57、線
クロンドル卿が空間に描く白い線は、描かれてから暫くすると、空気に溶けるように消えて行く。
まるで、闇夜に手持ち花火で絵や文字を描こうとした時みたいだ。ウォーミングアップだろうか?
只、この白い線は消えるまでが少し長く、数秒はかかる。いや、行使時間は自分で決められると考えるべきだろう。
互いの間合い、十数メートル。
左手は杖を突いたまま、右手で何時ものように宙空をノック。
表芸『
先ずはお試しの一発。
飛んで行った不可視の打撃力が、クロンドル卿を正面から襲うが、
飛ばされた先の木立から抉り取られるように枝葉が飛び散った。
クロンドル卿は受けた手応えで解ったようだが、他の面子はぎょっとしている。
「彼の念能力だ!私が
『
で受け流した。見えないが、威力は大したこと無い」
クロンドル卿が状況を説明する。
大したこと無いのはその通りだが、人に言われると少し傷つく。これでも死獣と戦った時より何割か破壊力は増しているのだ。まあオーラ込みの打撃に比べたら誤差なのだが。
「や、ヤバそうっスね、
『
やべえと思ったのか、ギムリット氏が自身の念能力を発動して、忍者姿の小柄な分身を次々と九体造り出す。分身は暗色系の顔まで隠れる忍装束を纏い、なかなかの速度で周囲に散った。壁役らしき三人を残し、六人は取り囲むように散開して物陰に隠れ、気配を殺して私を窺っている。
もう忍者の概念伝わってるのか?いや、ギムリット氏が忍者なのか。ジャポンの歴史が元の世界の日本と類似なら、徳川の天下統一から二百年。出稼ぎか?
相手方の目論見としては、クロンドル卿がワントップ。バッハがそのフォローで、ギムリット氏は気を引くための補助的役割。不意打ちや"凝"で情報収集も有りそうだ。
RPG風に言うと、タンクとアタッカーとシーフのパーティーとのチーム戦?ビョドーはマジックユーザー?
とりあえず、こっちは『
目の前に、何かを掴むように伸ばした右手を細かく動かしながら揺らし、それをダミーの発動キーにして、ほぼ無差別に前方に向けてノックバックジャブを連打。
現在秒間五十発。毎分三千発の発動が可能。目指すは秒間二百発。
ばら蒔き、ばら蒔き。
例え散開されても、このまま全周囲攻撃可能です。
相手が容易に近付けない、近づけさせない形が理想。しかし、クロンドル卿の念能力『
私の『
名前からして、『流れ』つまり宙に川を造り出すようなイメージが元になったのだと思う。
時代が若く、科学の発展や創作物が未成熟で概念がまだあまり整っていない
しかし、発想力次第でいくらでも化けるのが念。まだ能力が不明な者もいる。気を引き締めていこう。
「クソッ、"凝"でも見えん!
『
が発動してるから遠距離攻撃されてるんだろうけど、何なんだこりゃ!」
訳が解らないと叫ぶバッハは、開始位置から一歩も動いていない。元々やる気も無さそうだった。
しかし、自分の方に飛んで来た衝撃波を謎の巨大コインを瞬間的に具現化させて完全に防いでいる。どうやら自動防御らしく意識していない死角からの攻撃も的確に遮断している。戦闘用の念能力、有ったのか・・・
コインは、マンホールの蓋のような大きさのピカピカの金貨で、福々しい恵比寿顔のレリーフが前面に刻まれている。モチーフは何だろう。
「何かを・・・多分空気の塊を投石機のように飛ばす念能力だと思うっス」
ギムリット氏が正解を突き止める。茂みや岩陰に隠れて"凝"で全体を観察している分身からの情報だろう。
今の私を"凝"で見ると、体の周囲で無数のオーラの小爆発が発生しているのが見えるはずだ。丁度、一掴みの小石を池に投げ込んだように、表れては消える一つ一つの連続した波紋。そのオーラの衝撃波転換を、空気を押し出すように調整して断続的に繰り返す。
それが『
空気自体をピストンにして衝撃波の射程を延ばす『
発動に"隠"を掛けて正体不明にする技術は、後から気がついて採用した。
自身の念の系統が変化系でオーラの放出は苦手なため、飛んで行く衝撃波の残響自体にオーラは込められていない。単なる物理攻撃だ。しかし、その超高圧の衝撃力はそう捨てたものでもない。ダメージは低くとも押されればバランスを崩すし、踏ん張っていないと其れこそノックバックさせられる。移動や集中もし辛い。
イメージは多銃身機関砲。
「いや、数が多すぎだろ!」
無音でオーラが含まれて無いため、オーラに反応する癖のある者ほど戸惑う。感覚派のバッハが混乱しているのも、そのせいだろう。
撃たれまくる状況に業を煮やし、相手が動く。
これも想定通り。相手に圧を掛けて万全の構えを崩し、無理をさせる。弾切れは無い。
やはり、クロンドル卿が前進を始めた。両手にオーラを多目に込めて、『
残り数メートルの所でクロンドル卿が突進によって一気に間合いを詰め、ストレスを解き放つような大振りで平手打ちのような右手掌打。同時に自分を巻き込むように白いラインを引いている。
最小限の動きでかわすと、更に追撃。自分で引いたラインを逆に辿るように左手で手刀切り。豪快だ。
前を塞がれて『
注文通りのクロンドル卿との打ち合いに応じようと前に出る寸前、私は≪天眼≫の未来予測に従って一歩下がった。
直後、私の居た場所に、白線に沿って燃え盛る炎がクロンドル卿の背後から突如現れ、前髪を掠めて通り過ぎていった。
ビョドーの仕業だ。クロンドル卿の『
面白い。どんどんやってくれ。
「余計なことはするな!下がっていろ!」
クロンドル卿がビョドーを叱責した。
「・・・別に構いませんよ、大した火力じゃないし当たりゃしませんから」
私は、挑発してビョドーを戦闘に参加するよう仕向ける。言動からして厄介そうだし、出来ればこいつだけは早めに排除しておきたい。
「・・・くっ、ガキが!儂の
『
で黒焦げにしてやる」
クロンドル卿の背後からビョドーの悔しそうな声がする。煽り耐性は無いらしい。
ここで相手の"発"が大体割れたので、訓練と情報秘匿のため戦闘中発動しっぱなしの≪天眼≫の未来予測を一時停止する。あんまり関係ないが、それによって制約のため潤んでいた『
≪天眼≫有りだと、楽すぎて戦闘経験が積めないのだ。
勿論、本当にヤバそうなら≪結界≫の危機感知が強く反応するので、念獣から即座に情報が入る。『
さあ、ここからは個人的に仕切り直して戦闘再開だ。
隙だらけに見える戦闘スタイルを怪しみながらも、間合いを詰めてくるクロンドル卿の打ち下しを捌いて眼前に踏み込み、物は試しと腕を畳んで肘打ちを腹に打ち込む。
「・・・フッ」
クロンドル卿の口元がニヤリと笑った。
「・・・おぅ?」
打ち込んだ瞬間、打撃力は卿の左脇へと不自然に流され、体勢と重心を崩された私は滑らかに足を引き身体を開いたクロンドル卿の右の拳打を喰らって人形のように弾き飛ばされた。
嵌められた。あの隙だらけの大振りは誘いだったのだ。事前に服の下着か身体に『
体重が軽いので派手に飛ばされたが、打撃は"周"をした杖でガードして被ダメージは無い。
『
一回喰らって学習したのか、≪観測≫の視界にも服の下の『
弾き飛ばされた落下点に、死角からギムリット氏の分身の一体がそっと走り込んで来る。
薮の陰で隙をうかがっていた一体だ。
一切視界に入ることなく、後ろから私の背中に向けてダガーナイフを突き立てようとモーションに入った。
≪嗅覚≫の情報によると、ナイフには猛毒が塗ってある。
殺意たけーなおい。
既に、拘束が目的で私を殺す予定は無い事など忘れ去られているようだ。
ギムリット氏は偵察にも動いていたし、私のヤバさを理解しているがゆえだろう。私が殺る気なら全員が殺される可能性があると解っているのだ。
期待に応えて≪把握≫で掴んでいる位置情報を元に、振り向きもせずに地に立てた杖に沿って腰を落とし、刃をかわす。
杖を離し、突き出されたダガーナイフの持ち手を右肩上で掴み拘束。同時に右肩と肘を回して右手裏拳による強打。『
殺すつもりで来れば、当然殺すよ。
ピートは現在シャツの中。襟元から顔だけ出して観戦中。
「キッ!」
ちょっとびっくり。
ピート以外のメンバーも、ギムリット氏の分身が一撃で粉砕されたのを見て驚いている。
気持ちは、解らなくもない。
そもそも分身には臭いも無く音も静かでなかなか見事に気配を消していた。
三下口調のせいで小者風だが、多分五人の中ではギムリット氏が一番場数を踏んでいて用心すべき相手だと思う。
彼らもそれを知っていて、私が彼の不意打ちを其処まで鮮やかにかわせるとは思っていなかったのだろう。
打った感じ具現化された分身である忍装束の中身はやけに重く、砂鉄で出来た粘土みたいな感触だった。人体よりもはるかに高い耐久性で、壁役をやらせることも考慮しているのだろう。潜ませた六体の内一体だけで仕掛けたのも情報収集の意味を含んでいたのだろう。曲者だな。
皆が驚いたのは、その強固な分身が一撃で破壊されたせいもあるかもしれない。
しかし、私にとっては≪嗅覚≫の上位権能の≪覚醒≫がオーラの臭いとして存在を感じ取っていたし、≪把握≫の
「・・・なるほど、大体解った」
私は、各自の実力と大体の手札が割れたこと。私の攻撃の破壊力を見て反射的に守勢に入ろうとしていることを見て方針を変更することにした。
どうも私は少し勘違いをしていたらしい。
基本、私は相手の『武威』。身に付けている戦技闘技の質によって強さを測っていた。
『円掌拳』の修練法が念能力を用いずに武術を研き、それによってオーラを纏った時により強くなれると言う教えだったからだ。
その論法で行くと、彼らは並々ならぬ強者のはず。しかし、実際一当てしてみると、予想外に軽い。
手応えが、あまりに
皆、腕は立つしチームとしてのフォローも利いている。余力も隠しているようだ。
しかし、ハンター協会の精鋭にしては妙に当たりが弱い。
彼我の身体能力にも差が有りすぎる。
現に、私は未だ本気の戦闘では必須のはずの『
『
念獣達の基礎能力第二項、『自分を磨け』の負荷能力を使って、十三体の念獣達とその周辺の影響下にある身体組織を、日常生活が楽に送れるレベルまで負荷を掛けて制限して貰っている。
日常生活が心置きなく送れると同時に、地味に身体も鍛えられてしまうステキ能力。
つまり、今の私は彼らを圧倒してしまえるのに尚、全力ではない。
・・・なんじゃそりゃ。
いくらなんでもおかしい。十分な戦闘経験があれば身体能力の差異ごときで、こんなにあっさり後手にまわる筈がないのだ。
それは修業時代の師匠との『揺武』でうんざりするほど解っている。
そして、彼らの能力が割れた今、やっと其の理由に気がついた。
彼等は死獣、『ヌエ』
そういや、契約がどうとかビョドーやクロンドル卿も言っていた。多分、協専ハンターでも無い。
分身を複数使うギムリット氏。攻撃を逸らしてしまうクロンドル卿。遠距離攻撃を遮断するバッハ。
全部『ヌエ』の持つ『即死の黒雷』対策だ。
範囲攻撃可能なビョドーは、寄生生物の『脳芋虫』の卵や幼虫が拡散逃亡した時の広域焼却担当。
アーシア女史の能力は解らないが、なにがしか『ヌエ』の能力に対応したものだろう。
そういうことか。
それなら。
それなら色々状況が変わる。
彼等がハンター協会の最精鋭というわけではないのなら、田舎町に彼等に勝ちきる存在が居ても、そう注目を集めないかもしれない。
ならば、計画を『とりあえず全員ぶちのめして後から(嘘を許さず)交渉する』から、『ビョドー一人の排除に絞って残りのメンバーを放置』にしても、問題無いだろう。
さらに、先程の様子からしてビョドーは他のメンバーに好かれている訳でも無さそうだし、奴一人なら殺しても賞金首にされる可能性はかなり低いとみていい。協会への影響力も想定より弱そうだし。
これならハンター協会との軋轢も最小限で済む。
別に、求めて殺しをしたいわけではないのだ。
方針変更。
標的は、ビョドーのみ。
「・・・では、やるか」
虚を突く動き出しで、出足の止まったクロンドル卿に接近。ちょっと警戒する卿の素早い手数をやや下がりながら捌く。
考えてみると、『
戦闘中の打ち合いでも能力を使って白線を増やし、自分の有利な言わば制空権を増やして行けるし、此方は下がって場を変えるしかない。もっと上手く使えばもっと厄介な搦め手も有りそうだ。
私以外になら。
クロンドル卿が踏み込んで来たタイミングに合わせて前に出て、腕を捌いて白線の無い右膝を軽く打つ。
「・・・何を」
痛みを覚悟していたクロンドル卿が、訝しげに身を引こうとして、糸が切れたように地に右膝をつく。
「ぐっ・・・これは、点穴か!」
ついたのは、私が打った右膝だ。
「『円掌拳』
『軽打』とも言う人体の痛いツボや痺れるツボを突いて身体の自由を一時的に奪う『円掌拳』の小技。
念能力者相手だと纏うオーラが邪魔してツボまで打撃が届かないので、打撃に
バッハをワンパンで気絶させた後に、やれるんじゃないかと気がついて、試したら成功。技名の『足萎え』はノリで今付けた。
そのままひょいとクロンドル卿の手の届かない位置まで右横に跳び、ビョドーの居る後ろへ抜けようとすると、奇妙な動きで卿が隣に現れた。
「やらせん!」
事前に描いておいた外向きの白線のひとつに自ら触れ、足の利かない自分を強制的に飛ばしたらしい。
思ったより便利。しかし、描いてる途中のラインでは能力は発動しないようだ。
目の前わずか数歩の位置に、ずっとクロンドル卿の陰に隠れていたビョドーがいる。やっと視線が通った。
ビョドーは一瞬驚きと怯えの表情を見せ、すぐにその顔を悪意に歪ませてニタリと笑った。
何かする気だ。
クロンドル卿はそのまま片足で身体を支え、平手打ち気味の右手掌打。
膝の麻痺は回復にまだ数秒はかかる。『
引かれるラインの先端を押さえ、動きをコントロールしようとクロンドル卿の掌打に合わせて私も右の掌打を繰り出した。
互いの掌打を打ち合わせるようにピタリと受け止める。
その瞬間、私の身体はモーメントを無視して受け止めた掌を基点にプロペラの如く三回ほど豪快にその場で回転させられた。
『
うおっ、マジか!
渦巻きは二回転だったが、余りに愉快だったので手足をタイミング良く開いて一回転追加した。不謹慎なので笑いは堪える。
応用幅の広い面白い能力だ。これ、一人で未来のジェットコースターを再現出来るんじゃなかろうか。
突然の回転に、空間識や三半規管の不調に動揺するであろう私を制圧しようと、クロンドル卿が回転終わりのタイミングで首筋に手刀を放ってくる。
残念ながら『
さらに、油断したのかラインを描いていなかった卿の腕を一本背負いのように引き込み、杖を卿の身体に描かれたラインの隙間に押し当てて杖越しに腰を跳ね上げ、上空高く投げ飛ばす。
丁度その時、ビョドーがクロンドル卿もろとも私を焼き殺そうと口から吹き出した特大の炎が、真っ赤な渦を巻いて此方に迫って来る。
私は(必要は無いが)片手を上げ、大きめの
「ハッ!」
腹に響く重低音。
生み出された衝撃波によって、炎の渦が一瞬で蹴散らされる。
あ、これ、気持ちいいな。
炎が散ると、ひょっとこ口でギョッとしたジジイの顔が現れた。どうも火炎放射を受け止められると思わなかったようだ。
戦闘経験自体余り無いらしい。その歳まで弱い者虐めしかしてこなかったのだろうか。
「そこまでだ!」
二歩ほどビョドーに接近した所で、落ちてきたクロンドル卿が体格差を利用して後ろ側から組み付いて来た。
空中で『
ちょっと成長した?
特に影響は無いので私の首と右腕を極めに掛かる両腕も防がず、好きにさせる。
何も知らなければ、子供に大人が必死でしがみついている酷い絵づらだ。
クロンドル卿の動きは終始一貫している。腰の剣も抜いていない。首を攻めるのも柔道の絞め技のように
卿が私の首や片手にしっかり腕を回した段階で、少し弛緩した空気が流れた。
私が、ちゃんと技が決まるまで待ったので、クロンドル卿が勝ったと思ったらしい。
はい、それが狙いです。
私が制圧されたと思ったのか、奥に下がっていたアーシア女史が前に出てくる。皆の意識が逸れる。
お、隙発見。
私は、私が拘束されたと考えて動きを止めた彼らの間隙を突き、クロンドル卿を背負ったまま数歩の距離をあっさり踏み込み、ビョドーを必殺の間合いに捉えた。
「くっ、なぜ動ける!」
身長差のせいで脚を引きずられたクロンドル卿が、頭の上で唸る。ズボンの膝がぬけたらすまん。
「ひぃ!」
死を予感したビョドーが、怯えを示す。
殺される覚悟もなく殺しちゃダメだよな。
ビョドーの頭骸骨を粉砕しようとして、顔が解らないと賞金が支払われない可能性に気がつき、ならばと身体を打とうとしたら服の下にクロンドル卿の白いラインが描かれて在るのに気づいた。
面倒な・・・
しょうがないので胸元の服をぎゅっと左手で握って喉元に拳を当てる。
思った通り、服を掴む行為にベクトル誘導は発動しない。
やっと状況が整ったタイミングで、アーシア女史が叫んだ。
「・・・そちらの要求に応じましょう、そこまでにしてください!」
バッハの横まで出てきた女史が片手をかざし、全員に戦闘停止を命じた。
「・・・ちょっと遅かったな」
私は、掴んでいた服を放し、ビョドーを解放する。
「何!だがアーシア、もう少しで私が・・・」
クロンドル卿が、私の首から腕を離さず抵抗する。
「・・・クロンドル卿、最早勝ち筋がありません」
アーシア女史が、クロンドル卿の言葉を遮って断言した。今気がついたが、アーシア女史はさっきまで被っていなかった真っ白なキャスケットのような帽子を被り、その周囲に何処かで見たような大きなタンポポの
あら?
「使ったのか!・・・そうか」
使った?
私がビョドーを解放しているのを確認したクロンドル卿が、何ら悪びれることなく私から離れ、女史に従った。挨拶なしか?
「賢明なご判断です」
アーシア女史の発言力は意外に高いらしい。
「よ、よかったっス死ぬかと思ったっス」
ギムリット氏が、分身を連れて出てきた。いつの間にか分身と位置が入れ替わっていた。やるなぁ。
「だから、止めろって言ったんだよ、石頭め」
バッハが鼻息荒く卿の側に来る。
「・・・ふぅ、当方にこれ以上の戦闘継続の意思は無い、一方的で虫のいい話だが現状のまま手打ちを了承願いたい。謝罪が必要ならば謝罪する。金銭その他、迷惑をかけた分の賠償は最大限要求を呑もう・・・勿論最初の要求通り船の都合が付きしだい街を出ると約束する・・・どうだろう」
威儀を正し、クロンドル卿が平静を装って戦闘中止を申し出た。もうある程度気分を切り替えている。そういう教育を受けているのだろう。
「戦闘中止は構いませんが・・・一つ、問題が有ります」
私は、ビョドーを指差した。
「・・・クソッ、クソッ、クソッ!此のまま・・・済まさ・ん・絶対に・・・後悔させて・・・」
いたくプライドを傷つけられたらしく、首が絞まってさっきまで息を荒げていたビョドーが、真っ赤になってブツブツと呪詛のように不満を漏らしている。
「あれは私が何とかする」
クロンドル卿が請け合った。
「いや、そうじゃないんです」
私は鷹揚に肩を竦めた。
「・・・このままでは済まさんぞ白頭のガキめ、次は必ず殺してやるからな!」
再びクロンドル卿の陰に隠れたビョドーが、我慢できずに捨て台詞を吐いた。
「・・・それは無理だな」
私は、誰も気がついていない端的な事実を告げた。
「ワシの力があんな物だと思うなよ!全力でやれば街ごと燃やすことも出来たんだからな!」
ビョドーが激昂する。最大火力は禁止されていたらしい。
「いや、そうじゃなくて、
全員、訳がわからないと訝しげな顔をした。
「・・・な、なに、うぐっ!ぐっ!」
ビョドーの胸元がボコリと内側から膨らんだ。
「え?」
「な・・・」
「ヤバ・・・」
「全員、離れるっス!」
皆が異常事態に気づいた処でビョドーの残り時間が切れ、小さな破裂音と共に胸元が内側から爆発して、首の継ぎ目が無くなり頭がぽてりと落ちた。
裏芸『
『
今回は服を握った時に身体に直接オーラを込めた。普通は念能力者の身体には使えないのだが(自分で試した)、ビョドーの纏うオーラは動揺のせいでムラがひどく、そのために成功したと思われる。
流石腕利き念能力者達、ビョドーの様子がおかしいことに皆すぐに気づきいち早く離れたので、返り血を浴びた者は居ない。アーシア女史はバッハが抱えて逃げた。
「あ、特に用事とか遺恨とか無いんで、その犯罪者の頭を貰えれば謝罪や賠償は不要です」
ぎょっとしているメンバーに、役所で金に変えるからと話をつけ頭をもらい受ける。
近づくと、思わずといった感じで全員が二、三歩離れた。今にも爆発する不発弾でも見るような緊張した視線を向けられる。
この世界、得体の知れない念能力ほど恐ろしい物は無いからしょうがない。
やっぱり北〇の拳ごっこは、刺激が強すぎたようだ。
ビョドーの死体からローブを剥ぎ、転がっている頭をくるんで杖の先に吊るす。
役所で賞金に替えよう。
「・・・
ビョドーの死は仕方の無い事として受け入れたらしいクロンドル卿が、私の情報を得ようと・・・・いや、ビョドーの死に様が
私との関係を改善しようと友好的に振る舞っているつもりなのかも。声がちょっとフレンドリーになっている。
デフォルトらしき自身の上から目線の話し方には気づいていないようだ。
「武術の師の
意外と坊ちゃんなのかね?
「今回君が交渉に来たのはスラムの住人の敵討ちのためか?」
・・・私の尾を踏まないために、守備範囲を聞いておきたいのだろう。
「いえ、それも無くはないですが・・・ほら、放火って迷惑でしょう?」
私は、適当に誤魔化すことにした。敵かどうか解らない者に交遊関係を知られれば、弱点にも成りうる。
「・・・まあそうだな、迷惑ではある」
話の行方がよく解らず、それでもクロンドル卿が同意する。
「夜中に近所のスラムで放火騒ぎなんか有ったら、翌朝のスープに灰が入るじゃないですか」
「・・・はぁ?」
「そうなったらもう、朝食が台無しデス」
私は芝居がかって肩を竦め、たっぷり間を取って困惑気味の僅かな同意を得る。
こんなもんか?
「さて、長々お騒がせ致しましたが、私はこの辺で
杖を握り、紳士擬きの大袈裟な別れの挨拶をして、さっさとその場を去ろうとして一つ忘れていたことを思い出した。
「あ、そうそう・・・成り行きとはいえ、お仲間を死なせてしまった事はお詫びしておきます。重いお役目お察ししますが、なるべくなら平和的な塩梅に収まるよう街の住人の一人として方々にお願い申し上げておきます」
至って素直に頭を下げる。
何人か唖然としていた気がするが最後に笑顔で手を振って見せ、踵を返した。
よしっ、友好的。
さっさと消えて欲しいけど『ヌエ』の件も在るし、まだ居座るだろうなぁ。
ギム、バッハ、ビョドーは三ヶ月前、クロは二ヶ月前、アーシアは一ヶ月前に合流。皆協会との契約に合意。ギは会長の信奉者。バは金。ビは減刑。クは貴種の義務。アは協会が当事国に要請して招かれたゲスト。アーシアの念能力は生れつきで、戦闘能力は無いらしい。