嵐の夜に飛び立とう   作:月山ぜんまい

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 60、秋

   60、秋

 

 「やっと涼しくなってきたのう、ホットが旨いわい」

 

 一人の爺さんがハーブティーを飲みながらポツリと言った。

 

 「ほんとにねえ、夏を乗り越えられたのも、先生のお蔭だわ」

 

 向かいに座っていた婆さんが、新作のナッツと洋酒に浸けたドライフルーツのパウンドケーキを齧りながら相づちを打つ。

 

 喋っているのは二人だが、老人はあと三人ほど居る。

 

 一人は眼鏡をかけてテーブルで新聞を読み、一人は特注のダルマストーブの前で居眠りをしていて、最後の一人は『気脈術』の施術を受けている。

 

 「おだてても、それ以上何も出ませんよ」

 

 

 私は、マリオ爺の痛めた腰を治療しながら適当にあしらう。

 

 マリオ爺は、若いとき『鉄床(かなとこ)のマリオ』と称した武闘派だったらしい。今は引退した先代の『港湾荷役元締め(こうわんにえきもとじめ)』だ。現役の時は『元締め』と呼ばれていて、今は『港の御隠居』と呼ばれている。

 

 『港湾荷役元締め』は、港の荷役人足各『組』を纏め上げる街でも屈指の実力者だ。

 

 『夜町の御隠居』と呼ばれているブルーノ御大のジジババ仲間の一人でもある。

 

 以前は古傷と内臓疾患で死にかけていたのを、私が治した。癌だった。治療法はオーラで細かく切除しながら治癒を促し、徐々に組織を再建して行く。患者に気力体力が有ったので、何とかうまく行った。癌は進行していると、治療より完治まで患者の身体を持たせるのに苦労する。

 

 『肝臓(アクエリアス)』の≪再生≫の『早出し(ファストムーブ)』、『車輪は回り因果は巡る(アライメント・ヒーリング)』を使えば末期癌でも治療は可能だが、悪心が少しでもあると有り得ないほどの苦痛のため却って寿命が縮まる(犯罪者で確認済み)。それに秘匿技術だからホイホイ使えない。

 

 ジョン・ブルート御大も来ている。ホットハーブティーを飲んでいる最初の爺さんがそうだ。

 

 

 今日は、ジジババどもの検診日だ。禁酒禁煙は守っているようすだが、すぐ無理をして何処か痛めてくる。自分達が一度死にかけた老人であることを、もっと自覚してほしい。

 

 「はい終わり、もういいですよ」

 

 衝立の向こうからぶつぶつと何か言い返してくるのをスルーして、『気脈術』の施術を終える。

 

 「おおっ、楽になった!」

 

 すっかり白くなった太い眉をへの字にして喜んでいる。

 

 「一応動けるようにはしていますけど、若返った訳じゃないですからね、無理は禁物です」

 

 使用した銀の針を片付けながら、最早定番の注意を告げる。

 

 「ありがとうございました先生」

 

 老人にしては体格の良い患者が、孫のような年齢の私に本気で頭を下げて礼を言っている。

 

 「はい、どういたしまして・・・これで全員かな?」

 

 ジジババどもはしょっちゅう来て、常に何処かしら痛めていた。

 年寄りだからかと、前はその都度治療していたら、後に私がどんな状態からでも治療してしまうせいで、それをあてにして無理無茶をしていることが発覚した。

 

 これは流石にアカンだろう、となり。

 

 それぞれの家族や周囲の人間とも相談して、自分達が年寄りであることを自覚させるため、余程酷く無ければ月に一度の検診日に纏めて治療することになっている。

 

 今日は彼らが待ちに待ってたその日だ。今回来たのはこの五人だった。おかしいよな、普通に過ごす分には健康で居られるはずなのに。いったい何をやってるんだ?

 

 「時に先生、今年は『席次戦(せきじせん)』が有るのを御存じで?」

 

 上着を着ながらマリオ爺が話を振ってきた。

 

 『席次戦』?

 

 「・・・私が聞いている秋のイベントは、秋祭りと其れにともなう仮装パレードや屋台祭り位だけど?」

 

 シュマの街の秋のパレードとは、元は昔の戦勝記念パレードと秋の収穫の祭りがいつからか混ざり合ったものらしい。

 その名残で、今も戦勝を報せる巻き物を持った兵士が伝令兵役で先頭を進み、その後ろを各山車(だし)が続くのだ。

 

 近隣からの見物客で、街は大にぎわいになるらしい。

 

 屋台祭りの方は、祭りの時に葡萄酒が樽ごと広場で振る舞われていて、その回りにだんだんと屋台が並ぶようになって、それが元になったはずだ。

 

 たしか『緑美楼』で初めて寝床を決めた時、宛てがわれた部屋が秋のパレード用の衣装倉庫になっていた。

 

 「ん?・・・あ!後、祭りの前頃に周辺の町の親分衆が集まって会合が有るとか無いとか?」

 

 これは、一般人が知っていてはいけない周辺地域の裏組織の顔合わせらしい。勿論、役所が関わる公式な行事などではない。

 

 この話は、前回の『黄金のお茶会』で内緒でこっそり聞いたばかりだ。

 

 ・・・『席次戦』てのは聞いたこと無いなぁ。マジ知らん。

 

 「『会合』の事を知ってるなら話が早い!」

 

 マリオ爺が、喜んで説明を始めた。

 

 「『席次戦』てのは通称で、元は裏の会合の後の懇親会で余興として行われていた単なるステゴロの賭け試合だったんだよ。ワシも若いときに出た。

 それが、どういうわけか今は『席次戦』などと呼ばれとってなぁ・・・」

 

 マリオ爺は少し話が長い。

 

 「マリオ、話題がずれとるぞ」

 

 ブルート御大から突っ込みが入った。

 

 「それじゃ、何時まで経っても肝心な処まで話が進まないだろが!」

 

 新聞を読んでいた老婆が、眼鏡をしまいながら追い討ちを掛ける。

 

 彼女は、カミラ婆。遥か昔に夫に先立たれたモーティマー商会の元会頭で、『銀門街』で数有る商人職人を束ねていた商工会の元議長、口の悪い者からは『銀門街の妖怪ババァ』と陰口を叩かれている。

 ブルーノ御大とマリオ爺とカミラ婆の三人は同年代で、若いときからの知り合いらしい。ここに入り浸るジジババ仲間の中心人物だ。今回のあと二人はマリオ爺のツレで、ただの船大工とその奥さんだ。

 

 ちなみに、カミラ婆は心臓病だった。無論、既に私が治した。

 

 

 三人の漫才のような解説によると、この地方の六つの街の裏の元締めが集まって利権の調整をする会合が有るらしい。

 

 そこで会合の時、誰が上座に座るかの順位付けを決めるのに遺恨が残らないよう、誰の目にも判りやすい二年に一度の格闘戦で決めるようになったと言う。

 

 ここ『シュマの街』からは、毎回『港湾荷役元締め』が参加する。

 

 『港湾荷役元締め』と言うと表の商売のように聞こえるが、荷役人足の各組合は実際は親分子分の任侠のような繋がりで、それを束ねる『元締め』の実態は領主から仕事を任されたヤクザの大親分(フィクサー)に近く、誰が見ても裏の会合への参加者として申し分ない。

 

 

 「昔は『席次』なんか何の意味もねえと皆解っとった。だから其れに拘るヤツも少なくて、誰の持ち駒(兵隊)が一番良く闘ったかを酒の席で話の種にするのが精々だったんだ。腕自慢の若いヤツを勉強のために出すことも有った。しかし、世代が移ると勘違いして上席のヤツが下位のヤツを下にみる風潮が出始めた」

 

 マリオ爺が、苦々しく言った。

 

 「今の『六合会』は親から後を継いだだけの小者が何人か居て、揺らいでるって訳さ」

 

 ブルーノ御大が、問題点を纏める

 

 「そんなゴタゴタは在るんだが、今回の開催地は『ハッベル』でやるんだよ。せっかく元気になった事だし、『ハッベル』は『シュマ』より大きい川沿いの街だから、私ら三人は会合、と言うより『席次戦』見物がてら遊びに行こうと思ってねえ」

 

 カミラ婆がにっこり笑う。残念ながら年季が入りすぎていて、無邪気には見えない。

 

 「主治医として一緒に行こうと誘ってる訳だ。無論、旅費や滞在費はこちらが持つ。どうかね?」

 

 ブルーノ御大が、さらりと誘ってきた。

 

 面白そうではある。ハンター協会の件は何とか片付いて彼らも既に去った。

 

 祭りやパレードは近いが、参加するわけでは無いので暇は有る。

 

 「『席次戦』とやらに、私が参加させられるような事にはならないだろうな?」

 

 そこ大事。『クルタの子』の復讐関係もそろそろ大詰めなんだ。これ以上のトラブルは必要ない。

 

 「・・・そりゃ、周りが可哀相過ぎるだろう」

 

 マリオ爺が顔をしかめる。

 

 「クックックッ、あんたが参加したら、カエルの喧嘩にヘビ処かオオカミが出るようなもんだ」

 

 カミラ婆が混ぜっ返す。

 

 「こいつは裏家業の身内同士のこじんまりした会合なんだ。ミカゲ殿が本気を出したら皆一目散に手近な岩の隙間に隠れちまうよ」

 

 ブルーノ御大が、おおらかに笑いながら単なるジジババ旅行の付き添いだと打ち明けた。

 

 やはり年の功。皆、私の力を薄々知っているらしい。

 

 「・・・それじゃあ面白そうだし、ご一緒させてもらおうか」

 

 近場だし、殺伐としていない単なる観光旅行も楽しそうだ。

 

 私が了承すると、三人は目を輝かせて喜んでいた。どうやら周囲から万が一を心配され、私が一緒でないとダメだと行くことを止められていたらしい。

 

 うまく乗せられた?

 

 

 

 診療を終え、玄関口でジジババどもを迎えにそれぞれ渡していると、カミラ婆が振り返った。

 

 「そうだ、忘れてたよ!」

 

 ビロードに包まれた、銀製の小さな筒を私に差し出す。

 

 「ほれ、きちんと手入れして磨かせたぞ、久々の大当たりじゃ」

 

 カミラ婆には、私のガラクタ集めの鑑定をお願いしている。対価はお茶と菓子。

 

 前回路地裏で見つけた謎の銀製品は、古代王国時代の品の可能性があった。残念ながら他はガラクタだそうだ。

 

 「これ、何だったんです?」

 

 中にゴミが詰まっていて正体不明だった筒を、面白そうだと言って持ち帰ったカミラ婆が、今回綺麗にして返してくれた。

 

 「そりゃ、昔の『犬呼び子』じゃ」

 

 犬呼び子?ああ、犬笛か!

 

 「間違いなく古代王国時代の名人の作品で、『歌い手』とか呼ばれているシリーズの一つ、今までに六本見つかっとる。それが七本目。意匠からしてそいつは『虹』じゃな」

 

 迎えの者にコートを掛けられながら、カミラ婆が説明してくれた。

 

 「世にも美しい音色を奏でるそうじゃ。

  もっとも人間の耳には何も聴こえないんじゃがな。」

 

 イタズラっぽくニヤリと笑った。

 

 それじゃ意味が無いと、ブルート御大とマリオ爺が重ねて笑う。

 

 偽物が大量に出回っている、犬好きには垂涎の品らしい。

 

 試しに其の銀の筒を咥えて、そっと吹いてみた。

 

 心が洗われるような瑞々しく美しい音色がフルフルと鳴り響いた。

 

 私が暫し聞き惚れていると、三人の老人に怪訝そうに見つめられた。

 

 「・・・これは良いものですねぇ」

 

 「「「・・・・・」」」

 

 三人は互いに目を見合わせ一つ溜め息をつくと、何も言わずに去っていった。

 

 

 

 

 ジジババが帰り、裏庭へ出てみると大勢の娘達がダンスをしていた。

 

 彼女らは『緑美楼』の山車(だし)と共にパレードに出るメンバーで、泥縄的にダイエットしようとダンス講座に参加した連中だ。

 

 指導をしているのは私の弟子見習いのメロウ十九才とアンナ十七才。ミラに次ぐ第二席と三席。流石に体幹のブレも無く、動きの切れが段違いだ。二人は姉妹になる。

 

 『黒門街』の枠で、『緑美楼』だけで一台大型の山車(だし)。つまり、コンセプトに従って飾り付けた巨大な荷車のような物に十人ほどの着飾った娼妓が乗って、随員が同じく着飾って周りを固め、力自慢の男衆が山車を引き、街の大路を音楽と共に練り歩くのだ。

 各門街で趣向を凝らした山車を幾つも造り、一緒に回って祭りを盛り上げる。某ネズミの国のパレードや、京都の山鉾巡行をイメージすると近いか?

 

 毎年、綺麗どころの多い『黒門街』の山車は盛況で、中でも『緑美楼』のは人気が高いらしい。注目される分やる方も気合いが入る。

 

 私は、運営に関係していないので、外から眺めるだけだ。

 

 「何だ、マリエルも参加しているのか」

 

 『緑美楼』の娼妓序列トップの『黄金』であるマリエルが、他の娘達に混じってダンスをしている。

 

 言っては悪いが抜群の存在感と目を引く華があって、他の娘が霞んでしまう。

 

 「今年は私の番なのよ!」

 

 パレードには毎年『黄金』が一人参加する習慣なのだと、息を弾ませながら教えてくれた。パレード迄に、もう少し絞りたいのだそうだ。

 

 コンセプトデザインをしたのは、これも同じ『黄金』の趣味人ミシディー。

 

 今年の『緑美楼』のモチーフは間が良いのか悪いのか、偶然にも『死獣ヌエ退治』。

 

 古代の遺跡を模した造形の山車の上で、天辺に檻に閉じ込められた『ヌエ』ならぬサルを設置し、周囲で首輪とケモミミを装備したイヌっぽい仮装をした美女達が(はべ)って、観衆に手を振る趣向だ。

 

 ハンター協会のチームは、『ヌエ』の件を公表しなかったし、私は何も口出ししていないから、これは偶然だ。

 

 何か、春にイヌの遠吠え事件があってから、イヌ好き界隈で、封印されていた『ヌエ』が解き放たれたのではないかとか、とうとう滅びたのだとか噂が立ち、ちょっとした『ヌエ』ブームが来ていたらしい。勿論論拠は何も無い。イヌ好きの勘が凄い。

 

 私はパレードにノータッチだが、山車の天辺の檻に閉じ込められる役で、ピートにオファーが来ていた。ピートは、お菓子の山と引き換えに了承した。

 

 というわけで、私は参加はしないが関係者ということになっている。

 

 「ミカゲ君も出れば良いのに!」

 

 マリエルが無茶を言う。

 

 「私が山車引きの男衆に混じったら、悪目立ちするだろう」

 

 力は問題ないが、子供が混ざっているようにしか見えないだろう。

 

 選ばれし力自慢の男衆は、兵士の仮装らしい。

 

 「いやいやそうじゃなくて、ワンコ役で一緒に山車に乗ろうよ!」

 

 「乗るか!」

 

 私は男子だ。

 

 「バルト役、代わったげても良いからさ!」

 

 「要らん!」

 

 本気かどうか解らないが、マリエルが山車に乗るよう勧めた瞬間、踊っていたメンバーが、弟子見習いも含めて全員此方に振り向いた。心なしか目が輝いていたように見えた。何なんだ?

 

 バルトというのは、後年作られた『ヌエ』と古代王国を題材にした昔の歌劇で、『ヌエ』を誘き寄せて罠に掛ける王室の勇敢な猟犬部隊のリーダー犬に付けられていた名前だ。最後に人間達を逃がして、自分は死んじゃう事も含めて人気が高い。実際どうだったのかは不明。

 

 何度も再演とリメイクが繰り返されるうちに、王室猟犬部隊のリーダー犬の名はバルトと定着してしまっている。今も、バルトと言う名のイヌはいっぱいて、朝の公園で呼べば散歩中のイヌが何頭も振り返る。

 

 『黄金』であるマリエルは、当然猟犬部隊のリーダーであるバルト役らしい。

 

 そう言えば、遺跡から持ち帰った首輪とか、まだ持ってるなぁ。

 

 真っ黒だったのを磨いてみたら、薄い純金製の幅広の輪っかで、真ん中に蝶番があり両端を合せることによって輪になる構造だった。状況から見て、金属製なのは人間が『ヌエ』の即死能力、『黒雷』からの盾にしようとしたからなのかもしれない。

 

 それでもよく視ると金の首輪の表面には牧歌的な農場や狩猟の日常とイヌが、細かいレリーフで彫り込まれていて、イヌに対する確かな愛情を感じさせる。目についたのを幾つか持ってきただけだが、そんなのが十本ほど有る。

 

 これ、もしかすると文化財として重要なのでは・・・返した方が良いか?へたに役所とかに届けると、盗まれて転売とかされそうだし、一段落したら、地元のイヌ好きな名士に売るか。

 

 難しそうだったら、カミラ婆に一回聞いてみよう。

 

 どうでもよい事を考えていたら、黒服の一人が私を呼びに来た。

 

 

 客が来ているそうだ。

 

 

 

 

 金輪のガリルの弟子を探していると言う。

 

 

 

 ほう。

 

 

 

 




 読了ありがとうございました。今回の連投は此処までです。次回を気長にお待ち下さい。

 
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