76、銃撃
六頭戦の展開は、ピートさんからイメージと共にお知らせして貰っていたので、要所は押さえている。
皮剥ぎブラッドとジャガ族の男の戦いは、小柄なジャガ族の男がクロスレンジでわざとこん棒を手放し、その隙にブラッドの懐に入り込んで豪快な裏投げ、というかジャーマンツープレックスでブラッドの意識を飛ばした。美しいブリッジだった。
その後、勝ったジャガ族の男にハシムの、つまり『
次は、ゴートに煽られてサギーの処の一人目がやっと出た。あんまり兵隊を出し渋って戦略的に立ち回ろうとすると、臆病者としてヘイトが溜まる。
さっきの内緒話では自信ありげだったし、どんな奴が出て来るかと思ったら、自陣の奥をチラリと見ただけで興味無さそうにむっつりと一度黙った。
その後、周囲の取り巻き達を軽く見回して、明らかにたまたま目が合っただけのチンピラの一人に眼を止め、顎で行けと冷たく促す。
サギーに隠し球が有るにしても、二人目以降のようだ。びくつきながら出てきたチンピラは、当然ながら秒で退場した。
これで、何処も一人目が出揃った。
白円の上には未だスリックの処の一人目。小柄だが屈強なジャガ族の男。
私はこの頃、ネズミ男ドバットの小屋を見つけて確認中。何か、TV中継見ながら作業しているみたいで面白かった。身体のスペックが高いので、マルチタスクは問題なし。
倉庫ではゴートがサギーの一人目の不甲斐なさを煩く詰め、サギーにガン無視されて激昂する一幕があった。両陣営とも大量のマスケット銃で武装しているため、安い脅しに効果はなし。
ゴートは、舌打ちして自陣から二人目を送り出す。
恫喝じみた呼び出しで不安げに押し出されてきたのは、ボロボロの服を着た裸足の大男だった。
武器も持たせて貰えず、顔は判別できないような不揃いのザンバラ髪。名はニコラ。ゴートが何処からか手に入れた奴隷らしい。ゴート本人が(ニコラに)そう怒鳴っていた。
動きも反応も今一つ鈍いけど、体躯が異様に逞しい。
二人目と言うことは恐らくブラッドよりも強いのだろう。しかし、ゴートに対してひどく怯えた様子を見せ、その関係性が伺える。
前に出てジャガ族の男と並ぶと、体格差が酷い。誰もがスピード対パワーの闘いになると予感する圧倒的なフィジカルの格差。
この、ニコラと言う奴隷とジャガ族の男との戦いは、周囲の予想に反して期待したような勝負にならなかった。
ギリギリまでゴートの方を気にしながら両腕で防御を固め、意を決したように近づくニコラと対峙し、恐らくは歴戦の勇士であるジャガ族の男は、
ファミリーでただ一人、これも持ち込んだとおぼしき小綺麗な椅子に座ったまま怒り狂うスリックに、ジャガ族の男は「仮にも戦士が、ガキの相手なんぞできるか!」と一喝して全く取り合わず、あっさりとニコラの勝ちが決まった。
どうやらニコラ君、見かけに依らず大分若いらしい。ピート越しだと其処までは分からない。
この、不戦勝したニコラが図体ばかりで鈍そうに見えたのか、山羊髭のサジット氏とハゲマッチョのフォークス氏の各ファミリーの二人目がここぞとばかりに順番に勝負を挑んだ
一人目の武器は太めのこん棒。武器無し、素手のまま防御するばかりのニコラを再三攻め立てるも、どういうわけかろくに有効打を与える事が出来ず、攻め疲れたところに巨拳の一撃を食らって撥ね飛ばされリタイヤ。
二人目は、鋼鉄製の
ゴートは、大喜びで葉巻なんか吸いながら負けた奴をケタケタ笑っている。勿論ぼろぼろのチュニックとズボンを着ただけの寒そうなニコラに、鎧等を着込んでいる様子はない。
他のファミリーの者達は、大の男が武装して全力で殴っているのにもかかわらず奇妙にダメージを負わないニコラに、異様な薄ら寒さを感じはじめていた。
そこで、よせば良いのに上機嫌なゴートが種明かしをする。
ニコラは、いわゆる『異人』(蔑称、人ではないという意味で使われる)らしい。北方に住む希少種族で、その昔は戦争に略奪にと無類の大活躍をしたが、銃が普及してその価値を失い、今は細々と奴隷として生きているだけの無駄飯ぐらいだと。ただ、その奇妙な体質のせいで、引きこもった亀みたいにクソ頑丈だと自慢気に開陳する。
「こいつに半端な打撃は効かねえ、何しろこの俺がいくら殴ってもどういう訳か殺せねえ人外の
ゴートは、化物と言われた瞬間ニコラがぴくりと反応した事にも気づかす、
そこで反応したのがスリックだった。
「六頭戦に人外の化物を出すのはルール違反じゃねえのか?」と、突然ゴートを詰めたのだ。
ゴートの答えは、「六頭戦のルールに人間じゃなきゃダメなんて話は聞いてねえぜ!」と言う幼稚な屁理屈だった。
しかし、その答えを聞いたスリックは表情を隠すように少し俯き、「クックッ」と、小さく笑った。
そして、「おうっ!そうなのか、それなら苦労して連れてきた甲斐があったぜ」と、白々しく片手を上げて前に出てくるようにと自陣の背後の者に合図を送る。
スリックのファミリー集団が無言で二つに割れ、一つの影が進み出る。緊張も恐怖も無く。のっそりと前に出てきたのは、目を血走らせた赤黒い大きな熊だった。
裏に回ったとき、箱馬車の中に熊が居るのには気がついてたけど、何目的なのかとおもったら・・・
周囲が驚いているうちに、熊は白円の近くまで悠々と進み後足で立ち上がる。
見上げるほどに延び上がった背の高さは、三メートル近い。体重は半トンにもなるだろう。
一応安全を考慮してか、頭には噛み付き防止の金網が被せられ、前足には爪用カバーの革袋を填めている。しかし、その野生のド迫力はまさしく人外の物だった。
「人間以外ダメだと思ってたが、構わないと了承が得られたからなぁ?人間じゃ勝てないらしいから丁度良かったぜ、こいつがうちの
唖然としたあと、苦虫を噛み潰したような顔のゴートと、驚いた後にふざけすぎだと喧しく文句を言う此方の三陣営。
古参が格式を重んじている場を、サーカス紛いのショーに変えてしまった事がよっぽど楽しいのか、手を叩いて大笑いしているスリック。サギーは別段熊の参加を問題視していないらしく、ちょっとびっくりした様子を見せただけで静観している。
巨熊は、後足で立ったままノシノシと進みニコラの前に立つ。
良く見ると、スリックの脇の目立たない位置で、個性的な小さい帽子とベストの動物使いらしき男が短く熊に指示を出していた。
「ビビんじゃねえ!」と、ニコラにハッバをかけるゴート。いや、無理だろ。
恐怖に固まる。と言うよりも、驚いているうちに目の前に来てしまった熊に、慌てて防御姿勢を取るニコラ。
熊の六頭戦参加に関する抗議は、ゴートとスリックによって意に介されず無視された。
正式に六頭戦が始まってしまった以上、準備不足でまともに戦える駒の居ない我々の側の発言力は、単なる外野のヤジ程度にしか思われていないのだ。
突如始まった人(?)対熊の対決。
人間ではあり得ないような巨熊の一撃をニコラはなんとか耐え、防御意識の無い熊にすかさず反撃。
しかし、巨熊の耐久力は流石に人間とは比較にならず、かえって怒らせて強烈な振り下ろしの打撃を誘発。
これは防御越しでも効いたのか、少しふらついて初めてニコラの足が一歩下がる。そこに狂ったような怒りの二撃目、三撃目を連続で食らってたたらを踏み、防御の崩れた顔面に横から一撃。さらに駄目押しの追撃。流石に耐久力お化けのニコラも体重差に耐えきれずその場に叩き伏せられてしまう。なんとか起き上がろうとするも果たせず、遂にはそのまま意識を失ってしまった。
熊と使役者の立ち回りはいかにも手慣れている。どうも巨熊は何か戦闘の訓練を積んでいる使役獣のようだ。普段は、魔獣とか野生の害獣なんかを相手にしているのかもしれない。
出場の承認はどうあれ、試合は巨熊の勝ちだ。
だがしかし、そこに問題が起きた。
熊の勝ちは決まったたのだが、殴られて痛かったのか、それともプライドが傷ついたのか、異様に興奮した熊が、意識を失って倒れているニコラを執拗に追加攻撃しはじめたのだ。
やがて、金網の被せられた頭をぶつけて噛みつこうとする動きもし始めた。
スリックの所の獣使いが出てきて、必死に声を掛けたり小さな笛を吹いたりして呼び掛けているけど止められない。
この時点で何かを感じ取ったピートさんから、事件発生のお知らせが届く。
慌てて戻って来た私が忍び込んだ倉庫で目撃したのは、倒れ伏す巨熊の上で、四肢を踏ん張って仁王立ちするピートさんの勇姿だった。
・・・どゆこと?
取り敢えず、フリフリされる尻尾とお尻がかわいい。
私が帰って来たことは分かるが、気配を消しているせいで何処に居るかはっきりしないらしい。取ってきたボールや捕まえたバッタを誇示するように巨熊を押さえ、私に褒められるのを待っている。
ピートには、『
どうやら、コントロールを失った巨熊からニコラ君を助けるため飛び出してしまい、ハシムファミリーの二人目・・・いや、二体目として六頭戦に出場した
ちょっと揉めている。
仕方ない。ピートさんは、元々幼い孤独な少女アリスの絶対的味方兼親友として生まれてきた存在だから、基本的に子供に甘いのだ。
スリックが「おい!イヌコロが兵隊として出てくるのは
そんな口先だけの口論を続けつつも、何処のファミリーもピートさんを酷く警戒していた。
謎の閃光と共にあっさり巨熊を退治して見せたせいだ。
既に各集団の前に
サギーの処は熊が出てきた段階で(誰も目を合わせなかった)、二人目を出すことなく白幕を一人下げさせていたので、ここも残り札は一枚だ。どうやらサギーの本命は最後の一枚、一人だけのようだ。
話題独占のピートさんは、見た目は只の仔犬。しかし世の中には変な能力を持った油断ならないヤバい生き物がいくらでも居る(H×H世界ですから)。
各ファミリーのボス全員がピートさんの正体と危険度を計りかね、切り札の三人目を出すタイミングを測っていた。
おっ。
そんな中、山羊髭のサジット氏の所の三人目が出て来るらしい。集合前にピートさんを撫でることが出来て喜んでいた犬好きのおっさんの一人だ。
恐らく本格の武闘派なのだろう。武器らしき年期の入ったトンファーを仲間に預け、丸腰になって慎重に熊上のピートさんに近づいて行く。ピートさんを倒すと言うよりも、抱き上げて回収しようとしているようだ。
普段なら、間違いじゃないんだけど・・・
ピートさんの様子は・・・あ、やっぱちょっとマズいかも。
慌ててハシムファミリーの集団の処まで移動し、後ろからマリオ爺に話をして言伝てを頼む。
私がここに居ることを知られると面倒なことになりそうなので気配や姿は隠したままにする。
丁度その時、倉庫内に瞬きのような光が走りピートさんを抱き上げようとした、おっさんが気絶した。
間に合わなかったか・・・
ここ数日で判明したのだけど、散歩大好きワンコピートは実はガチハンター気質だ。
普段は、愛想の良い元気印の仔犬。しかし、今のような『一狩り後の褒め待ちモード』の時のピートさんから獲物を穏便に譲渡してもらうには、ちょっとしたコツがいるのだ。
一瞬、倉庫内が静かになり、どうやらピートさんが熊に勝ったのは偶然ではなく、あの光のせいだと認識が広がってゆく。しかも、能力にはどうやら回数制限はないらしい事も。
同時に、少し遅かったけどマリオ爺がマッチョのフォークス氏の処に話をしに行った。
私が伝えたピート攻略法を教えるためだ。聞いたフォークス氏と出場する三人目の闘士が怪訝な顔をしている。
ピートは、ハシムファミリーから二人目として出場した形になっているから、うちからピート回収のための三人目を出すわけにはいかない。
何度かマリオ爺の説明を聞き直して確め、フォークス氏の処の三人目はようやく出てきた。
相手側の三ファミリーはその間動かず、此方の動きを静観している。
事前の準備をさせず、駒が無いはずの我々の陣営から出たピートという
フォークス氏の三人目の男は、腰に刃引きした鋼鉄製の長剣を下げている。動きも剣術をやってる動きだ。それなりに腕利きなのだろう。
しかし男はピートの間近に来てもその長剣を抜く気配はない。
ただ、親指を立てた右手を伸ばし、尻尾を振るピートを真っ直ぐ指差し。
「バン!」
と、言った。
ピートさんは驚き、お約束のとおりピクッと硬直してばったりと倒れた。
勿論ピートさんに怪我は無い。
これは、ピートさんの最近のお気に入りのお気楽なゲームなのだ。
『ピートのお気に入りのゲーム』
その二:ピートに向かって銃の狙いを定める真似をしながら「バン!」と言うと、ピートがバタリと倒れる、という遊び。
ピートさんが倒れたのを確認し、私はハシムファミリーの人影の奥で、隠しから取り出したアンティークの犬笛を静かに吹き鳴らす。
恐らくは、この場でピートさんと私にしか聞こえない軽やかで優雅な音色が鳴り響き、私の居場所を察知したピートが飛び起きてハシムファミリーの陣地にすっ飛んで駆け戻ってくる。
これで、ピートさんの敗けが確定。
私は、一仕事終えたピートさんを両手でたっぷりもふもふして労った。
サジット氏のとこの三人目には悪いことをしたけど、せっかく頑張ったのに褒めもせず、念話で只(おとなしくしていなさい)何て言ったら、きっと酷くガッカリしただろう。ピートさんの気分を変えるお楽しみが必要だった。
名前を知られてない一般極道ピープルは基本ナレ死。トンファーおじさんは見せ場無しだったけど、今回唯一無傷でリタイヤ出来た幸運な人物。
最近のピートの『お気に入りのゲーム』
その一:私が立っているときに手のひらを上に向けていると、周囲の障害物(人間含む)等を利用して出来るだけ早く私の手の上に収まろうと移動してくる遊び。
その二:ピートに向かって銃の狙いを定め真似をしながら「バン!」と言うと、ピートがバタリと倒れる遊び。
その三:干し肉の切れっぱしを手の中に隠し、どっちか当てさせる遊び。