離島の魔法使い   作:からくさ犬

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離島の原住民

「本当になつめちゃんには小動物が好きよね」

 私は机の上のふくちゃんが右往左往している姿を観察していた。その丸みとは裏腹に、移動する際は回転するのではなく、どうも歩いているようだった。

 だが足は見えず、ふくちゃんが歩く姿は横にスーッとスライドして動く。白鳥のように、見えていないだけでじたばたと足を運んでいるのだろうか。一度ひっくり返して確認したいものだ。そんな机の上でころころとしているふくちゃんをただ見つめている私に、水木さんはそう指摘する。

 食後の後の特有の気怠さ、それを堪能しながら各々が机を囲んでいた。水木さんは適当に点けたテレビ番組を見ていて、天詩は横になりながら自分の携帯電話を触っている。その携帯電話にはストラップが付けられていて、何かはしらないが、恐らくはなにかのキャラクターだった。

「それで天詩、午後はどうするの?」

「どうって?」

 次に水木さんは天詩に視線を向け、尋ねる。天詩はほとんど反射的な返しをすると、水木さんは苦笑した。

「ちょっと、自分がなんのためにこの島に来たか忘れちゃったのかしら? 武者修行でしょ、魔法の特訓とかしなくていいの?」

 すると、そうだった、とばかりに天詩はハッとする。携帯電話から手を離し、上半身を起こした天詩は水木さんと向き合う。

「まあ、来て早々慣れない土地で疲れてるかもしれないけど?」

「大丈夫、それにちゃんとやらないと立派な魔法使いになれないもん!」

「おお、やる気ね」と天詩と水木さんが話す中、私は二人を交互に見て、独り小さく手を上げる。

「あのー、武者修行ってなにするんですか? 島民としては爆発とか止めて欲しいんですけど」

 武者修行がなにをするのかはしらないが、穏便に済ませて欲しいものだ。それこそ何かを爆発させたり、爆発が起こる可能性がある出来事を行ったりと、なにかしらの形で周囲に被害が出ることは避けて貰いたい。

 そもそも現実の魔法使いが使う『魔法』と言うものがどういった形なのか、それを行うことでなにが起こるのか、全く持って予想出来ずにいる。

 だが水木さんがこの島に来て、目に見えて不可思議な現象に見舞われたことはない。水木さんがどんな魔法を使っていたかによるのだろうが──もしくは使ってなかったか──少なくとも、なんでもかんでも目に付く物ではない、と言うことだ。

 武者修行をするとしても、そんな感じにひっそりとしたものであって欲しい。そう一島民の想いを巡らせていると、水木さんはくすりと笑うと頬杖をする。

「爆発ねぇ。そうね……なつめちゃんには魔法ってどんなイメージがあるかしら?」

「えっ、イメージですか? まあイメージって言うと、こう……呪文を使って炎を操ったり、雷を好きに落としたり? マインドコントロールとか、透視能力とか──」

 自分でなにを言っているのだろうとは思うが、いきなりの問いに頭を回す。はっきりとしたイメージはないが、言うなれば、特殊能力と言われるようなことだろうか。

 ほとんど適当な解答だったが、大まかなイメージとしてはそうだろうと思っていると、今度は天詩が笑い出す。

「ないない! あるわけないじゃーん! ゲームじゃないんだから、現実見よう?」

「え、なに、今私、魔法使いに現実さとされてるの?」

 手を左右に振ってからからと笑う天詩に、私は眉をひそめる。釈然としない。現実と呼ばれるものから遠く離れた魔法使いに現実を語られるとは、こんな経験はそうないだろう。

「まあ、そう言う魔法って難しいし、扱いが大変だから。それに需要と言うか、用途が限られるかね。例えば雷を落とす魔法を使ったとして、なにするのってことよね」

 言われて納得する。確かにそう言った派手な魔法を使ったとして、パッと考えて大量破壊以外の使い道が思い付かない。それこそ昔、争いをしている時代だったなら有効だったのかもしれないが、今では時代錯誤だ。

「じゃあ?」

 実際はどういう魔法を使うのか、と私は尋ねるように首を傾げる。すると水木さんはなにかを思い付いたように立ち上がり、私と天詩を見下ろした。

「論より証拠ね。よし、それじゃあ天詩の武者修行も兼ねて、なつめちゃんには特別に魔法を体験してもらいましょう!」

 水木さんが住む元駄菓子屋、その前の道路を挟んだその向こう側。そこはもう砂浜で、その奥には綺麗な海が広がっている。

 このオーシャンビューの景色は、駄菓子屋前のベンチに腰掛けて、ラムネ瓶を片手に良く眺めていたものだ。駄菓子屋と言うこともあって、集合場所によくさせて貰っていたのも理由の一つだ。

 立地的にこの駄菓子屋は、いわゆる海の家のような存在だが、いかんせんこの場所を海水浴場として泳ぐ客はいない。だからか、海の家にはお決まりの焼きそばやカレーなんてものが売られている所を、営業中に見ることは遂になかったが。

「ようし、じゃあ第一回、水木お姉さんの魔法講座、いってみましょうか」

 体験してもらう、と言う期待してしまう台詞とは裏腹に、移動に一分も掛からないそんな砂浜に集合した私たちを前にして、水木さんは仁王立ちで向き合う。その手にはペットボトルと適当に拾った木の枝が持たれていた。

 天詩は場を盛り上げるように、わーわー、と声援を送り、その手のひらで転がるふくちゃんも鳴く。私も結局は期待して手を打ち鳴らす。これから一体なにが起こるのか、そんなドキドキとわくわくが、沸々と胸に溜まっていく。

「この魔法は必要な材料も現地調達できるから練習には困らないわ。けど見た目よりは難しいから、しっかりと認識すること」

 そう言って、水木さんは持っていた枝をまるで教師が使う指し棒のように振る。はーい、と天詩は返事をする。

 すると水木さんは枝で地面に魔法陣を描き始める。その陣と言うのは外周は円を描き、その中に色んなものを書き足していくのだが、その動作に迷いはなく、円自体も道具を使わずに綺麗に描き上げていく。

 まるでそう言うパフォーマンスかなにかのようで、その見事な手腕に感心していると、あっという間に魔法陣を描き上げる。

「じゃあ次に、このどこにでもある水を……」

 次に水木さんはペットボトルの蓋を開ける。

 すると水木さんはそのままペットボトルを傾け、半分の中の水をその魔法陣に注ぎ出す。そのまま描き上げた魔法陣が崩れて無くなってしまうのではないかと思った、その時だった。

「えっ──!?」

 不思議なことに、その水は魔法陣を崩すことはなかった。

 注がれた水は魔法陣の上で水球になり、それはその場で浮かび続ける。それは柔らかいのか硬いのか、綺麗な球体になった水は静かに煌めいていた。

 まるでそれは職人が作ったガラス細工か、水飴細工のように芸術的に見える。だがどちらにしても、その水球はなんの支えもなく宙に浮いていて、水球は中の小さな泡がほのかに動いている。全く持って不思議な光景だった。

「なんか、凄いわね。なんて言うか、本当に魔法を使って感じがするわ」

 その光景に思わず言葉を失って、なんとか出した言葉に「感じがするって言うか、魔法なんだけどー?」と天詩が隣から声を掛ける。

 水木さんはそんな私を笑うと、今度はその水球にまるで耳打ちするかのように呟く。そしてなにかを言った後、水球から顔を離すと、私と天詩に手招きする。

「はい、じゃあ二人ともこの浮かんでいる水に耳を澄ませてみて。あ、下の魔法陣は崩さないでね、少しでも崩れたら駄目だから」

 注意され、足元に気を付けながら近付き、言われた通りに私は水球に耳を近づける。

『こんにちは、この声が聞こえてたら手を上げてくださーい』

 水球の中から、声が聞こえた。壁越しと言えばいいのか、ぼやけていると言えばいいのか。くぐもって少し反響しているその声は、間違いなく水木さんの声だった。

 驚き、私は一度耳を離して、もう一度耳を近づける。その声は繰り返し聞こえて来て、まるで水球そのものが音を記憶し、流しているようだった。私は水木さんに視線を向け、手を上げると、水木さんは頷く。

「一説には水は記憶を持つって言われているの。この魔法はそれを利用して、音を記憶する魔法よ。古い時代ではこういった魔法を使って、伝言を残したり、記憶を後世に残したりしてたって話しよ」

 天詩も耳を近づけ、確かに声が聞こえることを確認する。そして話しを聞いてなるほどと頷く。

「この魔法の優れてるところは、他の記憶を残す方法と違って……例えば壁画とかと違って、場所も限られない。もし大事な秘密で誰かにバレたくないってなったら──」

 すると、水木さんは足で魔法陣を払う。魔法陣は崩れ、するとあっという間に宙に浮いていた水球が重力に引かれて、砂浜へと染みこんで行く。

 魔法陣も落ちた水で跡を残さずに綺麗に跡形もなく消え、先ほどまでの出来事がまるで嘘だったかのように姿を消した。

 これが現実での魔法か。魔法陣が光を放つといった派手なものではなかったが──まあ、派手ではない魔法を使ってくれたのだろうが──こうして目の前で繰り広げられると色々と考えさせられる。

 だが、なによりもこれではっきりしたことは一つ。この見せて貰った魔法が、たちの悪い手品じゃない限り水木さんも確かに魔法使いだったということだ。

 つまりは美人でスタイルが良くて、本州生まれ育ちの魔法使い。なかなか属性過多な気がするが、その所どうなのだろう。

「こうやって、跡形もなく消せるってこと……はい、じゃあ次、天詩。やって見て!」

 そう言って、水木さんは手に持つ枝とペットボトルを天詩に渡す。

「はーい! じゃあ、なつめちゃん。ちょっとふくちゃん持ってて」

 すると天詩は手のひらのふくちゃんを、私に渡すように差し出す。私は両手を受け皿のようにすると、まるでおにぎりでも転がすように手を傾ける。

 ころころと天詩の手のひらを転がり、私の手の中にぽてんと納まる。生き物特有の熱をじんわりと感じ、ふくちゃんは私を見上げる。

 それぞれのモノを受け取った天詩は一度気合を入れるように、よしッ、と脇を閉める。そして枝を使って水木さんが描いたように、魔法陣を描き始める。

 同じように円を描き、その中で文字なのか数字なのか記号なのか、どれとも違うモノを書き入れる。

 隣で見ていて、なるほど、魔法使いと言うものは誰しも魔法陣を綺麗に描くことが出来るものなのだな、と一人勝手に感心する。そう言うふうに教育を受けるのか、それとも特訓でもするのだろうか。もしかしたら魔法使いの学校なんてものがあるのかも、とそんなことを考えるが、それならば天詩がここに来ている理由はなくなるだろう。

「上手に描くわね」

「まあねー、魔法陣とかの描き物は出来て困ることないから。それに魔法使いってカンジでしょー」

「はいはい、魔法使いっぽい、魔法使いっぽい」

 そう話していると、だいたい描き上げた時間も水木さんとそう変わらずに、天詩は出来た魔法陣の出来を見て満足そうに頷く。

「上手く行くかなー?」

 仕上げにと、天詩はペットボトルの蓋を開け、それを傾ける。落とされた水は、水木さんの時と同様にそのまま宙に浮いて、水球を作り出そうとするの。

「んー?」

 だが、どうも様子がおかしい。綺麗な球体になろうとするのだが、少し脹らんだり、伸びたり、なんだかいささかいびつになる。

 それでもその水球は魔法陣の上で浮かび続け、その水の中に気泡が見える。天詩は首を傾げるも、その水球に声を聞かせようと、顔を近付けた。

 えーと、と天詩は台詞を考えて、そのまま水球に話しかける。その光景を後ろから見て私は、あっ、と声を漏らす。

 水球が動いている。天詩は目の前まで近付いているせいか、その微弱な変化に気付いていなかった。天詩が声を掛けるごとに、気泡が増え、それが水球から飛び出していく。水球もその衝撃に形を変え、それはまるで沸騰してるかのように──

「天詩──」

「きゃあッ!?」

 私が声を掛けたその時、水球ははじけ飛んだ。その量はけして多くはないが、水球に顔を近づけていた天詩はそれを顔面で受け止め、慌てて背けた顔からは水が滴っていた。

 一体なにが起こったのかと、きょとんとした顔を見せた天詩に、水木さんがくすりと笑い、私もそれに釣られて笑みがこぼれる。すると天詩も「なんで笑うのー?」と手で顔を拭いながら笑い合う。

「うーん、瞳子お姉ちゃんみたいに上手にいかなかったー。やっぱり、あたし水を使う魔法とは相性悪いかなー?」

「……相性?」

「魔法使いにはどうも生まれつき、扱う魔法や媒体によって得意不得意があるみたいなのよ。とは言っても、迷信みたいなものなんだけどね」

「魔法使いの迷信ですか」

 それはまた不思議な話しだと、私は思う。

「でも、なんかそうなんじゃないかって思う時は時々あるわ、上手く行かない時には特にね。私は水を使った魔法を専門にしてるんだけど、どうも風の魔法との相性が良くないのよ」

 肌に合わないのよね、と手を頭の後ろに回しながら、困ったと言った感じに水木さんは言う。

 水木さんが、水の魔法か。名は体を表すと言った感じだ。水だとか、風だとか、他には何だろう、火とか雷もあるのだろうか。それぞれがいったいどういう魔法になるのか、使うとなると、水は水道水でいいとして、雷とかはどう用意するのだろう。

「でも、その風の魔法は道具いらずでいいですね。用意しなくても、風はどこにでもありますから」

 水でも量が増えれば持ち運びに苦労するだろうし、火だって着火剤が必要になるのかもしれない。

 だとすれば、風の魔法と言うのは随分と便利なものだ。用意する必要もなく、使ったところでも減るようなものでもないだろう。

 用意に手間がかからないと言うのは、それだけ便利と言うことだ。そう思ったのだが、それはちょっと違うわね、と水木さんが補足を入れる。

「細かい話しになるけど、水を使った魔法は必ずしも『水の魔法』ってことじゃないのよ。だから風の魔法も空気を使う魔法のことを指さないのよ。私は『水を使った魔法』を専門にしているだけで、水の魔法を専門にしているわけじゃいのよ」

「あー、それアタシもよく間違えるー。そう言うイメージがあるよねー、あるあるだよねー」

 あるあるよね、と魔法使い二人が懐かしむように頷く。

 魔法使いの本人である二人がそう言うのだから、そうなのだろうが、さてはて聞けば聞くほど不思議な話しだと軽く肩を竦めると、手のひらのふくちゃんが、わかるわかる、と鳴いてくれた気がした。

「けど、どうしょう。瞳子お姉ちゃんに魔法を習うとなると、やっぱり水を使うよねー?」

 相性が悪いんだけど、と言いたげに天詩は口を濁す。

「水を使う魔法を専門にしているだけで、そうじゃない魔法も使えなくはないわよ? まあ、でも大丈夫よ天詩。武者修行には魔法の訓練は考えてないわ」

「えっ? じゃあ、武者修行ってなにするのー?」

 すると「それは大丈夫、課題を考えといたわ」と水木さんは言う。

 課題か、その内容がなんにせよ、魔法の訓練をしないのなら爆発騒動は免れそうだなと隣で話しを聞く。まあ、この武者修行の話しは魔法使いの当人たちの問題だ、島を吹き飛ばさなければ好きにして欲しい。

 だがそう思っていると、水木さんは耳を疑うことを言う。

「それはこの島、一角島の隠された秘密を見つけること。探し方も、やり方も全部自分で考えること。どんな魔法を使うのかもね。自分で考え、行動する。経験に勝る知識は無いでしょ?」

 なるほど、と頷く天詩に対して、逆に私は口を挟む。

「ちょっと、勝手に人の島をアドベンチャーパークにしないで下さいよ。そんな秘密なんてありませんよ? ただの島ですよ?」

 いきなりなにを言い出すのだろうか。この島はただの離島で、特別なことはなに一つも無い。

 確かに自然が豊かで、それに魔草が自生しているといった特別感──離島と言った立地がそもそも特別感があるのだろうが──はあるだろうが、流石に隠された秘密なんてものは……

「いやいや、言ったでしょ? 地元民にはわからない、この島の良い所があるって。秘密があるってことは魅力になるのよ」

 呆れたように私は言うが、水木さんがそう返し、私はいぶかしげにするしか出来なかった。

 地元民にはわからないこと、と水木さんは言うがそれはいったいなんなのか。今一度思考を巡るが、直ぐに考えるのを止める。思い付くのなら既に思い付いているだろう。

 だかしかし、自分が住んでいる島に秘密がある、なんて言われて気にならないわけではない。うーん、と私が片眉を潜めているが「隠された秘密……うん、わかった! アタシ、頑張って探して見るっ!」と私とは裏腹に天詩はやる気を見せる。グッとガッツポーズをして見せ、興奮したように大きく息を吐く。

 なんか、大変なことになってきた気がする。この島の、一角島の秘密か。そんなもの、何処にもないとは思う。

 だがもし本当にあって、私がただ知らないだけだったら? それに、絶対に無いと言えるだろうか。ついこの前まで、魔法使いの存在に気付いていなかった私が、自分が住んでいる一角島の全てを理解できているだろうか。

「あの……えっと、その武者修行って私も手伝って良いですか? その、秘密なんて言われたら、私も気になるし……」

 面倒くさいが、好奇心が勝つ。それに、そんな気になる事を言われて、知らん顔をするのは後で苦労する。もんもんと頭の中で引っ掛かって、結局どうなったのだろうと悩むのは自分になるからだ。

「えーっ! 本当に手伝って貰っていいのなつめちゃん!?」

 そして私の提案を嬉しそうにする者がもう一人。天詩はぐぐぐっと私に近付き、逆に私は身体をのけ反らせる。

「別に勘違いしないで、その秘密ってのが私も気になるだけだから。勝手に人の島をあっちこっち探られても面倒だし」

「ええ? でも、嬉しい! ありが──」

「好きでやってるだけよ、いちいち大袈裟。それにまだ決まったわけじゃ……」

 横目で視線を向けると、あら、と水木さんは言葉を零し、嬉しそうに笑う。

「ええ、もちろんいいわよ。じゃあ、これは二人の課題になるのかしら? なら、協力して秘密を解き明かしてみせなさい!」

 ビシッと私と天詩に指を差しながら、演じるように私たちに宣言する。そしてウインクを一つした。

 天詩は喜んで「一緒に頑張ろうね」と言い寄るが、はいはい、と私は話しを切り上げるようにふくちゃんを前に出す。天詩はそれを受け取り、手のひらに乗せると、ふくちゃんにも一緒に頑張ろうと意気込みを見せた。

 自分で言っておきながら、通るとは思っていなかった。こうして私がここに居るが、忘れてはいけないのはそれは特別であるということ。

 だから流石に武者修行に同伴すると言うのは無茶なことだと思った。駄目と言われたらそれまでて、あきらめが付くのからそれでよかったのだが、こうもすんなりと行くとは。

 だがまあ、ここまで、嬉しそうにされると悪い気はしない。同時に、水木さんの話しを聞いた後だと、少しばかり気にもしてしまうが。

 なんにしても、実際一角島の秘密と言うのが気になる事には変わりない。たまにはなにかに自ら首を突っ込むのも悪くはないだろう。

「けど、これからどうするのよ。謎を探せって言っても、天詩、あんたはなにか当てはあるの?」

「えっ? えーと、うーんと……」

 まあ、ないのだろうな。私も同じように考えて見せるが、結果は先ほどとなにも変わらない。

 そもそも、その謎の概要も、なにを持って謎と言われているかも不明だ。いくら広くないと言っても島一だ、川だの森など、場所を絞ってくれればまだ考えようがあるというものだ。

 一角島の秘密、と言うのがそもそもヒントかどうかも怪しい。一角島に存在する謎なのか、一角島そのものの謎なのか、考え方は様々だ。

 そう考えていると、天詩はちらりと水木さんを見る。

「おっと、ヒントは出さないわよ。なつめちゃんが手伝うってだけで大分優しくしてるの、これ以上は無理ね。まあ、今日ぐらいはあなたたちがなにをするのか見たいから付いて行くわ。ほらほら、ここで立ってても進まないわよ」

「うーん、そうだけど……なつめちゃん──」

 そうだけど、と天詩は納得しているが、視線を向けられた頼りの私もこれといって思い付くわけではない。

「そうは言っても……いや、そうね」

 パッと頭の中で光が灯る。

「その秘密かどうかは別として、不思議な人ならいるわね。あの人は不思議よ、本当」

「じゃあ、その人に会いに行こうー! その人が切っ掛けになるかもしれないし、もしかしたら謎のこともしってるかもだし。始めないことにはどうしようもないもんねっ」

 ゴーゴー、と天詩は砂浜を歩き出し、水木さんもそれに付き合う。私も歩き出し、三人で移動するため、駄菓子屋前に停めてある自転車へと向かっていると、スッと水木さんは私の横に並ぶ。

「……不思議な人って、あーちゃんのこと?」

「あーちゃんですよ」

 なるほどね、と水木さんは全く持って納得だと頷いた。

 島巡りをした時と同じように私の自転車の後ろに天詩が乗り、その後ろから水木さんが自転車で追いかけて来る。

 水木さんの自転車は後ろに水の文字が書かれた小さなのぼりがはためいて、クーラーボックスが重そうだった。

 移動手段兼商売用の自転車。クーラーボックスの中にはキンキンに冷えた飲み物が入れられていて、すれ違った人が買って行く。

 自宅に届けてくれるサービスもやっているとのことだったが、頼む位なら自分で駄菓子屋まで買いに行くため、そのサービスを受けたことはない。

 恐らくは飲んだくれの人たちがビール缶などを求めて使うのだろう。まあ、求めてるのはビール缶だけとは限らないが。

「それで、その会いに行く人ってどんな人ー?」

「言ったら面白くないでしょ」

 そう言て、軽く肩越しに天詩を見る。そのポケットにはふくちゃんがすっぽりと入っていて、居心地が良さそうに目を細めていた。

 やや坂になっている細道を降り、自転車を止める時に軽く後ろの天詩がもたれ掛かって来る。

 一角島の住宅街、と言う表現が正しいかはさせ置き、そこにある一軒の家に着く。正確にはその裏側で、石積みの上に目隠し用の生け垣が生えている。土台になっている石積みと、生け垣合わせて二メートルに届かないぐらいだろうか、その奥に家が建っていて、その屋根が見えている。

 天詩は自分よりも背の高い生け垣の先を見上げ、ここかぁ、と自転車を降りる。

「その不思議な人ってここの人? 普通のところに住んでるんだねー」

「えっ?」

「だって、不思議な人って言うから少し特別なところにいるのかなって……」

 それは一体どんなイメージなのか。まあ、私が抱く魔法使いのイメージと言うのも、当の本人たちにすればヘンなイメージなのだろう。

 私も自転車から降りて、スタンドを下ろす。私たちの後ろでは水木さんが自転車に乗ったまま、足に地を付けて、ハンドルにもたれ掛かっている。

「なんかちょっとドキドキしてきたかもっ」

「そもそも今いるかどうかもしらないけど……おーいっ、あーちゃんっ! 私、なつめよ!」

 私も少し見上げ、生け垣に向かって声を掛ける。もちろん、その奥に向かって声を掛けているのだが、位置関係的に傍から見たらまるで生け垣に話しかけているようだった。

 するとすぐに人の気配を感じ、その生け垣の上から頭がのきゅっと生えて、一人の女性が顔を出す。

 この島ではまだ若年層。確か二十代後半になったのだろうか、優しそうな顔立ちをしていて、つばの広い帽子を被っている。それが生け垣の上から、覗き込むようにして私たちに顔を向け、確認するとニコォーと笑みを浮かべる。

「はーい。あらぁ、なーちゃん。こんにちは。それにみーちゃんも、こんにちはぁ」

 異様に甘ったるく、尚且つ母性本能丸出しのような声で喋るその人が、私があーちゃんと呼ぶ人物だった。

 私は返事を返すように軽く片手を振り、みーちゃんと呼ばれた水木さんも、ヤッホー、と挨拶して手を振る。

 するとあーちゃんも見えている顔の横で手振って見せてくれると、その手は軍手がされていて、園芸用のハサミが握られていた。声を掛けた時には既にそこにいて、恐らくは生け垣の剪定でもしていたのだろう。

「あれぇ、初めて見る顔があるねぇ?」

 そして生け垣の上から見える顔をわざとらしく傾けて、天詩の存在を指摘する。天詩は「こ、こんにちは……」少し驚いたように声色を変え、スッと水木さんに近付く。

「わぁ、髪の毛が綺麗なゴールドだぁ。ねえねえ、それって地毛?」

「えーと、染めてます」

「そうなんだぁ。じゃあ頭がプリンみたいに二色になってたら教えてあげるねぇ」

「あ、ありがとうございます。ははは……」

 そう言って、天詩はおずおずと敬語で喋る。そう言えば天詩と初めて会った時、私に対してもこういう喋り方だったな。初対面と言うこともあるが、水木さんの陰に隠れようとしたところを見ると、もしかしたら天詩は顔見知りのところがあるのかもしれない。

 とは言っても今では私にそういう態度は取らない、どちらかと言えばべったりな感じだ。顔見知りだが心を開けば、と言うことだろうか。それはなんだか人との距離感を間違えそうな性格をしてるな、と思う半分、まあこの一角島では苦労しなさそうだとも思う。

「あーちゃん、紹介するわ。この子は天詩って言って、水木さんの親戚の子。暫くこの島にいるから、挨拶回りしてるのよ」

「あぁ、そうなんだぁ。てんしちゃん、かわいい名前だねえ。待ってぇ、すぐそっちに行くからぁ」

 そう言うと、生け垣から見えていた顔が、すすすとそのまま下に降りて行き、見えなくなる。あーちゃんの姿が見えなくなると、天詩は今度は私にスッと近寄る。

「なつめちゃん、さっきの人がその不思議な人?」

「そう、どう思う?」

「う、うん。なんだか優しそうな人だなーって。でも不思議って感じは……」

 するとその石積みと生け垣の横、家の裏口の柵を開けてあーちゃんが出て来る。

 ワンピース姿に薄青い上着を羽織り、頭にはつばの広い帽子。お待たせ、とでも言うかのように軍手を外して素手を振り、その長い指を見せる。

 私をそれを天詩の肩越しに見て、天詩の後方にいる水木さんも気付き、自転車に座ったまま身体を捻ってあーちゃんに手を振る。

 だが、それに天詩は気付いてなく、私は気付かせるために、ほら来たわよ、と天詩に声を掛けようとした。だがそれよりも早く、それに気付いたあーちゃんは口に手を当て、いたずらっぽく笑う。

 すーっ、とまるでスライドするかのようにあーちゃんは天詩に近付く。そのまま天詩の真後ろまで近付くと、やっと自分に影が差したことに気付いて、天詩はあーちゃんの気配を感じて振り向いた。

「あ、こんにちは。あたしは天詩って言いま……」

 振り返り、天詩は挨拶をする。だが途中で気付き、まるで物理的に後ろ髪を引かれたように顎を上げる。互いに顔を合わせると、まず初めに天詩が目を丸くした。

「天詩ちゃん、お・ま・た・せ」

 そう言って、あーちゃんは口の端を吊り上げた。ニコォー、と笑って、それはもう楽しそうに。

 天詩は自身の頭上から、空を覆われるように見下ろすあーちゃんのその顔を見て、恐る恐ると言った感じに伸ばされた手で、私の腕を掴む。見てみればポケットのふくちゃんも顔を引っ込め、その形に膨らんだポケットが震えている。

「なつめちゃん……ちょっとこの人、こっちの世界の人だと思うんだけど……それも、ちょっと危険な──」

「いやいや、真っ当な島民よ。妖怪とかじゃなくて、人間よ、人間っ!」

「いや、でもわかるわ。私も始めていた時、同じこと思ったわ」

「あれ、水木さんまで?!」

 いきなりのカミングアウトに驚き、そんなやり取りに、あーちゃんはただただ楽しそうに微笑んで、クスクスと笑うだけだった。

 こう言う反応になるとは思っていたが、まさに予想通りだ。だが私が慌てさせられるとは思ってなく、私は平静を装うように一度咳払いをする。

「紹介するわ、名前は『あーちゃん』阿修羅 秋葉のあーちゃんよ」

「阿修羅でぇす。ちゃんとした本名だよぉ、驚いたぁ?」

 そう言って、ふりふりと両手を振って見せる。全く持って古風な苗字と言うか、カッコいいと言うか。だがそれよりも、天詩は飲み込めない状況があるらしい。

「いやっ! だって?!」

 そう言って天詩は隣の石積みと生け垣を見る。そしてその高さを確認して、あーちゃんを見上げた。

 石積み分、家の方が土台が高くなっていたわけでも、裏で庭仕事のために脚立を使っていたわけでもない。

 私たちが立っているこの場所と、家の庭の高さは同じ。石積みと生け垣の高さは二メートルに届かない。そして生け垣の上から顔を出すと言うことは、単純にそれよりも高いということ。

 私も天詩と同じように、あーちゃんを見上げる。

「見た通り、あーちゃんは不思議なぐらいに身長が高いのよ。えっと、二メートル十センチよね? それともまた伸びた?」

 身長二メートルと十センチ。高身長ながらも、その身長にしては細身で、ひょろ長い印象を受ける。その身長にしては、だが。

 もちろんこの島で一番の長身の持ち主で、恐らくは本州にもここまで背の高い人はそういないだろう。

 この体格の差から近付かれると、ぬーん、とでも聞こえそうな威圧感を出しながら、あーちゃんは私たちの頭上を覆うようにして見下ろす形になる。自然とあーちゃんの陰に入る私たちを見下ろして、ニコォー、と笑うのだ。

 もちろん必要以上に近付かなければそんなことないのだが、あーちゃんはこれが好きらしい。先ほど生垣に隠れたのも、こうして驚かすためにわざわざ身を屈めたのだろう。

「もうぉ、これ以上おおきくなっちゃったら、お婿さんが見つからなくなっちゃうよぉ」

 両頬に手を当てて、困っちゃう、とでも身体を左右に捻る。だがその身体から動作一つひとつが大きくなり、なかなかの迫力になっている。

「あら、そう? あーちゃん美人だから、結局よりどり緑じゃないかしら? まあ、自分の身長にコンプレックスを抱えた男性じゃなければだけど」

「あら嬉しいぃ、みーちゃんに美人だって言われるなんてぇ、自信ついちゃうぅ。でも、自分よりも背の低い人だと、結婚できないなぁ。だってぇ、自分より小さいと、もう可愛くてかわいぃくて、恋愛できないなぁ。愛玩動物対象?」

 だからハグさせてぇ、とあーちゃんは両腕を左右に広げて、目の前にいる天詩に抱き着こうとする。が、その迫力に負かされ、天詩は後ずさると、そのまま私の後ろに隠れる。

 隠れたところで、上から見下ろすあーちゃんから隠れきることは出来ないのだが、その怖がる天詩を見て、満足そうに良い顔であーちゃんは笑う。

「そうは言うけど、あーちゃん三十路見えてきたじゃん。一人ぐらい目ぼしい相手探したら?」

「でもぉ、そう思って婚活してるんだけど、みーんな可愛くてぇ、キュンキュンするけど、ドキドキする相手がいないの。ほらぁ、これ見てぇ?」

 そう言ってあーちゃんは取り出した携帯電話を操作すると、その画面を見せる。どれどれ、と私とその後ろにいる天詩、そして水木さんもその画面に映し出された内容を確認する。

「なにこれ、出会い系サイトかなにか?」

 そこにはネット上のあーちゃんのプロフィールがあった。内容をかいつまむと、恋人募集中、自分より背の高い人を希望する、と言った感じにものだ。

 何時の間にこんなものを使いこなすようになったのか、と感心する。一方、そのプロフィールの内容に首を傾げ、私は画面を指差す。

「身長183って、あーちゃん二メートル以上あるでしょ。いきなり肝心のところで嘘報告してどうするのよ」

 それは身長のプロフィール。もちろん、個人情報保護のためにこう言ったものには偽りが必要だとは聞いているが、身長に至ってはそうではないだろう。

 そもそも相手に求めているのが自分よりも高い身長なら、そこを誤魔化すのは互いのためにならないのではないだろうか。

「だって、最初から本当のこと書いてても相手にされないんだもん。それどころか冗談か何かしか思ってなくて『俺は三メートルある』だとか身長じゃなくて知能が足りてない人とかしか連絡こなくてぇ」

「くだらない。それ引きこもり童貞か、友達いないおっさんのどっちかよ。もしくはネット弁慶の安月給。それは相手にしなくて正解よ」

「でもぉ、ちょっと身長を偽ると、自分は190ですとか、185で大丈夫ですか、とか、ちっちゃい人たちが連絡くれて、頑張って背伸びしてるのが可愛くてぇ」

 きっと自分の身長は高いって自慢に思ってないって言いながら本当は思ってるのよぉ、とあーちゃんはそれが愛らしいと頬を赤らめる。

 趣味が悪いというか、意地が悪いというか、本当に良い性格をしている。相手をからかって楽しんだり、こうして必要以上に近づいて、自分の体格のことをわかっているうえで人を脅かすように見下ろす。軽いサディストとでも言えばいいのだろうか。

 それとも本人が言うように私たちは愛玩動物扱いされていて、動物の立場からすれば、人間というのはこういうふうに見えるのだろうか。

 ちらりと後ろの天詩を見て、はあ、と私はため息を吐く。

「本当にいい性格してるわね、あーちゃんは。ほら、天詩が怖がってるから、そろそろ屈んでくれない?」

 いまだ警戒を解かない──というよりは解くタイミングを逃した──天詩はどう切り出そうか決めあぐねていた。

 私はあーちゃんに屈むようにと手ぶりして、取りあえずはその存在感のある態度を緩和させようとする。はーい、とあーちゃんはすんと膝を曲げ、私たちより小さくなる。が、流石に元が大きいこともあり、そうして膝を抱いてもらったところで、存在感は消えなかった。

 だが、そうしたことであーちゃんの頭の上に、帽子以外のものが乗っていることに気づき、私はぷっと噴出した。

 それは猫だった。あーちゃんの頭の上にお腹を乗せて、ほっぽり出した足であーちゃんの頭を掴んでいるように、猫が爆睡していた。

「ちょっと、あーちゃん。頭になに乗せて──」

 ふわふわのもこもこの三毛で、短足で足が六本。瞼の数から瞳は一つ。顔の真ん中にあって、起きて開いたのならばぎょろりとしそうだ。

 頭の耳がぴくりと動き、とても猫らしい動きを見せたが、これは、本当に猫なのだろうか。とても猫に似ているが、これは決して猫ではない別の何かだ。それに気づき、私は途中で言葉が止まる。

「んん? なぁに、頭に葉っぱかなにかついてたぁ?」

 するとあーちゃんは私の言葉を汲み取って、帽子越しに自分の頭を触る。

 あーちゃんはそのまま自分の頭の上に張り付いている猫のような生き物の背中をバシバシと叩くが、本人はまったくもってそれに気づいていない。

 触っているのにかかわらず、気づいていない。恐らくは、あーちゃん自身は普通に自分の頭を触っているのだろう。だが私から見れば、確かに頭の上の謎の物体を触っているというのに。

「なつめちゃん、あーちゃんさんは気づいてないんだよ。認識できてないんだよ」

 後ろの天詩が小声で私に伝える。

 それは触っていてもわからないものなのか、それとも私がそういう風に見えているだけなのか。認識できていないということは、あれが見えていない、わからないと言うことなのだろう。

じゃあなぜ私は認識できているのかと、そう疑問に思ったが、ああそうだったなと改めて理解する。

 私はすでに認識してるんだっけ──

 そう思いながら、私も当の本人を目の前にしながらも、天詩に小声で返す。

「あーちゃんがわからなくて、私や天詩には見えるってことは……じゃあ、あれって、やっぱり猫じゃないってこと?」

「うん。あれは『イトウ』って呼ばれてて『イトウ』が見ているところでは悪さができないって言われてるんだってー」

「悪さができない? いいやつってこと?」

「でも年がら年中寝てて、一年の間に目を開くのはほんの少しなんだって。だから、結局見てないから……」

「意味ないってこと?」と聞き返すと、そんな感じだと天詩は小さく頷いた。

「でもまたなんでそんな変な名前なのよ? 前の『種蒔さん』はそういうことするからでしょ? なにをどう取って『イトウ』なのよ」

 それともそういうことは関係なく、単純な個体名なのだろうか。だとすればあの時の『種蒔さん』もそれが役職名でちゃんとした名前があるのだろうか。

 すると「えーと、えーと……」と天詩は考え込むと、ふっとその視線を水木さんに向ける。

 いきなりアイコンタクトが求められた水木さんはそれが一体何なのかと少し考える。次に私と天詩があーちゃんの頭の上に視線を向けて促すと、理解したように、ああ、と呟いた。

「名前?」

「あ、えっと、じゃなくて由来……」

 水木さんは普通に話し、それに天詩もあっけにとられたように普通に返す。一気にひそひそ話ではなくなったことに、私も気が抜ける。

 えっとね、と水木さんはびんと立てた指を立てる。

「色々説があるわ。三毛で、六本足、一つ目だから一が十個あってイトウってね。ほかには尻尾を入れて十一で、それを寝っ転がえしてイトウ。道の真ん中で寝て、一つ目がとうせんぼしているように陣取っているからイトウって説もあるわ」

「なんか、大喜利みたいな感じなんですね」

「はは、基本そんな感じよ。動物だって地域名を入れたり、昆虫とかも外観特徴を名前に入れたりしてるでしょ? まあ、確かにこれの場合は大喜利っぽいかしら」

 大喜利って整いましたってやつだー、と天詩が軽く手を挙げる。そしてその会話をきょろきょろと左右に顔を向けながら聞いていたあーちゃんが、かくんと首を傾げる。

「それぇ、なんのお話しぃ? 三毛ぇ? ネコちゃん?」

 いきなり始まった、あーちゃんにとっては奇怪な話しに首を傾げると、頭上の『イトウ』も斜めになる。だが見た目以上にしっかりと張り付いているのか、ずり落ちたり、転げ落ちていくことはなかった。

 それに対して水木さんは、ちょっとね、と適当に受け流す。まあ、確かに本人を目の前にしながらこそこそと小声で喋り続けるわけにもいかない。ならいっそ、どうせわからないのだから普通に話していたほうが怪しくないのだろう。

「ほらほら、あーちゃん。立ち話もなんだから、店を開けてほしいわ。それとも今日は開けないのかしら」

「ああぁ、そっかぁ。ごめんねぇ、今開けるねぇ? ところでみーちゃん、そのクーラーボックスにお酒は言ってるぅ? ついでに一杯やっていくぅ?」

「残念、入ってません」

「ならこっちの呑むぅ? いい日本酒があるよぉ」

 水木さんが肩をすくめ、乗っている自転車のハンドルを叩きながら、飲酒運転になるから、と残念そうな顔をする。

「店ってー?」

「喫茶店よ。あーちゃんは喫茶店をやってるのよ、不定期の趣味みたいなものだけどね」

 その会話を聞いて、天詩が尋ねて私が答えていると、移動するために屈んでいたあーちゃんが立ち上がる。思わずそれを見上げていると、じぁあ表に周って、とあーちゃんが言い、自身は裏手の柵を通り家に戻っていく。

 私たちは言われた通り、細道を抜けて家の表に周る。そうしてその道沿いにあるすぐ近くの喫茶店の前に行く。外観は一目では喫茶店だとも、営業しているかもわからないものだった。

 それは前々から空いていた倉庫を改造したもので、趣味でやっているからかメニューもなければ出て来るモノも気分次第。味の保証もなければ、はっきり言ってしまってお店としての登録がされているかも怪しいものだ。

 入り口前に並べられている植木鉢や、そこに生えている草花。へぇ、と声を漏らしながらその花と外観を天詩が見ていると、ふらりと『イトウ』を頭に乗せたままあーちゃんが戻ってくる。

「お待たせぇ。今開けるねぇ」

 その手には布で包まれた何かと、もう片方の手には喫茶店の鍵が摘ままれていた。あーちゃんはそのまま店の扉の鍵穴に鍵を差し込み、それをひねる。そうして鍵を開けると、どうぞ、と扉を開ける。

「開けっ放しでもいいんだけどぉ、観光客の人が来るからねぇ。用心、用心」

「ほとんど来ないけどね」と私たちは扉を通り抜け、中に入ると簡素ながらも喫茶店の体裁は整っていた。目につくところと言えば、扉もそうだが天井が高いと言うことだろう。まあ、元は倉庫だということもあるだろうが、あーちゃんの身長を考えればそっちのほうが良いだろう。

 他は飾りつけのために、壁に小さな額縁があり、絵が入れられていた。クジラか何か、大きな生き物が海に優雅に泳いでいる。後は海原だったり、月が浮かぶ海面だったり、海がテーマの作品だ。

 私と天詩、水木さんは窓際のテーブル席に座り、あーちゃんはカウンターの裏に周り、布を置く。そしてそれを広げて中のものを取り出すと、それを喫茶店に備えられている皿に取り分ける。

 次にあーちゃんはコーヒーサイフォンを使って、飲み物の準備をする。その手慣れた動きをテーブルから見ていて、天詩が口を開く。

「喫茶店のお姉さんかー、なんかかっこいいね」

「そう? まあ、初めて見るとそういう風に見えるかもしれないけど、中身を知ってるとかっこいいは微妙な感想ね。私なんか小さいころ、何回こねくり回されたか」

「やっぱりあーちゃんさんって昔から大きかったのー?」

「まあ、詳しくはしらないけど、そんな気はする。いつも私のこと見下ろしてたわ」

 なんか誤解を生む言い方ね、と水木さんに言われ、けど事実です、と返す。

 するといつの間にか天詩のポケットからふくちゃんが飛び出し、テーブルの上に止まる。そして辺りを見渡して、ふくちゃんは座り──恐らく座ったと思う、相変わらず脚は見えないが──そのままコロコロと転がり始める。

 テーブルの上を無邪気に転がるふくちゃんは、楽しそうで、見ていて癒される。手を出せば触らせてもらえるだろうか、それともコロコロ転がって、天詩のもとに戻っていくのだろうか。

「はぁい、お待たせしましたぁ。当店自慢のブレンドコーヒーでぇすぅ」

 軽く会話を続け、そうしているとあーちゃんがお盆にお皿を乗せながらやってきて、それらをテーブルの上に置きならべる。

 だがテーブルの上にはふくちゃんがいるが、あーちゃんはお構いなしに食器を置く。ふくちゃんは降り注ぐ食器に、わっ、わわっ!! と慌てながらそれを避け、それを助けるためにひそかにテーブルの上に置かれた天詩の手へと逃げ込んだ。

 その光景を、助かったねぇ、もう少しで潰されちゃうところだったね、と微笑ましく見て、思わず口を手で押える。

「どうしたのぉ、なーちゃん。なんかすっごいいい顔してるよぉ?」

「なんでもないわ」

 スッと表情を消して、いたって普通に振る舞う。そうか、あーちゃんからすれば私は何もないテーブルを見ていたことになるのか。

 ふとあーちゃんを横目で見る。あーちゃんのことだ、このふくちゃんの姿を見たらさぞかし喜ぶだろう。だがあーちゃんはふくちゃんどころか、頭の上の存在さえ認識していない。

 見てみれば天詩はふくちゃんと目を合わせることなくポケットに戻し、水木さんもふくちゃんを気にしている素振りを見せていない。なるほど、天詩や水木さんは他の人の前ではこういうのは見えていない風に装わなくてはいけないのか。

 それはなんだか大変そうだな、とそんなことを考えながら私は並べられたものに目をやる。それはコーヒーと皿に乗せられたスポンジケーキだった。なるほど、取り分けていたのはこれか。恐らく家に置いてあった作り置きかなにかを見つけ、持ってきてくれたのだろう。

「わっ、ケーキだーっ!」

 それを見た天詩は嬉しそうに言い、あーちゃんはにっこりする。

「わたしが作ったものだけどぉ、よければ一緒にどうぞぉ」

「あーちゃんさんが焼いたんですかっ!?」

「ケーキでもクッキーでも、大体は作れるようぉ? それとぉ、あーちゃんでいいよぉ。わたしもてーちゃんって……ううん、てんちゃん、てんてんちゃん……ううん、天詩ちゃんは、てんしちゃんが一番かわいいなぁ」

 そういって、頬に手を当てながらあーちゃんは笑い、天詩を見下ろす。その視線と表情は、ただただかわいい生き物を見つけ、愛でようとしている人間の顔だった。

 その視線に天詩は苦笑いを浮かべて返すと、それじゃあごゆっくり、と食器を並べ終えたあーちゃんはカウンターの後ろに戻っていく。一様なりとも店員としての自覚だろう。

 私たちは視線を戻し、ケーキを見る。すると天詩がどう食べようかなと軽く視線を動かしていると、私はまず手始めにとテーブルに備えられている砂糖が入った瓶を手に取る。

「なつめちゃん、砂糖入れるのー?」

「ええ、あーちゃんの入れたコーヒーは尋常じゃないのよ。天詩はブラックコーヒーは飲める?」

「んー、こう見えて以外に大丈夫だったりするー」

「だとしても入れときなさい。このコーヒーはそう言った考えは通用しないわよ」

 天詩は一度自分のコーヒーをのぞき込んで、水面に映り込んだ自分の顔の首をかしげる。確かに見た目的にはおかしなところはなく、匂いだっておかしなところはない。少なくとも素人目線では怪しいところはなく、そういう意味では疑問に思うだろう。

 それを見て、水木さんは「天詩、そう思うなら一口飲めばいいわ。何事も経験よ」とそう提案する。それならばと、水木さんに言われ、天詩はコーヒーカップの取っ手に指を絡める。

 カップを持ち上げて、今一度匂いを確認してから天詩は口をつけた。コーヒーが天詩の舌に届き、味覚を刺激する。少しして、その味を理解した天詩は眉を潜め、口をゆがめ、渋い顔を見せる。

 ブルりと身震いして、うえぇ、と声を漏らすその想像通りの反応に私は鼻で笑う。見てみればあーちゃんはその天詩の反応がかわいい、愛らしいとばかりに、にぱーっ、と笑みを浮かべていた。

「なにこれ……なに、これ? 飲めなくないけど……飲めなくはないんだけど……なにこれ」

「だから言ったでしょ、尋常じゃないって」

 あの味は独特だ。実際に舌を巻くほどに渋く、顔を歪ませるほどに苦い。だが飲んだ本人も、見ている人も不快になるほどではなく、言うなれば罰ゲーム、絶妙なバランスで仕上げられている。

 だがそれも、あーちゃんがただコーヒーを作るのが下手ゆえに出来た産物ではない。このコーヒーを飲んで顔を歪め、あーちゃんはそれを見て楽しむ。このコーヒーはそれを狙って淹れられていて、渋さも苦さも、わかったうえで、そうなるようにされている。

 そう、いたずらがこのコーヒーの目的だ。だがそれも狙って作られていると事実が、逆に実は上手に淹れることもできるのではないかと思えるのが質が悪い。

 あんたが見てる前だと、悪さができないって話しだったんじゃなかったっけ──

 あーちゃんの頭の『イトウ』に視線を向け、内心文句を言う。

 それとも悪意ではなく、純粋な気持ちだから問題ないとでも言うのだろうか。悪意がないから余計に質が悪いと言うものだが。

「おっ……」

 すると私の思いが通じたのか、大きく一度あくびのように口を開くと、ゆっくりと『イトウ』はその瞼を開いた。そこにある一つ目がぎょろりと現れ、辺りを見渡すように眼球だけを動かす。

 そして次の瞬間、瞼が閉じられて、また眠りについた。話しを聞くに、この生き物が目を覚ますのは一年の間でもほんの少し。と言うことは次に瞼を開くのは数か月後か、はたまた今年はもう二度と開くことがないのだろう。

 まるでよだれを垂らしそうなほど平和ボケした顔で眠りこける『イトウ』と、その下で欲望に忠実に笑うあーちゃん。諸悪の根源が真下にいると言うのにこの体たらく、本当に天詩が言うとように、悪さを取り締まるような存在なのだろうか。

 本当に意味ないわね──

 その光景に私は呆れ、砂糖が入った瓶を開けた。

「なんとかは似る、かしら……」

 互いに欲求に抗わずに好きに生きるその姿は、まるで互いをよく知った飼い主とペットだった。

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