68、買い物
今日はジジババ達との外出の予定が入っている。
彼らの間で話し合いが持たれたようで、午前中はカミラ婆が、午後はマリオ爺が、夜はブルート御大が予定を入れたようだ。
どうでもよいが、私は何も相談されていない。昨日一人で出歩いて、相手をしなかったことを根に持たれているらしい。子供か!
「ほう、中々似合うじゃないか」
カミラ婆が、落ち着いた色合いのドレスに可愛い小さな帽子を被り、金持ちの老婦人といった装いで私に声をかけた。
「まあ、約束したからには付き合うさ」
私は、いつの間にか用意されていたオーダーメイドのタキシードにウエストを絞ったフロックコート、おまけのシルクハット迄含めて完全な
私は悪のりして帽子を脱ぐと、華麗にお辞儀をした。
「奥様、どうぞお手を」
カミラ婆の手を取り、すぐ前で待ち受ける馬車へと誘う。今日は他の使用人や用心棒は無くて、二人だけなのだ(あとピート)。
「ふん、悪くないねえ」
カミラ婆も上機嫌だ。
ピートが犬に変化したことは、どういうわけか然して問題にされず、急遽蝶ネクタイ型のチャーム付き首輪が用意された。
昨夜は、どちらかと言うとゴツいおっさん達が皆で撫でたがり、餌をやりたがって大変だった。
ワンコ姿が可愛いのもあるけど、この地方独特の猿を嫌がる風潮と、犬好きが多い気風のせいかもしれない。突然人気者になって、ピートも大変そうだ。
シュマにもどったら、やはりコザルに戻すことにしよう。
何て事ないバカ話と年寄りの愚痴を聞きながら、馬車は目的の店へと向かう。
ピートは、カミラ婆の「老婆は可愛い犬を抱いて居るものなんだよ」と言う謎の理論によって、彼女の膝の上だ。普通は、猫じゃないのか?
皆が余りに普通だったので、突然サルがイヌになったのに、なんで何も反応が無いのかちょっと聞いてみた。
「海の上を歩いて渡るような、常識外の人物が連れている生き物だからねぇ・・・」
ピートを撫でながら、なにを今更と苦笑いされた。
目撃者もさほどではなかったし、 海上歩行の件は、もっと半信半疑な感じになってると予想していたのに、思ったより普通に受け入れられていた。
霊獣が実在して、念とか不思議事件とか在る世界だから、皆思ったより非日常を受け入れる度量が大きい。時代柄、情報の伝達が基本噂話レベルで、フイクションとノンフィクションの境目が曖昧模糊としているせいも有るのだろう。
啓蒙思想が広まって百年以上経っているはずなのに、未だ近代は遠いな。
カミラ婆の話によると、ピートに触れると幸運に恵まれるとか言われ始めているらしい。ジジババ組の使用人や護衛が、お祈りしながら撫でていたそうだ。
ピートさん、いつの間にビリケンさんのような扱いに。
あやかりたいので私も手を伸ばし、カミラ婆に抱かれているピートさんをちょっと撫でる。
カミラ婆の用事は買い物らしい。
何でも取り寄せられる身分だろうに、わざわざ自分で買いに行く商品とは何だろう。少し気になる。
馬車を降りて店の中へ。中州の高級店へと連れてこられた事は場所と店構えで解るのだが、何を売る店なのか外見からは判別できない。
思ったよりシンプルで上品な店内には、様々な器やカップ、絵皿などが、宝石のように大事に展示されていた。
「陶器の専門店か・・・」
そうか、一部安物も出回ってるけど、この時代は未だ高級品の扱いか。現代でもブランド品は高いもんな。
結構美しい。今買っとくと、将来値が上がるかも知れない・・・けど、かなり気の長い投資だな。価値が出る頃にはもう死んでるかぁ。
カミラ婆が店員に何か聞いて、後をついて行く。誰か目当ての作家の作品が有るようだ。
一応護衛でお付き役の私も、博物館見学の気分で後を追う。
着いたのは、大きくて細かい彩色が施された外国産の壺や絵皿、発掘品らしい古い陶器の美術品が並んだコレクションルームだ。
一応来歴メモがそれぞれに呈示されているけど、付いている値段がさっきの場所とは桁違い。
ここは恐らくこの店の格を示す物品の置かれている場所だろう。マネージャーだろうか、案内が途中でただの店員から老紳士に変わっている。
カミラ婆が立ち止まったのは、派手な絵柄の大皿や壺の前ではなく、片隅の二
白磁の上に独特な淡いタッチで、ありふれた野の花と数匹の仔犬が、カップと対になったソーサー計四つに
カミラ婆がそれを懐かしそうな、そして少しホッとしたような表情で見ていた。
「・・・」
呈示されたメモには売約済みと書かれている。
「・・・なかなか可愛い絵柄だねぇ」
カミラ婆が、何か話したそうに見えたので水を向けてみる。
「・・・私の旦那の作品さ、若い頃のね」
ぽつりと、溢すようにカミラ婆は言った。
「大した才能も無いくせに、家業の商売をほったらかして絵ばかり描いている穀潰しでねぇ。わたしゃ若い頃から散々苦労させられたもんだよ」
彼女の旦那さんは、最後の子が未だ幼い内に若くして病で亡くなっている。
「若い絵描きが幾ら頑張ったところで大した稼ぎにゃなりゃしないってのに、アトリエから出て来やしない。お陰で引っ張り出された私が代わりを務めさせられて、毎日毎日あくせく働かされてたって訳さ」
カミラ婆のモーティマー商会は、シュマでも屈指の古参商会だ。彼女はしっかりした娘さんとして界隈で有名だったので、趣味に傾倒するボンボンの跡取りの元に請われて嫁に入ったとジジイ達に聞いている。
旦那さんは、それなりに優秀な絵描きだったらしい。仔犬の絵には、若冲を思わせるようなどこかモダンな軽やかさがある。
「暖かみが有って悪くない絵じゃないか、どこかで見つけたら私も一つ欲しいくらいだ」
マジでちょっと欲しい。
「フン・・・世間に出回ってるのはこいつで最後だよ、後は絵画も絵付け品もコレクター連中がどうしても手放さなかった」
カミラ婆が、不機嫌そうに言った。
「・・・現存する作品を全部集めたのか?」
旦那の事好きすぎだろう。
「・・・─あんたになら、一つ譲ってやってもいい」
ちょっと恥ずかしそうにカミラ婆が言う。
「ありがとう、戴けたら大事にするよ」
カミラ婆が、死んだ旦那の事を穀潰しだとか稼ぎが悪かったとか
初めて聞いた人はまるで仲が悪かったように受けとってしまうが、それを真に受けて元旦那の悪口を彼女の前で口にするのはとんでもない誤りだ。マジでガチ切れされる。
内々では最初に教えられる、虎の尾逆鱗案件なのだ。
対のカップは、このまま持ち帰るために梱包を頼んだ。
その間カミラ婆にはフロント前の待ち合いでお茶が興され、私は後学のために商品を見て回る。ピートは未だ彼女がガッチリ抱えたままだ。
取引は無事に済みそうで、一仕事終えたカミラ婆は無心でピートを撫でている。
彼女の少し気が抜けた様子を確かめて、ピートには今日の処は我慢するように思念で伝えておいた。
心に隙間を感じる時も、そうでないときもモフモフは常に良いものだ。
少し弛緩した空気を突き破り、店の扉が開かれて新たな客が三人。店内に招かれた。
危険は無いと判断し、私は商品見物を続ける。
「あら、モーティマー商会長!」
程なくして甲高い
「・・・ヒステル婦人」
カミラ婆は、素っ気ない返事。知り合いらしいが、余り仲良しでは無さそうだ。
モーティマー商会長は、カミラ婆の前職だ。序でにシュマの銀門街で、商工会議長も歴任していた。
「いえ、今は
ヒステル婦人は、口調はにこやかなのに内容はやたらマウントを取りに来ている。商売人のような鋭さは見られないので、この街に住む金持ちの有閑マダムってとこだろうか。
「いいさ、今じゃ商売からは退いて、悠々自適な隠居生活だ」
カミラ婆は、素っ気ない。
「ご病気とお聞きしていたので随分と心配致しましたのよ、もう長くないなんて酷い話まで聞かされて・・・いえ、それにしてはお元気そうですわねぇ?お肌の艶も・・・以前より良くなっているような・・・」
カミラ婆の病は私が完治させた。定期的に針治療をして健康管理もしている。美容に良い生活と食事療法も請われて教えまくったので、肌年齢も十歳は若返っている。序でに伝えた其れを生かすための歳相応のナチュラルに近いメイク。
高い化粧品で顔面を塗りたくったおばさんよりも、見た目の印象は遥かに洗練されている。
「フッ・・・」
カミラ婆は余裕。
「クッ・・・」
外見の印象勝負では敗北を悟ったのか、おばさんの目がぐるぐると泳いで一歩下がった。
カミラ婆に対してやけに嫌味なおばさんは、背はそれほど高くないが恰幅がとてもよい。まるで直立したトドのよう。
しかも華奢な踵の高い靴を履いて、よろめいている。もし転んだら、隣に立っているお付きの優男では支えきれないのではないかとちょっと心配に成るほどだ。
三人目は護衛らしき角刈りの大男。大型犬を連れて静かに店内に入ってきた。
犬種は、この地方で昔からよく飼われているレトリーバーっぽい犬だ。毛並みが綺麗に手入れされている。
「あら、可愛いワンちゃんだこと!」
おばちゃんが、うちのピートを目に留めた。
「でも、残念ながらマース犬じゃなさそうねぇ・・・」
マース犬と言うのは、彼女も連れてきているレトリーバー似のこの地方の犬種名だ。例の古代王国で飼われていた狩猟犬が、こいつだと言われていて人気がある。このおばちゃんのは、きっとコンテストで優勝したような犬だろう。
「きっと雑しゅ・・・・え?」
なんか、ピートを見て驚いている。
「・・・まさか、古代王国期に王室で飼われていたと言う狼犬?」
小さな声で、独り言のように呟いた。
「何だい?」
独り言の聞き取れなかったカミラ婆が、いぶかしむ。
「・・・い、いいえ、何でもありませんわ・・・そういえば、お連れの方はいらっしゃいませんの?」
なにやらピートは珍しい犬種のようだ。
自分の連れているコンテスト犬ではマウントを取れないと知って、露骨に話題を変えてきた。
ワンコピート、やっぱ誰が見ても狼の血が入ってるよなぁ。いったい何処で姿をコピーしたんだ?
「こ、このエラルドは、今ハッベルの劇場で上演中の『黄金の黄昏』に出演している人気役者ですのよ!」
ヒステル婦人が、派手な服を着た隣の優男を紹介する。有閑マダムと若いツバメかな。なんか、ちょっとテンションおかしくないか?
紹介された優男が芝居がかった仕種で優雅にお辞儀をした。
「ほう、そうなのかい?」
カミラ婆は、既に興味無さげだ。
「今日は、私の姪の結婚の祝い品を選ぶのに偶々ついてきてくれたんですの」
見目のよい若い役者のパトロンになって何時も側に侍らせ、他のファンや顔面偏差値の低い使用人を連れた相手にマウントを取ってるのだろう。
カミラ婆には当然全く通じてない。
そこで丁度店舗側の作業が終わり、大事なカップ二客を納めた荷を預り、カミラ婆に合流する。
「カミラ様、商品を受け取って参りましたよ・・・お知り合いですか?」
知り合いのようだし、ここは買い物に付き合う年下の友人枠で、お付きとして振る舞う。
「おお、ありがとうよ、それじゃ帰るとするかい」
カミラ婆が、やれやれ助かったと言いたげに立ち上がる。
「は?あっ?・・・うそ!何?妖精?」
ようやく私の顔を確認したヒステル婦人が、何故か真っ赤な顔をしてフリーズし混乱している。
「ば、馬鹿な・・・」
なんか役者君も一緒にフリーズした。
「どうしたのでしょう?」
わけが解らんのでカミラ婆に聞く。
「・・・ほっといてやんな」
カミラ婆は、一つため息をつくとおざなりの別れの挨拶をして、その場を離れる。
出口に立っていた大男は、露骨に不満そうな顔をしていたがカミラ婆をそのまま通した。
さっきヒステル婦人が口にした肩書きのせいだろうか。
店員とマネージャーの控えめなお見送りを受けて、私も店を出る。
荷物を抱えた私が通ろうとすると、ヒステル婦人の護衛が横から肩をぶつけて来た。武術の嗜みがあるのか、その重心移動はそこそこ上手い。
普通に考えると、恐らく荷を落とさせようという試みだろう。
私は立ち止まって静止し、何事もなく大男を受け止める。
男は、私を微動だにさせられなかった事に驚愕している。
「・・・馴れ馴れしいな、離れろ」
撥ね飛ばして店舗に被害が出ないよう肩から弱い『震打』を放ち、無難に昏倒させて軽く押したように転がしておく。
尻尾を振りながら、従順に指示待ちをするレトリーバーっぽいワンコを撫でたいけど、後でピートが焼きもちを焼くかも知れないからと我慢して、そのまま退店した。
店の前でカミラ婆が馬車に乗るのを補助していると、『
(あらズッコ、どうしたの、何で倒れてるの大丈夫?)
あの護衛の名前はズッコと言うらしい。
・・・ズッコって昨日見学した『誠心流』の師範じゃなかったか?今年の武術大会優勝者とか言う話の。爺さんズがそんなこと言ってたぞ。
同じ名前の別人か?でもあのおばさんなら武術大会優勝者の看板を持った護衛は欲しがりそうだけど。
まいっか。
馬車に乗ると、カミラ婆の抱っこからピートを救出し、代わりにワンコのカップの包みを抱かせる。
カミラ婆は、ちょっと何か言いたげだったけど自分で折り合いを付けたらしく、ピートの代わりにカップの包みを優しく撫でて、何か物思いに耽っていた。
うむ、カミラ婆の買い物ミッション無事終了。
マース犬は、後世入ってきた鳥猟犬。ピートの犬種は山岳地帯に生き残っている半野性の古代犬種。地元ではラウドと呼ばれている。人里と山岳山林の境に縄張りを持っていて、何故か家畜や人を襲わない為、古くから人と共生関係に有る。半分山神。