D.T 童貞はリアルロボゲーの世界に転生しても魔法使い   作:装甲大義相州吾郎入道正宗

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歩行型重巡洋艦【筑摩】

「大将が帰ったぞー! お前ら錨を下ろしてやれ!!」

 

廃棄都市から間も無い位置で鎮座していたDT用移動ガレージ、筑摩に赤黒い機体が帰還する。

この艦船はかつて世界大戦時代に海原の覇者として駆け回っていたが、モンスター出現により人類間での戦争が中止された後、とある理由で他船種共々死蔵されていた。しかしそのまま朽ち果てるのは惜しいと一部の物好きが考えた結果、武装部分をそのままにDTの技術を流用した脚部を設置。自衛攻撃が可能な移動要塞として新たな息吹を吹き込まれる。

本来バラストタンクと呼ばれる注水部と船倉は丸ごと一新され、厚い装甲に守られた上で整備施設を内蔵。防御力と機密性も高く、外販のような機体を降りると後ろ盾がない者は拠点として専属契約を結ぶ事が多い。

 

[…やっぱり…本店の奴は…いけ好かないな]

「ガハハッ! まぁ外販と馴れ合うのも癒着やら不正を疑われるからな、仕方ねぇさ」

 

係留された赤黒い機体、チェイサーから流れる読み上げ音声を聞いて、壮年の髭男性が笑う。

彼は荒々しい性格とは裏腹に精密な技術を要求されるDT整備の主任者であり、筑摩の全権を任される責任者でもある。皆からは船長と呼ばれて親愛も厚い。

加えて言えば周囲で作業を進める同じ顔をした整備員達のようにクローニングで培養された人間ではなく、真っ当に女性と男性の間から産まれた天然児という、この世界では珍しい出生でもある。

 

[…整備は…給水…だけでいい]

「ほう珍しいな…んじゃ醸造の方も自分でやるのか?」

[あぁ]

「了解だ。……あんまやり過ぎて酔うんじゃねえぞ」

[あぁ]

 

一向にコクピットから顔を出さず、音声だけでやり取りするホッパーの奇行に今更顔を顰める者はいない。

 

白上 マコト。

 

第1世代のラガー式DTを好んで使用する外販のホッパー。目立った功績こそ無いが堅実な戦い方と窮地に陥った際に用いる搦め手の巧みさから《表向きの》任務達成率90%を誇り、地元では随分と頼りにされている存在だ。何より全く人前に姿を現さない奇行で仕事の評判よりも名が知れた人物でもある。

 

その徹底ぶりはホームグラウンドとも言える筑摩でも同様で、腹心とも言うべき船長ですら顔を見た事が無いという。通常であればそんな不審な相手にマトモなやり取りをしようとは思わないが、どんな男性が相手だろうと決して色眼鏡で見ない態度。偏見や差別を一切しない対応を始め、充分な休暇や給金を払い、口数こそ少ないが労いの言葉を欠かさないなど、男性軽視の世界で生きてきた者ほどマコトを慕う者は多い。

 

だからこそ直接会って話したい者は後を絶たないが、それら全てを断り続けている理由とは何なのか?

噂では絶世の美女である事を隠す岩戸の姫だとか、DTと一体化した鉄のラプンツェルなんて眉唾な呼び名が飛び交っているが、本人は恥ずかしがっているのか《大将》なんて色気の無い愛称を好んでいる。そのため容姿に付いて世間一般の多くはまるで推察出来ていない。

 

一番近い真実を知るのは船長だけだ。

 

(コイツは誰も信用しちゃいない、だから外に出る事すら忌避して個人情報も最低限に留めてるんだ。個人的に《あの事件》の被害者と知ってるから理由は分かるがな……)

 

奥底にあるのは過剰なまでの警戒心と疑心暗鬼。船長はマコトと初めて会った時を思い出し、歯痒い思いに舌打ちを一つ鳴らすが過去は過去。人と対話出来るようになっただけでも上出来だと前向きに考えて、まずは他整備員に指示を飛ばしていく。

 

チェイサーを整備用ハンガーにしっかり固定すると、今回の依頼で装備していた【魔術師形態(マギウス・スタイル)】の除装に掛かる。特徴的な杖とマント及び専用装甲を爆発ボルト…緊急時には炸裂してパージ可能な取付部を慎重に外し、非武装の本体を剥き出しにした。その姿を見て、数名の整備員が愚痴るように口を開く。

 

「しっかし相変わらず中身も地味ですよね。塗料の節約ってのは分かりますけど色気が無いというか…」

「船長に塗装代くらいサービスしましょうって相談しても、許可降りねえし」

「そこだけやけに頑なだよな…。塗料の乗りが悪いのが関係してんのかな?」

 

彼らが見上げる鋼の巨人には幾つか曰くがある。

最初期に生産されたラガー式でありながら部品の経年劣化が少ない。

反面、装甲に施す塗料は剥がれ落ちやすく塗り直しの頻度が高い。

もはやカタログの画像でしか残っていない同型機と比べると見慣れないパーツや部品が増えている、など。筑摩の整備員でしか気付けない差異が其処彼処に点在する。そこにマコトが好んで旧式のチェイサーを使用する所以があるのだと多くは推察するが、真相は未だ語られず雇われの身である彼らは今日も黙々と作業を続ける。

 

「よぉーし! 装備は捌けたな、開栓するからクレーン寄越せ!」

 

ようやく自分の仕事が回ってきたと意気込む船長が目の前にするのは、機体の背面。完全な人型とは異なる迫り出した背中には大きなコンテナが併設されており、これがDTの心臓部たる動力源が内蔵されている箇所だ。

 

そこを専用の工具と設備を用いて開封すると、厚い装甲に包まれた中には【樽】と俗称される寸胴型の燃料タンクが据え付けられており、開けた拍子にシュワシュワと泡立ちが溢れて金色の水に溶け込んでいた魔力が一気に揮発していく。その濃密な魔力に酔わないよう気を付けながら濃度が下がるのを待つ。

余談として、この発泡する魔力水(ビア)を各駆動部に送って稼働するDTは機体体積のおよそ7割を水分で満たす。それは人間の身体を構成する水分量の比率と同じで、巨大なゴーレムと呼ばれる所以でもある。

 

「マコトさん! 今日の食事をデリバリーですヨ!」

 

そんな作業の合間。船員の中でも一際若い1人が片言の日本語で食事用のランチパックを掲げている。いくらマコトが人前に姿を現さないライフスタイルとはいえ、食事や睡眠、排泄は人として何度も繰り返さなくてはならない。仕事中は全て機内でこなせるよう専用の改造が施されているが、毎食暖かい食事までは用意は出来ず、仕事の合間に帰還した際は、この船員が手料理をデリバリーするのが常となっている。

目出し帽を深く被っているせいで表情は見えないが、軽く弾んだ声から深く慕っているのが良く分かる。そんな子犬のような相手にマコトも気を許しているらしく、素顔こそ晒さないがコクピットから手を伸ばして直接受け取る程度には距離が近い。

 

「今日ハですねー、湯豆腐味のナチョスと、明太高菜のバリカタオートミールでス!!」

 

スッ……

 

「何でバックするですカー!?」

 

(((今日は外れの日か…)))

 

整備員達の心の声が一致する。

基本的に船内コックが料理を担当するのだが、偶に親しみが暴走する若き船員はチャレンジ精神旺盛な自作料理を振る舞おうとするので注意が必要だった。

せっかくの料理を食べてもらえずブーイングを繰り返す様に、周囲は合掌の意を込めて黙々と作業を進めていく。頑張れ大将、多分断っても食べるまでそこを退かないぞ。と思いながら。

 

その後は作業も順調に進み。魔力がスッカリ抜けて透明な水に満たされた樽の内部が露わになる。

構造自体は単なる水流ポンプであり、DTにおける最も重要な機関であると同時に1番シンプルな造りで、魔芽という結晶体が投入されている以外は100年以上前の既存品と全く同じだ。コクピットの複雑なコンソール関係を除けばDTは全体的にかなり簡素な作りで、手足に至っては装甲で守られた水風船といっても過言ではない。特に新型のエール式ともなればその特徴は更に顕著で、機動性確保の為にスリムにしたせいで魔力無しでは自重すら支えられない程に軽い。逆にチェイサーのようなラガー式は骨格が内部に配置されているので、魔力がほとんど無い状態でも稼働可能だ。

どちらも水を魔力に変換する醸造の作業が必要となる共通性があり、それを行える魔法適性持ちが【ホッパー】となる最低限の条件である。

しかしながら、巷では誰でも搭乗可能で、更に安価な第3世代のDTが開発中との噂もある。

 

船長主導の下、サービスでの点検が終わると給水と排水用のホースがそれぞれ連結されて循環し、本格的に水が入れ替わっていく。

一度魔力を通した物体は伝達性が著しく低下するという特性を持っているので、性能を保つには全て入れ替える必要がある。

 

後はコクピット内のマコトに魔力を流して貰い、揮発を最低限に抑えながら樽に封をする注ぎの工程を残すだけ。敢えて泡を発生させて漏れを防ぐ専門の技術が必要となるので、一番腕の良い船長に任されている重要な工程だ。

 

「よおし、んじゃ始め……」

「船長! マコトさん! お、お客さんが来ました!」

「なにぃ!?」

「うぅ…ネバー頑張ったのに食べてくれないデース…」

 

新しい水で満たされたタイミングを見計らったように、船員の1人が駆け寄って来る。随分と慌てた様子で通信機器を使わず直接報告に来た時点で、船長は嫌な予感が頭を過ぎった。

 

「おう、誰が来たって?」

「そ、それがですね…」

 

周囲を警戒した後、そっと船長に耳打ちすると露骨に顔を顰めて悪態を吐く。

 

「ーーーカーッ! まぁた来やがったのかアイツは。懲りねえ奴だな」

[…船長]

「おう、察しは付いてると思うが…問屋が来たぞ」

[………そうか]

「もしかして高菜ですカ? 最初に高菜を入れたのが間違いでしたカ?」

 

若い船員はともかく。あからさまに反応が遅いマコトの様子に事情を察して同情する船長と船員。だが肝心の相手はすぐそこまで船内に通されていたようで、相槌のように言葉が返ってきた。

 

「全く…わたくしが来たというのに随分な態度ですわね。借金の利子を増やしてあげましょうか?」

 

不機嫌そうに口を開いたのは、上等なシルクを重ねたような白銀の髪をした女性だった。

キッチリ着込んだスーツ姿でありながらその豊満な肢体は隠し切れず、肌に密着するせいでかえって扇情的なイメージを拭えないキャリアウーマン。問屋と呼ばれるDT専門企業キリンの営業担当であるクラリッサ・スチュートが、自慢のロングヘアを靡かせている。

 

「あー…悪りぃけど大将は作業中でな。時間というか日を改めて…」

「なら待たせてもらいますわ。借金の返済についてお話がありますので」

「……そうかい」

 

船長の言葉を意に介さず、クラリッサは近くの整備員に椅子を用意させて帰ろうともしない。

傍若無人な振る舞いだが、この世界において女性というだけで上位の権利が保障される関係上、逆らった所で報復に遭うのが関の山だ。そのせいでホッパーに成り立ての頃のマコトは理不尽な借金に囚われて、今でも危険な仕事を繰り返す状況が続いている。船長は鬱陶しげに頭を掻き毟ってから注ぎを再開した。

 

「じゃあボチボチ始めていくか」

[了解]

 

合図と共に、樽内の水に輝きが混じ始め、気泡が沸き立つ。徐々に金色へと強まる色合いに応じて周囲が明るく照らされていく様子にクラリッサは溜息を吐いた。

 

「相変わらず非効率な醸造ですのね。素直に我が社に頭を下げれば上等な魔力水とエール式DTを都合してあげますのに」

(……そうなったら今以上に利用する気だろうが、女狐め)

「何か言いまして?」

「あー、気のせいですぜクラリッサ様」

 

個人で醸造される魔力水はホッパーの資質によってDTの性能に大きく影響する。故に多くの外販は自身の魔力消費とコストを天秤に掛けて、問屋から高品質な代物を仕入れて使用するのが基本だ。巨人の機体を満たす水分量を醸造するのは半端な労力ではない。

 

ーーーそれを容易く可能とする目の前の凄まじさに気が付いていないのは、門外漢のクラリッサと外の評価に頓着しないマコトだけだ。

 

熟練の技で樽に栓をした船長は周囲に作業完了の合図を飛ばして撤収の準備に取り掛かる。接続されていたホースや固定用クレーンが次々とチェイサーから離れて、再びその無垢の姿を露わにすると残された作業用ブリッジに足を掛けてクラリッサがコクピットに近づいた。

 

「さて。今月分の返済分を回収しにきましたわ」

[…まだ…月末…ではない]

「こちらにも都合というのがありましてよ。第一、借りた側が文句を付けられる立場ですの?」

[…………キャッシュで…用意する]

 

あからさまな間を置いて、折れたように理不尽な催促に応じるマコト。普段なら口座からの引き落としなのだが、態々こちらに出向いたのは そういう事 だろうと推察し藪蛇を突く前に交渉を打ち切った。

 

「……払えますの?」

[…蓄えは…少し…ある]

「そう、ですか。なら遠慮なく頂いておきますわね……ウフフ」

 

折角の美人顔に生まれながら台無しにするような含み笑いに、端から様子を窺っていた船長とまだランチパックを手に持つ若い船員がドン引きしている。

 

[…用件は…それだけか]

「おっと! 仕事の依頼ですけれど…丁度良いですわ、このまま現地に出撃しなさい」

[…なに?]

 

現在は亀との戦闘を終えて、ちょうど正午を回った辺りの時間帯。何処に赴くにも夜の時間帯に差し掛かるというのに、彼女は嘯く。

整備なら今終わったでしょうと、手元のタブレットからチェイサーへデータを転送しながら、依頼文を口頭でも説明する。

 

「現在、旧ギフ都市を中心に突如として3m級モンスター、油蝮が大量発生。これを速やかに殲滅するため、近隣のホッパー全てに参加を要請しています。人数に制限を設けませんので作戦開始時間に間に合う方ならば何方でも構いません。悪辣なるモンスターによる被害拡大を防ぐ為、どうか我が社に力を貸して下さい。

 

また、作戦区域内に存在する同社の研究施設を最重要防衛対象と致しますのでご留意を。」

 

[…なるほど]

 

依頼の節々から感じる企業の思惑に思い至るマコトだが、何かしらの思惑があるのか。殆ど休憩も挟まないまま再出撃の準備に取り掛かる。

 

[…船長…出撃する]

「はぁ!?」

[…【剣闘士形態(ウォーロード・スタイル)】に…換装してくれ]

「おまっ……あぁもう仕方ねえ! 野郎ども設備を戻して、大将のおべべを着せ替えてやれ! 速攻だ!」

「あわわわ…!?」

「おら若造! お前は飯を無理やりでも詰め込んで来い」

「! 了解デース」

[!?]

 

剣闘士とは名ばかりの、大剣に槍や鎚など質量武器を積載量限界まで詰め込んだだけの装備へ衣装変えを行うチェイサーに加え、ゲテモノ料理を押し込まれるマコト。途端に慌ただしくなった筑摩の様子に元凶を持ち込んだ本人は事の大きさを理解出来ず、内心オロオロとしながらもポーズだけは整えていた。

 

「そ、それではお金を拝借…回収したら帰りますわね」

 

これだから一度火が付いた男は苦手だとクラリッサは人知れず愚痴を零して、そそくさと退散していく。

 

 

そしてこれから連続して依頼に赴かねはならい不運なマコトの様子といえば…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「BOXガチャきたーーーーー!!!」

 

 

 

周囲の心配とは裏腹に、一攫千金のチャンスが来たと大喜びだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 白上 マコト

 

「いつ見ても、デカい買い物したと思うな…」

 

ナゴヤから徒歩で帰還する先には大枚叩いて買ったDTガレージ艦船【筑摩】が、荒野のど真ん中で待ち受けていた。

以前のここは只の住宅地だったらしいが、モンスターの出現により真っ平らに整地されて見渡す限りの荒野に変貌している。おかげで目立って仕方無いが、高脅威度モンスターがいない地域を選んで停泊しているし、雑魚程度なら備え付けの主砲副砲で撃退出来るので心配無用だ。

かつては画面越しのスケールしか認識していなかったが、転生して実物を拝むと何よりそのサイズに圧倒される。DTの搬送しか出来ない小型クラスの駆逐や軽巡と値段の桁が違うわけだ。

……その分のお値段はキッチリ取られたが。今更ながらコスパが良い軽巡の【明石】にするべきだったかもしれない。筑摩を無理して購入したせいで多額の借金をこさえるわ、弾代含めた銃火器が買えないとか、資金が常にカツカツでハードモードもいい所だ。

 

でも明石は野戦修理しか出来ないし、自衛戦力も皆無だから整備中に襲われたら一巻の終わりという弱点があるので難しい所だ。

転生した以上、ここは現実でリスタートもコンティニューも存在しない。何事も命を対価に戦わなければ、ホッパーという仕事に明日はない。物理的に。

 

「大将が帰ったぞー! 錨を降ろしてやれ!」

 

見張りの船員から放送が響き、筑摩に横付けしたチェイサーに向かって昇降用リフトが降りてきた。

通常の乗艦手順に則って甲板のハッチを経由して艦内部に機体が収納されていく。

油圧エレベーター独特のウイィィィン…という心地よい重低音を聞きながら降り立ったのは直通の整備場。筑摩…というか利根型重巡洋艦には《あるオマケ》が付いてくるので内部スペースが同艦種の中でも切り詰められた設計になっているせいだ。

すぐ目の前にある整備用クレーンがこちらのコクピット近くまで寄せられ、そこで腕組み待ち受ける髭もじゃの壮年男性、恐らく一番お世話になっている人に向けて、今回の仕事内容を端的に伝えながら愚痴を零す。

 

[…やっぱり…本店の奴は…いけ好かないな]

「ガハハッ! まぁ外販と馴れ合うのも癒着やら不正を疑われるからな、仕方ねぇさ」

 

船長はその名の通り筑摩の責任者で、何かと都合を付けてくれる大恩人である。どうも前世を思い出す前、幼少期時代の俺を知っていたらしく、他の好条件を断って契約してもらった過去がある。

……身も蓋もない言い方だと、ゲーム時代にあった通称、船員ガチャで初回限定確定SSR引いたような関係なのだが、リアルのこの世界ではキッチリと人物関係が構築されている訳だ。出来れば美人な女性が良かった気もするが……うん、そこを深く考えるのは止めよう。俺が男の時点でマトモな人付き合いなんて不可能だしな。

 

[…整備は…給水…だけでいい]

「ほう珍しいな…んじゃ醸造の方も自分でやるのか?」

[あぁ]

「了解だ。……あんまやり過ぎて酔うんじゃねえぞ」

[あぁ]

 

お金が無いから補給も自前が基本。

魔力水代も馬鹿にならないのでもっぱら自分で精製してばかりの貧乏性だ。ゲーム時代ではプレイヤーのスタミナを消費して賄う緊急手段で、品質が最低というデメリットがキツくあまり使わなかったが、今世では船長の腕が良いのか、今のところ動作に支障が出たり能力が下がる事態には陥っていない。

 

いくつか確認のやり取りを終えて補給作業の準備に取り掛かる整備員達を尻目に、少し手隙になったので改めて自分について考える。

 

 

 

白上 マコト。

 

白上は前世の苗字で、マコトはゲーム主人公のデフォルトネームだ。

 

こちらの世界で5歳くらいの頃、モンスターの被害を恐れながらも、海上都市に住む資格が無いならず者達、ブーアに両親共々襲われたショックで目覚めたのが《俺》だ。

 

当時はそんな非常識を信じられず、幼少期の数年は彼女らの奴隷として波風立てずに生活。その後、地域清掃という名の任務で訪れた本店のホッパーに救われたのを契機にようやく自由となり、自分の足で歩き始める……というゲームまんまのオープニングイベントを実体験し、ようやく転生したと確信した。

 

旧式のチェイサーはブーア達が隠し持っていた正真正銘の骨董品で、チュートリアルでしか使えないような低性能だが、新品を買う余裕が無いのでずっと使い続けている。ゲーム通りなら、とんでもない隠し要素があるしな。

 

前世持ちにして天涯孤独の無一文。

どっかで聞いた名乗りのような身の空で、拠点を持つ所まで成り上がれたのは密かな自慢だ。死なないよう、生きていられるよう、努力を欠かさず鍛錬と仕事ばかりに明け暮れたおかげで今の自分がいる。このまま即死級イベント《機神舞踏祭》を乗り越えて必ずや未来を掴んでみせる! てかしないと死ぬ!!

 

「マコトさん! 今日の食事をデリバリーですヨ!」

 

そんな決意を新たにしたところで、ショタの声がする。

ぐっ…この子苦手なんだよな…。

天真爛漫を絵に描いたような仕草は愛らしいが、男だ。

 

男である。

 

たぶん…男かも?

 

いや男でも可愛いなら問題無いのでは…?

 

いやいやいやいや落ち着くんだ俺ぇ! いくら前世を合わせて女性経験が皆無で母親以外との会話経験すら不足しているピュアな身持ちでも、少年に恋心を抱くのは流石に不味い。倫理観のオーバードウェポンだ。

いつものルーチンでコクピットを開けて差し出された食事に有り付こうとするが、その白魚のような指が一緒に視界に映り、自分や船員達とはまるで違うきめ細やかさに目を奪われ……。

 

スッ…

 

「どうしてバックするデスかーーッ!!」

 

手なんか握ったら好きになっちゃうだろ!!

 

童貞特有の拗らせ…純朴な心が軽いコミュニケーションすら断ってしまう。くっ、どうすれば良いんだこの気持ち。女性上位の世界じゃ風俗すら無いから凄いムラムラしちゃうぜ!(錯乱)

 

「さて。今月分の返済分を回収しにきましたわ」

 

そんな時、渡りに船とばかりに問屋のセールス担当クラリッサがこちらを訪ねてきた。相変わらず理不尽かつ唐突な返済の催促だが、こちとらゲームの頃からその傾向と対策は済んでいる。あらかじめ隠し口座に金が貯めてあるので返済に問題は無い。そして延滞せずにこのまま着服を見逃して好感度を上げると、とある特殊な仕事を斡旋されるようになる。そこまでの辛抱だ。だからこそ割り切って付き合えているので本当は船長達と同じ気持ちなんだよ本当。

 

そして、今回の仕事はその特殊な仕事に関する重要なフラグ付きというナイスなタイミングだった。しかも掃討作戦という報酬がBOXガチャ方式で、更に油蝮という特定のフィールドを利用したハメ技が使えるモンスターが対象という神イベントだ。ここだけでも我慢してクラリッサと付き合いを持った甲斐があるモノだと言える。

そろそろ浮いた金で音声読み上げソフトでも導入しようかと思ってたからな。流石にこのまま誰の目にも触れずにホッパーを続けるのは難しい。順次、変声機能とホログラフ映像を用意していきたいもんだ。

 

ーーー金に余裕があればな!

 

既に日は中天に差し掛かり、午後が始まるが、今回の仕事は夜から明け方まで続く長時間戦闘になるので休める内に休んでおこう。

 

狭苦しくも自室に篭っていた頃のように快適な小型空間で俺は寝る準備を始めるのだった。

 




D.T・Ⅱ wiki Q &Aコーナー

Q.どんなゲームなの?
A.ロボゲーの世界でハートフルな百合展開を満喫すると思っている初心者を容赦なく殺す対人動物園ゲーム。

Q.どういう事だってばよ…
A.パッケージや公式ページでは百合百合な女性ばかり描かれているが、好感度の前に金を稼がなくては容赦なくガメオペラするから。ファンタジーなのは設定だけ。
主な敵がモンスターであるストーリーモードは初心者でもまだ頑張れるが、オンライン対戦モードは完全に魔窟でオープンフィールドに野生のラスボス=上位プレイヤーが突然現れるのは日常茶飯事。酷いと戦争に巻き込まれて拠点ごと灰燼に帰す。
ガチャ要素有り。ただし機体性能に直結する部分は対象に含まれず、通称船員ガチャで拠点を充実させるのが役目。

今作でもっと必要な物は何でしょうか。

  • 主人公の明け透けな一人称
  • 第三者からの視点
  • ヤンデレ要素
  • バトル描写
  • 展開をもっとじっくり

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