「で、ここがこの一角島の神社。祭りとかする時は大体、町の広間かこの神社でするから、覚えて損はないわよ」
神社を囲むようにして生えている木々が陰になり、また、風が木の葉を揺らして音を立てる。やはり木陰と言うのは涼しくて、陽射しが強くなるにつれ、それを実感する。
その影の下で、境内に敷き詰められた砂利を歩くごとに鳴るザッザッという感覚は意外と心地よく、音までもが涼しく感じられた。
鎮守の森が生み出すこの影は境内のほとんどを覆っていて、陽だまりになっている場所は図られたように本殿の部分だけ。その光景は影と光の調和のようで、一段と本殿がよく見える。
すると金髪の少女はそんな境内で辺りを見渡し、本殿の方を見て、ぺこりと頭を下げた。
「ねー、御守りとか売ってないの?」
「御守り? そんなのないわよ。祭りの時だって、別に御在所が開いてたりしないし、基本参拝だけよ」
私がそう言うと金髪の少女は、ふーん、とだけ返した。その反応に私はどうすればいいのか、と小さく首を傾げる。
あれから色々とあった。魔法使いであると公言した水木さん、もともと島民ではなく本州の人間だとは知っていたが、まさかそんな秘密があるとは思ってもみなかった。
「天使!」
その後ろ姿に私がそう言うと、何食わぬ顔で金髪の少女が振り向き「なに?」と聞いて来る。まるでそう呼ばれることに疑問もなにもなく、逆にそれが当たり前のような、そんな雰囲気だ。まあ、同音のため私が『天使』と呼んだことに気付いていないだけか。
相内 天詩。それが空から翼を広げて舞い降りた、この金髪の少女の名前だった。
本当は連絡船に乗って、一角島へ上陸する予定だったらしい。だが予定していた船に乗り遅れてしまい、次の連絡船を待とうにも多くの時間が掛かり、それならと仕方なく空を飛んで海を渡ることに。幸い既に荷物は送った後で、カバン一つだけだったためにそう苦労はしなかったらしい。
島に渡り、とりあえずは人に見付からない場所で着地しようと展望公園を選んだのだが、木の陰で私の存在を認識出来ずに、不運にも出会ってしまった、と。
天詩が私と出会った後、つまりは私が天詩が空から舞い降りて来た時を目撃した後、天詩は私に言われたように図書館に向かったらしい。
無事に図書館に着き、水木さんと合流出来たのだが、私に見られたことが気かがりで、秘密を守らなくてはと混乱。水木さんから記憶を消す道具を借り、今一度展望公園へと向かった。
そこで留守番をしていた京一郎を私と勘違いして──と言うよりはよく確認せずに──道具を使ってしまった。そこに私が帰って来て、と言うのが事の顛末らしい。
「まあ流石に記憶を消す、なんてそんな危険な道具を渡せないから、貸したのはちょっと違うものなんだけどね」
そう水木さんは言うが、あれから目を覚まさない京一郎をテントに運んだのだが、目が覚めるとなんと今日の記憶が無くなっているのだという。
雪乃と別れ、展望公園にいる私に会いに来たことは覚えているのだが、展望公園の敷地内に入った瞬間の記憶から一切覚えがないらしい。
その場は適当に、キャンプの設営を手伝だってその後テントで爆睡していた、と誤魔化した。があのおもちゃのハンマーには少なからず、それらしい力があることが証明された。
「魔法使いって、本当にいるんですね……」
信じ難い話しではある。だが空から舞い降りて来たのを目撃したのは間違いなく自分自身で、それを否定することはできない。
色々と聞きたいことはあったが、ただ話しの腰を折らないように私は尋ねると水木さんは、そうね、と口にする。
「いるね。私みたいに言わないだけで、この世界の住人って言うのは珍しくないのよ? この子、天詩だってそう。まだまだ若いけど、立派は血を引いてるのよ」
水木さんは天詩の肩を叩くと、すこし恥ずかしそうに天詩は笑う。
「天詩がこの島に来たのはちょっとした武者修行なようなものなの。でも、この子の親ってのが過保護でね。一人じゃ不安だからって、わざわざ私がいるところに来させたのよ」
「はあ、そう……なんですか」
ははは、と引きつった笑みを浮かべるが、どう反応すればいいかわからない。ハッキリと言って、何言っているのかさっぱり理解できない。
いや、言っていることは至極当然と言うか、同じ言語を使っているのはわかるのだが、いまいち心にストンと落ちて来ない。喉に引っ掛かると言うか、認めたくないと言うか、どこか他人事のように聞こえて来る。
上の空だったのだろうか、気付くと水木さんは私の肩に手を回し、それに驚く。すると水木さんは顔を近づけると私にだけ聞こえるように小声で話した。
「そうだ、なつめちゃん。明日天詩に島を案内してあげてよ。歳も近いだろうし、天詩も友達がいたらこれからの生活も楽しいと思うのよ」
「案内? えっ、私がですが?!」
「私、一応天詩の保護者ってことになるからさ、天詩がこの島に馴染めるか心配なのよ」
「いや、でも私……」
「大丈夫、魔法使いって言ったって、それを除けばただの女の子よ。京一郎くんや雪乃ちゃんみたいに友達として接してくれればそれでいいから、ねっ」
私の不安を見透かしたように、水木さんはそう笑った。
そうして、今私はこの本州からやって来た魔法使いに一角島を案内している。とは言っても、この小さな島に観光資源はなく、観光地もない。早々に最後の案内場所である神社に到着し、これからどうするかと考える。
「どう? 本州の人間から見て、この島はどう見える? なにもない田舎って感じ?」
「ううん、全然そんなことない! 静かだし、自然が綺麗だし、なんて言うか……落ち着くってカンジ? なんか地元と似てる気がするし」
天詩はそう言うと、その場の雰囲気を味わうように、うんと背伸びをする。
その姿は最初にあった時と比べ薄着で、金髪もヘヤゴムを使って短い二つ結びを作っている。やはり本州とは気温の違いから、最初に着ていた服装では暑いと感じたのだろう。
それでもその着ている服や、肩に掛けている口の広いバッグから、お洒落に気を使っているのはわかる。こう見ると、やはり魔法使いと言うよりは今時の子供──ドラマの中でしか見たことないが──と言う感じがする。
「へー、そう言えば天詩は何処から来たのよ?」
「茨城だよ」
「ふーん……」
「東京の隣」
「へぇ! それはスゴイ──」
明らかな反応の違いに、思わず私は自分で自分を責める。いや、だが東京と言われるとスゴイと思ってしまうのは、私だけではないと思いたい。
それをわかっていてか、天詩はケラケラと笑い、私は誤魔化すように咳払いをする。コホン、と一度喉を鳴らして、言い訳をしようと口を開くが、それよりも早くに天詩は境内の掲示板に目を向け、貼られているビラに気付く。
「あ! ねぇねぇ! なんか祭りがあるみたい! えっと……角折祭り?」
「ああ、この島の伝統行事よ。一角島の誕生祭だとか記念祭とかで、これまで一度も途切れたことない、この島の伝統なのよ。さっき言ったでしょ、祭りがする時はここが会場になるって」
少し自慢するように、腰に手を当てる。とは言っても、雪乃から聞いたことではあるが。
角折祭り。島民なら誰しもがしっている、例年の祭りだ。この神社の前の道に露店が連なり、提灯や紙飾りが垂れ下がる。
この日ばかりは静かな島も賑わい、町の倉庫がからっぽになる。町のおじさんも早起きして、たいして美味しくもない焼きそばを鉄板で焼いて、それを嬉しそうに売っている。
もちろん各々が物を売っているだけではない。道の端に椅子を置き、そこに集まって酒を陽気に飲んだり、他にも勝手に楽器を弾りして、各々が好きな方法で祭りを楽しんでいる。
そして祭りの目玉が、巫女役による舞の披露。ちょうど私たちがいるここ、この神社の境内で舞は執り行われる。
境内はきらびやかにすると言うよりは、火を灯し、その明かりの中で巫女が舞う。その姿を見るのが密かな楽しみだったのだか、今年は少しばかり事情が違うのが悔やまれる。
「お祭りかぁ。そうなんだ、じゃあ浴衣とか持って来れば良かったなー。なつめちゃんは浴衣とか着るカンジ?」
「えっ? いやそんなの着ないわよ。面倒くさいし、それに……なに見てるのよ?」
なぜかじーっと私の服を見る天詩に気付き、私は首を傾げる。
「んー、やっぱり島暮らしって皆同じ服装になっちゃうの? ほら、瞳子お姉ちゃんもそんな服だったから、売ってる服の問題?」
「ああ、この格好? まあ、楽だしね。水木さんと同じ服装なのは……まあ、そうね」
服装が変わった天詩に対して、私は昨日とほとんど同じ格好だ。Tシャツにホットパンツと、着飾らない格好。そして話しにでてくる水木さん、水木瞳子と呼ばれる女性もよく同じような服装をする。
水木さんは背丈は私とそう変わらず、髪型はショートヘアー。服装もTシャツにホットパンツと目立ったものはない。
だが私と違い、あの耳にはさり気無いイアリングがされていて、その顔つきや身体つきは同性である私が羨ましがるほど。決して胸が大きいと言うわけではなく、その背丈と顔に似合った、バランスの良いスタイル。ラムネ瓶に口を付けて飲むその姿は、テレビの中の女優にも負けていなかった。
さて、服装が似ているのは、島で手に入る服が似たよったモノしかないというよりは、私が水木さんの真似をしているからだ。はっきりと言ってしまえば、水木さんは私のファッションリーダーのようなもので、いわゆる憧れの近所のお姉さん、と言ったところだ。
この服装だって、お洒落だから着ていると言うよりは、着こなし方。この着飾らない服装は、体型に自信がなければするだけだらしなく見える。
そんなスタイルになりたいと、密かに身体を絞って、体型を維持するのはもちろん大変だった。髪型だって、水木さんに憧れて真似したものだ。髪質で違いは出たが、こればかりは私らしさだろう。
だが、天詩が水木さんの身内だとか関係なく、それを口にするのは流石に恥ずかしい。誤魔化すように天詩の質問にテキトーに答え、話しを変える。
「じぁあ次行くわよ。ほら、後ろに乗って」
天詩に手招きしながらくるりと背を向け、神社から出る。
鳥居前に駐輪している自転車は、流石に私と天詩を二人を乗せて島の中を巡ったこともあり、すこし疲れているように感じた。
流石にもう長いこと乗っているだけあって、所々にボロが見える。もうかれこれ何年乗っているのだろうか、もう新品だった頃の色合いが思い出せない。そんな自転車に喝を入れるためにそのサドルを叩いて、もう一仕事だ、と心の中で叱る。
とは言っても、もうほとんど目ぼしい場所は見て回った。せめて帰り道はまた来た道とは違う方向から帰るか、と天詩に気を利かそうとすると、ねぇ、と声を掛けられる。
「あっちの道はなーに? なんか壁が続いてるけど」
そう言って、天詩は自転車が向いている方とは反対側の、漆喰に塗られた壁が続いている道を指差した。私は自転車に腰掛けながら、肩越しにその道を見る。
「ああ、この神社の隣がこの島の地主の家で、それはその外壁よ。地主さんに用があったら神社の隣って覚えといて。なに? 挨拶でもしとく?」
「ええっ! 地主ってなんか怖いイメージかないんだけど……て言うか、挨拶って気楽に言うけど、なつめちゃんは地主さんと知り合いなの?!」
「いや、単純に娘さんと幼馴染なだけよ。雪乃って言うの」
「スッゴ! 無敵じゃん!?」
価値観がさっぱりわからない。驚いているのか、尊敬しているのか、そんな視線を向けて来る天詩に対して私はただただ首を傾げるしかなかった。さっきからころころと話題が変わって反応に困る。それだけ感受性が豊かなのか、ただ落ち着きがないのか。
もう一度天使に手招きして「ほら、さっさと乗る」と呼びよせる。言われた通りに天詩は自転車の後ろに乗り、私はのろのろと初速を付けるために歩き出してから、ペダルを回し始める。
一人で自転車に乗る時と比べて、流石にペダルが重い。だが、誰かを後ろに乗せて走るのは実は慣れている。乗せる相手は決まって雪乃で、こうして他の人を乗せたのはもしかしたら初めてかもしれない。
だからだろうか、雪乃と違って、天詩は私よりも背は低い。そのため何時もと重心の位置が違う気がして、最初に乗せた時は違和感を感じたが、今ではもう大丈夫だ。
もうすぐお昼に差し掛かる、太陽が真上にある時間。左右に広がる自然を太陽の光が緑を輝かせている。草花の香りと言うのか、お日様の香りと言うか、ぽかぽかしたものが辺りから感じ、そんな中をゆっくりとしたペースで車輪が回っていく。
道にそって立つ等間隔の電信柱。その側を抜け、次の電信柱へ。ただただ緑色が広がるだけではなく、花の色や、こうした人工物が景色を彩る。人工物があることで逆に自然そのものを強調しているような、自然と人工物の調和とでも言うのだろうか。
なにもない自然と言うのもそれはそれで良いものだろうが、とそう考えていると、後ろに座る天詩がなにかに気付いたようにきょろきょろと辺りを見渡す。
「この感じ……あっ! タンマ、タンマ! 止まって止まって!!」
どうしたのかと思うと天詩の声が飛び、私は慌ててブレーキを掛ける。ただの道の真ん中、左右を見ても何も無いところで突然、天詩に呼び止められた。
自転車を止めると、天使は自転車から降りる。そして道の脇へと歩み寄ると、その場に屈みこみ、うっそうと生えている雑草をかき分け始めた。
いきなりの行動に私は唖然として、取りあえず自転車のスタンドを下げて「なにしてるのよ?」とその背中に近付き覗き込む。
「んーと、多分この辺に……あっ! あったあった! 見てこれ見てコレ!」
すると天詩はその雑草の中から一本の草をつまみ取ると、振り向いてそれを私に差し出す。それは手のひらサイズで、細い茎から二枚の葉が生えている。特徴も何も無い、どこにでもありそうな、絵に描いたような草だった。
「なにそれ? 雑草がどうしたのよ……なに、食べられるの?」
「ただの草じゃないの! これは魔草! わぁ、自生してる魔草なんて初めて見たー! やっぱり自然が豊富だからなかぁ?! えーなんでかなぁ!?」
眼をキラキラとさせ、まるで新しい化粧品や服でも買った少女のように喜んでいる。だが、その手に握られているのは土から引っこ抜かれたばかりの草で、それも雑草を掛け分けた中から手に入れたものだが。
だがしかし、天詩はこの草のことをなんと言ったか。思わず私は首を傾げてしまう。
「ま、魔草? ただの雑草じゃないの? 見たところ、よく見るようなものだけど」
「見た目はそうでも中身が違うの! それによく見るとこの葉っぱのラインとか、茎の部分とかぁ……後は、こう……オーラが違う!」
「いや、そんなことを言われても全然理解できない」
手振り身振りを加えて教えてくれようとする天詩だが、私がそれを理解するには不十分だった。だがしかし、そんなものがこの島にあるんだな、と私はその差し出された魔草を指差す。
「じゃあ、なに? この草を魔法とかに使ったり? それとも、なんか薬にするとか?」
触媒、それとも素材か。なんと言えばいいのかわからないが、魔草とはいかにもそれっぽい感じがする。
初対面の時はさておきながら、天詩の言動から、ただただ普通の女の子と言う感じがして止まなかった。が、ここに来てやっと魔法使いらしい事を言ってくれた。まあ、なにをもって魔法使いらしいと言うのかは人の勝手だが、やっとその真髄を垣間見えそうだった。
私がそう思って期待していると、私の質問に天使は首を左右に振る。
「ううん、しないよ。これは一度真水に浸してから、天日干し。からからに乾いたら粉末にすると良い汚れ落としになるんだよー。頑固な汚れもピカピカになるって、研究とか実験している魔法使いに人気なんだよ!」
「へ、汚れ落とし? 魔法に使うんじゃなくて……?」
うん、と返事をして、天詩はバッグから食料保存袋を取り出す。そしてそのファスナーを開け、大切にその魔草を入れると、もっとないかと探し始める。
しかし食材保存袋か。おかずや夕飯の残りじゃないんだから、魔草を保管するための箱とか布とか、もっとこう専門道具を携帯しているかと思った。
魔法使いと言うのも存外現代人なんだな、とどうも私の魔法使いに対する想像と、現実のギャップは強いらしい。天詩の背中を見ながら、考えるように一人顎に手を当てる。
「じゃあ、こう、釜に入れて薬にするとか……」
「えー? 煎じて漢方にするけど、アタシは全然しないよー?」
漢方って、いや、まあ、薬も漢方ではあるのだろうけども──
そう思いながら、私は辺りを見渡し手頃なところに腰掛ける。
まあ、取りあえずは天詩が嬉しそうでなによりだ。この島に着てなにもないただの田舎だと、来ない方が良かったと思われたら、島民として少し悲しい。
はぁ、と心の中でため息を吐き、空を仰ぐ。そこには変わらない青空が広がり、不思議なことは一切ない。逆に不思議な事とは一体なんなのか、と問われそうなぐらい、当たり前に太陽は輝いている。
魔法使いか。水木さんが言っていた通り、普通の女の子でしかないんだな、と天詩を横目に見て視線を遠くの方に向ける。
きっと心の何処かでは魔法使いに出会った私は、これまでにない大きな刺激に出会えるのだと、困惑しながらも、そう期待していたのだろう。だからと言って、これまでの日常に飽きているだとか、嫌気がさしているだとか、決してそうではない。
ただそう、芸能人を生で見たのだから、ついでにサインを貰いたい。歌手を生で見たのだから、生声で歌を聞きたい。魔法使いに出会ったのだから、魔法を使っているところを見てみたい。そう言うことなのだろう。
「まあ、なんだって良いんだけどね。面倒くさいことにならないなら、観光客だろうが魔法使いだろうが──」
するとふと影が差す。天詩が戻って来たのかと私は顔を上げた。
そこには枯れ木が立っていた。約二メートル半のそれは苔むした頭巾を深々と被り、胴回りにツタがスカートのように垂れて引きずられている。
手の部分の枝には木の籠が下げられ、その籠の中には似つかわしくないほど綺麗な花が咲いている。顔と言うか、口と言うか、その部分は漆黒の穴が開いていて、その中で小枝がカサカサと動き、うごめく。
どう言うわけかそれは女性のように見えて、気品のようなものを感じた。恐らく、頭巾とスカート、木の籠と言ったものがそんなイメージを生んだのだろう。
だがそんなイメージとは裏腹の見た目が、ぬっと私を見降ろし、見上げた私はただただ目を丸くした。
「あ! こんにちは『種蒔さん』じゃん! どうもどうも! 今年も良い種ありがとうございまーす!」
気付くと、草を摘み終わった天詩が戻って来て『種蒔さん』と呼んだ枯れ木に声を掛けた。
するとそれは天詩を一瞥すると会釈し、そのままゆっくりと無数の根を動かして歩き出す。不思議なことに音はせず、ただ引きずられるツタの音だけがする。
その後ろ姿をただただ見送ると、それは離れて行くごとに霧のように姿がぼやけていき、最後には消えて行った。
「ん? どうしたのなつめちゃん?」
声を掛けられ、ハッとして視線を天詩に向ける。その顔は別に何も無かったかのように、平然としていた。
だが目を丸くしている私を見て、なにかに気付いたように、はたと納得する。すると怪訝表情を浮かべ、少し顔を背けた。
「ああ、別に今のは独りごと言ったんじゃなくて、あれは──」
「なにあれ?! あの貴婦人みたいな枯れ木はなんなの!?」
勢い良く立ち上がり、問い詰めるように天詩の肩を掴む。自然と貴婦人と言葉が出てしまったが、あれは、この世の生物ではない。少なくとも私がしらない、知るはずもないモノだ。
だが私の勢いとは裏腹に、天詩はぱっちりとした瞳をパチクリとさせてる。
「あれって『種蒔さん』のこと? あの人は毎年花や草の種を各地に運んでる人で、実りを届けてくれるとってもえらい人なんだよ。ああ見えて、恥ずかしがり屋さんらしくて……」
そこまで言って天詩は違和感を覚えたらしく、言葉が小さくなっていく。そして、あれ? と首を一度傾げると、私を驚いたように見る。
「て言うかなつめちゃん見えてるの!? 普通見えるようなものじゃないんだけど……?」
「えっ、いや見えてるって言うか……初めて見たんだけど……」
元々見えていたのなら、こんなふうに驚きはしない。
私に霊感は無い。したがって幽霊を見たことも、精霊もない。先ほどの『種蒔さん』がそれらに該当するのかは定かではないが。
じゃあなんでだ、と天詩は私を観察するように見て、考えるように腕を組む。そして思い出したように手を打ち鳴らすと、合点がいったように笑い出す。
「そう言えば聞いたことがある! こっちの世界を認識すると、連鎖的に見えるようになっちゃう人がいるって!」
だからかぁ、と一人納得したように天詩は言うが、私はそれに慌てて口を挟む。
「じゃあ、なに? 私が天詩と出会ったから……私が天詩は魔法使いだって知ったから、さっきの『種蒔さん』が見えるようになったってこと?」
「うーん、多分そういうことかな? でもでも、確か見えるようになる人って、元々素質があるって言い伝えがあったりするから、もしかしたらなつめちゃんって魔法使いの才能があるのかも!」
待て、待て待て、勝手に盛り上がって貰っては困る。つまり、どういうことだ。霊感やそういった力を持っていないが、天詩と出会ったきっかけで見える体質になってしまったと言うことか。
いや、体質ではなく認識と言っていた。気付いてしまったがために、認識できるようになったと言うことか? 本来は目の前にいても認識出来ずにいただけで、昔から存在していたと言うことか?
それはいったいなにを意味するのか、私にいったいなにが起こるのか。つまり、これからの人生、私は『種蒔さん』と顔を合わせ続けると言うことなのだろうか。思考を巡らせている中で、ふと一つ思い付く。
「──ねえ、先に聞くんだけど、さっきの『種蒔さん』以外にも、そういう人達って……いたり、見かけたりするの?」
私の質問に、うん、と天詩は頷いた。
・
「ただいまー!」
玄関先に停められている自電車の後ろにはクーラーボックスが乗っけられ、小さなのぼりが立っている。そこには氷ではなく『水』の文字が一文字書かれていた。
水木さんが住んでいる家はいわゆる駄菓子屋だ。正確には元駄菓子屋で、閉店した店舗を借りて住んでいる。
駄菓子屋が経営している頃はおばあさんがやっていて、よく買いに来たものだ。とは言っても、買うものはお菓子と言うよりは飲み物。私にとってこの駄菓子屋は自動販売機のようなものだった。
だからその名残で玄関先には元々はお菓子やおもちゃが置かれていたスペースがあり、その奥がリビングと繋がっている。そこでくつろいでいた水木さんを見つけ、真っ先に天詩がそう言った。
「あれ? もう戻って来たんだ。てっきり早くても昼過ぎになると思ってたわ」
畳の上の座布団であぐらをかき、顔をこちらに向けた水木さんは帰って来た私と天詩に向かって微笑んで返す。変わらずに涼しい格好をして、そこから伸びる腕や足が健康的に見える。
緩んでいる首回りから肩が見え、インナーが露わになっていた。見せても良いモノなのだろうが、いささか薄着過ぎる気がして、目のやり場に困る。
天詩はそのまま靴を脱ぎ、バッグを置くとリビングに上がり込む。そのままリビングからその横の台所に向かうと「なつめちゃん、お茶でいい?」と尋ねて来る。
私はそれに礼を言いながら、リビングに上がる段差に腰掛け、身体を捻ってリビングでくつろぐ水木さんと顔を合わせた。
「水木さん、この島を甘く見て貰ったら困りますよ。自慢じゃないですけど見る物なんてないんですから、午前あれば十分ですよ」
少し早い時間から始めたとはいえ、この島は大きくはない。本州ではどうだか知らないが、この一角島の観光は一日あれば飽きるほど出来てしまう。
すると水木さんは、いやいや、と否定するように軽く首を振る。
「それは聞き捨てならないわね。この島には一日じゃあ語りつくせない程、魅力的なところがいっぱいあるのよ? よし、じゃあ地元民にはわからない、この島の良い所をお姉さんが紹介しようじゃない!」
「私たちにはわからない良い所ですか……? 自然が豊富とか、景色がいい、とかは一様紹介しましたよ?」
田舎などを称賛する言葉として、自然豊か、と言うのは良く聞く話しだ。他には静かとか、時間の流れが緩やか、とかだろうか。
自慢ではないが、島民ながらそう言うものに需要があることは自覚している。だから天詩を自転車の後ろに乗せて島を巡る時、そう言ったことに気を配ったつもりだ。
だが水木さんは、そうじゃないと更に首を左右に振って見せる。
「もちろん、そんなことはわかってるわ。見てからのお楽しみってやつね」
「はぁ……で、それはなんですか? いまから行きます?」
「慌てない慌てない。そうね……数日後の夜まで待ちましょう。大丈夫、夜景が綺麗だとか、そんな予想できることは言わないわ。まあ、期待して待ってなって」
ぴんと人差し指を立て、意地が悪く水木さんはウィンクする。
そこで天詩がお茶を入れたコップを持って来てくれて、私に手渡す。天詩ももう一つの自分用に持って来たコップを持って、リビングのテーブルに着く。
「それでどうだった天詩? この一角島を巡って」
「うん、とても良かった! そうだ、瞳子お姉ちゃんにお土産がありまーす! あ、なつめちゃん、そこのバッグ取って!」
天詩に言われて、私は隣に置かれていたバッグを天詩に手渡す。受け取り、お礼を言った天詩はそのままバッグの中身を探り、あれを取り出した。
「じゃーん! 天然モノの魔草! アタシ、ビックリしちゃった! 初めて見たよ、魔草が自然に生えてるのって!」
それは途中で摘んできた魔草。あれからまた少し採取して、同じように袋に入れては、天詩は嬉しそうにしていた。
どうやら採取した魔草には種類があるようで、袋別に保管して、その数は三袋。確かに草の形は違うが、どれも魔草と呼ばれるような特別な植物には見えない。下手をすれば、昔に自分が摘んでは捨てたり、庭に生えた雑草として処分していても可笑しくない。
それをテーブルの上に出すと水木さんは、どれどれ、と目利きするように一袋を手に取る。
「おっ、やったね天詩。一人で見つけられたんだ、良く気付いたね。ちゃんと取る量考えた? 積み過ぎると枯れちゃって、来年取れなくなっちゃうからね」
「もちろんわかってるー。言わなかった? アタシ家で栽培してるんだよ」
「アハハ、そうだったそうだった。それで、それは上手くいったの?」
そう水木さんが尋ねると、全滅した、と天詩は遠くを見て言った。
ハハハと笑い、湿度がどうとか、風当たりがどうとか、水木さんは天詩に対してアドバイスをし出すが、天詩はちゃんとやったと反論する。すると、なら枯れるのはおかしい、と水木さんの鋭い指摘をすると、天詩は納得できないと唸って見せた。
そんなやり取りを聞きながら、あのー、と私はつい口を挟んでしまう。
「それってそんなに凄いモノなんですか? と言うか、魔草ってどこにでも生えるものなんですか?」
私はテーブルの上の魔草に視線を向け、尋ねる。
自然に生えて、摘み過ぎると枯れてしまう。まるで山菜みたいな扱いだな、とそう思いながら私は実際にそれはなんなのかと尋ねる。
汚れ落としに使ったり、漢方にしたり、と天詩は言っていた。しかしそれで別に魔草なんてたいそれたモノでなくと、植物由来の石鹸や、それこそ漢方なんて植物の根っこなんかも使われている。
魔草、魔草、と言っているが、その用途に特別なものはない。本当にそれが魔草と呼ばれるものなのかも疑わしく感じる。
すると水木さんは袋の一つを手に取り、そのファスナーを開けると、中から一つの葉を手のひらに転がす。
「どこにでもあるものではないわ。この子たちは綺麗な水や土、空気がないと生きていけないのよ。だから自生している魔草は年々減少傾向にあるのよね。出回ってるのはほとんど栽培されたモノなのよ」
「出回ってるって、えーと……?」
「栽培して、商売している他の魔法使いがいるってことー。基本的にはその人たちに連絡して、買ったり分けて貰ったりするんだよー」
補足するように天詩が説明を加えてくれる。つまり魔法使い同士での商売が成り立っている、と言うことか。魔法使いも商売するとは、ますます現代的だ。
「まあ、栽培されたモノだったとして、天然より劣ってるってわけじゃないけどね。逆に天然モノって扱いが難しくてね。けど天然モノって響きがいいのよねぇ! ほら、高級って感じがしない?」
「質が良いとかじゃないんですね。なんか随分と現金な考え方……」
「けど、この子たちが自生出来てるってことは、それだけ一角島が良い所だってことなのよ。だから私はここに来たの。静かだし、落ち着くし……実験に失敗して爆発させても苦情来ないし!」
「いや、流石に爆発事件があったら騒ぎになりますって!」
グッと拳を作ってガッツポーズをする水木さんに、私は思わずツッコミを入れる。途中良い話しだったのに物騒なことを言うな、と冗談であったのだろうが、私は苦笑いをして、天詩は笑っていた。
すると水木さんは手のひらに乗せていた葉を戻し、ファスナーを締めると、天詩を見ながら袋を指差す。
「よし、天詩。じゃあ、これ工房に持って行って瓶詰めして、やり方はわかってるかしら?」
「昨日の夜に聞きましたー。そうだ! ねえ瞳子お姉ちゃん、なつめちゃんにも見せていいかな?」
「ええぇ? もう、本当は駄目だってわかってるかしら? ちゃんと気を付けてね」
と水木さんほんの少しだけ困りながら笑うと、天詩は歯切れの良い返事をする。一体何の話しだと、私は余所から二人のやり取りを見ていると、天詩は私に笑いかけて来る。
「じゃあ、じゃあ! なつめちゃん、こっちこっち! 付いて来て!」
天詩は袋をバッグに戻すと、更に奥の住居スペースへと向かい、そして私に手招きする。
私は天詩にではなく、一度水木さんに視線を向けると、水木さんは笑って頷いた。よくわからないが、良いと言うことのだろう。
私は靴を脱ぎ、なんとなくお邪魔と呟いて畳に足を着ける。水木さんの横を通り、台所とはまた別の、リビングの奥に向かう。
天詩の後を追い、リビングから出て廊下に。こうしてリビングに上がったことは、まだ駄菓子屋が経営している時には何度かあるが、その更に奥と言うのは実は初めてだ。
とは言っても、玄関先の商品が並べられていたスペース以外はただの住宅。特に特徴的なものはなく、至って普通の古い家の廊下だった。
するとその一室の引き戸の前に天詩は立つと、急かすように私に手招きする。その顔は嬉しそうな、何処か自慢したげな、そんな表情をしていた。
「へへっ……」
近付き、横に立った私に天詩は笑う。天詩は一度その引き戸の前で咳払いをすると、えーと、と言葉を零す。
一体なにをするのか、そう思いながら隣で待ち、ただのありふれた引き戸を見る。木製で、ガラスがはめられているただの引き戸。すりガラスのため、向こう側がぼんやりとしかわからないが、これもまた特別な感じはしない。
ちらりと天詩を見ると、そこで天詩は手を伸ばし、コンコン、と引き戸にノックする。だが、そのノックは独特なリズムだった。人差し指の第一関節で二回叩いたかと思うと、そのまま中指の第一関節で一回。小指の爪で一回、最後に普通のノックで二回。
まるで指先で踊りを踊ったような特別な動作。だがその後はまるで何も無かったかのように、天詩は今一度私に笑いかけると、普通に引き戸を開けた。
「どーぞ、入って入って。あっ、モノには触れないでね! 落としちゃったら大変だからっ」
木張り壁に、フローリングの上に絨毯。まるでログハウスの中にいるかのような内装を、裸電球が照らしている。
そんな少し広い部屋に通されると、そこにはいろんなものが存在していた。試験管だったり、小さな釜のようなモノ。天秤や何かの容器だったりと、大小様々。それらが壁掛けの棚や、タンスの上、壁に掛け立てられていたりと壁を覆っていた。
それだけじゃなく、天井から何かの草や実がつり下げられている。その中にはなにか生き物の角だったり、鉱石だったりも混じっている。部屋の奥には木の机、その上には分厚い本が積み重なり、その横には試験管立て。さながら電気を使わない、昔ながらの研究室のように見える。
ふと視線を向け、良く見れば試験管の中に何かが入れられている。それはピンク色の液体だったり、緑色の液体だったり。なにやら私が思い浮かべる魔法使いの薬のようで、思わず舌を巻く。
「ここは……?」
「魔法使いの工房だよ。魔法使いが一人前になったら一人一室貰えるんだよー」
「……天詩の部屋ってこと?」
「あー、瞳子お姉ちゃんの部屋。アタシはまだ、ほら、若いから!」
そう言いながら、天詩は持って来た袋を開き、中から魔草を取り出す。それを壁棚にある、草の入った瓶に詰め替える作業を始める。
その姿を横目で見ながら、私は部屋の中を絶えず見回す。ここが水木さんの部屋か。いや、恐らくは魔法使いである水木さんの仕事部屋と言うことだろうか。流石にここを寝室にしているわけではないだろう。
仕事部屋か、そう考えると水木さんもやっぱり魔法使いなのかなと、そう思う。水木さんがこの島に来たのは数年前、そう考えるともう随分と滞在していることになる。その数年間、私が知らないだけで、ここでひっそりと魔法を使っていたのだろうか。
しかし、魔法使いの部屋と言うか、魔法使いの工房と言うか、見た感じ不思議ではあるが奇怪ではない。置かれている道具も、見たことも聞いたこともないと言うことはなく、なにに使うかはなんとなく予想できる品々だ。
だがそれも見た目だけで、本当は私が想像も付かない用途があるのかもしれない。魔法使い、魔女、と言えば例えばほうき。掃除用具に乗って空を飛ぶなんて、道具から想像もつかない。
まあ、私が見たのは羽を生やして飛んできた姿だが──
「それで、私にこの部屋に連れて来たのはどうして? この部屋を見せたかったから?」
「それもあるんだけど、えっとね、本当はなつめちゃんに合わせたい子がいてー。えーと……」
瓶詰めを終えると、ちょっと待ってね、と天詩は辺りを見渡すと、机の方に向かう。そして机の上にある本の死角を覗き込むと、次は屈みこみ、机の下に頭を突っ込む。
机の下からお尻だけ突き出して、これが何度か揺れ動くと頭をぶつけたのか、ゴンと打音と小さな悲鳴が聞こえる。
なにをやっているのか、とそんな滑稽な姿を見て、私は思わず苦笑いを浮かべる。こうして短い時間だが、天詩の言動を見ていると落ち着きがないと言うよりは、まだまだ子供っぽい。
聞いてはいないが、見た目通り私より年下なのは確実だろう。そう思うと途端に少しだけ可愛げが増して見える。
妹がいたらこんな感じなのだろうか、とそんなことが頭を過っていると、天詩は声を上げた。
「あー、いたいたっ! もう、すぐに隠れるんだから」
そう言って、天詩は机の下から顔を出す。その両手はなにかを包み込むように合わせられていて、天詩は笑う。
それを私に突き出して「なつめちゃんなら見えるかなって、ほら、挨拶してー?」とこちら心の準備も確認しないまま、その手を退けた。
「ほう。ぷぅ」
その鳴き声は、まさに魅力的だった。
手を開くと、その中には小さな小鳥が一匹顔を出す。白い真ん丸な鳥で、それはもうふっくらとした真ん丸だった。毛玉かと思ったが、くるりとこちらを見ると、しっかりと眼とくちばしがある。
しかし、手のひらでちょこんと座っている小鳥と言うのはなんとも可愛らしい。小さいのがなによりも良い。手のひらで収まって、それが手のひらに顔を押し付けながら甘えているなら尚更良い。
これはまずい、非常にまずい。思わず笑みがこぼれ、頬に手を当てたくなのを我慢する。
「え……えっと、その子はなに? 天詩のペット?」
「あっ! やっぱり見えるんだ! そうそう、この子は使い魔の『ふくちゃん』って言うの! 一緒に来たんだけど、この子インドア派だから直ぐに隠れちゃうの」
見やすいように更に差し出されたふくちゃんは、自分は何をされているのだろうかと、ぽかんとしている。
警戒心の欠片もない、人畜無害な顔は愛嬌の塊で、見れば見るほど真ん丸だ。使い魔だがインコだかひよこだが知らないが、こんな真ん丸で飛べるのだろうか、そもそも脚は何処に隠されているのか、不思議な身体だ。
「……かわいいわね。触って良いの?」
極めて冷静に確認を取ると、天詩は嬉しそうに笑う。
「えへへ、そうでしょうー? 突いてあげると喜ぶんだよー!」
許可は取れた、ならば私がすることは一つだ。人差し指を立て、それをふくちゃんの顔に近づける。するとそれに気付いたふくちゃんは、ジッとその指先を見る。
私はそのまま指先でふくちゃんの頭だと思われる場所を優しく突きだす。されるがままふくちゃんは突かれて、笑みがこぼれる。
柔らかく、温かい。羽毛もサラサラで、いつまでも触っていられる。一度指を引っ込めると、ふくちゃんはその指をジッと見つめ、私はまた突こうとする。
「ほう、ほうっ」
するとふくちゃんは毛を逆立てると、その小さな体を目一杯震わせる。なんともかわいい生き物だろうか。震えた際に毛が逆立ってフワフワ感がさらに増した。
きっと『なんだこらーっ、ぼくは強いんだー、きやすくさわるな、いかくしてやるーっ!』と頑張ったのだろう。ふるふると震えて、本人は真剣だったのだろうが、それがまた本当に愛らしい。
そう思っていると、その身体からふわりと小さな羽が一枚飛び出した。
あれ、この羽って──
その羽は太陽のような温もりのある色合いをしていて、ふわりふわりと宙に滞在する。私はその光景を見ていると、天詩はそれを手のひらに収める。
「あはは、ふくちゃんブルブルってしたー!」
天詩はそんなふくちゃんに笑い、天詩もツンツンと突き始める。時間が経つごとにゆっくりと逆立った毛が戻っていき、また真ん丸になる。ふくちゃんのその顔がまるでやり切って、ふう、とひと段落した顔に見えて、私は思わず顔を背ける。
「良い顔してるわね、なつめちゃん」
するとその顔を背けたその向こう、部屋の入り口に何時の間にか水木さんがいて、私を見てそう言った。天詩も水木さんのこと気付くと、水木さんはくいっと親指でリビングを指差す。
「もしもし? そろそろご飯にしない?」
「あ、えっと……じゃあ帰りますよ。お邪魔しました」
照れ隠しに頬を掻き、誤魔化すためにその場から立ち去ろうとする。流石ににやけた顔を目撃されるのは気恥ずかしいモノがある。
それに、確かにそろそろ昼食時か。邪魔になっても悪いし、自分もお腹に何かを詰め込もうと、退出を申し出ると水木さんはそれに待ったをかける。
軽く手を振って「いや、食べてってよ。なつめちゃんの分も作っちゃったし、島案内のお礼ってことで」とそう言う水木さんに、そう言うなら、と私は軽く頭を下げながら答える。
用意してもらったうえで断るのも悪いし、そもそもが断る理由はない。貰えるものは貰った方が得と言うものだ。それに、確か水木さんの料理の腕前は、なかなかのものだったと記憶している。
すると、わーいと天詩が口にすると、手のひらのふくちゃんと顔を合わせる。
「皆でご飯だ、ご飯ー! 行くよふくちゃんっ!」
それにふくちゃんも一鳴きしてそれに返事をする。そのまま天詩はふくちゃんを手に乗せたままリビングに向かい、その後ろ姿を見て、全く持って元気なものだと私は思う。
同時に、同じようにその後ろ姿を見送った水木さんは、どこか安堵したように軽く息を吐く。
「浮かれてるわね、あの子……島を巡っている間、天詩はどうだった? あなたから見て、どう見えるかしら?」
「どうって……元気な子かなと」
落ち着きがないと言うのは、流石に失礼か。見た目通りと言うか、歳の割にはと言うのか、天真爛漫と言った感じだろう。
「そう見える? ならこの島に来て正解だったのかな」
どういう意味だと私は水木さんに首を傾げる。そうすると、水木さんは考えるように一度視線を遠くに向けるが、その視線を私に向けて肩をすくめた。
「天詩がここに来た理由。武者修行って言うのは本当だけど、もう一つあってね。実は天詩、最近悩みがあって、その悩みっていうのが友人関係なのよ」
人間関係ってことですかと私が尋ね返すと、水木さんは腕を組んでどう話すべきかと考える素振りをする。
「自分が魔法使いだって、本来は言っちゃいけないことなのよ。天詩はそれをよく守ってるし、よくわかってる。だからモノの観方が違うってことも良くわかってるはずよ。けどそれが……なんて言えば良いのかしら、あのぐらいの歳になると疎外感みたいに感じちゃうのよ。友達の中でもクラスメートの中でも、自分一人だけが違う。まあ、反抗期とかそんな感じの、多感な時期にみる魔法使い特有の悩み事ってところね。だから気持ちを落ち着かせたり、割り切ったり、そういう心の整理が必要って時だったの」
だけど、と水木さんは私を指差す。
「そうやって友達とあんまりうまくいかなくなってたのに、なつめちゃんが現れた。天詩は今、初めて自分の秘密を明かした相手が出来たってことなのよ」
話しを聞いて、ふと思い出す。あの時、怪訝な顔をしたのはそう言った理由だったのではないだろうか。
多分あれは、私に向けられたものじゃなくて、天詩自身に向けられたもの。水木さんが言ったように疎外感や、恐らく何度か同じようなことがあって、逆に訝しげに見られたこともあったのかもしれない。そう言うこともあって、またやってしまったと、また可笑しな目で見られると、そんな思いがあったのだろう。
だから私が見えるとわかった時、まるで憑き物が落ちた顔を見せたのだと、そう思う。
「……えっと、今聞くのもあれですけど、私の記憶を消さなくてもいいんですか?」
だが本当にそれでいいのだろうか。魔法使いの存在は秘密であると言うことは変わらない。しかし、そう思うも逆に水木さんは笑って見せる。
「ああ大丈夫、大丈夫。それになんだかんだ言って知ってる人も結構いて、身内はもちろんだし、なつめちゃんみたいに偶然知ったり、本当は好くないんだけど我慢できずに仲の良い相手に言っちゃったりね。だから本当は記憶を消すなんて、そんなたいそれたことしなくてもいいのよ」
天詩はそのことろ大真面目だったからこれまで誰にも言わなかったんだけどね、と水木さんは付け加えた。
そうなんですか、と私が言葉を転がしていると、瞳子お姉ちゃん、なつめちゃん、とリビングから私たちを呼ぶ天詩の声が聞こえる。水木さんは「今行くわ」とリビングに向かって返事をすると、横目で私を見る。
「きっと嬉しいのよ本心から付き合える相手が出来て、魔法使いじゃない、普通の人間のね。だから、あの子の友達でいてあげてね」
その返事に私は黙ってしまう。友達でいてあげてね、か。目を背けて、私は一度頭を掻く。
頼まれごとをされるのは、実際気分の悪いモノではない。それだけ頼られているとか、信頼して貰っていると感じるからだ。
しかし、何時からだったか、私がこんな感性を持つようになったのは。なんか昔を思い出すような、そうでないような。人との立場の違いとか、負い目とか、恩とか貸しとか、なんだかそう言うのって──
「そう言うふうに頼まれるの、面倒くさいんですけど……」
取り繕うこともなく、可愛げもなく、素っ気ない声を出す。だが仕方がないことだ、こっちにも理由がある。なんでもかんでも頷いておけばいいと言うものではない。
すると水木さんは驚いたように目を丸くする。そしてにっこりと笑って、そっかそっか、と呟くと大きく息を吐いた。
「あーあ、私もいつの間にこんなに過保護になってたんだろう。ちょっと恥ずかしいわ。なつめちゃんって私よりもオトナね」
「そんなこと──」
「はいはい、わかったわ。じゃあ天詩が待ってるし、ご飯が冷める前に行きましょう」
手をひらひらと振って、先に行っていると水木さんはリビングに向かう。取り残された私は誰に見せるわけでもなく、同じよう手をひらひらとさせる。
次に服の首回りを引っ張って身体に風を送り、またパタパタと手で顔を扇ぐ。カァッと熱くなった顔が冷えるのには、時間が掛かりそうだった。