いつだって私たちは   作:からくさ犬

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どう思うって、どう思う?

「ちょっといい?」

私がそう言うと案の定、驚かれて目を丸くされる。その女子グループは私と同じクラスではなく、また別のクラス。私はその別のクラスに足を運び、対して面識もないその集団に声を掛ける。

とは言っても、その集団そのものに用があるわけではない。そのグループの一人、眼鏡をかけた明るい髪色と、細い体をした少女。私はグループの中にいた、彼女に向かって話しかけた。

話しの途中でいきなり会話に割って入ってきた私に、それ以外の女子は様々な目を向けてきて、私はそれを無視する。ただ声を掛けた少女は驚きも、怪訝な表情も見せず、椅子に座りながら私を見上げていた。

「いいよ、わかった。ごめんね皆―、ちょっと席外すねー?」

 するとその少女は周りの女子にそう言うと、椅子から立ち上がる。その少女の反応に周りは、うんわかった、と了承して、少なくとも私が害があるものではないんだなと、そう解釈したようだった。

こっち、とその少女は歩き出し、私は黙ってついていく。とは言っても教室を出て、廊下に向かうだけで特別なことをするわけではない。私は廊下の窓側の壁に背を持たれ、その隣で彼女は開いた窓に肘を置きながらそのまま外の方を見る。

ふと窓から風が張り込んで、綺麗に整えられた前髪と、その背中に流した枝毛のない、手入れされた長い髪が揺れ動いた。

「いきなり何かしら? 珍しいじゃない、あなたがアタシに声を掛けるなんて。サインなら安くないわよ」

「知ってたの?」

なにが? と聞き返され、私は横目で見る。

「あの手紙。あれって転校生がツムギだってことを知ってて、そう書いたんでしょ?」

「そうよ、それがどうかしたかしら」

「なんで知ってたの? いや……どうして教えたの。それこそわざわざ手紙を書いて、あんな回りくどいやり方」

 お互い顔を合わせない状態で、時折横目で確認しながら言葉を続ける。

「あの時入れるところを見てなかったら、ただのいたずらか、それか嫌がらせでしょ。あんなのわかるわけない、もっと普通に――」

「今みたいに声を掛けなさいって? さあ、ただの気まぐれだもの、考えてなかったわ」

少女はふっと鼻で笑って、眼鏡を掛けなおすとそのまま外を見続ける。周りでは生徒が行き交い、話声が聞こえる。それはうるさくて、廊下と言う場所のせいで余計に響いて聞こえたかもしれない。

そんな中で、私たち二人だけはその光景の中にいながらも、別の空間で会話をしているようなそんな感じがした。言ってしまえば、そんな喧騒は一切気にならなかった。それだけ自分が意識してないだけで、この会話に集中していたのかもしれないし、相手のことを意識していたのだろう。

 いつの間にかに遠くを見るようになった、この幼馴染に。

「――ルリ」

 私がその名前を呼ぶと、隣にいる少女は私のほうに一度顔を向けて、小さく笑った。

その顔はやはりどこか昔の面影があって、力強くて、仲間想い、そんな昔のルリの姿が見え隠れした。

「わかった、わかったわよ。そんなに睨まないで、折角の顔が台無しよ?」

 そう言うとルリは息を吐いて、そうね、と始めに口にする。

「だってアタシ、ツムギとは連絡取り合っていたもの。数か月に一回、手紙でやり取りしていたから。だからわかったの、帰って来るって」

手紙とはまた時代錯誤な、とそう思ったが話の腰を折らないように、私は黙ってうなずく。

「じゃあ、それだけ随分と仲がいいのなら、話したりするでしょ」

「いいえ、しないわ」

知っている。少なくとも私が見ているときに、そんなことは起こらなかった。だからこそ、こうして私はわざわざ別の教室まで足を運び、目立つことも顧みずに呼びつけたのだから。

「どうして、そんなに仲がいいなら直接話せばいいでしょ。遊びに行ったり、手紙で言えなかった積もる話とか会って話せばいいじゃない……それに、ルリにとっては願ったりかなったりじゃない」

 自分が言うことは、別に変な話ではないと思う。どちらかと言えば、そうではないことのほうが不思議で、おかしな話ではないだろうか。連絡は取るが、話さなければ顔も合わせない。ネットを通じての、相手の顔も知らない仲ならそうかもしれないが、こうして同じ学校で、学年も同じ。会おうとして会えないわけではないし、お互いの存在を知らないわけでもない。

 ならば、顔を合わせて挨拶の一つしても良いだろう。だが、そんな光景は一度も見ていないし、仮にしていたのならば、今頃独りで椅子に座っているなんてことにはなっていないはずだ。

 そう思って私は尋ねると、ルリは窓枠に置いていた肘を離し、姿勢を正す。

「わかるでしょ、会いたいけど、会いたくないのよ。前に一度声をかけられたけど、その時は放課後で友達といたし、その後用があってたいした相手が出来なかったから、それでよかったけど……それ以降は話しかけられてないわ。ツムギから会いに来ないし、喋りに来ない、だったらそれでいいじゃないから?」

「会いに来ないからいいって……ルリから行けばいいでしょ。会いたいとか会いたくないとか、連絡取っていながら今更でしょ」

 私がそう言うと、ルリは小ばかにするように鼻を鳴らす。

「じゃあ話せって、どうやってかしら? 『わぁ! ツムギ、久しぶりー』とか? 『見ない間に綺麗になったねー、化粧水、何使ってるのー?』とか?」

「なに、その喋り方」

「なんでもないわ。ねえ、イツキ。あなたがなにを言いたいかわからないけど、アタシはアタシですることがあって、もう子供じゃないの。皆で仲良くしていたのって、それは昔の話しよ」

 私は口を閉じた。その言葉は他でもない私が言った言葉だ。

「でも……そうね、折角の幼馴染がこうして話に来てくれたのだもの、お願いって言ってくれれば聞かないこともないわよ」

「誰が」

 それはほとんど反射的で、言ってから意識する。互いに顔を合わせず、ルリは顔を伏せて黙り込む。私も口を閉じていると、少ししてルリの肩が震えたかと思ったら、あは、と笑い声が転がりだす。

「ふふ。はははっ! やっぱり……やっぱりアタシたち、ツムギには敵わないわね!」

いきなり何事だ、と私は驚いてルリの方を見ると、ルリは笑い声を抑えるために口に手を当てていた。明るく笑って、あーあ、と呼吸を整えるルリは眼鏡を一度外すと、目尻にたまった涙を人差し指で拭う。

「……ツムギ?」

「そう、だってイツキがアタシに話しかけたのってそれが関係しているのよね? あれ以来話さなくなったのに、ツムギが顔を出しただけで、こうして話しに来てくれたじゃない。ほんとツムギって……良くも悪くも、アタシたちを振り回してくれるわよね」

「ん……まあ、そう。あの時のルリ、口うるさかった。ケガするとか、危険だとか、いいストッパーだったけど」

「そういうツムギは……えー? アタシたちまだそんなに年取ってないわよ なによ、お酒はまだ飲めないわよ」

 ははは、ともう一度笑い、それにつられて私もくすりとする。同時に懐かしいような気持になって、それがまた年取った、とルリの先ほどの言葉と合わさって、笑みを作り出す。

「こう言いたいのよね? ツムギが学校に馴染めてないって、それぐらいアタシも知っているわ。けど別にそれって、アタシじゃなくても、イツキがそうすればいいんじゃないかしら? クラスも同じだし、それこそ話をしたのよね?」

「……ええ。でも、わかるでしょ? 私は目立ちたくないの、それにツムギとは距離を置きたい。だからルリに任せたい」

「距離を置きたい、か。けどそう言って、結局イツキってツムギのこと考えているわよね。昔からって言うか、ツムギのことになると……」

そう言って、少しだけルリは言葉を止めた後「……わかったわ。でもすぐには無理よ、アタシだって心の準備が出来てないもの。実際、ツムギの顔見たらなにを言うかわからないわ」とそう言った。

だから心の整理をしないと、と私より一足早くツムギが現れると知っていながら、そう言うルリに私はわかったと軽く頷く。

「それに、いつかは決着つけないと……でしょ?」

そう言うルリに、私は壁から背中を離す。そのタイミングを見計らったようにルリは、ねえ、と続けて喋る。

「イツキはなにか言ったのかしら? ツムギと、話したのよね?」

 それはただの質問と言うよりは、少しばかり声のトーンが変わり、まるで探りを入れられているようだった。

「……別に、ただ――」

そう私が喋ると、そんな私の言動を見逃さないようにとルリは見つめ、言葉を待つ。それがわかって、私は言葉を選ぼうとするが、それよりも早く自然と口とが動き、昔の記憶が頭の中を駆け抜けていった。

「ツムギ、変わってなかった」

私はあの時、ツムギに私が私だとよくわかったと、そう言った。だけど本当は、教室に現れた瞬間から、私はそうだと気付いた。声を掛けたくなって口を手で塞いだし、頭の中の記憶とすべてが一致するかのような、そんな感覚にも襲われて、思考が支配された。

 ただただ、懐かしさと嬉しさ、それと恐怖と不安。そんなごちゃごちゃとした感情がせめぎ合って、あの時、私は言葉が出なかった。

それだけ言うと私は、じゃあ後は……お願い、とその返事を待たずに歩き出す。私はそのまま自分の教室に向かって歩き出し、ルリはそこから動かずに、そんな私を見ていた。

 そして一度大きく息を吸ったかと思うと、それは口から漏れ出て、ルリは小さくつぶやいた

「ばーか……」

 

これで、悩みの種は解決しただろうと楽観的に――もしくはそう思いこみたかったか――そう思った。種は巻いた、だから後は待つだけだと。

でもそれは想像よりも早くに、なによりも別の形で訪れることになった。

「春坂さん……助けてください」

いつも以上に晴天の日が続き、それとは違ってふらりと現れた五十嵐に、私はしつこいとばかりに額に手を当てる。どうせまたアイドル活動の勧誘だと思い、私はいの一番に「やらない、興味ない」と言葉をかけた。

 すると五十嵐はそのままふらふらと力なく、私の机に倒れ込むと顔を伏せて泣くふりをする。

「……なに、邪魔なんだけど」

「聞いてください、春坂さん……前に軽音部とか、そう言ったところからスカウトして、頭数は揃ったって、あたしそんなこと言ってたよね……?」

「……まあ」

 それはまるで私に尋ねる、と言うよりはまるで自問自答のような感じだった。確かに、そんなことを言っていた気がする。その記憶が確かならば、あとはビジュアルが足りないとかなんとか。そしてそのビジュアル役をやってほしいと私にしつこく声を掛け、今に至っているとそう記憶している。

 すると五十嵐は泣き顔のまま顔を上げ、そのまままたバタンと顔を伏せ唸りだす。

「それが、それが……っ! ドタキャンされちゃった!! いいよって言ってくれてた子も活動内容を詰めていたら『イメージと違うからやらない』とか、急に部活での立場が変わって集中したいとか、急用が出来たとか⁈ そんな理由で皆断っていくんですっ!! もうあたしどうすればいいか⁈」

このままじゃ破滅だ、とわけのわからないことを言って五十嵐はワンワンと泣いて――実際に涙を流しているわけではなく、そういう気持ちであると表現しているだけだが――私の机から離れない。

なんとも邪魔で、面倒なことになったと私は眉をひそめる。

「だからなに? ここにいたって、そのメンバーは一人も集まらない――」

「そこでっ! そこでです春坂さん、あたし提案があるんです! この哀れな五十嵐を救うたった一つの方法が! それは春坂さんが――」

「やらない、ほかをあたって」

互いに食い気味に相手の言葉を遮り、やっぱり駄目かと五十嵐は三度うなだれる。

「それに、今更私一人がそのメンバーに入ったところで、メンバーの頭数が足りないんでしょ? ボーカルとか、ダンスとか、そっちはどう解決するつもり?」

「それは……うう……春坂さん、詳しい。やっぱり興味が⁉」

「ない! そっちがしつこく話すから嫌でも覚えただけ」

まったく少し話に付き合えばこれだ、優しくするだけ損をする。五十嵐自身は悪気も、嫌みもないが、こうも付きまとわれては大変だ。

 どうしよう、と私の机で頭を抱える五十嵐のつむじを見ながら頬杖をつく。目の前で五十嵐は、破滅だー、とか、おしまいだー、とか唸り声を上げて一向にその場から動く気配を見せない。それがなんだか可愛らしくて、趣味ではないが小動物を相手にしているようで、思わず手を伸ばしそうになる。

「……ほら、邪魔だから退いて。それにうるさい」

ふと気が付くと、少しばかし周りの注目を集めていた。私はこれでは埒が明かないと、机に手を付きながら席から立ち上がる。するとその瞬間、立ち上がった私の腕を五十嵐がいきなり掴み、そしてその伏せていた顔を上げる。

「お願い春坂さんっ! あともう一人なんとか見つけるから、最悪二人組! それでユニット組んで! メンバーが集まりませんでしたってことには絶対にしたくないし、文化祭に出られないのはアイドル部でのあたしの沽券に関わるの! 最悪、最悪ってなんかあれだけど……あたしとペアを組んでアイドル活動やろう⁉ 二人でトップアイドル目指そうっ⁈」

その顔はまさに必至と言わんばかりだった。口早に畳みかけ、その勢いに思わずたじろぐ。だが同時に、それは大きな音と騒ぎになり、教室の中で一番の注目の的になる。それに気づき、ちょっと、と私は慌てて口にして、その手から逃れようとする。が思いのほかその力が強く、その攻防に余計にごたごたと騒がしくなる。

「五十嵐、いい加減に……っ!」

そうやっていつも以上に声を張って、五十嵐を叱ろうとした時だった。

「ごめん、なんの話し?」

不意に話に割って入り、私たちを止める。それは綺麗な声で、なによりも綺麗な姿をしていた。それを見た五十嵐が、わっ、と驚いて、一瞬目を奪われたように呆けると、慌てて意識を取り戻す。

「なに、イツキ。どういう状況、これ? 腕、大丈夫?」

「……ん、まあ」

 五十嵐に掴まれていた腕が離れ、その腕を自分で掴んで軽くさする。その様子に五十嵐も流石にやりすぎたかと、申し訳なさそうに笑って、そしてやって来たツムギのほうを見る。

「えっと、これは木色さん! こんにちは! ごめん、騒がしくしちゃって……」

ぺこぺこと頭を下げる五十嵐に、ツムギは不思議そうに首を傾げた。

「あれ、わたしのこと知ってるの?」

「もちろんです! 流星のように現れた美少女転校生! アイドル部内でも話題になってるから!」

「えっ……アイドル部?」

「はい、あれ? もう何人かがスカウトに行ってるとばかり思ったんだけど、声かけられませんでした?」

 今度は五十嵐が不思議そうにツムギに尋ねると、イツキは考えるように視線を上にあげる。そしてコテン、と首を傾げたと思ったら、あー、とそんなこともあったかもと手を打ち鳴らした。

「ごめん、話し、聞いてなかった」

 全くもって悪びれることなくそう言って、誤魔化すようにふふふと笑う。

その掴み所のない会話に、五十嵐は「あ、そうなんだ、そうなんですね……」と反応に困ったように笑って見せる。恐らく、ほかのアイドル部の部員もスカウトに来ては、ツムギの言動に同じように困惑したのだろう。きっとそれは、ほかの学年からも声を掛けられたのだろうが、それも変わらずに対応していたと思うと、末恐ろしい。

 すると今度は会話の矛先を私に向けて、ツムギは疑問を尋ねる。

「で、そのアイドル部ってなに? もしかしてイツキ、そういう部に所属してたの?」

「違う。文化祭でアイドルの真似事をやるの、歌ったり踊ったりして体育館でライブとか、そういうこと。アイドル部はこの五十嵐で、私は全く関係ない」

「へえ、面白そう。どうだった?」

「見てない。興味なかったし、どうせ身内の馬鹿騒ぎでしょ」

 それは言い過ぎかとも思ったが、実際見てないし、興味もない。一年の頃はその日はずっと部室で過ごして、そのまま帰った。クラスの出し物だとか、そういうのも意欲があるクラスメートが勝手に進めて、そのままやりたい人だけが出し物を回す。もちろん、その中にはそうではなくても手伝ったり、文化祭に参加した者もいるだろう。

そして数人の人間は出し物も、その店番にも参加せず、どこかで時間をつぶして、その日を終える。文化祭の準備の手伝いはしたが、私はその不参加の一人だと言うことだ。

ゆえにその体育館でのアイドル活動は見ていないし、話題になっていたとしても、聞き流していた。

「えー、なんか勿体ない。見ればよかったのに」

「見てどうするの?」

「こう、なんか、自分も一緒に踊るとか。あれ、そういうのじゃないの?」

 だから知らない、とそんな会話をしていると、ちょっといいですか、と五十嵐が声を掛ける。

「あの、もしかして木色さん興味ある? アイドル活動、やってみたい⁈」

おずおずとではあったが、その眼には光がともり、言わずもがな期待に溢れていた。するとツムギは、んー、と考えだす。

私はそれになぜだが嫌な予感がして、もしかしたら次の瞬間には首を縦に振るんじゃないだろうかと恐怖した。ただでさえ、タイミングが悪い。ここで二つ返事をしたならば、面倒なことになるのは一目瞭然だ。

 そんな私の視線に気づいたのか、ツムギは私のほうを見て、唇の端を上げる。

「うん、なんか面白そう」

「えっ⁉ それって、つまり……⁉」

 ぐっと、まるで生唾でも飲むような勢いで五十嵐が再度尋ねると、ツムギは頷く。

「そのアイドル活動、やってみたい。やりたいな、わたし」

そのツムギの言葉に、やったーっ! と五十嵐は悲鳴とも言える声を出して、両腕を上に突き上げる。本当に嬉しいのか、ぴょんぴょんと跳ね上がり、スカートも揺れ動く。それを見てツムギも真似するように手を上げて、やったー、と周囲を気にせずに言葉を転がす。

突然教室の中で始まった歓喜に、私はもはや周りの目は気にしないようにして、私はげんなりとしていた。

だがまあ、これはこれでよかったのではないだろうか。ツムギならば、五十嵐の言うビジュアルは十二分事足りるだろう。それにツムギもやることが出来たのならば、私もあの光景を見かけずに済む。いきなりの展開ではあったが、これで問題が解決するのならばそれに越したことはないだろう。

「ありがとう、いや、ありがとうございます、木色さん!! これで、一歩前進! 春坂さんと木色さんのペア活動ができるよ!!」

「――ちょっと、なんで勝手に私が頭数に入ってるの? 五十嵐、いい加減にして」

「いやいや! お願いだよ、春坂さん! 木色さんがメンバーになった今、それこそ春坂さんが入ってもらわないとバランスが整わないよ⁉」

なにがバランスか、それこそツムギがいる時点でバランスもなにもないと思うが。

一体五十嵐の中でのメンバー予想図はどうなっているのだろうか。元々、音楽経験者を求めて軽音部だとか、運動ができる人を探して運動部とかからスカウトしたのはそう言った考えがあったからだ。そして一度メンバーが解散になった今、そう言ったつり合いだとか、立ち位置とかまた練り直す必要はないのだろうか。今の五十嵐はもはやメンバーが集まれば誰でもいいと、そういう気迫さえ感じる。

「えー、いいじゃん。皆でやろうよ。イツキも、それにルリも呼んでさ」

「はっ?」

まるで五十嵐の肩を持つように、ツムギが楽しそうにそう言う。すると私もそうだが、五十嵐も驚いたようにツムギに顔を向ける。

「えっ⁈ ルリって、まさかⅮ組の赤目 瑠璃さんのこと⁉ 木色さん、友達なんですか⁉」

「うん、幼馴染。イツキもそうだし、仲良しだよ」

勝手なことを、とペラペラと喋るツムギに私は頭を抱える。

「す、すごい! だって赤目さんってモデルしているって聞くし……えっ? この三人がアイドルユニットを組んだら今年一番、いや、歴代一のアイドルになるんじゃ……⁉」

「だから私は――」

「えっ、イツキ、ルリってモデルやってるの? なんか以外」

「あー、そうね。いや、だから……ああ、もう……」

 言葉を失い、思わず頭を抱えそうになる。もうこれは私一人では収拾がつかないのではないだろうか。落ち着け、今必要なのは落ち着くことだ。一度大きく息を吐いて、空気を吸う。

もう無視しよう、二人が落ち着くか、言いたいことを言い終わった後にあれこれと言えばいい。今はただ口を挟むだけ事が複雑になる気がする。

 そもそも馬鹿正直に相手をしていることが間違なのだと、そう思って冷静になろうとしている中、そんな私の気も知れずにツムギはある提案を始める。

「じゃあ、今からルリを誘いに行こう。ルリもやりたがるって、アイドル活動」

「……なんだって?」

 耳を疑う。待て、まてまてまて、今ツムギとルリを引き合わせてよいのだろうか。確かにそうするようにルリには頼んだが、ルリはルリの『心の準備』があるだろうし、こんな形で対面させるのはどうも気が引ける。五十嵐は、いいですね! なんて言ってこちらの都合を考えない。だが、彼女に関してはそれを察しろと言うのは酷だとわかるが、それでも今はそれがとても私を焦らせる。

 止めるべきか? だがどう言って止めればいいのだろうか。まさか本当のことを言うわけにはいかない。かと言って、今この二人が納得するような言い分も思いつかない。

額に指を当てて頭痛に耐えるように考えるが、そんな私に、イツキ、と名を呼ぶ声がした。顔を上げて見てみれば、私に手を伸ばして、笑うその姿。私だけに差し出されたその優しい手と、真っ直ぐな視線を向けて、彼女は喉を鳴らした。

「ほら、行こうよ。イツキ」

懐かしい声が聞こえた気がして、目の前にいるツムギを見る。

その差し出された手を取ろうと私は小さく手を伸ばすが、それをグッと我慢して、作った拳を胸に持っていく。

「……うん」

そうしてただ私は、そう返すことしかできなかった。

そんな私をツムギは不思議そうに首を傾げるが、じゃあ行こう、と歩き出す。ツムギを先頭にして歩くと、それはまるでなにかの進撃のようだった。廊下にいた生徒は自然と横に退いてその視線が集まる。教室の中からも視線を感じて、私はできるだけそっちに目をやらないようにして、前を見続ける。

「や、やっぱり美人が二人並ぶと注目度が違うねっ。すごく見られてない? 見られてるよね、これ」

「……五十嵐、あなたは黙ってて」

クラスは離れているとはいえ、廊下の長さは月並みだ。あれよあれよとルリのいる場所に近づいて、ここだよね、とD組の前に到着する。

ツムギは教室をのぞき、ちょうど教室の出入口にいた生徒はぎょっとする。それに目もくれずに、ツムギは一度教室を見まわすが、その顔を引っ込める。

「えーと、あっ。いたいた、おーい、ルリ」

そしてさらに廊下の奥に視線を向けると、その中からルリを見つけ、声を掛ける。

 ルリは私が声を掛けた時のように女子グループの中にいて、そのグループはルリの名前に反応して、こちらを向く。もちろん、自身の名前を呼ばれたルリも気づいたようにこちらを見て、そしてガラス越しの目を丸くする。

 ツムギはそのままその集団に近づき、そこにいた女子たちは道を開けながら、驚いた顔をしたり、両頬に手を当てたりとその反応を見せる。だが、その中で一番驚いているのは他の誰でもないルリだろう。鳩が豆鉄砲を食ったような、とはよく見かける表現だが、実際見ればこんな感じなのだなと漠然と思う。

「ツムギ……」

それはツムギに言ったのか、それとも私に言ったのか。私にはそのセリフは「え……どうして?」とそう言ったように聞こえてならなかった。

「えっと、なんかね、アイドル活動って言うのがあるらしくて……」

あれ? なんだっけ、とツムギが言ってそこに五十嵐が補足に入る。

「ええっと、赤目さん。あたしアイドル部なんだけど、その木色さんが赤目さんの友達だって聞いて、そもそもあたしは春坂さんに……」

 だが五十嵐も勢いに任せて来たせいか、えっとえっと、と話すことがまとまらずに、物事の最初から説明しようとする。そんな二人に要領が得ないと、ルリはさらに困った顔をして、そんなルリに説明しようと、ツムギも五十嵐も互いに喋ってさらに困惑する。

 私はそんを半歩後ろから見ていて、ねえ、と声を掛けると、まるでそれが鶴の一言のように三人の視線が集まって、私は思わず目を背ける。

「……ツムギがアイドル活動をやりたいって、ルリも一緒にやらないかって聞きに来た」

それだけ聞いて、そう言うことかと、ルリは落ち着きを取り戻す。ルリもここの学生だ。アイドル活動と聞いて本当の芸能のアイドルではなく、学校のアイドル部のことだと、そう察したようだ。

 するとルリは、あなたもやるの? と私に聞いてきて、私は黙って肩をすくめた。

「取りあえず場所変えない? ここじゃあ目立つでしょ」

 私はさらに提案すると、ルリは賛成だと言わんばかりに頷いた。ツムギは気づいてないだろうが、廊下はすでに落ち着ける場所ではなかった。

そのまま廊下を進んで、今度は階段に向かう。場所を移動して、階段の踊り場にて私たちは向き合った。教室や廊下よりはましと言うだけだが、あのまま廊下で話すよりかは何倍もいい。

私とツムギとルリがそれぞれが三角形を作るように向き合い、そしてこの状況を作り出した一端を担っている五十嵐は、なにかを感じ取ったのか――それとも単純に話を私たちに任せたか――どうもこの枠に入ろうとせずに、私の後ろに下がっていた。

 するとまず始めに、アイドル部のアイドル活動だったわね、とルリは今一度話を整理して、その視線をツムギに向けた。

「なに、ツムギやりたいの?」

「うん、まぁ。なんか面白そうじゃん」

 ルリの問いかけに、ツムギはまるで何も考えていないかのように答える。そんなツムギに、ルリは考えるように視線を逸らすと、少ししてその視線をツムギに戻す。

「わかったわ、ツムギがそういうなら、放っておけないし。うん、アタシは良いわよ」

 想像以上に簡単に承諾するツムギに、私のほうが驚いた。もっと何かしらのやり取りがあるのだと思っていたが、それは一体どういうつもりだったのだろうか。

 それを聞いた五十嵐が後ろでガッツポーズをしていたが、しかし誘った張本人のツムギはそうではなかった。ルリのその快諾に、あー、うん、と反応が悪い。その姿に快諾したルリも流石に眉をひそめ、不快そうに口を開く。

「なに? アタシと一緒にやりたいんでしょ?」

「そうなんだけど、んー……ルリにそういわれるの、なんかヤダ」

は? と思わず私とルリは間違いなくそう言った。

ツムギはそのまま居心地が悪そうに腕を組んでは崩して、指と指を合わせたりする。対してルリも黙っていて、口を開かない。なんでそうなのかを、ツムギの口から出るのを待つように。

その様子に五十嵐も、実は二人は仲が悪いのかと、そんなふうに感じ取ったのか慌てだす。それは喧嘩が始まってしまうからなのか、それともまたメンバー解散になってしまうとそう思ったのか、どちらにしても、いい雰囲気ではなかった。

 私は、まったく、と溜息をして、内心と冷や汗をかきながらもこの場をどうにかしようと口を開く。ツムギ、もしくは、ルリ、とそう声を掛けようとした時「なんかさ」とツムギが喋る。

「なんか違うっていうか、ルリにそんなこと言われると、疲れる感じする」

なんか変、とツムギはそう言い放った。その言葉に私は驚愕し、喋るために開けた口がそのままぽかんと閉まらなくなる。言い訳か、謝罪の言葉が出るわけでもなく、ツムギは悪びれることなくそう述べた

「……そう。わかったわ」

ルリはその言葉に腕を組み、視線を横に向ける。するとルリは考えるように目を閉じると、少しした後、大きく息を吐く。そして、やれやれ、と左右に軽く首を振って見せ、髪が揺れる。その顔は仕方がないと言わんばかりに困ったように笑っていた。

「ねえ、ツムギ。そのアイドル活動って踊ったり跳ねたりするのよね?」

「えっ、うん。多分」

「それって怪我しない? いきなり過度な運動とかすると、体を痛める原因になるし、倒れて足挫いたり、捻挫とかしたら大変なのよ?」

 そう言いだしたルリに、ツムギは、あっ、と気づいたようにくすりと笑う。そして、えーどうかな、と考えがないような、楽観的なことを言って話しがうやむやにする。

 するとツムギは私のほうを見て、ルリも私のことを見るとふっと微笑んで、あは、と笑った。

「イツキ、どう思う?」

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