D.T 童貞はリアルロボゲーの世界に転生しても魔法使い   作:装甲大義相州吾郎入道正宗

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革新的試作兵器【パンジャンドラム・AA】

この世界でホッパーとして、曲がりなりにも一人前と自負出来るようになった頃。ふとゲーム時代のバグや仕様の穴を突いたらどうなるのか試した事がある。

 

例えば、二段斬りバグ。

DTで跳躍後、着地寸前で近接武器の攻撃に成功すると空中と地上の当たり判定が連続して発生し、多段ヒットする技だ。

これをチェイサーで試したところ……まさかの成功。操作は一回分なのに二回斬り付けた跡が残った。

当時は無双系主人公になれるのではとウキウキしたが、すぐさま画面に表示された《右腕部破損:50%》のメッセージで正気に戻る。

無理な超高速で往復稼働したらしく、負荷に耐えられずに自損したのだ。

 

他にも、障害物を通過する壁抜けバグは該当箇所が手抜き工事で異様に脆くて破壊出来たり、明らかに弾倉のサイズより弾数が多い設定ミスのような銃火器は隠れた位置に予備弾倉が設置されていたりと、要因は様々だが概ね《この世界とゲームの仕様はリンクしている》という結論に至った。

もっと考察や検証を重ねて謎を解き明かしたいと思っているのだが、二段斬りの一件や加速バグで玉突き事故を起こしたりと、修理その他のお金が馬鹿にならず作業は中断を余儀なくされている。

 

しかし、前世で趣味としていたRTA(リアル・タイム・アタック)の経験から、D.T:Ⅱの仕様は隅から隅まで把握済み。機体挙動やホッパーの特徴は勿論、武器毎の特性やクエスト関連の周辺地理もバッチリ頭に入れてある。

…残念ながら恋愛シミュレーションパートだけは、基本早送りだったのでキッチリとした詳細までは覚えていないが、まぁ良いだろう。

 

何はともあれ、一番大事なのはゲーム時代の知識がこの世界でも存分に活かせるという事だ!

 

 

 

「こんな程度で…破れかぶれも大概にしな!」

 

ザボンッという盛大な水飛沫と共にモーラのシュバルツと俺のチェイサーが、水かさの増した川へと沈んでいく。

いくら踠いても一向に抜け出せない現状に苛立ちを募らせるモーラは、がなり立てながら抵抗するが抱き着いているチェイサーが動く様子は全くない。

 

そう、ほぼ全ての面でシュバルツに劣る旧式のチェイサーだが、唯一勝っている自重で押さえ込めば動きを制限出来る。不意をつく為、炸裂ボルトで【闘士形態】の外装をパージしたので重さが足りるか心配だったが、どうやら杞憂に過ぎないようだ。…やっぱりSUMOUは最高だぜ!

そして持ってて良かった応急処置パック。【剣士形態】の標準装備で、エール式の自動修復ならぬ手動修復によって破損箇所の魔力漏れを最低限に抑える事が可能。いわゆるスリップダメージの回復になる。

もしこれが無かったら、本気を出したシュバルツに《この戦法》を持ち込んだとしても勝つのは難しかっただろう。

 

「そんなオンボロに勝ち目は無いってのに無駄な真似を…!」

 

いいや? 既に勝敗は決している。

 

モーラには悪いがこれ以降、あり得ない程の不運やミスが起こらなければ、俺の勝ちは揺るぎない。彼女は既に敗北への一歩を踏み出してしまったのだから。

 

[…河童を…知っているか]

「はぁ!?」

[…ニホンの…妖怪で…水辺で…人を…引き摺り…沈める]

「だからどうしたって言うんだい!」

[…水辺…川…今…この場所は]

「……は? ………あ、あ……ああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

周囲の光景が改めて目に入ったのだろう。顔面蒼白になって叫んだ。

 

水に揺らめく頭部モニターが映し出すのは深夜の闇に閉ざされた水底の風景。煌々と燃える森林火災で照らされるのは互いの姿だけではなく、機体の周囲を漂う黄金の液体。川の流れに沿って対流するそれはDTにとって血液にも等しい魔力水、ビアの輝きも含まれる。

止め処なく溢れ出るその量は、如何に巨人の身であってもあと3分と経たずに消費され尽くす計算だ。

 

「ラガー式もエール式も世代は違えど同じDT、駆動方式は変わらない。…ホッパーの魔法を増強するビアが無ければ、巨大な機体を維持する力場は当然維持出来ない。そして…」

 

コクピットに取り残された人間は ーーー 支えを失った周辺機械に押し潰される。

 

「離せ! このままじゃお前も…道連れにしようってのかい!?」

[…こちらは…ラガー式だ…内部骨格で…形は…保てる]

「くっ…このぉ!!」

 

DT最大の弱点とは《水没》である。多少の水気なら問題無いが機体が真水海水問わず全身が浸かると、密閉しているはずの装甲内部からビアが漏れ出してしまうのだ。そこに如何なる理由があるのか、世界中のDT研究者(ブルワー)達は長年その謎の解明に没頭しているらしいが未だ真相は闇の中らしい。

 

「たぶんエリアオーバーの仕様だよなぁ…」

 

自分だけが知っている裏側の事情を呟くが、それが答えという訳では無い。あくまで知っているのはゲームの話なのだから。

 

昔を懐かしむ俺とは対照的に、半狂乱でシュバルツを暴れさせるモーラだが、既に相当量が内部から失われたようで機体に力が入らない。ついには最大の武器であるハルバードすら握る握力を失って手放してしまう。

 

これが通称《河童》。

作戦領域外である水底に沈むと、高速で耐久値が減る仕様を利用した対DT必勝法である。

ゲーム時代では現実の世界を模した広大なオープンワールドが舞台だったD.T:Ⅱ。しかし海を始めとした海中戦までは敷居を広げておらず、プレイヤーを近づけさせまいとマップの端に辿り着く前に耐久値を一気に減らす手段として導入された仕様だ。他ゲーならば放射線汚染が激しいマップだとか即死トラップが配置されているなど、この手の仕様は割とある。

 

それが現実となったこちらでは、先の説明通り魔力濃度が低下する塩梅で影響している。

 

「ぐぅぅ! そうだ、キキ! 助けておくれよキキ! 私が困ってるんだよ!?」

《ーーー、ーーー》

「いいから早くしな! 誰がアンタなんかの面倒を見てると思ってんだい! こういう時こそ役に立ちなよ!」

《ーーー、ーーーー、ーーーーー、ー》

「何だって!?」

 

何処かに通信を入れているようだが…西側機体のせいか、不足した魔力では上手く繋がらないようだ。

 

「ふ…ふざけるな! そのせいで私は、私が負けるってのかい! 冗談じゃないよ」

 

「うるさい! アンタが全部悪いんだ! アンタが! アンタのせいで!」

 

「あぁぁぁぁ!! 帰ったら覚えーーー」

 

…魔力が尽きて音声すら届かなくなった途端に、シュバルツの四肢が末端からひしゃげて自壊していく。浮力のお陰ですぐさま全損には至らず、彼女も最後の抵抗とばかりにコクピット周りだけ自分の魔力で保持しているがそれも時間の問題だろう。

 

ヒステリーに陥ったモーラが害悪過ぎて仕留めても良いが、これでも青組のヒロインの一人だしこれが影響して《魔女会》への印象が悪くなっても困る。

だからといって好感度を稼ぐ必要も無いし適当な所で助けるか。ただでさえ、姉さ………お姉ちゃんの相手をしているのに妹と仲良くしても姉妹不和を齎らすだけだしな。

 

力なく横たわるシュバルツとは対照的に、チェイサーがゆっくりとだが確実に身を起こす。

ラガー式の数少ない利点、低燃費性がこういった所で役に立つ。金属部品に阻まれているせいか魔力が水に流れ出す量がエール式より明らかに遅く、四肢欠損に近いシュバルツを移動させるくらいなら余裕で魔力が持つ。

水中には音が届かず、暗い視界の中を対岸の灯りを頼りに歩を進め、ほぼ無音となった世界の中でふと気になる事を考えた。

 

「…そもそもどうして俺は襲われたんだ? 黄組の挨拶乱入でもあるまいし、何処かで変なフラグ引いたか…?」

 

彼女はゲームでもヘイトを引く役回りだったが、理由もなく戦闘を仕掛けるような戦闘狂ではないし、まして俺に構ってばかりのお姉ちゃんとの仲を嫉妬している訳でもないだろう。様子見なら顔見せイベント扱いでまだ分かるが、明らかに殺しに来てたからな…。

ストーリーモード本来の流れなら、序盤の進行度程度なのに、遠く離れた西海陣営の彼女が密接に関わってくる事はあり得ない。…まぁまだ《機神舞踏祭》前でルートも確定していないから、変なのに目を付けられた程度に留めておくか。誤差だな誤差。普段はコッチ方面に居ないキャラだし、イベントが終わったら地元に帰るだろう。

 

そう楽観的に考えて水底を掻き分けながら川縁を目指す。その際、堰き止めた木に絡まっていたハルバードを忘れず回収。機体のウェポンラックに引っ掛けておく。レアランクならSSR級のドロップ品だが、このまま使うと普通に盗難品扱いされて捕まるので自重して後で隣に備えておこう。昔、本店の教官相手にチュートリアルの負けイベントをクリアしたらどうなるか試して片腕を奪ったら滅茶苦茶追い回された記憶がある。

 

ただ無報酬というのは頂けないので、シュバルツが装備していたマントを拝借したいと思う。破損した左腕周りを覆うにもちょうど良いし、この程度の装備なら見咎られる心配はいらないはず。

 

やがて川の浅瀬に辿り着き、浮力が無くなって重いシュバルツから手を離す。モーラはまさか助けられているとは思わないだろうから適当に放置だな。自壊しても潰れないよう頭部と背面動力炉といった重いパーツをハルバードで切り離して横に添えておく。ここなら山火事の被害もそう及ばないだろう。

 

「……そうだよ山火事だよ。どうするかなぁ…」

 

剥ぎ取ったマントを左肩の装甲に挟み込みながら考える。不可抗力…とも違うが自分が火元なのは間違いないので、どうにか良い言い訳を考えないと森林火災の犯人扱いされて最悪豚箱行き…。いやそれよりも折角の働いたら働いた分だけちゃんと報酬が貰えるBOXイベントが無駄になる。

 

「たっぷり持ってきた武器も尽きたし、このままじゃ燃料切れもあり得る…仕方ない。バルで補給を受けるか」

 

川から充分に離れた位置まで歩き、先ほどの広場の真下辺りまで進んでチェイサーを待機させる。そろそろクレナイも機嫌を直してくれたころだろうとオペーレーター用の通信を開いて返事を待つが…。

 

…居ると分かってるのに無視するのはボッチに効くから辞めてくれよ。

 

《ーーー 白上さん!? 無事なんですね!》

 

こちらの予想に反して1コールが終わる前に通信に出るクレナイ。切羽詰まった声色からして、どうやらこちらを心配してくれていたらしい。

 

[…問題ない]

《ほ、本当ですか? 勝手に目を離してご迷惑をお掛けした上、森の火災すらお知らせ出来なくて…それに白上さんの通信だけ突然不調になって、やっと正常に戻ったとおもったら反応が川の中で、私…私のせいでもし事故が起こって…》

 

震えるような切羽詰まった物言いは、本心から出た言葉で逆にこちらが申し訳なく感じてしまう。むしろこの世界に転生してから女性上位社会とはいえ同性同士でも明確な格差がある風潮なので、筑摩の男連中以外から始めて聞いた謝罪の言葉かもしれない。

 

くっ…流石は癒しキャラ。俺が童貞でなければ惚れていたかもしれない。

 

[…問題ない…心配かけた]

《そんな…でもご無事で良かったです。あの、それでこれからはどうしますか?》

[…少し…補給をしたい…バルまで…案内を…頼む]

《! 任せてください》

 

名誉挽回のチャンスとばかりに、フンスと気合を入れて道先を示してくれる。目的地はここからほど近い山の麓に設置されているらしく直ぐに辿り着ける位の距離で助かった。サッサと補給を済ませてガチャを引かないと…そうして山を下るべく機体を向きを変えた時、正面にはあの時助けたブーアの爺さんがいつの間にか現れて頭を垂れた。

 

「先ほどは助けて頂いて本当に、本当にありがとうございます」

[…気にするな]

《………白上さん、この男性は》

[…山火事に…巻き込まれていた…からな]

 

しまった。今はクレナイと会話中で通信がバッチリ繋がってるんだった。音声は意図的に文字入力しか受け付けないようにしているが、映像は不正や監視の意味も込めてDT全てにライブカメラが取り付けられている。当然、目の前にいる男性にも気が付く訳で…。俺からすれば身寄りを失ったホームレス程度の感覚で助けた訳だが、この世界の常識からすると…。

 

《そうですか…お爺さんが助かって良かったですね》

 

ニッコリと、何の嫌悪感も感じさせない当然のような物言いに少なからず驚いてしまう。ブーアとは男性が物理的に消費される世界であっても社会不適合者と判断された最下級に位置する存在だ。

それを何の偏見もなく命が助かって良かったと口に出して安堵する人間がどれだけいるだろうか。

 

「ーーーところで、少しお話しをよろしいであるか?」

「ん?」

 

動き出す直前、ブーアの爺さんがジッとこちらを見据えて話しかけてきた。…よく見ればそこにある表情は怯えや感謝ではなく、むしろ真逆の、抑え切れない歓喜の笑みを携えている。

 

「いやはや、面白い魔力反応を調べに出てみればまさか筆頭魔女の一人を倒すとは…予想以上なのであ〜る!」

 

え、何か喋り方の個性強くない?

 

「やはりフィールドワークは大事であるな。閉じ込められて本気を出すのは締め切り間近の漫画家ぐらいであるからして、目で見て肌で感じてこその研究者である。なのでその機体をバラしてお顔を拝見させて欲しいのである。あっそれと紅茶はお好き?」

 

情報量が…情報量が多すぎる…!

 

この爺さん、髪の毛はゴワゴワで服も粗末と一見ブーアの根無し草みたいに見えるが、皮膚は煤に汚れた程度で綺麗だし身体も健康体そのもの。いったい何者なんだ…。

 

《えっと…お爺さんは頭を打ってしまったとか…?》

 

残念ながら正気だと思う。

 

[…見逃す…から…山に…帰れ]

 

厄介事を抱え込んでいそうな雰囲気を感じて放逐しようとするが、爺さんは忠告を無視して機体へにじり寄る。

 

「やはりどう見てもチェイサーである! DT黎明期から改良改悪を積み重ねて50年。初期と後期ではまるで性能が違うというのに阿呆共のせいで一緒くたに引退させられた悲しい過去の持ち主! しかもコイツは幻の最終ロット版!!」

 

下手に動くと巻き込んで潰してしまいそうなので初対面の爺さんに機体をベタベタと触られても我慢する俺。というか俺で無ければ既に殺されても文句が言えないレベルで馴れ馴れしい。…あと5分しても駄目なら無理やり押し通るか。

 

「う〜ん破損はあれど整備は完璧。良い職人が付いているであるな。そしてホッパーの魔力は……ほうほうなるほどなるほど。外からの計測値と目の前の実測値ではだいぶ違いが…ここで飛び抜けて、こっちで滞留して…むむっ自力で還元を! だから帯状の発光現象が…興味深いであるな」

 

《あの…嫌なら断った方が…》

[…この手は…途中で…止めると…余計に…ややこしくなる]

 

心配してくれるクレナイだが、爺さんの目がヤバい。爛々と輝く瞳は見ようによっては活力に溢れた前向きな視線と言えるが、逆に解釈すると年不相応のギラついた眼光を光らせる壁の向こう側にいる人の目だ。

 

「むっ…あともうちょっと、という所であるが、その前に一言」

 

今度はなんだ?突然顔を上げたかと思えば山を見た爺さんが真面目な顔をして口を開く。

 

「ーーー今すぐ伏せる事をお勧めするのである」

 

何が、と疑問を挟む余裕は無かった。

視界の端に捉えたのは燃える山林を爆砕しながら迫り来る異形の巨漢。DTは10mでなければ力場によって人型を保てないという大前提を覆す、倍に達しようかという巨大な《燃える車輪》だ。

あっという間に近づいてチェイサーに体当たりを…って危ねぇ!?

ギリギリの所で避けるが大質量の突撃は凄まじく、川縁の岩をブチ砕いてもまるで効いた様子はない。

むしろ車輪の回転数がドンドン上昇し、砂利や石ころを弾き飛ばしながらユックリと超信地旋回で振り返る。

 

あ、あれはまさか…!?

 

「パンジャンドラム…完成していたであるか」

 

ちゃっかり岩陰に隠れて様子を見ている爺さんから説明が入るが、まさか関係者かよ。

 

パンジャンドラム。

ゲーム時代においては中ボス枠として登場する通称《史実シリーズ》で、その名の通り実際の歴史に登場した《失敗兵器》をモチーフにしたカスタムDTの一機である。最大の特徴はやはり機体を丸ごと飲み込むような大車輪でありその攻撃力は直撃したら最後、耐久値の半分は持っていかれる恐ろしい相手だ。まさかこのタイミングで現れるとは…っていうか。

 

[…爺さん…あんたを…狙ってるだろ]

「ご明察であ〜る。不肖の弟が我輩を捕縛するために送り込んだのであろう。まったく…ちょっと無断で外出したくらいでムキになりおって…まぁ目的は達したので帰るのである」

 

暴風みたいな爺さんだな。

だがまぁ交戦する必要が無さそうなのは助かる。補給前だし連戦続きで肉体はともかく精神が疲弊しているのか頭が痛くボンヤリしてきた。色々聞きたい事はあるがここは素直に帰還願って後日、縁があればその時話そう。

そう考えて道を譲るように機体を後ろに下げる。これで一安心だろう。

 

「ーーーぶっころ」

「は?」

「は?」

《え?》

 

パンジャンドラムは保護対象が正面にいるにも関わらず、直線上にいる俺目掛けて再び突っ込んできた。

回転する車輪が石飛礫を吐き出しながら突撃するのを今度は目の前で視認していたからこそ避けられるが、先程通り凄まじいスピードだ。こういう手合いは障害物に囲まれた地形に誘い込んで機動力を奪うのが定石だが、この威力だと山林に紛れる程度は問題なく踏破してしまう。

 

……いやこれ本当に不味くないか?

 

言葉を投げ掛けて交戦の意志が無い事を伝えたいが突撃の頻度が高くてマトモにキーボードを操作出来ず、音声が届けられない。そして関係者の爺さんは無駄に華麗な横っ飛びで安全圏に逃げたが、その拍子に腰をやったらしくパタリと倒れ込んで痙攣している。これで説得は不可能だろう。相手は動けない相手より一向に攻撃が当たらない俺に腹が立つのか、狙いを定めて外さない。

 

「ーーーうっざ」

 

端的すぎる殺意をギリギリなんとか今は対応出来ているが勝ちの目がまったく見えない。

そもそも武装は何一つ残っていないのだ。【闘士形態】はシュバルツとの戦いで外装含めて破損または喪失し、【剣士形態】も黄組の乱入で魔法が暴発した時に剣や盾が吹っ飛んでしまっている。

現状で唯一、役立ちそうなのは回収したハルバードだが只でさえ重い両手持ち武器なのに片腕のチェイサーが解体作業はともかく実戦で満足に扱える筈がない。

 

《白上さん、近くのバルに逃げ込みましょう!あそこならバリケードで少しは持つ筈です。私も今から上に掛け合って応援を呼びますから!》

 

クレナイの気遣いはありがたいが、そうは出来ない。パンジャンドラムの攻撃力を持ってすれば途中セーブポイント的存在であるバルですら突っ込んでくる中ボスとして有名な相手なのだ。それに無理して向かっても背中から襲われて轢殺されるのがオチだろう。それなら敢えて視界が広い川の周辺で戦った方がまだ生存確率が上がる。

 

対処法は思い浮かばないが……!

 

「ーーーワロス」

 

反撃すらしてこないチェイサーに相手は嘲りながらも手を緩めない。今まで縦回転していた車輪を突如、横に回転させて突撃。残像で球体のように見えるそれは恐ろしい事に攻撃範囲が僅かに広がるだけでなく明らかに速度が低下しているので余裕で対処できた。

 

《どうして回転方向を変える必要が…?》

 

至極真っ当な疑問が飛ぶがパンジャンドラムについて深く考えてはいけない。そもそもが爆弾を積んだ自爆特攻兵器の名前なのに、燃えながらドリフト走行する車輪の時点でマトモな戦い方じゃない。

しかもこいつ、外輪部分が燃えているだけでも意味不明なのに小型の球体パンジャンドラムを敷き詰めたベアリング構造なので、いざという時は自爆してクレイモア地雷並みの攻撃範囲を発揮するという、モーラ以上に本気を出させてはいけないボスである。

 

「また水没させるか…? いやこれ以上はチェイサーでも耐えられるか微妙だな…何か手は…パンジャンドラムを倒す手立て……せめて速度さえ緩め…いや一旦止めてその隙に……あぁくそこんな時、ご都合主義で超強い味方が現れてくれたり……」

 

刹那、脳裏を掠めたのはデジャヴか天のお達しか。今のチェイサーでも可能な反撃手段を思い出す。うまくいくかは分からない。むしろ自殺行為も甚だしいが実行しなければ轢き殺されてお終いだ。

 

「ーーー男は度胸! やってみるか!!」

 

ドンッとチェイサーが一歩前に脚を出す。回避を捨てた迎え撃つ姿勢に、無駄行動でクルクル回っていたパンジャンドラムも警戒する。

 

「ーーーちょろい」

 

だが乗っているホッパーの性格だろう。様子見はせずに破壊力のある縦回転へと向きを変えた。超高速で回るそれはスピンホイール効果でその場を動かない分、速度を貯めて地面が真っ赤な火花で咲き誇る。そこから飛び出すのはもはや火の車を超えた高速切断機。だがそれよりも早く、チェイサーの全身から黄金の輝きが放たれる。

 

「こ、これは…嫌な予感がヒシヒシである!」

《白上さん何を…!?》

 

一方的に通信を切り、全身全霊の魔力を込める。どこまでもどこまでも…《発動しない魔法》を暴発させる為に、天まで届いた絶叫を再現する為に……!!

 

「ーーーやっば」

 

 

オオオォォォォォォォォッッッ!!!!

 

 

既に突撃していた相手とのすれ違い様、左肩を削ぎ取られながらも発動したのは黄組を撃退した魔法事故。触媒という出力先を失った魔力が引き起こす呻きの絶叫だ。

あの時はそれなりに距離が離れていたが、今回は至近距離な上、パンジャンドラムは西海陣営機体をベースにする事で偽装したガチガチの東海科学技術の塊。対魔法防御力は最低限しかない!

 

「ーーーばたんきゅー」

 

川に波紋が広がるほどの大音量を間近で聴く羽目になったパンジャンドラムは制御を失って惰性のまま転がっていく。なまじ超重量の機体なので位置エネルギーに則い、ころころと山を下る。その余波で木々に火が燃え移り、火災の規模が広がっていった。

 

《なるほど…あの謎のDTが山火事の原因なんですね。上に報告しておきます!》

「え。え…あっ…うーんと…」

 

 

 

[…頼んだ]

 

俺はパンジャンドラムに全ての罪をなすり付ける事にした。

 

ありがとうパンジャンドラム。

さらばパンジャンドラム。

 

出来ればもう二度と会いませんように。

 

そんな願いを込めて見守った俺は、さぁ今度こそ油蝮狩りを、BOXガチャを再開しようと逸る気持ちを抑えて今度こそバルに移動を開始した。

 

「助けて欲しいのであ〜る…」

 

変な爺さんも連れてだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白上マコトと謎のDTが死闘を繰り広げる中、川の周辺でバキリと音が鳴る。それは放置されたシュバルツがとうとう限界を迎え、本格的に自壊を始める合図だった。深い藍色の装甲はコクピット周りだけ残して朽ちたガラクタの山へと姿を変えてしまう。

 

その中から血走った目で周囲を伺うモーラ。憤怒に塗れた精神状態でありながら、現状は身を潜めるしか出来ない現状に奥歯を噛み締める。

 

(ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなぁぁぁぁ! これで情けを掛けたつもりか白上マコトォォォ!!)

 

怨嗟の声を胸の内に滾らせ、瓦礫となった愛機の装甲や裂けた配線が肌を傷付けるが、そんなものはどうでもいいとばかりに血塗れになりながらチェイサーの戦いを目に焼き付ける。

 

(わざわざ動力炉を引き剥がして満足か陰気な奴め!私はね、正面から戦わない卑怯者がこの世で一番嫌いなんだよ!)

 

DTの急所たる背面の動力炉は胴体部とほぼ同等の大きさであり、とりわけ頑丈な造りをしているので並みの攻撃ではビクともしない。反面、コクピットを簡単に押し潰せる程に増した重量になったそれから助けるには、連結部を断ち切って取り外す必要がある。

その時、配管が千切れるとビアが体外に排出されてしまい、樽の中に封入された魔芽という希少価値が高い結晶体が外気に晒され、砕け散ってしまう。

一般的な量産機は品質が一定である為、同等品の魔芽を交換してしまえば事足りるが、個人のカスタム機はその結晶体が特別製で代替えが効かない。しかもそれが魔女会に名だたる名機シュバルツであれば希少性は更に跳ね上がる。

 

命を助けられたという事実よりも、むしろ特別な自分を助けるのは当たり前だと信じているモーラは己に降り掛かった災難に歯噛みするのみだ。

 

(くそっ、キキの奴も訳の分からない言葉を吐いて誤魔化すなんて何様になったつもりだい。…二人きりになれるおまじない? はっ!ゾッとするね)

 

単なる時間潰しで付き合ってやったのに、拘束する権利が仮の妹風情にあるものかと吐き捨てる。

 

そして燃える車輪に襲われているチェイサーが負けてしまえと睨みを飛ばす。だがやはり動きを先読みして動いているように見える挙動は熟練のマタドールのように直撃を許さないまま相手を翻弄し、時間が過ぎる。

 

そして目にしたのは黄金の輝きを携え、幾重にも絡まる光の帯を纏うチェイサーの姿だった。静観するモーラは眩い光を我慢しながらヨトゥンを起動して、その異常性を直視する。

 

(何て馬鹿げた魔力量……いや濃度なんだ。大気中でも揮発しないどころか、本人の元に戻ろうと魔力そのものが膜を張って帯状に形成されてるんだ…姉貴の羽根と似ているよ本当に!)

 

そう感想を漏らして油断をしていると、直後に襲ったのは鋼の大音量。稲妻のような爆発でモーラの耳朶を存分に打ちのめした。

 

魔女の初心者でもあり得ない魔力暴走を無理やり聞かされて、もはや許しがたい屈辱に塗れるモーラだが耳に反響して残る音とその魔力に違和感を持つ。

まず最初に比較するのは偉大な姉であるエリザベート・フォーゲルの魔力。その他にも今までの人生経験やヨトゥンを介して波長や強弱を読み取った膨大な過去を照らし合わせて原因を探し出す。

 

魔眼持ちの彼女だからこそ出来る致命的な違和感として印象に残る魔力の正体。姉のようなスケール違いでも無い。最近産まれる予定の新しい妹達とも違う。とりわけ特別なありえない魔力。それを探して探して思い出して、白上マコトや己をブーアと偽った謎の老人がこの場を去った後も、弱みを見つけようと必死になった行き先は、消去法で辿り着いたたった一つの答え。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白上マコトは………………男?」

 

 

 

モーラはまさかの可能性に思い当たり、屍肉を漁るハイエナのような顔で笑みを闇夜に浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、この日以降。

魔女会筆頭モーラの行方が不明となった。

 

 




D.T:Ⅱwiki質問コーナー

Q.偶に乱入してくる黄色の集団って何? バグ?

A.通称、黄組と呼ばれるアイドルの追っかけです。…そうとしか説明できない連中なので深く考えるのはやめましょう。
首魁である没落貴族で今は山賊行為を働いている《チャイカ》を崇めている宗教集団に近い集まりで、取り巻きの側近二人が全てを牛耳っています。なので個別ルートに入らず黄組を排除したい時はチャイカではなく側近を狙いましょう。

Q.そのチャイカを倒した方が早くね?

A.(人気投票1位に向かって)なんだぁ…てめぇ…

今作でもっと必要な物は何でしょうか。

  • 主人公の明け透けな一人称
  • 第三者からの視点
  • ヤンデレ要素
  • バトル描写
  • 展開をもっとじっくり

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