嵐の夜に飛び立とう   作:月山ぜんまい

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長なった


 70、イカサマ

   70、イカサマ

 

 夜は、ブルート御大と外出だ。

 何処に出掛けるかは、やはり教えてもらっていない。

 

 とりあえず与えられたスーツに着替えてロビーに行くと、準備万端夜の社交といった様相のジジババ三人組が揃って待っていた。

 

 「来たか、では出掛けるとしよう」

 

 仕切るのはブルート御大らしい。

 

 「ヒッヒッヒ、楽しみだねえ」

 

 昼間とうって変わってカミラ婆のテンションが高い。

 

 「地元じゃ俺らは遊べないからなぁ、こんな機会でもないと腕も鈍るよ」

 

 マリオ爺も楽しそうだ。

 

 「一体どこへ行くんだ?」

 

 この三人が、三人とも楽しみにしている場所って一体どこだ?

 

 「行けば分かるさ」

 

 ブルート御大も、ニヤニヤしながら楽しげに宿を出て馬車へと乗り込む。

 

 どうやら数台の馬車に分乗し、使用人や用心棒も引き連れて行くらしい。

 

 

 「・・・なんだ賭博場か」

 

 案内された大きな建物の中は、着飾った沢山の人々が遊弋(ゆうよく)するカジノだった。

 

 「もっと安目の賭場もざらに在るが、こっちの方が静かだし見た目の(がら)もいい。旅先で遊ぶんなら此方だろう」

 

 ブルート御大が、本当はそっちの方が面白いんだが、と付け加えながら言った。いつの間にか、馬車では別だったお付きの美女と合流している。やはり愛人、と言うか彼女さんのようだ。何故か添付されるタグにも、詳細情報と共にそう表示されている。

 

 ドレスコードが有るのだろう。入り口の黒服が入場客を値踏みして、基準に満たないものを断っている。

 

 我々は勿論素通しだ。

 

 「常設のカジノは、当然地元のファミリーの仕切りになる。『六合会』で来ている客が遊ばせてもらうのも、親睦を兼ねた余興の一部というわけだ」

 

 ここでトラブルを起こせば所属ファミリーの面子に関わる。勝っても負けても騒動には出来ないから、迎える方もかえって気楽なのだそうだ。

 

 「つまり、負けるにしても負けっぷりってのが有る訳だ」

 

 ブルート御大の説明に、マリオ爺が付け足す。それによって、何より大事な評判が上がったり下がったりするそうだ。

 

 ヤクザな稼業では評判は重要。評判が良ければ名を上げ、悪ければ名を下げる。時に男を上げ、男を下げる。上げれば敬意を払われ、下げれば軽く見られる。それは、この業界の者がある意味命より欲するモノだ。

 

 だから、たとえ悪名だとしても名が広まる事を喜ぶし、賞金が掛けられていても偽名を名乗ることはあまり無い。

 

 でも、中にはそれを気にしない馬鹿(やつ)もいる。

 

 「ほら、ああいうのは評判を下げるね、付き合いを考えるレベルだよ」

 

 カミラ婆の示す先では、大柄なスーツの男が声を張り上げ、テーブル越しにお仕着せのディーラーの胸元を掴んで殴り付けていた。

 

 「チッ、ありゃエルク・ファミリーのゴートじゃねえか、馬鹿が!未だにチンピラみたいな真似して恥さらしとんのか」

 

 用心棒組と一緒に来ていたハシムさんが嫌そうに言った。

 ゴートはクラウダと言う街のファミリーの現ボスだそうだ。

 つまり、ハシムさんと同じく『六合会』のメンバーの一人と言うことになる。未だ若いボスだ。

 

 (おい!俺が楽しく勝てるようにするって話じゃ無かったのかよ!この下手くそが!)

 

 『(ジェミニ)』が、ゴートとやらの抑えた唸り声のような恫喝を捉えた。

 

 どうやらディーラーのイカサマを見つけてキレているのではなく、接待賭博(イカサマ)()()()尚、その内容が気に入らなかったらしい。ジャ〇アンみたいな奴だ。

 

 騒動は、ゴートの身内とカジノの黒服が集まってきて、ややあってゴートを宥めて別室に連れていってようやく収まった。

 

 今度の『六合会』には、まともな面子が三人、ダメな面子が三人集まると聞いている。ゴートは、後者の内の一人だそうだ。

 

 だろうな。

 

 騒ぎを気にせず、皆は其々ホールに散っていった。時代柄、賭場で多少の荒事はあって当然の常識らしい。どうやら気にしていたのは私だけのようだ。

 

 ブルート御大から、別れ際に「大勝(おおがち)しても良いが、多少は手加減してやってくれ」と、助言を(うけたまわ)っている。

 

 ま、地元のボスには殺し屋三組分の迷惑を掛けられてるから、楽しむ程度には遊ばせて貰うか。

 

 掛札は手持ちの金貨や銀貨で良いようだ。チップは用意されていない。違うか、元の世界のチップが金貨や銀貨の代用品なのかも。その方が雰囲気が出るし。

 

 サイコロを振って出目を祈っているクラップス。

 

 他人の勝負を固唾を飲んで見守っているバカラ。

 

 ホール中央で一番目立っているルーレット。もう存在してるのか。

 

 そして勿論ポーカーにブラックジャック。

 

 スロットマシンが未だ無い代わりに、見かけない盤上遊技やダーツ、ボーリングのようなピンを倒す競技が在るようだ。

 

 とりあえずは(けん)

 

 ボーイからワインに見える葡萄ジュースをグラスで受け取り、一通り見て回った。残念なことに殆どのギャンブルでイカサマが横行している。どうも、客が一定以上勝たないように調整しているようだ。

 

 何と言うしみったれなやり口。

 

 シュマで、ブルート御大が営業しているカジノにも社会勉強として行ったことは有るけど、ここまで酷くはなかった。

 

 カジノと言うのは、パチンコと同じで客がイカサマをしない限り、胴元の方がある程度の割合で勝つように出来ている。

 客は其れを知りつつも、公平な勝負なら勝てる可能性は十分有ると、自分の運や腕を信じて大事な金を掛けるのだ。

 

 店側がイカサマをしているなどと噂になったら、早晩その店は潰れるしかない。

 

 カジノの経営は地元のファミリーの仕切り。小物と噂の残念ボスは、相当にセコい男のようだ。多分、カジノで客が大勝ちするのが気にくわないのだろう。

 

 客も馬鹿ではない。このままだと、あっという間に誰も寄り付かなくなる。

 

 正しく運用すれば永遠に金の卵を産むガチョウを、夜には殺して晩飯にしてしまうような愚かな行い。オーナーは目先の金しか眼中に無いタイプなのだろう。

 

 マーガム・ファミリーのボス、サギー。これは確かに小物だわ。

 

 それは其れとして、私も遊ばせて貰おう。ちょっと迷った末、結果を弄りにくいルーレットのテーブルに着く。

 

 このテーブルの客は、中年カップルや壮年の男性、遊び慣れたマダム等他に十人程度。場のチップは殆んどが銀貨。金貨は二割ほど。

 

 ポケットから銀貨を一枚取り出し、黒にベット(範囲賭け)する。

 

 私を目に止めた何人かが容姿に驚き、ディーラーと客の幾人かが銀貨一枚の賭け金を鼻で嗤う。

 

 ボールは黒の十七に止まり、銀貨が二枚に増える。

 

 今度は赤にベット。

 

 赤の三に止まり、四枚に増える。

 

 一回休み。

 

 ゼロに止まる。親の総取り。

 

 又、黒に掛ける。

 

 八枚に。

 

 

 十六枚に。

 

 

 三十二枚に。

 

 

 六十四枚に。

 

 

 場にいる全員が、私のベットに注目し始める。最早嗤う者はいない。冷や汗をかいている者がちらほら。

 

 緊張感が高まる中、潤む右目を瞑ったまま一回休んでルーレットの側まで行き、ルーレット盤の縁をおまじないのように指先で一つ弾く。

 

 軽い音が思いの外大きく響く。

 

 私の耳だけに、内部で何かの装置が破壊される音が聞こえてくる。

 

 ボールは赤の二十一に止り、私の参加していないゲームが何事もなく終了し、賭け金に応じた配当が清算される。

 誰も気づかなかったけれどボールが停まった瞬間、ディーラーが少しばかり動揺し、盤の下で指先を頻りに動かしていた。

 

 タグによると、ルーレットに細工がしてあって、出る目を多少操作出来るようになっていた。

 

 もう無理だけど。

 

 ルーレットは、カジノの女王と呼ばれるほどの人気のギャンブルだ。普通に使用可能なら、イカサマが出来ないからなどと言う理由で止めることは出来ない。

 

 赤に賭ける。少し前から場の全員が便乗して、同じカラーに賭けはじめた。

 

 赤のアウトサイドベットスペースが、コインの山に覆われる。

 

 便乗した全員と、私のところに、ベットに応じたリターンが戻った。手元の銀貨は百二十八枚に。

 

 一旦回収。

 

 黒服に銀貨を百枚渡し、金貨に両替して来てもらう。その間、ジュースを一口。温い。

 

 赤黒にしか賭けなかったのも、何度も賭けたのも、カジノに対する嫌がらせだ。まんま遊びである。便乗したものは皆儲けた。

 

 黒服が、お盆に乗せて持ってきた銀貨百枚から一枚になってしまった金貨を、無造作に黒の十に一点掛け。

 

 場の者はざわめき、ディーラーは顔が少し引きつっている。

 

 流石に相乗りするものは少なく、多くはカラーゾーンの黒にベットした。

 

 銀貨一枚千円位。

 

 金貨一枚十万円ほど。

 

 当たれば三十六倍。

 

 

 「チップだ」

 

 ディーラーに十枚ほど銀貨を渡して、三十六枚の金貨を革袋にザラザラと流し込む。

 もっと遊んでもよかったけど、トラブル発生。足早にルーレット盤を後にする。

 

 

 「・・・なあ、そんな爺さんより、俺の相手をしたほうが良いんじゃねえか。その方が色々と丸く収まると思うが?」

 

 葉巻を咥えた小太りで尊大な態度の男が、ブルート御大と美人の連れに絡んでいた。自信たっぷりの根拠は、背後に居る二人の巨漢用心棒のようだ。

 

 「チッ、なめた口を利くんじゃねえよガキが。こっちが穏便に済まそうとしてるうちに詫びを入れて帰んな」

 

 美人を後ろに庇う御大は、ひたすら面倒臭そうだ。

 こんな下らない事でファミリー同士の抗争にでもなったら、目も当てられない。

 

 確か、マリーとか言った使用人兼御大の彼女さんは、怯えるどころか真っ向から啖呵を切る御大を見て、うっとりしている。意外と度胸も有るようだ。

 

 「揉め事か?」

 

 ちょっと威圧しながら声を掛けると、小太り側の三人がビクッとして私に反応した。

 

 「おう、ミカゲか。我家(うち)のマリーが、ちょいとばかりしつこい紳士にお誘いを受けてな。今断った処だ」

 

 御大が、手伝えとばかりに顎で小太り男を示す。

 

 「・・・ミカゲ・・・お前がミカゲか?」

 

 今の威圧にブルっていた小太り男が、何か困惑している。

 

 「何だ知っとるのかサギー。こいつが正真正銘シュマで今売り出し中の『黒門のミカゲ』その人だぞ!」

 

 大袈裟な身振りで私を指し示した。

 

 御大が遊んでいる。

 

 マリーは口元を抑えて、ちょっと笑っていた。

 

 いや、別に売り出して無いから。

 

 どうやらこいつが『六合会』メンバーのダメな面子三人の二人目。この街を仕切るマーガムファミリーのボス、サギーらしい。

 

 (くそっ・・・何で未だ生きてるんだ・・・)

 

 小声で呟くのを『(ジェミニ)』が拾う。

 

 「・・・お前さんが、最近立て続けに変な奴等を送り込んできてる元凶だって聞いたんだが?」

 

 殺し屋達を送って来る理由が知りたくて話を振ってみる。最初が男をナンパするコンビ、次がしつこいストーカー、最後が踊る仮面男。うん、変な奴等で間違い無い。

 

 「・・・いや、知らん、何も知らんぞ!」

 

 はい嘘確定。最近ちょっぴり使えるようになってきた『(ジェミニ)』の二次権能、≪波動≫の解析能力は誤魔化せない。

 

 サギーは明らかに動揺して、目を合わせようとしない。

 

 逃げ道を探して目をキョロキョロさせていたサギーに、タイミングを測っていた黒服が一人寄ってきて、なにがしか告げる。

 

 「・・・何だと!」

 

 サギーの雰囲気がかわる。怯えた小者から、裏社会のファミリーのボスへと瞬時に変貌を遂げる。

 

 「ふざけやがって!俺の金だぞ!」

 

 小声で告げられたのは、目の前の私がルーレットで金貨三十六枚をゲットしたことだった。

 

 どうやら、自分の経営するカジノで正当に大勝ちされたのが我慢ならず、ガチギレしているらしい。

 

 いや、俺の金って。一応、店のルールに則ってルーレットで当てた、ちゃんとした配当金だよ?ズルしたけど。

 

 こいつ、清々しい程の吝嗇(しみったれ)だわ。

 

 ちょっと引く。

 

 「おう兄ちゃん!派手に儲けたらしいじゃねえか」

 

 どうやら金への執着で私への怯えもふっ飛んでしまったらしく、睨む目が据わっている。口調も乱暴になった。

 

 「そうだね、そこそこかな?」

 

 怯えて逃げ回られるよりは楽なので、煽ってみる。

 

 「そ、そうかい、何よりだ」

 

 額に青筋立てて、口元がピクピクしてる。ハッベルは実入りの多い街だ。金貨の五十や百、今のサギーの立場からしたら、端金の筈なんだが・・・

 

 「なら俺ともう一勝負どうだい?」

 

 サギーがカードゲームのテーブルを指先で示した。

 

 「勝負?」

 

 なるほど。大金の持ち帰りを許さず、イカサマで取り戻そうって訳か。

 

 「あんたが勝ったら、あんたの所に()を手配した件について教えよう」

 

 自分は情報、私は金を賭けて勝ったら総取りだと言う。

 

 「手配したけど何か裏が有るというわけか」

 

 思ってたより複雑らしい。

 

 「ああ、俺はあんたが居ようが居まいがどうでもいいからな」

 

 サギーは含みの有る顔で、ニヤリと嗤って頷いた。嘘はついていない。

 

 

 時間が掛かるのは面倒だと言ったら、ゲームはブラックジャックで一発勝負になった。

 

 弧を描くカードテーブルに二人だけで着くと、サギーの指図でディーラーが代わって、胡散臭い(えみ)の張り付いた中年の男がカードを配る事になった。

 

 タグによるとイカサマ師らしい。

 

 そんな気はしたけどさ。

 

 ≪把握≫で、両の袖口にカードを三枚ずつ隠しているのが解る。服にもあちこちに隠しポケットがあって、すり替え用のカードを忍ばせている。奇術師みたいな奴だ。

 

 「勝負の間は手をテーブルから動かすな、動かしたら切り落とす」

 

 おかしな動きを制限するため、ちょっと威圧しながら内ポケットから出すふりして『あり得ざる小さな世界(フォーチュン・イン・ザ・ポケット)』からナイフを取り出し、テーブルに突き立てる。

 

 ナイフは買う機会が無かった(素手で斬れる)から、森住まいだった頃に自作した刃物鹿の角ナイフだ。

 

 出した後に、鹿の角で出来た刃物なんてペーパーナイフだと馬鹿にされるんじゃないかと気がついた。

 

 いざとなったら適当に何かカットして実演しようと周囲をうかがうと、何か反応がおかしい。全員が息を飲んでナイフに注目している。

 

 ん?

 

 「・・・それもベットするのか?」

 

 サギーが、自作のナイフを物欲しそうに見ていた。

 

 え?

 

 確かに、グリップと峰に無駄に細かい彫刻と透かし彫りを施してあるけど、素人の作品だぞ。

 

 「・・・対価が払えるのならな」

 

 よくわからんので、ポーカーフェイスで応じてみる。

 

 鹿肉はメイン食材の一つだったから、角が大量に余る。それを遊びと修行がてら彫刻(カービング)して、出来の良いのだけいざとなったら売る用に保管していた分だ。こいつは実用に使ってたやつで、もっと手の込んだ販売用の品がまだ沢山ある。

 

 そうか、売れるのか。

 

 無表情の私に挑戦されてるとでも思ったのか、サギーは鹿角ナイフに見合う対価として、金貨を三十枚積み上げた。三百万円?。

 

 マジ?

 

 「くっ、これなら文句はあるまい!」

 

 血を吐くような口調で、しかし、ナイフから目を離さない。

 

 「・・・チッ、湿気た野郎だぜ」

 

 ギャラリーとしてマリーさんと後ろで見ていたブルート御大が、聞こえよがしにサギーの示した金額にケチを付けた。

 

 「鋼鉄並の硬さを持つと言う、本物の刃角山鹿(ブレイドディアー)刃角(じんかく)の工芸品だぞ?しかも刃が黒変(こくへん)するほど成長した個体のものだ。加えて驚くべき事に、サイズが二十四センチも有る、金貨三十枚は低く見すぎだろうよ」

 

 突然、ブルート御大が説明キャラと化して色々解説してくれた。

 

 私がナイフの価値に気づいていない事を察して、フォローしてくれたのだ。周りの者も頷いている者が多い。

 

 刃角山鹿?いや、暮らしてた『骸の森』で捕れる鹿はみんなアイツだったから!逆に他の奴なんか見たこと無いから。

 黒変って、ナイフの刃の表面が黒くて、峰に向かって白くグラデーションが掛かってるやつか?あれは削ると中が白くて面白かったから、彫り物して遊んでただけだから・・・

 

 後で聞いたら、この時代の裏稼業の者にとってナイフはステイタスなのだそうだ。前世の時計とか車みたいなものか?

 

 「やっぱ本物か?」

 

 「俺、初めて見たぜ」

 

 「とんでもねえもん、持ってやがる」

 

 「値段なんか付かねえだろう?」

 

 見物と応援に集まっていた他のギャラリーは、サギーの身内の筈なのにやはり彼の付けた評価額に納得がいっていないようだ。

 

 漠然と、自分の身を飾るものを買い叩くのはダサいと言う価値観が在るようだ。

 

 相手が価値を知らないなら上手くやったで済むが、値切って安く上げれば安物を身に付けている事になってしまう。

 

 普段どんなにケチでも、使うところでは使うのが本物。

 

 男の見栄の世界。

 

 流石のしみったれサギーも周囲の評を聞き、歯を食い縛り手を震わせながら更に三十枚金貨を積んだ。

 

 余りの金惜(かねお)しみが可笑しかったので、積まれた金貨を見ながら鼻で嗤ってやると、歯を抜かれたような顔で更に五枚追加した。

 

 「・・・まあよかろうベット成立だ」

 

 背後でブルート御大が未だ渋い顔をしていたが、時間が惜しかったので金額に了承する。

 

 そのままリラックスして待っていると、サギーがようやく自分を落ち着け、カードを配るようにディーラーに合図を出した。

 

 テーブルには金貨六十五枚の山と、ナイフ一本と金貨三十六枚の山。

 

 大金の掛かった一発勝負に、張りつめた緊張感。

 

 儀式めいた互いのカットが済み、カードが回収される。

 

 静かな中、ディーラーがカードを配ろうと動く。その瞬間、私は十センチほどの長さの自分の髪の毛を、指先で二本弾いた。『(バルゴ)』に頼んで目立たない色にした奴だ。無論オーラで鋼のように強化してある。

 

 鋼の針と化した髪の毛は、ディーラーの上着の両袖にそれぞれ突き刺さり、中のカードを三枚とも袖に縫い止めて、取り出せなくしてしまう。

 

 ディーラーは一瞬配る手を止め、袖口からではなく上着の隠しポケットからカードを出そうとしたが、気配に気づいた私が威圧ではなく殺気をピンポイントで飛ばし、止めさせる。

 

 なかなかカードを配らないディーラーに、サギーが不審の目をやる。

 

 ディーラーが私に恐怖の目を向け、黙って見返すこと暫し。よほど怖かったのか、観念してカードを配り始めた。

 

 互いにイカサマなし、私も能力は使っていない。情報は欲しいが、これだけ金に汚ければ後から聞き出すことも出来そうだし、ナイフは使い古しの中古品、金はあぶく銭だ。

 

 相手がイカサマなしなら、私も自分の運だけで相手をするべきだろう。その方がギャンブルを楽しめる。

 

 配られる二枚づつのカード。

 

 私は、追加のカードを断わる。

 

 「・・・ぐっ、なっ!」

 

 欲にまみれた顔をしていたサギーは、自分のカードを一目見て無言で真っ赤になり、凄い顔でディーラーを睨みつけた。

 更に周りを見回して、今や複数のファミリーのメンバーが見物していて強行手段に訴える事が出来ないことを確認すると、震えながら追加のカードを要求した。ややあって観念したようにカードをオープンする。

 サギーのカードは三、七、絵札の二十。

 

 ブラックジャックはエースを一か十一、二から九をそのまま、絵札を十として数えて二十一により近づく事を目指すゲームだ。

 

 私が表にしたカードはスペードのジャックとエース。何か、ブラックジャックの役が成立していた。

 

 私の手札を見たサギーは無言で気絶した。

 

 全員が混乱している隙に(かつ)を入れて強引に起こしたが、ブツブツ金のことを呟くだけでどうにもならない。

 

 しょうがないので、

 

 「私の勝ちは動かないが、サシの勝負だったからブラックジャックの役の配当分は無しでいい」

 

 と言ったら、即座に正気に戻った。

 

 本来ならスペードでのブラックジャックの成立は十五倍の配当だ。

 

 

 「・・・依頼は俺から出したが、あんたを始末するように言って来たのはゴートとスリックの二人だ。俺はしがない使いっぱしりさ」

 

 サギーは私の追及に、不貞腐れたように告げた。

 

 ゴートは、さっきディーラーを殴ってたエルク・ファミリーのボスだ。

 スリックって誰?と思ってたら、カーマイン・ファミリーのボスだと御大が教えてくれた。嫌そうな顔で。

 ゴート、スリック、サギー、きっとこの三人が『六合会』のダメな面子三人の内訳だな。≪天眼≫使わなくても解るわ。

 

 ≪波動≫によると、嘘はついていない。依頼の仲介者なのは本当だ。裏稼業ならそんなことも無くはないだろう。

 

 「・・・くそ!くそ!くそ!俺の金が!」

 

 サギーが拳を振り回し、突然怒りだした。

 

 「今日だけだからな・・・今日だけだ!・・・明日からは全員俺の下になるんだからな!」

 

 なんだか不穏な事を言い出した。

 

 「あ、明日の『席次戦』で決まるのは、身内のお遊びみたいな席次じゃねえ!決まるのは、今後二度と(くつがえ)せない()()だ!」

 

 口角泡を飛ばし、凄い早口。

 

 目がいってる。

 

 言うだけ言うと、サギーは周囲の制止を振り切って早足で出ていってしまった。

 

 残った幹部の取り繕った説明によると、さっきの妄言は酔っていたためって事らしい。

 

 どうやら明日の『席次戦』には、何か想定外の事態が用意されているようだ。

 

 ヤクザの序列がたとえどうなろうと、全然関係無いんだけど、何で私を巻き込もうとするのかねえ?

 

 そのあと、ジジババ達にはこのカジノがイカサマだらけだと教え、我々だけ早々に帰ることになった。マリー達ジジババ付きの使用人や用心棒も一緒だ。その面子には帰る前にルーレットで少しばかり儲けさせ、既に負けていた分は取り戻しておいた。サギーの奴に渡す金なんか無い。

 他のメンバーがどんなに負けても、金貨百枚を越えた私の勝ち分の方が多いだろうから、シュマチームのトータルのプラマイは此方のプラスだろう。

 尚、他の連中の負け分は、勉強だと思って諦めてもらう。

 

 「スリックってのも、あんな残念な感じなのか?」

 

 帰りの馬車の中、一応殺しの依頼人らしいので、未遭遇のボスキャラを確認しておく。

 

 「少なくとも、スリックの奴はサギーほど臆病じゃないし、ゴートみたいに粗暴でもない」

 

 ブルート御大が答えた。

 

 「その代わり、すぐ切れてナイフを抜く癖がある」

 

 マリオ爺が繋ぐ。

 

 「余計酷いじゃないか!」

 

 カミラ婆が突っ込む。激しく同意。

 

 何か、始末しても良心の呵責に苦しむことは無さそうだ。もう理由はどうでも良いや。明日の『席次戦』でマーキングして、切りの良いところで退場願おう。どうやら何か起こりそうだし。

 

 「何で、ファミリーとか(うた)ってるくせに、みんなして子育てに失敗するのかねぇ」

 

 カミラ婆が、チクリと言った。

 

 「うちの後継は、まともに育って良かったよ」

 

 マリオ爺の子供は女ばかりなので、親族からハシムが後継に選ばれたらしい。

 

 「・・・あんたもジーゴの奴をいい加減何とかしな」

 

 カミラ婆がブルート御大に向かって言った。

 

 ジーゴ・・・ああ、初めて御大の所に治療に行ったときに、後ろから殴り付けてきた変な男か。確か、腕をへし折ったら私を避けるようになったので、あれ以来会っていない筈だ。

 

 「あんたの手前みんな我慢してるけど、凄い評判悪いよ」

 

 カミラ婆は、自分以外に言うものはいないだろうからと引導を渡すように言った。

 

 「分かっとる、分かっとるが・・・」

 

 ブルート御大は、いつになく優柔不断だ。

 

 「あれがブルート(あに)いの子だとはとても思えない、やっぱりソワレに騙されたんじゃないかなぁ」

 

 マリオ爺が慎重に自分の意見を披露する。

 ブルート御大の子?あのジーゴが?

 

 どうやら、『黒門街』の顔役になった彼の下へ、昔の彼女が其の時の子供だと言って子連れで押し掛けて来たらしい。

 その時の女がソワレで、子供がジーゴ。

 

 元の世界のように簡単に遺伝子を調べられる時代じゃない。本当かどうか怪しいのは承知の上で、現在まで面倒を見ているらしい。女の方は既に病で死亡。

 

 「・・・だがなあ、ワシの子かもしれんのだ」

 

 ブルート御大には実子はいない。モテるので、女が途切れた事はないが、子どもが出来たことは無いらしい。

 

 唯一可能性があるのがジーゴだと言う。

 

 「いや、ジーゴは御大の子供じゃないぞ」

 

 何か、馬鹿な事を言っているので、バッサリ真実を告げてやる。

 

 「「「・・・・はぁ?」」」

 

 三人とも酷く驚いた顔をした。

 

 「いや、いくら先生でも死んだ人間が嘘をついてたかどうか迄は解らんだろう・・・だよなあ?」

 

 話しかけられた御大は絶句し、それを気にしながらもマリオ爺は半信半疑といったところ。

 

 「・・・それは、どう言うことだい?」

 

 カミラ婆は、断言する以上納得の行く説明が無いと許さない、といった顔だ。事実なら最後の希望が断たれるブルート御大の事を案じてだろう。

 

 「御大は、子供を作る機能が生まれつき無かったんだよ、だから過去にどんなに頑張っていても子供が存在するはずが無いんだ」

 

 特に悲壮感もなく、治療の時に細かく調べて解っていた事実を端的に告げる。

 

 「・・・間違い無いのかい?」

 

 カミラ婆が念を押す。

 

 キッパリ(うなず)く私。

 

 「・・・・・なんと」

 

 良かったとも言えず、マリオ爺が言葉を濁す。

 

 「・・・そうか・・・薄々感じては居たが、やっぱりアレは他所のタネなのか・・・」

 

 ブルート御大が、酷く気落ちした声で事実を受け入れた。

 

 「そうだな、キッパリ諦めて次に備えるべきだな」

 

 私からの建設的な意見。

 

 「・・・・・」

 

 ブルート御大には、割りきれない想いが有るようだ。舌打ちは我慢したが、拳に力が入る。

 

 「・・・次ったって、肝心の子供を作る機能がダメなんじゃないのか?」

 

 マリオ爺が、御大の事を気にしつつ問題点を述べる。

 

 「・・・ちょっと待ちな、今坊主はブルートに子供を作る機能が()()()()って言ったね?」

 

 私の言動を(いぶか)しんで此方を注視していたカミラ婆が、何かに気づいた。

 

 「そこは()()で良い筈だ、何で()()()()なんだい?」

 

 カミラ婆が追求する。

 

 「・・・それは」

 

 どうやらブルート御大とマリオ爺もカミラ婆の論点に気づいたようで、二人とも何かの予感に駆られて顔を上げた。

 

 「え~と、簡単に言うと序でに其れも治療してあるから、この春からもうブルート御大には女性を妊娠させる能力が有るってことだね。

 て言うか、治療の最終日に全部治したって言ったはずだよ?」

 

 そう言えば、子種の件は知らせようと思っていて、すっかり忘れていた。まあいいや。

 

 「・・・な、治って?る、のか・・・」

 

 ブルート御大は、ちょっとショックが大きい。

 

 「良かった!良かったな兄い!」

 

 マリオ爺が、呆けているブルート御大の肩を何度も叩いている。

 

 「・・・子ができる身体になったと言ったって、もう若くないんだ。あんまり頑張り過ぎて、早死にするんじゃないよ」

 

 カミラ婆は、憎まれ口を叩きながらも少し涙ぐんでいる。

 

 不妊治療の件は広まるとヤバいので口止めした。馬車の中に居るのは、ジジババ三人と私だけ。御者に聞こえるような音量ではない事は確認済み。

 

 落ち着いた頃に、追加情報を伝える。

 

 「あ、そう言えば、今回連れて来た御大の彼女のマリーだけど妊娠してるよ。そろそろ自覚症状が出始める頃じゃないかな」

 

 

 大騒ぎになってしまった。

 

 

 

 

 




 
 追記:

  ブルート御大 五十八歳
  マリオ爺   六十歳
  カミラ婆    六十一歳

 厳しい時代なので、人は早く歳をとる。

 『刃角山鹿(ブレイドディアー)』の角。
 生え替わらず、毎年少しずつ成長しながら硬化して行く。身体能力が異常に高く、好戦的。敵の少ない『害地』を繁殖場所にしていて、若い個体は力不足で周囲から『害地』に入ってこられない。そのため、ミカゲの行動範囲にはウジャウジャいた。黒化するのは二十年以上掛かる。墓穴から出たミカゲが水場で最初に捕った獲物は此れの亜種。たまたま角が黒っぽかった。
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