嵐の夜に飛び立とう   作:月山ぜんまい

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 9、外へ

   9、外へ

 

 

 全身の念獣達に、雌伏の眠りの時は終わり、活動の時が来た事を報せる。

 

 ゆっくりと、外へと染み込むように五感が戻ってゆく。

 

 まだ、力は入れない。

 

 躊躇いがちに、心臓が鼓動を打ち始める。

 

 胸を動かし、小さく一呼吸。

 

 ちょっと黴臭いが、呼吸は出来る。

 

 右手の指先を、少し曲げてみる。

 

 むずむずするような痺れと強張りが、朝露のように、ほどけて抜けて行く。

 

 心臓の鼓動以外、何の音もしない。

 

 そっと、目を開ける。

 

 真っ暗。

 

 疼く身体のあちこちをちょっとづつ、小分けに動かす。

 

 浅い呼吸を繰り返し、暫し待つ・・・。

 

 行ける?

 

 ・・・軽く歯を食い縛った時、違和感が。

 

 口の中に、何かある。

 

 右手で、吐き出した物を摘み、目の前に持ってくる。

 

 灯り・・・そうか、『緋の眼』。

 

 紫がかった淡い光の中に、濡れた碁石のような漆黒の小さな卵が現れた。

 

 

 次の瞬間、頭の中に幾つもの記憶がフラッシュバックした。

 卵から溢れた黒い闇が、私の中に入り込もうと・・・

 

 

 するのを『右目(ライブラ)』の≪天眼(未来視)≫で確認し、『右手(キャンサー)』を握りこんで≪消滅≫で黒卵を消し飛ばす。

 

 「・・・ああ、神はそこに居られたか」

 

 

 

 気を取り直して上を見る。

 

 棺桶の蓋まで十センチもない。

 

 「・・・」

 

 手の甲で、軽く叩いて堅さを確かめ、“練“をした細い拳でおもむろに突き抜く。

 

 何度か繰り返し、棺桶の蓋を割り砕く。

 

 両手で、固く締まっているはずの土を、おが屑のように雑に押し退け、上へと身体を引き上げる。

 

 雨のように、土片が降るが無視。

 

 目と口を閉じて伸び上がり、土の中へと頭を突っ込む。

 

 無理矢理、腰まで棺桶の外に出る。

 

 土まみれだが気にしない。

 

 棺桶の中で立ち上がって、ぐいと手を伸ばすが、まだ外に届かない。

 

 チンピラども、頑張りすぎ。

 

 棺桶の外に出た。

 

 土に足をかけ、上へと進む。

 

 もうすぐだ、予感に心が逸る。

 

 埋葬された墓から、もうすぐ一年ぶりに外へ出られる。

 

 いや、私にとっては初めてのハンターハンター世界だ。

 

 ちょっと怖い。

 

 泳ぐように、土の中で身をくねらせ、上の土を下に押しやり、地上へと近づく。

 

 何度目かに伸ばした右手の感触が変わった。

 

 ・・・凍ってる?

 

 地表が凍りつく凍土は、外が近い証。

 

 更に土を押し退け、身体を凍土のすぐ下に運ぶ。

 

 ・・・明るい。

 

 凍土ではなく、表土がいくらか凍って、その上に雪が積もり、それを“纏“をした手が下から欠き取ったようだ。

 

 欠き取った穴の先端が、わずかに明るい。

 

 ・・・感覚では、真夜中の筈だが?

 

 雪の中を更に掘り進む。

 

 何度目かに伸ばした手が、あっさり地上へと突き抜け、慌てて引き戻す。

 

 光は在るが、淡い。太陽光ではない。

 

 新鮮な空気に、湿った木々と石の匂い。

 

 耳をすまし、しばらく待つ。

 

 ・・・・・

 

 ここは大事なとこ。

 

 私が埋められてた墓地は、おそらく人里から離れた場所だろうが、それでも人が来る可能性がある。

 具体的には、チンピラ共が次の犠牲者を埋めに来るとか。

 

 十分ほど、具体的には六百ほど数を数え、人の気配が無いことを確認して、頭を出し、小動物のように周囲を確認しながら用心深く外へ出る。

 

 ・・・静かに静かに。

 

 風が完全に凪いでいる。

 雲一つない空が高く、空気が凍りつくように澄んだ夜だった。

 

 「満月・・・」

 

 墓から出たての目に、月光が眩しい。

 エネルギーを使い尽くして、ガリガリの身体。そして、想像以上に自分の声が幼い。

 

 「一応、墓場だったか」

 

 てっきり何処かの山奥の森の中かと思ったら、そこは、朽ちた教会跡のような低い石積が残る、墓石の並ぶ霊園だった。

 

 見回すと、磨耗し角が無くなった古びた墓石に、アルファベットらしき文字で、もう読み取れないほど、かすれた名前が掘り込んである。

 

 ふと、振り返った自分の墓には、何処かの廃材らしき欠けた瓦礫が、傾いて突き刺さしてあった。

 

 もちろん名前など書かれていない。

 

 「・・・だよな」

 

 しかし、硬い石なのか、その表面は今も黒く滑らかで、鈍く月光を反射している。

 

 「確か、御影石、だったかな?」

 

 前世でよく見かけた、花崗岩の石材の名前を思い出す。

 

 この(いびつ)な廃材が、私とこの身体の元の持ち主の墓という事らしい。

 いや、墓に成るはずだった、ただの瓦礫か・・・。

 

 ・・・なんだかニヤリとワラけてきた。

 

 こいつは、私の、死と転生の(しるべ)だ。長い地中生活の象徴と言ってもいい。

 多分今のところ、この世で私を示すただ一つの物だろう。

 埋められていた私が言うのだから間違いない。ボロボロな所まで瓜二つだ。

 

 似合いだな。

 

 異世界に来て、見目(みめ)が変わったから名も変えよう、とは思っていたが、何の価値もなく、打ち捨てられていた筈の、こいつからとって『ミカゲ』と名乗る事にしよう。

 

 御影・・・ミカゲ、うん、悪くない。

 

 名字は、必要になったら考えよう。

 

 

 

 とりあえず人の気配は無い。

 

 誰かに見られる前に、ここから離れた方がいい。

 足跡を残さないため、『左足(タウラス)』の≪甲殻≫で宙空に足場を作り、墓地の脇に生えた大木の枝まで行こうとして、三歩目で落ちた。

 

 今のところ、『左足(タウラス)』の力で一歩、『我らは一人』の共有の力で一歩の、二歩しか連続で宙空を歩くのは無理だとお知らせが来た。

 

 仕方ないので、空歩二歩を含む三歩づつ三段跳びのようにジャンプしながら大木まで近づき、枝まで上がる。

 

 振り返ると、足をついた穴が雪上にポツリポツリと並んでいて、ちょっと顔をしかめた。

 

 露骨な足跡よりましと諦めて、見晴らしの良い高さまで、枝をつたって登る。

 

 どうやら墓場は、大きな屋敷跡の敷地の一画にあったようだ。

 広い雪原のあちら此方に石造りの土台だけが残り、侵食してきた木々の影で、雪に埋もれている。

 

 見渡す限り、他に人家や人の暮らす気配は無さそうだ。

 

 木々に挟まれ、雪に覆われた道が一本有る以外、周囲は黒々とした森が、墓地の際までせまっている。

 この高さからでは、森が何処まで続いているのかは見通せない。

 

 ついでに、大雑把に辺りの地形と地勢を頭に入れる。

 

 とりあえずは、安全・・・。

 

 ならば、まず水だ!

 

 聴覚と嗅覚に意識を集中し、水を探す。

 

 幾つもの針葉樹の濃い緑の匂い、僅かに苔と腐葉土の匂い、微かな複数の獣の匂い、何処かの枝葉から滑り落ちる雪の音、梟の低い声。

 

 遠くに水音を感じとり、枝から跳ぶ。

 

 二歩の空歩を活かして、木から木へと跳び移り、水を目指す。

 

 霊園脇の鬱蒼とした森を、奥へ奥へと進んで行く。

 

 程なく現れたそれは、小さな川原と小綺麗な淵を備えた渓流の水場だった。

 

 「!」

 

 物も言わずに辺りをちらりと確め、川原に飛び降りて、流れに顔を突っ込み、浴びるように水分を補給する。

 

 「・・・・・」

 

 渇きに渇いていた身体に、凍りつくほどの冷たさも忘れて、ぐびぐびと水を飲む。

 

 もう良いかと、息をするために水から顔を上げて、二、三度呼吸を整える間に、又、渇きに襲われ、顔を浸ける。

 

 そんなことを、何度も繰り返す。

 

 程なくして、やっと満足し、川原にどさりと座り込む。

 

 「はぁ・・・・生き延びた・・・」

 

  『腎臓(カプリコーン)』から、水の補給が無いと朝まで持たない、と、お知らせが来ていたから、結構焦った。

 

 「これで、まだ少しもつ・・・」

 

 月は少し動いたが、夜はまだ深い。

 少し余裕が出来た。

 

 川原の黒く濡れた小石を弄びながら、墓から抜け出して地上に出ようとしたら、何故か口の中にあった黒卵の事を思い返していた。

 

 ()()のお陰で、色々な疑問が解消されたのだが。

 

 記憶のフラッシュバック、刷り込みが有ったので、身体に元々在った断片と合わせて、大体の経緯は把握できている。

 

 まず前提として、この身体の元の持主、仮に『クルタの子』は、既に“発“を一つ身に付けていたらしい。

 年齢的に、自然発生したものだろう。

 それは、何かオーラなり肉体の一部、少量の血や毛髪等を代償に、念で生み出した『卵』に願いを叶えさせる。

 という、呪術とか儀式魔法のような、使いようによっては強力な特質系能力だった。

 

 どうやら、私の『十三原始細胞(ゾディアック・プラスワン)』は、彼の“発“を下敷きに出来上がってしまったらしく、えらく発動が簡単だったのは、この為らしい。

 願いを叶える『卵』自体が分類として念獣だった為、制約と誓約に従い、この能力は既に失われている。

 

 話を戻そう、そんな訳で彼は、襲われた時、既に“発“が使えたが、正面戦闘能力は大したことなく、保護者の爺さんが倒れると、あっさり捕まってしまった。

 

 捕まって、いたぶられ、緋の眼や身体の各所を失って、後は埋められるだけ、となった所で、彼は、憎い相手に復讐する方法を思いついた。

 

 どうも、爺さんに聞いたらしく、彼は、人間の住む世界の外側、遥か海の向こうに暗黒大陸という、人間を滅ぼすような災厄がごろごろ存在する場所があると知っていたらしい。

 

 彼は、自分の口内に、復讐のための卵を生み出した。

 

 代償は自分の魂。

 

 願うのは、『外の世界』から『怪物』を呼び出し、自分の記憶した複数の対象者と、この事に関わった全ての人間を根絶やしにする事。

 

 願いは、彼の死と共に発生した死者の念との相乗効果によって、否応なく果たされる、筈だった。

 

 しかし、何をどう間違ったのか『()()()()』から喚び出されたのは、暗黒大陸の『怪物』ではなく、現実世界で死んだ『私』の魂だった。

 

 「・・・・・まあ、そういう事も有る」

 

 つまり、私をこの世界に呼び寄せたのは、大いなる運命や面倒な目的を持った神様じゃなくて、この『クルタの子』自身だったのだ。

 

 

 

 と、いうことは、私を縛る厄介な事情とか、果たすべき使命なんか何もない、全くの自由。

 

 好きな漫画の世界をフリーハンドで、生きて良い。と、いう事になる。

 

 『クルタの子』くんには、恩義を感じるから、時期を見て、端的に言うと強くなったら復讐は果たそう。

 人物も、特定出来たしね。

 

 「はあ、・・・」

 

 遠い先の予定は出来たが、今の私が気にすべき事は、別にある。

 

 「・・・腹へった・・・」

 

 流石に、何かカロリーを摂取しないと、移動も儘ならない。

 

 雪深い季節に見つけられる食料は限られるだろう。

 座ったまま、もう一回水飲んでから動こうかな、と考えていると、視線の先の藪が揺れた。

 

 二車線道路の向う側ほどの距離。

 ほんの、八メートルばかり向こうの茂みから、慣れた調子で角付きの鹿がのんびり歩み出てくる。

 

 こちらが風下で、静かにしていた為、気付かなかったらしく、私に気づいて一瞬驚いた様子を見せたが、すぐにナイフみたいな双角を低く構え、迎撃態勢を取る。

 

 「・・・に、肉っ!」

 

 気がついたら、手頃な石を持って飛びかかっていた。

 

 手にした石が、左の角と一緒に頭蓋骨を砕き、止めを刺した所までは、冷静な部分もあり、覚えている。

 

 しかし、次に気がついた時には、鹿の身体は、その三分の二が無くなっていた。

 

 私が、食べたらしい。生で。

 

 首筋を噛み千切りながら、溢れる血を、もったいないと飲み干したことや、前足を皮ごと引きちぎって食らい付いたこと。

 内臓の一部は匂いがキツく、肝臓が甘かったことは、何となく覚えている。

 最後に気づいた時には、後ろ足の大腿骨を、プレッツェルみたいに軽快な音を立てて齧っていた。

 

 いや、健康ってありがたい!

 

 もちろん、歯や消化器官を念で強化していたから出来た事だ。

 内臓込みで念獣の影響下にある私ならではである。

 毒や病気もどんどん対策して、影響の無いようにすると、お知らせが来ている。

 

 ビタミンが取れて良いんだけど、次から生食はなるべく避けよう。

 流石に、ちょっと獣入ってた気がする。

 

 ・・・はじめて会ったのが鹿で良かったぁ・・・人間だったら・・・

 

 ぶるり、嫌な思考が頭をよぎって、身を震わせる。

 

 寒さのせいでは無い。

 全身、長く伸びた髪の毛に被われていて、“纏“をしていれば、外気温は気にならない。寒くないわけではないが。

 

 

 終わった事だから、気にしないでおこう。

 

 

 

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