蒼い蒼い空が、私の真上で広がっている。
北にある海峡を超えた先の、平和な場所でもこの空は見れるのだろう。
どこの空も、同じなんだ。
「大尉……大丈夫ですか?」
「だ……大丈……夫」
大尉はガタガタ震え、その隣に頭の半分を失った死体が横たわっていた―――
chapter6:赤い手
午前8時を過ぎて、日は照り始めてきた。私たちA中隊は、サント=マリー= デュ=モンの南方まで道を開けるのと、時間があれば他のネウロイたちの砲塁の無力化を任された。
だが、『あの』厳しい訓練を超えていった彼女たちだ……私たちのちからは必要ないだろう。
私たちは私たちの任務を遂行する。それが私たちの使命であった。
歩きながら、私は偵察をする。第二小隊としての初の任務は偵察であった。
「中尉……私たち、大丈夫なんですかね……」
すると、隣にいるアリシア・ソルビー二等兵がそう呟いた。不安がるのも仕方がない。実際、あの降下を体験したあとだと敵のビームが怖くてならない……。忌々しい赤い色をしたあの光線が。
だが、この偵察に不安要素はあまりなかった。
「大丈夫。少なくとも今はね」
「な、何でそんなに自信あり気に……?」
豆鉄砲を食らったような顔をするこの子に、不覚にも萌える私。扶桑の絵を見せてもらったときに感じたあの可愛さというかなんというか……。
私は頭を撫でて答える。
「それはね、大尉がこの小隊と共に偵察にいるからよ」
そう、中隊長であるブラッカー大尉自ら、最前線にいる偵察部隊に参加しているのだ。そして、その大尉の固有魔法は敵の位置を正確に把握できる能力を持っているのだ。……正直に言えば、私たち偵察部隊がいなくてもいいというわけだ。
逆に言えば、どうして私たちを偵察部隊として出したのか、疑問を持ってしまうわけなのだが……とりあえずは、この子に安心してもらおう。
「大尉が……なら、大尉から命令が無い限り、敵影は捕捉できませんね……」
残念そうな声音とは逆に、顔が安堵の表情に変わり、肩の力がすっと抜けた。私はそれを見てふふふと笑ったあと、なら、少しお話しましょうか。と提案した。
大尉は昔、空軍から陸軍に変わって空挺部隊の小隊長を勤めていた。あの大きな撤退戦で常に前線に立ち、索敵最強の第三小隊と呼ばれていた。
その経験を活かして、彼女はこのリベリオンの空挺団に入り、多国籍中隊へと入隊したのだ。
その大尉は今、私達と共に索敵をしている。敵の位置は分かったようなものだ。まぁ、大尉が「もしかすると、私の魔法が効かないことがあるかもしれないから、お願いしたい」と言っていたし、油断はしないように心がけているが。
「ーーで、あのお店がとても美味しいらしいの。今度行ってみない?」
「良いですねぇ! 私もそういう雰囲気のお店は好きです!」
あれから、リベリオンのある店について話すと、彼女はすっかり元気を取り戻した。ニコニコと笑う彼女は、とても可愛く、まるで妹ができたようだった。で、彼女は私より3つも年下らしい。お姉さんと呼ばれる日は近いかもしれない。
そう変なことを考えている時だった。急に通信が入る。
「ネウロイの反応があるわ! せ、戦闘準備!」
「!!」
大尉の声だ。私は第一小隊にまとまるように言う。アリシアは先程の笑顔から、青い顔になってしまった。気の利いた言葉をかけるべきだったかもしれない。
だか、今はとにかく早く対処すべき時なのだ。私は走って大尉の元へと向かう。そう言えば、さっきの通信で気になったことがある。敵の位置、敵の規模、そして大尉の震えたような声だ。
「いったい、何で……?」
呟きつつ、大尉の元へとたどり着いた。大尉はゆっくり歩きながらこちらに向かう。……走って来ると、気づいていたからか。
「大尉、指示をおねがいします。あと、方角と規模を」
「ヒュー……ヒュー……あ、えぇ、わ、分かったわ」
「……大尉?」
だいぶ青い顔をしていた。呼吸も微妙に乱れ、所々で震えている。一体何があったの……? そう聞こうとして、やめる。まずは指示を出してくれるだろうから。
「大尉、指示を」
「……ごめんなさい。敵の規模は2個小隊。進路は大隊がいる方ね」
「……取り残されてなお、抵抗するというわけ……?」
小声で呟く。ネウロイはそんな誇り高い動きをする奴らだったか?……ここは、ただ攻撃をしに来たと捉えるべきだろう。もしくは、何かしらの作戦なのかもしれない。だが、ネウロイにそれほどの明確な戦略的知識は存在しないはずだ。
「で、そうね……私とあなた、あと18人くらい近くにいる者を呼んで、その数で戦いましょう。他の子達は一応の為、奴らの進行方向に回らせて、私達が攻撃を仕掛けた後のタイミングで、クロスファイアよ」
「了解。聞こえたわね、皆? 第二小隊から4名機関銃手、10秒で決めて返事!」
私がそう言うと、8秒あたりで了解という力強い返事が帰ってきた。
良い子たちだ。本当に。
「 第一小隊から5名頂戴。 誰にするかはマーティン少尉に任せるわ。第三小隊からは2名。ホーネット少尉、頼んだわ。第四小隊は他の小隊を率いて北北西、だいたい1マイル先に進んでから南西に向い、攻撃して」
『了解』
指示が行き渡り、中隊初の攻撃が始まる。最初の先頭の時とは違い、散り散りにならず、部隊として戦うのだ。言わば初陣。私達は少し、高揚していたのかもしれない。
「来たわね?皆、私に付いてきて」
『了解』
一個分隊を編成し、ブラッカー大尉が先頭をゆく。私達はその後に続いた。草木を掻き分けて慎重に進む。流れる汗は冷や汗か、熱いからかはわからない。ただ、とても気持ち悪く感じた。
「見えた……!」
誰かが呟いて、全員が一斉に構える。あたりがより一層静かに感じ、何も聞こえない。いや、聞こえる。この一定のリズムの早い鼓動は、心臓の音。
目が血走っていたのかはわからない。ただ、少し目が霞んだように感じた。瞬きを忘れていたのか。それほどまでに私達は前方に集中した。
「居るわね……」
「よ、予想よりも動きが早いわ。第二分隊の展開が気づかれる前に叩く必要がありそう」
そして、補足した途端、私は辺りが見えるようになった。まだ、相手は気づいていない。慎重に、慎重に。まるで獲物を狙うチーターの様に部隊を展開する。そろそろ、攻撃しても良いだろう。もう一つの分隊も後少しで展開できる頃合いだ。
それを察知したのか、ヨランデ大尉は荒い呼吸のまま、手榴弾のピンを抜いた。
「フォイア!!」
瞬間、迫撃砲の爆撃と、手榴弾による爆発がネウロイを襲った。続くように私達もM1ガーランドやM1A1トンプソンなどで応戦をする。敵ネウロイの装甲は一気に剥げ、一体はコアを露出した後に粉々に砕けちった。
他のネウロイにも弾幕による面攻撃があたり、削ってゆく。効いていた。確実に!
「撃破!!」
「ばか! 反撃が!!」
そして、一人が顔を出して喜んだ。それを見過ごすはずもなく、ネウロイがビームを放つ。瞬間、地面が抉れ、湿った土をばらまきながらその子へと直撃弾がゆく。咄嗟にガードをしたものの、展開が遅いためか吹き飛ばされてしまった。
安否を確かめる時間もないままに、ネウロイは次々にビームを放った。数名でガードを展開して仮の土嚢を用意し、攻撃を放つものの拮抗した戦いが展開されていた。
しかし、そこへ横からの攻撃を行う部隊から一報が来る。
「第二分隊、展開完了!」
「よし!ヨランデ大尉! ……大尉?」
しかし、ヨランデ大尉はそこには居なかった。私はさぁっと血の気が引く感覚を覚える。何故ここにいない? いなければ第二分隊は攻撃ができない!
私は力の限り声を張り上げ、名前を読んだ。
「ヨランデ大尉!!!」
しかし、反応がない。戦死されたか? 指揮はどうする? 部隊の損害は? 盾が保つ時間はあと幾許ある? 作戦の成否は? 私達の命は? この子達は死ぬの?
どっと、冷や汗が流れた。瞳孔が開く。このままでは、このままではまずい。
私は、第二分隊の一報を入れた伝令に叫んだ。
「第二分隊攻撃開始!! ファイヤ!」
「Yes,Ma'am!!」
そして、更にネウロイが削れる。3体が一気に消し飛んだのを確認し、第二分隊が顔を出しているのに気づいた。やった。間に合った?
ネウロイは不利であることに気づいたのか、退却を始めるも、もう遅かった。攻撃は止むことを知らず、銃撃は確実にコアを穿いた。
そして、最後の一体が爆散し、この地区を確実に根城としていたネウロイの掃討に成功したのだった。
「やった……?」
「安心しないで、警戒を厳に! 周囲に不穏な点はないか確認を怠らないで!」
その号令を発したあと、吹き飛ばされた仲間のもとへと私は駆け出した。キャタピラを全力で回すと、今までに感じたことのない速さで移動する。走るよりも早く、駆けつけることができた。
「!? ヨランデ大尉!?」
そこにいたのは、顔を失った少女と、それを大事そうに抱くヨランデ大尉だった。
「っ……!」
思わず、息が詰まる。あまりにも凄惨な光景だった。人として体は成しているものの、普通、見てはならない、出てはいけないものが散乱していた。ほのかに薫る焼けた肉の匂いが吐き気を催す。人が、人がして良い臭いでも、人が成って良い姿でもない。
私は呆然としていた。あまりの凄惨さに現実感が沸かないのだ。いっそ作り物だったらどれほど良かったか。彼女の手は血に濡れていた。それにぼうっとしつつも気づいた私は、彼女の名を呼ぶ。
「ヨランデ大尉……」
「もう、いやよ。戦争も、戦いも、ネウロイも……ウィッチも」
彼女はこちらに背を向けたままそう語りだした。ガタガタと体を震わせて、その横たわった彼女を見つめながら。だが、指揮官が指揮を蔑ろにすると言うことはつまり、部隊のみんなを危険に晒すということだった。
はっと、正気を取り戻した私は、非情ではあるが、ここは前に進んでもらわないといけないと考える。私はもう一度名前を読んだ。
「大尉」
「もうやめて!!」
だが、彼女は半狂乱に両手をおおきく振り、誰も近づけさせまいとする。そして声のあらん限りで叫んだ。
「分かるはずもない!! あのダイナモ作戦時、カールスラントの地を這って、差し伸べるその手を必死に握りしめて救助した!! この手から溢れる命の砂を、落とすまいと何度も、何度も何度も何度も! だけどこの手はなんなのよ!! この赤い手は!!!」
「っ」
「もう沢山よ!! なんで救えないの! 自分の救える範囲ですら! 手の届く距離ですら! 何故……!?」
自身の手を見つめて、彼女は嘆いた。その嘆きはどこにも届かず、ただ青い空へと消えてゆく。この蒼天が今だけ、とても憎かった。
彼女は自身の頬についた血を含む、赤い涙を流していた。この世の不条理を詰め込んだような、そんな涙を。
「どうして、私がウィッチなんだよ……!」
絞り出すようにして、そう言い放った彼女を私はただ見つめていた。怖かった。あれほど優しい人が、激変していた。それはつまり、それまでにどれほどの死を目の当たりにしてきたのかを代弁している。私は、一歩後ずさったのに気づいた。もはや人では無いもの、そして人を諦めそうな人。その光景は確実に心を蝕むのだった。
しかし、それは唐突に切り替わる。
「ごほ、ごほ、ハッハッハッハッ」
「ヨランデ!」
呼吸がおかしい。足速に吸って吐いてを繰り返している。汗の量や苦悶の表情から確実に何かを発症している。私は駆け寄り、彼女を抱えると、仰向けに寝かせた。そして、部隊の方に大声を張り上げる。
「衛生兵! 衛生兵!!」
……それから、ヨランデ大尉は戻らなかった。一命をとりとめたものの、もう魔力の発現ができなかったのだ。大隊に戻った私達が見た最後の彼女の姿は、退役の勲章授与の場面のみであった。その表情はもはや生きた人ではなく、生気すら感じない。
だが、頬に一筋の光が伝った。それは過去の戦友達を思っての事だったのだろうか。それとも安堵から来るものだったのだろうか。もはや分からなかった。それが最後の姿だった。
―――そして私は、特進して大尉となったのだった。
誤字脱字誤文等々ありましたらご報告いただきますと幸いです。
しかしながら、続きを書くのって難しいですね……
頑張ってみます。