空挺ウィッチは今日も辛い   作:黒助さん

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グロ注意です。今更ですけど。


第六話

 私は一つ、勘違いをしていた。

 あの夜明け前の、瑠璃色の空を見た時……私はそう気付いた。

 平和に居過ぎたのかな?

 右手には拳銃を。

 左手には誰かも分からない一本だけの腕を。

 私はへたり込んで、その空を見上げながらそう思う。

 

 こんな筈じゃ、なかったのに

 

 

chapter4: 左腕

 

 遂に私たちは空を飛んだ。ストライカーでではなく、輸送機でだ。

 まだ少し眠気が残っているのか、瞼が重い。だけど、私は少しの恐怖よってずっと起こされたままだ。

 呑気な子はこんな状態でも寝ている。小さな吐息が少し可愛かった。

 

「ねぇ」

 

 隣に居たにっくきライバルが私に話しかけてきた。私はこいつと話すのは癪に障るのだが「なに?」と聞き返す。戦う前にコイツの顔なんて見たくないわっ

 

「私は、さ……私は……」

「歯切れが悪いわねぇ、何……」

 

 いつもと違う感じの声音に少しだけ不安を感じ、私は山崎 雪名を見た。だが、私は言葉を失う。

 何時もは高飛車な雪名も、今回は顔色を何時もよりも白くしていた。

 

「……ほんとは話したくも無かったけど……怖いのさ」

「……ふぅん」

 

 珍しい。怖いのは確かだ。けど、たとえどんな時であっても、私に隙を見せようとしないこのライバルがこんなにも小さくなるなんて。

 私はそれに鼻で笑った。

 

「らしくないわね」

「……そういう貴女も、落ち着いたら?」

 

 声が震えていた。私自身、こういった隙を見せるのはらしくない。でも、仕方が無かった。

 だから、雪名の指摘した場所は無意識に震えていた。

 

「……っ!!」

 

 私の足が、貧乏揺すりで動いていたのだ。私ははっとして、足の震えを止めた。

 

「……」

「……」

 

 そして、少し気不味い雰囲気になる。何時もなら啀み合うけど、今回ばかりはそうなれない。

 静寂が煩わしい。真夏に汗をかき、張り付くシャツのように気持ちが悪い。

 すると、そんな静寂を破って雪名はあのさと話をし始めた。

 

「私は最初、貴女のことが羨ましかった」

「え……?」

 

 雪名の言う事に、私は目を丸くした。私の事が、羨ましかった?

 

「誰とでも話せて、楽しく喋るあなたが」

「え、えっと、え?」

「だから、私も仲良くなりたかった」

「ちょっと待ってよ!」

 

 私は訳がわからなくなり、止める。彼女の顔は困惑していた。たぶん、私も。

 

「私と仲良くなりたかった? だったら何で」

「私は……よく私を隠すの」

「はぁ?」

「ありのままの私を出さないで……強くあろうとしていたのよ」

 

 そう言う雪名の表情は、曇っていた。少しの間、機内にエンジン音が響く。私は何も言わず、ただただ次の言葉を待った。そして、彼女はゆっくりと話を再開する。

 

「自分でも、直したい事だけど……どうにもならなかった」

「……」

「だから、最初に貴女が突っかかってきた時にこの関係が出来てしまったの」

「……ごめん、なさい……」

 

 私は、しっかり話を聞いて言いたくは無かった言葉を言う。目を合わせづらくて、視線を逸らしてしまったままであった。

 

「いや、私の方こそごめんなさい。あの時、私が謝るべきだった。それが出来なかったのは、私が弱いからなのさ」

「……強いよ」

「え?」

 

 私は口から漏れた。はぁ、まったく。張り合ってるのが馬鹿馬鹿しくなってきたわ。

 

「今、こうして自分のことを話した。そして、謝る事さえもできた。それって強くない?」

 

 私も……私も一緒なんだ。雪名の前だと、本当の自分が出ないのだ。いや、扶桑人の前では突っかかってしまうのだ。

 だから、それは強いと思った。まだ、何もしようとしていなかった私よりも。

 

「……私は、貴女と友達になりたい。私も、強くなりたい」

 

 私はそう言って、逸らし続けていた雪名の目を見た。そこに、もう一人の私も見えた気がした。

 向き合おう、彼女と。何よりも、自分と。

 

「……友達に……なってくれますか?」

 

 

 

 

 

「やっと、仲直りしたねぇ」

 

 私達はその後、握手しようとするのだが、触れそうになると引っ込めてを互いに繰り返していた。

 そして、やっと手を繋いだ。握手では無くなってしまっていたが、もうどちらでも良かった。この歳にもなって……恥ずかしい。

 そんな場面を見たのか、レミー伍長がそう言った。

 

「距離感の掴めないカップルみたいやなぁ」

「な!?」「ちょ!?」

 

 そして、そう言いながら私たちの肩を叩いた。彼女は階級こそ下だが、私達よりも年上である。私ちも気を許していたが、この人はフレンドリー過ぎるでしょ……。

 

「……」

「……」

「あり? ほんまにカップルやったん?」

 

 私達は、何だか恥ずかしくなって目を逸らし合ったが、どうやら誤解を深めてしまったようだった。私は慌てて誤解を解こうと努める。

 

「カカカカカップルじゃないわよ!」

「そそ、そそうさ!」

「あっはっは! 分かった分かった、そういう事にしとくぅ」

 

 そう言って、 笑いながらレミーは外を眺めた。しかし、その一瞬のうちで先程とは打って変わって、何処か哀愁の漂う雰囲気がある横顔が見えた。

 

「でも、仲良くし過ぎると辛いよ?」

 

 そして、誰にも聞こえないようにそう呟いた。

 私はかろうじて聞き取る事ができた。どういう意味なのか考える際に、私は記憶の中のレミーのページを開く。

 レミー・マッカー伍長。元は空軍曹長であったが、ネウロイとの対戦にて多くの同僚をなくした後に、陸軍に入ったとのこと。事故か何かが原因で魔力の低下及びその他の空戦能力を失ってしまった。

 だから、なのかな。仲良くし過ぎると、辛いと言ったのは。

 

「……そろそろ、着く頃ね」

 

 誰かがそう呟いた。すると、感傷に浸る時間もないわねとレミーは言って、前を向く。私と雪名は手を握り、その時を待った。

 その時、遠くで爆発音がした。

 

 始まりを告げる、闇夜に輝く花火。でも、そこに美しさは無い。

 破片とウィッチを散らす様は、華の散り様を連想させた。

 

「っ……っ……」

 

 荒々しい呼吸や足の震えの音が、閃光や爆発音に混じって聞こえてくる。

 私も、同じように貧乏揺すりが止まらなかった。片手で必死に抑えようとするが、どうにもならない。

 落ち着け。落ち着け、落ち着け、落ち着け、落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け。

 何度もそう言い聞かせながら抑えようとする。どうにもならないのに。

 すると、私の手が少し強く握られた。はっとして、雪名の方を見ると、ギュッと手を握りしめたまま、膠着した膝のただ一点だけを見つめて、俯いていた。

 ……彼女もきっと怖いんだ。

 私だけじゃない。誰もが、怖いんだ。

 私はそれに気付き、雪名の手をしっかりと握った。雪名がこちらに気づき、はっとした顔でこちらを見た。

 表情が引き攣っている。肩も少し震えていた。それを見て、私は雪名のおでこに自分のおでこを引っ付けた。

 

「!?え、な、何……?」

「じっとして、目を瞑って」

 

 私はそう言った。雪名もそれに従ってギュッと目を瞑る。……こうやって近くで見ると、結構可愛いなぁ……。そう思いつつじっとしていた。

 そして、何もしない私が気になったのか、片目を開けて、不思議そうにこちらを見た。

 

「軽く目を瞑るのよ。そうしたら、落ち着くでしょう?」

「あ……」

 

 雪名は声を漏らし、私の意図に気づいた様な表情をする。そして従うまま、軽く目を瞑ると、先程よりも大分安心した顔をしていた。

 私達はその後、合図が来るまでそうしていた。

 そうそう、いつの間にか、私の足の震えは止まっていたな。こうしているのは、意外と良かったのかもしれない。

 周りはとても恐ろしい音と恐ろしい世界ではあったが、今の私達には、雑音程度にしか変わらない。今こうしている時間が、多ければなぁ……。

 

 ……もっと早く、こうなっておくべきだったのかもしれないなぁ……。

 

 

 

 

 

 私たちはその後、立ち上がった。ランプが赤く点灯し、今度は青くなるのをただ待つ。だけど、その待つ間が恐ろしく緊迫した空気だった事もあり、とても長く感じた。

 

「……まだ、なの……?」

「ねぇ、もう、降りるべきなんじゃ?」

 

 震え声で言う彼女達は視線が彼方此方に動く。その視線の先には必ず窓があり、外の危険な状況を確認していた。

 クワッ

 その、エネルギーが一斉に集まる音が聞こえた後、

 バガァァァァアアアン!!!

 という、鉄屑の吹っ飛ぶ炸裂音が夜空に響く。勿論、その音はしっかり聞こえた。

 

「今のとても近いよ!?」

「ヤダヤダヤダヤダ!!死にたくない!」

 

 そういう叫びもあるが、殆どの子は喋らずにただその時を待っていた。怖いからこそ、声が出ないのだ。

 そして、最悪なことが起こった。

 機体が突然大きく揺れたのだ。

 

「あっぁあ!? うわぁぁあああ……!」

「ラミア!」

 

 ラミアと呼ばれた子が、出口から勢い良く空中に放り出される。

 彼女のパラシュートが開いたことを確認しようと出口から見下ろすが、幾つものパラシュートから見分けることは難しかった。

 そして同時に、対空砲火の射線に交じることを確認できた私はこう叫んだ。

 

「何かに掴まれ!! 第2射、対空砲火ぁ!!」

 

 そして、一瞬間があいて、激しい揺れと機体が剥がされる爆発が起こる。私は、その着弾点をしっかりと把握できていた。

 

「コックピットが……!」

 

 前方が壊され、たぶん不細工な格好になった機体が速度と高度を下げていっているのが分かる。パイロットは確実に死亡しただろう。

 それがどういう事かといえば、点かなくなったランプが意味をなさない事とこのまま落ちる事だ。

 最悪である。

 

「降りよう!」

 

 だから、私はこう叫んだ。そして、出口から降りる。どちらにしても死ぬのなら降りよう。

 そう思い、私が初めに飛び降りた。出口のスイッチを押して、青にすることで後続にも促して。躊躇や戸惑いを現す前に、簡単に体は宙へと放り出される。

 

「ううぅぅぅううううう!」

 

 飛び降りてから私のパラシュートがぱっと開くまでの数秒間、死を覚悟した。この、正面から受ける風に、デタラメに振り回される感覚が私にそう思わせたのだ。

 

「うっ!……はぁ、はぁ」

 

 何とか無事にパラシュートが開き、息を整えるがその間も対空砲火が続いていた。

 私は、微力ではあるが、魔力を使ってシールドを張る。気休め程度にもならないが、何が自分を救うのか分からない中で、他に方法がないのだ。

 そして、そのまま無事に地上へと降り立つのだが、その前に私が乗っていた輸送機が完全に爆発四散した。あぁ、もしかしたらまだ残っていたのかもしれない。そう思うと、気分が悪くなる。あの機体には、私と同い年の子が沢山いたのだ。

 

「うぅ……畜生め……!」

 

 私は辺りを睨み、闇夜に紛れて対空砲火をするネウロイを憎んだ。

 

「……倒す……必ず、すべてを……!」

 

 地上に着いて初めてした事は、涙を拭うことだった。

 

 ★

 

 そして、パラシュートを畳んでから、周囲を見渡す。暗い中、彼方此方に閃光が走っていた。どこへ逃げれば安全か、なんていう考えは、もはや思い浮かびもしない。

 

「畜生、どこに行けばいいのよ……!」

 

 そうぼやきながらそこらを右往左往すると、近くで何かが来る音が聞こえてきた。

 

「っ!」 

 

 私は近くの倒木の影に隠れ、様子を伺う。何が来たの……? 私はそう疑問に思いつつ、仲間であってと願う。

 だけど、神様は残酷だ。

 

「……!? うそ……」

 

 少し出した頭をすぐに引っ込めた。そう、ネウロイだ。しかも、一個小隊もの数だ。

 そのまま丸まり、頭を抱える。嫌だ、死にたくない!

 しかし、足音は近づいてくる。無情に、仲間を殺す音が聞こえてきた。何も出来ないのか、私は!

 悔しいが、無駄死にをしたいとは思わないため、何出来なかった。

 そして、心臓を掴まれるかのような音が聞こえた。思わず閉じた目を開けると、私の体から数センチの所に、ネウロイの脚が地面に突き刺さっていたのが見えた。

 声を出さず、息を呑み、潜める。そう、ネウロイ小隊は私の脇を通っているのだ。

 いつバレてもおかしくない。バレたら死ぬ。バレたら死ぬ。バレたら死ぬ。バレたら死ぬ。バレたら死ぬ。

 気が狂いそうだ。もう、出ても、まだ、いっぱい?

 ガタガタと身体が震える。恐怖が頭上を横切るのだ。

 ああああああああああああ!

 いつになったら出られる!?どのタイミング!?無数の足音が私の耳を抉る様だ!!

 長い時間、そこにいた気がした。私は生きてるの?死んでいるの?

 まだか。もう出ても、いや、まだいる。居るはず。いつ出る?いつ出れる?

 私は自問自答を幾百回と繰り返し、もう頭が痛いどころでは無かった。

 何故私がこんな目に……。

 泣きそうになる。いや、もうすでに泣いていた。どうすれば良い?どうすれば良かった?

 そこで、ふと気がついた。ドシンドシンという、重い足音はすでに無かったのだということに。

 

「っは!っはぁ、はぁ、はぁ……」

 

 長い時間、息を止めていたためか、とても苦しい呼吸を繰り返す。

 私は、助かった……?

 そう思い、安堵しようとする。がそれと同時に近くで発砲音が聞こえた。

 

「……!! もう、やだよぉ……」

 

 三角座りでその場に留まる。足が動かない。動くのだけど、動けなかった。

 でも、その足はすぐに動いた。

 声が、聴こえたのだ。

 

「!!……雪名!」

 

 扶桑人の言葉が聴こえたのだ。間違いなく、雪名だ!

 私はすぐに駆け出し、その方へと向かった。

 会える。今まで、思い返すと啀み合いしかしていなかった私達。でも、空を飛ぶ中で握り締めた手は、啀み合いから生まれた友情の暖かさがあった。お互いに、あんな喧嘩がなければ、今頃どうとも思っていなかったはず。

 私は、駆ける。言いたいんだ、大好きだって。私は、認めていたんだよって……!

 

「はっはぁっ……雪名!」

 

 そして、残酷なのを思い出させられた。無理矢理に。不条理に。

 ヒュッという風を切る音が聞こえた瞬間、雪名がいるはずの場所が爆発四散する。地面がえぐれ、短い悲鳴が聞こえた。多分、断末魔というものだろう。

 全部がバラバラに吹っ飛んだ。全部だ。

 

「あ……あぁ……? え、雪、あ」

 

 言葉を失った私の元で、ドッと何かが落ちてきた音がした。私は恐る恐るそれを見る。

 

「……あ、あぁあ、あああああああああああああ!!」

 

 左腕だった。まるでつい先ほどまで見ていた輸送機の破片の様に、バラバラになって落ちてきたのだ。

 切り口は焼き切れ、赤黒く変色し、鳥のささみを焼いたような、それでいて動物性の油が腐ったような、そんな臭いが鼻腔に刺さる。骨は突き出さず、切り口は意外なほどに綺麗だった。

 嫌だ。嘘だ。私は、その腕を拾う。すると、近くで何かが光った。

 それは腕時計であった。そういえば、以前私がその時計を侮辱した時に、雪名は激怒していたことを思い出す。

 あぁ、形見だったっけ……

 

 瞬間、現実から逃げられなかった。現実にぶつかった。

 間違いない。この腕は、雪名のーーー

 

「ぅぅう、うわぁぁ……うわぁあぁあああぁぁ」

 

 涙が、涙が止まらない。

 腕を抱えて、何やってんの? 死んじゃうよ?

 分かっている。

 分かってない。死のうとしてんの? 早く行かなきゃ。

 分かってる。

 分かってない。死にたいのか?

 死にたくない。

 死にたがり。

 死にたくは、ない。

 

「……死にたくない。死にたくない……」

 

 




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