D.T 童貞はリアルロボゲーの世界に転生しても魔法使い   作:装甲大義相州吾郎入道正宗

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緊急ミッション 大規模掃討作戦
浮遊型航空母艦【加賀】【瑞鶴】【グラーフ・ツェペリン】


ビアガーデン中層 管制塔の一室

 

「……お金目当てとはいえ凄い数だなぁ…」

「心配事か! クレナイ新入社員!」

「きゃっ!?」

 

デスクワークの合間に小休止を挟み、窓から見える光景をボーッと眺めていた少女に向かって、突然声が飛んできた。驚いて振り返ってみれば、スーツ姿の上司がいつの間にか仁王立ちで待ち構えている。

 

「初仕事で緊張しているようだな! だが安心したまえ! 君がオペレーターとして担当するのは2人だけだ! 皆忙しいがな!」

「は、はい…頑張ります課長」

「よし!」

 

緊張で業務を中断していた訳ではないクレナイは曖昧な笑顔で誤魔化して相槌を打った。それを健やかとはまた異なる明瞭さで受け取った上司はスタスタと窓側へと歩を進め、眼下に居並ぶ威容に感嘆の評価を告げる。

 

「このビアガーデンに集いしDTの混成部隊! 我々、本店所属の最新型DTも素晴らしいが、外販達のカスタム機もまた個性があって見応えがあるな!」

 

促されるまでもなく、クレナイも同じ感想だった。

今回の油蝮(アブラマムシ)掃討作戦は近年モンスターによる被害が低調な極東方面では珍しく大規模な戦闘であり、多数のDTが参加している。

近隣周辺に滞在する外販だけでなく、本店からの救援戦力や、受付時間内に到着すれば誰でも参加が認められるという条件の下、巨大な世界樹であるビアガーデンは世界のDT見本市のような様相を呈していた。

 

彼らの多くは中層に位置する駐機場に集合し、作戦開始を待ち構えながら外販同士で情報共有や親交を深めるのに余念がない。

同階層にはクレナイら本店の社員が詰める管制塔が辺り一面を睥睨しており、参加機体とホッパーの照合や、作戦中にオペレーションを担当する人員の割り振りなど事前準備に忙しい状態だった。

そもそもの依頼主はこのビアガーデンのオーナーで魔法側の人物なのだが、如何なる理由か、援軍として魔女達は一切派遣しないと明言し、四方八方へとホッパーを募集。本店に連絡業務や作戦指揮を丸投げ…委託して上層で引き篭もっている。おかげで参加者数が増えに増えて統制が取れず、急遽、新入社員であるクレナイまで担ぎ出された。報酬に関しては中抜きをたっぷり挟んだとしても有り余るほどの金額が用意され、経営陣としても、集まったホッパー達にも有難い話だろう。…その分、割りを食っているのは定額の給金で働いている末端の社員だけである。

 

「見たまえクレナイ新入社員、馬鹿みたいな大きさの狙撃銃を担いだDTを! あれは問屋の用心棒【鴨撃ち】だな。スポッター用に小型のUAVを搭載しているからすぐに分かるぞ!まさしく馬鹿のひとつ覚えだ! …むっ? あれは【八寸】か! 私のように前線から退いたと思ったが、息災のようで何より! いつも通り雑多な武器塗れで汚らしい!」

「え、あ…そうですね」

 

ナチュラルに口が悪い上司の言葉に少しだけイラッとしながらも、視線はDTに吸い寄せられる。新入社員でありながらコードネームを与えられるほど優秀なクレナイは表面上、模範的な社員を演じているが、その内面は生粋の《DTオタク》。説明されずとも有名どころのホッパーとDTの仕様は丸暗記しているし、窓から眺めるだけでも恍惚とした気分になれる上級者なのだ。冒頭で憂鬱そうな溜め息を吐いていたのは、いきなり多忙に叩き込まれながらも、役得な仕事だと幸せを噛み締めていた最中の仕草である。

 

「【紅葉】に【骨裂き】、【串刺し屋】までいるな! 実に壮観! 有象無象が紛れているがこれだけの戦力が揃えば仕事は完遂したも同然だ!」

「そう…ですね。………ん? 滑り込みでもう一人参加っと、これは…ラガー式のDT? 珍しいですね」

 

励ましなのか、単なる独り言なのか分からない上司の言葉を聞き流していると、不意に業務用パソコンへ連絡が入り、最後の参加者になるであろうホッパーの登録情報が表示された。その詳細情報の中には現在の駐機場で待機しているどのDTよりも古い仕様のラガー式で、間も無くこの場に現れるという。

 

「5分前行動がなってないな! 参加は認めるがあまり期待は出来ない手合いだ! しかも古臭い、カビの生えたようなラガーなのだろう!」

「(旧式だからって色眼鏡で見ないでよね…)しかし、任務達成率は90%オーバーですごく頑張ってる人だと思いますよ。しかもこれ、チェイサーですよチェイサー。骨董品レベルの機体がよく動いてるなって……課長?」

 

「ーーーチェイサー」

 

その単語が出た瞬間。

 

上司の視線が窓の外に固定された。

ハキハキした言葉遣いも忘れて凝視する様は無言の威圧感を周囲に撒き散らし、クレナイは二の句すら告げられず息を飲む。

会社から支給された同じスーツを身を纏っているが、上司のそれは空調の風に揺られて片腕の袖が宙を舞う。

 

隻腕のアザレア。

かつては外販のホッパーでありながら卓越した腕前で本店役員へと成り上がった傑物。色褪せた赤花のコードネームが示すように歴戦の経歴を持つ妙齢の女性は普段、本店に所属する社員や新人の外販にDTの扱いを教える教官としての職務を熟す身だ。しかし普段の明るい振る舞いと人付き合いの良さに隠されているが、その本質は大きく異なる。

新人のクレナイが気づく由も無いが…こうしてビアガーデンに滞在している時点で通常業務の範囲から逸脱しており、かつて指導した弟子をダシに居座っているのが現状だ。

 

「亀程度では止まらんか……当然だな」

 

隻腕。今では幻肢痛しか反応を返さない利き腕があった袖を握り潰してアザレアが呟く。せっかく成り上がった地位が脅かされる危険があっても彼女が優先するものは何なのか。その答えは数秒後に訪れる。

 

魔女達の直轄範囲であるビアガーデン上層からDTが駐機場へと降り立つ。モンスターは人工物に対して高い敵愾心を持つ習性がある為、ビアガーデンへの入場は彼らの感知範囲外である高高度空路に限定されている。故に輸送機を使うホッパーが大半であり、資金に困窮している者は相乗りで定期便に搭乗するのが基本である。

 

ーーーしかし、そのDT、チェイサーはそのどちらにも該当しない。とんでもないエスコート役を伴って舞い降りる。

 

「えっ、あれってまさか……プロージット!?」

「最強の魔女を足代わりか…」

 

錆止め塗装の赤黒い外見をしたチェイサーを背後から抱き締めながら降りて来るのは藍蘭色をした細身のDT。梟を模した鳥型のウィングバインダーを両肩に乗せ、二対の翼で大空を駆ける魔法側最強の機体である。

それはまるで壊れ物を扱うかのようにチェイサーを降ろすと、周囲で待機していたDT達を一瞥し、翼を大きく翻す。すると驚きから静観の構えを取っていた周囲がビクリと震え、恐慌状態に陥ったように我先にと後退していくではないか。

 

「え、え…何が起こって?」

「……魔女め、人払いの魔法を使ったな」

 

プロージットの梟は超一流の材質で創り出された触媒で、既存機の武装で言う所の杖に当たる。普段は浮遊と推進の魔法によって飛行を可能としたり、攻撃と防御を同時に行使するなど魔法の同時使用に特化している。今回は人払いという名の短期催眠を二重掛けで周囲にばら撒いているらしく、強制的に空きスペースを確保しているのだろう。

 

「うわ…ここまでは影響しませんよね?」

「……安心したまえ。本店の設備は魔法耐性がある金属素材を織り込んでいる」

「そ、そうですか…良かった…」

「…それ無しで、しかも至近距離で、魔法を喰らって微動だにしない奴もいるがな!」

 

調子が戻ってきたアザレアの言葉通り、ほぼ密着しているチェイサーにも魔法の効果が及んでいる筈だが、まるで応えた様子は無い。直立不動のまま佇むのみだ。

 

「……あれって、操縦桿を離してるだけでは?」

「その胆力! その蛮勇! 《あの頃》を思い出すな!」

 

DTを良く知るクレナイの実は的を得ている疑問を他所に、アザレアは牙を剥くような笑顔を見せて何かを懐かしんだ。

 

 

「か、課長!? どちらへ」

「私も出る! クレナイ新入社員! 今回のオペレーションはチェイサーと私で決まりだ!」

「えぇ!?」

 

何故、魔女が抱き抱えていたのか、どうして周囲に行き場を失った子犬のように旋回している輸送機に誰も触れないのか、など多くの疑問を残しながら、油蝮掃討作戦が開始されようとしていた。

 

 

 

 

 

廃棄都市No.058 旧ギフ 山岳方面

 

上空3000m

 

浮遊型航空母艦【加賀】

 

【ビアガーデンの枝分かれした中層そのものが空母であり】、その内の一隻である加賀が甲板の駐機場に大量のDTを乗せて夕闇の空を飛んでいる。

速力を犠牲に積載量と長期間運用に特化した本艦は、その図体に見合う魔力と化石燃料を消費する為、個人で所有するには巨大すぎる移動拠点である。扱うのは専ら企業である本店や問屋などであり、後続として随行する【瑞鶴】【グラーフ・ツェペリン】も例に漏れない。普段はビアガーデンと合体する形で連結されているが、今回のような有事であれば即座に飛び立ち作戦区域までの足となる。

 

「いいか! 貴様と私で討伐スコアを競う!」

[分かった]

「互いの戦闘に介入しない! 目標が被った場合はカウント無し! 制限時間は作戦終了の明け方までだ!」

[分かった]

「今度は負けんぞ!」

[分かった]

 

響くような大声でチェイサーを指差すのは薄い赤色のDT。スカーレットやクリムゾンといった本店直属のホッパーに支給されるエール式【アンカー】のカスタム機だ。

背面から鎌首を跨げる《追加の二本腕》は鉤爪が装備されており、魔法学の応用で滑らかな可動を維持しながら合金製の刃で敵を切り裂く仕様で、元の両腕にはそれぞれロングマガジンのサブマシンガンを携帯し近距離戦闘に特化している。

 

対するチェイサーに乗るマコトといえば、興奮するアザレアの言葉を完全に無視するかのように素っ気ない定型文を繰り返すような相槌ばかりだ。

時折、我慢出来んとばかりに機体表面を擦るような鉤爪の牽制が飛ぶが、それでも微動だにしない。《まるで見てすらいない》ように感じる。

 

「……トウカイ方面に命知らずのヤバい奴がいるって聞いてたけどアイツよね?」

「たぶんそうでしょ。噂だと趣味の悪いカラーリングをしてるらしいけど【成り上がり】相手に真正面からメンチ切る奴が普通な訳ないわ」

「魔女の時といい、どんな神経してるんだ…」

 

周囲の外販ホッパー達がヒソヒソと本人の預かり知らぬ面を噂する内、作戦開始直前のアナウンスが流れた。

 

「ーーー只今より、油蝮討伐作戦を開始します。参加者の方々は出撃前の最終準備をお願い致します。また、繰り返しになりますが同作戦中における注意事項をご確認下さい。

 

今回の目標はギフ地方に大量発生した油蝮の駆除です。3m級の低脅威度モンスターですが、当該地域の河川周辺に大規模な巣穴が発見され、相当数が潜んでいると思われます。このモンスターは強い毒性を含んだ体液を保持しており、万が一浄水施設の機能を上回る毒素が川に流れ出すと深刻な水質汚染が引き起こされます。特にテラフォーミングの要である天然樹木のビアガーデンに甚大な被害が及ぶ事態だけは避けねばなりません。

 

作戦中、母艦への被害を減らす為、直接帰還は認められません。定期的に周回軌道を回る発着便の小型艇をご用意しますので、それにご搭乗下さい。

 

油蝮の習性から、動きが鈍化する夜間での戦闘です。定期的に照明弾を投下しますが、充分に周囲を警戒して下さい。

作戦終了は暫定的に明日午前6:00までとしますが、目標である油蝮の掃討が完了しなければそのまま延長させて頂きます。ご都合の悪い方や、中断される方は最終便の小型艇に必ずご搭乗下さいませ。

 

…最後になりますが、作戦区域内には当社運営の研究所が存在致します。理由なき立ち入り、接近行為は重大な規約違反と判断し、即時の依頼取り消しと排除行動が実行されますのでご注意下さい。

以上で最終ガイダンスを終わります。以降の質問事項等は担当オペレーターまでお願い致します。ーーーご健闘を」

 

この放送を皮切りに各空母から駆動音が戦慄き、甲板の発射カタパルトがセッティングされる。元は航空機を出撃させる際、短距離で速度を確保する為に据え付けられた加速装置だが、改造された今では電子制御された射出装置によって任意の座標にDTを投下する現代の投石機じみた代物に変更されていた。

 

「さて、何処に降りるかねぇ…」

「……八寸の姉御。お供しても?」

 

「山岳部からの狙撃は射角的に不可能アルか…下流で伏せるしか無いのは痛いネ」

 

「おいおい、雑魚モンスター相手にビビりすぎだっての」

「そうよ! 適当にやればそれで充分、適度に手を抜いて終わったら食事でも行きましょう」

「わたし、買いたい化粧品があるからパース。奢ってくれてもいいのよ?」

 

出撃に備え、駐機場では十人十色の話し合いと、連む相手と固まって打ち合わせを行う者が多い。基本的にソロ活動が多い外販達だが、魔法を利用した新しいネット通信技術は健在で、旧時代から続くSNS文化によって直接顔を合わせなくとも、現地で会えば行動を共にしようとそれぞれ事前に打ち合わせていたのだ。特に今回は夜を徹しての作戦となる為、周囲への警戒が疎かになるのを危惧して臨時のパーティが其処彼処に生まれていた。

この中で尚も単騎で行動しようとする者は、よほど自分の腕に自信があるのか、それとも。

女同士のコミュニケーションに付いていけず……ボッチで戦うしか無い者だけだ。

 

「! もう往く気か!」

 

無言でカタパルトに向かうチェイサーを見咎めたのはアザレア。姦しい周囲の声を無視して担当オペレーターのクレナイに希望座標を既に送っているようだ。

 

《承りました…って本当にここで良いんですか?》

[……え]

《? どうしましたか》

[…問題…ない]

《そうですか…そこにはあんまりモンスターは居ない筈ですけど…本当に良いんですか?》

 

マコトから送られた座標は山岳部の裾野に位置する作戦区域ギリギリの末端だった。事前情報でモンスターの分布図が配布されているにも関わらず、勝負を吹っかけられている事すら知らないような素振りにクレナイは思わず口を出してしまう。

 

[…被害を…抑えるのが…先決だからな]

《そうですけど…》

[…それに…あそこは…ボーナス…何でもない]

《はぁ…》

 

何やらおかしな単語を耳にした気がするが、空母の管制官から出撃準備完了の報告が上がりその指示に従う。

マコトが操るチェイサーは足裏をカタパルトに接続。前傾姿勢を取って加速時の衝撃に備える。電磁加速レールの先には展開済みの魔法術式が待ち構えており、対になる魔法が投下ポイントに設置してあるので細かな軌道修正が無くとも互いに引き合い着地する仕組みになっている。落下時の衝撃は足裏に接続された使い捨てのアブソーバーとDT自身の慣性制御で和らげる。

 

[白上マコト、目標を駆逐する]

 

ホッパーの嗜みである掛け声と共に、重量級の装備【剣闘士形態】のチェイサーが空母から飛び立つ。大量に積んだ武器の数々は相当数を相手取る為の下準備か、それとも取らぬ狸の皮算用になるのか、多くの外販は先程まで見せられたマコトの偉丈夫さから前者だと推察し、その動向を気に留める。

 

「ハハハッ! 先走るのは良いが、精々《事故には》気をつけ給え!」

 

この言葉の真意を知る者は、今この場に居なかった。

 

 

 

3m級モンスター・油蝮(あぶらまむし)

 

低脅威度に分類されながら、人体に有害な毒素を含む溶解液と体表から分泌される油性の体液によって銃弾及び直接打撃に耐性を持つモンスターだ。潜伏型の生態で脅威となる事態は少ないが、それ故に発見が難しく気付けば群れに遭遇するのも珍しくない。

 

このようないつ、何処で発生したか不明のモンスターは様々な地球生物に酷似した外見的特徴を有しているが、共通して巨大な体躯を持ち、体格に応じた強さで分類出来る特徴がある。

標準的なDTの体長が10mという事もあり、脅威度はそれを下回れば楽。上回れば強敵とされるのが通例だ。以前戦った岩殻亀も一見は7mクラスの体だが長い首を含めれば10m級に達し、この分類に漏れない強さを秘めていた。

 

これには魔法的なカラクリがある。

地球上の生物は海洋を例外として、1mを超えるサイズ差が同種内で発生する事はない。生き物の殆どは長い進化の過程で適正な体長と体重を獲得しており、そこから逸脱するような体型は設計ミスと言わんばかりに不具合を起こすのだ。人なら人。犬は犬。厳密に言えば差異はあれどそこには一定の不文律がある、と魔法側は定義したのだ。

 

故にDTであれば、 10m級の強さを持つだけの体長を保有している。これは【人の体型をしているから不具合は起こさない】という科学に喧嘩を売るような乱暴かつ逆説的な理論付けで魔法を行使しており、本来ならば自重を支え切れないような構造でも人並みの動きが可能だった。

無論、可能というだけで実際に動けるかどうかは別問題であり、そこは科学側の技術力によって解消されている。ちなみにこれが撃破されたDTが直ぐに自壊を起こす理由である。

 

モンスターもまた同種間では生育の差はあれど、体長が標準から大きくズレる事は無く、何らかの魔法的要因により【体格が明確に基準化】されているお陰で、目視での脅威度判定が容易とされている。

 

それは油蝮とて例外ではない。

 

 

 

《ッ! 片腕が…!》

 

作戦開始から30分ほどが経過した頃。

山岳地帯、伊吹山方面で孤軍奮闘するチェイサーは本格的な夜間戦闘の始まりを告げる照明弾の明かりに照らされて見上げた一瞬の隙を突かれ、大きく口を開けた油蝮に右腕を咥え込まれる。その直径3m。悠々と肩口まで喰らい付くと二本の牙を突き立て、溶解液を垂れ流す。

事前情報から腐食性は低く、長時間晒されなければ致命傷には至らないと知っているにしても、リアルタイムでDTの戦いを見るクレナイは驚きの声を上げるしか無かった。

 

[問題ない]

 

しかし、マコトは一切動じる事なく、寧ろ効かないとばかりユックリとした動作で反対の手にナイフを構えて突き刺す。

ヘビ科目の生態上、臓器が少ない胴体への攻撃は効果が薄い。返す刃で鱗ごと肉を引き剥がし、油に塗れていない内側を掴んで投げ飛ばした。そのまま山肌叩き付けられて絶叫する油蝮だったが、そこへトドメと大槌が飛来して頭部を叩き潰されて絶命する。

 

《うわぁ…グロい……って腕は大丈夫なんですか!?》

[問題ない]

 

照明弾の光によって粘液が不気味に輝くも、溶け出した様子はどこにも無い。厳密には湯気が多少立ち昇っているが、表面を僅かに焦がす程度で揮発してしまう。

 

《あぁ、だから全身が錆止めなんですね!》

[え]

 

赤黒い塗膜で覆われているチェイサーは、元より腐食に対して非常に高い耐性を持ち、更には何度も厚塗りを繰り返している為、生半可な侵食攻撃は全くと言っていいほど通じない。随分地味な見た目だと内心侮っていたクレナイは、そういう魂胆だったのかと思わず感心してしまう。

 

《てっきりラガー式の装甲がサビやすい材質なので、塗装代を出す代金を浮かせるためかと思ってました》

[…………もっと…上に行くぞ]

《あっはい! 次は…また登った先に群れがいますよ》

[…だろうな]

 

大槌を回収し、今度は二振りの大剣を取り出し、杖のように地面に突き立てて急斜面を登山するチェイサー。主戦場である河川からはドンドン離れて行くが、撃破スコアの伸びは悪くない。まるで行く先に群れが居るのを知っているかのようだ。

 

反面、対決を申し出たアザレアは河川一帯で暴れ回って油蝮を血祭りに上げているが、銃弾の効果が薄い相手ではサブマシンガンの頻繁な給弾作業で手間を取られて、思ったほどスコアが伸びていない。さらに言えばそこは他外販も狩場に選んだ激戦区で、獲物の取り合いが頻発しているのも足を引っ張っている。

 

「クレナイ新入社員! もっとデカい群れは無いのか!」

《えぇ…基本的に潜伏型ですから離れた空母側だと判別が難しいです。それに皆で追い立てたせいで散り散りに別れてるみたいで…》

「チェイサーめ、そこまで見越しての単騎駆けか! やはり、やはり侮れん!」

 

飛び掛かる油蝮に副腕の鉤爪を合わせ、頭から串刺しにして脳幹を破壊。即座に動きを止めたソレに気をかける事も無く、次なる獲物を求めて河川周辺を探し回るアザレア。

そこには例え勝負が不利になろうと隠し切れない喜びがあった。

 

「さぁ今の実力を見せてくれ…! 存分にな!!」

 

機体が不自然に片腕を上げると、それに呼応するように一機のDTが乱戦に紛れながら、密かに山岳方面へと移動を開始した。

 

一方その頃、斜面を登り切ったチェイサーの方は、こちらも遭遇した6匹を事も無げに屠ると、やや開けた場所に辿り着くと足を止めて周囲を念入りに調べている。

 

《? そこにはモンスターの反応がありませんけど…休憩ですか? それなら簡易拠点(バル)に行った方が…》

 

半日近い作戦時間内では各自の判断で補給や休憩が認められる。弾薬やDT数機程度ならば小型艇の積載量で賄えるが、万が一の動力源である魔力水(ビア)の枯渇や軽度の修理などコクピットから離れて現地整備を行う場合、自重で自壊しないよう専用のハンガーに固定する必要がある為、バルと呼ばれる野戦用の補給拠点が幾つか点在していた。

対モンスター自衛用に砲塔が設置され、急な襲撃にも耐え得る装甲フェンスで守られているので外販からは立ち飲み屋とも呼ばれる。まさにソロにはうってつけの場所の筈だ。しかし、マコトはその提案を即座に蹴った。

 

[…休む暇は…無い…イベントは…駆け抜ける]

《イベントって…途中でスタミナでも切れたら…それに睡眠も…》

[…食事も…睡眠も…全て済ませた]

 

話す事はこれ以上無いとばかりに、チェイサーの大剣で周囲の木を切り倒す。何度も何本も伐採を続けて樵に従事する姿は、目的は知らないが、余計な会話に口を挟まないクールなマコトの心情を表すように、心のササクレを感じさせる荒々しさだった。

 

《ごめんなさい…余計な口を訊きました…少し、黙りますね》

 

その轟音に驚いたクレナイは機嫌を損ねたと思い込み、これだけ強いマコトならオペレーターの役目も薄いとして、半ば職務放棄気味に通信から耳を離した。

 

もう一人の担当であるアザレアはしきりに補給とモンスターの位置情報を求めてくるので、本店の社員としてそちらを優先するべきという建前もあるが、少しバツが悪いと項垂れる。

 

(本当はDTの事で話が合うと思ったんだけどなぁ…)

 

女でありながらDTに並々ならぬ関心を抱くクレナイは周囲の【平均的女性であるべし】という社会を以前から窮屈さを感じていた。機械関連に知識を持つのは男っぽい、という世間の目だけで奇異の対象に見られるからだ。本当ならすぐにでも整備員として就職出来るくらいの知識と技術はあるが、周囲の目が気になってなれず仕舞い。それならせめて近くで眺めたいと本店のオペレーター志望で入社した。

特に好みであるロボット然としたラガー式DTは琴線に触れる造形美で、出来る事なら自分の手で徹底的に整備や改造を施したいほどである。

だからこそ、それを操るマコトに同族の匂いを感じたのだが、やはり外販という荒くれ者の一人。安全な海上都市での暮らしが長い自分とは感性が合わなかったのかな。と自閉気味な感傷に浸り、数時間が経過した。

流石に一報程度は連絡しなければと持ち直し、マコト側にオペレートを繋いで様子を見る。

 

 

 

そして、

 

 

伊吹山が、燃えていた。

 

 

 

 

 

《えええええええええええ!?!?!?》

「や、山火事だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」

 

当の放火魔は、火元であろう両手の大剣。正確には白熱式大剣を投げ捨て、きっちり証拠隠滅を図っていた。




Q.三大ルートってなんぞや?

A.本店に中途採用されて社畜になる赤組ルートと、百合展開でエチチな会話シーンだらけの青組ルートと、グランド・セフト・オートみたいになる黄組ルートの事。

A.シナリオモード中盤で必ず発生するルート分岐《機神舞踏祭》のイベントで、応援に駆けつける陣営が三つ分かれていた事から呼ばれるようになった非公式ワードです。ここでヒロインがいる陣営を選ばないとハッピーエンドは到達不可能になるので注意しましょう。


追記:攻略班から未確定情報だが、好感度をカンスト状態にして専用ルートを選ばないと、そのヒロインが何故か拠点や戦闘時に現れるバグが発生する模様。公式からアナウンスが無いので情報求む。

今作でもっと必要な物は何でしょうか。

  • 主人公の明け透けな一人称
  • 第三者からの視点
  • ヤンデレ要素
  • バトル描写
  • 展開をもっとじっくり

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