いつだって私たちは   作:からくさ犬

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昔の日常、今の非日常

 慌ただしく部員が部屋を行き来して、目の前に並べられた楽器は、まさに今からバンドを始めると言わんばかりだった。

 ギター、ベース、ドラム、キーボード。その四つがアイドル部の部室に並べられ、私たちはそれに対面する。まるで待っていたと言わんばかりに存在するそれは、綺麗にされていた。

「これ、どうやって用意したの?」

 楽器一つ、安くはないはずだ。流石に部費で賄えるほど多くもらっているはずはない。五十嵐は得意げに胸を張って、フンと鼻を鳴らす。

「アイドル部の総力を結集した結果です! まあ、本当は軽音部とかに頭を下げて借りてきたものなんだけどね。後はアイドル部の自前とか、これまでの活動で使われたものだね。それでもちゃんと全部手入れしてるし、ギターとかベースとかデザインもこだわって選んできたから! 気に入ってくれたら嬉しいな」

「それで、誰がどれを弾くかは決まったの? それとも今から好きなのを選べって?」

 恐らくそれが、一番気になるところだろう。まあ、なんにしても私はどれも経験はなく、どれにしたって苦労するのは目に見えている。出来るだけ簡単で、それでいて目立たないものが良いな、とそう思っていると、えっとね、と五十嵐が指定する。

「うん、あたしとしてはギターは木色さんに担当してもらいたいなって。ベースは春坂さん」

「じぁあ、アタシはドラムかキーボードってことかしら?」

「赤羽さんは、キーボードをお願い」

「なら、指とか手首とか怪我しなさそうね。弦楽器よりは簡単そうだし、練習もし易そうでよかったわ」

 ルリは一度自分の指を見て、そしてキーボードに近づく。適当に鍵盤を叩いて、その感触を確かめるように指を動かしていた。指の怪我か、とルリの言葉に気付いて、私は自分と、そしてツムギの指を見る。

「え、じゃあこのドラム、どうするの?」

 するとツムギが残されたドラムに目をやり、シンバルを指で叩く。

「いや、元々三人しかいないんだから、一つは余るでしょ」

「そうなんだ、てっきり誰か二つするんだと思った」

 どういう状況よ、と私の頭の中でほかの楽器とドラムを一人で同時に扱う、それはもう素晴らしい演奏を繰り広げる架空の人物が浮かび上がる。ちなみにこの人物、腕が二本以上ある。

 そんな想像をしていると、五十嵐が、ごほん、と咳払いをして、小さく手を上げた。

「そのドラムは……実はあたし」

 遠慮がちに笑う五十嵐に、私とルリは互いに目配せする。

「……五十嵐、やるつもり?」

「うん、そっちの方が体裁が整うだろうし、あたしもほら、口だけってわけにはいかないかなって……立場に甘えてるってわけでもないけど、プロデューサーって言うか、あたしもメンバーとして力になりたいし……逆に邪魔かな?」

「ううん、そんなことない。やろうよ、一緒に」

 ほかの誰でもない、いの一番にツムギが声を掛け、笑いかける。その笑みに、五十嵐は驚いたような顔とともに、かっと頬を紅潮させる。その笑みから逃れるためか、その視線を私とルリに向ける。

「まあ、確かに口だけ出されてこき使われるのは腹が立つし、それでいいんじゃない」

「まったくね。そんなこと言わないで、黙って隣にいてもなにも言わないわよ」

 助けを求めるような視線を送る五十嵐にと私は言って、ルリもそれに賛成する。そんな私たちに、五十嵐は照れ臭そうに笑って、ありがとう、と礼を言う。しかし想像以上に恥ずかしいのか、へへへへ、と誤魔化すように笑い声を出して、それがまた気恥ずかしいのか、その顔を真っ赤にする。

「えっと、じゃあ皆! 取りあえず試しに楽器を構えてもらえるかな? 立ち位置とか、楽器を持った時の見た目とか知りたいから」

 話しを変えるように、五十嵐は口早に喋り、携帯電話を取り出す。さあ早くはやく、と促され、私たちは五十嵐に言われた通り、楽器がある場所に行き、それぞれ楽器を手に持つ。

 ルリはキーボードの後ろに立つと、キーボードの下から細い足が覗き、明るい髪が目を引く。私とツムギも、指定されたギターとベースを手に取って、紐を肩に通す。隣ではツムギが、へー、だとか、ふーん、だとか言葉にして、子供が新しいおもちゃを与えられたように楽しそうにギターを触っていた。

「なんかこれ、楽しい」

 すると見よう見まねで弦を指で弾き、音を出そうとするが、ちゃんとした音はならない。でもそれが面白いらしく、ぺんぺん、と弦を弾いて遊ぶツムギに、後ろから見ていたルリが怪我をするから、と小言を言った。

「じぁあ、写真撮るよ!」

 私たちの前で五十嵐は携帯電を構えて、こちらに合図をする。さっき言ったように、どういう風に見えるかを確かめたいのだろう。するとほかのアイドル部の部員が集まってきて、五十嵐の後ろから私たちを見る。腕を組んでいたり、わぁ、と言葉をこぼしたり、まるで見世物になったかのようで、私は目を背ける。

 すると後ろにいるルリがなにか動いた気配がして、肩越しに見てみれば、眼鏡を外して顔を作っていた。

 カシャ、と機械的な音がして、五十嵐はその写真を確認する。そしてニコーっと嬉しそうに笑うと、それを私たちに見せるように持って来る。

 するとモデルをしている経験からか、眼鏡を掛けなおしたルリがそれを受け取り、私たちはそれを横から覗き込む。

「上手く撮れているかしら? あら、イツキ。笑ってないじゃない?」

「そう言うルリは顔作ってる」

「綺麗でしょ?」

「……うるさい」

 返す言葉がなくて、私は負け惜しみにそう言う。流石はモデルをしているだけあって、こうしてみて、初めてルリの凄さを感じた。写真のルリは確かに綺麗で、軽くではあるがポーズも取っている。

 対して私は、確かに、写真に写る私は軽く目を逸らしたかのような写りで、手に持っているベースも力なく支えている。

「いやいや、春坂さんのこうした物憂げな表情は映えてるよ。なんて言うか、物儚げな感じがするというか、全体的に見た時にメリハリがある」

 だが五十嵐はこれがいいと、そうフォローを入れ、それがまた私は眉をひそめる。

「木色さんは……もっと、こう、笑ってもらえれば」

「えっ? 笑ってない?」

「笑ってないって言うより、こうして写真で見ると作り物って感じが強いわね。美形すぎるもの考えものね」

 簡単に言えば、写真写りが悪い。確かに綺麗だし、ピースサインをツムギは向けている。だがそれが写真越しだと変に思えて、写真じゃツムギの良さを引き出せない、そう言うことなのだろうか。

「でも、いい感じじゃない? 確か、初めてじゃない? みんなで一緒にこうして写真を撮るって」

「そうね、わざわざ写真を撮るなんて、そんな間柄じゃなかったもの。レアよ、レア」

 ルリが言うように、確かに一緒に写っている写真は初めて撮ったかもしれない。学校の行事とかで撮られたことはあるが、三人だけと言うのはない。それにいつも一緒だったから、わざわざ写真を撮るなんてことが思いつかなかったし、必要性を感じなかった。だから変な話し、この写真は人生で三人がそろって写った、初めての写真なのだろう。

 そう思うと途端にこの写真がとてもいいように思えて、それぞれの表情が意味を持っているのではないかと、そんな感じに思えて来る

「……ちゃんと笑ってる」

「え? イツキ、何か言った?」

「別に、それでボーカルはどうするの? ツムギ?」

「あ、わたし? イツキが歌わないの、上手じゃん」

「言い出したのはツムギでしょ」

「じゃあ、一緒に歌う?」

 まったく、と私が溜息を吐く。この言い出しっぺはやる気があるのか、それともないのか。歌を歌うのはツムギ一人で十分だろう。普通に喋っているだけでその声は綺麗だし、透明感があって聞き取りやすい。そこに私の声を被せるのは邪推と言うものだろう。

 あの時もツムギの声は目立っていた。昔、何かのきっかけでツムギが歌にハマった時、例外なく私はそれに付き合わされた。それは短い間ではあったが、ツムギの歌声は日を重ねるごとに上手く、綺麗になっていった。

 ただ遊ぶように歌っているだけなのに、その歌声は聞いていて心地よく、次は何を歌うのかとか、次はいつ歌うのかとか、傍から聞いていてそんなことを考える。

 そんなツムギと裏腹に、私は逆に、その綺麗な歌を邪魔しないように、低くひくくと歌っていって、何の因果か低音を上手く出せるようになったのは怪我の功名のようなものだろうか。

「えっとね、まずボーカルを決めるものそうなんだけど、作詞作曲のほうなんだけど……」

 なんにしても私が歌うなんて、とそんなことを考えていると、五十嵐がそう言って、一度口を閉じた後、笑って見せる。

「あたし、もう一度頼んでみようと思う。途中まで書いてたし、あの歌、あのままなかったことにするもの勿体ないし」

「……頼むって、元々のメンバーの?」

「うん。あの子も別に悪気があるわけじゃないし、あたしも少し意固地になってたところがあったから、もう一度よく話し合って、形にしようって思う。だから、ボーカルは少し待ってもらえる? 多分、木色さんか春坂さんのどっちか、もしくはその両方ってこともあるかもしれないけど、その時は頼めるかな?」

 はーい、とツムギは快諾して、私は否定も肯定もせずに肩をすくめる。そうならないのをただただ祈るだけだ。それともルリにベースを変わってもらうのはどうだろうか、担当する楽器が変われば、ボーカルもせずに済むだろうか。

「もちろん、木色さんたちが作りたいって言うならそれでもいいし、任せるよ! 曲の一曲や二曲、枠はあたしがなんとかする! 一日中だってステージにいられるように話しをつけるよ!」

「え、ホント? どうしよっかな」

「こっちからお断り」

 それもいいかも、と考えだすツムギに私はすかさず口を挟み、否定する。常識に考えて一日中なんて、無理に決まっている。

 ツムギもそれはわかっているようで、冗談だって、と笑うがその真意はわからない。ハッキリ言って、ツムギの冗談はわかりづらく、こっちが冗談だなと思ったことが本気だったりと判別に困る。もしかしたら言うことは全部本気で、私たちの反応を見て、冗談、といって誤魔化しているだけではないかと、そうとさえ思えた。

「でも、なんか楽しくなってきた。あ、ねえ、ルリ。なんか弾いて」

「ええ? いきなりね。なんかって……そうねー?」

 そう言ってルリはキーボードと向き合って、言われた通りに鳴らし始める。とは言っても楽譜もないもない状態でルリが弾けるものは限られているようで『猫踏んじゃった』を弾く。

 それにツムギが拍手して、じゃあ、とまたほかのことをリクエストする。段々と賑やかになっていって、ルリに合わせて弾けにないのにツムギが弦を指で弾いて、ルリも適当にキーボードを鳴らしだす。恐らく、気持ち的には即席の演奏でも始めているのだろう。その鳴らされている音はともかく、私は楽器を置き、その光景を一歩離れて見ていた。

 すると五十嵐はそんな私の横に立って、同じようにツムギたちを見る。

「ありがとうね、春坂さん」

「……なにが?」

「こうしてメンバーになってくれたこともそうだけど、あの時、春坂さんが言ってくれなかったらこうして出来てなかったと思うから……」

「言ったのは、私じゃなくてツムギでしょ。オリジナルがいいなんて、私じゃ言わかった」

 目の前では、ツムギとルリと、そしてクレハが楽しそうに楽器を触りながら喋っていた。

 あの時、ツムギが発したセリフに、それに対してのルリの反応。その光景は見たことがあると同時に、見たことが無い。でも確実に知っているものだった。

 ああやって、いつもツムギが私たちを引っ張って、私たちはそれについていく。ツムギの真っ直ぐな言葉が心地よくて、それに従えば、一緒にいればその先には何かがある気がして、期待する。昔よく見た光景と、今、こうして見ている光景は全くもって別物のはずなのだが、同じに見えて仕方がなかった。

 そんな光景を私は見ていたが、会話が不意に途切れたことに気付き、横目で五十嵐を見る。すると隣から私の顔をジッと見ていた五十嵐と目が合って、五十嵐は、あっ、と息をのんだ。

「えっと、そうなんだけど、そっちじゃなくて……そのね……」

 そこまで言って、五十嵐は俯くと首を左右に振る。

「確か、三人とも幼馴染とかだっけ? やっぱり昔から仲良かったの?」

「……まあ、そうかな。少しずつ時期は違うけど、私とツムギは保育園の頃からだから、まあ、一番付き合いが長いかな」

「じゃあ、木色さんが引っ越しちゃったとき、悲しかったでしょ。あたしもそういう経験あるんだ、幼馴染じゃなかったけど、仲の良かった子が転校しちゃって」

 悲しいよね、とそういう五十嵐に、どうだったかを今一度思い出す。

 楽しそうにしているツムギたち。そこからツムギが消えるというのは、普通は悲しいと、そう思うだろう。だが夢の中の自分は、ツムギを見送りに行ったその日、悲しんでいただろうか。

「どうだったかな……落ち着いてた覚えはあるけど、悲しんだかどうかは……」

「ええー? 流石に春坂さんも悲しかったり、寂しかったと思うよ? 幼馴染って言うか、仲良かったんでしょ? それともあれ? 喧嘩別れとかしたの?」

 喧嘩別れか。そんなことはないとは思うが、ハッキリ言って、もう覚えていない。いや、覚えていないというよりは、そういう理由だったならば、無意識のうちに忘れて、なかったことにしようとしているのかもしれない。

「そういう五十嵐は? 引っ越したその仲良かった子とは、今はどうなの?」

「今? 引っ越してからはもう連絡も取ってなし、今はどこにいるかも、なにをしてるのかもさっぱり。まあ、その子との思い出は、綺麗な思い出のままってところかな」

 懐かしむように五十嵐は笑って、そんな五十嵐に賛同の意味を込めて鼻をフッと鳴らした。

 

「そう言えばツムギ、私服はどうしているのかしら? まさか小学生の頃から変わってないっていわないでしょうね?」

「あー、変わってないかも」

「えーと?」

「……シャツにズボンってこと」

 昔のツムギの服装を知らない五十嵐が首を傾げて、私がそれを伝える。

 デパートには多くの人がいて、そして当たり前だが広い。様々なテナントが入れ乱れて、同時に──これも当たり前だが──多くの商品が並んでいる。特に何かを買うというわけでもなく、私たちはそれを見て回り、何気なく足を止めては商品を見ていた。

 アイドル活動記念にどこか行こう、とそうツムギに言われた私たちは電車とバスを乗り継いで、近場のデパートへと足を運んだ。もっと近場の喫茶店などでもよかったのだろうが、椅子に座った後のことを考えると、それは避けたかった。

「あっ」

 そう口数少なくツムギがつぶやくと、一度足を止めて、ふらふらと歩き出す。それを後ろからついていって、何か見つけたのかと覗き込む。それはワゴンに詰め込まれた、パワーストーンのブレスレットだった。

「……ツムギ、そういうの興味なかったでしょ」

「うん。でもこれ見て『三千円から一万円分を、どれも千円で』だって。お得じゃん」

 ワゴンの中には色取り取りのブレスレットが置かれていて、ポップには確かにそう書かれていた。そしてその周りには『金運』『健康運』『恋愛』などに効果があると言ううたい文句が書かれていて、カラフルに彩られていた。だがこうしてワゴンに山のように置かれているということは在庫処分か、閉店セールか。

 幸運のお守りが安売りか、とくすりと笑えて来てそれを誤魔化すように首を振る。

「それ、お得って言うんじゃなくて千円で買うって言うのよ。それに、そう言うのに頼るだけ無駄じゃない? それだけでどうにかなるなら、人生苦労しない」

 私がそうたしなめるように言うと、ルリが口を開く。

「イツキ、それリアリストを通り越して可愛くないわ。アタシは好きよ? パワーストーン。話のネタには困らないもの」

「それ、信じてないってことでしょ?」

「あら、信じているわよ? 信じてない時もあるってだけよ」

 それはなんとも都合のいい話だと、そう思っているとツムギがワゴンの中に手を入れる。そしてジャラジャラとブレスレットをかき分けて、うーん、と考えるようにしてツムギが一つ手に取る。

「なに、欲しいの?」

「いや、だって気になるじゃん。この中でどれが一万円の物かって。イツキ、わかる?」

 尋ねられて、私はくだらないと思いながらもその山をのぞき込む。ここに書いてあるポップが本当ならば、ツムギが言うように元々は一万円の値段がつけられたものがあるはずだ。だがワゴンの中ブレスレットはどれも値札が付いてなく、それがわからない。

 そのパワーストーンのブレスレットは様々で、いろんな色を使ったブレスレットや、ほとんど単色で作られたブレスレットもある。ひときわ配色が目に悪いブレスレットもあれば、補色で作られた目立つブレスレットもある。

 やはり、こういうのは金や銀と言った色に近いモノのほうが高級感があるのだろうか。高級感がある方がやはり高いのだろう。それとも逆に黒とかのほうがパワーストーン的には力が強いとかで、高価なのだろうか。

 それとも恋愛系のほうが需要的な意味で値段が高くても不思議には思わない。と言うことはピンク系だろうか? 実際パワーストーンのピンク色が恋愛運に効果があるかは知らないが。

 または大玉が使われているブレスレットか、小玉が使われているブレスレットか。

 いつの間にかに顎に指を当てて考えて、ルリも五十嵐も、皆してワゴンを取り囲む。

「見事一万の物を選んだら、なんと九千円のお得です」

「ははっ、うん、そうだね! ううん、どれだろう……?」

「じゃあ、アタシはこれにするわ! はい、じゃあこれと似ているのは選んだら駄目よ?」

「そういうルールはない」

 次に五十嵐が一つ手に取って、私も手に取る。最低でも三千円の値札がつけられていたとして、これで二千円の差額か。最終的な勝敗はその差額分、つまりは一番高い物を選んだ人の勝ちと言うことに──

「……と言うか、これどうやって元の値段調べるつもり?」

 あっ、と皆我に返ったように手に取ったブレスレットに視線を向ける。

「あー、聞いてみる? 店員に」

「どうせ買わないし、冷やかすつもりもない。ほら、もう行こう」

 それぞれブレスレットをワゴンに戻し、私たちは歩き出す。まったく、冷静に考えて小学生というか、子供っぽいというか。

「……たくっ、くだらない」

 そんな自分がバカバカしく思えて、呟く。

「えー、でも楽しかった」

「うん、なんか宝さがしみたいで、あたしも楽しかった!」

 だがそう言うとツムギがそう答えて、五十嵐が頷いて返す。本当にこの二人と言うか、ツムギと言うか、昔から好奇心が強く、気になることがあったら後先考えずに首を突っ込む。小学生の頃は、まあ、まだ子供だからと言えるが、もう高校生にもなる。年相応と言うか、それ相応の自制心を持たないのだろうか。

 私とルリがやれやれと、その後ろを付いていく。誰かが転校してしまう前はこういう形が日常的だったな、とツムギの後ろ姿を見ながら、そんなことを思い出していた。

 するとまた何かを見つけたようにツムギは口にして、指さした。

「あ、ほら、人形がある」

 それは空気を入れて膨らむ人形で、成人男性よりも大きな人形がゆらゆらと揺れていた。確かあのキャラクターは携帯電話かなにかのマスコットキャラクターで、犬だが猫だか狐だかわからないものが、ずんぐりむっくりした足で立っている。

 なぜあんなものがと思うが、その近くで携帯電話の契約プランを変えませんか、とスタッフが呼び込みをして、それ用のものだとわかる。

「写真撮ろうよ。あれと一緒に写ってさ」

「私はパス」

「アタシも流石に遠慮するわ。ほら、五十嵐さん行ってくれば?」

「え、ええっ! あたし⁈ あたしもちょっと恥ずかしいかな……えっと、皆がやるって言うなら、いいけど……」

 ツムギの提案に私たち三人は断る。まさかあの微妙な人形とツーショットを撮れと言うのだろうか。それにここは遊園地やアトラクション施設でもない、ただのデパートだ。母親に連れられた数人の子供が周りを少し囲んでいるが、それ以上の人はいない。

 流石に五十嵐も困った顔をして、そんな私たちに、ふーん、とツムギは口にすると、くすりと笑った。

「じゃあ、わたしが行く」

 そう言うとなんのためらいもなく歩いて行って、子供たちに交じって人形を囲むと、その隣に立つ。

「いえーい」

 人形と並んで、ピースサインをするツムギ。その姿はまるで、キャラクターと女優がテレビでのCMを撮っているかのようで、言わずもがな様になっている。恥ずかしげもなく、堂々としたそんな姿に思わず苦笑して、それでも様になっているツムギの姿に不思議と感心して、安心感のようなものがあった。

 ああ、変わらないな──

 自然と頬が緩むのがわかる。そんなことが、懐かしくて、嬉しくて。あーあ、とそんな自分に呆れるように首を振って、目の前にいるツムギに何気なく手を振ろうとした。

「なんか、戻って来たなぁって感じね」

 するとルリが不意に口を開く。その声は明らかに喜びが込められていて、それを隠そうとしないルリは手をぎゅっと握る。

「ツムギがいて、イツキがいて……また皆一緒にこうしていられて……アタシ、素直に嬉しいわ。なんか、思っていた以上に感動しているかもしれない」

 スンッ、と鼻を鳴らしその目に涙を浮かべたクレハは、一度涙を拭きとって言葉に詰まる。それはまるでこれまで耐えてきたものが報われたような、言いたかったことがやっと言えたような、そんな感じで、見ていてそれがどれだけ大変だったかがなんとなく伝わって来る。

「ルリ……」

 そんなルリに私はそんなルリに声を掛けようとしたが言葉が見つからず、その背中にポンと手を当てた。そんな私たちのやりとりに、五十嵐は慌てたように交互に私とルリを見て、わからないまま私と同じように五十嵐の背中に手を当てた。

 するとツムギが戻ってきて、あれ? と首を傾げる。

「えっ? ルリ、泣いてる?」

「いいえ、ないでもないわ! ちょっと、目にゴミが入ったのよ」

 ははは、と笑って誤魔化すルリに、ツムギは鵜呑みにするように、そうなんだ、と心配する素振りを見せる。

「でもそうね、ちょっと疲れたからフードコートで休憩しましょう。確かしぼりたてのジュースが売っていたはずよ」

 ルリがそう言って私たちは歩き出す。ルリが言う通り、フードコートに着くとそこの一角にフルーツのジュースが売られていた。それぞれが気になったフルーツを注文して、店員が目の前でそれを氷とともに機械に入れて、果汁を搾り取る。

 色取り取りのそれを受け取り、私たちは席に座って、買った生絞りのジュースを飲んで一息つく。チュー、と五十嵐がストローを吸って、ジュースを飲みながらその目をきょろきょろと私たちに向けていると、不意にニコリと笑う。そしてストローから口を離し、テーブルにジュースを置く。

「ふふっ……」

「ん? どうしたの、五十嵐さん」

「ううん、ただちょっと想像しちゃっただけ」

 何の脈絡のない発言に、ツムギは思わず首を傾げる。五十嵐も流石にこれでは説明不足だと思ったのか、言葉を続ける。

「ほら、三人は幼馴染なんでしょ? 昔もよくこういう風に三人で遊んでたんじゃないのかなって。凄い仲がいいなぁって」

 やっぱり昔からこの三人で遊ぶのが当たり前って感じなの? と五十嵐は気にするように尋ねる。五十嵐が恐らくそう思ったのは、先ほどルリが涙を見せたからだろう。ルリは再開のあまり泣き出してしまったのだと、それだけ嬉しかったのだと、そう想像をかきたてられたのだろう。

 その質問に私たち三人は顔を合わせて、フッと笑う。

「いいえ、それが、そうじゃいのよ。アタシたち三人と、あともう一人の四人組でよく遊んでいたのだけど、その一人って言うのがよく変わるのよ」

「変わるって、遊ぶメンバーがいっぱいいたってこと?」

 それはちょっと違うわね、とルリは小さく首を左右に振る。

「時折ツムギがどこからか連れて来るんだけど、次第に遊んでくれなくなるのよ。遊ぶって言っても、ほとんど外を駆け回って遊んでいたから、連れられて来た子が女の子だと、先に向こうがへばっちゃって、抜けていくのよ」

「女の子だと……? じゃあ、なら男の子なら?」

「男の子なら、女と遊んでいるってからかわれて、それが嫌で抜けていくの。だからアタシたち三人と、プラスもう一人って言うはある意味正しい形なのよ。あなたがいるみたいにね」

 でもあなたは、どこまで持つかしら? とルリは不敵に笑う。

「へぇ、そうなんだ。てっきり三人だけで遊んでたんだと……でもその男の子、絶対後悔してるよ。こんな美人に囲まれるのに、勿体ないなぁ」

「……だとしても、からかわれ続けて男子からのけ者にされるのも、それはそれでしょ? その子からすれば正しいモノの見方よ」

 別にその者だってほかの交流があるだろうし、私たちに無理して付き合い続ける理由もない。それにルリが言ったように、本人の意思というよりは、周りがそれを指摘するからそうなるわけだ。本人だけに非があるとは言い切れない。

 まあ、そうじゃなかったとしても、普通の女子が逃げだすようなことをしていたのは間違いない。男子だから大丈夫と言う保証はどこにもないわけで、中には単純に逃げ出す男子もいたのだろう。

 するとツムギがくすりと微笑む。

「けど、二人とも変わってない。あ、けどルリ、眼鏡かけた。それとモデルしてるんだって?」

「そ、仕事中は逆に外すから、日常的に変装いらずよ。あなたたちだって、そのうち目が悪くなって同じように眼鏡を掛けるのよ」

「コンタクト、付けないんだ?」

「撮影時で十分よ。そもそも目に何かを入れるなんて危険じゃないかしら、眼鏡で十分だわ」

 ふん、と鼻を鳴らしてルリは見せつけるように眼鏡に手を掛けて、自身のジュースに口をつける。キウイフルーツを絞った、薄緑のジュースがストローを通る。

「そう言えば、ツムギは今どこに住んでるの? 元の家?」

「えっと、おばあちゃんの家。だから元住んでた家よりも、ちょっと遠くになった」

「ああ、あっちの方」

「そう、あっちの方。ふふっ、お母さんとおばあちゃんの三人暮らし」

 私の問いに、くるくると刺さっているストローを回して、ツムギはジュースをかき混ぜる。するとそれを聞いた五十嵐が考えるように視線を上に向けて、何気なく口にする。

「三人暮らしってことは……」

「うん、母子家庭」

「あ、ごめん……無神経だったね……」

 五十嵐は申し訳なさそうに頬を掻いて、話しを変えるようにすぐに次の話題を用意する。

「えっと、じゃあ木色さんは中学の時、どうしてたの?」

「わたし? えー……」

「木色さんほどの美人なら、男子に告白されたとか、女子に言い寄られたとか、そういう浮ついた話しってやっぱりあったりするのかなって? あ、もしかしてもう恋人がいたりするの⁈」

 そう聞かれて、ツムギは考えるように軽く上を向いて、んー、と半開きになっている口から漏れ出る。

 ツムギほどの美少女だ、そういった相手は引く手あまただろう。とは言ってもそれが必ずも良いこととは限らないし、こればかりはツムギの好みもある。だがそれだけ相手が多ければ、中には良縁だと言える相手が現れる可能性もあるだろう。

 引っ越しした後の、ツムギの生活か。確かにそれは気になるところではあるし、同時に踏み込んではいけないような、そんな感じがして私は口にはしなかった。だから私は横目でツムギを見て、その口で何を語るかを待った。

「えー? なかったかな。なんか、興味なかったし。それに、わたしモテないから」

 ジュースに手が伸びて、私は乾いた喉を潤す。甘酸っぱい味と、氷の粒が口の中で広がって、それを喉に通した。

 ツムギの言葉に五十嵐は、そんなことないよ、と謙遜だと笑う。それに対してツムギは、本当だって、と笑って、じゃあ、と口にする。

「じゃあ、皆は? 恋人」

「言わずもがなあたしは全然。欲しいんだけどなぁ、出会いがないというか、チャンスがあれば、あたしだって……!」

 五十嵐はぐっと見せるように拳を作って、それを震わせる。五十嵐の言うチャンスというのがなんなのかは想像に難くない。が、恐らくはそのチャンスでは恋人はできないだろう。

「五十嵐が言うチャンスって、無条件でイケメンが告白してきて、断っても、どうしてもって泣き付かれることでしょ? まあ、そんなチャンスがあれば確かに恋人ができるでしょうね」

 私がそう言うと、うぐぅ、と五十嵐は唸って、そんなこと、と否定しながら腕を組み、考え込む。そしてそれ以上のことは言わず、ふっと目を逸らして、すねたように飲み物に手を付けた。

「アタシもいないわね。自分で言うのもあれだけど、好みにうるさいから」

「そうなんだ。じゃあ、イツキは? いるの? 恋人」

「さあね、興味ない……恋とか愛とか、子供っぽくて」

 そう言って私はそれ以上言うことはないと、飲み物に手を出す。すると、ふうん、ルリが口にして、その後にニヤリと笑う。

「あら酷いわ、じゃあアタシと付き合っていたのは遊びだったのかしら?」

 突然不敵に笑うルリの発言に、始めにその隣に座っていた五十嵐がブッと噴き出した。そしてゴホゴホとせき込んで、ルリは苦笑いしながらハンカチを手渡す。

 私の隣のツムギは、そうなんだ、とでも言いたげに私をジッと見る。私は一度、はぁ、とため息を吐く。

「ルリ」

「ごめんごめん、からかっただけよ。あるでしょう? いつものメンバーでからかい合うのが普通になっていること。こんなにも驚かれるとは思わなかったのよ」

 私が声を掛けると、ルリは肩をすくめる。そして、謝りながらそう言って、ルリは五十嵐から礼を言われながら、ハンカチを返される。

 するとツムギは考えるように視線を上に向けて、つまり、と人差し指をピンと立てた。

「えっと、じゃあイツキいないんだ、恋人」

「……それが?」

「意外だなって。なんか……イツキのことだから、恋人の二人や三人、いると思ってた。作らないんだ、恋人」

 不思議そうに首を傾げるツムギに、私は静かに眉をひそめる。

 複数なのが確定事項なのは、褒められているのか、貶されているのか。いや、ツムギのことだから誉め言葉として使っているのだとは思う、他人を貶すと言うこととは無縁の存在だった。だとしても、少し言い方に問題がある気がするが。

 だが、それは小学生の頃の話だ。まさか自分も恋人がいないのにかかわらず、からかってくるなんてことはしないだろう。それとも本当はいる、なんて性格の悪いことを言うのだろうか。

「それは希望に添えず残念。でも人のこと言う暇があったら、ツムギはどうなの? こうして転校したんだから心機一転、恋人の一人作ったら?」

 そんなことを言われないように、ツムギの口から次の言葉が出るよりも先に喋り、私は尋ねる。そんなことしなくても出ないことはわかりきっていたが、話題を変えるためにも、私は口にした。

 するとツムギは、うん、とまた考えるように視線を上にあげて、少ししてその眼を私に向けた。

「えー、じゃあ付き合おうよ、わたしたち」

 不意にそう言って、ツムギはテーブルに寄りかかるように両肘を置く。

「わたしとイツキ、お互い恋人いないし。わたし、イツキのこと好きだし」

 どう? と首を傾げるツムギを私は見る。短い髪が揺れ動いて、虚空の眼が私を写す。私はそんな綺麗で整えられた顔を見て、なにそれ、と言葉をこぼしながらフッと鼻を鳴らした。

「──私は嫌いよ」

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