空挺ウィッチは今日も辛い   作:黒助さん

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第七話

 気がつけば、私は見知らぬ場所にいた。林の中なのは分かる。でも、現在地が分からない。

 遠くでは、まだ戦争が続いていた。いや、ここも戦地ではあるけど……静かだ。

 私は、左手に左腕を持っているのに気づいた。だが、もう、どうでも良かった。

 その時、右手から何かが落ちた。銀色に輝くそれは、雪名のお爺さんの形見の腕時計であった。あの衝撃で壊れたのか、短い針は1時を向いて、長い針は3時を向いていた。

 私はそれを、無言で右手首に付ける。使えない時計だが、彼女の大切な時計なのだ。

 最後まで、持っていよう。必ず、彼女の、墓に……!

 私は、腕で涙を拭う。こんなにも泣き虫だったっけ? 変わり果てた自分に苦笑が出る。半分、ヤケになった笑いだ。

 そして、ふと合流ポイントがあることを思い出す。早く、合流しよう。左手に左腕を持ち、右手にガーランドを持って歩く。

 傍から見たら、私が殺した様に見えるかな。ハハハ。

 そう自嘲しながら私は歩きだした。

 

 そして、歩いて数分後にネウロイを一体発見した。

 

「見つけた……! 数は……一体のみ……!」

 

 私はしゃがみ込んで、様子を伺う。ネウロイは、ゆっくりゆっくり歩いて、敵兵を、私達を探していた。

 

「まだ、殺し足りないか……!」

 

 小声で呟き、睨む。沢山の仲間が死んでいった。それでも、コイツらはまだ殺すつもりなんだ。

 歯が割れるくらいに歯を噛む。許さない。何があろうと、絶対に。

 私はコソコソと付いていき、攻撃の機会を待つ。

 殺す。絶対に。殺す。殺す。殺す。絶対に。

 落ち着いて、息を潜めて、確実に狙う。ガーランドに微力の魔力をありったけ送り、引き金に指をかける。

 まだだ、完全に油断するまで……。

 そして、幾つか時間が経った。コアは何処かはわからない。だが、攻撃のチャンスが来た。

 奴の近くに、少し大きな穴がある。あそこへ叩き入れて、手持ちの手榴弾とガーランドで潰すのだ。

 私は、自分の中で合図をする。3…2…1……

 そして、ダッと地面を蹴り上げ、勢い良く駆け出した。

 

「おおおおああああああ!!」

 

 乾いた音が何発も何発も、叫び声と共に響いた。そして、いくつか削り、コアの場所を把握することができた。見えたのだ、コアが。

 

「ふっ! ぅぅ、ぅぁああああ!」

 

 無我夢中で相手を穴へ落とす。ネウロイも混乱したのか、穴の方へと落ちていった。 そして私は、そこに攻撃する。

 

「消えろ! 消えろ消えろ消えろ消えろぉ!うわぁぁあああ!」

 

 手榴弾を一気に全て使い、ネウロイの胴体に大きな穴を開けた。それは、同時にコアを露出させる事にも繋がる。

 だから、追い打ちと言わんばかりにありったけの銃弾をくれてやる。

 

「ああああああぁぁ! さっさと消えろ!」

 

 リィーンと、弾切れの合図が綺麗な響きのまま周りに伝える。私は、素早くリロードし直そうと、一旦隠れた。ガチャガチャと弾倉を入れようとするが、手の震えがそれを邪魔する。

 

「ぐくっ、入りなさい……!入りなさいよ!」

 

 そして、弾倉が手から落ちた。私はそれを取ろうとする。が、後ろのネウロイの足を動かした音で、反射的に振り向いた。

 

「ひっ!!」

 

 出てきた。出てきちゃった!

 慌ててガーランドの銃口を向けるが、弾切れであるのを忘れていた。

 あああ、どうするどうしろとどうすればいい!?

 腰にあったM1911ガバメントを手にし、それを向けた。

 何だっていい! 奴に一矢報いてやる!

 

「ぅああああああああああ!!」

 

 連続して撃つ。引き金を何回も何回も何回も引いた。銃身はやけ、硝煙の匂いは立ち上る。ハンマーは打刻し、銃弾はネウロイにしっかり当たった。でも、意味の無い攻撃とでも言わんばかりに、ネウロイはその銃弾を弾いた。

 

 そして、ネウロイが彼女に向けて、ビームを発射した。

 

「ひぃっ!」

 

 彼女も、目を瞑りながら最後の銃弾を撃つ。両者共に同時であった。

 ネウロイのビームは地面を抉り、大爆発を起こす。土くれや泥などが飛び散り、その惨状を表していた。

 だが、ネウロイはその一発を放った後、輝き、崩れ始めた。パキィという、ガラスが割れた音が聞こえる事から、コアを破壊することに成功したのだ。

 

「っぱは! ぐっ……どうなったの……?」

 

 そして、土まみれの中、レベッカは起き上がった。そして、ネウロイの方を見ると、状況を理解したのか驚いた顔をする。

 

「やった……? やった! 倒した! 仇は、取ったよ! ううぅ」

 

 喜ぶのだが、涙が出てきた。

 怖かった。本当に怖かったよ。殺されると思ったし、本当は逃げだしたかった。

 でも、雪名の為に戦った。私は、今ここで勇気を得ることができたのかも知れない。だけど、それでも、彼女の死を……。

 私は立ち上がる。そして、行き先の方向を見て涙を拭った。行こう。行くしか無いのだから。

 生き残る為には……

 

 

 

 

 そして、私の足は崩れた。冒頭の事があった後、その目でこの惨状を見た。目の前の惨状は、酷いの一言では片付けられない。それ程までの酷さだ。

 足も腕も、欠損している子が居る。目が見えなくなった子や、耳が無い子も居た。それ以外には、泥だらけの兵士と、人と同じ大きさの袋、そして銃で作られた墓だ。

 

「大丈夫かい?」

「……ぁ」

 

 何なんだ、この惨状は。大泣きしている子もいるし、痛みに呻いてる子も居る。

 

「取り敢えず、その左腕を何とかしなさい。さぁ」

「……」

 

 私は、大人しく彼女の指示に従う。そして、墓の穴か作ってある所に左腕を収めた。そして、埋める。

 

「さよなら……」

「……さよなら」

 

 彼女がそう呟いたので、私も言う。でも、感情が篭ることは無かった。実感がない。こんな、こんな素朴な墓に彼女が居るなんて、思えない。ただ木をさしただけの様な墓は、小鳥の墓しか見たことが無い。

 それと同じ様な墓だ。こんな、ちっぽけで簡単なお墓が、雪名の……

 人の命の重さは、今ここで狂った。 死者の多さに、誰もが死者がでることが当たり前のように感じてきたのだ。

 私も、そうなるかもしれない。

 

「……あなた、どこの子? その部隊に行って、早く生存報告をしなくちゃいけないでしょ?」

「ぁ……ぅ」

 

 そうだ、行かなきゃ。中隊長が、部下が待ってる。私は頭を下げ、その場から離れようと歩きだした。途中で後ろを振り返り、墓を見る。

 あぁ、あんなにも……小さい……

 

 

「良かったです。生きてて」

「え、えぇ」

 

 カルステン軍曹はそう言って、胸を下ろした。安堵の表情が、私を心配していたことを語っている。あの時話しただけだけど、友達になった私を忘れてはいなかったようなのだ。

 嬉しくはあった。でも、上手く笑えたかはわからない。いや、多分笑えなかったんだ。カルステンは苦笑して目をそらしていた。

 

「しばらく……一人にして……」

 

 そう言って、私は木に凭れかかった。ズルズルと背を滑らし、座り込む。カルステン軍曹は空気を読んだのか、既に姿はなかった。

 空を見る。夜明け前の藍色で、瑠璃色な空……。私はその空を見続けて、雪名のことを思い浮かべる。

 あの、 笑顔はもう見れない。あの怒った顔も、どこか悲しそうな顔も。全部……。

 涙は、もう出なかった。枯れたのかな? だとしたら、どうなるのだろう。泣けない悲しみは、どこへ……?

 その時、ブラッカー大尉の合図が聞こえた。重症者を運びながら、目標地点まで行くらしい。

 私は立ち上がり、その隊列に加わる。

 

「大丈夫なの?」

 

 クローディア中尉が声をかけてくれた。でも、私は頷くことしかしない。本当は、しっかり話したい。けど、何故だか話す気にはならなかったのだ。

 大尉や中尉は、強いなぁ。つくづくそう思う。私にも、その強さがほしい。

 街を出るとき、振り返ってそう思い、また前を向いて歩きはじめた。

 

 さよなら、雪名。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……レベッカ?」

 

 私は勢い良く振り返った。相手は驚いたのか、跳ねたあと後ずさった。でも、私は、だって、私は、

 

「雪名ぁ……ひっ……ぅぇぇ……」

「え!? きゅ、ど、どうしたの急に?」

「だって、だって、雪名ぁ……うわぁぁあああん」

 

 泣いた。何だ、涙はまだ出るじゃない。

 私は雪名の胸の中で、わんわん泣いた。

 

「死んだと思った! 死んだと思ったんだもん!」

「もう……何も言わずに死ぬような事はしないわよ。バーカ」

「馬鹿ぁ!」

 

 雪名も抱きしめ返してくれた。ちゃんと、温もりがある。雪名の体温が、私に安心感をくれた。

 左腕は勿論、しっかりとあった。雪名の左腕。

 

「そうだ、ズズッ……これ」

 

 鼻をすすって、壊れた腕時計を見せた。

 

「あ、それ……壊れたの」

「えぇ。お爺さんの形見って……だから、」

「ありがとう。でも、これは貴女が持っていて」

「え?」

 

 そう言って、前を向いて歩きだした雪名の背中に、大切な時計なのに、何故なのか。気になって聞いてみた。すると、雪名は笑顔で振り返り、こう言った。

 

「だって、貴女も大切な人だから」

 

 

 




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