「ぼうけんって、また勝手にとおくにいったらおこられるよ?」
それはまず、いつものように制止から始まった。
「うーん。でもほら、こんどはみんな一緒だし」
「うん! みんな一緒なら、あたしも行きたい! あっ、あたし確か旅行に使う大きなカバンがあったと思う!」
「そういうことじゃなくて、ケガとかしたら大変なんだよ……イツキ、どう思う?」
こうなると、決まって私に意見を求めて、私は決まって同じようなことを言う。
「……ツムギが勝手にどこか行かれてもこまるし、ついて行くしかないんじゃない?」
よく夢を見る。昔の、小学生の頃の夢だ。
いわゆる幼馴染の付き合いだった私たちと、時々顔ぶれが変わる、その時々で遊ぶ子といつものように集まっては遊び、ただ時間を共に過ごしていた。
そのうちの中心的な存在、ツムギと言う女の子は地に足をつけず、空を見上げてはそのまま何処かに消えていきそうなぐらい、ふわふわした子だった。
実際、一度失踪事件まがいなことが起こり、大人たちが動いたことがあった。その時は夕暮れ時にひょっこりと帰ってきたのだが、失踪時、最後に会っていたのは私だったこともあり、随分と気に病んだものだ。
そんな彼女を、勝手に消えないように、飛んでいかないようにと重りになるのが私の役割なんだと、子供心ながら使命のように感じていた。
あの日は、ツムギの突発的な思い付きのような、はたまたちょうど昨日テレビでやっていたバラエティー番組に触発されたのか『冒険』を私たちはすることになった。
とは言っても、子供のすること。冒険なんて言葉を使っても、することは近場の森に入って、ただただ散策するだけのこと。子供が森の中を歩いたところで、ただの散歩にしかならない。少なくとも私やルリ、ほかの子の提案だったなら、そうなっただろう。
だがツムギが発する脈絡のない提案は最初こそは渋るが、結果的には不思議と心躍る展開や経験、結果が待っていて、それは私たちの日常を彩るものとなっていた。だから、決まってその提案を断ることは誰もしなかった。
「よーし。じゃあ、行こう。今から行けば、日が落ちる前にどこまで行けるかな」
単純に今思えば、あれは宝物でもなんでもなく、誰かが隠したものだったのだろう。神秘的でもなんでもない、あれは確か、動物の巣か何か。木の根元の穴の中に入れられていた、日常生活で見かけるようなありふれた箱。
見つけ出したツムギが「これ、なんだろう」と手を伸ばして、ほかの子は宝物を見つけたと無邪気に喜んでいた。ルリは何かあるかわからないからと警告して、私はこれを他に誰か見てないかと辺りを見渡す。
取り出した中身をそれぞれが確認して、それぞれが手に取る。箱の中に、油紙に包まれた四つの袋。それぞれを私たちは持ち帰り、私たちの秘密として共有して楽しんだ。
それが私たちの汚点であり、ただの子供ではなくなった瞬間なんだと思う。
最近は幼馴染が引っ越した時の夢を見ることが多くなった。私たちは見送りに行き、ツムギがこの町から去るのを見届けた時の夢だ。
小学校から中学校に上がる前、まだ卒業式が済んでいない時だった。親の都合だと言うのはわかっていたが、いきなりのそれは当の本人たちからすれば理不尽で、それでいてやるせない気にさせるには十分。
だからと言うわけではないが、私は見送りに来たのにかかわらず口を閉ざしていて、いつもは口を酸っぱくするルリも静かだった。代わりにその時よく遊んでいた子がありふれた言葉で別れを惜しんでいた。
実際、ツムギがこの町から姿を消すのではないかと薄々思っていた、と言うのはいわゆる負け惜しみのようなものだが、引っ越さなければならないとその話を聞いたとき、不思議と心は穏やかだったのを覚えている。
別に役割だとか使命だとか、そういうのを忘れていたわけではなく、逆にその想いは時が経つにつれて大きく、自分の中で確かなものになっていた。同時に無意識のうちにその想いが自分を束縛していたことも、なんとなくは感じていた。
だからあの時、それを奪われた虚無感と、解放されるという喜びがあったのではないかと、今だからそんな考え方をする。
夢で見て、そして覚えていることはあの日は疲れたということだ。
ルリは見送りにいかないと言い出すし、その時の子は家に押しかけて来る。いつもはルリがあーだこーだと注意をしたり止めさせたりして、その子が皆と一緒が良いと後ろをついて回る。
だから、あたしは皆と一緒が良い、ツムギちゃんと一緒にいたい、とその子が見送りを拒む。そしてルリが仕方がないことだ、わがままを言うんじゃないとたしなめる、そういう形になるんじゃないかと思っていた。
だが実際はそうではなく、いつもとは逆の立場の二人を見て、見慣れない光景に疲れを感じたのかもしれない。それに、ツムギが珍しく表情を曇らせているのがまた印象的だった。
「また会えるよね、忘れないから。それか待ってる。皆にまた会いたいし、それに……んー、ほら、約束。絶対守るから」
だから同じ気持ちでいて、とツムギはまた珍しくしっかりとした視線を私たちに、いや、あの時は皆ではなく、私に向けていた。そう言われた瞬間、あの時の私はなにを思ったのだろうか。同じ気持ちと言うのは、どういう意味だったのだろうか。
その時は、しっかりと意味を理解して──もしくは勝手な解釈だったかもしれないが──私は目を逸らしながらもうなずいて返した。
ただ、やっぱり時が経つごとに記憶は薄まっていく。忘れていき、夢で思い返すも、光景だけが思い出される。その時どう思ったか、なんていう登場人物の内情は今となっては俯瞰的に見た考えでしか想像できない。本当はどうだったかなんて、もう昔過ぎて覚えていない。
「じゃあ、笑ってよ。そうやってムスッてしてる顔のほうがイツキらしいけど、今日は笑ってほしいな。二人も、悲しい顔しないで。最後じゃないから、また会おう?」
うん、と二人は表情は曇り、瞳はうるんだままだったが、ルリたちはツムギに向き合いそう返事をした。
「……また会えるなら、その時でいいでしょ」
けれど私はそうはしなかった。あろうことに私は目を逸らしたままそう言った。ツムギはそんな私を笑ったように見えた。
だからだろうか、季節外れの転校生が来ると聞いたとき、淡い期待がなかったと言えば嘘になる。しかし同時に肝が冷えるようなそんな感じもして、たぶんそれがこの夢を見させる原因なのではないかと、そう思う。
一般的に高校二年と言うと、青春時代の真っただ中。恋愛や友情、趣味や部活に打ち込み、それぞれが青春の一ページを綴っているのだと思う。
私はというと、読書部と言う、文化部や図書部とはまた違う部が存在するのだが、そこに所属している。この読書部と言うのは、部活名の通り読書することが活動内容で、いわゆる活発的なものではなく、言ってしまえば日陰者が所属するようなものだった。
誰かに言ったことがあるわけではないが、ひそかに私は本を読むという行為が好きだったりする。とは言うものの、文字を読み解くと言う行為そのものが好きというよりは、読書する際の取り巻く環境や、自分自身が没頭できる過程を好んでいる。
つまりは、ほかのことを考えず、静かで、自分だけの世界に入ることを許されるのが私にとっての読書のあり方だった。
だから青春というよりはその逆で、そう言った煩わしいことから目を背ける丁度いい目くらましだった。
「あー、暑い。最近蒸さない? 窓開けたって全然風入ってこないんだけど、嫌になるわ。こんなんじゃあ、本なんて読んでられないわよー」
すると狭い部室でパイプ椅子に座りながら、行儀悪く素足を机の上に放り出している部員の一人が声を上げ、部室に響く。元々は部室というか、使われていないいわゆる準備室を部室として使っているだけで、確かに人が活動することは考えられていない部屋ではある。
そのため言うように部屋は狭く、嫌な熱がこもり、それが集中力を妨げる。
私は満足に読み進めていない本から視線を移し、横目で三年生の先輩に見るとだらしなくスカートをまくり上げていた。その姿に思わずため息が出そうになるが、先輩は私に視線を向け、互いの目が合う。するとそれが合図とばかりに、先輩はけだるげに言葉を続ける。
「大体さぁ、そんなに本を読んでて楽しい? せっかくの青春なのよ? もっと人生楽しまないともったいないわよ?」
「……ここは読書部ですよ、先輩。めったなこと言わないでください」
先輩の発言は、まさに読書部そのものの否定とも言えるものだった。他の部員が聞いたらぎくりとするだろう。とは言うものの、この部室には私と先輩の二人しかいない。今日はというわけではない、昨日もその前も、この部室を出入りしているのは私たちだけだ。
人気がある部ではないのは一目瞭然だ。そもそも活動である読書はそれこそどこでもできて、わざわざ部に所属する必要はない。本当に本が読みたい人ならば、部なんか所属せずに個人的に済ますだろう。
三年生の幽霊部員が何人かいるらしいが、一年生は誰も入部せず、二年生も私一人だ。つまり私がこの部に所属してから、新しい人が入っていない。存在しているかも怪しい、幽霊部活状態だ。
そんな中、この先輩と私はこうして律義に部室に顔を出しているのは、他者からすれば全くもってお笑い草なのだろう。
「あーあ、もう、なんか面白い話はないの? というか、樹は昔からこうだったの? あなたの名前の『イツキ』って名前は、天に向かって成長する樹木のように、素直で真っ直ぐな性格の人に成長してほしい、とかそんな意味があるって書いてあったわよ? 名は体を表すってよく言うけど、それなのに誰とも遊ばずに本読んで、ツンツンってしてたの?」
先輩は手で風を扇ぎ、少しでも涼しくしようとしているが、恐らく生暖かい風しか吹いていないのだろう。すぐに腕のほうが疲れて、放り出されている足のように、力なく肩から垂れ下がった。
「……昔は遊んでましたよ、幼馴染たちとよく集まっては色々してました」
「おー、いいじゃない。幼馴染かぁ、自分はそんな恵まれた相手がいなかったなぁ。それで? その幼馴染とは今でも仲良しなの?」
「いえ、今はもう遊んでません」
「まあ、そう言うものよね。でももったいない! そういうのって失ってから気づくものよ? 今からでも連絡とって、遊びなさい」
それは別に心配だとか、余計なお世話とか、そういうのではなく、単純な会話の流れで言っただけのものだった。私はもう一度ため息を吐き、手に持っていた本を机に置くと、視線だけではなく、顔をしっかりと向ける。
「先輩、だらしないです。靴下穿いて、それでいて恥じらいを持ってください、スカートもそんなにめくると見えますよ」
見えますよ、というよりはすでに見えているが。すると先輩は表情をニヤリと笑うと「あら、エッチ。そんなに見ないでよ。もしかして樹くん、私の下着が気になって興奮させちゃったかしら?」とからかうように言う。
まくられたスカートの裾を持って、さらにひらひらとさせる先輩に、私は三度息を吐く。私は、先輩、と前置きをすると、なーに、と先輩はまたからかうような声で返事をされる。
「私、女も抱けますよ」
私がそう言うと、先輩は自身の露になっている下着に視線を向ける。そしてなにを言うわけでもなく、机の上から足を下し、スカートを正した。ほんのりと赤くなった頬は、単純に暑いからではないだろう。顔に似合わず、年相応な人である。
「そんなだらしないと恋人が出来たとき、愛想尽かされますよ。ただでさえ先輩、勘違いされそうな見た目をしてるんですから」
実際、先輩は美人である。放り出された生足だって、長く肉付きの良いモノではあるし、暑さをしのぐために結ばれたポニーテールだって、露になった首筋がいやらしい。スタイルだって、長身で、顔もいい。クール系と言った感じだ。男性はもちろん、女性受けもいいだろう。
恐らくその気になれば恋人など簡単にできるだろうし、彼女のファンだってクラスにいるだろう。少し声をかけて、親しくすればそれで終わりだ。
「いいのよ、そんなの相手が勝手に期待してるだけじゃない。そんな期待に応える義理はどこにもないのよ……そういう樹はどうなの? 他人のこと言うからには浮ついた話の一つや二つ、あるんでしょうね?」
そう言われて、私はクスリと笑う。今度は私がからかうように、えー? と返事をする。
「私と先輩の関係じゃだめですか?」
含みを持たせた微笑みを浮かべながら答えると、先輩は驚いたように目を丸くして、駄目じゃないけど、とたどたどしく口から言葉を漏らすと、髪を振り乱す。
「んーッ! そうやってからかうっ!! 樹のそういうところ嫌い、一年前から嫌いっ!」
そう言って勢いよく机に顔を伏せ、顔を見られないようにと両腕で顔をがっしりと守った。それでも首筋や、耳元が先ほどよりも一層赤くなっているのは隠しきれていない。
そんな先輩に、はいはい、と言葉にはしなかったが心の中で言葉を返して、先ほどまで読んでいた本に手を伸ばす。
少しの間、先輩の唸る声だけがして、私は本を読み進めるも、やはり気温のせいで集中できない。何度も頬杖をつく腕を変えてみたり、額に手を当ててみたりと、本に集中できなくとも目が細くなる。やはりこの部室の空気環境が悪く、この時期になると煩わしい風が体にまとわりつき、呼吸でさえ息苦しく感じる。
自然と制服の襟に手が伸びて、首周りを緩める。そして肩に掛かるかかからないかぐらいの長さの髪をかき上げて、少しでも首周りを涼しくしようとしていると、そんな私の横顔を、先輩が机に倒れこんだ状態のまま覗き込む。
その視線が私の顔や首元に刺さって、そのまま舐めるように本を持つ指先に向けられると、思い出したかのように先輩が口を開く。
「そういえば、なんか転校生が来るとか聞いたけど、それって二年?」
「ああ……そうみたいですね。そう言う話しをしている子がいましたから、そうだと思います」
「男? 女? イツキのクラスなの?」
先輩は続けて尋ね、私は軽く首を傾げる。
「さぁ……そこまでは知りません。噂じゃあ──」
そこまで言ったとき、不意に先輩の携帯が鳴り、言葉が止まった。先輩はそのまま、携帯電話を手に取り、その画面を見る。
「……それより良いんですか、今日はクラスメートと用事があるとか言ってませんでしたか?」
「うん、そう。今日は早くに部活が終わるからって、時間が余るからってことらしいんだけど……今終わったってメッセージが来た」
行かないと、とゆっくりと立ち上がり、置いてあったカバンを持ち上げる。その顔は嬉しそうではなく、疲れた様子で眉をひそめていて、持ち上げたカバン重たそうにしていた。
それだけでも、先輩がどういう理由でその付き合いをしているのかがうかがえる。なら断ればいいのに、とそうできないことを知っていながらも意地悪く心に思い、せめてもの優しさで言葉にはしない。
「じゃあ、私が部屋の鍵、返しておきますね」
代わりに私がそう言うと、先輩は少し表情を明るくして肩をすくめた。
「いいよ、樹ももう出るでしょ?」
「……そうですね。今日はもう本を読むには向きませんし、お言葉に甘えます」
手の本をカバンに入れて、私もパイプ椅子から立ち上がる。窓を閉め、部屋の戸締りを済ますと二人して部室から出る。
廊下に出ると、遠くからは他の部活活動やまだ学校に残っている学生の喧騒が聞こえ、部室の扉を閉めると、先輩が扉の鍵穴に、鍵を刺す。
「あー、ねぇ……樹。私はこれから遊びに行くわけだけど……その……」
後は鍵を回すだけとなった時、不意に先輩は扉に向き合ったまま動きを止めて、言葉を転がす。気まずそうな、歯切れの悪い口調だった。
「えっと、ほら、私たち学校でしかほとんど会わないし……こういう風に話してもさ、ほら、ないじゃない? だから、そっちが良かったらなんだけど、今度暇だったら……」
まあ、その……と最後まで安定しないまま、先輩は黙ってしまった。私はそんな先輩の後ろ姿を見て、人知れず目を逸らす。
「暇だったら、なんですか? 先に言っときますが、面倒ごとは嫌ですよ」
そう言うと、あ、と先輩は言葉を漏らす。そして首を小さく左右に振って「なんでもない」とそう言いながら鍵を回した。
ガチャリと鍵が閉まる音がして、誤魔化すように、じゃあ鍵を返してくるから、と先輩は私に軽く手を振って、その場から逃げるように小走りで歩き出す。
「……じゃあ、さよなら」
私も去っていく先輩の背中に向かって手のひらを見せ、そして背を向けて歩き出した。
先輩が何を言いたかったのか、なにを提案したかったのか、あそこまで言われてわからないわけがない。遊びに行かないか、とそう誘いたかったのだろう。
だが先輩は最後まで口にはしなかった。そこまで言ったのなら、最後まで言ってしまえと思うし、同時に言ったようなものだとも思う。けど、私はあえてわからないふりをして、いつも通りに振る舞った。
結果的に先輩は何も言わなかったが、言われていたら私はどうしていただろうか。だが少なくとも言えなかった先輩に対して、このヘタレ、とは思ったが。
階段を下りて、靴を履き替えるために下駄箱に向かう。するとちょうど女子の数人が同じように帰路に着こうとしていた。この時間と言うことは、単純に教室で友達同士と話し合い、そろそろ帰ろうかと、そう言ったところだろう。
「あっ……」
するとその集団の一人、見るからに『遊んでいる』とそんな印象を受ける髪色と細い体つきをした少女が私と目が合い、どちらともなくつぶやく。
眼鏡をかけたその少女はすでに靴に履き替えた状態で、私の下駄箱の前にいた。その手は、先ほどまで何かしていたように持ち上げられていて、今まさにゆっくりと下ろされた。
「どうしたの、行くよー?」
「なんでもない、行こー」
一瞬だけ見つめあうような形になった後、ほかの少女の呼びかけに答え、その少女はまるで何もなかったかのようにその集団の元へと歩き出す。その集団を少し見送った後、私は自分の下駄箱に手をかけた。
私が使うよりも前から使われ、建付けが悪くなったその下駄箱を開けると、そこには自分の靴と、紙が一枚。その紙を手に取って見てみれば、一言だけ書かれていた。覚えている? と。
裏返しても空白で、ただ一枚の小さな紙に『覚えている?』とただ一言だけ書かれていた。
けれど私には『忘れてない?』とそう読めて、同時に『守れているか?』とも『裏切っていないか?』とも読めた。
「……ねえ、どこのと?」
なによりも、その手書きの文字を読んで、私は独りただ目を細めた。
「──ちゃんと、言葉にしてよ」
その日の夜。夕食を食べながらテレビを見ていると、聞き覚えのある話しが飛び込んでくる。
『──のことから、さらなる警戒を強めています。次のニュースです。三年前に発生した発砲事件が新たな展開を見せています。三年前拳銃のようなもので発砲され死亡した、当時……』
そう言って、顔写真と名前、そして事件現場の映像が流れて、私はそれを見ていた。
すると不意にテレビのチャンネルが変えられ、反射的に正面を向くと、共に食事をとっていた母がテレビのリモコンを持っていた。そして私と目が合うと、ばつが悪そうに笑った。
「ごめんね、樹ちゃんが怖い顔していたから」
「……そんな顔してた? 意識してなかった」
私は誤魔化すように食事の手を動かして、それ以上のことは言わなかった。少しだけ会話が打ち切られて、それを気にしてか母はまた口を開く。
「やっぱり気になるの?」
「……えっ、なにが?」
「本当の親御さんのこと」
母はそれだけを言うと、口にしたことを後悔するように複雑な顔を見せる。嫌なら聞かなければいいのに、とその顔を見て思うも、私は鼻で笑っていたって普通に振る舞う。
「ううん、生みの親の顔なんてもうほとんど思い出さないし。それに、別にテレビ見てたのそう言うのじゃないから、気にしすぎ」
そうね、ごめんなさい、と母はまた謝り、いいって、と私はそれを許す。だがそれでも、どうも母の気はおさまらないらしく「ねえ……あのね、樹ちゃんっ」とそこまで言って、母は今度は口を閉る。
「今日のごはん、おいしい?」
そう尋ねた母に、私はただ笑って見せて「うん、いつも美味しいよ。お母さん」とそう返す。
同時に謝罪の意味もそれには込めた。心の中では、先ほどのニュースのことばかりが渦を巻いていて、親との会話はほとんど頭に入ってはいなかったからだ。
食事を済ませ、入浴を済ませた私は自室へと戻る。
年頃の学生にしては物は多くない質素な部屋で、一人、息を吐いた。部屋に鍵をかけ、カーテンが閉まっていることを確認する。この部屋で私以外の目は存在しない、なにをしても、誰も感知できない。
私は机の引き出しから、大事に仕舞い込んだ一個の鍵を取り出して、それを机に置く。そして部屋の収納スペース、その奥から布をかぶせて隠していた、一つの小さな箱を引っ張り出す。
その箱も机に置いて、鍵とともに並べる。箱には小さな鍵穴があって、私はそれに先ほどの鍵を刺し、開錠する。箱を開けば、まず最初に飛び込んでくるのは手袋。それを退ければ、その下から今度はダイヤル式の鍵で閉じられた、もう一つの箱が姿を現した。
私は入っていた手袋をして、慎重に、壊れ物を扱うように箱の中の箱を取り出し、また机に置く。全ての数字が0に揃えられているダイヤル式の鍵の数字を正しい数字に揃えると、あっけなく箱は開けられるのを待つだけになってしまった。
私は横目で一度扉を見て、そして視線を箱に戻す。手袋をしたままの両手を使い、その箱を開ける。二つの箱に守られ、そしてその中で油紙に包まれているものが、姿を見せた。それは昔、ツムギたちと『冒険』に出かけて、そして手に入れた秘密。
回転式拳銃と、その実弾。
私はそれを両手でゆっくりと、引き金に指を掛けないように手に取った。