空挺ウィッチは今日も辛い   作:黒助さん

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遂にあの人がちらりと登場です。
詳しくはあるドラマをもっかい見てみましょう。


第九話

 轟く咆哮の最中、私はキャタピラをぶん回して駆け抜ける。

 土草をかきあげ、泥にまみれながらも私はかける。

 途中、泥状の地形を走って駆け抜けて、乗り越えてゆく。

 私の脚はまだ動く。

 私の魔力はまだある。

 だけど、もう先が見えないのは確かだ。

 だから、せめて―――

 せめて、伝令の任務だけは、全うしなければならない。

 

 

 

Chapter7:2マイルを超えて

 

 

「あなた、ウィッチになる前は何してたの?」

 

 サント=マリー=デュ=モンの南方、ブリュシュヴィルにて戦闘した私達はそのまま南西へと進軍し、この戦線の防衛、そしてネウロイの包囲殲滅による各地の解放を目的として戦線を上げていた。シャーロット大尉が言うに、私達は今カランタンに向かっている。その前にこのブリュシュヴィルを解放することで、航空基地を一時的に設営するそうだ。私達の戦いは無駄ではなかった。

 そのためにストライカーユニットのキャタピラを回して隊列を組んで進む中、隣にいたマルギット二等兵曹がそういう質問を投げかけてきた。私は暖かな日差しを感じながらため息をついて、答える。

 

「陸上の選手さ」

「へぇ? オリンピックを目指してたくち?」

「そうそう。足の速さには自信があるけど、中々結果が伴わなくてさ。数字は残酷だったよ」

 

 そう言って、話を切りげようとした。少々、こういう輩には慣れず、少し鬱陶しいのもある。しかし、彼女の口は閉じなかった。

 

「でもでも脚に自信があるなら、陸戦ウィッチは天職かもね!」

「はは、空挺ウィッチたけどね、私ら」

 

 周囲を気にしながら進む私達はしかし、数時間前の対空砲火、そして地上戦での攻防が嘘のように静かであり、警戒中であることを忘れた。

 

「ここの平原にはネウロイはいなさそうね。これなら航空基地を設営できるでしょうし、ここを拠点に航空支援ができるでしょうね」

 

 すると、付近にいたシャーロット大尉がそう話している声が聞こえた。彼女は通信兵を呼ぶと、大隊本部への連絡を行っていた。

 

「えぇ、今のところは索敵の範囲内に居ません。……分かりました。ブリュシュヴィルの解放は完了したと言っていいでしょう」

「ねぇね! やったね!」

「あぁ! 解放だ!」

 

 そう微笑んで言った大尉の言葉に、段々と皆の顔が綻ぶ。最低限張っていた緊張の糸が今切れたようだった。確かに現状、ブリュシュヴィル内、そして周辺は他の部隊の戦況報告等々より、それは成し得たと言っていいだろう。かく言う私も今の言葉でホッとしていた。

 

「とりあえず、これで次の地域に入れるわね。皆! また気を引き締めて! 警戒を厳にして」

 

 大尉がそう言うと、皆それぞれの国の言語で了解と言っていた。ちょっとしたおふざけだろうか。今は許されるかも知れないが、ものすごく怒られるところだろう。そう思い、苦笑している私にマルギットはまた話しかけてきた。

 

「走るのに自信があるなら、競争とか沢山したんだよね?」

「ん? あぁ、それはもう、心が折れるまでさ」

 

 先程のこともあってか、私も気が緩んでいるようだ。つい昔の話をしてしまう。思い出したくもない過去もあれば、楽しかった頃の思い出もある。それは皆、誰にでもあるだろう。

 

「そう、誰にでもあるような小さな栄光と大きな挫折の毎日だったよ」

「そう……そうだ、じゃあその挫折から陸戦ウィッチじゃなくて、空挺ウィッチに?」

「ま、空でも飛びたかったんじゃないかな」

 

 嘘だ。

 飛び降りる感覚はスリルがある。それが楽しくて入ったに過ぎない。飛びたかったら、航空ウィッチになれば良かったのだ。結局のところ、私はスリルを味わいながら、地に足をつけていたかっただけである。

 だが、それがこんな凄惨な地獄に落ちるとは思いもしなかった。しなかったとも。

 

「む〜、適当にあしらったでしょ」

「ふふ、バレたか」

「もぅ!」

 

 そう言うと、彼女は頬を膨らませた。年相応の可愛らしい怒り方に、私は何故だか可笑しくて失笑してしまう。それに対して彼女はまた怒るのだが、私は内心願った。この時間がいつまでも続けばいいのにと。

 

 

 

 

 それから少しして、部隊は一度静止する。どうやら索敵班が何かを察知したようだ。全員がその場にしゃがみこむと、シャーロット大尉は先頭へと走っていった。ネウロイか? 全員の頭にそうよぎる大きな不安が、日が照りのどかなこの草原でも重苦しい空気へと変えていく。頬を伝う汗が気持ち悪く、袖で何度か拭う。短い呼吸が、嫌というほど耳についた。

 

「全員、戦闘準備」

 

 凛とした、しかし静かな声が通り、全員が残弾を確認して安全装置を外した。目つきが変わる。この瞬間、私達はウィッチとしてのスイッチが入ったのだ。道沿いにある窪みを伝い、小隊毎に動いていく。すると、突然何か大きな音が聞こえた。

 

「誰かがきた! レベッカ!第一小隊を連れて北西の方から側面を叩いて! 第二、第三は私についてきて!」

「ウーラー!」

 

 そう叫ぶやいなや、全員が駆け出し始めた。レベッカ少尉率いる第一小隊は右手に見える道に向かい、展開を始めた。くそ、タイミングが悪い。一体どこの誰が連れてきたのか!

 

「ネウロイ、およそ3体視認! ビームきます!」

「第二小隊、シールドを貼って!!」

 

 その瞬間、轟音とともに赤い閃光が青い円状の魔法陣に弾かれる。地面は抉れ、雲を割る。向こう側に見えたデューブ川が音を立てて水柱を上げていた。だが、ネウロイは止まらず進撃していた。

 そこに、こちらの溝まで走ってきた者が現れる。どうやら別の空挺部隊に配備された男性である。魔法陣もなく、生身で駆けるなんて無茶がすぎる!

 

「こっちよ! 早く!」

「第三分隊は道沿いに進んで、包囲して!」

 

 誰かが叫び、シャロン少尉の怒号が飛んだ。すぐ銃声が鳴り響き、あれほど静かな田舎の道は、穴だらけの野道へ変貌した。

 少しして、彼は溝に転ぶように落ち、第二小隊の陣地までたどり着いた。だが、どうやら無事ではなかったようだった。

 

「なんてこと! 衛生兵! マルギットを呼んで!」

 

 すると、マルギットが私の脇を駆け抜けた。よく見ると彼女のヘルメットには赤い十字のマークがついている。なるほど、衛生兵だったのか。

 ならば、もしかすると先程の会話もメンタルケアの一環だったのだろうか? そこまで考えて、そんなことはないだろうと目の前の敵に集中する。弾はまだある。いちにのさんで頭を出して、確実に仕留める……!

 

「いち、にの、さん!」

 

 爆音が私の手元で鳴り響く。同時に伝わる制御しようのない大きな反動にしかし、体はなれているのかうまく逃しながら、何発も、何発も打ち込む。弾はすぅっとまっすぐ飛ぶと、ネウロイへと向かっているのが一瞬見えた。当たったかは分からない。

 すると、リーーーンと甲高い金属音が鳴り、M1ガーランドのクリップが飛び出す。即座に頭を引っ込めて、私は弾を装填した。手が震え、訓練のときのようにいかない。慌てるな。やるしかないんだ。

 そう思っていた時である。先程とはまた違った甲高い音が響き、何かが崩れる音が聞こえた。銃を構える要領で確認をすると、ネウロイが一体、光の粒子のように崩れ落ちていた。倒した! 一体目を!

 すかさず2体目に対して引き金を引いた。すると、赤い光がネウロイに凝縮されるのを確認して、私は咄嗟に頭を下げた。その真上を、ネウロイの赤い光線が過ぎる。抉れた土がヘルメットを叩き、軍服が土まみれになるが、もはやオシャレなんてものを気にする余裕なんてなかった。

 そのタイミングで、マルギットの叫び声が聞こえ、私はそちらに目をやった。

 

「なんでよ! 止まれよ!! 〜〜っぁぁぁあああ゛!!」

 

 先程の彼女とは思えないほど、獰猛な表情を浮かべていた。眉間にしわを寄せ、息を荒げて怒りからヘルメットを地面に叩きつけていた。その傍らにいた男性は、もう、動かなかった。包帯の跡や、捨てられたモルヒネが無残にも転がっていたのが鮮明に瞳に映る。

 

「もうだめね。一体何を伝えようとしていたのかしら」

「分かりません。ネウロイが3体もいたということは、はぐれた敗残兵か、偵察隊でしょう」

 

 近くでシャーロット大尉とシャロン少尉が冷静に戦況を分析していた。シャーロット大尉は時折顔を出しながら敵を確認していて、シャロン少尉に再び顔を向けた。

 

「おそらく後者ね。後退を始めたわ。本隊と合流するつもりよ」

「だとするとその方向に、本隊がいるのかしら」

「わからないわ。少なくとも、あの男性が走ってきた方向に向かって後退してるのはわかったわ」

「どうするロッティ」

「無論、叩くわ。第一小隊攻撃開始! 側面からの攻撃で叩き潰すわ! シャロン、弾幕をお願い。囮になって!」

「わかったわ!」

 

 そう言うと、シャーロット大尉は勇敢にも更に先頭に向かう。それに士気が上昇したのか、全員が動き出した。相変わらず溝からは出られないものの、キャタピラをうまく利用して速度のある展開を実現しつつ、ビームを複数人のシールドで防いでいた。シャーロット大尉の作戦である。魔力の弱い私達は、こうする他ない。

 

「攻撃! 第二小隊はシールドを! 第三小隊は余裕があればコアを狙って! できるだけ撃ち方をやめないで! 第一小隊はできる限りコアを狙って、絞った攻撃展開を!」

 

 第一小隊の片翼包囲陣形を取る私達は、すぐそこのデューブ川によってネウロイを包囲することができた。私達の弾幕に踊るネウロイは、後退をするも、突然の第一小隊の攻撃に装甲を削られその弱点を顕にした。それからの展開は早く、第三、第一小隊による一斉精密射撃により2体のコアは弾けとんだ。

 

「撃破!!」

「周囲の索敵をして! 平野だから見渡せるでしょ!?」

 

 その号令に全員が周囲を見渡し、全員が敵が居ないことを確認した。私も見回したが、荒れた大地と、遠くには青々とした草が生い茂る、農地しか見当たらなかった。私達の勝利である。

 即座にシャーロット大尉は集合をかけると、損失の有無を確認した。

 

「シャロン、人員は?」

「損失なしよ。やったわね!」

「ふぅ、良かった……」

 

 心底安心したような表情を見せたシャーロット大尉は少ししてきゅっと口を閉じた。周りの皆はその報告とシャーロット大尉の安堵に疲労感と達成感を加えたような、苦笑とも言える表情を浮かべていた。かく言う私も、安心したからか綻びが解けた。

 しかし、だからこそシャーロット大尉のその口を閉じた視線の先が気になって、私は目で追った。その先には、マルギットの背中が見えた。ぺたりと座り込み、男性を看取っていたのだ。丸まっている背中は、何処か小さく見えた。

 

「マルギット、その……」

 

 私は彼女に近寄り声をかけるが、続きが浮かばなかった。どう声をかけるべきなんたろう。どんな言葉も、きっと響かないし届かないだろうに。だけど、彼女は頭を強く振ると、苦笑してこちらを向いた。

 

「大丈夫、分かってるよ」

「……シャーロット大尉が呼んでるよ。行こう」

 

 私は手を差し出した。それを頼りに彼女は立ち上がる。疲れたようにフラフラしていたが、立ち上がってからはしゃんとしていた。

 そこに、シャーロット大尉が来た。

 

「そこの男性は、何を言っていたの?」

「救援要請です。混濁した意識の中で呟いたのはそれと、無線機の損壊、通信手段が無く伝令に来たということのみでした」

「……なるほど。急ぎましょう。全員! キャタビラにて全速で救援に向かうわ!」

 

 そう言うと、シャーロット大尉は皆の中心へと移動した。即席ではあるがブリーフィングの始まりである。男性が走ってきた方向、そしてネウロイが退却し始めた方向を元に、私達はカランタン付近だと予測を立てた。

 そうして、全員が道に沿ってキャタピラを回して進む。キャタピラでの走行は走るときよりも早く、草土をかき分けて前進することができる。車とそう変わらない速度で前進し、私達は へ向かう。そしておよそ1マイル先へ進んだ段階でシャーロット大尉は足を止めた。

 

「戦闘態勢!! アンブッシュ!!」

「そんなまさか!?」

 

 一気に後退し、道沿いの溝や草木に隠れ、攻撃を凌いだ。赤い閃光が無差別に地面を抉ってゆく。私達があと一歩遅れていればそこにいただろう。そう考えるとゾッとする。

 

「橋を確保できれば……くそ!」

 

 そう、誰かが悪態をついた。橋の先に救援を求めた部隊はあり、橋さえ確保していれば救援に行く手立てだってあったかもしれない。何なら合流して戦力を合わせて叩くことだって可能だった。だからこそ、この川を渡る橋こそが重要だったのだ。

 すると、前線を張るもの以外がシャーロット大尉に呼ばれ、集まった。私も参加し、その話を姿勢を低くして聞く。

 

「ここから、1マイルほど離れた場所にサン=コーム=デュ=モンの教会がある。E中隊がそこを通ってカランタンに向かっている手はずよ」

「なら、そこで連携が取れれば」

「橋の奪還、カランタンへの門が開くってわけ」

「ついでに残された部隊も助けられるかも」

「だったら、誰かが連絡を取る必要があるな」

 

 そこまで言って、静寂が訪れる。いや、正確には銃撃音と地面を抉る音が響くのだが、私達はお互いに目を向けあっていた。そうだろう?危険な行為に近い。

 だから、私は目を閉じ、息を整えて言った。

 

「私が行きます」

「ありがとう。あと二人ほど付けたいわ。誰か!」

 

 そう言って、シャーロット大尉は人員を集めた。私達は伝令兵として、この1マイル、往復2マイルを走る。私はちらりとマルギットの方を見た。彼女は全力で応急手当を施していた。魔力量は微小ながら、私なんかよりも全力で、格好良かった。

 

「よし、サン=コーム=デュ=モンに行って、E中隊に至急応援を頼むよう伝えてちょうだい。ついでに、この辺りに味方の孤立した部隊が存在するはずだとも伝えて。救援は早くに超したことはないわ」

「分かりました」

「頼んだわよ。ネウロイには気をつけて。弾幕用意!」

 

 そうシャーロット大尉が叫ぶと、全員が顔を見合わせ、頷いた。準備は整ったのだ。あとは、全力で走るのみ……!

 そして、シャーロット大尉はその優しい顔とかけ離れた怒り顔で叫んだ。

 

「撃て!」

「走れ走れ走れ!」

 

 全力の一斉射。鼓膜を劈くほどの爆音が連発される中、私達三人は身を乗り出し、走り出した。銃撃戦を走り抜ける私は、心臓の音が全く聞こえなかった。何も感じず、死んでしまったのかと思うくらいに。息切れだってする。魔力を全力でストライカーにまわして、体をひねってジグザクに走行し、時にはその脚で走った。

 そして、ビームも、銃撃音も遠ざかった時、やっと心臓がうるさく聞こえた。息は肺を裂き、全身の血がぐるぐると巡る感覚を得る。生きている。

 

「はぁ、はぁ、ふぅ、よし、じゃあ、あ?」

 

 しかし、振り返ると誰も居なかった。私は一人で走り、孤立してしまっていたのだ。サアっと血の気が引く。肩で息をしながら、辺りを見回すがやはり誰もいない。やけに心臓の音がうるさかった。

 

「はぁ……はぁ……ど、どう、する?」

 

 目が泳ぐ。汗が、思った以上に流れていた。目を閉じて、私は一つ深呼吸をする。肩が上下に動いていた。どうする、ではない。やることは決まっている。私は地図を取り出して位置を確認した。あと400ヤードもないくらいだと思うが、部隊がそこにいる気配がしなかった。もしかしていないのか? 間違えたか? そうよぎる不安にしかし、視界に入った教会が安心感をもたらした。

 全力で駆け出し、教会の前へとたどり着いた。勢い余って転び、扉を破っての入場をした私は、倒れふしたまま銃口を向けられていた。私がネウロイでないと瞬時に理解すると、バッと銃を上へ向けた。

 

「だ、誰だ!?」

「いきなりどうした!?」

「何があったの!」

 

 私はE中隊のみんなに起こされ、起き上がった。足が震えている。早く伝えて、応援を向かわせないと。脳裏にマルギットの怒りの表情が見えた。

 

「私はA中隊所属、アリサ・ウィルソン軍曹です! 現在、東南東の橋にて交戦中! 橋の向こうにはおそらく、別の男性による空挺部隊が取り残されており、之の救出の応援を願いに来ました! 支給よろしくお願いします!」

「まってまって、そう慌てないで落ち着いて」

 

 一気に私は捲し立てると、肩を両手で抑えられた。焦っているのは分かってる。これ以上の被害は抑えたかったのだ。

 

「……なら、この橋を落として、回って攻撃しましょう」

 

 そう言ったのは、キレイな金髪のおっとりしたような、それこそシャーロット大尉のような優しさのある女性だった。優しさはあるが、今はどちらかというと勇ましい表情であった。

 彼女は机の上に広げた地図の、近くの橋を指していた。そこから回る形で攻撃し、挟み撃ちにするとのことだ。間に合うのか? そんなことで、救えるのか?

 私はその女性を凝視した。目が合い、彼女もこちらをじっと見つめた。

 

「……ごめんなさい。できる限り間に合わせるわ。迅速に確保し、救援に向かう。今ネウロイはそちらの大きな橋に戦力を割いているわ。だから、今がチャンスよ」

「……なるほど……」

 

 その理由には納得がいった。そう呟くと同時に、他のみんなは銃器の確認をし始めた。なんて結束の高い部隊なんだ。そう思っていると、スッと手を差し出される。部隊長の女性はニコリと笑うとこう言った。

 

「リーナ・ウィンターズ中尉よ。よろしくね」

「え、えぇ。よろしくお願いします」

「この作戦はそちらの部隊が持ちこたえること前提だから、なんとか持たせて。信じて私達は敵陣を突っ切るから」

 

 力強い握手だった。人望というものはきっと、この人の為にある言葉なのだろう。そう思わせるくらいには、自信のある言葉であった。そう言って、彼女は短くブリーフィングを開始する。そして、私に顔を向けると、こう言った。

 

「あなたの任務は退却せず、持ちこたえるよう伝えること。私達のことも伝えてね。必ずよ!」

「わ、分かりました!」

 

 そう言って、私はその場をあとにした。全速力を持って、この情報を伝えなければならない!

 外に出ると、日が照り、新鮮な空気が肺に送り込まれる。目を閉じて、目を開ける。ここは、私の競技場だった。スタートのピストルの合図も聞こえる。私は風の音を置き去りにして、全力でキャタピラをぶん回したのだった。

 

「はぁ! はぁ! はぁ!」

 

 肺が悲鳴をあげていた。くそ、泥が多くなっている。なるべく、泥濘の少ないところを駆け抜けているはずだが、それでも足を取られていた。これでは、もしかすると間に合わないかもしれない!

 私はキャタピラを止め、走り出した。ストライカーでの走りは遅く、何より走りづらい事この上ない。だが、私しか居ない。この一マイルを駆け抜けて、届けなければならない!

 

「うぉぉぉああああ!!」

 

 そこに、赤色の閃光が走った。

 

 痛い

 

痛い

   痛い!!!!

 

「あぁぁぁぁ……がぁぁぁぁ!!!」

 

 被弾した!

   どこに!?

痛い!

  お腹!?

 

      どうすれば?

 お母さん……

 

 

 

 混濁する思考の中で、私はシールドを貼った。2発目の閃光はシールドに沿って地面へと突き刺さった。これは、まずい。

 

「はぁ! はぁ! はぁ!」

 

 止まらない。血が、止まらない。

 痛い。痛い。痛い。いつの間にか視界は歪み、大粒の涙が溢れていた。

 嫌だ。痛いよ。痛いよぉ。

 

「あぁぁぁぁあああ!!」

 

 それでも、私は足を止めない。立ち上がると、私は駆け出した。激痛で視界がチカチカと明滅するが、どうでも良かった。

 私のレーンには、ゴールテープしか見えちゃいない。ふんじばって、私は駆けた。それをネウロイは、逃すまいと攻撃してくる。私の、伝令の重要性が分かっているとでもいうかのように。

 轟く咆哮の最中、私はキャタピラをぶん回して駆け抜ける。土草をかきあげ、泥にまみれながらも私はかける。

 途中、泥状の地形を走って駆け抜けて、乗り越えてゆく。

 私の脚はまだ動く。

 私の魔力はまだある。

 だけど、もう先が見えないのは確かだ。

 だから、せめて―――

 せめて、伝令の任務だけは、全うしなければならない!!

 

「あぁぁぁぁ!!!」

 

 そして、そこで私の真横を銃弾が過ぎていった。それは更に増えて、後ろから狙うネウロイは、攻撃を続けられなくなっていた。

 

「こっちよ! 早く!」

「よく頑張った! タッチダウンだよ!」

 

 何を言っているかはわからない。だけど、全力の私を受け入れるゴールテープがそこにはあった。確かに、暖かな、大きなテープが。

 

「飛び込め!」

 

 足が縺れたように飛び込んだ私は、激痛に顔を歪ませた。早く、早く、シャーロット大尉に言わないと。

 すかさず、シャーロット大尉が駆け寄ってきた。危ないですよ、大尉。私はそう呟けなかった。

 

「マルギット! すぐ来なさい!!」

 

 大尉はそう叫んでマルギットを呼んだ。悪いことをしたなぁと、私は思った。マルギットは泣きそうな顔で懸命に治療に当たっている。なけなしの魔力を全力で回して。この顔だって、させたくはなかったのに。

 

「どうだった? 何を言われた?」

「大尉! 喋れる状態じゃないの! 黙って!」

「伝令よ。時間が全員の命にかかるわ。あなただって分かってるでしょ?」

 

 静かに、大尉はマルギットを叱った。私はマルギットの手に手を添えると、私は大尉に顔を向けた。

 

「E中隊は南西の橋を奪還し、回り込んで応戦するとのことです……ぐっ! ……ですので、ここで耐えてください……お願いします」

「なるほど……こっちが主力だし、そうなるわね。わかったわ。ゆっくり休んでちょうだい。マルギット、後は頼むわ」

「了解……!」

 

 そう言うと、切り込み分隊を解体し、防衛陣を大尉は敷いた。それを見て私は空を仰いだ。澄み渡る青空は、戦争中であることを忘れさせる。そんな綺麗な青空だった。戦闘の音も何もかも、遠く聞こえた、そんな吸い込まれそうな、綺麗な

 

「綺麗な、空……」

 

 いつかの競技場で走りきった後に倒れた空と同じ、清清とした空だった。

 

 

 

 

 

 

 それから、少し。

 私はマルギットの応急手当により一命を取り戻した。あの後、E中隊の電撃的な応戦により私達は橋の確保ができた。これにより、カランタンへの門は開き、E中隊と合同でこれを解放した。

 そこを拠点とするため、他の部隊達が道路を伝って進入し、私達の目的はおよそ3日で達成したのであった。

 

 私は、原隊に即復帰することは叶わず、カランタンにて治療に専念することとなった。だが、私は良かったように思う。これでしばらくは、マルギットの苦々しい顔も、悔しい顔も悲しい顔も見ないで済むのだから。




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