暗い。
闇夜の中、私達は彷徨う。
だが、普段の夜とは違い、遠くでは閃光と爆発音が聞こえる。
でも、遠くからだけではない。
私の周りにも闇夜に紛れ、対空砲火を放つ奴がいた。
しかし、厄介な事に対空砲火だけではなく、銃撃もしてくるのだ。
私は身を屈め、姿勢を低く保ちながら、走る。
奴らの名はネウロイ。
私の、私達のーーー敵である。
chapter3: お前達は何だ
深夜を迎え、遂に作戦は開始された。私達の降下目標まで、あと少しである。といっても、輸送機にある小窓からでは良く分からないので、ただの勘である。雲を幾つか超え、そろそろ地表面が見えて来る筈なのだ。
窓から見えるのは、雲と他の輸送機、そしてウィッチである。もしも、を考えてなのか、対地攻撃をするためなのか、良く分からない。私は、気にしない事にした。何故かと言えば、今の感覚がとても好きであるからだ。
今、私は飛んでいる。輸送機に乗ってではあるが、飛んでいる感じはそのままだ。私は飛ぶのはまだか?と期待を込めていた。
そして、雲が晴れ、次第に地面が見えてきた。
ーーーと、同時に激しい閃光と爆発音がする。
「……!?」
解っていた。ネウロイの攻撃はあるということは。だが、ウィッチも居るのだ。そう簡単には落とされない筈である。
小窓から外を見た。
「!? ……嘘でしょ?」
飛行型ネウロイ。それとの対戦により、ウィッチ達の援護が消えた。他のウィッチ達も、対地爆撃に降りていった。
光は一定の間隔を開け、空を割っていく。遠くであったり、近くであったり。まるで、雨である。それも、天から地面にではなく、地面から天に。
そして、それらは近くの輸送機の翼に着弾した。爆発、炎上を起こし、どんどん高度は下がっていく。
やがて、大きな爆発と共にその機体は散った。確実に、陸戦ウィッチ達もだ。背筋に冷たい物が伝う。
ゾッとしたのだ。
「そ、そんな……!?」
私の隣の子が、突然震えだした。貧乏揺すりを止められず、膝の上に拳を乗せ、「まだなの?」と小声で何度も何度も呟いていた。私は、そのギュッと固く握った拳に手を乗せ、優しく包む。すると、その子の震えは収まり、こちらを見た。
「大丈夫。私達は無事に降りれる」
そう言って、私はまた小窓から外の様子をうかがう。包み込んだ手からは震えは伝わってこなかった。
外の様子は相変わらず怖ろしい状況である。少し上方にいた機体に着弾し、大きく炎上しだしていた。
そして、その機体から、燃えながら飛びだす空挺ウィッチの姿が見えた。必死に手で火を払い、何かを叫びながら落ちていく、その姿を。
「!? う、ぁぅ……ぅ」
見ていられなかった。こんな、こんな地獄が私の望んでいた事なのか? いや、ちがう。こんなもの、私は望んでなんかいない!
またも、爆発音が聴こえた。先程の機体が2つに折れたのだ。そして、そのまま落ちていった。私は、只々ランプが青く光るのを待つしか無い。
そして、私達の機体のランプが赤く点灯した。私の隣が叫ぶ。
「ランプ点灯、立て!」
みんなが一斉に立つ。私も立つと出口が見えた。そこからの外の様子も、ネウロイのビーム砲撃と、それに直撃して落ちていく、輸送機とウィッチの最期しかなかった。
……あの空は、何処へ行った?
「まだなの!?」
「死にたくはないの! 早く!」
後ろから二人がそう叫ぶ。だが、誰も応えはしないし、誰も耳を貸しはしない。早く出れば沼に落ち、遅く出れば海に落ちるからだ。
要はタイミングが大切なのだ。彼女達もそれは理解しているだろう。が、この状況の中で正気を保てるか?と問われると、私は首を振るだろう。
しかし、私は冷静なままでいた。その事実自体が正気の沙汰ではないのかも知れないが、逆に不その叫びで不思議と冷静にいられたのだ。
そして、ほんの少し待った時、遂に私たちの機体にも着弾した。
「ぎゃあっ!」
「いやぁぁあああ!!」
出口が2つに増えた。機体の胴体を抉ったネウロイのビームは、そのまま雲を裂き、空に消える。私達は空に晒された状態であった。
丁度、そこに立っていた者はおらず、皆はギリギリ回避できていた。
高度が下がる。抉られたところは燃えている。絶体絶命であった。
しかし、タイミングよくランプが蒼く点灯した。
「GOGOGO!飛べぇ!!」
「飛べない奴は置いて行くわ!来なさい!」
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と、叫んで飛ぼうとした前の兵士に合わせて、私も叫ぶ。が、前の兵士が飛ぼうとする瞬間に、出口をビームが掠った。と同時にランプはパーンという音と共に機能しなくなった。
前にいた子は後ろに飛ぶ。そして、そのまま壁にぶつかり、機内が揺れた。
だが、気にしている暇はなく、私は拉げた出口から飛び出した。そして、背筋が凍った。
「え、あ、いや、いやぁぁあああ!!」
ーーー墜ちる。
あの時の感覚。急に魔力が足らなくなり、堕ちていく……あの悍ましい浮遊感。私が感じたのは、それであった。
いや! 落ちたくない! そう思った時、バッと純白の翼が広がった。先程よりスピードは落ち、だんだん失速していく。
私は、感動した。最初こそ落ち着かなかったが。今は落ち着いて、逆に感動している自分がいたのだ。
「……ふ……ふふ……!?」
でも、それは直ぐに絶望に変わった。ネウロイの集中砲火によって、降下傘が破られたり、予備傘が絡まり、スピードを上げながら落ちていく者が見えたからだ。
私は、空を見た。パラシュートでよくは見えないが、星と、煙と、輸送機と、ネウロイのビームで、混沌としていた。
「これが、私の望んだ空……か……」
呟いて、やっと私は気づいた。
私の望みは、叶いはしない……と。
[newpage]
気がついたら、私の望んだ時間は過ぎていた。そろそろ地面が近くなる。私は着地の姿勢をとった。
もう、私に名残惜しいという気持ちは無かった。いや、寧ろもう勘弁願いたいと思うほどだ。
そして、私は着地した。全身を使って、なんとか衝撃を和らげる。ふと、地面から空を見上げた。自分の望んだ空は、相変わらず黒ずんで、私の望みを、全てを否定していた。
私は、その後すぐにパラシュートを適当な形に畳んだ。 そして、やっと現実に戻った。
辺りはビームの閃光によって照らされる。見を低くかがめ、装備を確認する。
「……うそ……くっ」
しかし、武器の類が殆どなくなっていた。どうやら、降下した際に衝撃で外れたのだろう。私は何とか落ちていたM1911A1ピストルを拾い、構える。チュン、チュンと小さなビームがいろんな所から飛んで来ていた。
「……ど、どこから……!?」
移動を開始し、直ぐに何かが落ちてきた。それは、バラシュートからウィッチである事が分かる。
……そう、ウィッチであったが、片腕が欠損していた。そして、倒れたままグッタリとしている。私は駆け寄って、安否を確認するが
「……くっ……し、死んでる……」
もう、瞳孔も開き、手遅れであった。よく見ると、体にも大きな穴が開いていたのだ。
吐きそうになる。が、吐くにも吐けないのが現状であった。
動かなければ、死ぬのだ。
私は、前に見た映画のウィッチたちを思い出す。空を駆け回り、敵を殲滅していくあのウィッチ達を。
ここは……全く、違った。
あの華やかさは無い。
あの無敵さは無い。
あの自由さは無い。
ここには全て無かった。いや、あったと言うべきか。
ここには戦争の全てがあったのだ。
私は、その子の瞼を閉じさせ、装備を頂くと、近くにあった林に向かう。途中、他の仲間とも合流したが、直ぐにビームが頭を貫通した。
私は駆け寄ることもせず、只々無我夢中に林を目指したのであった。
動かなければ死ぬ。
動かなければ、死ぬのだ。
林の中へ無事に入ると、ガーランドを下ろし、身を屈めて進む。
すると、後ろから声が聞こえてきた。
「……中尉?」
「っ! ……カルステン軍曹?」
「は、はい」
振り向くと、チョコをくれたカルステンがいた。彼女は私に会えたことが嬉しいのか、笑顔で返事をする。私は反射的に構えたガーランドを下ろし、短い溜息をした。
「他に誰かいた?」
「い、いえ……誰にも会えませんでした」
カルステンの使い魔の耳が、しゅんと垂れる。表情もどこか怖がっていた。どうやら、戦死したのを見たのだろう。
私は彼女の手をゆっくり握り、笑顔で言う。
「大丈夫。ついて来なさい」
そう言った後、彼女は少しぽかんとし、「はい」と安心したような返事をした。
私は手を離し、彼女より前に出る。なるべく体を出さないようにして、周りの状況を確認した。 すると、前方に二人の人影が見えた。
私はカルステンに「合流するわね?」と言う。カルステンも準備出来ていたようで、親指を立てた拳を突き出した。
私はそれを確認すると、腕を伸ばして、頭上から人影に向けて下ろす。と同時に私達は合流しようと走った。
「ねぇ、あなた達!」
「! だ、誰!」
「私は第1大隊A中隊クローディア。中尉よ」
そう言うとこの二人もふぅ、と短い溜息をする。
「私は第86師団ダイアン・ウォーカー軍曹です」
「同じく、イーディス・ケリー二等兵です」
「分かったわ。貴女達もついて来なさい」
私がそう言うと、2人共コクリと頷いた。
「ねぇ、誰かライト持ってる?」
「私が持っています」
そう聞くとカルステンが自分の装備からライトを取り出した。私はコンパスと地図を取り出し、つけようとする。そこで、ふと辺りを確認した。道があり、遠くの空では絶え間なくあの忌々しい光が伸びている。……近いか?
私はイーディスに何か覆うものを頼み、早急に手にする。バッと頭から被り、ライトをつけた。位置は……おそらく、オードゥヴィル= ラ=ユベール。ここらに降下したようだ。
確認した私はすぐにライトを消し、被った羽織りを返して立ち上がった。
「ありがとう、助かったわ。早いところ、目標を抑えなきゃ……」
「目標って?」
「ユタ・ビーチよ。あそこを確保しないと男たちと他陸戦ウィッチ達が上陸できないでしょ?」
「ですね……」
「でもまず、その場所の付近であるサント=マリー= デュ=モンへ目指すわ。歩かなきゃ」
私はそう言って歩き出し、皆も各々頷いてゆっくりとついてきてくれた。そして道の脇を歩いて少し、遠くで何かが動いたのが見えた。
「……!」
私は姿勢を低くし、手を上げた。みんなも姿勢を低くして止まる。
ネウロイのビームと足音が聞こえるのだ。それも、すぐ近くのトンネルから。
私は腕を上げ、手のひらを前に向けて弧を描く。そして、その腕と手でトンネルの出入り口付近を指し示した。
そして 私は、準備は良い?と聞く。皆はコクリと頷き、親指を立てた拳を突き出した。 私は腕を伸ばして、頭上から出入り口に向かって下ろす。
3人はすぐさま動いた。出入り口付近の壁に張り付き、様子をうかがう。すると、先頭にいたケリー二等兵が腕を水平より少し高く上げ、手のひらを前に向けて頭上で数回振った。注意の合図だ。
私もすぐに合流すると、ケリー二等兵と先頭を代わる。そして、念のためにもう一度様子を伺った。
確かにネウロイだ。こちらに向かってきている。しかし、一体だけでしかいない。
私はその速度から、どのタイミングで出入り口から出てくるか考え、皆に向けて腕を差し出し、水平より少し高く上げ、手のひらを向ける。
皆はM1ガーランドやM1928トンプソンを構え、準備した。私はタイミングを頭の中で秒読みする。5…4…3…2…1…
そして、丁度ネウロイの胴体が姿を現した。
私は、手のひらを下に向け、腕を体の前に伸ばしたまま、水平に大きく数回動かした。
瞬間、銃声が響く。魔力を込めた銃弾はネウロイの装甲を抉り、削っていく。
だが、ネウロイもそれに気づき、砲塔をこちらに向けた。そして、ビームを放つ。私は瞬時にシールドを張った。が、その一発だけでシールドは破壊された。そして、壁に張り付き攻撃する。が、砲塔がこちらを向いた。
「くっ!!」
殺られる。
と思った時だった。ネウロイのコアが露出した。そう、やはり奇襲した私達の方が少し早かったのだ。しかし、ネウロイは一矢報いたかったのか、ビームを放った。
そのビームは私の真横へ消えた。
そしてコアに銃弾が当たり、ネウロイは崩れた。私達の勝利だ。
「やった、やったぁ!」
これが、初めて指揮し、初めてネウロイを仕留めた瞬間である。
思わずなのか、ダイアン軍曹がそう叫んだ後、はっとして口に手を当てた。
だが、私は素直には喜べないでいた。今回は運良くコアに近い場所を、魔力のあるダイアン軍曹とケリー二等兵が魔力を込めた弾で撃ったからなのが強い。私達の部隊は魔力が低い者が多いのだ。だから、危惧していた。
私達、A中隊だけであったら、勝てるのか?私の頬を、冷や汗が伝った。
また、空が光る。まるで、雷が落ちたような轟音と共に、まだ飛んでいたC-47は鉄屑と化した。それは爆破し、終わりを迎えている花火の様に落ちていく。
だが、私達にできることはなく、只々その光景を眺めるしか無かった。
「中尉、ここに居られましたか」
他の3人とは違う方向から、幾つかの足音と、聞き覚えのある声が聞こえた。
「シャロン少尉、無事だったのね……」
安堵の声と共に、溜息が出たのがわかる。だが、私の心配事の一つが解決したのだから、するのは誰でも分かるはず。
シャロンも同じだったのか、ホッとため息を吐いた。
「敬語、やめても良いわね?」
「堅苦しそうだし、別にいいわ」
「ありがとう」
シャロンは微笑みを作り、そう言った。が……その笑顔は、少しだけ引き攣っている様に見えた。
気のせいかも知れない。そう思ってはいたが、原因が分かる以上、気のせいとも思えなかった。
私は、シャロンに話しかける。
「大丈夫? だいぶ疲れてるように思うのだけれど……」
「大丈夫、大丈夫……っていうことにしてて」
やはり、大丈夫では無いようだ。しかし、大丈夫だと言い聞かせなければ、今にも逃げ出したくなるような状況だ。仕方がない。
取り敢えず、その事については置いておき、シャロンにくっついて来た子たちの名前を聞くことにした。
「じゃあ、他の皆……紹介して」
「え、えっと、私はシャルロット・レイゲルです。階級は伍長です」
「私はレイチェル・マクファーレンです。階級は軍曹です」
「…………」
シャロンも3人連れてきていた。一人目は顔色が優れない、可愛い子だった。青ざめて、それでも我慢している様に見える。
2人目は凛々しい子だった。でも、手が震えているのを上手く隠せていないでいる。平然を装うには、色んなものを見すぎた様だ。
3人目は、黙りこくっていた。暗い性格の様に見える黒髪は、黒目と合わさり、扶桑人であることを証明していた。
そして、2人に励まされ、その子はやっと口を開いた。
「私は……片山 千鶴(かたやま ちずる)……です……階級は軍曹……です」
「私の小隊の子ね」
シャロンが補足をした。そうか、片山軍曹は私の部下でもあるのか。
シャロン以外の隊員に会えて、少し嬉しくなる。だが、本当に少しだけ。彼女の身体が震えているからだ。だから、嬉しいより、心配なのが大きい。
「大丈夫よ。心配しなくていいわ……」
そう言って、私は3人の頭を撫でた。一瞬、何をされたのか分からない様な顔をした。そして、やっと3人は安堵した。
「ロッティー、これからどうするの?」
「取り敢えず、合流ポイントまで歩くわ」
そう言いながら、シャロンが取り出した地図を受け取り、確認した。
「そこまで行けば、大隊本部があるはず。そこで、貴女達も仲間と合流できるわね」
私はそう言って、微笑んでみせた。すると、彼女達の顔も明るくなる。勿論、私に付いてきた子達も含まれていた。だから、と私は続ける。
「だから、頑張ろう。私達は、生きて帰るの。その為に、先ずは合流しましょう」
『了解!』
皆が敬礼をする。私はそれを気にせず、シャロンの横を通る。と同時に、シャロンの肩を軽く叩き、小声で呟いた。
「大丈夫」
そして、私達は進み始めた。
[newpage]
「皆ぁ! うわあぁぁぁ……」
「ちょっと、ケリー!」
無事に、私達は合流地点に辿り着いた。だが、ケリー二等兵の様に嬉しい顔をする者は少ない。どこの部隊の者も、俯いてグッタリとしていた。
ケリー二等兵とウォーカー軍曹はすぐに自分の部隊の子を見つけた。 だが、マクファーレン軍曹らの部隊は見当たらなかった。私達の部隊も見当たらない。
「み、見当らないわね」
「きっと見つかるわよ」
レイゲル伍長が弱々しく呟いた。それに私は答える。でも、その言葉は同時に、私自身に言い聞かせていた。
大丈夫。私の部隊はあんなに過酷な訓練を乗り越えたのよ?皆、そんなにすぐ、やられるような子たちじゃない。そうでしょう?私。
「あっ! 可憐!」
マクファーレン軍曹はそう言うと、駆け足でそちらに向かう。
「見つかったのね」
「はい! ここから師団の合流ポイントへ向かうのですね?」
「ええ、そうよ。私達も合流できたら、すぐに出発するわ」
そう微笑んで答える。すると、マクファーレン軍曹もまた、笑顔でこう言った。
「ありがとうございました!」
「今度、また会うために……生きて」
「はい!」
そう言って、私は彼女達とは違う方向へと向かった。ここでないなら、あっちだ。もう少しで、会えるわね……皆。
「可憐! 良かったぁ。無事だったのね」
私はそう言って、可憐・シルヴァの傍による。レイゲル伍長は他の子達を心配して、そちらの方へ向かうことにしたようだ。
可憐は自慢の黒髪を指でくるくると巻いたりして遊んでいた。
「レイチェル……貴女は生きてたのね……」
私はその声音に恐怖を覚え、体がビクリと震えた。可憐の目に光は無かった。表情も微笑んではいるが、元気が無い。遊んでいる指は、よく見ると震えていた。
私は、思わず一歩後ずさった。可憐は誰にでも明るく接する子だ。だけど、いつもの可憐はここには居なかった。
「……貴女はって……あ、ラミカが見当たらないのだけど? あの子はすぐ迷子になるから、しんぱ」
「死んだわ」
「ーーーえ?」
目を逸らして可憐は言った。その表情は髪に隠れて見えないため、分からない。だけど、頬を伝う涙が事実であることを語っていた。
「マカは?」
「あそこよ」
指差す方向にあったのは、人1人ぐらいの大きさの袋だ。
私は、膝から崩れる。私の友人が死んだ。覚悟はしていたけど、……いや、出来て、いなかったんだ。
私の視界が歪んだ。頬に何かが伝う。声は出なかった。私は、ただただ静かに泣く。
ああ、これが大切な人を失う悲しさか。私は、昔からの親友を亡くしたのかっ……!
「……ぅぅう……っぁぁあぁ……」
「……もう、貴女は死なないで……」
そう言って、可憐は私を抱く。彼女もまた、静かに泣いた。
「……私達だけじゃないのね」
少し落ち着いた私たちは、近くにあった木陰で休んでいた。可憐はそう言って、私の頭を撫でる。とても、優しく……。
私は、その言葉を聞いて、あたりを見回した。
ある人は袋の前で蹲り、泣いていた。
ある人は肘から先を失ったのか、包帯で巻かれた切断面を撫でていた。
ある人は失った脚で歩こうとしていた。すぐに仲間が駆けつけ、共に歩いてゆく。
ああ、私達は悲劇のヒロインなんかじゃないんだ。皆……ここに居る者は皆、何かを失ったんだ。
「……何て、言えばいいのか……分からないわ……」
「……何も……言わなくていいの」
私は、そう聞いて……可憐に甘える。頭を可憐の肩に乗せたのだ。
「そういえば、貴女と居た中尉って……どこの部隊の人?」
「確か、……A中隊だったはず」
そう言うと、可憐は同情をするような目をする。そして、「あぁ」と呟くと、「可哀想に」と言った。
「……何で?」
「確か、A中隊が一番被害が大きかったらしい……」
「……」
「何でも、一番訓練の成績が良い人達で、一番魔力の弱い人達の中隊らしいから……だから、一番被害が大きいの……」
「……」
私は肩に乗ったまま、ボーっと遠くを見る。まだ戦争は続いていた。
「生き残ろう。絶対に」
「……えぇ、絶対に」
「ロッティー……」
私はロッティーに話しかける。その背中はとても悲しそうに語っていた。
遂に合流できたはいいが、被害が甚大であった。
死者およそ12名、行方不明者86名、重傷者14名、その他の負傷者は私とロッティー、ヨランデ大尉、カルステン以外全員、45名である。その内、行方不明者から半数は戦死したと考えてもいいだろう。他の合流者からの証言とドッグタグからまだまだ増えそうなのだ。……余りにも、多くの戦力を失い過ぎた。聞くに、師団は9割方戦力を失っているらしい。
私は、ロッティーの肩に触れようと手を伸ばして、触れる寸前で躊躇する。
何て、声をかければいい?
何て言えばいいのか分からない。
こんな時、何て言えばいいのよ……
そういう思いや考えが、私を戸惑わせた。ロッティー、どう……すれば、どうすればいいの?
私は耐え切れず、ロッティーの背から目を逸らした。
解った気で居た。戦争を。覚悟していた気で居た。仲間や自身の死を。
私達が、間違っていたのだ。気づくには、遅すぎた。
そう、私が間違いを考えていると、ロッティーが動き出した。そして、とある兵士の元まで行くと立ち止まった。
「ブラッカー大尉はどこなの?」
突然訊かれた兵士は驚いたのか、体をビクリと跳ねさせた。そして、親切にその質問に答えてくれた。
「えぇっと、あの三角座りをしている人がそうです。俯いてて、表情が分からないですが、大きなショックを受けているかと……」
「ありがとう」
そう言って、ロッティーはヨランデ大尉の方へと向かう。ヨランデ大尉は、一人で壁にもたれながら、三角座りをして丸まっていた。
「大尉」
そうロッティーが話しかけると、大尉の体がビクリと動く。でも、大尉はそれっきり動かないでいた。顔を上げようともしない。
ロッティーは、大尉の方に触れると少し揺さぶって、こう言った。
「大尉、ここから動きましょう」
「ダメよ」
大尉はその姿のままそう答える。鼻声である事から、泣いていたのかもしれない。 それでもロッティーは大尉を揺さぶって、ここから動きましょうと言う。
「ネウロイは周りに沢山います。動いていかなければ……ただただ待っているだけでは、いずれ攻撃に遭います。負傷者達を何とか運びましょう」
「でも、まだ行方不明な子たちが……」
「来るのですか?」
大尉が言った言葉を、一刀両断する様にロッティーは言った。大尉は目を逸らして「でも」と言う。
「来る確証は、ありますか? 大尉、ご自身が何を言っているのか考えて下さい。……私だって、待っていたいです」
「……」
大尉は、ふっと顔を上げた。目元が赤くなり、ヒドい顔になっている。その目をロッティーに向けると2人は少し見つめ合った。
そして、ロッティーは柔らかく、優しい微笑みを見せた。
あぁ、やっと、いつものロッティーが戻ってきた。私はそう安堵する。でも、その微笑みは、いつものとは違い、悲壮感のあるものであった。
そして、それを見た大尉は、もう一度顔を俯かせてまた顔を上げた。
だが、その顔は先程より……いや、何時もよりも『大尉』らしい、覚悟の決まった表情であった。そして、立ち上がるとみんなに向けてこう言った。
「皆、移動するよ! 重傷者を何とか運んで、大隊本部まで移動! 死者は……戦死者は、墓を作ってそこに埋めて!」
怒号の様に響く大尉の声。まだ19にもなっていない子が、こんなにも大きく、雄々しい声を出せるとは、空を駆ける騎士たちには分からないだろう。
泥の中で這いつくばって、藻掻きながらも歩みを止めない……私達、空挺ウィッチ達を。
お前たちは何だ?
そういう質問に答えるなら、こう言おう。
地を駆ける誇り高き泥まみれの騎士達と。
またいくつか修正すると思います