空挺ウィッチは今日も辛い   作:黒助さん

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すっ

いろいろ遅くなりました……


第十ニ話

 シャロン少尉が叫ぶ中、私達はシールドを展開してビームを防ぐ土嚢となっていた。一撃一撃が重たく、先程よりも体が重たく感じる。

 大尉の姿が見えない今、頼りになるのはもはやシャロン少尉しかいなかった。第一小隊とカールスラント降下猟兵ウィッチとの連携により、この場を均衡に保つことができたが、如何せん突破口が見つからない。

 このままだとジリ貧だ。シールドが破損したところでは悲惨な状況が待っている。私は胸の鼓動が嫌に早くなるのがわかった。やだ。いやだ。死にたくない。目の前に映るビームの熱波がチリチリと肌を焼き、明確な殺意を見せている。気を緩めばこれが体に穴を開けるのだ。背中をムカデが伝うような気持ちの悪さを感じるよ。たぶん、これが死神の鎌なのだろう。

 

「……ぐっ! どうしてタイガー級が……!」

 

 抑えてる数名がそう呟くと、そこを薙ぎ払うようにビームが飛んできた。タイガー級ネウロイだ。その攻撃にシールドは弾け飛び、衝撃で飛ばされたその肢体が地面に何度も叩き落とされるように転がった。無事では済まないだろう。何本かの骨が折れていると思われる。

 それを見たシャロン少尉は、カールスラント降下猟兵ウィッチの隊長とおぼしき人物と会話をすると、こう叫んだ。

 

「一時退却! 第二小隊を殿に、降下猟兵ウィッチが時間を稼ぐわ! 戻って部隊を再編する! 急げ!」

 

 その言葉に皆が反応すると、行動は早かった。流石1度目の降下を済ませた人たちは素早く動き、他の子たちを牽引する。だが、それはつまり。

 

「シャーロット大尉をおいていくの……?」

 

 私の呟きはシャロン少尉、ルイーズ小隊長の命令にかき消された。なぜその決断をしたのだろう。答えはしかしこの光景をもって明白である。だがその答えは残酷とも言えた。

 ビームの勢いは止まらず、吹き飛ばされるウィッチもいれば消し飛んだウィッチもいた。その惨状を目の当たりにした私は精神的におかしくなったようで、さも当たり前のようにビームを受け止め続けていた。次は自身がそうなるかもしれないというのに。

 

「くっ! 第二小隊! 後退せよ!」

「もう十分だ! 退却! 退却!」

 

 ルイーズ少尉の命により、私達はその場からジリジリと後退する。降下猟兵ウィッチたちが変わりに私達の前へと出ていくが、彼女たちはその場から動かず、ただただ防衛の為に前線に展開して応戦した。もはや太刀打ちできず目に見える敗走に、しかし勇気を持って殿を務めるのだ。

 

「こ、降下猟兵ウィッチたちは?」

「見るなっ!」

 

 彼女らに背を向けて私達は走った。隣でそう心配事を呟いたマリーに、ルイーズ少尉がそう叫ぶ。きっと、後ろでは壮絶な死や、戦いが繰り広げられている。悲鳴が遠くで上がっているはずなのに、それが耳元で挙げられたように五月蝿い。隣で走る彼女は、青ざめた表情で銃を何度も、何度も確認して走っていた。

 

「転けるわよ、マリー」

「わ、わかってるわよ!」

 

 私の指摘に激高するマリー。しかし、その目には涙が浮かび、恐怖に染まった表情をしていた。分かるわ。感情がぐちゃぐちゃになってしまったのでしょう? そう言いかけて私はやめる。同感? 違うだろうに。私も確かに壊れてる。私は逆に冷静で、ただ当たり前のようにこのことを受け止めていた。凄惨な現状に、何も感じないなんて。これが普通なんだと理解するなんて。そんなの、私も感情が壊れてしまったからに決まってるでしょう?

 私はそれから何も言わなかった。ただ、後ろから聞こえる残痕を無視して走り続けた。もはやその目に何も映らなかった。

 

「この部隊始まってから、初めての敗走がこれか……!」

 

 誰かの悔しい声だけ、私の耳に通ったのだった。

 

 

 

 

 

 それから少し南下し、 に防衛陣地を早急に設営すると、私達は横に展開しつつ休息する。燃料や木材を焚べた小さな灯火が揺らめき、辺りを照らすが、すっかり日が落ちる頃には、その明かりすら心細く感じた。周囲を警戒して代わり番で私達はネウロイの奇襲に備えるも、何人かは眠れなかったようだった。少なくとも、そこには私も含まれていた。

 

「……」

 

 手が。

 手が震えるのだ。

 自分を抱くようにして毛布に包まるも、やけにうるさく感じるパチパチという火花の散る音。……だけでなく、何か、何か物凄く低い音。鼓動が早くなり、きっとその鼓動が鼓膜を小さく揺らしているからなのだろう。けれど、どうにもそれが、私の心に闇として巣食う。閉じた目が闇を映し、より研ぎ澄まされた聴覚が不安を捉える。目を開いてあたりを見回すと、寝ている子が沢山いた。それが安心感をもたらすものの、つまりは目を閉じて眠ることができないと語っていた。

 

「どうした?」

「ルイーズ少尉……」

 

 すると、私の前でしゃがみこむルイーズ少尉。髪を耳にかける姿は、揺れる小さな明かりも相まって、少し色っぽさがある。それはどことなく安心感があった。

 

「私、私は……」

 

 大丈夫です、と続けようとしたが、どうにもその一言が口から出てこなかった。その理由はきっと、この音が耳から離れないからだろう。低い音。これは一体、何なのだろう。

 

「大丈夫だ。みんな最初はそんな感じだよ。前のノルマンディーは地獄だった。歩けば死体が転がっている。本当に地獄だったんだよ」

「……」

 

 紙面にも飾ってた勝利と代償。何処か別の世界のように感じていたが、この言葉には説得力があった。

 

「ある時は唐突に隣の人が倒れて、長い長い距離を歩かされて……夜には遠くの戦闘音が子守唄で……常に緊張感があったせいで皆おかしくなっていった……」

「……それは、何も感じなくなるってことですか?」

「慣れちゃうんだよ。死や爆音、銃声に泥まみれグチャグチャな状態に。そして、どこかで死んだ仲間の声を聞く……」

「……ぁ」

 

 その時ふと、分かった。分かってしまった。この耳に離れぬ音は、彼女の声なのだ。目の前で散った、ミリアと呼ばれた女の子の断末魔。血の吹き出る様。消えていく心臓の音……。途端に気持ち悪くなった私は息を荒らげる。フーッフーッと落ち着きを取り戻そうとする私に、ルイーズ少尉は話を続けた。

 

「でも、良かったこともある」

「……え?」

 

 私の肩を抱いた彼女は、ギュッと力を込めた。震えるその手は、見てきた死の重さが故だろうか。その割には言葉がおかしくないか? 良かったこともある? どこが良いのだろうか。

 

「お前たちに出会えたことだよ。私は元来寂しがりやでな……」

 

 そう語る彼女の表情はわからない。だが、その声音は優しさに満ちていた。

 

「皆、生まれは違うのに可愛いし、変わった考え方を持ってれば、大雑把だったり。厳しい子もいれば日和見な子もいたり。皆違うけど、でも私達は同じ時間をともにした。すべて、良い思い出だよ」

 

 何も言えないでいるが、そんなことは分かっていたとも。私は、彼女を抱きしめ返していた。

 

「私は……私は、極限の地を求めてました……でも、こんな……こんな恐ろしいものとは思わなかった……」

「……」

「華々しい戦果もなく、映画にもなるような活躍もせず、ただ地面に埋まるのなんて……」

 

 自然と流れる涙に、私は正気を取り戻した気がしてホッとしていた。おかしいのだ、何も思わないなんて。気づかないだけで傷は多くついているのだ。

 それを黙って抱きしめて、そっと背を撫でてくれる。隊長としての責任感か、あるいはなにか別の思いがあるのかは定かではないが、二人して抱きしめあっていた。ただただ、そうしていた。

 

「分かるよ……私もそのくちさ。どんな活躍をするんだろうと胸踊らせていた頃がずいぶん懐かしいよ。つい数ヶ月前だというのに」

 

 どこか、遠い国の話のように声が重くなる。だが、彼女はふっと笑うと、それまでの話と違う明るい話をし始めた。

 

「最初の頃は皆一致団結というのかな、訓練で1つになった気がしてた。船の上でのパーティも楽しかったし、戦いを知らなかった頃を思うと、本当に幸せだったよ」

 

 懐かしさに目を細めてしまう彼女は、本当に、眩しそうなものを眺めるような表情をしていた。

 

「暗闇の中を降下して、みんな散り散りになった。居なくなったやつもいたけど、会えたときは本当に嬉しくてさ。それからの活躍は皆凄くて、一つの家族のように仲が良くなったものさ。……特にシャーロット大尉は姉のように感じていたよ……心が強くて、誰よりも先を立って……」

 

 そう言うと、彼女の表情が曇った。

 シャーロット大尉については皆がみんなそう思っている。だからこそ、あそこで攻撃を受けた際の光景は信じられなかった。それは皆同じなのだろう。抱きしめる力が少しだけ強く感じた。

 

「さ、もう早く眠りな。明日も早いよ」

「隊長の救出作戦、ですもんね」

 

 その抱きしめられた暖かさを持って、私は少しだけ安心して眠ることができるのだった。

 

 

 

 翌日、本隊を再編し出撃準備をしていると、向こうの方から声が聞こえてきて、他のみんなが集まっているのが見えた。私もその一部の野次馬となってその話題の中心を見やる。

 

「よく、無事に帰ってきたわ」

「総勢18名、降下猟兵ウィッチ、帰還いたしました」

 

 たったの、たったの18人。最初の頃はもう少しいたはずの人数がそれしか残らなかった。皆顔面蒼白で疲労が見える体を引きずって帰ってきたのだ。あまりの壮絶さにぐっと息が詰まる。

 中には、両肩を支えられている子が力なく頭を垂れており、マルギットが脈を確かめると首を横に振った。たったの18名がたったの17名になったのだった。

 

「これだけか……」

 

 ボソリと呟いたのはルイーズ少尉だった。なんて壮絶な戦いだったのだろう。そこに大尉の姿がないのが、もはや答えのような気がしてより一層体が重く感じた。

 

「……シャーロット大尉の姿はあった?」

「……いや、見ていない」

 

 シャロン少尉も奥歯をギリギリと噛み締めたような苛立ちが、薄っすらと見える中そう質問をする。だが、回答は見ていないの一点張りだった。

 

「……ということは、誰も死体は見てないのね」

「ちょっとした希望は見えたってことかな」

 

 シャロン少尉のつぶやきに がそう言うと、ふっと彼女は笑って「パンドラの箱かも」と機上に振る舞った。

 そうしてしばらく、カールスラントの降下猟兵ウィッチたちを労い、迎え入れると私達は立ち上がった。このあとの地獄を思うと足がガクガクするのを覚えている。行きたくない。この先を思うと目を全力で閉じて、耳を塞いで縮こまっていたい。

 だが、私は立ち上がった。形振りなんてかまってられずに。

 

「さてと。じゃあ再編した部隊で大尉を救出に向かうわよ! 全員私に続け!」

 

 そしてその声の音に惹かれて、私達は前線へと躍り出るのだった。




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