いつだって私たちは   作:からくさ犬

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ツムギと私

「ねぇねぇ、今日来る転校生! さっき職員室に行ったら偶然見ちゃったっ!」

「どんな人どんな人? 男? イケメンだった?」

「驚くよ⁉ それが超イケメンでね。あたしもちらって見ただけなんだけど、それが――」

 クラスメートの会話を聞いて、今日なのか、と他人事のように思う。近々転校生が来るという話しは耳に入っていたが、それが今日だとは――もしかしたら前にすでに聞いたのかもしれないが――知らなかった。

 そういえばクラスもどこかしら雰囲気が違う。季節外れの転校生と言うこともあり、気にしているのか、それとも話のネタにしているのか、少しばかり浮き立っているように感じる。

 もちろん、たった一人の人間が来たところで、何かが変わると言うことではないだろう。それでも変化の少ない生活の中での、そう言った出来事に一喜一憂して楽しみたい、そう思う気持ちは理解できないわけではない。それに悩み多い時期でもある。新しい異性の存在はそれだけでも大きな期待を生むのだろう。

 私はいつものように自分の席に座ると適当に携帯電話を取り出して、それを使って暇をつぶす。読書部の活動は放課後に留まり、朝はない。そのため、本は放課後にとっておき、朝や昼には本に手を付けないようにしている。

別に放課後の楽しみにしているとか、部活活動ようの本を残しているわけではない。ただ、人の目のつくところで読んでいると、私の好きな読書ができないためだ。つまりは、まあ、教室で読書をするには場所が悪い、と言うことだ。

「おはよう、春坂さん。ねえ、聞いた? 転校生が今日来るって!」

 するとほかのクラスの同級生一人が声をかけ、私は携帯電話を置く。

見てみればそこには髪をハーフアップにした、中肉中背ながらもまだ顔立ちに幼さが残る少女がいた。

「聞いた、と言うか嫌でも聞こえてくる。そんなに気になるもの?」

「ははっ、春坂さんっていつも通りクールだね。落ち着いてると言うか……それで、あの、前に頼んだことなんだけど、考えてくれた?」

 すると彼女は早々に本題を切り出すように、様子をうかがうように尋ねる。その姿に、ああ、とそういえばそうだったな、と思い出す。

「……目立つことはパス。それに楽器とか弾けないし」

 そう言うと彼女は私の前に回り込み、机越しに座り込む。そして上目使いで私を見る。そしてチャンスを逃すまいと、まくしたてるように早口で喋り、懇願するように手を合わせる。

「それは大丈夫! 考えてる立ち位置はワンフレーズ弾ければ後はエアーでも。最悪喋らなくてもいいから、ステージに立って、パフォーマンスをしてくれればそれで!」

そういう彼女に、私は黙っているとさらに言葉を続ける。

「お願い、あと足りないのはビジュアルだけなの! どうか、どうか春坂さんの美貌を、その氷のようなクールな顔立ちをお貸しして貰えませんでしょうか⁉ この五十嵐、一生のお願いです! どうか、何卒とアイドル部に力添えを……⁉」

最後演技掛かったように言い切ると、この通り、と小動物を彷彿とさせるように、可愛らしく机に額を当てて頭のてっぺんを見せて来る。

 そんな彼女、五十嵐に私は口を歪めて、思わず目を閉じた。

五十嵐自身が口にしたように、彼女はアイドル部と言う部に所属している。読書部に並ぶ、恐らくは他の学校には存在しない部活動の一つだろう。

どうもこの学校は部活動に力を入れているらしい。その力の入れようは体育系の強豪校を作るとかではなく、生徒の自主性と発展だとか何とかを尊重しているらしく、生徒たちで話し合い、自分たちで自由に部活を作ることができる。

どれぐらい自由かと言うと、部を行うための頭数がそろえば取りあえずは部活として正式に認められるぐらい、融通が利く。例えば私が昼寝部なんて名前を付けて、最低限の部員署名を集めれば許可が下りると言うことだ。それもしっかりと学校側から部費がいくらか出るぐらいの、ちゃんとしたものになるから驚きだ。

もちろん、その後の活動報告をしっかりとまとめて報告をしたり、そもそも部活としての結果が出せなければ学校側の一存で廃部にできるとも聞いている。そうでもしなければ、際限なく摩訶不思議な部が出来ては、部費だけを貰うだけもらい、懐に入れる輩が多く出るだろう。

そのためこのアイドル部と言うのも、自称でもなくしっかりとした部活動として動いている。

さて、そのアイドル部の活動と言うのが、はたから見る分には随分と面白いものだった。アイドルの真似事をして、将来のアイドル活動に生かすのかどうかは知らないが、内々で褒め合う。部が出来た当初の活動はそうだったらしいが、それはどんどん変わってきたという。

今では学校にいる生徒の中からアイドルになってくれる人をスカウトして、学内アイドルグループを結成。プロデュースしてそれを文化祭にて披露すると言った、文化祭の恒例行事の一つにまで上り詰めた部活だというから奇天烈だ。

アイドルに興味がある人がアイドル部に入るのではなく、他人にアイドル活動をさせたい人がアイドル部に入るという、なんとも例を見ない部活動だろう。そしてあろうことか五十嵐は、自分がプロデュースするアイドルグループ、その一人になってくれと、そう私に言ってきたのだ。

私は「はあ、あのねぇ……」とあたかも面倒くさそうに口を開く。

「……それ、自分で言ってて悲しくないの? なに? 別に自分自身をグループに入れていいんでしょ?」

ビジュアルが足りないと言うことは、自分たちにはそのビジュアルが備わっていないと認めるようなものだ。ここで五十嵐が言うビジュアルというのは、顔の善し悪しのことでもあるだろう。逆に、そこで私を求めてくれると言うことは、評価されていると言うことになるとは思うが、どういう風に求められているかはよくはわからない。客寄せパンダだろうか。

その返事に五十嵐は顔を上げて「自分を客観的に見た結果ですっ」と絞り出すようにそう言った。そんな五十嵐が面白く、静かにくすりと私は笑ってしまう。するとどうもその反応が良かったらしく五十嵐も、えへへ、と愛想のよい笑みを浮かべた。

 ああ可愛らしい顔だな、と確かに彼女が求めているものではないのかもしれないと、そう思う。

「ホント、あとは春坂さんだけなの。頭数もそろってきたし、即戦力で軽音部からスカウトしたから、音楽面では大丈夫」

「ならそのまま軽音部でまとめれば? 即戦力で困らない、それに内々でやったほうが都合がいいでしょ」

「そうだけど、確かにそういうプロデューサーもいるけど、折角学内全員から選べるんだから、あたしは可能性を求めたいの。ダンス担当で運動部からもスカウトしたし……まあ、部活動もあるからアイドル活動と二足の草鞋を履くことになるけど、こっちの負担は極力かねないようにする。必要なことは全部あたしがするから、そこも大丈夫!」

プロデューサー、と聞きなれない言葉が出てきたが、恐らくはアイドル部に所属している部員のことなのだろう。

何はともあれ、頼まれたところで私は首を縦に振ろうとは思わない。そんな見世物になるようなことは御免だ。だが私が色々と返答する前に、学校のチャイムが鳴る。五十嵐はチャイムの音に反応するように視線を上に向けて「よく考えといて、絶対悪いようにはしないから!」と立ち上がり、手を振りながら自分のクラスに戻っていった。

そんな五十嵐を見送って、私は頬杖をつく。考えてなんて言われたところで、私が最初に言ったことを五十嵐は忘れているのではないだろうか。

「アイドルか。ほんと、この学校って変な部活が多い……」

チャイムから数分たち、まだまばらに席に戻らない生徒がいたが、担当の先生が姿を現すと足早に立っていた生徒は席に戻る。いつもより遅い時間に来た先生は教卓に着くと、一度教室を見まわして、クラスの雰囲気を察してか、まずはそうだな、と口を動かす。

「えー、知ってる人もいると思いますが、今日は大切なお知らせがあります。転校生が来ました」

そう言うと、クラスは、おおっ! と盛り上がり廊下側の席に座っている生徒は一足先に見ようと、廊下側の窓に張り付く。すると、声を漏らすような音が聞こえ、マジヤバイ、などと聞こえ始める。

先生はそれに対して注意をしようとするが、あきらめたように「はい、じゃあ入ってきてください」と教室の外にいであろう転校生に声をかけた。

扉が開き、その転校生が教室へと足を踏み入れた。それは一言で言えば美少女だった。美人の特権だと言わんばかりに短く切った、ベリーショートの髪。横から見ても全体が整っているとわかる横顔に、ハッキリとわかる体つき。美人、それもカッコイイ。

読んだ本の中で、同性でも惚れる、とそんな描写がされていた一文を読んだことがあるが、実に言い得て妙だ。まさにその、同性でも惚れる登場人物が本から飛び出して、こうして目の前に躍り出た瞬間だった。

「スッゴイ……」

「モデル? え、女優?」

美人だと、誰もが思ったのだろう。その姿に、教室は妙な沈黙が生まれ、思わず口を手で塞ぐ者もいた。恐らく口から洩れたその言葉も、無意識なものなのだろう。誰もがその美少女に視線を奪われ、思考を支配されていた。

それは私も例外ではなくて、ただ口を閉じて目を開いていた。心臓がバクバクとうるさくて、急激に喉が渇く。唾液でさえ呑み込めないほどで、誤魔化すように奥歯を噛み締めた。

「じゃあ、自己紹介してくれますか? これで黒板に名前書いてね」

先生はその転校生に手近にあった比較的綺麗なチョークを手渡し、少女はそれを受け取った。

するとその少女は言われた通りチョークで黒板に文字を書こうとするが、まず初めにしたことが視線を落とし、チョークを見ることだった。少女が先生に渡されたチョークは長さもそれなりにある白いチョークで、別段とおかしなことはなかった。

そして次に、黒板下のチョークを置いたり、それで黒板に書いたときに落ちる粉を受け止めるレールに目にやると、良いものを見つけたと言わんばかりに軽く微笑んだ。少女は受け取ったチョークに置き、二歩ほど歩いてレール上のそれを手に取り、それで名前を書き始めた。

 黒板に書かれたそれは特別綺麗な文字と言うことはなく、ただわざわざ黄色で書かれているためか目を引き、私は思わずその成り行きを見つめた。

短い髪形から活発的とも見えるし、その凛とした顔は涼しげにも見える。黒板に向き合う、その後ろ姿でさえ綺麗だ。

チョークを置き、名前を書き終えた少女は私たちに向かい合い、その顔を見せる。想像通りでもあり、想像以上。そんな者が一体どんな人なのかと誰もが思い、そして何を語るのかと期待が膨らんでいるのが嫌でもわかった。

するとその少女は「えーと」と言葉を転がすと、人差し指と中指を立てて見せる。

「転校生の木色です。よろしく」

特に満面の笑みを浮かべるわけでもなく、だが真顔で言うわけでもない。軽い笑みを浮かべながら、恥ずかしげもなく子供のようにピースするその姿に、クラスは一瞬静まり返った。

気の抜けたような感じだった。それは気さくや、親しみやすさを通り越して、無気力に感じる。それか、言葉が悪いがどこかバカっぽく、悪い意味で子供っぽい。

そのピースサインも容姿が良いから様になっているだけで、ただでさえ教室内で膨れ上がった大きかった期待が、パンっ、と風船のように弾けるのを感じた。

転校生の自己紹介に。クラスは遅れて拍手と苦笑が出る。それに応えるためなのか、その転校生はピースサインを皆に見せようとする。左に右に、奥の子にもと、まるで記者会見か、写真撮影会のように。その動作がまた子供っぽくて、バカらしい。

「……えっ? 苗字が木色だから、黄色のチョークってこと……?」

今気づいたように、誰かが口にした。

冗談なのか、そういういわゆる持ちネタなのか、はたまたそうではないのか。転校生の行動にクラスは困惑の色を隠せない。それをどうすればいいのか、どう受け止めればいいのかと判断ができずに、まるで魔法が解けたかのように左右の人と見合ったりして、周りを気にしていた。それを気にしていないのは、ただただ転校生本人だけだった。

バカ、私はそう思った。

そもそも転校生と言う立場は、難しい立場なはずだ。学校というのは、閉鎖的な小さなコミュニティーの集合体だ。固定化されたメンバーや、目には見えない派閥、階級。高校生ともなればそれはより顕著で、実害が生まれてくる。それが悪いこと、と言うことではない。それがいわゆる世間であり、社会の縮図のようなものだ。

転校生は、そんな場所に放り込まれた異端者だ。馴染めればそれでよし、だがそうでなければ、行く着くところは想像がつく。だからこそ印象と言うのは大切で、それを守らなければどうなるかは、生きて行く上で理解できるはずだ。

だがこの転校生には、その年相応の能力がないのではないかと、見ている私が不安にもなる。

「あっ」

するとそんな中、そのお気楽な転校生は私のほうを見ると、少女は初めて笑みを浮かべて、今一度ピースサインの指を綺麗に伸ばした。

「おーい、イツキ。いえーい」

まるで独りだけにそのピースサインと、笑みを向けるように、先ほどと違い軽く声を弾ませて私の名前を呼んだ。想像通りの声色だった。

こうなるともう、今度はクラスの視線が私に集まる。私の前の席の子はぐるりと体をひねって、横に座る子も、首を回す。名前を呼ばれた当の本人である私はただ黙って、その転校生と黄色い文字で書かれた名前を見ていると「なんだ、二人は知り合いか?」と先生が尋ねる。その必然的な質問に、転校生は、はい、と頷いた。

「小学生の時に、幼馴染なんで」

そうなのか、と話を合わせるように相槌を打ち、そのまま先生は転校生の木色の紹介を済まし、そのまま席に着くようにと言った。

少女は指定された席に向かう途中、その横を通られた生徒はその顔を見上げてはタジタジになり、顔を赤らめたりする。そして席が同じ列である私の横に来て、その足を止めた。

「イツキ、元気?」

よっ! とでも言いたげに手を上げて挨拶する転校生に、私は素っ気なく、視線を逸らしながら机からほとんど腕を離すことなく手首だけ動かして返す。するとなぜそんな素っ気ないのだと疑問を持つように、転校生はわざとらしく首をかしげて、頭を掻いて見せる。

「あれ……? もしかして覚えてない? ほら、小学生のころ一緒によく遊んだ……あれれ、もしかしてわたし、人違いしてる?」

だったらゴメン、と謝る転校生に、私は逸らしていた視線を向ける。そうして近くで見る、その転校生の顔は夢の中で何度も顔を合わし、そしてともに過ごしてきた見知った顔であり、成長とともに女らしさが増した、綺麗で美しい顔。黒板に書かれた『木色 紬』の文字もさる事ながら、虚空を見つめるような瞳。

それは間違いなく、小学生の頃に引っ越して姿を消した、幼馴染のツムギの顔だった。

 

休みの時間になると、想像通りツムギの周りには人だかりができていた。そのほとんどは女子が脇を固めて、遠巻きに男子がその様子を気にしていた。異性と言うこともあり、転校生だからと言って近づけば流石に周りがそれを気にするものだ。

下心がどうとか、好意があるのかとか、そういうからかいが起こるのを嫌がり、恐れて近づこうとしない。特別、ツムギの容姿が良いのも相まって、単純な好奇心や親切心だったとしても、それは本人の意思ではなく、周りが勝手に決める。本人の意思は関係ない。

「ねえ、幼馴染だって言ってたけど、来ること知ってたの? 教えてくれてもよかったじゃん」

「……別に知らなかった。中学違ったし、連絡も取ってないから」

「ふーん、それで木色 紬さんてどんな人? 本当に綺麗な人だよね、最初のあれには驚いたけど、以外にお茶目な人なの?」

「本人に聞けば? 小学校が同じ人は他にもいるんだし、私以外にも知ってる人いるでしょ」

 つまりは、目立てば面倒なことになると言うことだ。

 ツムギと比べればほんの数人だが、女子に囲まれ、質問が飛んでくる。とは言っても私に興味があるわけではなく、単純にツムギの元へと行くのに出遅れたり、あぶれ者だが。

私の返答に、しばらくは近づけないよ、とクラスメートの一人は指をさして答える。その指先を見なくとも、ツムギが今どんな状態化はわかる。

 あの自己紹介がどうだったかはさておき、それでも抗えないほどの容姿の良さが功を奏したのか、それとも目新しい存在に飛びつきたいのか、人気を博している。ここからでも、白い肌だとか、綺麗な目だとか声高らかに聞こえてくる。

質問攻めにあって大変だと同情するが、転校生ゆえに仕方ないことだろう。逆に孤立してしまうよりは、学生生活もより良いモノになるはずだ。

「あ、どうしたの? 話に行く?」

 私が席から立つとそう尋ねられて、私は否定の意味を込めて肩をすくめた。

「……別に、ちょっと暑いから」

ここにいたら息が詰まりそうだ、そう思い、どこか落ち着ける静かな場所にでもと歩き出した時だった。私を囲んでいたクラスメートから、わっ、と声が漏れて、一体何だと振り返ると、いつの間にかそこにはツムギが立っていた。

「待って、イツキ」

 その声に呼び止められ、私は足を止める。今度は互いに立った状態で、こうして顔を合わすと、ツムギのほうが背が高いことがわかる。

ふっと視線を落とすと、季節が関係しているのか、やはりツムギも暑さを感じているのか、ブラウスのボタンを開けている。制服は誰が来ても似合うようにデザインされているとは聞くが、こうして見るとまるでツムギに合わせて仕立てられたんじゃないかと思ってしまうほどに、すでにこの学校の制服を着こなしていた。

前までは違う学校の制服を着ていたはずなのに、そうは感じさせない、あたかもずっと着ていてこの学校に通っていたと言わんばかりに、そんなツムギは当たり前のように私に声をかけた。

「どこ行くの? トイレとか? あ、わかった、飲み物会に行くとか。自動販売機あったよね、ここ」

「……別に。なにか用?」

「え? 気になるじゃん。どこ行くの? わたしも行きたい」

 ふとツムギの後ろをのぞき込むと集団が目に入る。まだ質問や話しが終わったわけではないことは一目瞭然だった。私が立ち上がったのを見て、話を切り上げて、集団をかき分けて来たということだろうか。

「まだ話しが終わってないんじゃない? せっかく興味を持ってくれてるんだから、話してくれば?」

ツムギを囲んでいた集団の中には、いわゆる女子グループで発言力のある面子がいた。こういうのは傍から見てもわかるもので、女子がどこに集まるかとか、集団の中心に誰がいるか、発言回数は誰が多くて、誰の発言が一番同意を得られているか、そういうのでなんとなくわかるものがある。そう言った者に狙われるとろくなことにならないのは、少なくともどこの学校、集団にもあるだろう。

この学校に来たばかりのツムギにはわからないかもしれないが、ツムギ自身、わざわざ敵を作りたいわけではないだろうし、それに私を巻き込まないでほしい。

だから、私に声をかけるよりもすることがあるはずで、ツムギとて、それがわからないはずではない。

すると、えーでも、とツムギがそう言うと、ふと私の手を取る。その手は暖かくて、細くて、繭を触っているのかのようだった。

私はそれに驚いていると、ツムギは綺麗に笑う。

「イツキと一緒が良い」

 予想だにしないその言葉に、私は思わず手に力が入った。その光景とセリフに、まるで恋愛ドラマのワンシーンだと周りが黄色い悲鳴を上げ、ざわざわと騒ぎ出す。何を言って、と私が口にする前に、ツムギは周囲を気にせずにセリフを続ける。

「ねえ、話は後でいいでしょ? わたし、イツキと一緒がいいんだけど」

肩越しに振り返って、そこにいた女子たちにそう言うと、正面から言われた女子たちは戸惑ったように、それでいてどこか興奮したように頷くだけだった。

それはツムギのような美人に言われたからか、それとも私とツムギの関係を期待させたのか。少なくとも、教室で二人の生徒が手を取って、一緒にいたいだなんて甘いセリフを言っていたら、へんな妄想の一つするかもしれない。

恐らくはそんなことを何も考えず、それでどこに行くの? と私の手を取ったまま尋ねるツムギに、私はただ付いてくるようにと顎を動かして、何も言わずに掴まれた手を引いたまま歩き出す。それでまた、きゃー、と悲鳴が上がって、二人して教室から出て行った。

廊下に出ても、傍から見たらその異様な光景に他の生徒から横目で見られ、またほかのクラスの人にもツムギの存在で注目を集める。

そんな中を突き進んで、ツムギを連れて人目を避けるように階段を上り、屋上前までやって来た。とは言っても、屋上につながる最後の扉は鍵がされていて開かず、ただのちょっとしたスペースでしかないここには、何かがある、ということはない。ただ人が来ることがない場所だが、人目を避けるにはちょうどいい。

「あっ、この学校って屋上に出られるの? 出たことないや。初めてかも」

 ツムギはそのまま屋上に連れていかれるのだと思ったらしく、そう見当違いなことを聞いてくる。そんな彼女に返事とばかりに溜息を吐いて見せ、私は手を離して尋ねた。

「……どういうつもり」

「えっ、なにが?」

「なにがって、人に突っかかってきて、なにがしたいの? 面倒なことに巻き込まないで」

私がそう言うと、ツムギは考えるように軽く首を傾げて見せた。それはまるで私が言っていることが理解できないみたいに子供みたいに、どういう意味なんだろうと考えてるようにも見えた。

少しして、えーでもやっぱり、とツムギは前置きをして「話したかったから、イツキと。せっかく会えたんだし」と当たり前のように答えた。

「それにほら、昔から遊んでだし、仲良かったと思うんだよね、わたしたち。だから――」

「昔の話しでしょ」

言葉を遮るように私が口をはさむ。

 別に声量も、語気も普通でもあったが、二人して黙り込み、言葉がなくなる。階段したからは学校生活をする足音や学生の喧騒が聞こえてくるが、私たち二人の間は静かだった。

 するとその静寂を打ち消すためかツムギはただ小さく、うん、と相槌を打ち、それに合わせて私も口を開く。

「それに……中学に上る時にあなたが引っ越して接点はなかったし、連絡も取り合ってたわけでもないし、今更――」

「中学の時だけじゃん。それって三年ぐらいってことじゃないの?」

「三年も、よ」

 そう言って、また黙ってしまう。一体、自分は何をやっているのだろうと、沈黙の中で頭を動かす。わかっている、ツムギにあたったところで何もならないし、解決にもならない。

 そんな自分が嫌で、少なくともこの状況を変えようとして私は話題を変える。

「……よく、私だってわかったわね」

「――えっ?」

「来た時、あそこからどうしてあそこにいたのが私だってわかったの? 会ってないのに、顔も変わったでしょ?」

教卓がある場所から、私の席までは距離がある。顔が認識できないほど遠すぎるというほどではないが、それでも数年間会ったこともない相手を、教室にいる数十人の中からすぐに見つけられるものだろうか。

だがその質問にツムギはすぐに、わかるよ、と自慢げに答える。

「わかる、イツキだもの。それに左右に小さな泣きぼくろが三つずつあるから、いい目印。イツキのチャームポイントだよね、それ」

そう言われて、手を目元に持っていく。まあ、確かに存在するし、この存在は自分でも気に入っている。イツキの言う通り、場所や濃さ、並びが絶妙で天然なオシャレのようになっている。小さい頃からのお気に入りで、子供時代にとっては化粧のようなものだった。

するとツムギも私の顔に手を伸ばして、私は思わず半歩下がると、ああごめん、とツムギは手を下す。代わりに下ろした手で自身の手首を掴んで、また手持ち無沙汰のように離して、そうして私の顔を見てくすりと笑う。

「けど驚いた。イツキ、綺麗になった。クラスの子、きゃーきゃー言ってたじゃん」

「それ、私じゃなくてそっちでしょ。綺麗になったって言うけど、そっちのほうが断然美人になった……子供のころからそうだったけど」

 とは言っても、子供のころとは比べて本当に美少女になった。想像以上に。

背丈もそうだが、こうして見ればみるほど本当に非の打ち所がないというか、澄んだ白い肌をしていて、透き通っている。ツムギと比べていかに自分の肌が汚いかと、そんなことさえ考えてしまうほどだ。

これじゃあ男が、女だって放っておくはずがない、とそれは言葉にしなかったが、私の言葉にツムギは嬉しそうに微笑みながら軽く首を傾げる。

「えー? 男っぽいって言われてた」

「ボーイッシュって意味でしょ、それ。髪が短かったから、それに体を動かすことばかりしてたし、それが原因」

「うん、だってモノとか買ってもらったことないし、そういう女の子らしいモノとか知らなかったし。でも、一緒に同じことして遊んでたじゃん、皆で。追いかけっことか、町探索」

「そっちに合わせてたんだって……ふふ」

言われると同時にその時のことが思い浮かぶ。呆れたように言って、それが本当に仕様もなくて思わず笑みがこぼれる。

すると、あっ、とツムギは何かに気づいたように目を開く。そしてふっと綺麗に微笑む。

「それじゃ満足しないから」

「……は? それって――」

不意の理解できないそのセリフに、私は思わずこぼれた笑みも消えて、口が開く。だがどういう意味かと尋ねる前に、時間を知らせるチャイムが鳴り、どちらともなく視線を階段下に向けた。

「……じゃあ、先に戻るから」

私がそう言って、階段を降り始めるとツムギは思い出したように「あ、待って」と教室の時と同じに呼び止める。

「えっと、ルリは? いるんでしょ、この学校に」

聞きなれたもう一人の幼馴染の名前が出てきて、私は肩越しにツムギを見る。

「……ルリはD組のクラス」

「へえ、部活とかは? なにしてるんだろ?」

「……知らない」

「え、知らないって、話してないの? 毎日、顔合わせるでしょ?」

 まるでそれを見てきたように、そのことを疑う素振りを見せずツムギは摩訶不思議そうに首を傾げた。私はその姿に、ぶつけようのない怒りのようなものを感じで、それを誤魔化すように溜息を吐く。

「今は違う。中学のころから疎遠になったから。今はもう話さないし、連絡も取ってない……ツムギが言うそれ、もう昔の話だから」

 まるで捨て台詞のようだった。ツムギを置いて、階段を下りて、私はただ下唇を噛んだ。

それを境に、ツムギは私に話しかけてこようとはしなかった。私も声を掛けようとせず、それどころか意識して近づかないようにして、関係を持とうとはしなかった。

それでも通う学校は同じで、教室も同じ。使う駅だって同じなために平日に見かけない日はなく、ツムギの姿を見ると決まって取り巻きがいた。きゃーきゃーと盛り上がっている集団の中で、ただ一人だけ涼しい顔をしているツムギの姿を遠巻きに見ては、私は見ないようにと何度も何度も目を逸らす。

そうして日か経つにつれて、目新しさがなくなっていくのか、取り巻きの数は少なくなっていく。そうやって落ち着いていき、最後には数人だけになって、その面子が固定のグループになって関係が定着する。そうなれば、私も目で追うことはなくなるだろうと、そう思っていた。

だがどうも、この季節外れの転校生は人付き合いが苦手なのか、それとも付き合いは良いが空気が読めず、再度誘われることがなくなるのか。まるでその存在が高嶺の花だと言わんばかりに、自然と誰一人近づくことがなくなった。

 ただ独り教室の席に座って、ぼんやりと窓の外を見ているその少女はまるで有名な画家の力作のようで、ただ静かにそこにいる。その姿は孤独だとか、孤立しているだとか、そんな風には微塵も感じさせなくて、ただ一人でそこにいることがあるべき形なのだと、そう思わせるほど様になっていた。

きっと、誰もが同じようなことを思って、その黄金比を崩さないために近づかず――もしくは、そんなツムギに声を掛けることがおこがましいと思うのか――誰もその額縁の中に入ろうとはしなかった。

「……バカ」

それを変わらずに遠巻きに見ていて、そんな彼女の姿に口が動き、私は席を立った。

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