D.T 童貞はリアルロボゲーの世界に転生しても魔法使い   作:装甲大義相州吾郎入道正宗

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初級ミッション 陽動迎撃作戦+α
廃棄都市No.052


旧ナゴヤ近郊

 

「クソッタレの糞課長! 岩殻亀の群れとかどういう事!? クソクソクソ!」

「あのー。無理ゲーなのは分かるんスけど、もう少し上品に喋って下さいスカ●ロ班長」

[………]

「ス、スカ!? アタシのコードネームはスカーレット! ……こうなったらクリムと私で射撃、外販を盾役にして迎え撃つわよ!」

「りょうかいッスー」

[…了解]

 

物音一つすら消え失せた、廃棄されて久しい前時代の都市に、姦しくも若い女性二人の声と平坦で無機質な応答が響く。

 

標的は既に都市外縁部へと到達し、かつては中流家庭向きに大量販売されたという一軒家のストリートを踏破中。推定5匹の群れによる密集陣形の突進は凄まじく、破壊した瓦礫を物ともしない踏破能力で建造物を薙ぎ倒す。

その先には彼女達が潜むビル群があり、接敵までそう時間は掛からないだろう。

 

それは亀と呼称されるに相応しい巌のような甲羅を背負っているが、中身の部分は首長竜に近く、爆走しながらも高い位置から頭部を揺らして周囲を警戒する習性がある。当初の予定では都市に誘導してから直前まで姿を隠して奇襲する作戦だったが、逆にそれが仇となり群れを察知するのが遅れてしまった。

 

迎撃態勢を取る為、無骨なコンクリートと鉄骨で編まれた廃墟ビルから姿を現わしたのは数名の人影……ではなく。見上げるような高さの巨人であり、もっとありのまま端的に伝えるならば、それは人型の外観を持つ駆動兵器。【DT】と呼ばれる次世代のロボットだった。

 

「迎撃ポイント自体は予定通り、大通りの交差点よ」

[……了解]

「いや〜貧乏クジ引かせて悪いッスね、うまく生き残れたら良い感じに報告書上げとくんで」

 

彼女らはこの機体を駆るパイロット【ホッパー】であり、とある民間警備会社の社員として岩殻亀の討伐指令を受けている。故にどんなに不利な状況であろうと戦わなければ契約違反であり、例え先行情報と実際の戦力が乖離し、マトモに戦えば壊滅必至の相手だろうと即時撤退は認められない。せめて一定の戦果を収めなければ職務放棄と見做され、査定に響くのは目に見えているからだ。

 

三者とも暗澹とした気持ちだけは共通させて、ひび割れたアスファルトを踏み締めながら各々の配置に着く。

一番初めに愚痴を漏らした班長が搭乗する真紅のDTは、ホッパーの性別を表すように細身で先鋭的なフォルムであり、機動性に優れる特性を活かして迎撃ポイントとなる大通りのすぐ側、交差点に面する手頃な高さのビルに向かって跳躍。屋上へ着地すると電磁加速式のアサルトライフルを構える。

その向かい側には同様のシルエットを待つピンクの色違いが背面にマウントしていた重機関銃を取り外し、互いの射線が被らないよう車道に陣取ると、反動抑制用のバイポッドをアスファルトに突き刺して射撃態勢を整えた。

 

「ちょっとクリム、そんなに近づいて大丈夫なの? 盾に巻き込まれるわよ」

「コッチの実弾は離れすぎると火力落ちるんス。なる早で倒さないとこの人死んじゃいますって」

[……]

「それが? 所詮は陸地で細々と働くしか能がない名ばかりの社員、外販じゃない。本店の私達とはブランドが違うのよ?」

[……………、………]

「いやいやいや、この作戦に失敗したら今月の査定…というか借金がヤバいんで」

「ギャンブルのしすぎよアンタは!」

 

スカーレットとクリムによる場違いな掛け合いに挟まれる外販と呼ばれた人物のDTだが、話題の渦中にいながらも自分には無関係とばかり微動だにしない。

その機体は全高こそ両者と同等だが、厚い装甲を纏っているおかげで全体的に線が太く、施されたカラーリングが赤黒い塗料一色という地味な見た目も相まって、女性陣の機体と共通点はあるが大きく印象が異なるシルエットをしている。

特に差異が顕著なのは武装だ。

 

[杖で…障壁を使う]

 

この機体が持つのは機関銃でも大砲でもなく、まるで剣と魔法のファンタジーで出てくるような魔法の杖であり、他に弾丸を撃ち出す近代火器の類を装備しているようには見えない。しかも両肩には対衝撃用の積層布をマントのように羽織っているので、その姿は機械化された魔法使いと表現しても差し支えないだろう。

 

それは指示通り、交差点の中央から一歩引いた信号機辺りに移動すると杖を正面に突き立て身構えた。同時に先端に設置された琥珀色の球体が輝き始めて光沢を放つと、機体のそこかしこから機械の鼓動が脈動を開始、互いに干渉し、擦れ合い、反響していく。

やがて咆哮のような大音量で金属音を掻き鳴らすと、不可思議な金色に輝く粒子の風を巻き起こしてマントを翻す。前者2機も同様に淡い燐光を纏う姿は科学的には証明出来ないような一種の幻想さを感じさせる。

 

そう。

DTという人型駆動兵器は単なる機械のロボットではない。最先端の科学と秘匿されてきた魔法学の融合によって生み出された現代の巨人(ゴーレム)というべき存在であり、その本領を発揮する前兆として光り輝いているのだ。

鋼の四肢から漏れ出る魔力の唸りが既存の物理法則に干渉し、魔法を行使する。

岩殻亀の群れはその特徴的な機械音と魔力の光を認識したのか、怒濤のような勢いは保ったまま進路と隊列を変更してDT目掛けて突き進む。まるで怨敵を見つけたような愚直さは亀のような【モンスター】特有の習性であり、作戦通りに事が運んでいる証左だ。

 

「よーし良いわよ。そのまま一当てされたら持ち堪えなさい。私とクリムで討伐しておいてあげるから」

「とりま1分おなしゃーす」

[……いや]

「なに? 今更になって怖気づいたのかしら」

 

外販の声には抑揚が無い。まるで機械音声のように淡々とした口振りだが、どこか不機嫌さを含んでいるように感じるスカーレット。自分の作戦に対して文句の一つでも出るかと予想するが…。

 

 

 

[1分もいらん]

 

 

 

「なん……ですって?」

「ひゅー♫」

 

―――自分一人で倒してみせる。

 

そう言わんばかりの返事に驚きと感嘆の声が混じる。呆気に取られるスカーレットだったが、これ以上の言葉は不要とばかりに押し黙られては二の句が継げない。

段々と大きくなる地響きから接敵まであと僅か。真意を問う時間も惜しい頃合いだ。

本来、岩殻亀は1匹でDTと同格とされるモンスターであり、数的不利の場合は盾役を用いて注意を逸らし、防御が薄い腹面を攻撃するのが常套手段として知られている。

それを5匹纏めて相手取り、尚且つ撃退するなど現場を知らない一般人はまだしも、正気のホッパーが口にするなどあり得ない。スカーレットはそれを承知で、半ば嫌がらせの形で盾役を指示したのだが、まさか撃退まで口にするとは思わなかった。

 

(こいつ……何者なの…!?)

 

散々馬鹿にした外販という存在。DTを扱う本店の社員として経費で潤沢な整備を受けられる身とは異なり、機体の購入から修理や改造に至るまで全て自費で賄う彼らは有事以外自由に行動出来るメリットこそあるが、常に自転車操業のような資金難に悩まされる貧乏人が殆どである。故に拠点から離れた依頼は移動費の面などで断るケースが多く、現地での小さな御用聞き依頼をこなす姿から、外回りでセコセコと働く外販と揶揄されている存在だ。

 

そんな一般常識に則って馬鹿にしていたスカーレットだったが、あり得ない大言壮語を吐かれて改めて見つめ直す。

廃墟に聳え立つ赤黒き鋼の威容。一歩も引かぬ覚悟で大地にしっかりと足を付けて迎え撃つ姿は微塵の揺るぎも無い。

DTの操作はホッパーの精神状態に反映される為、不動の態勢を貫くという事は即ち、怯えの一つもアレは抱いていないのだ。

…もしかして何か秘策があるのか。

彼女はここに至ってモンスターよりも気にすべき相手に息を呑んだ。

 

 

『GAAAAAAAAA!!』

「来た!」

 

岩殻亀による鬨の声。車道に沿って縦列を組むモンスター達は連結車両のような近接距離で爆走してくる。

ただでさえ、その質量と速度から繰り出される突撃が厄介な相手だというのに二の矢、三の矢どころか5連続など真正面から耐えられる存在がこの世にどれだけ居るだろうか。

それでも赤黒いDTは退こうともしない。

せめて多少はバラけるだろうと楽観視していたスカーレットの予想に反した状況でも、泣き言一つ出てこない様に思わず叫びそうになる。

そして、亀達が直接視認できる距離まで近づいた所で事態は急変する。正面のDTが宣言通り障壁の魔法を使おうと杖を振るい、一拍のタイミングがズレた瞬間。

 

『GAAA…GAAAAAAAAA!?!』

「道路が陥没した!?」

 

突如として先頭を進む亀の足が呑み込まれて態勢を崩す。クラッカーのように飛び散るアスファルト片を掻き分けながら、それでも止まらず突き進むのは、後方から続く亀に無理やり追い立てられているせいだ。

止まらぬ勢いに焦らず更に杖を振るうと、今度は2頭目の亀に異変が起きる。硬直したように動きを止めて、為すがまま後続の突撃に晒された。同様の質量を持つ2匹が邪魔になるが、桁違いの馬力を持つ亀達はそれでも勢いを衰えずに迫り来る。彼我の距離は最早100m未満。待ち構えるDTと正面衝突する直前に至り、未だ障壁を張らずに動こうともしない姿に対して今度こそスカーレットは叫んだ。

 

「クソ馬鹿! 旧式だからって素で受け止められる筈が……えっ?」

 

目の前の光景に唖然となる。

動きを止めた2匹の岩殻亀がDTの目の前。交差点の真ん中で突如として急停止すると、完全に地面へ食い込んで防波堤の役目を果たしたのだ。

玉突き事故のように動かぬ障害物と化した同族に減速無しで衝突した3匹は、凄まじい速度と重量を己の身で受け止める羽目になる。前方と自分の甲羅に挟まれる位置にあった頭部に逃げ場は無く、押し潰されて殆どが絶命。最後尾の亀だけはタイムラグから危機を感じ取り首を引っ込めて難を逃れるが、勢いそのものは殺し切れず轟音を立てて追突し、ひっくり返る。ジタバタと巨躯を揺らして復帰を試みるが、その形状からして最早再び動く事は叶わないだろう。

 

つまり。

 

押し寄せた岩殻亀全てがたった一機のDTに対して戦闘不能に陥り、ついでに言えば1匹は生け捕りの状態で確保されてしまったのだ。

目と鼻の先で亀達の死体が転がっている状況にもかかわらず、身動ぎ一つしない姿に今度こそスカーレットは恐怖した。

 

こいつは只者ではない。と。

 

 

「―――そうか地下鉄…! いや地下街に嵌めたッスか!」

「えっ、地下…鉄?」

 

暫し口を閉じていた相方の言葉に耳慣れない単語が飛び出して首を傾げるが、それに気付かないまま興奮した様子で呟いた。

 

「ナゴヤ中央に張り巡らされた地下鉄のトンネル。普通はDTが乗っても陥没しない強度があるけど、この都市は道路の真下に大規模な地下街がある…! そこに障壁の魔法を展開して内側から崩したんスね!!」

「ここってそんな危ない構造してるの!?」

「地下街の浅い角度から沈んで、地下鉄の深さで完全に身動きを止める。二段構えだからこそ、亀を止められた…! あぁ…やっぱり君は最高に素晴らしいッス!」

「……クリム?」

 

かつてナゴヤには都心を中心として円を描く環状線の他に、主要駅に停車する為に道路と同じ方向に進む路線が入り乱れていた。

通常の地下鉄であれば、上から大荷重が掛かったとしても応力を分散する丸型トンネルの構造が多く採用されているが、この地域では地下に街を構える都市計画が推奨されて様々な場所から通路が伸びている。特に3人が待ち構えていた大通りの交差点は駅よりも広大な地下商店が並ぶ一帯で、その下を走る地下鉄線へ簡単にアクセス出来るよう階段やエスカレーターが多数設置されていたのだ。

障壁の魔法は、初歩的な難易度だけあって強度こそあれど攻撃能力はほぼ皆無。しかし0では無い。その隙間を狙って無理やり押し広げたのだろうというのが、クリムの予想だった。

 

(視認不可の地下に対してこれ程のコントロール能力…惚れ惚れするとは正にこの事ッスよ)

 

「はぁ…はぁ…」

 

自然と荒くなる息使いに気付かないまま感嘆するクリムと、色々な意味で驚きに包まれているスカーレット。

 

その様子を知ってか知らずか。ようやく今になって動き出した赤黒いDTは生け捕った亀の反対側へ向かって移動していく。

 

[後は…任せた]

 

―――後処理ぐらいやっておけ。

 

漸く喋ったかと思えば、言葉に淀みこそあれど緊張した様子は無い。

それどころか、またも言外に伝わる意思を汲み取ったスカーレットは思わず舌打ちをする。確かにこのままでは職務放棄として報告されるかもしれないと渋々ながら従う。

 

(くっ…強いのは認めるけど本店の私を使い走るなんて……これだからクソクソのクソ外販は!)

 

今に見ていろ、と内心で芽生えた対抗心を燃やす彼女。幸い今回の出向で滞在する事になったこの島国に到着してまだ日は浅い。今度こそ思い知らせてやると意気込む。

 

「この後、基地に顔出しなさい!直接話がしたいわ!」

[…断る]

「は?」

 

基地に顔を出す。というのは本店が外販を相手に作戦後の修理や補給を代替わりするという暗黙の了解の上で成り立つ申し出であり、それを断るという事態は通常起こり得ない。要は実力を認めてヘッドハンティングするという側面も持ち合わせているので、スカーレットは何故断られたのか本気で見当がつかない。

 

[…金だけ…振り込め]

 

そう言い残して立ち去る赤黒いDT。

 

 

 

その様子を、重機関銃に設置された隠しカメラが録画しているとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――数分前。

 

 

 

 

 

 

 

[1分もいらん]

「1分も掛からずに死ぬわ!!!!」

 

亀相手に盾役という時点で、即時撤退を提案しかけたが、査定に響くというピンクの言葉で、自分も資金難だという事に気が付いてしまった。

ここで引いたら借金の返済が滞って利子がとんでもない事になる。何としてもこの仕事はやり遂げなければならないのだ…!

 

しかし俺も人間。目の前の恐怖に何もせずに耐えられる筈が無い。何処かの柱男のように機体の中で絶叫してストレスを発散するが、このオンボロDTは音声通信の類の一切がぶっ壊れて使い物にならないので誰にも聞こえてはいないだろう。唯一、外部への連絡手段として文字入力による音声読み上げ機能はあるが、反応が鈍い上、タイピングそのものが苦手なせいで操作が覚束ない。

お陰で自分でもぶっきらぼう過ぎる返答ばかりだとは思うが、修理する金が無いんだよなぁ…。

 

今回は岩殻亀相手に1分耐えるとかいう無理ゲーを強いられて流石に文句を言う筈が、打ち間違えて謎の強者感を出してしまった。急いで訂正しようとしても亀共が近づくせいで、揺れに揺れてマトモに入力出来ない。

 

え、マジで俺一人で盾役すんの? ねぇ何で二人とも静観してるの? 普通に考えて無理だよね? ねぇさっきのはイジメとかのフリで本当は嘘だよーってオチは……あっ、無い? そう……。

 

「……うがぁぁぁぁ!! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅ! 絶対無理だって! ゲームでもこんな理不尽難易度そうそう無かったのに、何で転生した時に変な乱数引くんだよチクショウメェェェェェェェ!!」

 

コクピット内でジタバタと年甲斐も無く暴れるが、操縦桿から手を離しているので機体はピクリとも動かない。これが最新型のエール式DTなら思考を読み取ってボディランゲージでも何でもこっちの慌てっぷりを伝えられるが、初期配布機体で古めかしい見た目通りのコイツはラガー式。正しく触れなければ操作を受け付けないのだ。

 

「ふぅ、ふぅ…落ち着け…落ち着くんだ俺。こんな時は自分が無双系の主人公になったと思い込んで、モノローグを語りながら心に余裕を持つんだ」

 

例え……本当はチート能力一切無しの一般人なのに役だけは主人公という苦難の連続であろうと諦める訳にはいかない。死にたくないのは当たり前だが、何としても数年後に引き起こされる機神イベント関連に巻き込まれて人類半減の犠牲になるのだけは阻止しないと不味い。

 

そう、それがかつてやり込んだオンライン対戦アクションゲーム【D.T・Ⅱ ブレーキングドーン】の世界に転生した俺に課せられた唯一の生存方法にして、使命なのだから…!

 

 

 

 

『GAAAAAAAAA!!』

「来た!」

 

スカーレットの反応で無理やり意識が現実に引き戻される。

ヤバい、現実逃避してたら何にも対策考えてなかった!

 

本来、砂岩亀と呼ばれるモンスターは敵の中でも10m級というランクに分類され、DTと同格の存在として扱われている。

ゲームの頃でも序盤に立ち塞がるパーティ必須の強敵とされ、ソロプレイが多い初心者の数々を葬り去る姿から野生のボスと呼び名が付くほどの難敵だ。

機体や武装が充実するストーリーモード中盤以降ならまだしも、今乗っている初期配布機体の【チェイサー】では荷が重すぎる。倒せない事は無いが、盾の役割で防戦に徹するのは絶対に無理だ。

 

女どものエール式は旧式ラガーの代名詞でもあるこの機体と比べて、あらゆる面で性能が上回っているのに手伝ってくれない。まぁフラグが立ってないから何だろうけどさ、ちょっとぐらいバグって手伝って貰えませんかねぇ…。

特に通称ポンコツデレさんと知られるスカーレット班長なら、ポンポン好感度が上がるはずだからワンチャン……いや、やっぱいいや。

この子、能力の伸びが悪い癖にやたら絡んでくるから効率プレイだと真っ先に外されるキャラ筆頭だったわ。ゲームと違って資金繰りが異様に厳しい現状だと関わり合いになる事自体ちょっとキツい。

 

あの頃は無料で出来てた塗装もDTを収めるガレージの賃料も、当たり前だが衣食住…いや四六時中コクピット内で過ごしてるから住は省くが…とにかく金が掛かる。要はゲームで省かれていた生活費や雑費も転生して現実になった世界ではキッチリ金が取られるのだ。

なので意外に資金を食う機体の外装は最低限の赤黒い錆止めを塗っただけに抑え、派手なカラーリングも洒落たエンブレムも省いて無骨を地で行く見た目にしている。コストを考えたらこれが一番効率がいいので、やれ専用カラーにしろと文句を垂れる馴染みのエンジニア共には無言でDTの中指を立てて無視を決め込む。

そんな節制の甲斐も無く、いつも金欠な俺。…理由は分かってるんだが、この世界に転生した時点で避けて通れないハンデを背負ってしまった以上仕方がない。

 

その中で、何とか杖だけでも買い換えられたのは不幸中の幸いだ。これなら障壁の魔法が連続で使用できる。

 

真正面から迫り来る亀を見ながら、兎にも角にも障壁の魔法を展開する。当然だがマトモに相手する気はサラサラ無いので、適当に壁を貼って無理です!と諦めて、なし崩しに援護させよう。会社からの評価は下がるかもしれないが、命という代価には変えられない。

 

じゃあまぁ目の前の座標に魔法をセットして……一番下の位置に合わせればいいか。

そいや!

 

 

ガゴンッ!

 

『GAAA…GAAAAAAAAA!?!』

「道路が陥没した!?」

 

何事!?

 

え、何で急に亀が転倒してんの? てか障壁どこいった? 何処にも見当たらないんだけど…不発?

 

ヤバいヤバいヤバい! 後ろからドンドン亀が押し寄せて来てるじゃん、ゲームみたいに死体が消えないのに気にせず突っ込んで来るとか脳筋すぎんだろ、いい加減にしろ!

 

「うぉぉあああ! 間に合えーー!!」

 

時間ギリギリで再度障壁の魔法を展開。……が、焦って座標を変更し忘れたせいか、またもや壁は現れない。

いよいよ万事休すか、と回避すべく身を捻ろうとした所で今度は2匹目がすっ転んだ。何で?

しかも沈み込む角度がドンドン深くなって、惚けている内に完全に停止してしまった。そしてゴチン、ブチャ! という悍ましい擬音が立て続けに鳴り響き、反射的に身を縮こまらせて硬直している内に目の前には物言わぬ亀さんの墓場が出来上がり。1匹だけひっくり返っているが、体の構造上復帰は難しいだろう。

 

「あれ、もしかして…勝った?」

 

よく見れば亀がくり貫いた穴というか、埋まった溝には人工建造物の残骸が其処彼処から掘り返されており、それで漸く地下鉄か何かに足を取られたのだと理解した。こんなミラクルあり得るんだな…。

 

そう考えていたらクリムが通信越しに今回の詳細を説明口調で呟いていた。そこら辺はゲームっぽい。

 

クリムことクリムゾンのコードネームを持つ彼女は、スカーレット同様に仲間になるキャラクターの1人で、赤組と呼ばれる企業集団一の切れ者である。

〜ッスなんて巫山戯た口調に騙されやすいが本来、人事部という名の暗殺集団に組する冷徹な性格をした人物であり、うっかり会社に不義理を働くと容赦なく粛清に来るので涙を呑んだ初心者プレイヤーも多い。

そんな彼女とは既に何度か仕事を共にした事があり、最近は熱心な視線を浴びせてくる事から粛清イベントの予兆を感じ取って警戒していたのだが…今回の依頼は正に渡りに船だった。これでしばらくは安心だろう。

 

因みに、恋愛攻略不可のサブキャラクター枠にもかかわらず、コアなファンが多い事でも有名なキャラクターである。

 

「この後、基地に顔出しなさい!直接話しがしたいわ!」

 

うわ、来た。

 

これはスカーレットの固有イベントに違いない。普通ならこのまま基地に向かって生身で会うのだが、ポンコツデレさんはクソチョロく、そこでよっぽど変な行動を取らなければ一目惚れされてしまう。

そうなると何かにつけて仕事を手伝わされる上にプライベートにもガンガン干渉して来るので非常に不味い。

 

最後には捨てる…距離を置くのが定石として、仲間にしておくだけなら有能な面もある彼女だが、この世界では絶対にお近づきにはならない…なれないのだ。

 

[…断る]

 

端的に断って、サッサとズラかろう。俺はチェイサーをなるべく早く走らせて専用ガレージである歩行式重巡洋艦へと帰還する。

 

通信にヒステリックを起こした彼女の声が耳に入るが無視だ無視。基地に行くだけならまだしも生身を晒すのだけは許可できない。

 

 

何故なら…………。

 

 

「待ちなさい! 女同士、裸での付き合いはホッパーの基本でしょう!」

 

 

 

 

「俺は……男だ!!!」

 

この時ほど、通信機能が故障して幸運だと思った事はない。

 

 

 

 

 

 

【D.T・Ⅱ ブレーキングドーン】

 

初代から続く本格ロボットゲームという数少ないジャンルでありながら、続編を担当した開発者はどんな味付けしようと思ったのか、当時流行っていた百合ブームに乗っかる形で登場人物の殆どを女性に改変。恋愛ルートを多分に含んだシミュレーション要素を付け足してしまったのだ。もはや上等なステーキにトリュフとフォアグラを添えるが如き所業に古参ファンほど怒り狂った。

 

だが、考えて欲しい。前作は硬派なロボゲーを作っていた開発が、突然立ち上がって萌えや尊いを理解し、恋愛要素を万全に表現出来るか、否か。

 

答えは当然、NOである。

 

コスト削減の為か、前作の大部分を使い回している弊害で世界観は異様にシビア。裏切り、報復、環境汚染、代理戦争など。百合どころかペンペン草も生えないような過酷さの中で、可愛い女の子達が真っ当に恋愛できる筈もない。

それを何とか打開しようと無駄に頑張ったシナリオライターは、女性だけは特別に色恋が出来る=特権階級とし、逆に男性は適当なモブとして随所に配置される。

最終的に出来上がったのは、荒廃した世界でも女性上位の特権階級が幅を効かせる(男性にとって)終末のディストピアだった。

 

 

そして一番問題なのは。

 

本来の主人公であるマコトの性別は女性であり、転生した俺は前世と同じ男の身体である点。

 

女にさせられても困るが…この差はかなりデカい。何せ先述の通り世界観として女性全てが上位の存在と認知されており、余計な男性を産む必要は無いと考えられ、多くは同じ顔と体躯のクローン体として産まれてくるくらいだ。

……実際にはゲーム側の都合でグラフィックを使い回した言い訳なのだが、この世界に転生したら本当にクローンなので初見で驚いたのは記憶に新しい。

ここまで原作と同じなら当然、【アレ】も再現されている。その事態に気づいた俺は恐怖に慄きながら女性主人公になり切る事を決意した。

モブとして細々と生きるのも考えたが、それでは先の通りストーリー中盤の強制イベント【機神舞踏祭】(オクトーバーフェスト)でいつ死ぬとも分からない。ならいっそ原作の流れに沿ってシナリオを進めるしか生きる道が無いのだ。

一応、やり込み要素として他キャラクターと顔合わせをしなくともクリアする動画を見た事があるので多分きっと何とかどうにかなる…はず。

 

余談だが、ブレーキングドーンという言葉は本来《夜明け》を意味し、そしてそれを阻むというラスボスへの伏線が込められた真っ当なサブタイトルである。しかしメインタイトルのDTをディーテー。ドーテー。童貞と呼び、夜明けの太陽を玉に見立て、それを繋ぎ合わせた【童貞 玉潰し】という最低なスラングも生み出されている。

 

そしてこの玉潰しの部分。恐ろしいのはゲーム設定的に一致している部分があり、そこが何よりも恐ろしい。

 

 

 

 

この世界では、男は総じて。

 

 

 

 

――――去勢される。




DT

ドール・トルーパーの略称。
所謂人型ロボットで全長10m程。既存技術を全く使用しない四肢駆動で人形(ドール)のようだと比喩されてこの呼び方が根付いたが、本来の意味は異なるらしい。
また、初披露のお目見え時では完成度が低く、まるで酔っ払い(ドランク)のようにフラついていたからという説もある。

今作でもっと必要な物は何でしょうか。

  • 主人公の明け透けな一人称
  • 第三者からの視点
  • ヤンデレ要素
  • バトル描写
  • 展開をもっとじっくり

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