気がつけば、私は見知らぬ場所にいた。林の中なのは分かる。でも、現在地が分からない。
遠くでは、まだ戦争が続いていた。いや、ここも戦地ではあるけど……静かだ。
私は、左手に左腕を持っているのに気づいた。だが、もう、どうでも良かった。
その時、右手から何かが落ちた。銀色に輝くそれは、雪名のお爺さんの形見の腕時計であった。あの衝撃で壊れたのか、短い針は1時を向いて、長い針は3時を向いていた。
私はそれを、無言で右手首に付ける。使えない時計だが、彼女の大切な時計なのだ。
最後まで、持っていよう。必ず、彼女の、墓に……!
私は、腕で涙を拭う。こんなにも泣き虫だったっけ? 変わり果てた自分に苦笑が出る。半分、ヤケになった笑いだ。
そして、ふと合流ポイントがあることを思い出す。早く、合流しよう。左手に左腕を持ち、右手にガーランドを持って歩く。
傍から見たら、私が殺した様に見えるかな。ハハハ。
そう自嘲しながら私は歩きだした。
そして、歩いて数分後にネウロイを一体発見した。
「見つけた……! 数は……一体のみ……!」
私はしゃがみ込んで、様子を伺う。ネウロイは、ゆっくりゆっくり歩いて、敵兵を、私達を探していた。
「まだ、殺し足りないか……!」
小声で呟き、睨む。沢山の仲間が死んでいった。それでも、コイツらはまだ殺すつもりなんだ。
歯が割れるくらいに歯を噛む。許さない。何があろうと、絶対に。
私はコソコソと付いていき、攻撃の機会を待つ。
殺す。絶対に。殺す。殺す。殺す。絶対に。
落ち着いて、息を潜めて、確実に狙う。ガーランドに微力の魔力をありったけ送り、引き金に指をかける。
まだだ、完全に油断するまで……。
そして、幾つか時間が経った。コアは何処かはわからない。だが、攻撃のチャンスが来た。
奴の近くに、少し大きな穴がある。あそこへ叩き入れて、手持ちの手榴弾とガーランドで潰すのだ。
私は、自分の中で合図をする。3…2…1……
そして、ダッと地面を蹴り上げ、勢い良く駆け出した。
「おおおおああああああ!!」
乾いた音が何発も何発も、叫び声と共に響いた。そして、いくつか削り、コアの場所を把握することができた。見えたのだ、コアが。
「ふっ! ぅぅ、ぅぁああああ!」
無我夢中で相手を穴へ落とす。ネウロイも混乱したのか、穴の方へと落ちていった。 そして私は、そこに攻撃する。
「消えろ! 消えろ消えろ消えろ消えろぉ!うわぁぁあああ!」
手榴弾を一気に全て使い、ネウロイの胴体に大きな穴を開けた。それは、同時にコアを露出させる事にも繋がる。
だから、追い打ちと言わんばかりにありったけの銃弾をくれてやる。
「ああああああぁぁ! さっさと消えろ!」
リィーンと、弾切れの合図が綺麗な響きのまま周りに伝える。私は、素早くリロードし直そうと、一旦隠れた。ガチャガチャと弾倉を入れようとするが、手の震えがそれを邪魔する。
「ぐくっ、入りなさい……!入りなさいよ!」
そして、弾倉が手から落ちた。私はそれを取ろうとする。が、後ろのネウロイの足を動かした音で、反射的に振り向いた。
「ひっ!!」
出てきた。出てきちゃった!
慌ててガーランドの銃口を向けるが、弾切れであるのを忘れていた。
あああ、どうするどうしろとどうすればいい!?
腰にあったM1911ガバメントを手にし、それを向けた。
何だっていい! 奴に一矢報いてやる!
「ぅああああああああああ!!」
連続して撃つ。引き金を何回も何回も何回も引いた。銃身はやけ、硝煙の匂いは立ち上る。ハンマーは打刻し、銃弾はネウロイにしっかり当たった。でも、意味の無い攻撃とでも言わんばかりに、ネウロイはその銃弾を弾いた。
そして、ネウロイが彼女に向けて、ビームを発射した。
「ひぃっ!」
彼女も、目を瞑りながら最後の銃弾を撃つ。両者共に同時であった。
ネウロイのビームは地面を抉り、大爆発を起こす。土くれや泥などが飛び散り、その惨状を表していた。
だが、ネウロイはその一発を放った後、輝き、崩れ始めた。パキィという、ガラスが割れた音が聞こえる事から、コアを破壊することに成功したのだ。
「っぱは! ぐっ……どうなったの……?」
そして、土まみれの中、レベッカは起き上がった。そして、ネウロイの方を見ると、状況を理解したのか驚いた顔をする。
「やった……? やった! 倒した! 仇は、取ったよ! ううぅ」
喜ぶのだが、涙が出てきた。
怖かった。本当に怖かったよ。殺されると思ったし、本当は逃げだしたかった。
でも、雪名の為に戦った。私は、今ここで勇気を得ることができたのかも知れない。だけど、それでも、彼女の死を……。
私は立ち上がる。そして、行き先の方向を見て涙を拭った。行こう。行くしか無いのだから。
生き残る為には……
そして、私の足は崩れた。冒頭の事があった後、その目でこの惨状を見た。目の前の惨状は、酷いの一言では片付けられない。それ程までの酷さだ。
足も腕も、欠損している子が居る。目が見えなくなった子や、耳が無い子も居た。それ以外には、泥だらけの兵士と、人と同じ大きさの袋、そして銃で作られた墓だ。
「大丈夫かい?」
「……ぁ」
何なんだ、この惨状は。大泣きしている子もいるし、痛みに呻いてる子も居る。
「取り敢えず、その左腕を何とかしなさい。さぁ」
「……」
私は、大人しく彼女の指示に従う。そして、墓の穴か作ってある所に左腕を収めた。そして、埋める。
「さよなら……」
「……さよなら」
彼女がそう呟いたので、私も言う。でも、感情が篭ることは無かった。実感がない。こんな、こんな素朴な墓に彼女が居るなんて、思えない。ただ木をさしただけの様な墓は、小鳥の墓しか見たことが無い。
それと同じ様な墓だ。こんな、ちっぽけで簡単なお墓が、雪名の……
人の命の重さは、今ここで狂った。 死者の多さに、誰もが死者がでることが当たり前のように感じてきたのだ。
私も、そうなるかもしれない。
「……あなた、どこの子? その部隊に行って、早く生存報告をしなくちゃいけないでしょ?」
「ぁ……ぅ」
そうだ、行かなきゃ。中隊長が、部下が待ってる。私は頭を下げ、その場から離れようと歩きだした。途中で後ろを振り返り、墓を見る。
あぁ、あんなにも……小さい……
「良かったです。生きてて」
「え、えぇ」
カルステン軍曹はそう言って、胸を下ろした。安堵の表情が、私を心配していたことを語っている。あの時話しただけだけど、友達になった私を忘れてはいなかったようなのだ。
嬉しくはあった。でも、上手く笑えたかはわからない。いや、多分笑えなかったんだ。カルステンは苦笑して目をそらしていた。
「しばらく……一人にして……」
そう言って、私は木に凭れかかった。ズルズルと背を滑らし、座り込む。カルステン軍曹は空気を読んだのか、既に姿はなかった。
空を見る。夜明け前の藍色で、瑠璃色な空……。私はその空を見続けて、雪名のことを思い浮かべる。
あの、 笑顔はもう見れない。あの怒った顔も、どこか悲しそうな顔も。全部……。
涙は、もう出なかった。枯れたのかな? だとしたら、どうなるのだろう。泣けない悲しみは、どこへ……?
その時、ブラッカー大尉の合図が聞こえた。重症者を運びながら、目標地点まで行くらしい。
私は立ち上がり、その隊列に加わる。
「大丈夫なの?」
クローディア中尉が声をかけてくれた。でも、私は頷くことしかしない。本当は、しっかり話したい。けど、何故だか話す気にはならなかったのだ。
大尉や中尉は、強いなぁ。つくづくそう思う。私にも、その強さがほしい。
街を出るとき、振り返ってそう思い、また前を向いて歩きはじめた。
さよなら、雪名。
「……レベッカ?」
私は勢い良く振り返った。相手は驚いたのか、跳ねたあと後ずさった。でも、私は、だって、私は、
「雪名ぁ……ひっ……ぅぇぇ……」
「え!? きゅ、ど、どうしたの急に?」
「だって、だって、雪名ぁ……うわぁぁあああん」
泣いた。何だ、涙はまだ出るじゃない。
私は雪名の胸の中で、わんわん泣いた。
「死んだと思った! 死んだと思ったんだもん!」
「もう……何も言わずに死ぬような事はしないわよ。バーカ」
「馬鹿ぁ!」
雪名も抱きしめ返してくれた。ちゃんと、温もりがある。雪名の体温が、私に安心感をくれた。
左腕は勿論、しっかりとあった。雪名の左腕。
「そうだ、ズズッ……これ」
鼻をすすって、壊れた腕時計を見せた。
「あ、それ……壊れたの」
「えぇ。お爺さんの形見って……だから、」
「ありがとう。でも、これは貴女が持っていて」
「え?」
そう言って、前を向いて歩きだした雪名の背中に、大切な時計なのに、何故なのか。気になって聞いてみた。すると、雪名は笑顔で振り返り、こう言った。
「だって、貴女も大切な人だから」
誤字脱字等ありましたらご報告いただけると幸いです。
感想、毎回励みになります。続きを早くかけるよう、努力します!