嵐の夜に飛び立とう   作:月山ぜんまい

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 64、船旅

   64、船旅

 

 

 秋が深まり、いよいよ『六合会』の行われる川沿いの大きな街『ハッベル』へと出航する日が来た。

 

 距離は大したこと無いけど、幾つか難所の側を通るため航海は丸二日ほど。今日の朝方出て、二日後の夜明けごろ到着の予定だ。それでも陸路なら最低三倍は掛かるそうだ。

 

 乗るのはマリオの後釜で、現『港湾荷役元締め』のハシムとか言うおっさんの用意した中型の貨客帆船だ。私達はついで。

 

 乗り込む前に一行の顔合わせが有り、船に近い港の一角に、ヤクザの集会か機動隊の会合みたいな、ガタイは良いが(すこぶ)るガラの悪い集団が(たむろ)している。

 

 そこで、

 

 元『黒門街』顔役のブルート御大、

 

 元『港湾荷役元締め』マリオ爺、

 

 元『商工会の議長』カミラ婆、

 

 の不良ジジババ三人組と合流した。

 

 勿論、来たのは三人だけではなく、それぞれ付き人を連れている。

 

 船に乗れる人数に限りが有るので、ブルート御大とカミラ婆は、使用人一人と用心棒二人の三人づつ。

 その内、カミラ婆と御大の使用人は女性だ。

 二人とも美人なのは良いのだけど、ブルート御大が連れてる女性は使用人ではなく、彼女さんらしい。六十過ぎて三十そこそこの愛人。流石だ。

 彼女さんだと解ったのは、『左目(スコルピオ)』の≪観測≫の視界にタグ付きで表示されたからだ。相変わらず訳のわからんタイミングで、訳のわからん情報が手に入る。尚、小さな居酒屋を営んでいる模様。

 カミラ婆やマリオ爺とも面識が有るらしく、和やかに挨拶している。

 

 面子と警備のため、マリオ爺に付いている警備の人数は二人より少し多い。

 同じ数にしようとして、現役のハシムに怒られたそうだ。

 私にはハシムの部下とごっちゃになって良く判らない。全部で二十人位いる。

 時代がらか皆スーツと言うわけではなく、マチマチの服装なので余計判りづらい。

 

 他に、船を操る船員と船長などが合わせて十人ほど居て、乗船するのはそれで全部だ。

 

 私もピートを連れて来ている。初の船旅にピートもちょっとお洒落して、錨マークの水兵帽を被り首に小さなネッカチーフを巻いている(いつの間にか、『緑美楼』有志によって製作されていた)。私は柔らかい生地のブルーの上着に潮風対策で何時ものキャスケット。

 

 ほぼ知り合いに挨拶するだけで終わるはずの顔合わせだったのだが、一人変なのが居て絡まれた。

 

 「へえ~、お前がミカゲとか言うインチキ治癒師か」

 

 マリオ爺に真っ先に紹介された若者で、今回の『席次戦』に出場者として選ばれている人物だ。

 

 まだ二十代前半の目力の有る逞しい大男で、他の者達より頭一つ分はでかい。

 

 実に羨ましい。

 

 シンプルな白シャツにだぶついた太いズボン、金髪をオールバックに撫で付けて、半笑いでイキり散らかしている。

 

 もしかして、笑うところか?

 

 やけに歯も白い。

 

 「レオン!先生に失礼な口を利くんじゃない!」

 

 マリオ爺が慌てて止める。

 

 「爺ちゃん!・・・爺ちゃんは騙されてんだよ!

 幾ら何でもこんな細っこいチビガキが、十人以上の荒くれ者を圧倒するような武術の達人で、おまけに死病まで治せる治癒術を会得してるなんて、どう考えてもおかしいだろ!」

 

 レオン君が上から目線で私を指差し(身長差)、オーバーアクションでマリオ爺に持論をぶちまけた。

 

 そうか、マリオ爺の孫か。

 

 くっ!私が小さいんじゃないぞ、お前がでかすぎるんだ。言わないけどな。

 

 レオン君は多分、身の丈(みのたけ)二メートルを越えている。

 

 以前、十年かけて二十歳前後まで成長した時も、身長は精々百七十センチメートルだった。

 地下で『十三原始細胞(ゾディアック・プラスワン)』の製作時、『右足(アリエス)』と『左足(タウラス)』に長さの延長(ちょい足し)を頼んだから、元々の『クルタの子』の時の身体よりも若干高くなっている筈なのだが、私の身長は結局、原作のクルタ族メンバーと同じくらいまでしか伸びなかった。クルタ族というのは種族的に余り大きくはなれないらしい。

 

 その直後、『肝臓(アクエリアス)』の二次権能の≪長生≫が初めて発動して、喜んで許可したら老化抑制じゃなくて何と若返り。年齢が五歳戻ってしまい、やっと延びた身長も十五才頃の百五十センチ台迄戻ってしまった。

 

 身体能力は念獣達のお陰で変わらないけど、リーチの分大損だった。アジャストするのにどんだけ苦労したか。

 

 「いや、そう思うのも無理はねえが、先生はお前の常識を遥かに越えたところにいらっしゃるんだ。

 何度も説明しただろう。世の中にはこういう摩訶不思議(まかふしぎ)な事の出来る方が本当に居るんだ、バカな真似は止めておけ」

 

 摩可不思議・・・え?私ディスられてる?

 

 ・・・マリオ爺の言う()()()()()()()()()()()姿()はかなり酷い。

 

 そうやって実際に言葉にすると、レオン君の不信感も解らなくはないな。

 

 前世で私が聞いたら、即詐欺か薬物乱用を疑うレベルだ。

 

 「チッ、分かったよ爺ちゃん・・・それじゃあ今から俺が、この見た目だけは良い小僧の化けの皮を剥がしてやらぁ!」

 

 分かってないみたい。

 

 「おう、嘘つきやろう!もう逃げようったって逃がさねえからなぁ!」

 

 レオン君が、拳をバキバキ鳴らしながら私を挑発する。

 

 「何バカなこと言っとる!先生にかかればおめえ何ぞ一瞬で塩肉みてえにシナシナにされちまうんだぞ!」

 

 塩肉?航海用に積まれる保存用の塩漬け肉の事かな?

 

 「す、済まねえ先生。ガタイがデカいせいか、どうも最近周りからチヤホヤされて、ちいとばかり調子に乗っちまったみたいで・・・」

 

 根は悪い奴ではないんだと、冷や汗をかきながら必死で孫を抑えようとするマリオ爺の様子に、ちょっとホッコリする。

 

 かなり可愛がってるみたい。レオン君も爺ちゃん呼びだし、実は爺ちゃん子か?

 

 段々と騒ぎに注目が集まってきた。

 

 「やっちまえアニキ!」

 

 「アニキが、そんなチビに負けるはず無いすよ!」

 

 「アニキ、手加減してやった方が良いんじゃないスかぁ?」

 

 

 元気が良いのはレオンの取巻きらしき同年代の若者達数人で、大人連中は面白そうに観ているだけだ。

 最前列にブルート御大とカミラ婆の姿があって、ニヤニヤしている。

 

 青い顔をしているのはマリオ爺だけだ。

 

 「・・・怪我はさせないから、心配するな」

 

 マリオ爺にそう告げて手を振り、周りを少し下がらせる。

 

 「そら、先に殴らせてやる。いつでも来いよ」

 

 レオン君が謎の侠気(おとこぎ)を発揮して、タフっぷりをアピールしようと、舐めた態度でガードを下げた。

 

 おっ?じゃ、遠慮なく。

 

 私は動き出しの判りづらい『円掌拳』の歩法でレオンに急接近。突然眼前に現れ驚く彼の額を、指先でトンと軽く突く。

 

 (まばた)き一つの間。

 

 最早用事は済んだので、ピートと共に船に乗り込もうと離れる私。その前に一言挨拶かな。

 

 後ろでレオンが、声もなく白目を剥いて膝から崩れ落ちる。

 

 慌てて駆け寄ったマリオが倒れる前に受け止めた。

 

 浸透打で脳を揺らされ、昏倒したのだ。暫くは目覚めない。

 

 ギャラリーが一瞬静かになり、若者達は無言で驚愕し、大人組は静かに口笛を吹く者、小声で「すげぇ・・・」他、漏らす者。彼らは静かになった若者たちを残し、さもありなんと通常業務に戻って淡々と乗船を開始した。

 

 「騒がせて済まなかった」と、今回の総責任者のハシムに詫びを入れたら、「ガキ共がおとなしくなって丁度良かったぜ」と、逆に笑顔で礼を言われた。

 

 レオンが『席次戦』の闘士に選ばれたのは、実力だけでなく次代のリーダーとして色々学ばせる為のようだ。内情を少し漏らしてくれた。

 

 「何しろ『六合会』だ。出先でのトラブルだけは困るんでな、先方に着く前に何処かでガキ共を一度シメておく積もりだったが、手間が省けたよ」

 

 凄い力で背中をドヤされ、豪快に笑っていた。

 あと、マリオ爺の事をくれぐれも頼むとお願いされた。

 

 「治癒師だからな。それが今回の私のメインの仕事だ」

 

 他の事をするつもりは余り無い。

 

 その後、レオンが気絶したまま運び込まれ、船は何事もなく出航した。

 

 

 この時代の船旅は風任せの部分が多く、余り当てにならないのは常識だ。それはその通りで、儘ならない事も確かにある。しかし、(おか)の者が思うよりも帆船はよく出来ている。

 

 初日の昼間甲板に出ていたら、年取った水夫に話しかけられて色々聞けた。

 

 様々な帆とロープを操って、嵐でなければどんな風でも船は思った方向に進むことが出来るらしい。向かい風でさえ何度も風を斜めに()()()事によって、風向きに逆らって進めるそうだ。

 

 船や船旅の情報を収集したかったから丁度良かった。その内、違う大陸にも行くつもりだ。

 

 老水夫はベテランの航海士で、船や海の事なら何でも知っていた。

 彼が私に声を掛けてきたのは、足の古傷が痛むのを何とか出来ないかの相談だった。後日、シュマに有る診療所に来られるように細かく場所を教えておいた。

 

 

 レオンは程なく目覚めたそうだ。

 

 一応負けは認めたようで、船内ですれ違っても絡んでくることは無かった。

 ただ、納得はできていないらしく、私を見かける度に(しか)めっ面になって小さく鼻を鳴らしている。

 

 これが若さか。

 

 会うたびに何故かピートが彼を威嚇したり、ピーナッツを投げたりして悪戯しようとするので止めている。通りすぎた私の事を、いつも後ろから睨んでいるからかね?ピート的に敵認定なのだろう。

 

 絡んでこなければどうでも良い。

 

 

 翌日の朝、船は奇妙な岩だらけの小島が無数に有る岩礁地帯に差し掛かった。

 

 噂の難所だ。

 

 「この辺りの海底には水面の下に隠れた岩礁が山ほど有って、何本かの正しい航路を取らないと、たちまち座礁しちまうんでさあ」

 

 大型の船ほど気を使うのだと、昨日の老航海士が教えてくれた。

 

 船長命令で、現在の船の進行はゆっくりだ。

 

 老航海士が言うには、船長が言うほど狭い航路では無いそうだ。よほどに酷い船乗りでない限り心配は要らないと請け合ってくれた。

 

 なかなか進まぬ船脚よりも、私は全く別の事を考えていた。

 かなりの数が有るらしい此の沢山の小島の中ならば、何か有ったときの隠れ場所の候補地の一つとして丁度良いのでは無いか、と言うことだ。

 

 話によると、岩礁地帯はここから大分広範囲に広がっていて、小島の数は千を越える。

 殆どが切り立った岸壁と岩礁に囲まれていて人は簡単には近付けず、見た感じ木々も繁る其れなりの大きさの小島が多い。鳥や小動物なども生息しているようだ。

 きっと食料や水も見つけられるだろう。何ならそれらは持ち込んでも良い。岸壁も私なら問題ない。

 

 似たような島が多いのも、探索の難易度を上げている。何事か有って隠れ場所に困ったら、逃げ込むには良いのではないだろうか。

 

 流石に『害地』よりは安全だけど、その分出入りや痕跡が見つかるリスクは多少有るか。

 

 『緋の目』や『クルタの子』の復讐関係の発覚他、今も容姿や『治療術』の件で絡んでくるやつがいる。ある意味普通に日常を送れていても、私には潜在的な敵が多い。

 さっきのレオン君の件もその類いだ。逃げ込む先も多いほど良いだろう。シュマに戻ったら、暇を見つけて何処か奥の方に良さそうな小島を幾つか探しておこう。

 

 

 その日の午後になると海が時化て荒れ始めた。船に弱いものは青い顔で桶を抱え、動けなくなった。

 

 「これしきの揺れで、全くだらしないねえ・・・レイズだよ」

 

 「船に慣れとらんのだ、仕方有るまい。コール」

 

 「どう頑張っても船に合わん奴はおるからのう、(はしけ)処か浮き桟橋に立ってただけで酔うやつも居る・・・ダメじゃ、降りた」

 

 揺れる船の薄暗い船室で、カミラ婆とブルート御大とマリオ爺の三人が、平気な顔してカードゲームに興じている。

 

 馴れない船旅であたふたしている他の者とは場数の違いを感じさせる。

 

 カードには私も誘われたけど「私を混ぜると酷い事になるぞ」と、脅して断った。

 私には『左目(スコルピオ)』の≪観測≫が在るのだ。接待でゲームされても楽しめまい。

 

 大丈夫そうなので私は部屋の前を通り過ぎ、甲板に出てみる事にした。相棒のピートは船室にぶら下げたバスケットの中で就寝中。やつも大物。

 

 気配を抑えてそっと甲板に出てみると、風は強いが雨は小雨程度、一部を残して小さく畳まれた帆が、それでも猛烈な速度で船を進ませていた。

 

  木造船の軋みは恐ろしい程に響いているけど、気にしている船員は誰も居ない。きっと此れが正常な状態なのだろう。

 

 忙しく働く水夫達の様子を見れば、これがプロの現場であり、素人が手を出す隙は無さそうだとすぐに気がついた。

 

 船室に戻ろうとしたところで異変が起きる。

 

 突然の突風に太綱が一本千切れ、その綱が一人の水夫を甲板の外に弾き出してしまったのだ。

 

 その瞬間、私は意外と冷静だった。

 

 原作にも似たようなシーンが有ったよなぁと、思い出す余裕まであった。

 

 すぐに動き出しながら間に合うかどうかを瞬時に判断し、『右手(キャンサー)』の二次権能≪召喚≫の『早出し(ファストムーブ)』、『あり得ざる小さな世界(フォーチュン・イン・ザ・ポケット)』からフック付きのロープを取り出し、腕力で船縁にフックを打ち込み、抜けないように固定。

 そのまま宙を跳んで水夫に追い付き、襟首を捕まえた。

 

 これを水夫が水に落ちる前にやってのけ、更にその上でロープの端を水夫の身体に巻き付けて、尚且(なおか)つ昼間老航海士に教えてもらった()()()()()にして(くく)ってやる。

 

 自分の姿が未だ誰の目にも触れていないのを『(ジェミニ)』の≪把握≫で確認。

 

 水夫を水面に落ちるがままに放ったらかし、私自身は『左足(タウラス)』の≪甲殻≫を踏んで跳び、船縁につかまれる位置まで戻って来て水に落ちなかったふりをした。

 

 そこまで終わった処でやっと船内から水夫が落ちたことに船員達が気付き、手空きの者が船縁に数人集まって来た。

 

 私は、彼らの脇へと船の外から船縁を越えて飛び込み、驚く彼らにロープの先の水夫の事を報せ、慌てて引き揚げる彼らを手伝った。

 

 助けた水夫は、最初のロープの一撃を受けて気絶していたので(知ってた)何も覚えていなかった。

 しかし、外に放り出されるのは何人かが気がついていて、私の行動も船から助けに飛び出した所までは見られていた。

 

 お陰で船長に無茶をするなと怒られたが、水夫を助けたことは非常に感謝された。

 気絶していた水夫が水に落ちて助かる可能性は、ほぼ無かったらしい。

 例え意識があったとしても、船を戻して探したとして、それでも見つかることは希なのだそうだ。

 元の世界の海の危険に加えて更に危険な生き物や謎現象も多く、一般的に海は想像以上にヤバイ処という認識らしい。

 

 

 夕方には時化も収まり、ヒマをしていた船酔いでダウン組以外は甲板に出てきた。

 

 ブルート御大とカミラ婆とマリオ爺の年寄り三人組も、それぞれお付きの者を連れてラフな格好で外の空気を楽しんでいる。

 

 なぜか三人ともお揃いの麦わら帽子を被っていた。

 聞いたら、日焼けと陽射し対策だった。サングラスは未だ普及してないので、とりあえず有り合わせの帽子で夕暮れの照り返しから目を守るのだそうだ。

 

 後ろから見ると、三人の幼馴染みの子供時代を思い起こさせるようで、ちょっと笑いそうになった。

 

 穏やかな風に吹かれながら、軽いお喋りに興じ、マリオ爺は釣竿まで持ち出して糸を垂らしはじめた。

 

 周囲の者も三人には気を使って、三人が一緒のときは少し離れて見守っている。

 

 風下側の船縁で風に孕む帆を見上げながら、帆船の基本的な動かしかたをシミュレーションしていたら、何故かジジババ共が私を見つけて寄ってきた。

 

 「昼間は大活躍だったそうじゃないか」

 

 ブルート御大が、からかうように言う。

 

 「あんたも大概無茶するねぇ、船は動いてんだよ、落ちたのに誰も気付かなければ最悪海の真ん中に置き去りにされちまうよ?」

 

 カミラ婆の小言は、馬車の話を応用したもののようだ。

 

 「艀や池の小舟じゃねえんだ。幾ら先生でも船から海に落ちりゃあ、誰かに引き揚げてもらわねえ限り戻っては来られねえぞ、気いつけるこった」

 

 今度は此方側に釣糸を垂らしながら、マリオ爺が呟くように言った。目は、糸の先から逸らさない。

 マリオ爺の言うことには実感が籠っている。

 

 そんなに心配しなくとも、大丈夫なんだけどね。

 

 私にとっては海は、そう危険な場所では無い。

 

 その後、行った先のハッベルでの観光の話になり、三人がそれぞれ別々の場所に用事があり、私に付いてきて欲しいと思っていることを告げられた。

 面倒臭いので断ろうとしたけど、出先で何か有ったらどうするんだと健康上の問題を持ち出され、結局了承させられる。

 年寄りなんだから、宿でおとなしくしてろよ~。

 

 それなりに世話にもなっているから別に構わないと言えば構わないが・・・

 

 「・・・もしかして、そっちが本命だったりしないだろうなぁ?」

 

 今回の小旅行の本当の目的は『席次戦』とハッベルの街の見物ではなく、彼らの個人的な用事だったりして・・・。

 

 「はぁ?」

 

 「ないない」

 

 「・・・・!」

 

 な訳無いか、と思ったら、きょとんとしているブルート御大とカミラ婆に対して、マリオ爺が大きく動揺し、魚が掛かりかけて引いていた竿を勢いよく振り上げた。

 

 「・・・え?」

 

 「おっ?」

 

 「あっ!」

 

 竿先が大きく振り回され、慌てて戻した釣り針が偶然カミラ婆の麦わら帽子を引っ掛けて海の方へと飛ばしてしまう。

 

 「あっ、ばか!危ないじゃないか、何やってんだい!」

 

 すかさず、彼女から悪態が飛び出した。

 

 「す、済まねえ・・・」

 

 へこむマリオ爺。

 

 「あれを取り戻すのは無理そうだな・・・」

 

 ブルート御大が、冷静に海面に落ちて置き去りにされて行くカミラ婆の麦わら帽子を見てこぼした。

 

 ただの古い麦わら帽子では、わざわざ手数と時間をかけて船を停め、備え付けの小舟を下して回収するほどの価値は無い。

 

 マリオ爺とカミラ婆も、ちょっと残念そうに離れ行く麦わら帽子を無言で見ている。

 

 何かに重ねているのだろうか。

 

 幼い三人組が、突然老人に戻ったようだった。

 

 

 「・・・はぁ」

 

 私は、おもむろに船縁を飛び越えて船の側面を"周"と変化系と操作系の念修業の応用で走り降り、水面を『左足(タウラス)』の≪甲殻≫を使って走り抜け、海面に落ちたカミラ婆の麦わら帽子の所迄たどり着くと、ひょいと拾い上げた。

 

 実を言うと、念の基礎修行により≪甲殻≫無しでも水面に立てるようにはなっているのだけど、この方が楽なのだ。

 

 振り返ると、三人組とたまたま見ていた数人の使用人と船員、レオン達若者組が驚いて固まっている。

 

 私は、水上に立ったままカミラ婆の麦わら帽子を何度か振って水滴を落とし、又同じ経路を辿って何事もなく甲板へと駆け戻る。

 

 「・・・ほら、もう落とすなよ」

 

 目を真ん丸にして呆けていた三人に麦わら帽子を渡し、さっきまでと同じ体勢に戻る。

 

 「あ、ああ、ありがとう?」

 

 カミラ婆は混乱している。

 

 「な、何で、何が・・・」

 

 マリオ爺は混乱している。

 

 「・・・どうして水に落ちないんだ?」

 

 ブルート御大は、混乱しているが今の現象の理由を尋ねた。

 

 答えはいつものやつ。

 

 「気だ」

 

 ドドーン!(心象風景)と、ちょっと大きな波が船を揺らした。

 

 どうせ見ていた人数は大したこと無い。誰かに話してもヨタ話としか思われないだろう。

 人助けではなく、ただ麦わら帽子を拾っただけ、というのがミソで、非常識さに拍車を掛けるはずだ。噂の信頼性の低さは街で嫌と言うほど経験している。

 

 辛気くさいのは無しだ。老い先短いかどうかは判らんけど、死ぬまで楽しく暮らすが良いのさ。

 

 それに、 もう力を示すのにビクビクする時期は過ぎた。

 

 

 何事か仲間内で興奮ぎみに話をして、ずっとチラチラ此方を見ていたが、暫くすると皆納得いったようないってないような微妙な顔で船室に戻っていった。 

 

 

 私は一人、元の場所で帆船操作に思いを巡らせる。

 

 まだ自分の強さに得心が行ったわけではないが、ちょっぴり人生を楽しんだり人助けをしたりしても構うまい。

 

 

 

 「・・・船が欲しいな」

 

 

 

 




 摩訶不思議アドベンチャー
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