか?
「・・・まっ、バッハ殿の見ての通りさ」
帽子を取り、ちょっとおどけてポーズ。秘密厳守はトラブル回避の基本。そう簡単に個人情報は明かしません。
「ちっ、まぁいーや、俺に勝ったんだから敬称は要らねーよ。今度会ったら酒でも奢らせてくれ」
そう言って、バッハは帰っていった。
いや、飲めるけど。子供に言うこっちゃねーな。
「・・・・・バッハのお仲間さんだろう?私もあとは帰るだけだから、付いてくるのは止して欲しいんだが・・・それとも別口かな?」
離れた藪の陰から此方をうかがっていた人影に、声をかける。
見事な穏行だが、『
・・・・誘いの鎌掛けだと思っているのか、なかなか出てこないのでグルンと首を回し、隠れた藪にちょっと殺気をぶつけてみる。
・・・・おろ?消えたよ。
突如、空気に溶けるように藪の中の気配が消失した。
しかし、≪嗅覚≫の発展技能、二次権能の≪覚醒≫がオーラの痕跡を匂いとして感知した。
つまり、ここにいたのは実体ではなくオーラ体、恐らく何らかの"発"による分身のような物であると考えられる。
多分、バッハの仲間の情報収集を指示されていた三下口調の『ギムリット』氏の"発"ではないかと思う。
『酔蜜殿』を出た所からずっと付いてきて、バッハが気絶した辺りでは心配そうだったし、勘だけど間違いないと思う。
本体は別なとこにいるタイプの操作系か具現化系の能力者。一度に動かせる個体数にもよるけど、定石通りなら戦闘より斥候向きの能力のはず。
単なる偏見だが、多分苦労性な気がする。
さて、確認は済んだし後は御大と二代目に挨拶して戻るだけだ。帰りも馬車出してくれるかしら。
明日はスラムで火事場の検証だ。
・・・それも今夜の内に?
いや、ダメだ!
祟りとか怖いから、夜行くのは勘弁してもらおうか!(堂々)。
店に戻ったら御大に誘われ、皆で宴会になった。