67、過去
殺し屋騒ぎはとりあえず収まったし、面白そうなお土産も得られた。
まだ昼前だ、ピートと街の観光を続けよう。
街の港側は覗いたので、今度は他の場所も観光したい。
骨董通りは後で寄ることにして、いい匂いをさせていた屋台の焼き栗売りに、面白そうな場所を聞いてみる。
元気なオヤジのお勧めは、中央の中州に有る商館や寺院の庭園見学と劇場、川の東西に有る一日では回りきれない店舗廻り、懐具合によって楽しめる食事どころと見世物、芝居小屋。そして、もちろん夜のお楽しみ。
「あ、そうだ、武術に興味が有るなら、東街の方にいっぱい道場が有るぜ。この街は、その筋じゃあ有名な武術の街でも有るからな」
俺も若い頃は鍛えてたのよ、とオヤジが両の拳を型っぽく構えてみせる。
ウンソウダネ。
そういや、この街は歴史的に盗賊や他国からのちょっかいが多いとか聞いたなあ。農作物にしても交易品にしても守るための武力は必要だろうし、籠城するなら街の住人も戦力だ。
いろいろ需要がありそうだし、この世界は強いに越したことはない。
面白そうなので、そちらに行ってみる事にする。
粗い紙の袋に入った焼き栗を、一つづつ剥きながらピートと交互に食べつつ、上陸した西側の街から辻馬車で橋を渡って中州へ。
中州は、なんだか何処も高い塀が多い。昔の名残りだろうか。建物もでかい石が贅沢に使われていて、表面の飾り彫りが雨に削られて時代を感じさせる。
石造りの博物館みたいな劇場もあった。庶民に手が出る値段じゃなさそうだ。
劇場にかかっていた出し物は『
流行ってんのか?いや、この辺りだと鉄板人気なのかもしれない。
中州をぬけ、さらに中州から橋を渡って東側の街へと入る。
東側の街も表通りには店舗が多くて、少し中に入ると商家の屋敷が並んでいるのは他と変わらない。
ちょっと違うのは、街中にぽつりぽつりと町道場が有って看板が掲げてあり、中から威勢のよい掛け声が聞こえてくることだ。
扉は何処も開いているので、見学は自由で良いようだ。
元気の良い道場を見つけて、試しにそっと入ってみる事にした。
看板には『
ほう、武闘大会が有るのか。
唇に指を立て静かにするよう伝えてから、ピートを抱上げ、侵入。抱っこされたピートも、何か楽しそう。
門を潜ると母屋と道場への通路が設けられてあり、道場の方に近づくと中庭で二十人ほどの弟子達が、それぞれ力量に応じた訓練を受けていた。
素手の者よりも槍の扱いを学んでいる者が多く、師範らしき数人が順に稽古を付けている。
一人、屋根の下で椅子に座って見ている髭のおじさんが道場主だろうか。腕はそれなりかな。
見つかったら怒られるかもしれないと思ってたけど、私の目の前には数人の暇な子供と爺さんが先約で見物していた。
どうやら見物人がいるのは普通の事らしい。
「先生は今日は稽古をつける気は無いようだなぁ」
「今日は日が悪い、一番弟子のズッコが先日花街で喧嘩して『
「そうなのか?俺は負けた相手は『
禿げた爺さんと髭の爺さんが話している。どうやら本当に沢山の道場が在るらしい。
「・・・おっちゃん達どっちも違うよ、ズッコはソラねーちゃんにやられたんだよ、な」
・・・ソラ?
「うん、ソラねーちゃんが店に誰かを捜しに来たのを見つけて、言い寄ったらぶっ飛ばされたんだ」
二人の子供は地元民のようだ。
「え、ソラってあの『放念流』のソラ様か?槍使いの」
「ハッベルに戻ってるのか?」
ソラ様?
「大丈夫なのか?確か領主様の親族と色々揉めてたろう?」
「いや、あれは相手がおっ死んで終っとるよ、それより三年前の武闘会で『呪操流』とやりあった件だろ」
「それがあったか、今年の『武闘会』で、ズッコが優勝できたのも、あの二つの道場が参加出来なかったからだからなあ・・・」
「バカ、其れをここで言うなよ、怒られるぞ・・・」
ふと見ると、話を聞いていたらしい道場主が、不機嫌そうに咳払いをして此方を睨んで来た。
四人の見物人が、そそくさと逃げるように外へと出て行くのを庭木に隠れて見送る。
四人の話に興味が湧いたので後ろから追い付き、迷って母屋側から出てきた体で話しかける。
「・・・すいません、よく知らないのですが、こちらの道場は高名な武館なのですか?」
「お、おう、いや、有名だけど今年だけじゃろ、なあ?」
「うむ、来年は無理じゃな」
「うわぁ・・・綺麗!」
「あ、仔犬だぁ!」
入門先の道場を探していると
ワンコピートのお陰でナンパも簡単。
スパイスの効いた揚げ菓子と、いつものお茶、子供達と私にはミントのようにスッとする仄かに甘いヨーグルトドリンク?を頼み、四人から話を聞く。
どうやら彼らの話に出てきたソラ様と言うのは、この前シュマで武術指南をしてやった念能力者の娘で間違いないようだ。
あと、例のキンブルもこの街出身だった。
まず、色々飛ばして今のハッベルで歴史の有る有力な武館は二つ。
一つ目は『
『発相流』
創始者は、間違いなく知識の有る念能力者だな。カリスマ創始者の死後、弟子たちが方向性の違いで別れたとかだろう。どこの業界でもよく有るやつだ。
残ってるのが『放念流』と『呪操流』なら、分派した弟子達は放出系と操作系?
肝心のソラは、『放念流』の現道場主の末娘だった。
彼女の話だと他に念の使い手は居ないみたいだし、念能力に関する情報も抜けが多い。
何処かで情報の断絶が起こって、今に伝わってないのかも。ソラが"発"を使えるってことは、奥義的な伝承は残ってるのか?
悪し様に言っていた武術の師匠は恐らく父親や兄辺りか、あの天稟で末娘なら相当に可愛がられていたのだろうけど、甘やかし過ぎだ。
さて、『放念流』宗家は武術道場と言っても古くからハッベルに有る旧家、ソラも当然それなりのお嬢様なのだが昔から近所でも有名なお転婆で、おまけに同門の誰より秀でた武才を持ち、十代からブイブイいわせていたらしい。当時の名残で、今でもこの辺りの子供達には慕われているようだ。
同時期に名を聞くようになったのが『呪操流』の門弟だったキンブル。
こちらは対称的にスラム出身の孤児だ。
ある日、『呪操流』先代の道場主がスラムで死にかけていたのを見つけ、見所が有ると拾ってきた。
長じて周囲の誰より強くなっても、でかくて無愛想で付き合いが悪かったため、人は余り寄り付かなかった。
ハッベル最強の武術家を決める三年前の『武闘会』決勝で、二人はぶつかった。
既に伝説のように語られるほど、人間とは思えないような速さと強さを示した闘いの末に、その場は判定でソラが勝った。
そこまでが世間でよく知られた話のようで、子供達が身ぶり手振りを交えて興奮ぎみに教えてくれた。どうやらソラとキンブルの二人は、もうその時点で念能力者として覚醒していたようだ。
その先は爺さん達が目を合わせて言い澱んでいたので、子供達を先に帰して内緒で続きを聞く事にする。
小さな居酒屋に場を移して昼間っからジョッキを並べると、ここから先は一部の者しか知らない事だと声をひそめる。
どうやら然程の秘密では無いらしい。
何でも武闘会のあと、町中で『放念流』と『呪操流』の門下生同士で乱闘騒ぎが有り、一般市民にも怪我人が出て、どちらの道場も二年間の武闘会出場停止処分になったと言う。
「原因は、武闘会の判定に疑問が有ったからさ」
禿の爺さんが口に手を当て、小声で漏らす。
疑惑の判定か。
「見ていた見物客からも、どちらかと言うと有利だったのはキンブルの方だったんじゃないかって声は、当初から有ったのよ」
「わしらもこの目で見てたしのう」
髭の爺さんが同意する。
「ただ、片や皆に愛される名門のお嬢様、片やスラム出身の無愛想な孤児じゃあ審判員の心象がどっちに傾くかは・・・なあ」
差別は有って当然の時代。分かりすぎる。
・・・だとしても、納得できるかは別か。
二人の因縁の経緯は何となく分かったけど、どうしてキンブルが出奔して、ソラが追っかけて行くはめになったんだ?
「その騒動が元でキンブルは街を出たのかい?」
キンブルが街から出ていった事はさっき聞いた。
「いやいや兄ちゃん、違うのよ」
「まだこの先が有るのよ」
「そうそう」
二人の爺さん達は、誰も聴いていないことを確かめるように辺りを見回し、更に声を落として其れでも話を続けた。酒も程よく入り、如何にもここからが面白いところだと謂わんばかり。多分言うなと言ってもお構いなしに喋っただろう。
「件の二人は騒動とは無関係だったけど、武闘会決勝で、その強さと凛々しさを見せつけたソラ様に目をつけた野郎がいたのよ」
「嫌な野郎だよ」
「領主様の八番目か九番目の息子だ、有名なバカ息子で乱暴で女好き」
「武闘会に出る度胸は無い癖にな」
「よく徒党を組んで街をうろついてたよ。女好きのチンピラなんざよく居るけど、奴には権力の後ろ楯が有った。奴が近づいてきたら女達は皆奥に隠れたもんさ」
権力を持ったバカな男のすることは、誰でも一緒か。そういやマーガム・ファミリーのサギーも女関係でトラブってたもんなぁ。
「それで、どうなったんです?」
「・・・実を言うと、そこから先の話はあんまり無いのよ」
「無い無い」
ざんねんながら、一般に流れている噂話はここまでらしい。
「でも、いくつか推測は出来る」
「出来るのよ」
お、どうやら結構な事情通に遭遇していたらしい。
一、まず、『放念流』の道場から家人が何人か拐われたと情報が流れてきて、すぐに間違いだったと訂正された。
二、数日後、キンブルが武者修行の為に街を出たと噂になった。
三、バカ息子を街で見なくなって、しばらくしてから病死したらしいと情報が流れてきた。
爺さん達の推測によると、バカ息子達に拐われた家人を助けに向かったソラを助けるために、ライバルのキンブルが大暴れしてソラと二人でバカ息子達を退治してしまい、事件後に家族の居るソラを気遣って領主の親族殺しの罪を己一人で被ったキンブルが街を出た。と言うものだ。
「泣けるのう」
「うむ、キンブルは、男の中の男じゃ」
いや、半分以上妄想だよね?
キンブルがシュマに来たのは、匿ってくれるスラム時代の伝が在ったからだろうか?
追加の飲み代を払って、二人を置いて店を出た。
情報の正確性は兎も角、結構楽しめた。
状況から見て、事件後に街を出ているキンブルがバカ息子達を殺った可能性は高い。
それが義憤からか、誰かの依頼だったかはわからんけど、キンブルは別に悪党って訳ではないようだ。
ソラの言っていた命の借りってのも、人質事件の件だろう。ソラの命か人質の命かは分からんが、奪ったのではなく、助けたのがキンブルだったって訳だ。
ソラは、何でキンブルの名前を聞いてあんなに荒ぶってたんだ?
助けられて悔しいとか?
まぁいいか、後は『顔無し』の『小耳のジム』から事実関係を確認しよう。
爺さん達と別れて、そろそろ街の西側に戻ろうかとピートとふらふら歩いていると、さっき別れた子供二人が此方を見つけて近寄って来た。
見た感じ判りづらいが男の子と女の子の二人組で、ピートをもう一度撫でたくて寄って来たらしい。
「さっきは面白い話をありがとう」
彼らは街場の子供で、スラムの子供達とはグループが違う。道場関係じゃなくても面白そうな追加の情報は無いかと序でに聞いてみる。
「・・・大蛇と魔法使い?」
近所の猫が誰かの鶏を捕ったとか、空き地に酸っぱい実の成る木が在るとか、どこそこの家で赤ちゃんが産まれたとか、どこぞの道場の誰それが甘味屋の看板娘に振られたとか、地元ネタの中に、奇妙な話が紛れていた。
「頭がいっぱい有ったって」
「凄い音を立てて、岩山を崩しながら闘ってたんだって」
「光が何本も飛んで、恐ろしかったって」
「魔獣同士の争いじゃないかって、父ちゃんが言ってた」
「絶対近づくなって母ちゃんが・・・」
街の東の農地の先、街から十キロ以上離れた別の川の向こう側の話で、国境近くの村人からの又聞きらしい。
結構正確な位置が分かったので、後で行ってみようと決める。
未だ見たことの無い新たな不思議生物が居るなら見てみたい。しかし、森以外にも居るんだなぁ。いや、当たり前か。モフモフだとよいが、片方は蛇だって言うし、望み薄かも。
・・・ん?大蛇と空飛ぶ光。
その日の深夜。
「はい、現場のミカゲです。今、話題の岩山に来ていま~す」
連れてきたピートが、私の突然のレポーター口調にビックリしている。
・・・冗談だピート。
ちょっと期待と違ったので、力が抜けてなげやりになっただけだ。
あれから一度宿まで戻り、夕食後に抜け出して文字通り飛んで来たのだ。上空から見れば、派手な戦闘の痕跡はすぐに分かった。
降りてみると各所にオーラによる破壊の痕跡と残存オーラを感知する『
もしかしたら、と思わなくもなかったが、ここで闘っていたのはやっぱりキンブルとソラだった。
「あいつら何やってんだ?」
三年越しに武闘会の決着でも付けようというのだろうか。
武術家としてはソラの方が優っているけど、念能力者としてはキンブルに分がある。操作系だけあって、オーラの扱いが上手いのだ。
例え"発"無しで戦っても、今の時点ではソラは勝てないだろう。ソラが後から見せた放出系の"発"を使いこなせるように成れば、勝ちの目が出てくる。キンブルにあれは受け止められないだろう。そんときはキンブルは多分死んじゃう。
あいつら、今どっちもこの街に居るのか・・・
出くわすと面倒なことになりそうだから、帰るまで街の東側には近付かないようにしないと。
用事は済んだので、ピートとちょっと棒投げして遊んで、深夜の散歩は終わりにする。
明日はジジババどもの付き添いだ・・・そういやマリオ爺が、付き添いの件で何か動揺してたなぁ。
何だろう。マリオ爺の事だから、別に悪事じゃあないだろう。しかし、あんなに明け透けで、よくファミリーのボスが務まったよなぁ?でも人望は有るみたいだし、やっぱり人間は頭より懐の深さと人徳か。
誠心流 青森
修伝流 秋田
久条流 宮城