75、鼠男
「ぐっ!な、何をしやがる!このイカレ野郎め!」
どうやら男は、状況が全く分かっていないようだ。
「やあ、はじめまして、かな?、思ったより近くに居たんで失礼ながら直にお邪魔させてもらったよ。ああ、壁に開いた穴の事なら気にするな。自分に穴が空くよりマシだろう?
それよりちょっと聞きたいことが・・・」
『六頭戦』見物を放り出してきたから、あんまり時間を掛けたくない。
「は、放しやがれ!」
質問を無視して男がジタバタと暴れる。
後ろから吊し上げている私が小柄で若く、一人しかいないことを
めんどくさい。
男の蹴り足で服が汚れたら嫌なので、ポイッと放り出す。
「ふん、ぎゅ!」
男は着地に失敗して腰を打った。
一見、何処にでも居る頭の薄くなった中年男。骨張った体躯。小狡そうな細目。歯並びの悪い出っ歯。服装も目立たない街着で、唯一の特徴は手入れされた
男がよろよろと頭を上げ、此方を向く。それ確認して、埃を払うため軽く打ち合わせていた両手を意味ありげに一度合掌。
怪訝な顔の男、
一拍の間を取って右手を軽く振る。
同時に、『
脆い板張りの小屋の壁は、収束された衝撃波に全く抵抗できず、軽い破裂音と共に即座に撃ち抜かれた。
粗末な板壁に、丁度マンホール位のきれいな円形の穴が開く。
同時に、音に驚いた男が首を竦めてギュッと目をつぶっている。
ぽっかり空いた壁の開口部から、
私が侵入して来た背後の穴と、今空けた二つ目の穴のせいで緩やかな空気の流れが出来、細かな瓦礫と塵が微風に舞う。
どうにか目を開き、今私が開けた穴を呆けたように見つめる男の顔がゆっくりと此方を向いた。
やっと自分が何かヤベー事に巻き込まれていると気がつき始めたようだ。
妙に危機感が薄いのは、日頃荒事から距離を置いていて、痛みに実感が無い為だろうか?
「心配するな、今のところ特に危害を加える積もりはない、
ネズミのことに言及すると、男がピクリと反応する。
「私は人よりちょっと感覚が鋭くてね、誰かが倉庫の梁の上からネズミを通して『六頭戦』を覗いているのに気が付いて、其処からここまで気配を辿って曲者の正体を確かめに来てみたんだ」
隠密状態の私の事は見つけられなかったようだけど、この小屋の周囲にもオーラを纏った数匹のネズミが木ノ上で警戒についていた。倉庫内で見かけたのと同じタイプの奴だ。
今も部屋の隅に数匹居て、私を観察しながら隙を窺っている。男は常にコイツらを通じて死角を確認しているのだろう。
ネズミ使いの念能力者。
多分趣味は覗き。
なんか、外見も鼠っぽい。
ねずみ男?
ビビビ?
私の感覚にも『
ここは、倉庫から直線で四百メートルくらいだろう。『
「なあ、今回の三枚の鑑札を盗み出したの、お前だろ?」
聞きたかったのは、この件だ。
倉庫にネズミが居たのは、自分の仕事の結果を確かめたかったんだろう。あと好奇心。
男の顔が、みるみる蒼白になる。
「それはまあどうでも良い、もう返してもらったようだし別に実害は無いからな。問題は、複数ファミリーの鑑札を短期間で盗み出したそのからくりだ・・・どうやった?」
驚くべきことに、私の感覚と念獣のお報せによると今現在、あの倉庫内には複数の念能力者がいる。
常人を遥かに越える能力を持つ彼らなら、現場に居れば鑑札を盗み出すことなど雑作もないだろう。
しかしそれは、こそ泥のような些末で
私なら、いくら金貨を積まれても断る。
そんな仕事を受けるのは、念能力者の中でもそういうことが大好きで、専用の"発"を開発するような変人。
即ち、盗賊ロールの念能力者。
もしくは、そんな能力が偶々使えるようになった奇人。
即ち、天然の未熟な念能力者。
そのどちらかだろう。
まあどっちでもいいが、居たとしても希少種だ。
顔色や表情筋の強張り。不自然な眼球運動。心拍の乱れ等。身体的サインからして彼が鑑札盗難を請け負ったのは恐らく間違いない。ネズミ使いなら盗むことは造作も無いだろう。
謎なのは、単独犯なのに複数の場所でほぼ同時に盗んで、短期間にここ『ハッベル』へと持ち込んだ手段の方だ。
現代人ならすぐ思い付くテレポートとか物質転送とかそういう能力の関わってる可能性は低いと思う。まず、この時代の一般人にはそういった発想は出てこない。凄い速い移動速度とか鳥のように空を飛ぶと言うのも、『ネズミ使い』の能力と符合しない気がする。
各ファミリーの本拠地とする街は、陸路又は船でだいたい二日から三日掛かる。そして早馬を飛ばせる陸路は兎も角、昼夜を問わない船は現状最速の移動手段だ。これ以上早いのは、氷上の橇くらい。
全ての街を訪れ、ボスが鑑札の存在を確認できなくなる出発後にブツを盗んで回るのでは、どう考えても時間的に間に合わない。
例え念能力者でも距離的に容易ではないだろう。簡単に金属製品の偽物が造れる時代ではない。スジもんの本拠地に乗り込んでお宝を盗み出すような本職の非念能力者の達人を、複数人雇えるとも思えない。
つまり、このネズミ使いの念能力者が単独犯ならば、何か其れが可能になる能力を持っているのだ。
能力者に手の内を聞くのはマナー違反だけど、再発防止のためにも犯行の手口を特定して出来れば穴を塞いでおきたい。
倉庫でネズミを見かけたし、ネズミ使いの念能力で解決するとしたらどんな能力が必要なのかずっと考えていた。
思い付いたのは二つ。
一つは事前にネズミに命令(盗みの)が出来る、独立運用型。この場合は、知性もある程度付与できなければならない。
もう一つは、常識外の凄い長距離で遠隔コントロールが出来る、超遠距離操作型。
それらが出来るのであれば盗みはなんとかなる。後は各街に待機させておいた仲間に
こういう動物使い自体はそう珍しくない。シュマでもたまに興行として人を集めているのを見かけるし、私のピートも一部でそう思われている。実際、見事なものだ。彼らは、文字通り漫画みたいに自在に操る。そう言えば原作にも『蛇使い』や『蜂使い』が描かれていた。
ネズミを自在に操る念能力者というのは、ちょっと面白い。この時代、ネズミは何処にでも居るし、誰も気にしない。どんなところにも入り込めて、何でも探り出せる。
「・・・ネズミを操るのは何か制限があるのか?」
距離や時間や視点の変更等に制約があるのは、有りそうな話だ。
男が初めて此方を向いて、逃げ場を探すように泳いでいた目線を私の銀髪で止める。
「銀髪・・・ま、まさか、『シュマの
震えながら呟いた。
おや、なんか過剰に怖がられてる気がする。
しかしハッベルでも、そのワードか出るのかよ・・・
「・・・その通称、結構広まってるのか?」
苦り切った私の様子に、男ががくがくと怯えながら何度も頷く。
『シュマの銀狼』
元々、私の二つ名として広まっていたのは、『黒門のミカゲ』と言うものだった、誰が言い出したのかも分からない通り名だ。
『
私の認識としては、前世の時代劇の某風車の人とか投げ銭の親分とかのイメージが強い。
師匠も『金輪のガリル』だったし、業界の習慣的にそんなもんなんだろうと思っていた。
いわゆる個人を特定するための只の符丁だ。
ところがそこに突然『シュマの銀狼』なるキラキラネームが広まり始めた。
もう中坊ではない。外見はともかく、前世を含めると既に結構な年齢になる。今の姿が完全に自前の外見って訳でもでもない。さすがに人に聞かれたとき此れを自称するのは勇気がいる。
人伝に聞きつけ、慌てて『顔無しマゴット』に情報を確認して発信源を突き止め、広がるのを抑えてもらおうとしたら、アニハカランヤ彼等が発信元だった。
・・・・・諦めた。
そもそもは、初期援助の積もりでマゴット達のグループにシュマに来る賞金首探しの依頼を出した件が始まりだった。
意外に上手く行って、スポット依頼はその後も長期で継続されることになる。
そして、彼女の構築したガキどものネットワーク集団内で、私の名を不用意に出さないために彼らの考えた特別な通称を使い始めた。
それが『シュマの銀狼』と云うものだ。
さして間をおかず、仲間内だけで使っていた隠語が何人かの協力者に広まって行く。
件の私がある種実名を出しづらいアンダーグラウンド風味に所属する人間だったため、この便利な通称は瞬く間に世間に広まってしまった。
この顛末を聞いた後、得意満面な件のガキどもを見て、私は色々と察した。
何よりこの通称は蔑称ではなく、どちらかと言うと敬称というか尊称らしいのだ。
銀は白銀に輝く私の髪から。狼は常に誇り高く、自分の縄張りを守るイメージから。
賞金稼ぎとしてシュマの治安維持に貢献している私にぴったり、らしい。
大森林に実在する狼の霊獣の影響もあるようだ・・・知った顔だな。
実は狼はシュマの領主の徽章にも使われている。
それに、犬、狼の類いは吉兆とされていて、『ヌエ』退治の古代王家の猟犬が狼犬だったと言う伝説も有って人気が高い。
話が逸れた。
やけに素直になった『ねずみ男』の名前は、『ドバット』と言うらしい。
本業は靴屋。
子供の頃からネズミだけが友達。
いつの間にか身に付いていた、天然のネズミ使いの念能力者。
私の予想はだいたい当たっていた。
各街に雇い主の手下とネズミを派遣し、現地のボスがハッベルに出発したすぐ後にネズミを使って鑑札を盗み出し、それを持った下っ端が現地ボスの後を追うようにハッベルにやって来ていた。ネズミ達は、固有の能力として『
配下に出来るのは二十匹まで。これは、契約の時に自身の指の爪を少量食べさせるため。一本一匹。
死んだ両親にとても嫌がられたため、能力の事は誰にも明かしていない。
能力は、契約したネズミとの意志疎通と指令そして情報共有。
ネズミの限界操作距離は、本人も判らないらしい。船にのせて海外まで行かせたけど、今んとこどんなに遠くても通じるそうだ。
・・・うっわあ、ヤベエ能力だ。
「他にお前の能力の事を知っている者は?」
ビビりすぎて話し難かったので、ネズミ男(ドバット)は元々座っていた椅子に座らせて少し酒を飲ませ、落ち着かせている。
机の上では、現在近場にいる操作下のネズミ六匹が整列している。
ピートさんほどじゃないけど、存外かわいい。
「い、いません!ネズミを使う仕事の取り引きの時には、仲介役との繋ぎも支払いの受け取りもネズミ達が行ってくれるので」
どういう事だと尋ねると、ネズミ男は私に了解を取って自身のポケットから紙と木炭の欠片を取り出し、机に置いた。
「『
すると、一番端に居たネズミが紙のところへトコトコとやって来て木炭を掴み、「こ
「・・・なるほど」
ネズミの仕草がエライかわいいので、ポーカーフェイスを作るのに少し苦労した。
童話か!
そして、本人気づいてないみたいだけど、この時代に超長遠距離通信機擬きの能力は破格だろう。
動物使役の能力は面白そうだし、人間的にやっかいな奴でなければ処分せずに顔繋ぎしておくのも悪くない。しっかり格付けした後に、だけど。
・・・ふむ、あんまり触りたくないけど仕方がない。
「・・・心臓がいいか」
意味ありげに少し近づいて私がボソッと呟くと、ドバットがピクッと震えた。
取り敢えず、処分は保留。しかし、クギは刺しておく。
そのために、試しに或種の『
まあ、いい機会なので実験してみよう。なんなら効かなくても問題ないし。
でも臭そうなおっさんに直に触るのはマジ勘弁なので、左手の指先で服の上から胸の真ん中少し下の胸骨辺りを意味ありげに探り、トンと打つ。
いつもの『気脈術』の要領だ。
プラス、若干の威圧。
行為自体はハッタリなので意味は無い。心臓は健康。肝臓に若干の疲弊は見えるけど内臓疾患の心配はない。
「ひぃ!」
ドバットは、更にビビる。
「騒ぐな・・・それとしばらくじっとしていろ、そうすれば血も出ないし痛みも無い」
動かれると演出が台無しなので、少し脅かしておく。
ネズミ男ドバットは、おっさんの彫像のように固まって椅子に座り、目だけをキョロキョロと動かしている。
ネズミ達は、なんか自由に机の上を動き回っている。
完全な統制下にあるという訳ではないらしい。
では、スタートデス!
ステップワン。
懐からと見せかけて、『
ステップツー。
左手の二本の指で先ほど打った胸骨の少し左を押さえ、右手の銀の針を意味もなく手の中でスピンさせ期待感を膨らませる。
心の中で、好みの擬音を鳴らそう。
ステップスリー。
ドバットの胸に置いた二本の指の先、追い詰められたネズミのように忙しなく動く心臓を狙い、銀の針を突き付ける。そして、まるで呪いの儀式のように重々しくゆっくりと最後の端っこまできっちり彼の身体の中に押し込んでゆく。
見ていたドバットは言われた通り動かなかったけど、今にも気絶しそうなほど汗だくで息が荒くなっている。
「もう動いてもいいぞ・・・今、念を込めた銀の針をお前の心臓に巻き付けた、それを感じるな?」
ドバットの目を見て、状況を認識しているか確認する。あ、こいつ『念』の事知らないかも・・・まいいか。意味は通じるだろう。
「あ、ああ、か、感じる・・・」
真っ青な顔で、ドバットが頷く。
この男は、変なヤツに利用されるととてもめんどくさくてしかも利用価値が高い。
ネズミを使った毒の混入とかね。始末しても良かったけど、使役しているネズミが意外とかわいいので予定変更。悪戯できないように首輪を着けて、放置しておくことにする。
「安心しろ、今から私の言う幾つかの事を守れば危険は全く無い」
約束を破ると銀の針が心臓を締め上げることを教えると、ドバットは私の告げる些細なお願いに激しく頭を振って同意してくれた。
縛りの約束は三つ。
一つ、私と敵対しないこと。
一つ、これからも自分(ドパット自身)の情報を秘匿する事。
一つ、私の近く(シュマ内)で仕事をするときは、一言告げること。
殺しはなるべく受けないこと。も加えようと思ったけど、元々受けてないらしい。そんな度胸は無いそうだ。
勿論、心臓に針の件はフェイク。
針を刺したように見せたのは、左手の二本の指先に発生させた『
なぜか、『
威圧のせいでプレッシャーが掛かっていたから必要なかったかもしれないけど、保険として視線を合わせた時に、≪魔眼≫のおまけ機能の強制催眠を使い暗示を掛けている。
イメージとしては、原作の鎖使いがやっていたチェーンによる縛りが近い。私のはブラフだけど。
『
「・・・最後に言っておくが、私もお前に関する情報を他に漏らす予定は無い、その点は安心してくれ、お前の能力はかなり珍しい、もしかするとその内に仕事を頼む事もあるかもしれん、ではな、達者で暮らせ」
私が躊躇なく背を向けて『六頭戦』の会場の倉庫に戻ろうとしたら、呼び止められた。
「こ、殺さないのか?」
ドバットは、自分が無事に解放されるらしいことが、信じられないようだ。
「殺してほしいのか?」
足を止めて視線を向けると、再びぶるぶると頭を振って否定していた。
「私のことは気にせず倉庫の試合を楽しめ、滅多に無い催しだぞ!」
疑問も解けたし、おっさんに興味もないので雑に手を払って別れを告げる。
倉庫でトラブルだ。ピートから連絡が来た。ちょっと急がないと不味いかもしれん。
十四匹シリーズは、やまいもがマイベスト。
『
ミカゲは、凡ミスで聞くのを忘れたけど、後で正解を類推する。